不知火カヤとの獄中交流録   作:イメージの裏切り

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第4話

 

 

 

 

アザゼルのためのくじが当たったヤギは、

(しゅ)の前に生きたまま立たせておかなければならない。

これは、それによって(あがな)いをするために

アザゼルとして荒れ地に放つためである。

 

『レビ記』16章9節及び10節

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「カヤちゃーん!久し振り!!」

「誰がカヤちゃんですか!ちゃん付けしないでください!」

「冷たいなぁ、カヤちゃんもリンちゃんみたいなこと言うんだね」

「リンにも同じこと言ってるんですか?まったく……それで何の用ですか?」

「いや?カヤちゃん防衛室に入ったって聞いたから、大丈夫かなって。ほら防衛室って結構お仕事荒んでるって言うじゃない?元気にしてるかなって思ってさ」

 

──その女は随分莫迦げたことをする人間でした。

──キヴォトス中のトラブルに駆けつける人間でした。

──一体どこからその暇と体力が出てくるのでしょうか?

──皆目見当がつきませんでした。

 

「まあ、あなたに心配されるほどじゃないですよ。しかしあなたはいいですね、次期連邦生徒会長だなんて羨ましい限りです」

「そう?私はカヤちゃんも大人の前でズバズバ物を言うところ、すごいなーって思うよ?まるで『超人』みたい!」

 

──鏡を見せたかった。

──羨ましかったのだと思う。

 

「そんな……、あなたのようなキヴォトスを西へ東へ駆けずり回る人間のほうがお似合いの文句だと思いますよ」

「ふふふっ、ありがと♪それじゃ、カヤちゃんも頑張ってね」

「ええ、こちらこそ」

 

──暢気な人でした。

──でも、あらゆる悩みに真剣な人でもありました。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「さあ、仕上げだ。防衛室にとっても、お前にとっても、今日は重要な日になるだろう」

 

 その日は私と防衛室長は別行動でした。私は例の企業との会談へ、防衛室長は行政委員会の室長級の会議に出席という日程でした。

 

「なんでダブルブッキングなんですか?いい加減室長にも来てほしいんですけど」

「すまない、室長会議はどうしても外せなくてな」

「まあいいですよ」

「ありがとう、毎度助かるよ」

「はいはい」

 

 もちろん、防衛室長がこの手の会合に来なかったのは偶然ではありませんでした。ただそれでも私は、室長が怠惰なだけなのか、あるいは私を信頼して任せていてくれているからであると、そう思い込んでいました。

 

 

 

 

 その日の議題は競争入札の申し合わせでした。例の企業はこちらが提示した仕様書に対して不服がある、という話らしく、懇切丁寧に「説明」しろ、とのことでした。

 

 通常なら正直突っぱねてもいい難癖でした。入札の仕様に不満があるなら、そもそも入札から降りればいいだけの話なのですから。しかし例の企業は既にカイザーが撤退した後のニッチを次々と埋めている状態で、日に日に要求がエスカレートしている有り様でした。高圧的な態度に受付の役員たちの疲弊もかなり蓄積しており、それなりな「ご説明」をしてあげてお引き取りいただこうという話になったのです。

 

 会議に現れた先方の担当者は一人で、会議というよりは打ち合わせというのが相応しい雰囲気でした。しかし表情は不機嫌そのもので、なぜこんなことになっているのか分からないとでも言いたげに口を尖らせていました。

 

「おう、もういるな。どうせ結果は一緒なんだし、さっさと始めてさっさと終わろうぜ」

「おや、早くも仕様書の内容について納得していただけるのですか?それならこちらとしても嬉しいのですが」

 

 その担当者は、「は?何言ってるんだコイツ」という一言を押し殺しつつも、嫌悪感を隠さずによく通る舌打ちを響かせました。そしてどっかりとソファに腰掛けると、脚を開き、身を乗り出してこちらを睨みつけて言いました。

 

「始めろ」

「はいはい、では改めて仕様内容をご説明します。今回のヴァルキューレ警察学校の訓練施設改修のための制限付き競争入札について──」

「そんなことはもう分かってるんだよ……」

「そしたら、一体何がご不満なのでしょうか?」

「とにかくコイツを見ろ」

 

