剛魔諸(女)に転生したので楚将として頑張ってみる   作:胡椒砂糖塩

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開戦間近です。


軍議2

「どうした剛魔諸。よく回る舌が止まっているぞ。」

 

 汗明様の言葉を聞いた臨武君が皮肉っぽく笑う。

 

 くっそー、あなたも絶対忘れてたでしょ。

 

「…先陣とは言っても、各軍の接敵順は結局秦軍の出方次第です。もっと言えば、実際は把握すら困難。突撃の号令を楚将が行い、楚軍が最初に前進を開始すれば問題はないかと思いますが。」

 

「その様な事で楚の威信を示せるか。剛魔諸!」

 

「…先陣は所詮(しょせん)“形式”に過ぎません。武の国・楚の威信は敵の殲滅という“実質”でこそ示されるべきです。山を頼ってあがくことも出来ぬほどの打撃を与えるには、一軍の突撃で撃破するよりも、敵主力を誘い出し三軍でもって握りつぶすのが上策です。」

 

 臨武君の気持ちもわかる。先陣を任されているのは彼なのだ。武人としての晴れ舞台だろう。

 

 だが、秦軍は今や天下無双の強兵であり、蒙武も騰も甘くない。

 

 全軍の連動を欠いて戦えば、将軍二名が打ち取られ多数の楚兵が戦死するのである。

 

「汗明様。此度の戦は天下の今後を決定する分水嶺ございます。楚軍と言えども軽率はなりません。剛魔諸、衷心(ちゅうしん)よりお願い申し上げます。もし、士気を乱す妖言とお思いならば、この場で首をはねていただき、軍紀の見せしめとなる覚悟でございます。」

 

 座を降りて地に座り、持ってきた長剣を目の前に置くと、額を地面に擦り付ける。

 

 この時代の偉い人なら女性の土下座なんて見慣れているだろうが、指揮官級がやると流石にその意味は重い。臨武君の声が止まった。

 

「くくく…いーんじゃねーの?実際んところ函谷関は“入口”だろ?問題はその先なんだ。城攻めで馬鹿みたいに突撃することもないってな。」

 

 さすがに見かねたのか、媧燐さんが援護射撃をしてくれた。ありがとうございます。

 

「…ちっ、(きょう)が削がれたわ。好きにするがいい。」

 

 渋々と言った感じで臨武君も引き下がってくれる。

 

 後は汗明様だが…

 

「剛魔諸。」

 

「はい。」

 

「…座に戻れ。貴様もまた楚の将だ。見苦しいまねをするな。」

 

「はっ。」

 

 額と服を軽く払って再び座に加わる。それを見届けてから、汗明様が口を開いた。

 

「…知っての通り、此度の合従軍の形成には剛魔諸にも功があった。よって、宰相より、この戦ではその言を重んじるよう伝えられている。その論に聴くべきところもあり、剛魔諸の策をとることとする。異論のある者は申し出よ。」

 

 沈黙。貝満からも仁凹からも異議なしだ。

 

 座を見渡した汗明様の目線が臨武君に移る。

 

「臨武君。貴様は俺が最も信頼する将だ。であるがゆえに、安易に先陣としてしまった。今回の変更は俺の不明だ。関中に進出し野戦を行う際には、今度こそ先陣で暴れてもらう。門が開くまでは悠然と構え、たかってくる蠅どもを叩き潰してやれ。」

 

「ははっ。」

 

 臨武君へのフォローありがとうございます汗明様。

 

「さて、剛魔諸。」

 

 あれ、まだ何か?

 

「突撃を行わぬ号令であれば武将の出る幕ではあるまい。此度の陣の発案者である貴様の口で兵に号令し開戦せよ。」

 

「え…?」

 

 私が開戦の号令…?

 

 脳が理解を拒んでフリーズしていると、臨武君がまた皮肉っぽく笑った。

 

「貴様、俺から先陣の役を奪っておいてなんだその呆けた顔は。よもや口だけ出して自分は後ろから眺めているつもりだったのか?単なるトロくさい前進の号令など、俺はやらんぞ。」

 

 なんかやけにきつい反論されるなあと思ってたけど、もしかして今のって血気盛んな将軍同士の役目争いみたいになってた…?

