シニガミショウカン:死神に魅入られて   作:1週目50時間かかった……

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今更ですが、本作の日数経過について。

原作では1日ごとに店を経営し、いろいろなイベントが起きます。
ですが、本作では明確な日数表記はしないことにします。
展開上悩ましい部分が色々とありますので……

とりあえず、今回の話は、前回から1週間~2週間前後は経ってる感じです。
今後も話と話の間で日付が飛ぶことがありますが、ご了承いただけると幸いです。


死神は信じて、魅入られて。

 死んで。生き返って。『死神代行』としての、新たな人生がはじまって。

 

「テンチョウ、サンドイッチ3つ、注文入ったデス」

 

【はーい】

 

「ハイは伸ばすなデス」

 

 いつもどおり、食材を切り刻み、挟んだだけの料理を作って。

 

「じゃ、私たちはこれで。また資源採集の時はお世話になるよ」

 

「ありがとデスー。さて、掃除の時間デスね」

 

【とりあえずシーツ洗濯してきます】

 

 宿泊していた客が出ていったら、部屋を掃除して。

 

「ひーふーみー……まあ、それなりには稼げてるデスが、なんだか物足りないデス」

 

 営業終了後の夜10時に一日の稼ぎを数えて、終わり。

 

 なんというか、平凡な生き方。死神の代行だからって、特別な何かがあるわけではない。

 

 チャリン、チャリン、チャリンと。カネを数えているシイネを横目に、テンチョウも物足りなさを感じていた。稼ぎに物足りなさを感じるシイネと、生き方に物足りなさを感じるテンチョウ。

 何とも言えない虚しさが、店の中に漂っている。それが、数日間続いている。なんとかしないといけない。

 

 しなければ、ならない。

 

【シイネさん。夜の見回りに行ってもいい?】

 

 カネを数えるのに夢中なシイネさんは無反応。一緒にシニガミショウカンの経営を始めて数日が経つけれど、シイネさんのカネへの執着はすさまじい。「オマエのおかげで売上がいつもの3倍デスー!」と喜びのあまり抱き着かれた時はびっくりした。いい匂いもしたっけ。

 

 って、そうじゃない。

 

 最初の頃は連日最高売上を更新していたものだから上機嫌な毎日で、当初は嫌がられていたシイネさんの部屋への立ち入りもあっさりと許可してもらえた。

 ところが、最近は伸び悩んでいる。お客さんは来てくれるけれど、そこまで多くはないし、なんなら今日は宿泊客は皆チェックアウトしたから、僕とシイネしか、店にはいない。

 

 ――手に魔力を込める。念じる。『ファイアー』。

 

 使い古しの溶けかけたろうそくに、魔法の火が灯る。ランタン片手に深夜の店へと繰り出した。

 とはいえ、見るものは何もない。店の1階には受付と、シイネさんの部屋が隅っこの方にあるだけ。何か作れそうなスペースはあるから、家具でも置いて休憩所みたいな部屋を作りたいけど、それができるだけのカネもないし、なんなら腕もない。

 受付の向こう側に、不格好な椅子が一つ。一見よくある丸椅子にみえるが、足の長さが絶妙にあっていない。座ってみるとガタつくからバランス維持も大変。

 

 オマエには金輪際建築は頼まないデス。

 

 ガタつき丸イスは、今度生ゴミを処分するための焚火で燃料となる予定。残念だが、ゴミを置き続ける余裕はない。とはいえ、用途をろくに果たせないのもかわいそう。最後に座ってあげよう。

 

 ギイギイ音を立てる椅子に座り込む。

 

 やっぱりガタつく。ギシギシ、ガタガタと。なかなかに不安定だ。でも、座れないほどじゃない。ランタンをカウンターに置いて、ぼんやりと考え込む。

 

 

 これから、どうすればいいのか。

 

 

 シイネさんが物足りなさを感じないほどに、もっと売り上げを伸ばすには。それには、いろいろと足りてない物がある。お店をもっと充実させれば、こんな退屈な生き方ともおさらばだ。

 

 

 だけどそのためにはどうしても……どうして、も……

 

 

 


 

 

 

「休んでる暇はないデス。とっとと次の仕事をするデスよ」

 

 鬼がいる。いや、死神がいる。流石に待ってほしいとジェスチャーすると、紙とペンを手に取った。喋れないのが非常にもどかしいものです。

 

【一息ついたら掃除に行くつもりだったけど、先に他の仕事を教えてほしい】

 

