私は、正義実現委員会所属――仲正イチカ。
今日は『ホストにハマらないための講習』を受けるため、シャーレのビルを訪れた。今は、休憩スペースで講習時間を待っている。
講習、早く終わるといいなあ……。まあ、早く終わってもやることはないっすけど。
休憩スペースの掲示板を眺める。「人間やめますか? それともホス狂いやめますか?」と書かれたポスターが貼ってある。
最近、キヴォトスの卒業生がホストにハマって破滅することが社会問題になっているらしい。
ホスト、ねぇ……。まあ、自分には縁遠い話っすね。
私は今まで、何をやっても深い興味を持てなかった。何かに熱中できる人を、羨ましいと思ってきた。そんな自分がホストに入れ込みすぎて破滅するなんてことは、おそらくない。
時間になった。扉を開けて中へ入ると――。
「なっ、なんすかこれ!?!?!?」
煌びやかな内装の店内。黒を基調とした壁、金色のシャンデリア、仄かな青紫色に灯る壁面照明。店内には華やかなBGMが流れている。
目映さ。妖しい雰囲気。雑然とした、絢爛豪華な空間。
講習のためのセットなのだろう。けれど、あまりにも本格的な作り込みが、リアルな『夜の街』を演出している。
「ようこそ、ホストクラブ『S.C.H.A.L.E』へ」
スーツを着た男性職員が、うやうやしく私を出迎える。
私は席に案内され、革張りのソファーに座った。テーブル上には冊子が置いてある。
「この中からお好みのホストをお選びください。ひとりでも複数人でも構いません」
「え、え~と……」
お好みのって言われても……あ、このヴィジュアル系の人、ちょっとツルギ先輩に似てるかも。確かにホストクラブっていうだけあって、イケメンばっかりっすね。
「――えっ」
一覧表の中に、先生がいた。
「え、先生!? これ先生っすよね!? 講師役として参加してるんすか!?」
「はい。指名されますか?」
「お、お願いします」
え、えぇ~? なにやってるんすか先生。というか、講師役やってるなら教えてくださいよ。
そして、数秒後――。
「ご指名ありがとうございます、イチカさん」
「――」
そこにいたのは、黒いシャツとグレーのスーツに身を包み、髪もホストらしく整えた先生だった。
「えっ、えっ、えっ」
か、カッコいい……!!!!!!
え、顔が、顔が良すぎるっす!!!!!
あ、ヤバい、タイプっす。これ絶対ヤバいやつっす。
先生が私の隣に座る。
当番の時より、距離が近い。拳一個分の距離があるかどうか。
あ、近っ……カッコいい……。
「先生、なかなかやるじゃないっすか……ビックリしましたよ……」
「本当? ありがとう。イチカも綺麗だよ」
「~~~~~っ!!!!!」
そういって、先生が微笑む。店内の照明が乏しいせいか、暗く
きゅうっと、心臓が縮む。
って、なにドキッとしてるんすか私は!!!
これは講習っす!!!
