不知火カヤとの獄中交流録   作:イメージの裏切り

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第3話

 

 

世の中に、頑張ってない人なんているだろうか?

どんな人だって、きっと生きるのに必死だ。

でも報われることは多くない。

だから僕たちには。

あなたのした事は正しかったんだって

言ってくれる人が必要だったんだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「カヤ、今回は和平交渉だ」

 

防衛室長は相変わらず私を死地へ送り出す言葉を連ねました。餞に持たせてくれたのは、まだ子供の私でも「大人」として戦えるようにする武器だけでした。しかしながら、防衛室のオフィスは一種の家でした。どんなに辛い戦いを経ても、必ず帰って来ることができる場所だったのです。だから私は防衛室長を信頼していました、この場所の主として、傷だらけになった私を迎え入れてくれる人だと思っていました。そして同時に、防衛室長も、私を信頼してくれていると、どんな事があっても必ず帰ってくると信じてくれていると、そう思いたかったのです。

 

「和平……あのブラックマーケットとの縄張り争いですか」

「そうだ、こちらとしては元々の縄張りを今後侵犯しないかわり、奴らが不当に制圧した区画を放棄することを求めている」

 

かつてD.U.付近を根城にしていたブラックマーケットに対して、ヴァルキューレを投入して制圧するという作戦が組まれました。結果としてそれは失敗に終わりましたが、それなりにブラックマーケットの勢力を削ぐことには成功しました。向こうとしても全面戦争による損耗は避けたかったでしょうから、表立って連邦生徒会を刺激する活動を回避するようになったと聞いています。

 

しかし簡単には引き下がらないのか、周辺の企業や個人事業者を買収するという方法で、武力によらずに実効的な支配の手を広げていったのです、もちろんその手段は非合法かつ有無を言わせぬ強制的ななものでした。これに対して当時の公安局が警邏を強化すると、それに反発するようにマーケット側はマーケットガードを投入して大規模な戦闘に発展しました。今回の和平交渉はその戦闘の後始末という側面の大きいものでした。

 

「個人的には、不当に買収した事業者たちには無条件に権利が返還されるべきだと思いますが」

「そんなことは分かっている。だがそういうわけにもいかん」

「調停室は何をしているんですか?」

「あいつらはこの手の交渉の表に出るのは及び腰だ。そんな体たらくだから連邦生徒会長の小間使いだのなんだの言われるんだ」

 

それ故に荒事の交渉は防衛室なのだという話でした。まあ、どちらにせよ現場で実行したのはヴァルキューレなのですから、後の対処をするのが防衛室というのはそこまで不当な話ではないのですが。

 

「というわけだ、行ってくれるな?」

「了解です、お任せください」

「さすがにブラックマーケット相手では手を焼くだろう。人手を寄越してやる。人数の圧で押していってしまえ」

「……お気遣いいただきありがとうございます」

「任せたぞ」

「ええ」

 

返答が素っ気ないですか?まあなんてことないですよ。だって……そっちの方が()()()()()じゃないですか?

 

 

 

 

交渉の舞台は重々しく息苦しい空気に満ちていました。表向きには清廉な企業と相対していた時とは違い、今回は無法も憚らない裏社会の首魁たちが集まる場なのです、お互いがお互いをより押し潰してしまおうと威圧しあう空間でした。もっとも、数多の修羅場をくぐった毒蛇どもに比べれば、私たち防衛室の生徒たちはまだまだ青いカエルといっても過言ではなく、気圧す力は向こうの方が優勢でした。定刻までの間、横柄に深々と椅子に腰かけ、傲岸不遜な態度をありありと見せつけていたブラックマーケットの役員どもに対して、私についてきた防衛室の生徒たちは、良くて緊張した面持ちで、悪いと怯えて縮み上がっているような有様でした。私は、猛獣どもにもヒヨコどもにも目をくれず――先生もよくご存じのように――左手に右の肘をついて、顎に指を添えて待っていました。別に防衛室の子たちを見捨てたわけではありませんよ?少なくともあの場では、一人は平静を保っていなければならなかっただけなのです。

 

