「ユウト、突然だけどそろそろアレをやろうと思うんだ」
或美高校の屋上。普段ミツキとユウトが昼食を食べている場所である。
二人にとってな普段と変わらない、日常の象徴とも呼ぶべき場所でミツキは神妙な顔で話を切り出した。
「・・・そうか、ミツキ。やるんだな、アレを」
彼の真剣な表情から意図を汲み取ったユウトはその場で立ち上がり、ミツキの肩に手を置く。
「今のお前ならやれる。一世一代の大勝負、決めてこいよ」
「うん!一世一代の───ってちょっと待って。そんなに大げさなことじゃなくない?」
「は?いやいや、今後の青春に関わる一大イベントだろうが。てかさっさと終わらせてくれないと見てるこっちがじれったいんだよ」
「・・・」
話が噛み合わない。そう感じたミツキはユウトに問いかける。
「ユウト、今から俺が何するか本当にわかってる?」
「何ってそりゃ、アマツカに告白するんだろ?」
どうしてそうなった。
ミツキは目の前で一人で盛り上がる悪友に呆れたような視線を送った。
「アマツカはモテるからな。ライバルは多いだろうが、多分お前ならいけるぜ。それなりに向こうも意識していると見た!」
「お前ちょっと黙れ」
サムズアップしながら励ましているつもりであろうユウトに渇を入れるミツキ。
やはりコイツとは『アレ』というワードだけで伝わるほど、距離が近いわけではないのかもしれない。
「そんなのじゃなくて、改造だよ。改造!」
「・・・改造?なんの?」
「ガンプラ!俺のAGE-1を俺専用機に改造するの!」
ユウトは顎に手を当て、暫く考えたような素振りを見せた後、大きくため息をついた。
「チッ」
「おい、なんで舌打ちした」
「空耳だろ、被害妄想やめろ」
「空耳にしては随分よく聞こえたけどなぁ」
「なら、その手のプロの助っ人を呼んでやる。お前はアイノに連絡しておけ。同じチームメンバーの機体もあった方が改造コンセプト決めやすいだろ」
ユウトは後頭部を掻く仕草を見せながらも携帯を開き、助っ人と呼称した人物に連絡を取るのだった。
──────────
「…なるほど。それで今日の僕の予定を聞いたんだね。
ガンプラ改造のことなら僕に任せてよ」
ユウトが助っ人と称した人物、モリタ店長は胸を叩いて朗らかに笑う。
三人の行きつけの模型店『モリタ模型』の店長にしてプラモデルの相談なら快く受け入れてくれる彼を頼るのは必然だった。
「お休みなのに無理言ってすみません、店長。
オリジナル機体を作るとは言ったものの、具体的に何からすればいいのかわからなくて」
「いいんだよミツキ君。丁度うちのバイトちゃんも仕事を任せられるようになった頃だしさ」
モリタがそう言ってカウンターの方に視線を移すと、大学生くらいの女性が会計を終わらせて客にガンプラを手渡ししていた。
女性はこちらの視線に気づくと照れくさそうに小さく手を振ってきた。
「俺たちはともかく、店長はレンタル品のガンプラ直す仕事とか大丈夫なんですか?この間まで精神崩壊したカミーユみたいになるまで補修作業してたみたいですけど」
「しばらくはその心配はなくなったんだ。実はレンタル品を直してくれるバイトをしている子ができてね」
「溜まり場がいつの間にか企業化してる…なんだか社長みたいですよ店長」
「おいおいユウト君、僕はもともとこの模型店の店長。いわば社長と同じだぜ?」
サムズアップしながら自分を指すモリタを見て、ユウトは心配して損したとため息をついた。
何はともあれ、三人にとって模型のいろはについて知る彼がいることは心強かった。
「・・・それで今回はミツキ君のガンプラを改造するんだったね?」
「はい。素組のガンプラを使い続けるのもいいんですけれど、性能面で限界を感じることが多くなってきてて」
「ふむ。ミツキ君が今使っているのはガンダムAGE-1だったね。ちょっと見せてご覧」
「はい。これです」
ミツキは自分の鞄に入っているケースからAGE-1を取り出し、卓上に直立させた。
「・・・ははっ、これはまた、随分と使い込んだねぇ」
「はい。大事な相棒ですから」
AGE-1を見たモリタは驚嘆と共に感心を込めてそう述べた。
モリタだけではない。その場にいたユウトとコウスケも同じくAGE-1に視線が釘付けになった。
「改めて見るとすごいな、お前のAGE-1。模型でよく見る汚し塗装なんか目にならないくらいズタズタだ」
「まさに歴戦の戦士って感じだね。ソラザキ君、どれだけの期間使ってたの?」
「初めて買ったガンプラがコイツだったから、3年くらい前かな。・・・といっても、完全に壊れたパーツとかはバラ売りされてるパーツに変えたりして使い続けたからもう最初の頃からのパーツが使われてるかどうかすら怪しいんだけどね」
そう答えたミツキにコウスケは驚嘆し、ユウトはマジかよ、とため息をついた。
「パーツをひたすら付け替えるのを原型がなくなるまで続けた…まるでテセウスの船だな」
「ははっ、いい例えだねユウト君。
・・・だけど──」
モリタはミツキと目を合わせ、疑問を投げかけた。
「そこまでここで買ってくれた機体を大切にしてくれたのは嬉しいけど、キットごと買い替えるってことはしなかったのかい?
