不知火カヤとの獄中交流録   作:イメージの裏切り

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第2話

 

 

 

大人たちはいつも僕たちを諦めさせたんだ

未熟な僕たちに、何も言わず受け入れることが

正しい生き方だって聞かせたんだ

でもそれはただ見下されただけなんだ

だから僕たちも大人を見下すんだ

軽蔑させて、畏れさせて、跪かせてやるんだ

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 私の苦しみが始まったのは、いつからだったでしょうか。少なくとも最初の屈辱を味わったのは、去年のことでしたね。

 

「やあ、不知火カヤ、防衛室へようこそ。これから防衛次長として素晴らしい仕事を期待しているよ」

 

 その代の人事は前年度に防衛室長とカイザーの癒着事件があった影響で、組織員は総とっかえになっていました。そう、あのFOX小隊が表舞台に姿を現した最初の事件です。私はその時に防衛室に入ってきた人間でした。キヴォトスの平和と安全の保障、その理念に共鳴した私は防衛室の扉を叩いたのです。連邦生徒会という立場を選んだのは……そうですね、地面に近い所から正義を見るのではなく、キヴォトス全体という高い位置から向き合うべき悪というものに立ち向かいたかったから、ですかね。

 

「はい!この不知火カヤ、骨身を砕いてキヴォトスの平和に尽力します!」

「うんうん、いい返事だ。では早速仕事だ。ヴァルキューレに支給する武器の検品に立ち会ってくれ。仕様はこれに書いてあるから、射撃場でチェックしてくれたまえ。承認は君の判断で構わない。いい目利きを期待しているよ」

「了解です!防衛室長!」

 

 今思ってもあの時は青かったですね。でも一番幸せだったのも確かです。ただそれは、苦しみを知らないだけの楽観的な展望の現れ以外の何物でもなかったわけで。

 

 

 ■

 

 

「うーん、正直これはダメですね。こちらが提示した仕様を満たしていません。残念ですがお引き取りいただけますか?」

「何ッ!?なんだ貴様!うちの商品にケチをつけようってのか?」

 

 カイザーとの一件もあって、その年の製造業者は新しく契約しなおしという状態でした。ヴァルキューレというかなり大規模な組織に卸すということもあって、企業連中にとっては良いシノギになると見なされていたようです、まあ当然だと思いますが。ただそれは同時に半端な品質のものを売りつけようとする粗悪な連中がわらわら湧いてくるということも意味していました。

 

「リロード機構がうまく働いていないようですね。試射でも何回かスカが起きました」

「そんなんたまたまだよ」

「おまけに弾道のブレも激しいですね、ハンドガンとはいえこれは許容できません」

「そんなのお前の射撃の腕が悪いだけじゃないのか!?」

「こちらも一通り訓練を受けて合格している身なので、簡単に認めるわけにはいきませんね。それとも何ですか?あなたが撃ってみますか?どうぞ、こちらへお越しください。何発でもアピールしていいですよ?」

「べ、別にそんなのいらねえだろ!?」

「撃たないのですか?撃って当たらないのは仕方ないですが、撃たずに品質を信じてくれというのは虫が良すぎるでしょう。それとも何ですか?ご自身でもこれが当たらない銃だということがお分かりの上なのでしょうか?」

「ぬおおぉ!もういい!覚えておけ、二度と連邦生徒会とは商売しねえからな!」

「ええいいですよ。私たちも願い下げです」

 

 粋がり甚だしいですね。でも当時はそれが本当に仕事だと思っていましたから。道理を通して当然に無理を引っ込めるのが正義だと信じていました。

 

 

 ■

 

 

「おや、門前払い(キック)したのか」

「ええ、ヴァルキューレにあの業者の銃は正直卸せませんでした」

「あらら、じゃあ仕方ないね、統括室に相談しないとなぁ」

「ご迷惑でしたか?」

「いや?それが室長さんたちの仕事だからね。あたしは君たち部下の仕事を信頼して、後の処理をしっかりこなすだけだよ」

「そうですか……」

「だ・か・ら、君は君の、あたしはあたしの果たすべき責任を果たしましょうね、ってこと。頑張ってね、期待の防衛次長さん」

「はい!分かりました!」

 