 彼が机に放り出したのは、まさにその訓練施設改修で要求した仕様資料そのものでした。

 

「これが何か?」

「いいから見ろ!コイツとアンタが持ってるソイツをよぉーく見比べて見るんだ」

 

 よく見てみると、少しずつ内容が異なっていました。とはいえそれは見覚えの無い資料というわけではありませんでした。

 

「これ、古いバージョンの仕様書ですね」

「そうだ!なんで仕様を変えたのか説明してもらわないと困るんだよ」

「なぜって、実際に利用するヴァルキューレ生の要望や知見を取り入れただけですが」

「はぁ?すっとぼけるんじゃねぇよ」

「とぼけてなどいませんよ?あなたの資料は防衛室が草案として作成した初期のものであって、そこから警備や利用性の観点で改訂を行うのは当然のことで……ん?」

「だからさぁ!こっちはこの情報を基に準備してるんだから急に違うこと言うんじゃねぇって言いたいんだよ!!」

「ちょ、ちょっと待ってください!なんであなたが初期の草案の資料を持ってるんですか!?」

「はぁ?そんなのアンタの所から今回はこれで行くっつって寄越したんじゃないかよ!」

 

 ほら、雲行きが怪しくなりましたね。どうやら防衛室から何者かが仕様書をリークして、例の企業に流したようです。それで正式な仕様書が出たところに、話が違うとお怒りになって殴り込んできたということみたいですよ。もちろん犯人は私じゃありません。そうだったら、もっと勝手知ったる素振りをしますから。

 

「はぁ……うちの者から何を言われたのか分かりませんが、なんでも当初の予定通りにいくことはありませんよ?まして最初期の草案を引っ張ってきて話が違うなんて、常識の範疇に当てはめてもあり得ないじゃないですか?」

「は?お前知らされてねぇのかよ?フザケやがって……連絡届いてねぇぞ!」

 

 彼は天井を仰ぐと、誰に向けるでもなく怒鳴り声をあげて不満を露わにしました。

 

「何にせよ、初期案から変更が入るのは当然に起きることですので、今更仕様を戻せと言われても土台無理な話です。お引き取りください!」

「テメェ!こんなこと言ってどうなるか分かってんだろうな!」

「どうぞご勝手に!私は防衛室の次長として、処分を下す側の人間ですから!」

「は?アンタ防衛次長なのかよ……」

「ん?それがどうしたって言うんですか?」

「──ハハハ、アッハハハ!おいおい冗談も大概にしてくれよ!」

「だから一体なんなんですか?」

「本当に知らないのか?オマエ」

 

 何だったと思います?今思い出しても笑えますよ。

 

 

 

この情報(初期仕様書)をリークしたの、防衛室長さんだぜ?」

 

 

 

 絶句でしたね。まあ誰が聞いてもそうでしょうが。

 

「そ、そんな馬鹿なことを言わないでくださいよ……」

「本当だぜ?だからびっくりしたよ。公開された仕様書の内容がもらったやつと違ったんだからな」

「まさか……そんなことが……」

「それよりいいのか?アンタ、次長のくせに知らなかったんだぜ?こっちとしては防衛室のお偉方はみんな知ってると思ってたんだが……ハブられてんじゃねえのか?」

「!?」

「ハッハッハ!随分愉快じゃないか!?いい子ちゃんの部下に外回りを任せて上司は自分とこの部屋で悪い大人と宜しくやってるんだぜ?憐れな仔山羊とはまさにこのことだな!アッハハハ!」

 

 私はその場を投げ出すのも気にせず立ち上がって駆け出しました。目の前の大人に対する苛立ちなど、有りはしませんでした。防衛室長の裏切りと、私が良いように使われていたこと、そして何より、あの防衛室という帰るべき場所が汚されていたことを、許せなかったからです。私は衆目も憚らずに廊下を駆け抜けました。ヒールを踏みしめ損ねて何度も転びかけました。エレベーターが待ちきれなくて、何段あるかも分からない階段を駆け上がりました。その最中、さっき聞いたことが嘘であってほしいと、心の中で何度も叫びました。あの場で交わした会話、あの場で受けた教え、あの場で託した信頼さえ嘘であるなど、認めたくはなかったのです。

