私は便利屋68所属――鬼方カヨコ。
今日の予定は『ホストにハマらないための講習』の受講。今は、シャーレのビル内にある休憩スペースで待機しているところだ。
先月、社長も同じ講習を受けたらしい。結果、1300万円の支払いをしてしまい、補講行きが決定したんだとか。
何をすれば1300万も払っちゃうんだろう、ぼったくりなのかな。
時間になった。私は扉を開けて講習会場へ入る。
「えっ」
煌びやかな内装の店内。黒を基調とした壁、金色のシャンデリア、仄かな青紫色に灯る壁面照明。店内には華やかなBGMが流れている。
目映さ。妖しい雰囲気。雑然とした、絢爛豪華な空間。
え、なにここ。シャーレのビルだよね?
「ようこそ、ホストクラブ『S.C.H.A.L.E』へ」
スーツを着た男性職員が、うやうやしく私を出迎える。
私は席に案内され、革張りのソファーに座った。テーブル上には冊子が置いてある。
「この中からお好みのホストをお選びください。ひとりでも複数人でも構いません」
「……えっ」
冊子をぱらぱらとめくると、先生の写真があった。
え、先生も、講師役として参加してるってこと?
「……じゃあ、この人で」
「かしこまりました」
そして、待つこと数秒――。
「ご指名ありがとうございます、カヨコさん」
やってきたのは、黒いシャツとグレーのスーツに身を包み、髪もホストらしく整えた先生だった。
綺麗……。
見惚れてしまう。整った顔立ち。触れれば消えてしまいそうな儚さと、付き合うと破滅しそうな妖しさを帯びた、魔性の男の姿だった。
「びっくりした……綺麗だね、先生」
「ありがとう、嬉しいよ」
先生が私の隣に座る。先生の左耳に付いているピアスが揺れた。不思議なデザインだ。三つ棘の付いた五角形。さらにその内側に内接する、上下逆向きの五角形。
「このピアス、どうかな?」
「オシャレだと思う。でも、独特なデザインだね」
「あ、そっか。生徒ってヘイロー見えないんだっけ」
「……? どういう意味?」
「これ、カヨコのヘイローを模したピアスだよ」
「!?!?!?!?!?」
触れないのに、自分の頭上へと手を伸ばしてしまう。
私のヘイロー、そんな形なの。というか、ど、どうして?
「オーダーメイドで作ってもらったんだ、いいでしょ」
「なんで、私のヘイローのデザインにしたの?」
「カヨコのことが好きだから」
「~~~っ!」
嬉しさのあまり、心臓がきゅうっと縮むのを感じる。
やばっ、ニヤけそう。
ダメだ、真に受けるな、私。
きっと社長にも同じようなことを言って、持ち上げて、いい気にさせて、沢山貢がせたんだ。
ううん、社長だけじゃない。生徒のみんなに、同じことを言ってるに違いないんだ。
「だ、誰にでもそういうこと言ってるんでしょ?」
「カヨコにしか言わないよ」
「先生のうそつき」
「本当だよ。こんなこと、彼女にしか言わないよ」
「……え?」
「え?」
え、なに。
先生、なんていった?
彼女にしか言わない?
え、どういう意味? 私と先生は、恋人じゃないのに。
先生は不思議そうな顔をしながら、私に尋ねてくる。
「私たち、付き合ってるんだよね?」
「!?!?!?!?!?」
え、なに!? 怖い怖い怖い……! 何が起こってるの……!?
「つ、付き合ってないよ……! 付き合ってない、よね……?」
「え、カヨコから告白してくれたのに……」
「し、してないよ……!」
「だって、当番の時、イヤホンを片方渡してくれたよね。キヴォトスの外では、イヤホンを片方渡して聴こうとするの、恋人になってくださいって意味なんだよ」
「そうなの!?!?!?」
し、知らなかった。キヴォトスの外だと、そんな文化があるんだ……。
え、じゃあ……先生は、ずっと私と恋人だと思ってたってこと?