 武器、防具、弾薬、車両、最初は何から何まで洗いざらい調べるのが防衛室の仕事でしたね。政治的にカイザーとの繋がりを断つことが求められていたこともあり、業者の資本関係とかも全部見た覚えがあります。当時の防衛室長も私の張った意地とか、引っ掻き回した状況の対処に西へ東へ走り回っていってくれましたね。まあ、今となっては別に感謝もしていませんが……これは別の話ですね。

 

 え?防衛室なのに、キヴォトスで起きる事件の話はしないのかって?それは……

 

「それは防衛室の仕事ではない、ヴァルキューレの仕事だよ、カヤ」

「どういうことですか?」

「あたしたちのような事務方の人間は、事件が起きたときに現場の人間と一緒に捕物をしにいくのが役割ではないということだ。モノ、ヒト、カネ、それがきちんと回るかどうか、現場で動く組織がそんなことを気に病んで、犯罪者に銃弾の一発もくれてやれないとしたら、それは正義に対する大きな損失だ。だからカヤ、あたしたちのような『背広』を着た人間は、目の前の犯罪に目が眩んではいけないのだよ」

「そうなのですか……」

「それともなんだい?君は現場で犯罪者の尻を追い掛け回すのをご希望かな?君の望みであれば、ヴァルキューレへの編入手続きの一つもしてあげられるけど?」

「いえ!私はこの防衛室で正義のために尽くします!」

「うん、いい答えだ。カヤはいい子だね」

「ありがとうございます!」

 

 真っ直ぐですね、眩しいくらいです。まあ実際のところ、その仕組みは私をヴァルキューレの指揮系統から切り離して、意思伝達をままならなくさせただけだったのですが。あの時の防衛室長は、それを分かってて言ったのかもしれませんね。所詮はただの官僚として学生生活を終える人間として使うつもりだったのだと思います。逆恨みですかね?

 

 それで、そのまま一年を終えたのかって?もちろんそんなことはありません。もし本当にそうだったら、あなたの前に座っている人間はもう少し素直で可愛げのある女子高生だったと思いますよ。そんなの、どう見ても明らかじゃないですか?

 

 

 ■

 

 

「カヤ、次の仕事だ。交渉がてら調査をしてこい」

 

 ターゲットになった企業は、例のヴァルキューレの装備の契約更改で台頭してきた企業でした。ある意味カイザーよりもハングリーな企業で、敵対的M&Aやら産業スパイやらのあくどい手法を駆使していることで有名でしたね。他にも不当廉売(ダンピング)*1で業界を焼け野原にしたり、公共インフラを買収しておきながら儲からないと分かると運営を放棄したり、まあ大分いろんなところから恨みや不興を買っていましたね。

 

 悪評名高い企業ではありましたが、カイザーやブラックマーケットと仲が悪く、そこら辺に酷い目に遭わされた市民にとっては、悪評に目を瞑ってでも手を組む価値のある企業でもありました。そしてそれは連邦生徒会にとっても例外ではなかったと言っていいでしょう。非カイザー系の企業との提携が求められた環境では、彼らの手が自然と伸びてくるのは必然でした。そして、ある程度の生産力と品質を兼ね備えた彼らの手が、掴む選択肢として最も望まれたのも、当然の帰結でした。

 

「だがなカヤ、連邦生徒会としても唯々諾々と奴らの提案を呑むなんてことはできない。カイザーと手を切らざるを得ないあたしたちを、毒牙にかけようとしないなんて保証はどこにもないわけだからな」

「それで、調査をしてこいって訳ですね」

「話が早くて助かる。一応表向きは新型戦車の設計に関する打ち合わせっていう体でセットしてある。そこで向こうの出方を窺ってくれ。あたしたちをペテンにかけようとするなら、途中で帰ってきて構わない」