 

「はあっ……はぁ……はぁ……」

 

 やっとの思いで防衛室の前まで来ると、私は意を決してドアノブに手をかけました。その先にある風景がいつもと何ら変わらないことを私は心の底から願いました。

 

ガチャッ──「防衛室長!いらっしゃいますか!──っ!!」

 

 一瞬肩でしていた息が止まりました。そこにいたのは、防衛室長……そして、あの企業の重役たちでした。

 

「おや、カヤ、もう終わったのか、おかえり」

 

 何事もなかったように出迎えの言葉を口にする防衛室長の姿に、私は血の気が引いていくのを感じました。

 

「室長……どうして……そいつらは……」

「おや?別に何の変なこともないぞ?あたしはただ『お客様』とお話ししていただけだ」

「室長……あなたは……!」

 

 防衛室長のとぼけた発言に、圧倒されていた感情の内側からふつふつと怒りが沸き上がってくるのを感じて、歯を食いしばって鋭い視線を向けました。

 

「おやおや、防衛室長さん、あんたの所の次長さんはもう気付いちゃったみたいだよ」

「よく見たらあの時の会議にいた子じゃないか、随分と意気軒昂で手を焼いたよ」

「その節は大変ありがとうございました。彼女にとっても良い『教育』になったことでしょう」

「なぁに気にしてないとも、思い上がった身の程知らずの若者を分からせてやるのが、『大人』の仕事ってやつだからねぇ」

「ふふふ、どうかお手柔らかにお願いしますよ?」

 

 目の前の会話は正直信じられませんでした。あの防衛室長が……私を叱咤激励してくれた人が、大人と同じような顔をして、同じようなことを言っているその惨劇が!それでも私は正義感を振り絞って叫びました!

 

「防衛室長っ!何ですかこの有様は!キヴォトスの平和を守る防衛室にありながら!企業の権力者連中と(ねんご)ろになるなど!あなたには正義というものはないのですか!!」

 

 するとどうでしょう、そいつらはちらりちらりと視線を合わせたかと思うと、大口を開けて私の怒りを一笑に付しました。

 

「……何がおかしい!?」

「不知火……カヤくんだね?あんたが血気盛んなのは結構だけど、そろそろ『社会』ってものを知るべきだと思うよ?」

「その通り、自分の意志で何でも変えられると思うのは子供の特権、そろそろ君も卒業する頃合いだ」

「黙れ!お前たちには聞いてない!」

「カヤ……」

「何故?何故ですか防衛室長!私を……騙したんですか!?」

「カヤ……お前は誤解している」

「何が誤解なんですか!?去年のカイザーとの癒着の汚名を防衛室は(そそ)いだはずなのに!あなたが率先して別の企業と癒着しては、何の意味もないじゃないですか!?」

「聞いたかね?汚名を雪いだだとさ!」

「これは傑作だ!そんなことが本気でできるとでも思っていたらしい」

「うるさい!お前たちは黙れぇっ!!」

 

「カヤ、お前は連邦生徒会が企業を手を組むことが悪だと言うのか?」

「当たり前でしょう!?もともと連邦生徒会は、自分の力だけでこのキヴォトスを統治するだけの力を持っているはずじゃないですか!なのに何故その力を明け渡すような真似をする必要があるんですか!?」

「若いねぇ、根拠の無い自信を持てるのは若さの特権だ」

「まるで自分がキヴォトスの支配者だとでも言いたいみたいだ」

「バカなことを言わないでください!キヴォトスの『主役』は生徒のはずでしょう!?」

 

「それが間違いなのさ、カヤ。このキヴォトスを真に治めるべき人間たちとは生徒ではない」

「な……!?」

「確かにキヴォトスは学園都市だ。数多の生徒たちの学舎(まなびや)を中心にして成り立っている。だが、それと統治者が生徒であるべきだということはイコールではない。所詮あたしたちは子供だ、どんなに権力と地位、規範で見繕っても、大人たちとの間には過ごしてきた時間と経験に大きな差が存在する。それは決して埋められない差だ。それならば、本当にこの社会の頂点に立つべきは大人ではないか?」

