ブルアカ ホストにハマらないための講習   作:耳野笑

7 / 13
ホストにハマらないための講習 カヨコ編

 

 私は便利屋68所属――鬼方カヨコ。

 

 今日の予定は『ホストにハマらないための講習』の受講。今は、シャーレのビル内にある休憩スペースで待機しているところだ。

 

 先月、社長も同じ講習を受けたらしい。結果、1300万円の支払いをしてしまい、補講行きが決定したんだとか。

 何をすれば1300万も払っちゃうんだろう、ぼったくりなのかな。

 

 時間になった。私は扉を開けて講習会場へ入る。

 

「えっ」

 

 煌びやかな内装の店内。黒を基調とした壁、金色のシャンデリア、仄かな青紫色に灯る壁面照明。店内には華やかなBGMが流れている。

 

 目映さ。妖しい雰囲気。雑然とした、絢爛豪華な空間。

 

 え、なにここ。シャーレのビルだよね?

 

「ようこそ、ホストクラブ『S.C.H.A.L.E』へ」

 

 スーツを着た男性職員が、うやうやしく私を出迎える。

 

 私は席に案内され、革張りのソファーに座った。テーブル上には冊子が置いてある。

 

「この中からお好みのホストをお選びください。ひとりでも複数人でも構いません」

 

「……えっ」

 

 冊子をぱらぱらとめくると、先生の写真があった。

 

 え、先生も、講師役として参加してるってこと?

 

「……じゃあ、この人で」

 

「かしこまりました」

 

 そして、待つこと数秒――。

 

「ご指名ありがとうございます、カヨコさん」

 

 やってきたのは、黒いシャツとグレーのスーツに身を包み、髪もホストらしく整えた先生だった。

 

 綺麗……。

 

 見惚れてしまう。整った顔立ち。触れれば消えてしまいそうな儚さと、付き合うと破滅しそうな妖しさを帯びた、魔性の男の姿だった。

 

「びっくりした……綺麗だね、先生」

 

「ありがとう、嬉しいよ」

 

 先生が私の隣に座る。先生の左耳に付いているピアスが揺れた。不思議なデザインだ。三つ棘の付いた五角形。さらにその内側に内接する、上下逆向きの五角形。

 

「このピアス、どうかな?」

 

「オシャレだと思う。でも、独特なデザインだね」

 

「あ、そっか。生徒ってヘイロー見えないんだっけ」

 

「……? どういう意味?」

 

「これ、カヨコのヘイローを模したピアスだよ」

 

「!?!?!?!?!?」

 

 触れないのに、自分の頭上へと手を伸ばしてしまう。

 

 私のヘイロー、そんな形なの。というか、ど、どうして?

 

「オーダーメイドで作ってもらったんだ、いいでしょ」

 

「なんで、私のヘイローのデザインにしたの?」

 

「カヨコのことが好きだから」

 

「~~~っ!」

 

 嬉しさのあまり、心臓がきゅうっと縮むのを感じる。

 

 やばっ、ニヤけそう。

 

 ダメだ、真に受けるな、私。

 

 きっと社長にも同じようなことを言って、持ち上げて、いい気にさせて、沢山貢がせたんだ。

 

 ううん、社長だけじゃない。生徒のみんなに、同じことを言ってるに違いないんだ。

 

「だ、誰にでもそういうこと言ってるんでしょ?」

 

「カヨコにしか言わないよ」

 

「先生のうそつき」

 

「本当だよ。こんなこと、彼女にしか言わないよ」

 

「……え?」

 

「え?」

 

 え、なに。

 

 先生、なんていった?

 

 彼女にしか言わない?

 

 え、どういう意味? 私と先生は、恋人じゃないのに。

 

 先生は不思議そうな顔をしながら、私に尋ねてくる。

 

「私たち、付き合ってるんだよね?」

 

「!?!?!?!?!?」

 

 え、なに!? 怖い怖い怖い……! 何が起こってるの……!?

 

「つ、付き合ってないよ……! 付き合ってない、よね……?」

 

「え、カヨコから告白してくれたのに……」

 

「し、してないよ……!」

 

「だって、当番の時、イヤホンを片方渡してくれたよね。キヴォトスの外では、イヤホンを片方渡して聴こうとするの、恋人になってくださいって意味なんだよ」

 

「そうなの!?!?!?」

 

 し、知らなかった。キヴォトスの外だと、そんな文化があるんだ……。

 

 え、じゃあ……先生は、ずっと私と恋人だと思ってたってこと?