落ち着いて、冷静にならないと。
「なにか頼もうか?」
「えっと……」
シャンメリー、マカロン、ウィスキーボンボンを注文する。
噂によると、この講習でホストにお金を使いすぎると『補講』になってしまうらしい。けど、これくらいなら問題ないっすよね。普通に自分で買って食べるくらいの値段っすから。
乾杯して、シャンメリーを飲む。
「先生、その化粧、自分でやってるんすか?」
「うん、そうだよ。結構薄めの化粧だけど、よく分かったね」
「もちろんっすよ。女子ですから」
意外とアイメイクは薄い。多分ファンデとコンシーラーくらいっすね。
ていうかズルいっす。先生に会うって分かってたら、私も気合い入れて化粧してきたのに。
「あ、このマカロン美味しいっすね」
「うん、私も好き」
雑談のおかげで落ち着いてきた。
そう。これは講習。偽物のホストクラブ。辺りを見回すと、私と同じように講習を受けている生徒たちがいる。
交通安全教室とか、薬物乱用防止教室とかと変わらない、簡単な講習。
ちょっとビックリしたけど、全然大丈夫っすね。
「ねえイチカ、ホストクラブの担当制って知ってる?」
「担当制? いえ、知らないっす」
「ホストクラブに来たお客様は、担当してほしいホストを二回目の来店時に本指名するの。この本指名は永久的に変えられないから、その人以外とは遊べなくなっちゃうんだよ」
「へ~そうなんすね」
「ちなみに、ホストが自分の担当じゃないお客様と関係を持つことを『爆弾』っていうの。爆弾したホストはクビ、お客様も出禁になるよ」
「そんなルールあるんすか? 凄い世界っすね」
すると、突然――先生がぐっと距離を詰めてくる。近い。肩、当たりそう。
「あっ」
先生が、私の手を握ってくる。
おっきい、男の人の手。
先生が、私の手を……。
意識しすぎて、先生に触れられている部分が熱を帯びる。
「イチカには、私のことだけ見てほしい」
「~~~~~~っ!」
まっすぐ見つめられ、手を握られて、そう告げられた。
情熱的な眼差しに貫かれる感覚。
心臓が痛いくらい脈打って、バクバクと爆音を鳴らす。
「ほ、本指名欲しいって意味っすか?」
「うん、イチカに、私を選んで欲しい」
先生に迫られ、求められている。演技だと分かっているのに、どうしようもなく嬉しくて、心が勝手に喜んでしまう。
ばか……! 喜んじゃダメっす……!
「ま、またまた~。先生なら生徒にたくさん本指名されてるっすよね?」
「ううん、イチカの本指名だけは、絶対に私じゃないと嫌」
「~~~~~~~~~っ!!!!!」
――イチカの本指名だけは、絶対に私じゃないと嫌。
イチカ、だけは。
あ、やばっ。やばいっす、これっ。
我慢してるのに、口角が勝手に上がっていく。
甘露。麻薬のような、甘く情熱的な言葉。
体験したことがない程の喜びと幸せホルモンが身体を満たして、溢れそうな多幸感に包まれる。
なんか、身体が、落ち着かない。嬉しくて、くすぐったくて、走り出したくなる、変な感じ。
「わ、分かったっす……。先生のこと、本指名するっす……」
「よかった、ありがとう、イチカ」
「は、はい……」
勢いに押され、了承してしまった。
「イチカに選んでもらえて、嬉しいよ」
これ、やっちゃったっすか……? ちゃんと断らないとダメだったやつすか?
どうすればよかったのか悩んでいると――。
「あ」
テーブルの向こうを、ひとりのホストが通った。さっきの冊子に載ってた、ツルギ先輩に似たヴィジュアル系のホストだ。
その瞬間、突然、先生がぐっと身を寄せてきた。そして、半眼で私を睨みながら――。
「イチカ、浮気?」
「ち、違うっすよ!」
「今、私のことしか見ないって約束したばっかりなのに」
「い、いやっ、そうじゃなくて……!」
「イチカの浮気者。裏切り者。爆弾魔」
「誤解! 誤解っすから!」
鋭い眼光。浮気を咎めてくる彼氏のような、勢いの強い糾弾。
「私とは遊びだったの?」
「遊びなんかじゃないっすよ!」
「イチカに浮気されたって正義実現委員会の後輩たち全員に教えるから」
「私の好感度が地に落ちるからやめてくださいっす!」
拗ねて怒っている先生。彼氏に怒られているような気分になって、本当にカップルだった気がしてくる。
自分に、苛烈な独占欲が向けられている。先生が嫉妬して、ヤキモチを焼いてくれている。
演技なのに。ウソの言葉なのに、それでも、嬉しくて、楽しい。
「ねえ、イチカ。ちゃんと言葉にして、『好き』っていって」
「え、そ、それは……んひゃっ!?!?!?」
先生に、抱きしめられる。
!?!?!?!?!?!?!?
え、だ、抱きしめられてる!?
なんで!?!?!?!?!?