 

「あっはっは!がんばれよっ」

 

 バシンと媧燐さんに背中を叩かれて、軍議はお開きとなった。

 

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「あら、迎えに来てくれたの?」

 

 軍議を終えて大天幕から出てくると、専属護衛の牛扇が篝火をもって出迎えてくれた。

 

「もう暗い。」

 

 確かに。辺りはすでに真っ暗だ。陣内は明かりも少ない。

 

 野戦軍の本陣というと無数の篝火が煌々としているイメージを持っていたが、この時代の陣舎は全て木造の骨組みに布か皮製でよく燃える。

 

 一応火防役(ひぶせやく)がいるとはいえ、無用の炎は火災の原因になるので火が多いのは外周だけだ。

 

「おーう、でっかいの。今日のご主人様もキレてたぜ。」

 

 後ろの声に振り返ると、媧燐さんが手を振っていた。

 

 牛扇のことを“でっかい”と言うが、媧燐さんもすごく大きい。

 

 私も170以上はあるから女性としては背が高い方だが、この人はなんか2mくらいに見える。

 

 あのブーツってやっぱり上げ底なのかしら。聞いたことないけど。

 

「媧燐さん、先ほどはありがとうございました。」

 

「アタシは言いたいことを言っただけさ。」

 

「非常に助かりましたので。」

 

 ペコリと頭を下げると手で制される。

 

「あーいい、いい。もう行けよ。」

 

「それでは失礼いたします。」

 

 ポリポリと頭をかく媧燐さんに挨拶してその場を離れた。

 

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「…軍議で何かあったか。」

 

 帰り道、黙っていた牛扇が目線は前に向けたままで問うてくる。

 

「陣変えの提案をしてちょっとね。先陣の号令は私がかけることになったわ。」

 

「まさか…

 

「安心して。突撃自体無くなったの。号令だけ。もちろん、あなたにもついてきてもらう。」

 

「…黒肩(こくけん)青角(せいかく)の準備をしておく。」

 

「お願いね。」

 

 やがて私の天幕に付く。

 

「それじゃ、お休みなさい。」

 

 コクリと頷いて去っていく後姿を見届けて、私も天幕の中に入った。

 

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「っあ~~~!疲れた!」

 

 天幕に入るや長剣を放り出して寝台に寝転んだ私は、そのまま大きく伸びをする。

 

「まさか、先陣の号令を命じられるとはねえ。」

 

 予想外過ぎる展開だった。実際、汗明様の任命もやや唐突だったし。

 

「やっぱり宰相から、そこらへんも事前に口添えがあったのかなあ。」

 

 というか、考えられる可能性がそれしかなかった。

 

 汗明様も言っていたが、実は今回の合従軍、私も結成に一役買ったことになっている。

 

 きっかけは楚の重鎮を招いて春申君が開いた宴席で、汗明様が私のことを“弁舌(べんぜつ)のたつ部下”として紹介してくれた時だ。

 

 この時代、弁舌は暴力や金銭に負けない強力な武器だった。

 

 戦国の権謀術数の中で、王侯と言えども明日の決断に悩んでいる。

 

 口先だけで彼らを惑わし、時に一国を手玉に取ることもできる稀有な時代なのである。

 

 進み出た私は型通りの恐縮を示した後、春申君に私見(しけん)を問われ、思い切って献策を行った。

 

 それが“楚と、趙および燕の同盟”である。

 

 春申君はしばらく考えた後、あっさりとその献策を入れ、なんと私に楚の正式な使者の印綬(いんじゅ)と資金として黄金30(きん)を下賜し、同盟話を推進するよう命じたのだ。

 

 あの時は今日以上に驚かされた。さすが戦国四君というべき気前の良さである。

 

 私が趙と燕、特に趙との同盟を献策した理由はいくつかある。

 

 一つが、単純な遠交近攻。

 

 楚と趙・燕は国境を接しておらず(実は趙とは少しかすってるけど)、当然争いが少ないし、争っても旨味がない。なら手を取って南北から敵国を挟み打つ形にした方が互いに得だということである。