「ごめん、先生。私、その文化知らなくて、そういうつもりじゃなかったんだ」
そう伝えると、先生はひどく哀しそうな顔をする。
「そんな……私、嬉しかったのにな……」
「ごめん、先生」
「ひどい……カヨコに弄ばれた……」
「も、弄んでない……! そんなつもりじゃなかったの……!」
先生は拗ねてそっぽを向いてしまう。どうしよう、先生のこと、傷付けちゃった。怒ってるよね……。
「先生、ごめんね。許してほしい」
「じゃあ、ボトル頼んでくれたら許してあげる」
「……! その手には乗らないよ。社長の時には上手く行ったのかもしれないけど、私はそんなにチョロくないから」
すると――先生が、私の両頬に、両手を当てる。左右を閉じられたせいで、首を回して逃げることもできない。先生の顔が、すぐ間近にある。血も凍るような、美しさ。
近い。
肌白っ……。
綺麗……。
キスされる寸前みたいな距離。
でも、先生の瞳には冷たい怒りが宿っていて。
「カヨコ、私とは遊びだったんだね。他店に本命ホストいるんでしょ?」
「い、いない、よ……」
「カヨコは私のことなんて、なんとも思ってないんだよね」
「ち、ちがっ……」
「別れよっか、私たち」
いや、付き合ってはないんだけど。
でも、なぜか。自分でも不思議だけど、別れ話を切り出されているようで、ひどく悲しくて、胸が痛い。
先生が私の顔から手を離す。距離を置いて、座り直してしまう。もう、私の目を見てもくれない。
「先生」
「なに、鬼方さん」
「……っ!」
グサッと、胸にナイフを穿たれたような感覚。
鬼方さん。
その呼び方は、私に対する拒絶を示していて。先生との距離が、一気に離れてしまったことを感じさせた。
「許して、ボトル、注文するから、許してよ、先生っ……」
「いいよ、無理しなくても。他店の本命さんとお幸せにね」
「そんなこといわないでよ、先生っ……」
私は先生の腕を掴む。すると、先生が私を見てくれる。
今、ちゃんと謝らないと。
「ごめんね、勘違いさせるようなことして。でも、私も、先生と恋人になりたい。先生のこと、好きだよ。だから、お願い、やり直させてよ……」
心の底から、正直に想いを伝える。
すると――先生に、突然抱きしめられた。
身体、おっきい。いい匂いする。あったかい。
「先生……?」
「私もカヨコのこと、好きだよ。改めて、ちゃんと恋人になろう、カヨコ」
「うん……」
私は、先生を抱きしめ返した。
胸に温かさが灯る。幸せで、心が満たされる。
「先生、ボトル、注文するよ。どれがオススメ?」
「シャンメリーが一番美味しいよ」
「じゃあ、それで」
謝罪と仲直り。二つの意味をこめて、ボトルを注文した。
便利屋の経営は逼迫していて、当然私の貯金も余裕はない。でも、今日だけは、お金に糸目をつけずに好きなだけ注文することにした。
ふたりで乾杯し、シャンメリーを飲む。
「カヨコ」
「なに?」
「愛してる」
「~~~っ!!!」
「好きだよ、カヨコ」
「~~~~~~っ!!!!!」
先生から初めてもらえた、愛の言葉。
破壊力が、すごい。嬉しさが爆発して、心の中を幸せが満たしていく。
嬉しい。嬉しい……これ、すごい……。心臓、おかしくなりそうっ……。
「カヨコ、私、今気づいたんだけどさ」
「うん」
「私、付き合ってもない女の子のヘイローをデザインしたピアス勝手に作って付けてたんだ。すごいキモいことしてたね」
「あ、まぁ……確かに誤解はあったけど、でも、嬉しいよ。私のこと、想ってくれてるのが分かって」
先生のピアスに触れて、表面を撫でる。自分では触れられない自分のヘイロー。先生が形にしてくれた、私への想い。