力では私の方が強いはずなのに、動けなくなる。
まるで、蛇に巻き付かれた小動物の気分。逃がさない、といわんばかりに背中に回された腕に強く抱きしめられ、密着してしまう。
男の人の体格。
あったかい。おっきい。いい匂い。あっ、やばい、好き……。
「ちゃんと、イチカの口から聞きたい」
「っ……!!!!!!」
近い。耳元で。間近で。吐息と一緒に、言葉を吹き込まれる。
「言ってくれるまで、離さないから」
「あっ、あっ、あっ……!」
低い声。圧のある、有無を言わさぬ強引さ。
耳が、熱い。顔から火が出そうなほど、熱い。
迫られ、求められている。
逃げられない。放してもらえない。
「おねがい、イチカ」
「あっ、耳元で囁くの、ダメっす……!」
ぞわぞわする。囁き声が心地よくて、脳味噌へダイレクトに気持ちよさが直撃してしまう。耳が熱を帯びて、身体中が熱くなっていく。
だめなのに。講習だから、ホストになんてハマっちゃだめなのに。
「わ、私っ……先生のこと、好きっす……!」
言った。
言ってしまった。
バキン!と、自分の中で、なにかの
「私も大好きだよ、イチカ」
――大好き。
大好き。
嬉しくて、温かくて、心が満たされる。
幸せだった。先生に、大好きといってもらえて。愛の言葉を伝え合うのって、こんなに満たされるんだ。
先生は約束通り、抱擁をやめて解放してくれた。
まだ、心臓がバクバク言ってる。
シャンメリーを飲む。
けれど、全然味が分からない。
先生の言動を、頭の中で繰り返し再生してしまう。先生の、強引な一面。私を逃がさないという、強い意思。
すごかった……。またやってほしい……。
「ところでイチカ、最近ギターは弾いてる?」
「え、ギターっすか? まあ、たま~に弾いてますけど、あんまり気が乗らなくて押し入れに入ってることが多いっすね」
「そっか~、でも、たまにでも楽しいよね。また今度聴かせてよ」
「まだ練習中だから恥ずかしいっすよ」
「じゃあ、私の趣味も披露するから、その代わりに今度聴かせてよ」
「え、先生の趣味っすか?」
「うん。実は最近、手品にハマってるんだ」
「手品っすか!? 意外っす!」
「見たい?」
「見たい! 見たいっす!」
すると、先生は懐から一枚のコインを取り出す。そして、親指で弾く。
宙に浮いたコインを左手の甲で受け止めると同時に、右手で押さえた。いわゆる、コイントスだ。
「表と裏、どっちだと思う?」
「表で」
「正解は――」
先生が右手をどかす。そこに、コインはなかった。
「えっ!?」
さらに、先生が握り込んでいた左手を開く。その手の中に、コインがあった。
まるで、コインが左手の甲を貫通して、拳の中に収まったようだった。
「ウソっ!? すごいっすね! どうやったんすか!?」
「甲で受け止めた瞬間に弾いて、右腕の袖の中にコインを入れたんだよ。左手には、普通にもう一枚コインを持ってただけ」
「うわ、すごっ、本格的じゃないっすか!」
「驚いてもらえてよかった。練習の甲斐があったよ」
先生は、少年のように無邪気な笑顔を見せた。
「実は、もっとすごいマジックがあるんだ」
「え、見たいっす」
「イチカがこのボトル注文してくれたら見せてあげる」
そういって先生が指し示したのは、一本5万円の高額ボトルだった。
「っ……! そ、その手には乗らないっすよ!」
さっきは勢いに飲まれて、す、好きとか言っちゃったけど。
流石にお金を払うところまでは許さない。ここは、越えちゃいけない一線だ。
我慢と自制は慣れている。溢れ出した本能を、理性の鎖で抑える。
「じゃあ、ただマジックを見るだけじゃなくて、ゲーム形式にしようよ」
「ゲームっすか?」
「私のマジックをイチカが見破れるかどうかっていうゲーム。ボトルを注文してくれたら見せてあげる。今から説明するから、挑戦するかどうかはイチカが決めてよ」
先生がテーブル上の空箱ふたつを引き寄せる。それぞれマカロンとウィスキーボンボンが入っていた箱だ。
「私がマジックで、この箱のどっちかにコインを入れる。どっちに入ってるか見破れたら、ご褒美をあげるよ」
「ご褒美っすか?」
「次の休日、私の家で遊ぼう」
「!?!?!?!?!?!?!?!?」
お家デート!?!?!?!?!?
え、え、え!?