売る側の僕が言うのも変だけど、パーツ単体を買うよりもキットを買うほうが安く済んだんじゃないかな」
当然の疑問だ。
ガンプラは戦い続けるごとに関節の磨耗や劣化により、脆くなっていく。同時にくるであろうガンプラの使用限度が見えてきた場合、機体まるごと変えてしまえばまた全ての部位が新調される。
だというのにミツキはそうせずにパテで補修したり、一部分のみを交換しつづけている。作業の手間を考えれば、とにかく効率の悪い戦い方だったのだ。
だが、ミツキの答えはひとつだった。
「おかしな考え方かもしれないですけれど、こいつは俺にとってただのガンプラじゃなくて生きているんだと思ってます。俺の戦闘や補修技術に合わせて姿形を変えていって、同時に俺も成長できた証なんです」
AGE-1に視線を移し、だから、とミツキは付け加える。
「小さな欠片でもいいから、戦うなら一緒に成長してきたコイツがいいんです。
・・・最初の頃から明確に残ってるパーツは頭部くらいですけれどね」
それを聞いたモリタは理解した。
ミツキが作る専用機の最初の条件。それは今目の前に鎮座している相棒のパーツの一部を引き継がせることだと。
「そうか、わかった。なら専用機のベースは変わらずにAGE-1で行くんだね」
「はい!」
これは難しい作業になるぞ、とモリタは気合いを入れ直した。
「ソラザキ君、機体性能に限界を感じてるっていうのは例えばどんなところなの?」
「まず、可動範囲が最近のガンプラに比べて負けてきているところかな。特に肩周りの可動範囲をもう少し確保したいんだ」
「肩?そこを変えるだけで性能が違ってくるものなの?」
「アイノ、ガンプラの可動範囲っていうのは俺たち人間と同じようなものなんだ。例えば肩が90℃しか上がらないと思って動かしてみてくれ。武器なんか構えるとき狙い辛くて困るだろ?」
「あぁ、なるほど。たまに僕のフラッグも思いどおりに武器を構えられないときがあるけど、そういうことだったんだね」
二人に質問したコウスケは納得したように声をあげた。
「・・・話を戻すよ。まずはそれがひとつ。
そしてふたつめは素組故の継戦能力の短さかな。最近ユウトとNPCを相手にしたバトルをよくやってるけど、レベルが高い敵を相手にしたとき、相手よりもエネルギー切れが早かったり推進材切れを起こすことが増えてきてると思うんだ」
「最近はエネルギー消費のリスク管理とかも上手くなってるもんな。確かにそう考えれば残る要因は機体側にあると見るべきだろうな」
GPDのレギュレーションにおいて、デュエルとアンリミテッドの二つは機体の完成度によって武装に使えるエネルギー量や推進材の量が変わる。
ただキットをそのまま組んだ状態、いわゆる素組の機体ではシステム上、完成度が低く認定されてしまい性能が低くくなってしまうのだ。
「改造によるクオリティを上げつつ、長期戦闘も視野に入れられる継戦能力もあげるとなると…GNドライヴをもつOO系の機体とミキシングするのがおすすめかな」
「ミキシングって?」
「いくつかの機体を混ぜてひとつのオリジナル機体を作ることだよ。ミツキ君の場合、AGE-1とOO系を合体させていく形になりそうだね」
コウスケの質問にモリタはそう答えたが、残りの二人のほうを見ると何とも形容しがたい表情をしていた。
「二人とも、浮かない顔だけど大丈夫?」
「え?あ~…顔に出てたか。ついに俺もトップメタを使うことになるのか、と思ってさ」
「ありゃ、もしかしてミツキ君はOO系はお気に召さなかったかな?」
「まさか。作品自体も大好きですし、OO系のガンプラだってほとんど全部作ってますよ!なんならOOが嫌いなガンダムファンなんていないとまで思ってます」
ただ、とミツキは付け足すように続けた。
「トップメタの機能を着けたら最後、これ以降の進化の可能性がなくなってしまうように思えて…」
「おっと、それは甘いぜ。ミツキ君。
そもそも他作品の機体にドライヴを積むだけで大がかりな作業だし、トランザムなんかを使いこなせる機体を作ろうとすれば高い製作技術が必要だ。課題はいくらでも見えてくるさ」
GNドライヴを搭載した機体は確かに強い。どんな環境であっても浮遊することにより空は飛べる、GNフィールドによって攻撃は防げたりと至れり尽くせりだ。
だが、機体各所にGNコンデンサと呼ばれるクリアパーツを配置する等といった工作も必要だ。
