剛魔諸(女)に転生したので楚将として頑張ってみる   作:胡椒砂糖塩

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いよいよ開戦です。


号令

 見渡す限り、兵・兵・兵。

 

 秦の国門・函谷関の前は5国の軍勢によって埋め尽くされ、異様な熱気を放っていた。

 

 先ほどまで響いていた、数万人の移動による地鳴りのような足音が今なお鼓膜の奥で響いている気がする。

 

 私がいる楚軍の陣では、すでに汗明様の演説が佳境に入っていた。

 

「…開戦の号を下すのは…我が腹心・剛魔諸、貴様だ!!!」

 

「「「オオオオオオオオ!!!」」」

 

 ご指名がかかると同時に、兵士たちが歓声を上げる。

 

 よし、行くか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ド、ド、ド、ド、

 

 歓声が鳴り止んだ楚の陣から、岩が転がり落ちてくるような音が微かに響き渡った。

 

「ゲハ!媧燐様、あれは!?」

 

「へえ、あの女もおもしれーモン持ってんな。ありゃあ南方の一角水牛…“(サイ)”だ。」

 

「犀!あれが…すげえ!」

 

「騒ぎ過ぎだバミュウ。「ゲブ!?」調教がすげー難しいから普通中華には角と革しか入ってこない。珍しいのは確かだが…私の戦象さんの方がつえー上に可愛いだろ。」

 

 二頭の犀に引かれた大型の戦車が、媧燐軍と臨武君軍の間をすり抜けていく。

 

 戦車の台の上にはさらに装飾された簡易の望楼が備え付けられていた。

 

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「あと五十歩進んだら止めて頂戴。」

 

「カシコマリマシタ。」

 

 手綱を握る異民族の調教師の返答を聞くと、再び前を向く。

 

 戦車を引かせている犀はかつて南方の首長国の一つを楚の影響下に収めた際、口添えの返礼品として贈られたものだ。

 

 名前は左が“青角(せいかく)”右が“黒肩(こくけん)”。おそらくインド犀と思われる。

 

 重量はどちらも3トンを超えており、同種の中でも大型の部類だろう。

 

 最大5センチ以上にもなる持ち前の分厚い皮膚の上から鰐皮(わにがわ)(にかわ)で補強した革鎧をかぶせ、一部は鉄板で補強してある。

 

 剣や槍はおろか、弓矢も容易くは通さない文字通りの重戦車だ。

 

 戦車はやがて楚の陣を抜け、秦軍を望める位置で停止した。

 

 戦車上の望楼―と言っても2mほどの簡易の物だが―に登る。

 

 遠目からだとシルエットしか分からないだろうが、細い線となびく髪で私が女だと分かったらしい。楚以外の陣からちらほら驚きの声が上がるのが聞こえた。

 

 一つ息を吸い、顔を秦の軍勢に向ける。

 

「皆、聞け!」

 

 天地を振るわせるような汗明様の大声と比べると小さいが、それでも声量には自信があった。

 

 女の声も山間の地ではよく響く。

 

「かつて我が楚は秦と誓い、互いの友好を打ち立てようとしたことがあった。」

 

「現楚王・孝烈王陛下の祖父、故・懐王(かいおう)は秦の和睦の使者を信じ訂盟(ていめい)のために秦へと向かった。しかし、秦はあろうことか訂盟の席において懐王を捕らえ、秦都・咸陽に幽閉しついには獄死せしめた!」

 

 懐王の悲劇は楚では有名な逸話だ。楚軍の戦列からユラリと恨みの炎が沸き立つような錯覚に襲われる。

 

権謀悪略(けんぼうあくりゃく)は戦国の常とは言え、和親(わしん)を求める王同士の訂盟に詐術(さじゅつ)を用いるは乱世の道義にも背くものなり!」

 

「「「応!応!応!」」」

 

 こちらが断じれば、楚兵たちが地鳴りのように応じる。

 