 

 二つ目が、山陽失落後、楚に亡命中の廉頗将軍の存在だ。

 

 楚と趙を和親させ、楚からの口添えで廉頗将軍を三大天に復帰させたかったのである。

 

 現状、西方の超大国・秦の軍勢に対抗できるのは楚と趙だけと言っていい。

 

 だが、趙の内情はお世辞にもよくない。

 

 三大天の内、一席が空席なのは言うに及ばず。龐煖将軍も正直言って軍勢を率いる能力はほぼない。

 

 最後の一人である李牧将軍は能力は抜群であるものの、自分が趙を支えているという責任感ゆえか腰が浮きがちであり、かつ立てる作戦が複雑すぎて勝つことはできても安定した優位性を維持・増大させていく堅実さには欠けている。

 

 一方、廉頗将軍は秦国最強の将軍・白起を長平において押しとどめ続けた実績があり、他国の軍でもそつなく使いこなす。実に老獪で動じないお人だった。

 

 廉頗将軍が三大天に復帰すれば、秦との国境争いは主に廉頗将軍が支え、その後ろから李牧将軍が計略を立てて、特殊戦力の龐煖将軍を神出鬼没の遊軍として操るという理想的な形になる。

 

 燕についてはまず秦の脅威を説き、趙は秦を押しとどめてくれる燕にとっての防壁であるから争わないように説得する。

 

 代わりに、どうも裏で秦と誼を通じようとしている雰囲気のある斉の領土を南北から削り取ってやろうと持ち掛けるつもりだった。

 

 秦将・白起の攻伐によって西方の領土を大きく削られて後、都を寿春に移した楚は東方経営に力を入れて国力を回復させてきた。

 

 元の呉越の地の開発の他、長江下流域の領土は長年春申君の封土だったが彼が公室に返還したため現在は公室直轄領となっている。

 

 春申君の手腕によって豊かに発展したこの地域は豊富な物産とそれに伴う税収で楚の国庫を支えていた。

 

 逆に言えば、この東部地域を東方の大国・斉に攻撃されると困る。

 

 それゆえ、楽毅将軍の侵攻いらい斉とは犬猿の仲である燕との同盟も合わせて模索したのである。

 

「まあ、結局うまくいかなかったけどね。」

 

 廉頗将軍の亡命は現在の趙王との確執が原因だ。

 

 その廉頗将軍の亡命先との同盟となると、趙の王宮内には反対する勢力が多かった。

 

 まあ、向こうから見れば追放された将軍が他国の後ろ盾を得て乗り込んでくるように見えたのだろう。

 

 結果、同盟話自体おじゃんである。

 

 趙との同盟前提だった燕との同盟も結局ならず。

 

 もともと斉は商業国家で軍事は活発ではなく、趙との相互不可侵を楚が保障できない以上、当面の敵は斉より趙になるというもっともな判断である。

 

 ただ、その後、趙と楚の間で合従軍の話が持ち上がった。

 

 原作を知っている私から見ると、その流れはもともとそうなる運命だったわけだが、春申君から見ると楚と趙の間を取り持とうとしていた私にも連合の下地作りとして多少の功績があると映ったようだ。

 

 ある日突然、楚の王宮に呼び出され、孝烈王陛下から直々に(かんざし)と長剣、それに佩玉(はいぎょく)一対(いっつい)(たまわ)ったのであった。

 

 今回の汗明様からの号令命令も、おそらく春申君から内々に私の顔を立てるよう要請があり、ちょうどいい機会だと思われたのだろう。

 

 ありがたい話だが、正直言って荷が重い。

 

「あーダメだ。戦の前は変に考え事しちゃう。さっさと寝たいのに~。」

 

 頻繁に寝る姿勢を変えつつ、なんとか寝るモードに移行したのだった。




春秋戦国時代は今だ沼地や湿地を畑に変える干拓技術が不十分で、南方は広いわりに土地単位あたりの耕作可能面積は少なかったとも言われています。

一方で、楚東部は長江の流れによって潤っていながらも排水能力も十分備えており、楚にとって理想的な開発地でした。
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