ブルアカ ホストにハマらないための講習   作:耳野笑

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ホストにハマらないための講習 ミカ編

 

 私は、トリニティ総合学園ティーパーティー所属――聖園ミカ。

 

 当番のためシャーレに来た私は、先生から「ちょっと話したい事があるんだ」と言われ、会議室に移動した。

 

 すると、先生は――。

 

「『ホストにハマらないための講習』を行います」

 

「えっ、なっ、なに?」

 

「『ホストにハマらないための講習』を行います」

 

「ホスト? な、なんで?」

 

「学園を卒業した女子生徒がホス狂いになって破滅することが、深刻な社会問題になっているんだ」

 

「そ、そんなになの? たまにニュースで聞くけど……」

 

「事態を重く見たシャーレは、キヴォトスの生徒たちに講習を行うことを決定したんだ。私からも、当番に来た生徒全員に、同じ講習をしてる」

 

「そうなんだ」

 

「じゃあ、さっそく始めるよ。まず、ホストクラブとは何か。女性客がお金を払い、男性ホストからサービスを受ける形態のお店だ。お酒を飲みながらお話しする、というのがサービス内容になる」

 

「うん、それはなんとなく知ってる」

 

「ホストは、女性からお金を払ってもらうために、様々な言葉で支払いを促す。『もっとキミと飲みたい』『頑張ってる俺のこと、キミに応援してほしい』『こんなに注文入れてくれたら、キミのこと好きになっちゃうかも』とか」

 

「うんうん」

 

「けれど、この言葉は本心じゃない。ただの嘘なんだ。本気にしてはいけない」

 

「そうだね、そういうお店だもんね」

 

「他にも、ホストは色んなテクニックを駆使してくる。ボディタッチでお客さんを喜ばせる。他の女性客の前でわざとイチャイチャして嫉妬心を煽って対抗させて奮発させる。あえて弱みを見せて『この人が頼れるのは私だけなんだ……!』という特別感を与える、みたいにね」

 

「色んなやり方があるんだね」

 

「以上のことを踏まえて、ミカには『ホストにハマらないための講習』実践編にチャレンジしてもらうよ」

 

「えっ、まだなにかやるの?」

 

「うん、ついてきて」

 

 私は先生に案内されてシャーレの別階へ移動する。そこには、イスが数脚置いてある休憩スペースがあった。

 

「ここで座って待ってて。そして、5分経ったらそこの扉から入室してほしい」

 

「う、うん。5分ね、分かった」

 

 そして5分後。私は扉を開ける。

 

 ――煌びやかな内装の店内。黒を基調とした壁、金色のシャンデリア、仄かな青紫色に灯る壁面照明。店内には華やかなBGMが流れている。

 

 上映中の映画館にも似た暗さ。テンポの速い曲に急かされているような気分になり、心臓が早鐘を打つ。

 

「え、ここ、シャーレ!? こんなフロアあったの!?」

 

「ようこそ、ホストクラブ『S.C.H.A.L.E』へ」

 

 スーツを着た男性職員が、うやうやしく私を出迎える。

 

 独特な空間の雰囲気も相まって、ちょっと怖い。身体にぐっと力が入って、嫌な緊張を感じる。

 

「こちらのお席へどうぞ」

 

 席に案内され、革張りの高級なソファーに腰掛ける。

 

 他の席ではシャンパンタワーを注ぎながら盛り上がっていたり、両脇にホストを侍らせて談笑したりしているお客さんの姿がある。

 

 あ、学生服着てる人いる。みんな私と同じように講習で来た生徒なのかな?

 

「こちらはサービスの『エメラルドバブル』になります」

 

 スタッフがそういってドリンクを差し出す。

 

「え、これって……?」

 

「実際はただのソーダです。ホストクラブを模した趣向として受け入れてください」

 

「あ、よかった……」

 

 メニュー表を見る。「エメラルドバブル」「プリズムシャワー」「クロウ・ドラゴン・ティー」みたいなオシャレな名前が付いてるけど、実際はソーダ、シャンメリー、烏龍茶みたいなノンアルコール飲料だった。

 

「ではこちらの冊子からお好きなホストをお選びください。ひとりだけでも複数人でも構いません」

 

 渡された冊子には、ホストたちの写真とプロフィールが乗っていた。

 

「えっ」

 

 その中には――先生の姿もあった。

 

「え、え、この人って……」

 

「お決まりですか?」

 

「はい、先生でお願いします」

 

「承知いたしました」

 

 スーツの男性が去っていく。店内の華やかさのせいで、心細い。落ち着かず、辺りを見渡しながら待っていると――。

 

「ご指名ありがとうございます、ミカさん」

 

 振り向くとそこにいたのは――黒いシャツとグレーのスーツに身を包み、髪もホストらしく整えた先生だった。

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 えっ、えっ、えっ!? か、カッコいい! カッコいいカッコいいカッコいい! 王子様すぎる!