「そんな……ッ!……そんなことはありません!どんなに実力が足りなくても、守らなければならないものはあるはずでしょう!?」

「そういうのってあんたの思い込みじゃない?現実見なよ」

「困るんだよね、子供が意地張ったあとの尻拭いをさせられるの、迷惑だと思わないの?」

「そうそう、下手くそなのに足掻くのが当然みたいに思われると、イライラするんだよ。恥ずかしくないの?」

「黙れぇっ!お前たちに何が分かるっ!?」

「そういう風に注意されたら喚き散らしてさ、情けないよ?」

「批判には理性的に反論する。基本じゃない?」

「うるさぁいっ!!」

 

「カヤ、あたしたちは未熟だ。全ての選択において正解を引き当てることは決してできない。より多くの正解を引ける人間が上に立つ必要がある。だからこの椅子は明け渡されるべきなのさ。拙さのために多くの痛みを背負うよりずっといい結果になるだろう。もちろんこれはあたしだからそうする訳ではない。誰が、どの生徒がこの地位にいようと、いずれそういう選択をする。だからあたしは最初にそうしたのさ。真にこの世界の操縦の仕方を知る者たちにな」

「裏切り者があぁっ!!じゃあっ!それなら何故!私を教え導いたんですか!?」

「それはな、お前に知ってほしかったのさ、この世界でいかにエゴを通すことが不可能であるかを、理想を追い求めることがいかに罪深いことかを、そしてその暗い水の中でどうやって息を継いでいけるかを、な。だからカヤ、お前にはあたしの後を継いで欲しいんだ。このキヴォトスが『本当の持ち主』の手で変革されていく様子を、お前の目で見届けてほしい」

 

 私は、最後に残った信念を絞り出しながら言い返しました。それは私が戦ってきた足跡に、純粋な価値を見い出していた故なのです。

 

「……そんな誘いには乗りません!私は連邦生徒会の役員として、キヴォトスの平穏と安定の為に尽くすと誓ったんです!だから私は、この役を手放したりなんかしません!」

「最後の最後に感情論?オッサンたち、そういうの嫌いなんだよね」

「信念をゴリ押しすれば意見が通るみたいに思ってるのが一番腹立つんだよねぇ」

「ふふふ、カヤ、彼らに反論はしなくていいのかい?」

「黙れ!そんなのはイチャモンです!そんな暴言に付き合う必要はありません!」

「あーあ、そうやって議論から逃げるんだ」

「理屈で勝てなくて感情論も通らなかったら議論を拒絶する、話が通じないやつの常套句だね」

「カヤ、きちんと論理立てて反論しなさい。子供みたいに喚いても、お前の正しさは証明されないよ?」

「そんなことはまともに私の言葉に応えてから言うべきです!」

「だからさぁ、その君の言葉ってのが合格点から程遠いからダメって言ってるんでしょ?」

「そうそう、訴えるにしたって最低限の出来を兼ね備えてないとね?社会では相手にされないよ」

 

 あまりにも卑劣でした。私の言葉にまともに取り合わず、言葉尻をあげつらって攻撃する、そうやってふいにされる度に疲弊が積もりました。

 

「見たか?カヤ、これが『大人』だ。この世の荒波を乗りこなす者の言葉だ……」

 

 私は身体中から言葉を絞り出そうとしました。けれど、もう……何も言う意味が無いと気付いてしまいました。この下種(げす)どもは私の言葉に耳を傾けることはない。どんなに叫びあげることも効果を持ち得ない。それに気付いたとき私の身体の芯から何かが抜けていくのを感じました。私を奮い立てていたものが……何もかも……無くなってしまったことを悟りました。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「『何も無くなった後に残るものとは何か?』」

「何ですかそれ?」

「『七つの古則』っていうキヴォトスに古くから伝わる問いの四つ目でね、カヤちゃんはどう思う?」

 

──あの女はよくこういう話をしてきました。

──うざったい気持ちも今や愛おしい。

 

