私はアビドス対策委員会所属――砂狼シロコ。
今日は、シャーレへとカチコミにきた。扉を開け、仕事机に向かっている先生の隣に立つ。
「ん、こんにちは先生」
「えっ、シロコ? ど、どうして覆面してるの?」
「カチコミにきたから」
「どうして!?」
「先生に要求がある。受け入れられない場合は、先生を拘束する」
「なになに!? 怖いんだけど!?」
怯える先生を見下ろしながら、私は要求を告げる。
「ん、私にも『ホストにハマらないための講習』をするべき」
「えっ? シロコは合格したでしょ?」
「確かに私は合格した。……先生じゃないホストに接客されて」
私は先週、ホストにハマらないための講習を受けにきた。すると『先生は今日入っていません』といわれ、やむを得ず他のホストによる講習を受けた。
当然、引っ掛かるはずもなく、合格した。
失意の中、私は帰った。
アビドスでは、先生の講習を受けた話でずっと盛り上がっている四人の姿があった。
『ホスト姿の先生、カッコよくて素敵でした……しかも、あんな情熱的に迫ってきて……』と、頬を赤く染め、恋する乙女の表情で語るアヤネ。
『なんなのよあれ! イケメンすぎるのよ! 顔が良いからって、あんな強引に……! ああもう、許せないわ!』と、怒りながらもどこか嬉しそうなセリカ。
『うへぇ~、おじさん、あんな本気の口説かれ方したの初めてだよ~』と、机に顔を突っ伏しながら語るホシノ先輩。
『先生って、お付き合いする女性にはあんな感じの態度なんでしょうか……』と、黄昏れるように遠くの空を見るノノミ。
私は激怒した。
どうして、私だけが先生の講習を受けられないのか。ホストの先生に、接客してもらえないのか。
「そして、決意した。――カチコミしよう、と」
「いや決意しないで! 考え直して!」
「私の意志は固い。先生は私にも講習をするべき。この要求が受け入れられない場合、シャーレに宣戦布告をする」
「しないでよ!」
先生は立ち上がり、覆面に手を掛けて脱がしてくる。そして、私の目を真っすぐ見つめる。
「分かった。シロコには追加の講習を行うよ。でも、今回だけだよ?」
「ん、分かった。それでいい」
*
先生から『準備があるから待っててね。12時になったら講習会場へ入ってきて』といわれたので、休憩スペースで待機する。
――時計の針が12時を指す。同時に、講習会場の扉を開ける。
煌びやかな内装の店内。黒を基調とした壁、金色のシャンデリア、仄かな青紫色に灯る壁面照明。店内には華やかなBGMが流れている。
目映さ。妖しい雰囲気。雑然とした、絢爛豪華な空間。
けれど、二度目なので驚きはない。
「ようこそ、ホストクラブ『S.C.H.A.L.E』へ」
スーツを着た男性職員が、うやうやしく私を出迎える。
前回同様、席に案内され、革張りのソファーに座った。テーブル上には冊子が置いてある。
「この中からお好みの――」
「先生で」
「か、かしこまりました」
そして、数秒後――。
「ご指名ありがとうございます、シロコさん」
「ん……!」
やってきたのは、黒いシャツとグレーのスーツに身を包み、髪もホストらしく整えた先生だった。
先生が、隣に座る。
美麗で、妖艶。仄かに纏う、危うい色香。目を惹かれ、心を魅かれる、圧倒的な美貌。
綺麗……!
す、すごい、カッコいい……!
これが、アヤネを一撃でホス狂いに沈めたルックス……!
「私以外の人にだけこんな姿見せてたなんて、許せない」
「ごめんね、シロコにだけ寂しい思いさせちゃって」
「ん、本当にそう」
「本当にごめんね。その分、私は今日、シロコだけのものになるよ」
「んっ……!!!」
私だけのもの。
先生が、私だけのものになる。
いい響き……嬉しい……。
「じゃあ、膝枕してほしい」
「いいよ、おいで」
私は先生の太ももを枕にする形で横になる。
あったかい。いい匂いがする。これ、恋人みたい……。
すると――先生が私の髪を撫で始める。
「んっ……!」
「シロコの髪、触り心地がいいね」
先生が手櫛で私の髪を梳いたり、頭をぽんぽんしてくれたりする。
胸に温かさが灯る。先生の手に撫でられていると、心地よくて安心する。
――気の済むまで膝枕を堪能してから起き上がる。
「ありがとう、先生。気持ちよかった」
「こちらこそ、ありがとう。撫で心地がよくて、夢中になっちゃったよ」
「また、してほしい」
「うん、いつでも膝枕借りに来てね」
「来る。もちろん来る」
そして、私は次の要求を告げる。
「先生、私、愛してるゲームをしてみたい」
愛してるゲーム。お互いに愛の言葉を伝え合って、先に照れた方が負けというゲーム。
最近アヤネとセリカが、先生と愛してるゲームをしたことを興奮しながら話していて、ずっと羨ましかった。
「いいよ。でも、せっかくだから何か賭けようよ。私が勝ったら、シロコにはボトル注文してもらおうかな」
「ん、望むところ。私が勝ったらキスしてほしい」
「いいよ」
!?!?!?!?!?
