ブルアカ ホストにハマらないための講習   作:耳野笑

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ホストにハマらないための講習 チヒロ編

 

 私はヴェリタス副部長、現部長代理――各務チヒロ。

 

 今日の午後、ホストにハマらないための講習を受講する予定だ。

 

 今は、ヴェリタスの休憩室で過ごしている。ゲームで遊んでいるマキとハレ、ヘッドホンで何かを聴いているコタマもいる。

 

「コタマ先輩、何聴いてるの~?」

 

 そういって、マキがコタマの肩を叩く。突然声を掛けられて驚いたのか、コタマがビクっと跳ねた。その時、ヘッドホンのプラグが抜けて――端末から直に音が再生され始める。

 

『――ってことがあったんだよね』

 

『え~? すご~い!』

 

 先生の声だった。どこかの生徒と話しているようだ。

 

 一方、コタマは顔を青くしている。

 

「あ~っ! コタマ先輩がまた先生のこと盗聴してる~!」

 

「あっ、あっ……! これは違くてですね……!」

 

 私はコタマに近付き、彼女を問い詰める。

 

「コタマ、またやったの?」

 

「つい魔が差して……」

 

「人のプライベートをなんだと思ってるの。盗聴は犯罪なんだよ」

 

「ごめんなさい……」

 

「やっぱり、ホワイトハッカーとしての倫理を再教育しないと――」

 

 その時、スピーカーから――。

 

『見て見て、この子可愛いでしょ』

 

『可愛い~! もしかして、先生と一緒に暮らしてる子ですか?』

 

『そうそう』

 

 ――すごい話が聞こえてきた。

 

 え……? 先生が、誰かと同棲してる……?

 

 空気が凍りつく。コタマも、ハレも、マキも、みんな凄まじい表情で固まっていた。

 

 一方、スピーカーからは、先生たちの楽しそうな声が流れてくる。

 

『どういう馴れ初めだったんですか?』

 

『先月、シャーレの近くで出会ってさ。もう一目惚れだったよ。その日のうちに家へ連れ込んじゃった』

 

 ナンパ後即お持ち帰り!?!?!?

 

 先生がそんなことをするタイプだなんて知らなかった。普段の温和な先生からはイメージしづらいけど……でも、先生もやっぱり大人の男性なんだ。

 

 そういうことも、するんだ。

 

 頭が状況を理解してしまった瞬間――冷や水をぶっかけられたように、身体が冷たくなっていく。

 

 受け入れたくない。聞きたくない。なんだろう、すごく……嫌だ。

 

『いいな~羨ましいです』

 

『本当に可愛くてさ。私が寝ると、私の上に乗ってくるの』

 

『え~!?』

 

『その時の動画がこれ』

 

『きゃ~~~~~っ!』

 

 な、なんっ……!?

 

 何を見せてるのっ……!?

 

 たちまち頭によぎる、先生と生徒の、生々しい行為。ベッドの上で重なり合う、先生とその恋人。

 

 マキたちは顔を赤くしている。でも、誰も何も言わない。

 

 スピーカーの向こうの、見えない筈の動画の音を、無言で聴いている。

 

『あ、そうだ。最近一緒にお風呂入ったんだ。その時の動画もあるよ』

 

 ちょっ……!? 本当に何してっ……!?

 

『あ~! 今先生の裸見えた~! こんなの見せるなんて先生のえっち~!』

 

『えっ、うそっ!? ていうか、私の方は見ないでよ、変態』

 

 どの口が!?!?!?!?!?

 

 生徒と同棲して、行為を撮影して、あまつさえそれを他人に見せつけておいて、どの口が言ってるの!?

 

 しかも、セキュリティー意識が低すぎる! スマホアルバムに入ってる動画なんて、どこから流出するか分からないのに! 先生の端末にハッキングを試みる不届き者が何人もいるのに!