GNドライヴを搭載する機体は例外なく上記の作業が発生するため、関節やポリキャップの規格が違う機体にこれを搭載しようとした暁には機体の原型が残らなくなるというジレンマがあった。
「それに改造機は補修作業も素組の比にならないくらい大変だしな。これからは素組のときと違ってバトル前の事前準備にも手間がかかるようになってくるぞ」
「改造機は素組の機体よりも高い性能を発揮できるけど、手間をかけて作った分修復も難しくなるってことだね」
自分の中で納得したコウスケは自分の目の前に鎮座するフラッグに視線を落とす。
「僕のフラッグみたいに素組の機体のままならプレイヤースキルを限界まで磨くしかない、機体を改造して強くするなら修復技術も高くなければならない…選択が難しいね」
「修復が大変だからずっと素組の機体を使うプレイヤーだっているくらいだしな」
GPDのガンプラ事情を語り終えたユウトはそれはさておいて、と逸れていた話を戻す。
「ベースはAGE-1、あとは組み合わせる機体だよな。同じ主人公機かつOO系のエクシアあたりを使うか?」
「俺も最初はそう考えてたけど、AGE-1の形状にエクシア系のパーツは移植しづらくて。だから──」
ミツキは机にランナーが入った小袋を並べる。以前にモリタ模型で買っておいたものである。
「これは…デュナメスにサバーニャのパーツか。確かにこれならAGE-1の形状にも合いそうだな」
「うん、見た目的にもソラザキ君の機体と同じ角面が多いから似合いそうだね。早速組み立ててみようよ」
ユウトとコウスケも交え、ミツキは用意していたランナーからパーツを切り取り、組み上げる。
腕部、脚部をAGE-1に仮組したりしてみながら機体の構想を練っていった。
「あとはGNドライヴを使えるようにするためのコンデンサをどう取り付けるかだけど…店長、何かアイデアはありますか?」
「そうだね…あらかじめミツキ君が集めてきたパーツを見たところ、腕部関節に付けるためのコンデンサは足りてるね。あとは脚部につけるコンデンサか…」
モリタはミツキのAGE-1に視線を移す。
コンデンサを取り付けられそうな部位を見つけ、そこをマスキングテープで囲うようにして貼りつける。
「コンデンサを埋め込めそうなのはこのあたりかな。ミツキ君、ピンバイスは持ってるかな?」
「はい。ありますよ」
「よし。あとは──コイツを使おうか」
モリタが取り出したのは大きめの杭のような道具だった。
「店長、それは?」
「リーマーっていう道具だよ。ピンバイスで開けた穴を任意の大きさに広げるために使うんだ。
GNコンデンサ…このレンズ状のクリアパーツを取り付けるには、ピンバイスで開けられる大きさの穴じゃ入らないからね」
ミツキはモリタからリーマーを受け取り、穴を開けるアタリにしているマスキングテープにピンバイスをあてがう。
「・・・このパーツに穴を開ける瞬間って不安でいっぱいになりません?」
「改造あるあるだね。でもやってみないといつまでも先には進めないぜ、ミツキ君」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら語るモリタ。
先ほどまで進化の可能性がなくなるだのと強がっていた手前、ミツキも引き返すわけにはいかなかった。
「ええい、ままよ!」
ミツキはピンバイスで脚部を貫通させた。
開けた穴にリーマーを回し、少しずつ穴を広げていく。
「微調整が難しいな、これ。広げすぎたら終わり…広げすぎたら終わり…」
「お前めっちゃ手震えてんじゃんw」
「喋るなァァァ!」
対するユウトは瞳孔を限界まで開きながらリーマーを回すミツキに吹き出す。写真にでも納めてやろうかとも思ったが、何かの拍子にパーツを駄目にでもしたら弁償しろ等と言われかねないのでやめておく。
「よっしゃ、ピッタリはまったァ!どーよ、ユウト。俺の改造テク!」
「おう、じゃあもう片足も早くやれや」
「おーい、(この地獄作業から)出してくださいよ~。ねぇ~」
「ソラザキ君が壊れた!?」
精神をすり減らす地道な作業に、ミツキの精神は崩壊した。さながら精神崩壊したカミーユのようにおかしな言動を繰り返す有り様である。
「もう片足は僕も手伝うよ。
その間に他の関節のアップデートをしようか」
モリタはミツキたちに説明する片手間でコンデンサ取り付け作業を行っていく。
その手際のよさと自分とのテクニックの差に戦慄しながらも、ミツキは机に広げたパーツと向き合う。