 

「先生っ! 先生っ!」

 

「うん、先生だよ」

 

「どうしたのその格好! しゃ、写真撮っていい!?」

 

「もちろんいいよ」

 

 隣に座る先生の写真を撮る。角度を変えて、たっぷり10枚くらい。

 

 うわ、すご、ビジュがいい……。宝物すぎる、これ……。

 

「せっかくなら、一緒に撮ろうよ」

 

「えっ」

 

 先生が私の肩を抱き、ぐいっと身を寄せられる。

 

 あっ。

 

 近っ。

 

 いい匂いするっ。

 

 パシャリ、パシャリ、と何枚かの写真を撮られ――。

 

「モモトークで写真送っておくね」

 

「あ、うん」

 

 写真を撮り終えて、先生が離れてしまう。寂しい。でも、数秒の接触だったけど、嬉しかった。

 

 トーク画面を開くと、私とホストモードの先生のツーショットが表示されている。

 

 ツーショット。

 

 ツーショットだ。

 

 ツーショットだ……。

 

 嬉しい……。これ、モモトークのアイコンにしよう……。

 

「先生、ありがとう……私、この写真家宝にするね……」

 

 私がそういうと、先生は笑顔を浮かべる。光源が少なく室内が暗いせいか、妙に(かげ)のある、妖艶な笑みだった。

 

 そして、色気のある、密やかな声で――。

 

「そんなこと言われたら、私、本気になっちゃいそう」

 

「~~~~~~っ!?!?!?」

 

 えっ。

 

 え、えっ。

 

 えぇええええええええええっ!?

 

 今なんか、すごいこと言われた!

 

 そんなこと言うの!? 先生が!?

 

「ミカ、本指名、期待しちゃってもいいかな?」

 

「本指名?」

 

「ホストクラブは担当制なんだ。お客様は二回目の来店時に、自分が担当してほしいホストを本指名するの。この本指名は永久的に変えられないから、その人以外とは遊べなくなっちゃうんだ」

 

「そうなの? ホストクラブって色んなホストと遊べるイメージだったから、意外かも」

 

「『掛け』っていって、いわゆるツケで支払うお客様もいるんだ。お客様が毎回自由に担当を変えられると、誰のツケなのか分からなくなるから、担当は変更できないルールになってるんだ」

 

「あぁ急にリアル……」

 

 現実的な事情を知って、なんとも言えない気分になる。ホストには詳しくないけど、たぶんこの辺りのシステムは本当なんだろうなあ……。

 

「うん。だから今日はいろんなホストと遊んで、一番いいなって思った人を選んでね」

 

「せ、先生がいい! 先生以外の人なんて指名しないよ!」

 

 先生はびっくりして目を見開く。

 

「いいの? 一度本指名すると、もう変更できないよ?」

 

「いいよ、先生以外、考えられないから」

 

「っ……! ミカ……!」

 

 先生は嬉しそうに表情を綻ばせる。そして、目元を指で拭いながら――。

 

「私、初回指名でそのまま本指名に選んでもらえたの初めてなんだ……! 嬉しいよ……!」

 

「先生……!」

 

 先生の、初めてになれた。

 

 嬉しくて胸がいっぱいになる。

 

 その時、ちょうど通りかかった別のホストが――。

 

「え、先生この前、便利屋の社長とアビドスの書記の子も初回で本指名ゲットしてたじゃないですか。あ、あっちの卓のヘルプ行ってきま~す」

 

 ――といって、去っていった。

 

 先生の表情が凍っている。

 

 私の心も冷え込む。

 

 私は、裏切られたことに対する怒りを込めて、先生を睨む。

 

「今の、本当?」

 

「あ、あはは……ごめんね、ミカ。ちょっと話盛っちゃった」

 

「先生のバカ! もう担当切る!」

 

「ご、ごめんね、ミカ」

 

「嘘つき、許さない」

 

「好きだよ、許して、ミカ……」

 

 先生の、捨てられた子犬のような眼差し。弱弱しい声で、必死に哀願する姿。

 

 心が、揺らぐ。ドキドキする。不思議と、昂揚してしまう。

 

「だ、だめ、許さないから」

 

「おねがい、ミカ、大好きだよ。許して、ね?」

 

 あ、あああああああああああっ!

 

 これ! これすごいっ! 先生から求められてる感じする! ホストにハマる人の気持ちわかるかも!