「どうって、何も無いならそれこそ『無い』んじゃないんですか?それか、『無が有る』みたいな」

「チッチッチッ、違う違う、『何も無い』んじゃなくて『何も無くなった』だよ?」

「過去形?」

「そう!周りにあったものが全部無くなった後に何が残るのかっていう問いなの!」

「うーん……そうですね……やっぱり何も残らないんじゃないんですかね?あ、でも何も無くなったことを認識する自分は存在しているって言えるんじゃないですか?」

「うんうん♪私もそう思ったよ。……でもね、それじゃあちょっと寂しいかなって思うんだ」

「どういうことです?」

「私たちってさ、卒業したらキヴォトスを離れるじゃない?そうしたらさ、もう簡単には会えなくなっちゃう。『何も無くなった』って、もしかするとそういうことを言ってるんじゃないかなって、思うんだ」

「うーん、そうですかね?別にいつだって連絡は取れるし、絶対に会えなくなるわけでもないでしょうに」

「まぁそうかもしれないけどさ、それでも普段からいられるわけじゃないし、そうなったら多分、心の中にぽっかり穴が空いたみたいになっちゃうと思うんだ」

「確かにそうかもしれませんね。この時間も、いずれ無くなってしまう……寂しいですね」

「でしょ?」

「でも、思い出とかの記憶は残るんじゃないですか?」

「あーやっぱりカヤちゃんは鋭いねぇ、実際それはあると思う」

「それじゃあやっぱり何も残らないなんてことはないんじゃないですか?」

「確かにね、だけど、そういう思い出の中にはさ、自分だけの思い出ってものがあると思うんだ。たとえばカヤちゃんはなんでもないって思ってることでも、私にとっては凄く大事な思い出になってるってこともあるじゃない?」

「なるほど」

「そういうのってさ、なかなか共有して確かめあうこともできないから、ひょっとするとすぐに忘れて無くなっちゃうかもしれない。自分だけの思い出だから、誰かに覚えていてもらうことも難しい。そういう思い出って、どうやって存在を証明すればいいと思う?」

「自分だけの思い出の存在証明……うーん……ちょっと思いつかないですね」

「私はね、実は簡単だと思うんだ」

「どうするんです?」

「頑張って覚える!」

「急に根性論!?」

「うん!でもね、自分が大事だと思って憶えていようとすることって、自然に態度に出てくるものだと思うんだ。苦しいとき、辛いとき、そういうときに思い出が支えてくれる、自分の選択の価値を支えてくれる、そう思うんだ」

「そういうものですかね」

「うん、だからカヤちゃんも、大事な思い出があったら、頑張って憶えていてほしいな」

「まあ、考えておきますよ。ところでなんで急にこんな話を?」

「いやさ、こういうのって、誰かの代わりに憶えておくこととか、できないじゃない?」

「まあ確かに……」

「そう!だから、大変なお仕事をしているカヤちゃんに預けておきたかったんだ」

「はあ……それはどうも……」

「ふふふっ、だからお願いね、自分の代わりに思い出を憶えておいてくれる人はいないから……ね──」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「私の代わりに……か……」

 

 

 

 耐えきれずに溢れる涙を見て、私は見い出したんです。この世界の真実を。

 

 

 

「私の代わりに、涙を流してくれる人はいない……」

 

 

 

「私の代わりに、苦しんでくれる人はいない……」

 

 

 

「私の代わりに、理不尽に(いか)ってくれる人はいない……」

 

 

 

「私の代わりに、この世界を呪ってくれる人はいない……」

 

 

 

「私の代わりに……」

 

 

 

 

 

「私の代わりに!私を愛してくれる人はいない!」

 

 

 

 

 

 私が味わった苦痛は、誰も代わりに受け止めてくれることはなかった。大人たちは、その責任を私に着せた。先輩は苦痛を耐える方法は教えても、苦痛から逃れる方法は教えなかった。どれほど抗っても、理不尽だと訴えても、やらなければならなかったことは、苦痛を忘れて耐え忍ぶことだった。私を、私以上に大切にしてくれる人はいなかった。それを自覚するだけで、涙がとめどなく溢れた。

 

 最後の最後に教えられたことは、希望を諦めることだった。無垢で純粋な願望に別れを告げることだった。私は、いや子供(わたし)は、諦めを受け入れさせられる側だということを知った。屈辱だった。なら何故この世界は私に希望を抱かせたのだろうか。瞼の裏に見えたのは、大人への復讐という呪い。必ず呪いを成し遂げるという使命。

 