 

「ごめん、先生。私、その文化知らなくて、そういうつもりじゃなかったんだ」

 

 そう伝えると、先生はひどく哀しそうな顔をする。

 

「そんな……私、嬉しかったのにな……」

 

「ごめん、先生」

 

「ひどい……カヨコに弄ばれた……」

 

「も、弄んでない……! そんなつもりじゃなかったの……!」

 

 先生は拗ねてそっぽを向いてしまう。どうしよう、先生のこと、傷付けちゃった。怒ってるよね……。

 

「先生、ごめんね。許してほしい」

 

「じゃあ、ボトル頼んでくれたら許してあげる」

 

「……! その手には乗らないよ。社長の時には上手く行ったのかもしれないけど、私はそんなにチョロくないから」

 

 すると――先生が、私の両頬に、両手を当てる。左右を閉じられたせいで、首を回して逃げることもできない。先生の顔が、すぐ間近にある。血も凍るような、美しさ。

 

 近い。

 

 肌白っ……。

 

 綺麗……。

 

 キスされる寸前みたいな距離。

 

 でも、先生の瞳には冷たい怒りが宿っていて。

 

「カヨコ、私とは遊びだったんだね。他店に本命ホストいるんでしょ?」

 

「い、いない、よ……」

 

「カヨコは私のことなんて、なんとも思ってないんだよね」

 

「ち、ちがっ……」

 

「別れよっか、私たち」

 

 いや、付き合ってはないんだけど。

 

 でも、なぜか。自分でも不思議だけど、別れ話を切り出されているようで、ひどく悲しくて、胸が痛い。

 

 先生が私の顔から手を離す。距離を置いて、座り直してしまう。もう、私の目を見てもくれない。

 

「先生」

 

「なに、鬼方さん」

 

「……っ!」

 

 グサッと、胸にナイフを穿たれたような感覚。

 

 鬼方さん。

 

 その呼び方は、私に対する拒絶を示していて。先生との距離が、一気に離れてしまったことを感じさせた。

 

「許して、ボトル、注文するから、許してよ、先生っ……」

 

「いいよ、無理しなくても。他店の本命さんとお幸せにね」

 

「そんなこといわないでよ、先生っ……」

 

 私は先生の腕を掴む。すると、先生が私を見てくれる。

 

 今、ちゃんと謝らないと。

 

「ごめんね、勘違いさせるようなことして。でも、私も、先生と恋人になりたい。先生のこと、好きだよ。だから、お願い、やり直させてよ……」

 

 心の底から、正直に想いを伝える。

 

 すると――先生に、突然抱きしめられた。

 

 身体、おっきい。いい匂いする。あったかい。

 

「先生……?」

 

「私もカヨコのこと、好きだよ。改めて、ちゃんと恋人になろう、カヨコ」

 

「うん……」

 

 私は、先生を抱きしめ返した。

 

 胸に温かさが灯る。幸せで、心が満たされる。

 

「先生、ボトル、注文するよ。どれがオススメ?」

 

「シャンメリーが一番美味しいよ」

 

「じゃあ、それで」

 

 謝罪と仲直り。二つの意味をこめて、ボトルを注文した。

 

 便利屋の経営は逼迫していて、当然私の貯金も余裕はない。でも、今日だけは、お金に糸目をつけずに好きなだけ注文することにした。

 

 ふたりで乾杯し、シャンメリーを飲む。

 

「カヨコ」

 

「なに?」

 

「愛してる」

 

「~~~っ!!!」

 

「好きだよ、カヨコ」

 

「~~~~~~っ!!!!!」

 

 先生から初めてもらえた、愛の言葉。

 

 破壊力が、すごい。嬉しさが爆発して、心の中を幸せが満たしていく。

 

 嬉しい。嬉しい……これ、すごい……。心臓、おかしくなりそうっ……。

 

「カヨコ、私、今気づいたんだけどさ」

 

「うん」

 

「私、付き合ってもない女の子のヘイローをデザインしたピアス勝手に作って付けてたんだ。すごいキモいことしてたね」

 