 

『あ、そろそろ時間だ。私はもう行くね』

 

『は~い、あの子とお幸せにね~!』

 

 そこで、会話は終わった。

 

 ヴェリタスの休憩室には、深刻な空気が漂っている。重たい沈黙の中、マキが口を開いた。

 

「ど、どうしよう、チヒロ先輩。今の、ホントなのかな?」

 

「落ち着いて。ちょうど、午後からホストにハマらないための講習が入ってるの。私がそこで確認してくる」

 

 と、言いつつも、先生と顔を合わせたくないと思っている私がいた。

 

 先生に恋人がいることを認めるのが辛くて。悲しくて、苦しすぎて、受け入れられない。

 

 ああ……やだな。先生に、訊きたくない。会いたくないな。

 

 すると、コタマが不安そうな顔で訊ねてくる。

 

「もし、先生が黒だったら……?」

 

「ヴァルキューレに突き出そう」

 

 *

 

 講習時間がやってきた。

 

 扉を開けると――。

 

「えっ!?!?!?」

 

 煌びやかな内装の店内。黒を基調とした壁、金色のシャンデリア、仄かな青紫色に灯る壁面照明。店内には華やかなBGMが流れている。

 

 目映さ。妖しい雰囲気。雑然とした、絢爛豪華な空間。

 

 な、なにこの内装!?

 

「ようこそ、ホストクラブ『S.C.H.A.L.E』へ」

 

 スーツを着た男性職員が、うやうやしく私を出迎える。

 

 私は席に案内され、革張りのソファーに座った。テーブル上には冊子が置いてある。

 

「この中からお好みのホストをお選びください。ひとりでも複数人でも構いません」

 

 冊子を開くと、すぐに先生が写っているページが見つかった。

 

「この人でお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 そして、数秒して――。

 

「ご指名ありがとうございます、チヒロさん」

 

 やってきたのは、黒いシャツとグレーのスーツに身を包み、髪もホストらしく整えた先生だった。

 

 ――心臓が高鳴る。

 

 見惚れてしまう。

 

 先生の顔から目が離せない。

 

 顔立ちの整った美男。情熱的で、肉食で、危うい雰囲気。魔性の色香だった。

 

 瞬間的に、身体の芯からぶわっと熱が噴き上がって、身体中が熱くなる。

 

 イケメンすぎる。イケメンすぎる。どうしよ、なんか胸がキューッとするっ……!

 

「来てくれてありがとう、チヒロ」

 

「あ、うん……」

 

 先生が私の隣に座る。近い。綺麗すぎる顔が、すぐ近くにある。

 

 ……って、何考えてるの、私!?

 

 冷静になれ。私には、大事なミッションがある。

 

 先生が生徒と同棲して、よからぬ行為を撮影し、それを第三者に見せびらかしている可能性がある。

 この情報の真偽を、確かめなければならない。

 

「何か頼む? これとかオススメだよ」

 

「その前に、話したい事があるの」

 

「どんな話?」

 

 語気を荒らげないよう、努めて静かに話を切り出す。

 

「また、コタマが先生のことを盗聴してたの」

 

「えっ!?」

 

「それに関しては、ごめん。プライバシーの侵害だから、厳しく注意しておいた」

 

「そうだったんだ、私のために叱ってくれてありがとう、チヒロ」

 

 先生が笑いかけてくれる。でも、その笑顔すら、演技に見える。外面を取り繕っているように見えてしまう。

 

「それで本題なんだけど。午前中、先生が生徒と話してるのが聞こえちゃって」

 

「うん」

 

「先生、生徒の誰かと同棲してるよね?」

 

「……?」

 

「しかも、い、いかがわしい動画を撮影してる、よね?」

 

「……えっ」

 

「許可取ってるのか知らないけど、それを別の生徒に見せびらかしてるよね?」

 

「ちょ、ちょっと待って。なんの話か分からない」

 

 先生は、完全にとぼけていた。

 

 この期に及んで、まだ言い逃れしようとするなんて。

 

 こんなに不誠実な人だとは思わなかった。

 

「最低っ……」

 

 不快感が込み上げる。先生のことが、一気に無理になる。

 

「待ってよ、チヒロ。何か誤解してるよ」

 

「やましいところがないなら、先生のスマホ見せて」

 

「え、いいよ」

 

 やけにあっさり渡してくれる先生。もしかして、生徒に見せてたのはスマホじゃなくてタブレットだった? あるいは、すぐに見つからないような奥深くのフォルダに入ってる?

 

 ともかく、どこかに、同棲相手との行為を撮影した動画が入っているはずだ。

 

 スマホのアルバムを開く。――猫の画像と動画が、大量にあった。

 

「猫……?」

 

「うん、先月シャーレの近くで拾って、そのまま家猫になったんだ」

 

「そう……ん? 先月……?」

 

 ――先月、シャーレの近くで出会ってさ。もう一目惚れだったよ。その日のうちに家へ連れ込んじゃった。

 

 先月、シャーレの近くで出会った。

 

 一目惚れ。

 

 家へ連れ込んだ。

 

 ――見て見て、この子可愛いでしょ。

 

 ――可愛い~! もしかして、先生と一緒に暮らしてる子ですか?