「時間だ、始めよう。不知火カヤ……あんたが連邦生徒会の差し金、だな?」

「ええ、是非とも、有意義な議論にしましょう」

「フン、有意義ねぇ、温室でぬくぬく育ってきた優秀な役員さん相手なら、期待できるかもな。もっとも、そのスカした態度を引っ込めてくれねえ限りは無理だがなぁ?」

「はいはい、こっちは別に威嚇しに来たわけじゃないので、始めましょう?」

「ハッ、じゃあ勝手に始めろ」

 

品性のない喋り口でしたね。まあ多かれ少なかれこっちを脅かして腰を引けさせようという目算があったのでしょうが、私には通じなかったということでしょうね。()()として戦うための武器と鎧を手にした私には、上っ面の恫喝に苦しむ必要はありませんでした。

 

「こちらの要求は資料の通り、そちらが非合法的に買収した全47の事業者の経営権を手放すことです。引き換えとして今後防衛室、及びヴァルキューレ警察学校はD.U.ハゲタカ区、即ちブラックマーケットの支配領域への不可侵をお約束します」

 

私が事務的に要求と条件を提示しても、ブラックマーケットの役員は一つ鼻を鳴らして足を組み替えただけで尊大な態度を崩すこともせず、こちらに反論を返しました。

 

「ま、正直言えば、この要求は飲めねえ。ウチらが手放すモノに対して得るものの価値が見合ってねえ」

「そうですか?あなたたちにしてみれば、ヴァルキューレの目が入らずに商売できるのは明確な利益では?」

「バカなこと言うんじゃねえ!防衛次長さんよ、不可侵なんてのは()()()()なんだよ、互いのシマを荒らさない、そんなのは当たり前だ!交渉材料になんぞなりゃしねぇ!交渉ってのはそれに上乗せしてあんたらが譲歩するもんなんだよ。そうだな、ウチから武器を買うってのはどうだ?ヨソの連中が『お子様には売れません』なんてほざいた武器でも卸してやれるぜ?」

 

私はちらりと横の防衛室役員を見遣りました、彼女たちはコンクリートの壁に反響した怒声に縮み上がって、固く口を引き結んでしまっていました。仕方がない、と私は溜め息を一つついて応答しました。

 

「ふむ……なかなか面白い提案ですね」

 

そう言うと、ブラックマーケットの連中はニヤリと薄ら笑みを浮かべました。もちろんそんな提案は呑みません。私は彼らの鼻を明かすことだけを考えていたのですから。

 

「ですがお断りします。今回の交渉はあくまでも『和平交渉』です。紛争を辞めるための和平なのですから、その紛争が起こる前の状態に戻すのが常道ではないでしょうか?別に私たちもあなたたちの領分を(むし)り取ってやろうと考えている訳ではないのですから、こちらから新たに取引を始める謂れはありませんよ?」

「ふうん……それなりに弁が立つじゃねぇの」

 

彼らは一瞬渋い顔をすると、腕を組んで再び恐い顔を構えました。しかし口角はやや持ち上がり、主張に罠を張り巡らせてくるであろうことが容易に窺えました。

 

「まあそっちの事情は分かったよ。だけどさ、経営権の返還って話、そいつはちょーっと理が通らねぇと思わないか?」

「?どういうことです?」

「簡単なことよ、あんたらはあの地区の()()()市民を解放してやりたいと思ってるんだろ?だとしてもよ、そいつらが本当に経営権を取り戻したいと思ってるのか、別にあんたは考えてねえんじゃねぇのか?ってことよ」

「当然のことでは?彼らが本来持っていた権利と財産、取り戻したいと考えるのが自然でしょう?」

「やれやれ、まだまだお子様だね」

 

海千山千の役員どもはしめたという顔をして、後ろに控えていた連中に資料を回すよう指示を出すと、得意気になって話を続けました。

 

「ウチのシマで商売やってる連中のここ数ヶ月の収益だ。件のところの収益の推移を見てみな?」

「なんですか?……っ!?買収前と比べて収益が180%増加!?」

「そうよ、ウチらの『経営手腕』ってもんを提供してやればジャンジャン儲かるのよ。それをあんたらの言う通り経営権を返還したらどうなると思う?分かるよなぁ?連邦生徒会のエリートさん、あんたらの言ってることってのはアイツらから利鞘を奪い取ってやろうってことと同じなのよ、分かる?」