い、いいの……!?
断られる前提で、一回り小さい要求をするつもりだった。でも、通ってしまった。
勝ったら、先生とキス……!
先生と、キス!!!!!!!
「私が先攻もらっていい?」
「ん、どうぞ」
私は身構える。先生の、愛の言葉に耐えられるように。
その瞬間――先生は私を抱きしめてきた。
「!?!?!?!?!?」
「シロコ、かわいい」
「っ~~~~!!!」
耳元――ゼロ距離で聞こえる、先生の声。
「シロコ、可愛い。大好き」
「あっ、あっ、あっ……!」
ぽそぽそ囁かれるの、すごいっ……! こそばゆくて、あったかくて、幸せっ……!
「先生っ……声、カッコいい……!」
「シロコの声も、可愛くて好き。シロコと恋人になって毎日聞けたら、幸せだと思う」
「んっ……!?」
声が、よすぎる。耳管を通って、脳味噌に直撃する、低い囁き声。幸福ホルモンがドバっと溢れ、脳が蕩けそうになる。
まずい、落とされる……! 反撃しないと……!
「ん、先生も、綺麗……!」
「ありがとう、シロコ。シロコも綺麗だよ」
「んっ……!」
「可愛くて、ずっと見てたい」
「んんっ……!」
「ねえ、私、本気になってもいいかな?」
「~~~~~~~~~~~っ!!!」
すごい、ずっと口説かれる……! これが、セリカを落とした話術……! 勢いが強すぎて飲まれるっ……!
「せ、先生っ……! 私、もうっ……!」
すると、先生は抱擁をやめる。
「はい、シロコの負け」
「!!!!!」
先生は余裕の笑みを浮かべていた。
照れた方が負け。だから、議論の余地なく私の負けだった。
悔しい、こんなあっさり負けるなんて。
「ぐぬぬっ……!」
元々ボトルを頼むつもりだったから、それ自体は構わない。
けど、先生とキスできるチャンスを失ったショックが大きい。
メニュー表を見て、ボトルを注文する。その時、お菓子の欄が目に入って、あることを思いついた。
「ん、ポッキーも注文する」
「もしかして、ポッキーゲームに持ち込んでキスしようとしてる?」
「……バレた」
「ふふっ、可愛いね、シロコ」
「んっ……!」
先生が頭を撫でてくる。先生の手に頭を押し付けるようにして、撫でられにいく。
注文したボトルを、先生が開けてグラスに注いでくれる。プラチナシャンパーニュ、という名前のシャンメリー。シャンデリアの光を反射して、液体がキラキラと輝く。
先生と乾杯して、ひとくち飲む。
「ところで先生、今日アフター行ける?」
「ごめんね、初回では行かないよ」
「ホシノ先輩とは初回でアフターしたのに?」
「え、なにそれ。してないよ?」
「ホシノ先輩はお持ち帰りされたっていってた」
「それ話盛ってるよ。実際はホシノが眠そうだったから仮眠室に運んであげただけだよ」
「そっか……」
先生とアフターできなくて、残念。
でも、先生がホシノ先輩と関係を持ってなくてよかった……。
――遠くの方で、扉から男女が出てきた。ホストと、彼と腕を組む女子生徒だ。
そういえば、ノノミがVIPルームもあると話していた。
「先生、私もVIPルームに行ってみたい」
「シロコ、結構お金使ってくれてるけど、だいじょうぶ?」
「ん、問題ない。私は、先生のエースになりたいから」
エースとは、そのホストに対して最もお金を使った客のこと。当然、エースに対する待遇はよくなるし、同伴もアフターも増える。
さらに、ホストの本命彼女になれる場合も多い。エースはホストの退職後、結婚までいける位置に最も近い。
――と、前回接客してくれたホストの人に聞いた。
「じゃあ、行こうか」
立ち上がる。すると――先生が私の腰に腕を回し、エスコートしてくれる。
……!!!