「腕の関節はサバーニャのものを利用すれば可動範囲も広がるし、コンデンサもついてるからそのまま採用しよう。
あと、他に可動範囲を広げたいのは腰関節かな」
「腰パーツはひとつの非可動のブロックになってることが大半だからな。世のビルダーたちはここどうやって弄るんだ?」
「腰のブロックを細かく分割して可動できるようにする、とか?初心者の僕らには難しそうだね…」
三者共、ううむと唸る。
するとモリタが何かを思い付いたように席を立つ。
モリタの席を見ると、先程手伝ってもらっていた作業は既に終わらせていたようだ。
「それなら、店にあるレンタル用の機体を参考にしてみようか。うちのレンタル品はどれも優秀なビルダーが作ったものばかりだからきっと助けになるってくれるよ」
モリタはレンタルコーナーと書いてあるガラスケースへと移動し、AGE-1の参考になりそうな機体を見繕う。
しばらくケースとにらめっこをした後、彼は一体の機体を持ってきた。
「うん、これなんかいいんじゃないかな」
彼が持ってきたのは濃紺色のカラーのオーソドックスな見た目の機体だった。
「ジム・クゥエル、ですか」
「うん。うちのレンタル品の大半も、こいつを作ったビルダーがしてくれてるんだ」
「ここの機体を一人で、ですか?」
ミツキの問いにモリタは頷くことで肯定する。
ミツキはモリタ模型店のレンタル品は何度か操縦させてもらったことがあるため、そのクオリティは自分の機体とは比較にならないほど高いことを知っていた。それも見渡すだけで30体は下らない数を一人で整備しているというのだ。その事実に驚愕しない者はいないだろう。
「で、このジム・クゥエルがそのビルダーの機体ですか。少し動かしてみてもいいですか、店長」
「もちろんさ」
ユウトは許可をもらい、ジム・クゥエルの関節を動かしてみる。
関節を動かしながら可動部を確認している彼だったが、すぐにその表情がひきつったように変化する。
「うわ、なんだこいつ。腰と上半身の接続部に関節が作られてるんだけど…」
「凄いだろ?色んな機体の関節を細かく分割して組み合わせているんだ」
「もはや可動フィギュアの領域でしょう、これは…」
「でも、どうやって他のキットの関節なんて移植してきてるんだろう。企画が合わなかったら取り付けできませんし」
モリタは不敵な笑みを浮かべながら、新たな道具を取り出した。ドン、と机に置かれたそれを見た三人は驚愕する。
「え…店長、これって…」
「ノコギリだね」
「危なっ!?なんてもん出してるんですか!」
「ははは…安心してよ。これ、ちゃんとホビー用だから。
・・・まぁ、使い方を間違えれば指がエンコ詰め状態になるけど」
「最後の一言が不安すぎるだろ…」
「ともかく、このホビー用ノコギリを使えば、キットの欲しい部位だけをパーツから切り出すことができる。あとは切り取った関節を移植することができれば、このジム・クゥエルくらい動くガンプラが作れるよ」
簡単に言うな、といった訝しげな視線を送るユウト。
モリタのさりげなく語られた工作がいかに気力と根気を必要とするか、想像に固くなかった。本人に悪気はないとはいえ、その行為をニコニコと笑いながら言ってくるのだから尚更たちが悪かった。
「でも、この切り出し技術を使えば他の部位の改造にも役立ちそうだね…大変だけど、頑張りますか!」
「僕も手伝うから、ゆっくりやっていこう、ミツキ君」
「俺は飲み物でも買ってくるわ。アイノはどうする?」
「僕も後学のためにソラザキ君と店長の作業を見ているよ」
「そうか。なら、ミツキがくたばらないように見張っておいてくれ。」
「・・・くたばる?ガンプラ作りで?」
心構えしておくくらいでいい、と吐き捨てたユウトの台詞にコウスケは疑問を抱いたが、そのときは気にしなかった。
だが、あとになって考えてみればこの忠告をちゃんと聞いていればよかったと彼は後悔することになるのだった。
そうしてわちゃわちゃとしながら改造を続けていると。
「……あ、あれ?…もしかして、委員長?」
バイトのお姉さん野「いらっしゃいませー」は聞こえていたが、誰が来たか見てなかったミツキの耳に、聞き覚えがある声が響いた。
「……ん、あれ?アマツカさん?」
「あ、あはは。こんにちは」
「……お、男の人がいっぱい……!」
振り返ってみると、そこにはアマツカ・ノゾミと、その彼女に隠れたカシワギ・リンの姿があるのだった。