「……それで、彼らには手を出すなってことですか?」

「そう、まあ停戦と不可侵協定は呑んでやるよ、いい話じゃないか?それともなんだ?アイツは本当は権利を取り戻すことを望んでるってか?いいぜ、今からそこの連中に聞いてみてこいよ!口を揃えて『今の方がいい』って言うと思うぜ!」

 

一理ある……なんて思ってはいけませんよ?確かにこの話には嘘はありませんが、正確な判断が下せる材料は提示されていないのですから。

 

まず、出てきた数字が収益というのが曲者です。これは即ち、売り上げとして入ってきた金額が買収前の180%増しだと言うだけの話です。それこそブラックマーケットの息のかかった市民を客として向かわせて出た数字であることは想像に容易いでしょう。当然、売り上げが増えたからといってそのまま彼らの利益が増えたことにもなりません。経営指導料などの名目で収益からいくらでも差っ引いていくこともできるのですから。それ故に、奴らの主張は信頼に値しません。もちろん市民の声なんてものもいくらでも仕込みができます。私たちが聞き取りに来たときにそう答えろとお脅しをかけておけば、表面的には主張に筋を通すことはできるでしょうからね。

 

まあもっとも、それを正直に言っては交渉が破綻するであろうことも明らかでした。なので……

 

「ふむ、なるほど、これは確かに見逃すわけにはいかないデータですね」

「おっそうか、流石に通すべき理屈ってのをわかってるみたいじゃねえの」

「ですが、納得するにはもう少しデータが欲しいですね……、そう、決算が分かる文書はありますか?」

 

そう言うと、連中は細めていた目を開き直してこちらをまっすぐに睨みつけてきました。収益ではなく純利益――即ち事業経費から差し引いた分の数字だと都合が悪い、図星でしたね。まあこれは一種の賭けではありました。事業者から巻き上げる金を帳簿に載せないようにさせたり、個人消費などの名目を貼らせておいたりなどして粉飾すれば、ある程度の誤魔化しは効きますからね。しかしこの時初手に出された数字は収益でした。最初から利益分としての数字を出さなかったということは、表に出すには粗が多い数字だったという可能性があります。私はそこを突くことにしたのです。

 

「なるほどね、流石はエリートさん、勘所ってのがイイみたいだな」

「それはどうも」

「いいぜ、経営権、返してやるよ。その代わりお互い、シマは荒らさないようにしようや」

「あら、そうですか、では快くお受けしましょう」

「ああ、深入りはナシで頼むぜ」

「ええ、こちらこそ、お願いしますね」

 

相手が素直に引いたのは、まあこれ以上面倒事にしたくなかったという面も大きいのでしょう。私としては財務室も巻き込んで捜査するカードもありましたが、向こうにしてみれば交渉一つの勝ちのために大々的なガサ入れが入る方が損だったのでしょうね。口八丁で丸め込めないとなれば、この程度の損切りも受け入れるという考えが窺えました。

 

「それじゃあ、調印式といこう、防衛次長さん、ついてきてくれ」

「分かりました」

 

私は席を立つと、移動する前に交渉が一段落してホッとしている役員たちに声をかけました。

 

「みなさんお疲れ様です。あとは私が処理しますので、みなさんは後片付けをして連邦生徒会に戻ってください」

「了解です、防衛次長、お疲れ様でした!」

「ええ、お疲れ様です」

 

 

 

 

私はマーケットガードの案内で社長室と思しき部屋に通されました。泥や煙草のヤニ汚れのない清廉な絨毯、破れやへたりのない上質な革のソファやクッション、丁寧にニスが塗られた紫檀のテーブル、調度品が整えられた部屋は、人を迎えるには相応しい内装でした。しかしそのどれもが鉄筋コンクリート造の建物からは浮いた様相で、まるで何時でも引き剥がして姿を消してしまえそうな雰囲気も漂っていました。

 

ソファに腰かけると艶の美しい机上にに一枚の書類と万年筆が差し出されました。そこには既に先ほどの交渉結果が記されており、ブラックマーケット側の代表者のサインと印鑑も押されていました。

 

「さあ、一筆どうぞ」

「私、責任者じゃないんですが」

 

嗚呼、可哀想に、気付くのが遅かったですね。

 

「ああ問題ない、どっちみち、そのまま帰す訳にはいかなかったからな

 

ドスの効いた声が発されると同時に、後頭部に銃口が突きつけられました。私は両手を挙げてこの状況に答えました。

 