「よかろうデス。経営、調理、清掃、防犯、後できるのなら鍛冶とか建築もやれデス」

 

【それさっきも聞いた!もっと細かく刻んで!】

 

「面倒デスね……やってほしいことが多すぎて刻むのは無理デス。でも、大雑把にまとめるなら雑用デスかね?とりあえず、オマエなりに店の仕事で重要な要素を言ってみろデス」

 

 喋れないので書くしかないのデスが。無粋なことは言わない言えないテンチョウは、少し考えこみます。シイネが先ほど言っていた6つの仕事、それともう少し思いつくものを組み合わせて。

 

【こんな感じでどうだろう】

 

 運営:経営、建築、清掃

 生産:調理、鍛冶

 営業:接客、防犯

 

「いい着眼点デス。言ってもないのにカテゴリ分けしてるのも高得点デス。要するに、【店を運営】して【商品を生産】して【客に営業】して、販売する。これが店の仕事デス」

 

【で、僕は雑用として全部やれと?】

 

「接客は私がやってやるデスが、他の仕事はできるヤツがいないのデス。だから、手が足りないところはオマエが頑張るデス」

 

【なるほど、だから雑用】

 

 合点がいきました。無茶ぶりをされるのも人手不足なら仕方ないことです。

 

【ちなみに手が足りてない仕事はどれなの?】

 

「経営、清掃、調理、鍛冶、接客、防犯」

 

【ほぼ全部では】

 

「人がいないから仕方ないデス」

 

【ねえ、あんまり聞きたくないんだけどさ。このお店、店員、何人いるの】

 

「誰もいないデスよ?」

 

 テンチョウ、天を仰ぎました。どうしてそんな状況で店をやってるのでしょうか、この死神。

 

「言葉なくとも文句言いたいのはわかるデスよ。でも私一人でもどうにかなってたデスから、店員なんて不要デス。あ、でも雇っておけば私もサボれたデスね」

 

【サボらないでください。というかどうして店員一人でどうにかなってたのかすごく聞きたい】

 

「客を2階に泊めて、出てったら掃除するだけで宿泊代が稼げるデス。私の食費ぐらいにはなるデスよ?」

 

 台帳をパラパラとめくります。過去の宿泊客はそれなりにいますが、間隔はまばらで人数もそれほど多くありません。確かに、食費くらいは稼げてそうですが、商売としてはダメダメです。

 

【大至急。人を雇いませんか。僕も頑張りますけど、せめて料理を作る人は欲しいです】

 

「オマエじゃダメデス?人増やすと面倒デスよ」

 

【ダメです。僕とシイネさんだけじゃ早々に回らなくなります。あ、キッチンの場所も後で教えてくださいね。火を使う料理ができるだけでレパートリー大分増やせますし】

 

「ないデスよ」

 

【?????】

 

「ないデス。ハテナばっかり書かれても反応に困るデス」

 

【でも、シイナさんの部屋には食料がありましたけど。キッチンは?】

 

「食料は非常用の保存食と近所からのおすそ分けデス。キッチンがあったところで私は料理なんてやらないデスし、そもそも店を買った時からキッチンなんてついてなかったデス」

 

 シイナさんどころか店を建てた大工も何を考えてるのかさっぱりわかりません。テンチョウは匙を投げる代わりに筆も投げて紙も投げて床に突っ伏しました。重く長い溜息も加えて。

 

「わかりやすくスネたデス。子供デスか?」

 

【バカシニガミ】

 

「なんデスとー!?言いたいことがあるならとっとと書くデスっ!!」

 

 乱雑に書いた言葉にブチキレる死神ですが、流石に喋れない相手を問答無用でキルするほどではないようです。とはいえ、書いているテンチョウの横ですさまじくイライラしていましたが。

 

【人ナシ設備ナシで店を営業するのはハードすぎますよ。なんで準備しなかったんですか】

 

「人は雇ったことあるデスが、逃げられたのデス」

 

【なんで逃げられてるんですか】

 

「こっちが聞きたいデス……で、設備は何から建てればいいかわからんのデス」

 

【えええ……】

 

「だから、経営ができそうな死神代行に全部任せる予定だったのデス。大体オマエ、勝手に私が準備してたとしても、それが間違ってたらネチネチ言いそうデス」

 

【そこまでひどくはないデスけど】

 

「そもそもの話。そんなことができるほど貯蓄はないデス」

 

 ないのか。まあ、これまでの経営体制を考えたら貯金する余裕なんてなさそうだし。

 