 

 可愛い。

 

 先生と一緒に、暮らしている。

 

 え、ま、まさか……。

 

「この動画、特にお気に入りなんだ。見てみてよ」

 

 そういって先生が指差した動画を開いてみる。

 

 猫が先生のお腹の上に乗って、気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。

 

 ――本当に可愛くてさ。私が寝ると、私の上に乗ってくるの。

 

「猫の話!?!?!?」

 

「うん」

 

「生徒と話してたのって、猫の話なの!?」

 

「そうだよ。……え、まさか、そこだけ聞いて誰かと同棲してるって勘違いしたの?」

 

 ――世界が崩落するような感覚。

 

 やってしまった。全部、勘違いだった。とんでもない臆断から暴走して、一方的に先生を糾弾してしまった。

 

 罪悪感が込み上げ、心を締め付ける。

 

「ごめんなさい、先生……。私、勘違いで、先生に酷いこと言った……」

 

「だいじょうぶだよ、誤解が解けたならそれでいいんだ」

 

「でも、私の態度、結構酷かったよ?」

 

 一方的に先生を悪者と決めつけて詰ってしまった。その申し訳なさで、消えてしまいたかった。

 

 私は改めて、先生を真っ直ぐ見詰めて謝罪する。

 

「本当にごめん、先生」

 

「じゃあ、やっぱり許さない」

 

「っ……!」

 

 先生から否定の言葉が出たことに驚く。やっぱり怒ってるんだ、と思ったが――先生は、蠱惑的な、妖しい笑みを浮かべる。

 

「でも、ボトル頼んでくれたら、許してあげる」

 

「……! 分かった、お詫びに好きなの注文するよ」

 

「じゃあ10万のボトルで」

 

「っ……!」

 

 た、高い……! でも、先生には申し訳ないことをしちゃったし……!

 

 いや、それでも、10万円はちょっと苦しい……!

 

 でも、許してくれない、よね。先生に嫌われて、許されないままになっちゃうくらいなら、10万円くらい払うべきかな……。

 

「うそうそ、冗談だよ、こっちの1万円のボトルでいいよ」

 

 先生はそういって無邪気な笑顔を見せた。

 

 あ、なんだ。からかってただけなんだ。よかったぁ……。

 

「じゃあ、それ注文するよ」

 

「うん、ありがとう、チヒロ」

 

「これで、許してくれるの?」

 

「うん、許す。じゃあ、仲直りのハグしようか」

 

「えっ」

 

 抵抗する間もなく、先生に抱きしめられた。

 

 大きな身体。背中に回された腕に、ぎゅーっと抱きしめられて、先生の温かさを感じる。

 

「ちょっ、先生っ……!?」

 

「だめ、逃がさないよ」

 

「~~~~~~~~っ!!!!!」

 

 先生と、密着している。嬉しくて、身体が弾けそうな昂揚感。心臓がバクバクと早鐘を鳴らして、呼吸が早く荒くなる。

 

 上手く、息を、吸えないっ……!

 

「せ、先生、私もうっ……!」

 

 荒い息とともに、掠れ声でそう伝えると、先生はようやく抱擁をやめてくれた。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 全力疾走後みたいな呼吸。息が苦しい。

 

 凄かった。

 

 頭の中、ぼーっとする。一年分くらいの幸せホルモンがどばっと分泌されたような感覚だ。

 

 なんか、幸せ……。どうしよ、体に力入んない……。

 

 その時――スタッフがボトルを持ってきてくれた。先生はそれをグラスに注いでくれる。

 

「乾杯しようか」

 

「うん」

 

 グラスを傾け、乾杯する。

 

 当然、まだ心臓はバクバクと爆音を鳴らし続けている。うるさすぎる。耳に心臓付いてるみたいだ。

 

「改めて、来てくれてありがとう、チヒロ。せっかく来てくれたんだから、絶対楽しませるよ」

 

 返事ができない。

 

 私、普段どういう風に先生と話してたっけ?