「――騙した訳ですか……」

「いや?最初からそのつもりはなかったさ、お嬢さんがもうちょっと素直な子かと思ってたアテが外れたってだけだな」

「素直じゃない……それは光栄ですね」

「ハハハ、言うねぇ。でもそんなに聡いなら、自分の置かれてる状況が分からない訳はないだろう?」

 

身柄を確保してどうするのかは分かりませんでしたが、まあ大方今後のやり取りを優位に進めるための「交渉材料」にされるのが固いでしょうね。どちらにしても、その時の状況は明らかに私のミスを突きつけられたも同然でした。

 

「こんなことをして、タダで済むとは思わないことですよ」

「ハハハ、負け犬にしてはよく吠えるねぇ」

 

さぞ愉快だったでしょうね。とはいえタダで終わらせる気がなかったのは本当でした。

 

ゴスッ!!――「うぐっ!」

 

私は両手を後ろに回して銃身を掴むと、思いっきり前後に振り動かして銃床をマーケットガードの胴体に突きました。そしてその隙に窓際の社長デスクの影に潜り込んで防衛室の役員に電話をかけました。

 

「私です!聞こえますか!?奴らが実力行使に出ました!あなたたちはすぐにここから退避しなさい!ううっ!!」

 

部屋の外にいたマーケットガードがなだれ込み、一斉に銃撃を仕掛けてきました。調度品は最低限の弾除けにはなりましたが、とても弾丸の雨を凌ぎきれるほど頑丈ではありませんでした。

 

ガシャーン!!――「あがあっ!!」

 

私が被弾して怯んだ所を、マーケットガードは突き倒して手足と頭を押さえて拘束してきました。情けないことですが、所詮役人にできる戦闘はこの程度ということですね。なんとかして視線を上に遣ると、悪の首魁がニヤつきながら私を見下ろしているのが目に入りました。

 

「さあて、観念しな、防衛次長さん」

 

万事休すかと思われました。しかし次の瞬間!

 

「!!誰だ!?」――ズキューン!

 

何者かの気配を察知した所を、狙いすましたように銃撃が襲いました。その注意がそれた瞬間を縫うように一つの影が潜り込むと――

 

Foxtrot(フォックストロット)」――プシュウウウゥッッ!!

 

発煙手榴弾が投げ込まれ、一帯を煙が覆いました。次いで低い打撃音とともに私を押さえつけていた質量が蹴り倒されると、私の前に一つの手が差し出されました。

 

「お迎えにあがりました、防衛次長」

「あなたは……!」

「挨拶はお後で、今は逃げましょう」

 

その人物は赤いタイのセーラー服に狐耳――FOX小隊でした。

 

 

 

 

「防衛室の役員が逃げたぞ!探せ!」

 

ドタドタと喧しい足音を立ててマーケットガードが走っていくのを、換気ダクトの中で息を潜めて待っていました。

 

「行ったな」

 

そう言うと、茶色みがかった黒髪のFOXの隊員はインカムを入れて通信を取り始めました。

 

「マーケットガード、ポイントQ(キューベック)を通過。FOX3は予定通り陽動に入れ、FOX4はその援護だ、もう弾は当てて構わない……よし、では任せたぞ」

「はぁ……どうもありがとうございます」

「お礼は脱出に成功してからでお願いします」

「ははは……あっ!そういえばうちの役員はどうなりましたか?無事ですか?」

「ご安心ください、お付きの方々はFOX2、当小隊の副小隊長が誘導しております。ご心配には及びません」

「あぁ、よかった……」

 

一通りの状況の確認が済むと、ダクトの中でしゃがんだまま挨拶を交わしました。

 

「遅れましたが、私はSRT特殊学園2年、FOX小隊小隊長、七度ユキノと申します」

「こちらこそ、防衛次長、不知火カヤです」

「では改めて脱出を試みます。私の後について来てください」

 

膝と背中を曲げたまま、ダクトの中で歩みを進めていきました。目の前に映る背中は厳しい鍛錬に裏打ちされた信頼感を抱かせるもので、私は……これが同学年か、などと先程までの失態を対比させて、勝手に卑屈になっていました。鮮やかな救出劇に、やはり悔しくなってしまったのでしょうね。

 

ザザッ――ガガガッ――

 