「分かりました……ただ一点質問してもいいですか?」

「なんだ?」

「どうして私にそれを振ったんですか?」

「どういう疑問だ?」

「いや、そこに出ていくには防衛次長って地位は中途半端じゃないですか?別に平の役員でも良さそうですし……重要な会議の体なら防衛室長として出たほうが良さそうですし……」

「カヤ、愚問だぞ」

「あっ、すみません……」

「謝るな、これはお前だから任せるんだ」

 

 防衛室長は、デスクの上に身を乗り出して顔を近づけて、私を諭しました。薄い涙に覆われた眼球が、宝石よりも強く輝いて私の思考に訴えかけたのです。

 

「カヤ、お前はあたしが知る防衛室の面子の中でも一際強い正義感の持ち主だ。一生徒会役員でありながら、キヴォトスの安定にここまで手を尽くす人間は珍しい。未来の連邦生徒会を担う人材として代え難い存在だ」

「あっ、ありがとうございます……」

「だがなカヤ、そういう人間には経験が不可欠だ、大人どもと戦う経験がな。このキヴォトスは『生徒たち』が牽引する都市だ。だが同時に支配するパワーというものの多くを大人達に握られている。故に、権威を持つ生徒とは、あたしたち『生徒』に持たされた権力を手放さないことが必要になる……」

「なるほど……」

「だからなカヤ、お前には戦いの経験を積ませたいのだ、大人達の中で戦うためのな。是非、戦いの術を見い出してくれたまえよ。お前にはそれができると信じている」

 

 今思えば、その方法とやらは最初に教えて欲しかったと、恨み言の一つでも言いたいですね。まあ何にせよ、当時は二つ返事を返すことしかできなかったですね。「大人」と戦う以前に、「先輩」と戦うことができていない、根本的な未熟さが、私にはありました。

 

「わ、分かりました!」

「ふふふ、期待しているよ」

 

 

 ■

 

 

 その打ち合わせの日は私一人で戦場に赴きました。会議室では私一人に相対して、確か五、六人の担当者が席についていたと記憶しています。いやあ、なんと非道い絵面ですね。集団で私を(なじ)ろうというのが見え見えです。でも私はそれを試練だと思っていたのですから、おめでたいものですね。

 

「あの、搭載するパワーパック、こちらから提示した仕様とは違うようですが……」

「あ?ああ、ちょっとそっちのやつよりはこっちの方が良いかなって思ってね、変更させてもらったよ」

「待ってください!仕様は議会の承認のもと決定されたのですから、この仕様通りに生産してもらわないと困ります!」

「申し訳ないけど、あんたらの仕様書通りに作ると明らかに性能が落ちちゃうよ?あんたらだってどうせ制式採用するなら性能が良い方がいいでしょ?」

「その性能についても正直疑問です、この型番は明らかに旧式のパワーパックです。まさかわざと型落ちのものを売りつけようとしているのではないでしょうね?」

「は?設計書一つ見て上手くいくだのいかないだのを決めつけるわけ?根拠あるの?それ。別にあんたがそう言うのは言いけど、それでこっちが出したやつの方が性能良かったらどうするの?頭下げてお詫びの一つでもしてくれるわけ?」

「そ、それは……」

「なんならいいよ、こっちは試作車も用意できるんだから、こっちの設計が優れてるってこと証明してあげるよ?どうする?」

「ううぅ……」

 

 可哀想に、不見識な批判がどのように防衛されるか知らない私は言葉を失ってしまいました。

 

「まあまあ設計局長、そういじめてやらないでくださいな」

「フン……」

 

 助け船が出されたかと思いました。審判を下す側になって伸ばしていた鼻をへし折られて、重苦しい重圧にも負けかけていた心根には、まさに光明というものが差し込んだ気分でしたね。ですが……。

 

「どのみち連邦生徒会のお嬢様にはメカニックみたいな複雑なことは分からないでしょうから。ぴしゃりと一言言ってやれば解決しますよ」

 

 舐められましたね、しかも本人がいる前で言うんですから腹が立ちます。ですが私に出来るのは違和感をもとに疑問を呈すことだけだったのですから、見え透いた罵倒に反駁することもできませんでしたね。腰抜けです。

 

「して……何でしたかね?防衛次長さん、パワーパックがどうとか……」

「は、はい……こちらとしては提示した仕様書の通りのパワーパックを選択していただきたいのですg」

ハァ!?聞こえねぇなぁ!?ウチの製品に文句付けたいってのか!えぇ!?ハンコ押し係がモノ分かったようなこと言うんじゃねえよ!証拠出してみろよ!ウチの設計がポンコツだってのをよ!テキトーブッこいてんなら出るとこ出るんだぞ!分かってんのかオイ!!