「い、いいんすか!?」
「うん、ふたりで、私の家で遊ぼうよ」
「ぐっ……ま、マジすか……。で、でもっ……!」
先生の家にお邪魔できる。しかも、一日ふたりきりで過ごせる。
行きたい。先生の家、行きたい。
しかも、一回でも行ってしまえば、またお邪魔できるかもしれない。先生の家の場所を知ることができるのが、一番大きなアドバンテージだ。
願望が膨れ上がる。理性の鎖が砕けそうになる。
でも、明らかに罠だ。
この口車に乗ってボトルを注文してはいけない。大金を使ってはいけない。
「ダメ?」
「だって、5万円は……」
5万円は、高すぎる。ちょっと身の丈を超えた額だ。
でも、先生の家には行きたい。
この機会を自分から手放すのが惜しくて、はっきり断れない。
「じゃあ、これも付けてあげる」
そういって、先生が一枚のカードを差し出した。私は手に取って、裏表を確認する。何かの電子的カードのようだった。
「なんすかこれ? このお店で使えるポイントカードとか?」
「私の家の合鍵」
「――」
絶句する。
合鍵。カードキー。先生の家の。
カードを持つ手が、震える。
「いつでも遊びに来ていいよ」
「ぶっ……!?!?!?!?!?!?」
先生の家の合鍵が、手に入る。
きっと、他の生徒は誰も持っていないに違いない。私だけが、先生の部屋に出入りできるようになる。
それはもう、恋人の関係といっても過言ではない。
「どうする? ボトルを注文してくれれば、ゲームに挑戦できるよ」
「やるっす!!!!!」
バキン!と音を立てて、理性の鎖が砕けた。
体面も、倫理感も、全部がどうでもよくなる感覚。自分で自分を止められない。奥底に秘めていた欲動が、凄まじいエネルギーになって体の中を渦巻く。
へ、へへっ、えへへっ……。先生の家、いつでも行ける……。暇な時に、先生の家に行ける……。
繰り返し行くうちに、私物とか置いちゃったりして。どんどん私の荷物が増えていって、やがて半同棲状態になって……ふへっ、ふへへっ……!
――スタッフが豪華な箱を運んでくる。箱を開けると、冷気と共に白い煙が溢れ出す。その奥から、一本のボトルが姿を現した。
「一緒に飲もう?」
「はい!」
先生と乾杯する。美味しいけど、もはやどうでもいい。大事なのはこの後だ。
もう、マジックへの興味はあまりない。大事なのは、ゲームの景品。
ここで勝てるかどうか。間違いなく、私の人生を大きく揺るがす大一番だ。
「ゲームの内容っすけど、どっちの箱にもコインが入ってないとか、両方に入ってる、みたいなのはなしっすよ?」
「うん、左右の箱のどっちかだけにコインを入れるよ」
念のため、箱に仕掛けがないかも検めた。そして、先生はふたつの箱のフタを閉めた。
「じゃあ、始めるね」
ここからだ。視覚と聴覚を研ぎ澄ます。一挙手一投足を見逃さないように、集中する。
まず、先生は私に両手を見せた。何も持っていない。先生は、右の箱のフタを開け、そこに右手を突っ込んだ。
そして、先生は右手を引き抜き、フタを閉じた。
「はい。コインはどっちの箱に入ってるでしょう?」
「っ!?!?!?!?!?!?」
左の箱触ってないじゃないっすか!
ていうか、コイン手に持ってないじゃないっすか!
驚愕と焦り。衝撃の状況に困惑する。
けれど、考える時間はたっぷりある。しっかり考えよう。
ひとつ考えられることがある。一個前のマジックで使ったコインだ。先生は右腕の袖にコインを入れた。そのコインを、まだ取り出していない。
つまり、袖のコインを落とせば、右の箱には入れられる。
それに、そもそもこんなの右に決まってる。触れてもいない左の箱に入れられるはずがない。
「決めたっす。コインが入ってるのは――」
その時、私は閃いた。――フタを閉めた時に入れた可能性に。
そうだ。そもそも、この箱のフタを閉めたのは先生。あの時にコインを入れていれば、左の箱にも入れられる!