ユキノのインカムからノイズが漏れると同時に、彼女は私の動きを止めさせて通信を取り始めました。

 

「こちらFOX1、報告しろ……ふむ……そうだな、ではポイントJ(ジュリエット)の方向へ誘導しなおせ、私はそれを待ち次第ポイントG(ゴルフ)経由で向かう。3分でできるか?……うむ、よし、ではそれで行ってくれ。――防衛次長、想定よりマーケットガードの動きが速いようなので、3分ほど待機した後別のルートから脱出します。よろしいでしょうか?」

「え、えぇ、大丈夫ですよ」

 

すると私たち二人はしばらくこの狭い空間で待つことになりました。別に喋る理由は無かったのですが、想定外の事態のリカバリーにも難なく対応してみせたユキノの姿に劣等感を抱いたのでしょうね。もどかしさに耐えきれず、私はわざと彼女に聞こえるように独りごちました。

 

「はぁ……情けないですね。防衛次長として重責を担ったのに、卑怯な手段にやすやすと嵌まってしまうとは……同じ2年生だというのに、なんて有様でしょう。キヴォトスの安定と秩序のために力を尽くしても、卑劣な暴力にひっくり返されてしまうとなれば、この努力に一体どれほどの意味があるんでしょうね?なんて……」

 

ユキノは視線を動かすことはしませんでした。ですが拳を握りしめながら歯を食いしばったところには、なんというか、同じ悔しさがあるような、そんな感覚を覚えました。

 

「あいや、すみません。別にあなたたちの取り組みを腐したいわけではないのですが……その、ただ、羨ましいなと……」

「いや、そんなことはありませんよ、防衛次長。私たちも別に華々しい栄誉だけを勝ち取れているわけではありませんから」

「そんな同情なんて……」

「いえ、本心です」

 

そう言うとユキノは半分自嘲するように微笑みながら話し始めました。

 

「マスコミは私たちの任務について、成功ばかり持て囃しますが、実際に任務の結果が正当な断罪に繋がることは多くはありません。容疑者を検挙したところで、なぜか何の処分の検討もなされることもなく、数日後には外を大手を振って歩いているなんてことはしょっちゅうありましたよ。連邦生徒会内のパワーバランスや財界からの有形無形を問わない圧力や癒着、明確な法令違反の形式を取らない悪事というものが満ちている前では、SRT(私たち)の権限というものは何の意味もなさないのではないか……なんて思ったりもしますね」

「そんな……」

 

確かに連邦生徒会は一枚岩ではありません。さらに言えば同じ価値観で動いているわけでもないことは、先生もお分かりでしょう。

 

「最初にカメラの前に出たときは、それこそ揺るがない正義だのなんだのを威勢よく言いましたが、実際は貫き通せるわけでもありませんでした。悪い連中というのは、巧妙に正義の矛先を向けさせないのです。正面から相対しようとしない悪に正義の剣の鋭さは威力を発揮しません。情けないことです。入学したときは、自分たちは正義の体現者になれると思っていたのにです。一年任務をこなしてきて、体で学んだのは己の無力さと世界のままならなさでしたね」

「腹に据えかねますね。権力というのはそんなこそこそした悪の姿を暴き出すのが役目だというのに……連邦生徒会の連中がそんな腑抜けばかりだったとは……。そんな体たらく、なんとしてでも変えてやらなくてはなりませんよ!そのためにもこんな失態で躓いているわけにはいきません!早く次の手を考えないと……!」

 

さっきの落胆はどこへやら、いつの間にか覇気を取り戻して息巻いているんですから、良いご身分です。それでもユキノは私の方を見て小さく微笑みました。その表情にはさっきの自嘲の影はなく、僅かな期待の色が見えました。

 

「あなたがそう言ってくれると、私たちも報われます」

「そっ……そうですか?」

「ええ、連邦生徒会長直属という身分だと、何かと邪険にする役員の方もいます。ただの会長の腰巾着だの、行政委員会の権威を(おびや)かしているだの、中傷されることもありました。その度に私は怒りを押し込めて、全体の奉仕者の仮面を付けて微笑んで誤魔化しました。なのであなたのように、一緒に怒りを示してくれる人がいると分かれば、私ももう少し、頑張れそうな気がします」

 

目の前の少女は私と同じ、仮面を着けて世界に立ち向かう人物だったということです。生身を苛む雨風に耐えながら本当に自らの信念を体現できる瞬間を待っているような、そんな気がしました。