「あ、まぁ……確かに誤解はあったけど、でも、嬉しいよ。私のこと、想ってくれてるのが分かって」

 

 先生のピアスに触れて、表面を撫でる。自分では触れられない自分のヘイロー。先生が形にしてくれた、私への想い。

 

「ありがとう、先生」

 

「うん……」

 

 先生が私の手を取って、そのまま恋人繋ぎで握り込んできた。

 

 恥ずかしい。けど、嬉しい。

 

 先生の体温と私の体温が、交じり合っていく。

 

「カヨコ、お菓子も食べる?」

 

 先生に促されてメニューを見る。お菓子だけで20種類以上あった。

 

「じゃあ、クッキー頼もうかな」

 

「分かった、ちょっと待っててね」

 

 すると、先生は歩いてバックヤードに行き、何かを持ってくる。

 

「はい、どうぞ」

 

「これって……!」

 

 袋の中に入っているのは、大小さまざまなクッキー。その中でも一番大きなハートのクッキーには『Kayoko』の文字が入っていた。

 

「これ、手作り……!?」

 

「うん、カヨコのために作ったんだ」

 

「すごい、ありがとう先生……!」

 

 袋を開けて、名前入りクッキーを取り出す。

 

「すごいね、これアイシングってやつだよね」

 

「うん、アイシングクリームで文字を書いて、固まると完成」

 

「もったいなくて食べられないかも」

 

「また作ってあげるから食べてよ」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 惜しむ気持ちをこらえて、クッキーを食べる。先生の作ってくれたクッキーだと思うと感動して、無性に喜びが湧いてくる。

 

「美味しいよ、先生」

 

「そういってもらえてよかった」

 

「……あれ?」

 

 メニュー表には20種類以上のお菓子がある。その中から偶然私がクッキーを選んだから貰えたけど、それ以外を注文する可能性もあったはずだ。

 

「私がクッキーを注文したのって、たまたまだよね? クッキー以外を頼んでたらどうするつもりだったの?」

 

「もちろん、全種類カヨコにあげる用に手作りしたよ」

 

「ぜっ、全種類!?」

 

「うん、カヨコに渡したくて」

 

「先生……」

 

 万感の思いが胸に込み上げる。私のために、そこまでしてくれるんだ。

 

「先生、お菓子、全種類注文するよ」

 

「いいの?」

 

「うん、先生の作ってくれたもの、全部欲しいから」

 

 先生はバックヤードから大量の手作りお菓子を持ってきてくれた。

 

 ケーキ、チョコレート、スコーン。たくさんのお菓子を食べた。流石に全部は食べ切れないので、持って帰ることになりそうだけど。

 

「カヨコ、コーヒーも頼んでほしいな。見せたいものがあるんだ」

 

「うん? いいよ、注文する」

 

 すると、先生はコーヒーを淹れてくれる。そして、ミルクを注ぎ、ピックを巧く操って――。

 

「え、これ、まさか……」

 

 あっという間に、私のヘイローの形をしたラテアートが完成した。

 

「すごい……!」

 

「カヨコだけの、特別サービスだよ」

 

「嬉しい……ありがとう、先生」

 

 大切にされている。特別に想われている。そう実感できて、嬉しさが込み上げる。

 

「よかった。今日が来るの、ずっと楽しみにしてたから。カヨコに喜んでもらえて、嬉しい」

 

「私も、嬉しい……幸せすぎて、変な感じ」

 

 先生が彼氏なのって、こんなに幸せなんだ。こんな幸せを手に入れていながら気付いてもいなかったなんて、自分の鈍さに呆れる。

 

 でも、これからは、正式に恋人なんだ。

 

「カヨコ、手繋いでいい?」

 

「うん」

 

 先生が再び手を繋いでくる。指と指を絡める、恋人繋ぎ。お互いの手を隙間なくぴったりとくっつけたまま、私たちはお菓子を食べて、ジュースを飲みながら語り合う。

 

「カヨコ、手小さいね」

 

「そうかな」

 

「可愛いよ、カヨコ」

 

「~~~っ!」

 

 そろそろ、キャパオーバーしそう。今日貰った幸せだけで、心に入りきらずに溢れ出しそう。

 

「今日の先生、積極的すぎ……!」

 

「ちゃんと恋人になれた記念に、たくさんカヨコに好きって伝えようって思って」

 

「そ、そっか……」

 