「分かったっす! コインが入ってるのは、左っす!」
私は左の箱を開ける。――空だった。
「えっ、そんな……!?」
「残念だったね、イチカ」
「まさか……!」
私は右の箱を開ける。コインが入っていた。
「そんな……。み、右しか触らなかったのはなんでっすか!? 私が『右の箱しか触ってないから右だろう』って浅い考えで右を選んだらどうするんすか!?」
「まあ、イチカになら、合鍵あげちゃってもいっかなって思って」
「!!!!!!!!!」
先生は、合鍵を私に渡すつもりだった。それくらい、私のことを特別に思ってくれていた。
なのに、二択を外してしまった。
先生は、私のカードキーを回収して懐にしまおうとする。
「でも、外しちゃったからこれは没収ね」
「そんな!?!?!?!?!?!? か、返してくださいっ! 私の合鍵っ!」
「残念だなあ……。イチカに合鍵あげたかったなあ……」
「じゃあください! くださいよ!」
「もう一本注文してくれれば、もう一回挑戦できるよ」
「やるっす!!!!!!!!!」
*
休憩スペースのイスに座り、私は項垂れる。
負けた。6連敗した。30万円分のボトルを注文してしまった。
冷静になった時には、もう大金を使ってしまった後だった。
「うぅっ……違うっす……私はホス狂いじゃないんすよ……」
「イチカ……」
「そんな目で見ないでくださいっす……!」
先生は可哀想なものを見る目で私を見ている。
「イチカ、この場では言葉を濁すとイチカのためにならないから、ハッキリいうよ。イチカは、ホス狂い予備軍なんだ」
「ぐはっ……!!!」
胸に突き刺さる。
ホス狂い予備軍という、不名誉な称号。
恥ずかしさ。情けなさ。惨めさ。いろんな負の感情に襲われる。
「イチカは、人格的にホストにハマりやすいある特徴があるんだ」
「特徴っすか……?」
「イチカは、自分より他人を優先してしまう人なんだ。能力的な部分だけじゃなくて、人格面でも誰かのために頑張れる優しい子なのに、自分のことを軽視してしまう節があるんだ」
他者を優先する、という点に心当たりはある。我慢、自制――自分を抑えて他人のために動く生き方は、自分の骨身となっているくらい染みついている。
「だから、イチカにとってホストクラブは天敵なんだ。自分のことを一番にお姫様扱いしてもらえる場所は、相性が悪いんだ」
自分を軽視する人間にとって、自分を一番に扱ってもらえる場所は、最も天敵。
自覚、なかった。自分に、ホストクラブにハマりやすい特徴があるなんて、想像もしていなかった。
「正直、驚きっす……。確かに私、ホス狂い予備軍っすね」
「でも、正しい対策を学べば、引っ掛かることはなくなるよ。一緒に頑張ろう、イチカ」
「はい! よろしくお願いします! 私、先生の生徒でよかったっす……!」
この講習がなかったら。先生に出会えていなかったら。
私は将来、どこかでホストにハマっていたかもしれない。趣味がホストになって、破滅していたかもしれない。それを、未然に防いでもらえたのだ。
その時――ちょうど扉が開いて、講習を終えた生徒が出てきた。
「あっ、イチカ先輩!」
その生徒は、私の後輩だった。目を輝かせながら、私に駆け寄ってくる。
「お疲れさまです、イチカ先輩! イチカ先輩も講習終わりですか?」
「お疲れさまっす。はい、そうっすよ」
「なんか簡単な講習でしたね! 講習だって分かってて騙される人なんているんですかね?」
「うぐっ……」
「いくらイケメンとはいえ、あんな露骨に少女漫画っぽいセリフ、本気にしちゃうわけないのに」
「ぐふっ……!」
「あんなのに引っ掛かるなんて、イケメンに弱くて自分に芯が無くて無味乾燥な人生を送ってる人だけですよね!」
「ぐはっ……!!!!!」
無垢な後輩の、悪意なき言葉が、心に突き刺さる。一発一発が深く、私の胸を抉る。
痛い。辛い。泣きそう……。
「では、お疲れさまでした! イチカ先輩に会えて嬉しかったです! それでは!」
そういって、後輩は去っていく。私は涙を堪えながら、手を振って見送った。
先生は、悲しそうな目で私を見ていた。
「先生、後生ですから、私が補講になったことは誰にも言わないでください……」