 

 あ、ヤバい。先生、イケメンすぎ……。

 

 先生の綺麗な顔がこっちを向いている。それだけで、途端に何を話せばいいのか分からなくなる。

 

「でも、誤解が解けてよかったよ。他の人になら同棲相手がいるって誤解されても困らないけど、チヒロにだけは誤解されたくないから」

 

「っ……!? ど、どういう意味……?」

 

「チヒロが特別な人ってことだよ」

 

「~~~っ!」

 

 まっすぐ目を見つめられる。

 

 心臓を鷲掴みにされるような、魔性の眼差し。

 

 だめだ、こんなの。私、ホントに、墜とされるっ……!

 

「あっ」

 

 その瞬間、私の脳の理性を司る部分が、警告を鳴らした。

 

 これは、講習だ。

 

 実際のホストと同じ接客をして、生徒がホストにハマってしまうかどうかを試す、実技型の脆弱性試験(ペネトレーションテスト)だ。

 

 頭がいくらか冷静になってきた。

 脳内で防御プログラムを組み立てる。これ以上の被害を出さないよう導き出した答えは――話を逸らすこと。

 

「さっきの猫の写真、もっと見てもいい?」

 

「いいよ」

 

 先生は再びスマホを取り出し、アルバムを見せてくれる。

 

 うん、完璧だ。この話題で、これ以上口説かれることはない筈だ。

 

「可愛い猫だね」

 

「この子が来てくれてから、毎日家に帰るのが楽しみなんだ」

 

「名前はなんていうの?」

 

「チーちゃん」

 

「っ!?」

 

 一瞬、そんなわけないのに、私の名前を呼ばれたのかと思った。

 

 どうかしてる。やっぱりまだ冷静じゃない。

 

「そういえば、チヒロもチーちゃんって呼ばれてるよね」

 

「主にウタハにね。あと、たまにマキたちも冗談で呼んでくることあるよ」

 

 すると、先生は魔性の男のような、悪い笑みを浮かべる。

 

「チーちゃん、可愛いよね」

 

「~~~~っ! ね、猫の話だよね?」

 

「どっちだと思う?」

 

「もうっ……! 最低っ……!」

 

 からかわれてる。遊ばれてる。弄ばれてる。

 

 不満の意を込めて、先生を睨む。すると、先生は真っすぐ見つめ返してきて。

 

「可愛いね、チヒロ」

 

「~~~~~~っ!!!!!」

 

 あっ、だめっ。やられるっ……!

 

 あっさり意識を持っていかれそうになり、慌てて先生から目を逸らし、そっぽを向く。

 

 危なかった。もうちょっと目を合わせてたら、脳髄まで陥落させられてた。

 

 だめだ。相手はホストだ。恋に落ちちゃ、絶対ダメなんだ。

 

 遠くの壁を見て心をクールダウンさせる。けれど、その瞬間――先生に、顎を摘ままれ、顔を先生の方へ向けられた。俗にいう、顎クイだ。

 

「えっ、ちょっ……!?」

 

「実は私、初めて見た時から、チヒロのこといいなって思ってたんだ」

 

「なっ!?!?!?!?!?!?」

 

「可愛い、好きだよ、チヒロ」

 

「ぁ…………!」

 

 脳がオーバーヒートする。

 

 心が熱を上げ、心臓が絶えず爆音を鳴らし、身体中が熱くなる。

 

 でも、嫌じゃない。嬉しさと照れで、くすぐったい感覚。脳味噌に幸福ホルモンがドバドバと分泌されて、多幸感に包まれる。

 

 もう、こんなのだめっ……! むりっ……! 好きになっちゃうっ……!

 

「好き、好き、大好き」

 

「あっ……えっ、えへへっ……!」

 

「綺麗だよ、チヒロ」

 

「ふへっ、ふへへっ……!」

 

 まるで、私を壊そうと畳みかける、無限総当たり攻撃(ブルートフォースアタック)

 

 人生で貰ったことがない程の、嬉しすぎる褒め言葉の数々。歓喜のあまり、身体が震え出す。理性が決壊して、情けない声が漏れ出てしまう。

 

「ね、次のボトル行こう? プラチナシャンパーニュとかどう?」

 

「ひゃい……」

 

「ありがとう、チヒロ」

 

 押しに流されるまま、10万円のボトルを注文してしまう。

 

 先生がグラスに注いでくれたドリンクで、再び乾杯する。

 

 良く冷えていて、刺激的なのに口当たりがよく、後味を引かない。美味しい。いい味だ……。

 

 すると、先生は私に密着するように近付いてきて――。

 

「大好きだよ」

 

「~~~~~っ!?!?」

 