お姫様のように、扱われている。
普段の先生はしてくれないことだから、ドキドキする。なんだか、自然と口角が弛んで、笑いが漏れる。
そして、エスコートされながらVIPルームへ入る。
小さな個室だった。
落ち着いたグレーの内装。光源は、シャンデリアひとつだけ。仄かな光が、淡く室内を照らしている。
防音加工されているのか、華やかな店内BGMは聞こえない。
高級感のあるソファーと、テーブルと、黒い冷蔵庫だけの、小さな空間。
隣り合って座ると、先生が普段より近い。部屋が狭いことで、より先生とくっつける。
先生が、すぐそばにいる。しかも、先ほどと同じように、腰に手を回して、軽く抱き寄せてくれる。
「ん……」
密着している。
嬉しい。先生とくっついていられる時間が、嬉しい。好きな人と一緒にいられるの、幸せ……。
「先生、あったかい……」
「シロコも、あったかいね」
私と先生の体温が溶け合っていく。
胸が温かくて、幸せがとめどなく湧いてくる。いま、すごく、満たされている。
「ん……」
隔絶された、小さな空間。防音のおかげで、さっきまでの賑やかな声と音楽は聞こえない。
聞こえるのは、私と、先生の息づかいだけ。
「ん……ずっとこうしていたい」
「私もだよ、シロコ」
「ん、この密室に立て籠もって、先生とふたりで暮らす」
「ふふっ、それも悪くないね」
……!!!
半分冗談だったけど、否定されなかった。
「シロコとこうしていられる時間が、人生で一番幸せ」
「っ!!!!!」
胸が、ひと際大きく、ドクンと跳ねる。
先生からもらえた言葉が嬉しすぎて、心が満たされて、身体中に活力がみなぎっていくような感覚。
「こんな素敵な時間をくれてありがとう、シロコ」
「んっ、お礼を言うのは、私の方。ありがとう、先生」
「愛してるよ、シロコ」
「ん、私も……先生のこと、愛してる」
ああ……ごめんね、アヤネ、セリカ、ノノミ、ホシノ先輩。
みんなの先生、私が
「先生、ひとつ訊いてもいい?」
「なに?」
「このお店、年間通してエースの人を、ホストの家に招待する特別待遇があるって、本当?」
「……! だ、誰から聞いたの?」
「前回来た時、ホストの人がいってた。それで、本当なの?」
「うん、本当だよ。一番応援してくれた姫を、家に招待してあげるの」
心の中でガッツポーズをする。
先生の家に、招待してもらえる。一度でも家に入れれば、あとはどうにでもできる。
「今、先生に一番お金を払った人の金額はどれくらい?」
「1300万円だよ」
「!?!?!?!?!?」
せ、1300万円!?
正気じゃない……!!! そんな大金を払う人がいるの……!?
「そんな……!」
愕然とする。想定が甘かった。そんな常軌を逸したホス狂いと戦わなきゃいけないなんて。
どうしよう。
このままでは、そのエース客に、先生を取られてしまう。その人が、先生の家に招待されて、共に一夜を過ごしてしまう。
やがてその人が、先生と結婚してしまって――。
「……」
先生を取られたくなくて、先生と組んでいる腕に、ぐっと力が入る。
絶対、阻止しないと。
でも、お金が足りない。1300万円は超えられない。どれだけ稼いでも、年内に1300万超えは無理。私には、時間もお金も足りない。
「……」
横目で、VIPルームの扉を確認する。磨りガラスなので、廊下からこちらは見えない。
密室。防音仕様。非力な先生。――条件は整っている。
こうなったら、実力行使しかない。
私は覚悟を決めて、先生の肩に手を置く。
「シロコ?」
「ん、先生を襲う」
「えっ、シロコっ?」
先生を押し倒し、腹の上に馬乗りになる。
「シロコっ! ちょっ、待っ……!」
先生は抵抗する。けど、その両手首を左手で掴んで抑え、空いている右手で先生の服を乱暴に破る。
「ん、先生、一生時間もらうね」
その瞬間――バン!と扉を蹴破る音が響いた。
「動くな!!!!! ヴァルキューレ警察学校だ!」
*
私は鎮圧され、店外に放り出された。
休憩スペースのイスに座り、二者面談のように先生と向かい合う。
先生の服は、ところどころ破けたまま。チラ見えする肌の色がえっちすぎる。
「シロコ、ホストクラブでも、ホストクラブ以外でも、同意のない行為はダメだよ」
「でも、このままだと、先生がエースに取られる……」
「これは講習だから、本当に家には招かないよ」
「よ、よかった……」
安心する。けれど、先生は続けて――。
「残念だけど、一回目の合格は取消しにするよ。そして、シロコは出禁かつ補講。加えて、ハラスメント講習と更生プログラムも実施するよ」
「そんなっ……!!!」