「よって、ここに六国(りっこく)壮士(そうし)勇将(ゆうしょう)糾合(きゅうごう)し、天下に傲然(ごうぜん)とその不義を()つ!」

 

「楚軍よ、吼えろ!先王(せんのう)の恥辱に報いんとするものは皆叫べ!」

 

「大楚!」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「大楚(タアチュウ)!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 楚軍の絶叫を聞き届け、すかさず長剣を抜き放ち振りかざす。

 

「前進!」

 

「「「オオオオオオオオオ!!!」」」

 

 地鳴りは崩れ、山津波の様な轟音と化して進み始めた。

 

 ただし、突撃ではない。響く太鼓の旋律は“並足(なみあし)で前進”だ。

 

「用が済んだならさっさと戻った方がいい。敵と味方に押しつぶされるぞ。」

 

 望楼を降りていく途中で、下から牛扇の声がした。早くも簡易望楼を片付けようとしている。

 

 まだ私降りてないんだけど…。

 

「そうしたいのはやまやまだけど、多分…

 

「ゴウマショサマ。テキノキバタイガムカッテキマス。」

 

「まあ、これだけ挑発されたら怒るやつもいるわよね。しかも女に。」

 

「調教師、旋回して向きを変えろ。大回りでいいから速度を落とすな。」

 

「テキニオイツカレマスガ?」

 

「それも構わん。俺が射落とす。」

 

 上官の私を無視して勝手に指示を出すと、牛扇は望楼の木組みを放り捨てて車体を軽くし、自身は大弓を取り出して矢をつがえた。

 

「縋りついてくる奴は私が切るわ。操縦に集中して頂戴。」

 

「〰〆〽〻。」

 

 了解という意味らしい。戦車が前進し始める。しかし、敵の騎馬隊も近い。

 

(そういえば、麃公さんの突撃なかったな)

 

 原作では楚軍の演説の途中で彼の突撃が割って入っていたはずだが…。

 

 私の原作知識に対し、策略を巡らす型の人たちは比較的その通りに動いてくれるのだが、いわゆる本能型の将軍の中には知らない動きをしてくる人たちも多い。

 

 麃公さんも恐らくその類の超人的な勘で異臭を嗅ぎ取ったのだろう

 

(あとで李牧さんに謝っておかないと…)

 

 少し考え事をしていると、すぐ横で空気が弾ける音がした。

 

「ゲウ!?」

 

 一拍遅れて、迫ってきていた騎馬兵が吹き飛ぶ。牛扇による狙撃だった。

 

「その調子で頼むわよ。」

 

「応。」

 

 ほとんど間を置かずに二の矢三の矢が放たれ、次々と騎兵が打ち取られていく。どころか、一矢で二人が打倒されていることもあった。

 

 牛扇が使っているのはただの弓ではない。

 

 一枚の弓板を基礎にして前面には伸縮性の強い水牛の背中の(けん)、手前には反発力の強い鹿の角を使用して全体の張力を高めた、いわゆる複合合成弓だ。

 

 常人では引くこともままならない強弓(こわゆみ)である。

 

 それを平均的な短弓でも難しいような速度で連射しているのだから、隣に立っている男は化け物としか思えなかった。

 

「俺の名は養牛扇(ようぎゅうせん)猿号擁柱(さるがないてはしらをいだく)の名を知る者は退くがいい!」

 

 名乗りとともに再び矢を放つ。

 

 (よう)氏。楚国で知らぬものはいない弓の名手、半分神話に足を突っ込んだ武将である“養由基(ようゆうき)”の一族であり、牛扇はその血を引いている。

 

 養由基の弓術は神異の領域に達しており一矢で二人を射殺したと言われるが、牛扇の矢もその伝説に恥じない威力を発揮していた。

 

 騎馬との距離が縮まれば、当然威力もいや増していく。

 