「ない物ねだりしてる暇があったらセカセカ働くデス。それと、もう一つ」

 

 

 そんなところで寝たら風邪引くデスよ。

 

 


 

 息を吐き出す。背中を打ち付けた痛みに声は出ずとも、カハッ、と息の塊が出た。

 

 直後、ガツン、と鈍い痛みが脳を襲う。喋れないだけでも困ってるのに、これ以上頭がおかしくなったら本当に生きていけなくなってしまう。生き返った意味が泡のように消えてしまう。

 

「起きたデスか。見回りに行ったとかいいながら、受付で雑魚寝とか、新手のサボりデス?」

 

 ぼんやりする頭を起こすべく、頬をバシバシと叩く。数日前にシイネさんと話していたことを夢に見ていたようだ。そして、ここは受付の床の上。椅子から転げ落ちて目覚めたらしい。

 

 店の経営には、人と設備が必要。だけど、そのためにはお金が足りない。

 だから、ありあわせの物と僕とシイネさんだけで、どうにかするしかない。

 何かを始めるためのきっかけに、もう少しお金があれば。あーあ。どこかに宝でもあれば……

 

「もうすぐ営業開始時間デス、さっさと起きるデス。もしかして、どこか具合が悪いデス?」

 

 宝……。宝、かも。あれ、なんだろう。

 

「……熱でもあるデェッ!?」

 

 体を起こす。顔を覗き込もうとして来ていたシイネさんと頭がぶつかり、目の前に星が飛ぶ。また頭が痛むけれど、なんとかこらえてカウンターの裏を探る。仰向けに寝転がっていたからこそ見えた、宝をつかみ取る。それは、カウンターの裏に貼り付いていた封筒だった。

 

「い、イタイデス……。テンチョウの体は無駄に頑丈デス」

 

 目じりに小さく涙を浮かべるシイネさんに封筒を差し出す。

 

「なんデスか、それ。カウンターの裏にあった?私は知らないデスよ」

 

 シイネさんの物ではない。とすれば、いったい誰が。とにかく中身を見てみよう。力任せに封を破り、ひっくり返す。中身がごそっと飛び出てきた。意匠が凝った紙。紙幣。

 

「カ……カネ!?カネデス、しかも1万G札がたくさんデスっ!もしかして、前の持ち主のヘソクリデスかね?なんにせよ、よくやったデス!」

 

 1枚2枚3枚と、楽しそうに、嬉しそうにシイネさんは数えます。ところで、死神はカネを稼いで、カネの鳴り響く音に幸せを覚える、と言っていました。チャリーンと鳴らない紙幣は、鳴り響くカネに加えていいのだろうか。

 まあ、野暮なことは言わなくていいか。うむうむ、と頷くテンチョウ。デスデス、と言いたげに頷くシイネさん。シイネさんは小さく笑みを浮かべると、封筒を差し出してきた。

 

「十分な額があるデス。これだけあれば、人ナシ設備ナシの店とはオサラバデス。店員を雇って設備を作るデス、テンチョウ」

 

【僕が使っていいの?】

 

「当たり前デス。自慢じゃないデスが、私に経営のセンスはないデス。この店を始めてから宿泊以外でモノが売れたことは一切ないデス。私が使うよりもテンチョウに使わせた方が有益デス」

 

【だけどお店の持ち主はシイネさんだよ】

 

「でもオマエは死神代行、私の代わりデスよ。私の出来ないことはオマエがやるデス」

 

 ああ言えばこう言うとはこのことか。どう答えればいいのだろう。言葉に悩んでペンを遊ばせていると、シイネさんにひったくられた。

 

「少し、話でもするデス」

 

 とっておきの場所がある。シイネさんはそう言って僕の手を引いて、階段を登った。

 

 


 

 

 2階にある宿泊部屋は全部で4部屋。その内、僕が使っている部屋にある物置には、天井裏へと通じる戸が隠されていた。埃っぽい天井裏に入ってすぐのところに、はしご付きの柱がある。

 

「先に行けデス」

 

 思わず首を横に振ります。

 

「なぜ嫌がるデスか?ははーん、さては怖いデス?」

 

 コクコク、と頷く。金属製とはいえ、この細い梯子に体を預けるのはなぜか恐怖を感じる。運悪く滑り落ちて頭をぶつけたら、死んでしまいそうな気がする。

 

「……仕方ないデスね。いいというまで上を見るなデス。見たら本当に首ハネるデスよ」

 