「ありがとう、先生」
「うん……」
先生が私の手を取って、そのまま恋人繋ぎで握り込んできた。
恥ずかしい。けど、嬉しい。
先生の体温と私の体温が、交じり合っていく。
「カヨコ、お菓子も食べる?」
先生に促されてメニューを見る。お菓子だけで20種類以上あった。
「じゃあ、クッキー頼もうかな」
「分かった、ちょっと待っててね」
すると、先生は歩いてバックヤードに行き、何かを持ってくる。
「はい、どうぞ」
「これって……!」
袋の中に入っているのは、大小さまざまなクッキー。その中でも一番大きなハートのクッキーには『Kayoko』の文字が入っていた。
「これ、手作り……!?」
「うん、カヨコのために作ったんだ」
「すごい、ありがとう先生……!」
袋を開けて、名前入りクッキーを取り出す。
「すごいね、これアイシングってやつだよね」
「うん、アイシングクリームで文字を書いて、固まると完成」
「もったいなくて食べられないかも」
「また作ってあげるから食べてよ」
「じゃ、じゃあ……」
惜しむ気持ちをこらえて、クッキーを食べる。先生の作ってくれたクッキーだと思うと感動して、無性に喜びが湧いてくる。
「美味しいよ、先生」
「そういってもらえてよかった」
「……あれ?」
メニュー表には20種類以上のお菓子がある。その中から偶然私がクッキーを選んだから貰えたけど、それ以外を注文する可能性もあったはずだ。
「私がクッキーを注文したのって、たまたまだよね? クッキー以外を頼んでたらどうするつもりだったの?」
「もちろん、全種類カヨコにあげる用に手作りしたよ」
「ぜっ、全種類!?」
「うん、カヨコに渡したくて」
「先生……」
万感の思いが胸に込み上げる。私のために、そこまでしてくれるんだ。
「先生、お菓子、全種類注文するよ」
「いいの?」
「うん、先生の作ってくれたもの、全部欲しいから」
先生はバックヤードから大量の手作りお菓子を持ってきてくれた。
ケーキ、チョコレート、スコーン。たくさんのお菓子を食べた。流石に全部は食べ切れないので、持って帰ることになりそうだけど。
「カヨコ、コーヒーも頼んでほしいな。見せたいものがあるんだ」
「うん? いいよ、注文する」
すると、先生はコーヒーを淹れてくれる。そして、ミルクを注ぎ、ピックを巧く操って――。
「え、これ、まさか……」
あっという間に、私のヘイローの形をしたラテアートが完成した。
「すごい……!」
「カヨコだけの、特別サービスだよ」
「嬉しい……ありがとう、先生」
大切にされている。特別に想われている。そう実感できて、嬉しさが込み上げる。
「よかった。今日が来るの、ずっと楽しみにしてたから。カヨコに喜んでもらえて、嬉しい」
「私も、嬉しい……幸せすぎて、変な感じ」
先生が彼氏なのって、こんなに幸せなんだ。こんな幸せを手に入れていながら気付いてもいなかったなんて、自分の鈍さに呆れる。
でも、これからは、正式に恋人なんだ。
「カヨコ、手繋いでいい?」
「うん」
先生が再び手を繋いでくる。指と指を絡める、恋人繋ぎ。お互いの手を隙間なくぴったりとくっつけたまま、私たちはお菓子を食べて、ジュースを飲みながら語り合う。
「カヨコ、手小さいね」
「そうかな」
「可愛いよ、カヨコ」
「~~~っ!」
そろそろ、キャパオーバーしそう。今日貰った幸せだけで、心に入りきらずに溢れ出しそう。
「今日の先生、積極的すぎ……!」
「ちゃんと恋人になれた記念に、たくさんカヨコに好きって伝えようって思って」
「そ、そっか……」
すると、先生は私の耳に唇がくっつきそうなほど、顔を近づけて――。