 

「ふふっ、いいよ、先生」

 

 私が許してあげると、先生の表情が晴れやかになる。

 

「よかった。ねえミカ、仲直りしよ?」

 

「うん、いいよ」

 

「じゃあ、仲直りの記念にプリズムシャワー頼んでほしいな?」

 

「いいよ、いくらかな?」

 

 メニュー表を見ると――5000円だった。実際はただのシャンメリーなのに。

 

 ちょっと高いけど、先生のためなら安いじゃんね☆

 

「ありがとう、ミカ」

 

「うん、どうしたしまして、先生」

 

 スタッフさんがシャンメリーのボトルを持ってくる。それをグラスに注ぎ、ふたりで乾杯する。

 

「私のためにこんなに奮発してくれるなんて、嬉しいな」

 

 すると、先生が私に身を寄せ、腕を組んでくる。

 

「せ、先生っ!? どうしたのっ!?」

 

「ミカとくっつきたくなっちゃった」

 

「~~~~~~~~~~っ!」

 

 さ、最高っ……!

 

 あったかい! いい匂いするっ! 先生がこんなにくっついてくれてる!

 

 普段は『教師と生徒の立場』があるから、絶対こんなことしてくれないのに!

 

 ホスト、すごい……! ちょっとお金払うだけで、こんな幸せになれるなんて……!

 

 先生とぴったりくっついて、シャンメリーを酌み交わしながら、幸せなひと時を過ごす。心なしか、時間がゆっくり流れている気がする。

 

 なんだか、夢みたい……。

 

 その時――ふと、隣の卓の様子が目に入る。

 

 カラーガラスで隣卓と区切られてはいるけど、薄っすらと向こうが透けて見えた。

 

 ――淡いクリーム色の髪と、真っ白な翼。そして何より、私と同じ制服。

 

「ナギちゃん!?」

 

「ミカさん!?」

 

 隣の卓にいるのは、ナギちゃんだった。向こうも同時に私に気付いたようで、驚いている。

 

「ナギちゃんも、講習?」

 

「はい、ミカさんもそのようで――!?」

 

 ナギちゃんは、私が先生と腕を組んでぴったりくっついていることに気付いたようだった。

 

 ナギちゃんが、世界の終わりのような表情になる。怒り、困惑、そして――絶望。いろんな感情の籠った、すごい形相だった。

 

 あはっ☆ ごめんねナギちゃん、先生は私のものだから☆

 

 するとナギちゃんは、キャスト一覧の冊子とメニュー表を見て、スタッフさんを呼んだ。

 

 ……まさか、先生を指名するつもりなの? あれ、指名がかぶったらどうなるんだろう?

 

 次の瞬間――。

 

「先生にシャンパンタワー6段入りました~!」

 

 というスタッフの声がホールに響いた。

 

 すると、先生は私から腕を解いて立ち上がる。

 

「私、行くね。ばいばい、ミカ」

 

「えっ、やっ、やだっ、なんでっ」

 

 私は先生の袖を掴み、呼び止める。

 

「行かないでよ、先生っ!」

 

「ごめんね、ミカ」

 

「私の方が先に指名したんじゃん!」

 

「私のことを本指名してくれる姫が被ったときは、よりたくさんお金を使ってくれた姫の卓に長くいる決まりなんだ。だから、いっぱいお金を使ってくれたナギサのところに行くよ」

 

「そ、そんな……!?」

 

 先生は隣の卓へ行ってしまう。

 

 6段のピラミッド型に積まれたシャンパンタワーに、ドリンクが注がれていく。複数人のホストが、テーブルを囲んで楽しそうなコールをしている。

 

 先生とナギちゃんはぴったりと寄り添いながら、グラスで乾杯する。

 

 まるで――王子様とお姫様みたいに。

 

 楽しそうな、先生とナギちゃん。そして、それを囲んで盛り上げるホストたち。

 

 どこか、結婚式で祝われる新郎新婦と、その参列者たちにも似た光景。

 

 店内の客たちの視線が、ナギちゃんのいる卓に集まる。みんなの注目と羨望の眼差しを一身に浴びる、幸せなふたり。

 

 一方、先生が行ってしまったことで、私のテーブルには誰もいない。ひとりぼっちで、ぽつんと、幸せそうなナギちゃんたちを見つめることしかできない。

 

「あっ、あっ、あっ……!」

 

 脳味噌が締め付けられるような感覚。

 

 胸が痛い。苦しい。張り裂けそう。辛いっ……!