 あのとき私は、間違いなく一人ぼっちで、それでも生きなければいけなくって、だけど支えてくれる人は誰もいなくって……だからたとえ私のエゴだったとしても、未熟な心を守るために、鎧と武器を用意しないといけなかった。私に苦しみを抱かせた大人たちを呪い尽くしてやるって、そう生きるって、決めたんだ。

 

 私は悲しみを押し殺しながら歯を食いしばって、ゆっくりと立ち上がりました。

 

「ようやく、気付いたか、カヤ」

「ええ、やっと分かりました。私の為すべきことを……」

「じゃあ行こう、『大人』の世界へ」

「私は、そこには行かない──」

 

 バン!バン!バァン!──「なっ!?カヤ!何故だっ!?」

 

「おいおいおい、逆ギレ?口で敵わないからって暴力は」──バァン!──「ぐあぁっ!」

 

「ちょっとちょっと、聞いてないなあ防衛次長さん?」──バンバァン!──「あがぁっ!」

 

 私の右手はひとりでに銃を執って撃っていました。何の感慨もなく、ただ侮蔑と失望のままに引き金を引きました。汚い「大人たち」が倒れ伏して弾も無くなったら、殴る蹴るで痛めつけました。なぜそこまでしたのかといえば、それは偏に、喪ってしまったものを取り戻そうとしたからなのでしょう。もう戻ってこないなんてことは分かり切っていたはずなのに。

 

「お前たちは……絶対に許さない!この世界の本当の持ち主がだれなのか、その身に叩き込んでやる!」

 

 さようなら、未熟な私。これからはこの火を焚いて生きていくからね。

 

 

 

 

「動くな!防衛室長及びラグランジュホールディングス、お前たちを贈収賄及び官製談合の容疑で──これは……」

 

 バンと扉を蹴り開ける音とともに突然の来訪者が防衛室に現れた時、そこに立っていた人間は私だけでした。

 

「防衛次長……まさか……これを一人で制圧したというのですか……?」

 

 嗚呼、願うなら正義の遂行者は、もっと早く来てほしかった。もうその時にはかつて抱いていた純粋な希望はすっかり打ち砕かれてしまったのだから。

 

「ユキノ」

「防衛次長……」

「約束、覚えていますか?」

「約束……?」

「私、連邦生徒会長になるって決めたんです。このキヴォトスの頂点に立って、私たちを弄んでいる理不尽を取り除くんです。ユキノ、喜んでください。あなたが正義を体現できるキヴォトスがやってくるんです。一緒に、来てくれませんか?」

「──っ!……ぐっ……是非、御伴(おとも)します」

 

 その時のユキノの表情はもうよく覚えていません。私がどんな表情をしていたかも覚えていません。救いの手を差し延べていたのか、あるいは助けを求めていたのか、それを気にも留めないほどに、孤独な復讐に臨んでいたのかもしれません。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「カヤちゃんおはよ──っ!」

「うわぁっ!急に抱きつかないでください!」

「あぁよかった!やっと返事してくれた!」

「は?どういうことですか?」

「あれ?気付いてないの?カヤちゃんここ最近ずっと酷い顔してたんだよ?」

「そうなんですか?私は普通に過ごしてたつもりなんですが……」

「そう?もしかしたらカヤちゃん、このままヘイローが壊れちゃうんじゃないかって心配だったんだよ?」

「あぁ、それはすみません、心配かけましたね」

「もう、無理しちゃダメだよ?手伝えることがあったらいつでもいってね?」

「ははは、そんなに気を遣ってもらわなくても……」

「それなら、いいんだけどさ。本当に、大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

──大丈夫などではなかった。

──無理矢理にでも、助けてほしかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「私はあのときから……心に決めたんです……キヴォトスの全てを完璧に治めると……私たち(こどもたち)には不可能だと見下して、諦めという名の名目を呑み込ませ、責任の全てを負い被せた大人たちに目にもの見せてやると誓ったんです!このキヴォトスの本当の持ち主が一体誰なのかを、知らしめてやると!」

「大変な思いを……カヤはしてきたんだね」

「あなたに何が分かると?あなたがやったことは、理解するふりをして瑕疵を咎め、怒りと憎しみを矮小化し、私たちが持つべき責任(もの)を取り上げた、まさにその通りでは?」