「チヒロ、好き。大好き」

 

「あっ、あっ……! 耳っ……だめっ……!」

 

「でもチヒロ、嬉しそうな顔してるよ?」

 

「し、してないっ……!」

 

 耳への刺激で、ビクンビクンと震える身体。

 

 耳管を通して脳髄まで直撃する、淫猥な声色。脳が蕩けて、幸せになってしまう。

 

「チヒロ、本当に綺麗」

 

「ささやくのだめっ……! これホントにだめなやつっ……!」

 

 壊される。ホス狂いに堕とされる。

 

 人生の危機を感じ、絶えず脳内の隅でアラートが鳴っている。

 

「チヒロ、やっぱり囁かれるの好きでしょ?」

 

「そんなことないっ……! ぜんぜん平気、だからっ……!」

 

「じゃあ、もっとやってあげるね?」

 

「あっ……だめっ……!」

 

「チーちゃん、大好き」

 

「うぁっ……!」

 

「やっぱりすごい嬉しそうな顔してるよ? チヒロの変態」

 

「ぅ~~~~~~~~~~っ!!!」

 

 私の弱点――脆弱なセキュリティーホールを執拗に攻められる。

 

 先生にぽそぽそ囁かれる度、脊髄を駆け抜ける、電流のような気持ちよさ。

 

 抵抗も、逃亡もできない。脳味噌に直撃する快楽に、悶えることしかできない。

 

 熱い。熱すぎる。排熱が上手く行かない。身体が燃えるように熱くて、爆発しそう。

 

「好き、好き、大好き」

 

「あっ……うぅっ……!!!」

 

「愛してるよ、チヒロ」

 

「んんぅ~~~~~~~っ!!!」

 

 口説き文句のDoS攻撃。オーバーヒートして、負荷が掛かって、頭が正常に動かない。

 

「チーちゃん、シャンパンタワー行っちゃおう?」

 

「そ、そんな高いのはむりっ……! もう頼まないからっ……!」

 

「もしタワー頼んでくれたら、これから毎日『愛してる』っていってあげる」

 

「!?!?!?!?!?」

 

「会えない日は、モモトークのメッセージか通話で伝えるよ」

 

「っ……!」

 

 先生に、毎日愛してるって言ってもらえる日々。

 

 それが、たった一回の注文で手に入る。

 

 朝、先生から『愛してる』という通知が来るだけで、心が弾むだろう。

 

 夜、先生と通話して『愛してる』といってもらってから眠りにつくのは、幸せだろう。

 

 そして、先生と直接会える日は面と向かって『愛してる』といってもらえる。

 

 今日みたいに、強引に、愛の言葉を告げてくるに違いない。

 

 そんなの、幸せすぎる……。

 

「タワー、注文するっ……!」

 

「ありがとう、チヒロ」

 

「ちゃんと、毎日愛してるって言ってよねっ……! 約束だからっ……!」

 

 *

 

 休憩スペースのイスに座り、頭を抱えて俯く。

 

 先ほどまでの痴態を思い返して、恥ずかしさのあまり消えたくなる。

 

 このまま、空気になりたい。何も感じず、考えず、ただそこに漂うだけの空気になりたい。

 

「チヒロ……」

 

 先生の重苦しい声。

 

 けれど、顔を上げられない。恥ずかしい。どんな顔して先生と話せばいいの。

 

「驚いたよ。チヒロは絶対大丈夫だと思ってた」

 

「ぐふっ……!」

 

 胸に突き刺さる、先生の言葉。

 

 私は、自分のことを堅実なタイプだと思っていた。多分、先生もそれに近しいイメージを抱いていたと思う。

 

 けれど、実際はホス狂い予備軍だった。

 時折ニュースで見る『お金を貢いで破滅するホス狂い』になってしまった。信じられない。ショックすぎる。

 

「でも、大丈夫だよ。脆弱性が見付かったなら、それを直せばいいだけなんだ。補講、一緒に頑張ろう」

 

「うん……」

 

 顔を上げ、頷く。先生は優しい顔をしていた。

 

 でもやっぱりイケメンだな……。好き……。

 

「それと、話さないといけないことがあるんだ」

 

「え、なに?」

 

「実は、コタマとハレとマキは、協力者なんだ」

 

「……えっ!?」

 

「了承の上で盗聴器を付けて、わざと誤解させるように会話を聞かせたんだ」

 

「な、なんでっ!? 不公平だよ、そんなのっ! なんで私の時だけそんな手が込んだことっ!」

 

「いや、全員に同じことをしたんだよ。コタマ、ハレ、マキの順に同じことをして、講習が終わった順に協力者になってもらったの」

 

「あ、そうなんだ……。ちなみに、わ、私以外も不合格だよね?」

 

「その、すごく言いづらいんだけど、不合格なのはチヒロだけだよ……」

 

 ガツンと、ハンマーで殴られたような衝撃を受ける。

 

 え、私だけ……? 私だけ、こんな恥をさらしたの? 全員に、嵌められて……?