「好き、大好き」
「~~~~~っ!」
肉食獣のような、低い囁き声。カッコよくて、ぞわぞわして、ぶるっと身体が震える。
「愛してるよ、カヨコ」
「~~~~~~~~~っ!」
脳味噌に、幸せが直撃する。
「カヨコ、可愛い」
「み、耳はだめっ……! これ変になるっ……!」
たとえるなら、毒蜜の壺に沈められるような、幸せな拷問。甘露と快楽で脳をダメにするような、蠱惑的な囁き。身体に気持ちよさが走って、力が入らない。
さらに――。
「ふぅ~~~~~っ」
「あっ……!」
耳に吐息を吹き込まれ、私はバタリと倒れた。身体が熱い。あ、ヤバい、先生、好き……。
「す、すごい、先生……」
私は腕で自重を支えながら、体を起こす。
完敗だった。先生に、完璧に負かされて、身も心も先生のものにされてしまった。
「ちょっと、これ以上は心臓爆発する……」
「そっか、じゃあ、好きって伝えるのはまた今度ね」
「う、うん……」
ま、またやってもらえるんだ……。やった……幸せだ……。
その時――どこかの生徒とホストが腕を組みながら、テーブルの向こうを通り過ぎて行った。
「あ、あの制服……」
先生が、生徒を見てぼそっと呟いた。
「どうかしたの?」
「あの学校の制服、私の高校時代の制服に似てるんだよね」
「先生の制服姿かあ……見てみたいな」
「実はさ、来月こういうイベントやるんだけど」
先生はスマホで、ホストクラブ『S.C.H.A.L.E』の公式サイトを見せてくれる。そのイベント予定ページには、来月行われるという『文化祭』の内容が表示されていた。
「文化祭?」
「うん、ホストたちが、みんな学生服を着て接客するの」
「!!!!!!!!」
「よかったら見に来てね」
「うん、絶対来る。先生の制服姿、楽しみにしてる」
*
「カヨコ、残念だけど今回の講習は不合格だよ。補講決定ね」
「えっ……?」
休憩スペースで先生にそう言い渡された私は、何を言われたのか分からず混乱した。
「ど、どういうこと? 社長は1300万使っちゃったけど、私は10万しか使ってないよ」
「この講習の合格条件は『2万円以上お金を使わない。かつ、再来店の誘いを断ること』なんだ。だから、カヨコは不合格なんだ」
「そんな……」
「そして、カヨコ。ホストクラブの中でホストに言われる言葉は、全て嘘なんだ」
「え……?」
「私とカヨコは付き合ってないし、イヤホンを渡したら告白なんていう文化もないよ」
「そ、そんな……!? え、ど、どこから……先生は、私のこと好きなんじゃないの?」
「ごめんね、カヨコ。講習中に言ったことは、全部嘘なんだ」
「……っ!」
ショックのあまり、倒れそうになる。
絶望的な気分だった。
でも、急に冷静になった頭で考えると、納得感もある。
そんな文化、あるわけないじゃん。大体、先生側だけが付き合ってると思ってるなら、それなりのアプローチをしてこないと変だ。
先生の演技とホストクラブの雰囲気に飲まれて、騙されてしまった。
「そっか……そうだよね、無理あるか、ははっ……」
気付かなかった自分が恥ずかしい。なんで騙されたんだろう、だいぶ変なこと言ってるのに。
「どうしよう、講習不合格になったのバレたら、ムツキに笑われる……」
「ムツキは優しいから笑わないと思うよ」
「社長が不合格になった時爆笑してたけど」
「……」
「最悪……もう事務所帰りたくない……」
一部改稿しました。(2025/01/05/14:11)
【改稿前】
「ごめんね、カヨコ。先生はカヨコだけのものにはなれない」
【改稿後】
「ごめんね、カヨコ。講習中に言ったことは、全部嘘なんだ」