「すっ……すみません……」

「あーあ営業部長が泣かせたー、かわいそー」

「ハッハッハ、営業は戦争ですから、こんぐらいの喧嘩は朝飯前ですよ!」

「あのー防衛次長さーん?そろそろお返事いいですかー?なんなら技術開発部から懇切丁寧に『ご説明』してあげてもいいですよー?」

「あっ、では、是h」

「おいおい可哀想じゃないか、そんな難しい専門的なことばっかり話されたら、エリートさんのプライドがボコボコになっちゃうでしょ?」

 

 悔しかったですね、どんなに歯を食いしばっても涙が溢れてくるのを止められませんでした。子供というだけで見下され、対等に扱ってもらえないのかという失望で胸がいっぱいでした。

 

「防衛次長さーん、大丈夫ですかー?泣いててもなんにも解決しませんよー?ほらほら顔をあげてくださーい?」

「あっ……その……くっ……す、すみません、ご迷惑をおかけしました。そしたらその……設計仕様につきましてはそちらの見解に一任いたしますので、何卒ご容赦いただければと……」

「は?そうじゃないでしょ?」

「え……?」

「先に疑念つけたのはあなたのほうでしょ?ほらちゃんとその証拠だしてよ?ケチつけたまま帰れるなんて思わないでほしいんだけど?」──ドン!──「責任取れよ!!

 

 金属の机にこだました恫喝は、普段なら受け止めることもできたしょう。しかし私の悪あがきをも覆い被すように畳みかけられた詰問の前には、あとどれだけ耐えれなければならないのかも分からず、私の心はもう限界に達していました。私はその場の地獄から一刻でも早く逃れようと、書類は置き去りにしたまま、カバンだけ引っ掴んでその部屋を飛び出しました。

 

「あらあら逃げちゃったよ」

「皆さんいじめすぎですよ」

「そりゃあんたが言えた口じゃないでしょうに」

「ガキに付き合うと時間が無駄になりますな」

「ちょっと早いですが、一杯どうですか?」

 

 笑い声に混じる嘲笑の続きが、どんなに遠くなっても聞こえてくるようで、止まってほしかった涙を滔々と溢れさせました。私は一生懸命に走って、走って、防衛室に駆け戻りました。そして突然の帰還に驚きを見せる室長の目も憚らずに泣き出しました。

 

「カヤ……どうした……?」

 

 室長はおもむろに立ち上がると、涙を流して立ちすくむ私の前にゆらりと立ちました。南西向きの防衛室の窓を背に、生温い暗がりの中に私の体を収めたんです。

 

「防衛室長……すみません……私……」

「どれ、言ってみなさい……」

 

 その場に沈黙の絨毯を敷かれると、早く短い呼吸の音が許されたような気がして、私は惨めに泣きながら叫びました。

 

「私……悔しいんです!大人たちに見下されて!バカにされて!軽んじられて!許せないんです!あいつらに目にもの見せてやりたい!」

 

 おめおめと号泣する私を防衛室長はそっと抱き寄せました。暖かい心臓の近くに私の耳を近づけさせ、縮こまった背中にしなやかな腕をひたりひたりと延ばして、私を小さな麻縄の檻に閉じ込めたんです。そして室長はゆったりと撫でてくれました。10本の指をいっぱいに広げて、肋骨(あばらぼね)と脇腹の境目から、背中、腰骨そして後ろ頭……慟哭を宥めながら、また封じ込めるように、圧力をかけて温もりの中に私を沈めました。そして……室長は私の耳元に口を寄せてわざとらしく呼吸音を立てると、私を「大人」にする魔法をかけました。