 

「そんな、私はただ……腑抜けた生徒会に腹が立っただけで……それに私も組織で意志を貫き通すなんて、全然できてないので……」

「ふふっ、それじゃあ、ますます私たちは仲間ですね。お互い戦う場所は違うでしょうが、きっとこの意志も悔しさも分かち合えると思います」

「分かち合える……。私の戦いを……」

「ええ。防衛次長、私はあなたのやってきたこと、正しいと思いますよ。キヴォトスの正義のために、これからも戦いましょう」

 

その言葉に私もようやく、報われたような気がしました。あのお互いを認め合って、苦しみを分かち合った瞬間が、一番幸せな時だったのかもしれません。

 

「さあ、時間です。行きましょう」

「は、はい!」

 

私の先を行く背中は、大きいものでした。しかしそれ以上に大きいものを背負っている背中でもありました。ただ、その会話の後の背中は、少し重荷が下ろされたような感じがしました。

 

「あそこの侵入口から外に出ます。準備はよろしいですか?」

「は、はい!大丈夫ですよ」

 

ユキノは前を向いたまま、希望を語りました。

 

「防衛次長、もし望みが叶うのであれば、私はあなたの指示で任務に就いてみたい、そう思います」

「あはは、そんなことを言われたら、私は連邦生徒会長にならないといけませんね」

「是非、なってくださいよ。お待ちしておりますから」

「それじゃあ、や、約束ですよ?」

「ええ」

 

そうして私たちは、白い光の中に飛び込みました。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

目を開けると、石膏ボードの天井が滲んで見えました。私は、ようやく気付いた私の意識を醒ますように頭を振りかぶると――

 

――ゴンッ!!

 

「!?カ、カヤ!?大丈夫!?きゅ、救護班!?救護班をお願い!!」

「先生……私は、やっと謝るべき人が分かった気がします」

「……そうなの?」

「その人とは、この世界のままならなさを分かち合ったんです。それなのに、私は彼女を裏切ってしまった……」

 

透明な視野に鮮やかな赤が差し込む。すぐに看守に上体を起こされると、強かに叩きつけられて切れた額を消毒され、絆創膏をペタリと貼られてしまう。隠された内からでも、ズキズキと痛みが伝わってくる。

 

「だから、ちゃんと、謝らないと!」

「……一人でできそう?」

「……はい」

「それならよかった」

「でも、彼女は許してくれるでしょうか?」

「大丈夫だよ、きっと、あの時のカヤが帰ってきたって、そう思ってくれると思うよ」

 

帰ってきた、か……。

 

「カヤ、一つ聞いてもいい?」

「どうぞ」

「カヤはさ、どうして裏切っちゃったの?」

 

 

どうして、か……。

 

 

「そうせざるを得なかった理由が、あるんじゃない?」

 

 

 

それは……、ああ忌まわしい……。何もかも……嗚呼……。

 

 

 

「ちょっと、整理させてください」

「うん、じゃあ、待ってるね」

「はい……」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

一人で戦うのはとても尊く見えるものだ、

でも戦っている本人は寂しくてしょうがないんだ、

感謝よりも崇高なものの為に戦っているといっても、

本当はそばで一緒に戦ってくれる人が必要なんだ

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

カヤとユキノの馴れ初めというか、行動を共にするきっかけというのは本編では描かれませんでした。ただ、ユキノが1年生の頃を「甘い夢」というほどにまで荒んだ原因をカヤに、特にSRT廃校論以降に求めるのは少々無理のある推論です。それはあまりにも心境の変化が急すぎますし、何よりカヤにそこまでのマインドコントロール能力があるとみなすことは難しいからです。

私はこの二人は過去にお互いの立場やキヴォトスにある問題への意識を共有しあったことがあるのではないかと思っています。意気投合したかは別にしても、同じ課題に目を向けて、それを何とかしようとするところまでの合意はできたのではないかと思っています。

ユキノがカルバノグ2章で差し出したカヤの発言の録音も、カヤの悪事を暴くというよりは同席していたハイネを離反させるような内容だったことを踏まえると、彼女がカヤを憎からず思っている、と言えるのではないでしょうか。

感想・高評価など頂けると励みになります。次回も引き続きよろしくお願いします。
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