「そんなことはないよ、私はずっと生徒(きみ)たちを応援してきたし──」

 

 その言葉に一層強く顎に力を込めて歯を食いしばりました。そんなことを私には一度だって思ったことはないだろうに……。

 

「黙れ!!これだけ私の心を剔抉(てっけつ)しておいてまだ説教を垂れるつもりですか!!私が大人に伍するべく耐え忍んできた苦痛と戦いを軽んじられる訳にはいかないんです!!私は今でもずっと待っていますよ?あなたの寝首をかいて、キヴォトスの主導権を生徒の手に取り戻せる瞬間を……」

「……」

「行政権は手放したなんて言い訳は通じませんよ。権威というのは常に規則上(デ・ジュリ)ではなく、事実上(デ・ファクト)の意味を問われるのですから。今のあなたの影響力を見て見ぬ振りをすることは許さない……」

「カヤは、私をずっとそういうふうに思ってたの?」

「いえ?最初はただの一人の大人だと思っていました。RABBIT小隊のことも、単に恩を売ろうとしたのだと思っていましたよ」

 

 ただそれは明確な見誤りに過ぎませんでした。経緯の仔細は不詳ながら、この大人は巧妙にあらゆる生徒たちを取り込みました。

 

「何にせよ、あなたの言う名目の下に諦めを受け入れた生徒たちで連邦生徒会は埋め尽くされたのですよ。それはきっと、あなたを呼び寄せた連邦生徒会長──あの女もそうなのでしょうね」

「それでクーデターを?」

「そうです!本来持つべき権威と権力を持たず、導くべきでない者が導くキヴォトスを受け入れることはできなかった!あなたに膝をついたリンたちも!傲慢なあなたも!許してはおけなかった!」

「それが他の生徒たちに飛び火するとしても?」

「この世の理不尽を諦めて受け入れてしまう生徒は、大人に屈したも同然なのです!そんな甘さは正されなければならない!真に付き従うべき『超人』を、私が体現しなければならなかったのです!」

 

 その大人は苦しそうに目を瞑ると、嘆願するように尋ねました。

 

「それは、本当にカヤがやりたいことなの?」

「当然です!幼い希望の一切が打ち砕かれてから、たったそれだけが私を支えてきました……。ねぇ先生?あなたは生徒のやりたいことは応援するそうじゃないですか。なら……なら私の復讐も応援してくださいよ!そうでなければ……私はあなたを呪います。この身の全てをかけて……あなたを呪い尽くしてやる!!」

 

 嗚呼、かわいそうな子……。誰にも憐れんでもらえない子を、精一杯憐れんであげる。呪詛というものはまさにこのようなことを言うのでしょう。しかしその大人は……

 

「いいよ、呪ってよ。私が、君に呪われてあげる」

 

 その時に至ってなお、私を呪ってはくれませんでした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

その子は野生のロバのようになる。

その子があらゆる人に拳を振りかざすので、

人々は皆、その子に拳を振るう。

その子はきょうだいすべてに敵対して暮らす

 

『創世記』16章12節

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

最終編のリンちゃんと連邦生徒会長の会話から、カヤにもそんな会話があったらいいなと思って古則を捏ねました。

個人的な印象として連邦生徒会長と先生はあり方というか行動指針が似ているのではないか?というものがあります。ひいては今のシャーレとかつての連邦生徒会も同じような活動をしていた、即ちキヴォトス中の事件に東奔西走するような組織で、会長に職務権限が集中しているのはその名残りというものです。連邦生徒会長がそのあり方を体現するような人物であれば、外からはまさに「超人」と見なされるのも宜なるかなと思います。もちろん全てにノーミスでいられる保証はありませんが。

カヤの「あの女」呼ばわりは、そのわずかなミスへの失望なのでは?と思っています。少なくとも連邦生徒会長の劇中描写からは、あからさまに個人を冷遇するような印象は無いので、カヤが反感を抱くの逆恨みではない、と信じることにしています。

さて、というわけで次回最終回になります。プレイヤーの分身たる先生として、外に向かう憎悪をどうしようかな?という個人的なスタンスを示して終わろうかなと思います。最後までお付き合いいただければ幸いです。

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