 

「カヤ、見下されて悔しいなら、見下し返しなさい」

「へ……?」

「感情を露わにしては、ますます舐められる。それなら徹底的にせせら笑って、バカにし返せばいい。さあ、笑って?」

 

 防衛室長は私の両のこめかみに手を添えました。表面のベールがはがれてしまわないくらい微かに、触れるか触れないかという具合に接した指先の感覚で私の頭を留めると、これもまたほんの少し、羽根が乗せられたかと思うほどの圧力で親指を瞼に当てました。そして薄い皮膚を隔てた眼球に、その指の存在を知らせると、ゆっくりと下へ、しかしながら確かな強制力をもって視界を閉じさせたのです。そして悲痛に打ちのめされてひしゃげた口角をそっと支えて持ち上げると、微笑みの形を作って留めました。まさに、笑顔の仮面、それを私に被せると防衛室長は満足げに笑って言いました。

 

「うん、良い顔になったな。いいか?カヤ、その面構えを覚えておきなさい。大人と相対するときは、その顔をするんだ。そしてどんな言葉にも(はす)に構えて聞くんだ。出来ることがないことを責められても、出来ないんだから仕方がない、そっちがなんとかしろとあしらうのさ」

「防衛室長、それでは……」

「奴らは軽蔑してくると?いや、違うのさ。どのみち課題を処理するのは企業の連中だ。くだらない名目に従って動くのが奴らが幅を利かせるのがこの社会というものだ。だが実際のところその名目というものが一番重要なのさ」

 

 室長は私の瞳孔の奥の奥にじっくりと視線を合わせて言いました。ですがその口ぶりとは反対に、室長の目には焦点を合わせるべき場所がないように煤けた黒に満ちていました。それはきっと、逆光の中にいたからではないのだと思います。

 

「足、手、口、脳、そのいずれをも動かすためには、名目というものが必要なのさ。なんの名目もなく行動を起こすということが、そもそも無理な話なのだからな。だが、その名目というものが何であるかということには大きな違いが生まれる。命令されたからなのか、勝ち取ったからなのか、敗北の証故なのか、温情を示すためなのか──」

 

 室長の語る言葉には、諦めかあるいは悟りのようなものを感じました。しかしその裏には、確かにこの世界を理解したかのような自信が見え隠れしました。

 

「──カヤ、あくまであたしたちは、その名目というものをあたしたちに有利な形で定めれば良いんだ。奴らにしてやったりと思わせなければいい……つまり、奴ら自身に『これは自分がやらなければならない』という名目を突き付け、認めさせ、諦めさせればいいのさ。別に完璧な論理を築き上げる必要はない、そう、例えば、『懸命に反論したが相手が一切折れなかったので、自分たちがやらなければならなかった』といった具合にな、そうすれば奴らにとっても諦める言い訳が立つわけだ」

「では……私はどうすれば……?」

「拒絶だ、徹底的に相手の弁論を認めず、理解せず、受け入れない態度を取り続ければいい。この世界は誰かしらが諦めて受け入れることで成り立っている。それを自分から引き受けないだけでいいのさ」

 

 非常に冷徹な解答でした。一切の対話を拒否した対応、建設的に妥協点を見出し合意を得るといった、議論のいろはを完全に蔑ろにする態度そのものでした。とはいえ、先の虐めを受けた私の小さな復讐心にはたまらなく使い心地のよい利器に見えたのは確かでしたし、さらに言えば私だって初めの方では業者の訴えに取り付く島もない対応を取ったのですから、拒否感もなく手に取ることができた言葉には違いありませんでした。しかし、それ以上に気になったのは……

 

「防衛室長、一つだけ質問してもいいですか?」

「どうした?」

「諦めないでい続けることができれば、私の望みも叶えられるのでしょうか?私のために、諦めてくれる人がいるのでしょうか?」

「ふふふ、鋭いな──」

 

 室長はくぐもった目を閉じて、呟くように言いました。私はその言葉をなぜか今でもよく憶えています。

 