 矢が敵の顔にあたれば頭蓋が砕け散って顔面の原型を失い、馬に当たれば見えざる暴れ牛に打たれたようにもんどりうって吹き飛ばされた。

 

「ショウメンニテキアラテ!」

 

 巨体の犀が二頭立てとなると旋回はかなり大振りになる。

 

 いつの間にか歩兵が前面を塞ごうとしていた。

 

「突っ込みなさい!」

 

 戦車が速度を落とさずに歩兵集団に突っ込む。

 

 青角と黒肩が角を突き出す“しゃくり上げ”を行い、最初の盾兵を吹き飛ばすやそのまま隊列を揉み潰しつつ前進していく。

 

 戦車の両輪に仕込まれた回転刃が左右の兵士の足を刈り取って絶叫を上げた。

 

 犀の疾走スピードは時速50キロを越える。

 

 いろいろ付いてるのでそれよりは遅いが…特に強靭な2頭だと首長が太鼓判を押しただけあって、40キロぐらいは出ているか。

 

 ほとんどトラックで人をひき殺している感覚である。

 

(よし、歩兵を抜けたことで逆に騎馬の追手が減った!)

 

 飛び乗ってきた歩兵数名を切り飛ばしつつ、楚軍陣地へと向きを変えることに成功したのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…分かりました。龐煖将軍をさがらせてください。」

 

「何かあったか。李牧殿。」

 

「いえ、そちらの剛魔諸将軍から開戦の機先を制する形で秦左軍から逆突撃があるかもしれないと助言を受け、網を張っていたのですが空振りに終わりました。」

 

「む…。それは失礼をした。しかし珍しいな。あの女が読み外すとは。」

 

「いえ、秦軍の麃公将軍に不穏な動きがあったと景舎からも報告がありました。気取られたのかもしれません。」

 

 李牧が腕を組んで楚軍の方向に目線を送る。

 

「彼女の諜報能力は私から見ても羨ましい。斉の離反に対し的確に対処できたのも、剛魔諸将軍から先んじて情報をいただいたが故です。流石に春申君。良い人材をお持ちだ。」

 

「斉か…まさか本当に合従軍から抜けるとはな。約束の物は届いたのか。」

 

「工具・木材・食料・牛馬・塩。すでに斉からの援助物資は韓の国境まで到着しているようです。まあ、こうして我々を陰から援助しているように秦とも裏で取引しているのでしょうが。」

 

「ちっ、いけ好かない国だ。」

 

 出立直前になって剛魔諸より『斉に合従離脱の兆候あり』との情報を受けた時は半信半疑だったが、蓋を開けてみれば実際斉軍は不参加である。

 

 盟主国たる楚の顔に泥を塗られるところだったが、直ちに東方に急使を送り項燕将軍より圧力を加えさせてなんとか物資だけは引き出すことに成功していた。

 

「秦を伐った後で財物・美女を嫌というほど献上すれば陛下及び郭開殿の気も変わるでしょう。楚趙同盟が成れば斉も今の様なあいまいな態度はとれません。」

 

「いずれにしてもまずはここか。」

 

 春申君が眺めやる先では、今合従軍の“主攻”である魏軍による攻城戦が開始されていた。




懐王の逸話は知名度が低く、ウィキペディアにもほとんど記述がありません。その原因として懐王のエピソードに出てくる二人の重要人物、秦の宰相・張儀と楚の重臣・屈原が物語的に装飾され過ぎていて史実と創作の区別が難しい点が挙げられます(特に屈原は実在を疑う説もある)。

しかし、不明瞭なのはあくまで二人の“生涯経歴”であり、後の楚漢戦争時代のやり取りを見ても『楚の懐王が秦に誘われた訂盟の地で捕らえられ、咸陽に幽閉されて死んだ』というのは楚では当時から広く知られた事実だったのだろうと思います。

犀については戦車に使われた実績はないですが、サーカスの演目に使用されたことはあるらしいのでまあ、ちょっと無茶ですけどお許しください。
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