 すると、先生は私の耳に唇がくっつきそうなほど、顔を近づけて――。

 

「好き、大好き」

 

「~~~~~っ!」

 

 肉食獣のような、低い囁き声。カッコよくて、ぞわぞわして、ぶるっと身体が震える。

 

「愛してるよ、カヨコ」

 

「~~~~~~~~~っ!」

 

 脳味噌に、幸せが直撃する。

 

「カヨコ、可愛い」

 

「み、耳はだめっ……! これ変になるっ……!」

 

 たとえるなら、毒蜜の壺に沈められるような、幸せな拷問。甘露と快楽で脳をダメにするような、蠱惑的な囁き。身体に気持ちよさが走って、力が入らない。

 

 さらに――。

 

「ふぅ~~~~~っ」

 

「あっ……!」

 

 耳に吐息を吹き込まれ、私はバタリと倒れた。身体が熱い。あ、ヤバい、先生、好き……。

 

「す、すごい、先生……」

 

 私は腕で自重を支えながら、体を起こす。

 

 完敗だった。先生に、完璧に負かされて、身も心も先生のものにされてしまった。

 

「ちょっと、これ以上は心臓爆発する……」

 

「そっか、じゃあ、好きって伝えるのはまた今度ね」

 

「う、うん……」

 

 ま、またやってもらえるんだ……。やった……幸せだ……。

 

 その時――どこかの生徒とホストが腕を組みながら、テーブルの向こうを通り過ぎて行った。

 

「あ、あの制服……」

 

 先生が、生徒を見てぼそっと呟いた。

 

「どうかしたの?」

 

「あの学校の制服、私の高校時代の制服に似てるんだよね」

 

「先生の制服姿かあ……見てみたいな」

 

「実はさ、来月こういうイベントやるんだけど」

 

 先生はスマホで、ホストクラブ『S.C.H.A.L.E』の公式サイトを見せてくれる。そのイベント予定ページには、来月行われるという『文化祭』の内容が表示されていた。

 

「文化祭?」

 

「うん、ホストたちが、みんな学生服を着て接客するの」

 

「!!!!!!!!」

 

「よかったら見に来てね」

 

「うん、絶対来る。先生の制服姿、楽しみにしてる」

 

 *

 

「カヨコ、残念だけど今回の講習は不合格だよ。補講決定ね」

 

「えっ……?」

 

 休憩スペースで先生にそう言い渡された私は、何を言われたのか分からず混乱した。

 

「ど、どういうこと? 社長は1300万使っちゃったけど、私は10万しか使ってないよ」

 

「この講習の合格条件は『2万円以上お金を使わない。かつ、再来店の誘いを断ること』なんだ。だから、カヨコは不合格なんだ」

 

「そんな……」

 

「そして、カヨコ。ホストクラブの中でホストに言われる言葉は、全て嘘なんだ」

 

「え……?」

 

「私とカヨコは付き合ってないし、イヤホンを渡したら告白なんていう文化もないよ」

 

「そ、そんな……!? え、ど、どこから……先生は、私のこと好きなんじゃないの?」

 

「ごめんね、カヨコ。講習中に言ったことは、全部嘘なんだ」

 

「……っ!」

 

 ショックのあまり、倒れそうになる。

 

 絶望的な気分だった。

 

 でも、急に冷静になった頭で考えると、納得感もある。

 

 そんな文化、あるわけないじゃん。大体、先生側だけが付き合ってると思ってるなら、それなりのアプローチをしてこないと変だ。

 

 先生の演技とホストクラブの雰囲気に飲まれて、騙されてしまった。

 

「そっか……そうだよね、無理あるか、ははっ……」

 

 気付かなかった自分が恥ずかしい。なんで騙されたんだろう、だいぶ変なこと言ってるのに。

 

「どうしよう、講習不合格になったのバレたら、ムツキに笑われる……」

 

「ムツキは優しいから笑わないと思うよ」

 

「社長が不合格になった時爆笑してたけど」

 

「……」

 

「最悪……もう事務所帰りたくない……」

 





 一部改稿しました。(2025/01/05/14:11)

【改稿前】

「ごめんね、カヨコ。先生はカヨコだけのものにはなれない」

【改稿後】

「ごめんね、カヨコ。講習中に言ったことは、全部嘘なんだ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。