「──いや、それはない。あたしたちも多かれ少なかれ諦めというものを受け入れなければならない。この世界を動かすのは、諦めない権利を持つのは、真にこの世界に対して『責任を負う者』が動かすんだ。それはあたしたちではない。このキヴォトスの『本当の持ち主』だ……」

「嫌な話ですね」

「ああ、だが仕方のない話だ。あたしはその『名目』を受け入れたよ」

 

 すると室長は踵を返して自らの席に戻り、私に労いの言葉を一つかけて仕事に戻りました。影から外れて見えた表情は、とても好戦的で攻撃的な笑みを浮かべていました。

 

「カヤ、今日はもう休みなさい。後はあたしが処理しよう。また、奴らに一矢報いる場を用意してあげるから、その笑顔を磨いておきなさい」

「ありがとうございます……」

 

 

 ■

 

 

 数日後、忌まわしきあの連中との交渉が再びセットされました。相手方の椅子に座っている大人どもは、以前と変わりなく不遜にヘラヘラと笑っていました。しかし私はもう違いました。緊張と切迫の色は無く、防衛室長が被せてくれた微笑の仮面の力によって得た余裕があったのです。

 

「さあ、防衛次長さん?前回の『お話』の答えを聞かせてもらいましょうか?是非、『賢い』回答を期待しますよ」

「ええ、では言わせてもらいますが、この度御社に納入していただく戦車について──変更は無しで、仕様書通りの設計でお願いします」

 

 その回答に彼らの表情は一瞬凍りました。しかしそれはすぐに融解して、嫌味混じりの反論を返しました。

 

「おやおや、随分と強気じゃないですか。それともなんですか?また『ご説明』してあげる必要がありますかね?」

「いえ、説明はもう結構です。防衛室は仕様書の変更は一切受け付けないという方針で決定しましたので、皆さんにはそれに従っていただくだけです」

「ちょっとちょっと、前も言ったけど、ウチから出した設計の方が明らかに優れてるよ?それで次長さんは責任取れるの?」

「さあ?あくまで私は()の決定を通達しにきたにすぎません。私に責任を求められても困るという話です」

「おい、舐めてんじゃねぇぞ?何様のつもりだ?」──ダン!──「あァ!?

 

 打撃音と大声、典型的な恫喝、どこまでも足元を見た対応、仮面越しに俯瞰した大人の姿は随分とちっぽけで取るに足らない存在だということに気づきました。私は何におびえていたのか、既に思い出すことすら難しく、なんとも不思議な心境に到達していたことを、よく覚えています。

 

「あら?声を荒らげてもこちらの回答は何も変わりませんよ?むしろそのような安易に威圧的な態度を取られるということは、私の方が舐められているかのような気になりますね」

「てめぇ……」

「防衛室としては、皆様方には是非とも建設的で理性的なご提案を頂きたいと思っていたのですが、これほどまでに短絡的な要求の押し通しに終始されては譲歩できるものもできませんね」

「いい加減にs」

「──やめなさい」

 

 面白いように挑発に乗ってきた大人たちを見て心底愉快な気分に浸っていると、相手方の席の端に座っていた人物が、喧嘩腰な社員を一喝しました。折角の興を削いだことに少しだけ腹が立ちましたが、その場は改めて仮面を被りなおしてその人物の方に顔を向けました。

 

「おや、どうされましたか?何か別の提案がおありでしょうか?」

「いや、新しい防衛次長さんは非常に手ごわい人物なのだなと思いましてね。これまでの我々の非礼をお詫び申し上げます」

「いえいえ、私はその程度で根に持つほど狭量な人間ではありませんので」

「フフフ、これは頼もしい、では今後のそのご活躍に期待して、そちらの要求する仕様で受諾することをお約束しましょう」

「それはこちらもありがたいことですね。では」

「ちょっと待ってくださいよ!そもそm」

何だね?