 

 ナギちゃんが、横目で私を見た気がした。カラーガラス越しなのでハッキリとは見えないけど。

 

 ――ごめんなさいねミカさん、先生取っちゃって(笑)

 

 そんな、悪意的な微笑を向けられた気がした。

 

 ……。

 

 ひどい。

 

 悔しい。

 

 こんなの、認められない。

 

 私は手を上げ、スタッフを呼ぶ。

 

「わ、私も先生にシャンパンタワーお願い! エメラルドバブルの7段で!」

 

「お値段92万円となりますが、よろしいでしょうか?」

 

「きゅっ……!?」

 

 そんなお金は持ってきていない。払えるはずがない。

 

 その時、一瞬だけこちらに顔を覗かせた先生が――。

 

「ミカ、もし厳しそうなら私が払うから掛け(ツケ)でもいいよ。今月末までには払ってね」

 

「う、うん! じゃあそうする!」

 

「シャンパンタワー7段入りました~!」

 

 スタッフさんの声がホールに響く。同時に、先生が立ち上がり、こっちに向かってきてくれる。向こうからナギちゃんの「待ってください! 行かないでください先生!」という声が聞こえてくるが、先生はそれでも私の所に戻ってきてくれる。

 

 そして、先生は私の隣に座り、私の目を真っすぐ見つめる。

 

「ありがとう、ミカ。愛してるよ」

 

「~~~~~~~~っ! 私もっ! 私も先生のこと愛してるっ!」

 

 そして、7段シャンパンタワーにドリンクが注がれていく。上段から下段へと滝のように流れ滴るソーダ。液体とグラスがシャンデリアの華やかな光を反射して、金色に光り輝く。

 

「私、ミカに選んでもらえて幸せだよ」

 

 先生はそういって、私の頬にキスをした。

 

「!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 驚愕と、幸福。

 

 心が満たされて、涙が出てくる。

 

 眩しい光と、華やかな喝采。心臓が昂るような、非日常感。麻薬のような楽しさに、どっぷりと浸かる感覚。

 

 嬉しい……幸せ……私の居場所、ここにあったんだ……。

 

 私たちはしばらくの間、恋人のようにくっつきながらお話しした。

 

 やがて、話題が先生の過去の話になり――。

 

「私、子どもの頃あんまり友達作るのが上手じゃなくて、いつもひとりだったんだ」

 

「え……」

 

 聞いたことのない、先生の過去。みんなに愛される先生からは、想像もできない話。

 

「でも、ひとりだけ私にも優しく話し掛けてくれる女の子がいたんだ。明るくて、華やかで、みんなに愛されてて、プリンセスみたいな女の子だった」

 

 嫌な気持ちが湧く。過去の話でも、先生から「プリンセスみたい」といってもらえる女の子が羨ましくて、許せない。

 

「でも当然みんなに人気だったから、すぐに彼氏ができた。私に話し掛けてくれる回数も減っていって……」

 

 ホッとする。その女の子と先生が結ばれなくてよかった、と。

 

 同時に、先生がまたひとりになってしまったことに、胸が痛む。

 

 悔しい。私がその時その場所にいたら、絶対先生の隣にいてあげるのに。

 

「あの頃から、ずっと心にぽっかり穴が空いているような感じがして……寂しいんだ」

 

 先生の表情が翳る。

 

「先生……」

 

「もしかしたら私は、ずっとお姫様を探しているのかもしれない」

 

 そういう先生は、寂しそうで。放っておけないという衝動に駆られる。

 

「ねえ、ミカ。私だけのお姫様になってくれる?」

 

「なる!!!!!!!!!」

 

「ありがとう、ミカ。また会いに来てね?」

 

「来る!!! 次はもっとお金持ってくるからね、先生!」

 

 *

 

「ミカ、ナギサ、反省してる?」

 

 幸せに包まれながらホストクラブを出た私は、そこがシャーレのビル内であることに気付き、現実に引き戻された。

 

 私とナギちゃんは、休憩スペースのイスに並んで座り、改めて指導を受ける。

 

「注意したこと全部引っ掛かったね、ふたりとも」

 

「「はい……」」

 

 ――92万って、破産しちゃうよ。

 

 ――本物の恋人と過ごすのはタダなのに、偽物の愛を貰うのにお金を払うの、おかしいことだよ。

 

 ――目を覚まして、冷静になるんだ。ホストになんてハマっちゃいけない。本当に自分を大事にしてくれる男の人と付き合うんだよ。

 

 と、指導がしばらく続いた。

 

 そして最後に、ホストクラブには行かないことを約束し、『ホストにハマらないための講習』は終了した。

 

「あ、そうだ。ナギサは接客中にお尻とか内ももとか触ってきたから、後日ハラスメント講習にも参加決定ね」

 

「そんな!?!?!?」

 

「うわナギちゃんキモ……」

 

「初回で92万払おうとするホス狂いよりはマシですが!?」

 

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