 

「……酷いよ、みんなでグルになって、私に恥をかかせるなんて」

 

「ごめんね、講習のためなんだ」

 

「それにしても、酷すぎるよ。私、今日一日で、一生分の恥をかいたよ」

 

 ズルい。ズルいよ、先生。私がこんなに恥をかいたのに、先生だけ無傷なの。

 

「……。今思い出したんだけどさ、先生、猫とお風呂に入った動画も生徒に見せてたよね」

 

「えっ、うん」

 

「見せてよ」

 

「ごめん。実は、改めて確認したら、ちょっと私も映っちゃってて……見せられないんだ」

 

「私も痴態を晒したんだから、先生も晒さないと不公平だと思う」

 

「た、確かに可哀想だとは思うけど……」

 

「その生徒には見せたんでしょ。見せて」

 

「でも……」

 

「見せて」

 

「困るよ……」

 

「見せてよ、先生の裸」

 

「うっ……ちょ、ちょっとだけだよ……?」

 

 *

 

 ヴェリタスに戻った私を出迎えたのは、爆笑するマキと、ニヤニヤしているコタマと、気まずそうな顔のハレだった。

 

「な、なんで笑ってるの、あんた達」

 

「その、申し訳ないのですが……盗聴器、先生に付けたままなんです」

 

「え、そうなの? それは良くないんじゃ……。って、え、あんた達、まさか、私の講習内容聞いて……!?」

 

 さぁっ、と血の気が引く。

 

 うそ……じゃあ、ヴェリタスでひとりだけホストに引っ掛かったことが、バレて……。

 

 しかも、あれを、聞かれてた? あの痴態を、メンバー全員に?

 

「チヒロ先輩、チョロすぎっ……!(笑)」

 

「ごめんなさい、チヒロ先輩、まさか引っ掛かるとは思ってなくて……」

 

「あっ、ダメです。思い出したら笑いが……ふふっ……!」

 

「こ、のっ、あんた達っ……!!!」

 

 穴があったら入りたいとはこのことだった。

 

 痴態を、笑われている。

 

 私は握り込んだ拳を震わせ、恥辱に耐えることしかできない。

 

 すると、コタマが端末を操作し――私の声が再生される。

 

『せ、先生、私もうっ……!』

 

「なんで録音してるのっ!? 消してよそれっ!」

 

 たちまち羞恥が込み上げ、頭に血が上る。

 

『ちゃんと、毎日愛してるって言ってよねっ……!』

 

「消してっ!!!!!」

 

「あははははははははっ! ひぃ~!!! お腹痛いっ……!」

 

 マキが床を転げまわり、お腹を抱えて大爆笑している。目には涙を浮かべ、呼吸も苦しそうだ。

 

 ハレは、笑うのは悪いと思っているのか、顔を手で押さえている。しかし、我慢するのが苦しいのか、見たことないくらい顔が真っ赤だった。

 

『私も痴態を晒したんだから、先生も晒さないと不公平だと思う。見せてよ、先生の裸』

 

「チヒロ先輩、先生の裸見たすぎでしょっ!笑笑笑笑笑」

 

「ぶはっ……!!!(笑) コタマ先輩やめてっ……! マキも笑うのやめてあげてっ……!」

 

「っ……! ぐぅっ……!」

 

 辛い。悔しい。恥ずかしい。

 

 自らの恥部を、後輩たちに笑われている。屈辱的すぎて、憤死しそうだった。

 

「あたし、そういうところも可愛いと思うよ、チーちゃん(笑)」

 

「チーちゃんっていうな!」

 

「チヒロ先輩、今度私の当番の時変わってあげる」

 

「気を遣わないで!」

 

「部長代理がこんなにチョロくて大丈夫なんでしょうか……」

 

「チョロくない! それ以上笑ったらあんた達全員ぶっ飛ばすよ!?」

 

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