「……いえ、なんでもございません」

 

 よくよく考えればその大人は相応の立場というものを備えた人物だったのでしょう。ですがその時の私には、大人の種類とその意味に気を向けるほどの余裕は無かった、というより気にならないほどに調子に乗っていたのです。

 

「では、設計の方は仕様書通りということでよろしいですね?」

「ええ、お受けしましょう」

「では、よろしくお願いします」

 

 私は書類をまとめて片付けて退席すると、浮かれ切った足取りで歩き始めました。彼らが残された部屋から聞こえるのは静寂そのもので、私の心には勝利と成長の確信に満ち溢れていたのです。私に大恥をかかせた人間に致命的な一打を加えたという「事実」が、私を不可逆的に変化させた──つまり仮面を被るという知恵のもとに生きる信念を根付かせたのでした。

 

 日の下に出ると私の心は一層軽くなって、歩きから小走りへ、そしてスキップへと足取りがますます軽くなっていきました。心臓の刻む鼓動が早くなるのも、この上なく快い感覚でした。なんて高潮したひとときだったのでしょうか、もう自分の目の前に立ちはだかる者など、一捻りできる気でいたのです。屈辱を味わわせる全ての者の横っ面を引っ叩いて嘲笑ってやる術を身に付けた私は、今思えば酷く憐れな自尊心に満ちていたといっても過言ではないのでしょうね。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「それで、カヤはそうやって過ごしてきたんだね」

「ええ、そうです。私が相対する人たちは企業の連中が多かったですからね」

 

 面会室のガラスの隔てた両側で私とこの大人は向かい合っていました。私の顔面に微笑みの仮面はなく、ぴたりとした真顔が張り付いていました。

 

「前の防衛室長さんからは、何か労ってもらったの?」

 

 一瞬、沈黙に囚われました。そういえばあれ以来、教えを受けることばかりだったような気がします。

 

「前室長は、なんというか、厳しい親のような存在でしたね。私を教え導く人。でもあの空間は私にとって、厳しさと狡賢さで守られた場所でもあったんです」

「そうなんだね、それじゃあカヤはずっとそのやり方が正しいって信じ続けてきたんだね」

 

 それもまた、瞬時の回答ができませんでした。私は、そこまで……いやもちろん何の信念も無く過ごしてきたわけではありません。しかし、本当にここまで来ることができたのは……

 

「認めてくれた人がいたんです。私の戦いを、労ってくれる人がいて、それで頑張ってこれた……はずです」

「その人は……前の防衛室長、じゃあないんだね?」

「ええ……」

 

 私は思い出しました。あの日、本当に私が報われた日、あの言葉をかけてくれた人を──

 

「ユキノです、FOX小隊の七度ユキノ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

この世界が苦しい世界だと知ったとき、

僕はどうするべきだったんだろうか

あの時の僕は何も知らなかったから、

大人の真似をして、受け入れることにしたんだ

もし今からやり直せるとしたら

子供みたいに正義の味方を目指したいんだ

 

 

 

 

 

*1
過剰に値段を下げてモノやサービスを提供する行為、値下げ競争ができない事業者を駆逐してしまうため不公正な取引とされる




お読みいただきありがとうございます。

カルバノグの兎編のカヤは、ひとえにミヤコたちに対置する存在として描かれました。それゆえにカヤ側の人物たちのバックボーンや何故その選択をするに至ったかの説明は削られています。カルバノグのミヤコたちが自らの正義と行動指針を確立するというメインテーマに対して、カヤもユキノもと詰め込んでいくと、筋書きがとっ散らかってしまいます。あくまでミヤコたちに対置する「状況」を示す役割がカヤサイドにはありました。

その意味で不知火カヤの扱いにはあまり不満はありません。カヤやユキノは「これから」語られる人物であり、またミヤコたちとの対話で示された価値をカヤにどう示すか?という点に期待と思考を呼び起こさせるものだからです。

不知火カヤという人物に関する考察は多々ありますが、この小説もカヤの行動がどのような経験をもとに選択されたのか?先生をはじめとする大人たちをどう見ているのか?という疑問をもとにスタートしました。

なるべく本編の記述には無矛盾になるように心がけましたが。もし矛盾しているところがあったらごめんなさい。改訂版が出るかもしれません。

感想・高評価など頂けると幸いです。よろしくお願いします。
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