 下を見てます。なんなら目も閉じます。シイネさんが梯子を登り始めてから数十秒。上の方で物音がすると、冷たい風が吹き込んできた。

 

「もういいデスよ。上がってくるデス」

 

 暗い天井に上から光が差し込んでくる。シイネさんが手を振っている。慎重に、一段ずつ、一掴みずつ、登っていく。心臓が、ドク、ドクと。音を立てている。

 

「大丈夫デス。テンチョウはまだ死なないデス」

 

 まだってことはいつか死ぬのでは!抗議したくとも声は上げられない。手が汗をかいている。どうか、滑りませんように。祈るように梯子を上る。体感では数分にも等しい時間、梯子を登る。

 

 なんとか登り切った。息を大きく吐き出す。そして、吸い込む。

 

 擦り減っていた気力が大きく回復していく感じがする。大丈夫。僕は、生きてる。死んでない。

 

「大げさデスねぇ」

 

 僕にとっては一大事なのだ。梯子一つ登るだけでどうしてここまで恐怖を感じるのか、自分でもよくわからないが、怖いものは怖いのだ。ペンも紙もないこの場でそれを伝える方法はない。

 それでも、僕の感情は動作や表情である程度分かる、とはシイネさんの弁。外から見れば、ほう、と開いた口に見開いた目。くるくると回って周りの景色を一望するその姿は、わかりやすく驚いていた。

 

「フフン、気に入ったみたいデスね。ここが私のとっておきの場所デス。店のてっぺんから見下ろす景色はどうデス?」

 

 パチパチパチ、と拍手する。すごく、気に入った。平らな屋根の上に立っているから、視界を妨げるものは一切ない。見晴らしがよくて、まるで空を飛んでいる気分。朝日が昇る直前の何とも言えない空の色も相まって、まるで夢心地だ。

 

「ちょうどいいデスし、ちょっと地理の勉強でもしてやるデス。ほら、見えるデスか?」

 

「あっちに見える青い屋根の建物が多い街は、『水上都市ゼカリウス』。この大陸で最大の港があるあの街は、世界で一番カネが動く街と言っても過言ではないデスね。一応この店も住所上はあの街の一部デスが、端っこも端っこなので田舎扱いされてるデス」

 

「こっちの森は『マテリナ素材収集場』。色んな動植物が取れるので冒険者がよく素材収集に行ってるデス。うちに泊まる冒険者も大体はあの森で素材収集するための休憩用……だと思うデス」

 

「その森の向こうに風車は見えるデス?見えない?あの辺には『アルダルク農牧地帯』があるデス。あそこではたくさんの農作物が取れるデスから、料理人御用達デス。テンチョウがよく切ってるパンもあそこの小麦で作られたやつデスね」

 

「ほほう、向こうの岩山が気になるデス?あれは……ド忘れしたデス。というか、地理ぐらいオマエもちゃんと勉強するデス。次来る時の宿題にしといてやるデス」

 

 なんてこったい。頭を抱える僕を横目に、シイネさんは空を指さした。

 

「風車は見えなくとも、アレは見えるデスね」

 

 同じところを見る。まだ、アレは見える。コクンと頷いた。

 

「月デス。もうちょっとして太陽が昇ったら見えなくなる星デス」

 

 明るくなりつつある紺色の空に、緑の星が浮かんでいる。月は夜を照らす翡翠の宝石、という表現をどこかで聞いた記憶があるが、それも納得の美しさだ。でも。あんなに小さかったっけ?

 

「そして、あそこには『ルーメ・ルーデス』があるデス」

 

 ルーメ・ルーデス。

 

「私の故郷デス」

 

 故郷っ!?

 

 月を見上げるシイネさんの方を向く。シイネさんは、なんでもないことのように言葉を続ける。

 

「元々神様はこの世ではないところに住んでいるのデス。『死神』は、月にある都に住んでるデス。人間が決して訪れることができない月にある、この世にはない都。それが『ルーメ・ルーデス』デス」

 

「でも。その都にはナニもないのデス」

 

 水上都市ゼカリウスを指さす。建物はないデス。

 

 アルダルク農耕地帯を指さす。食物はないデス。

 

 マテリナ素材収集場を指さす。植物はないデス。

 

 そして。僕を、指さして。生き物はいないデス。

 

「誰も、いないデス。『死神』しか、いないデス」

 

 ぞっとした。なんという場所だ。なんと残酷な、都だ。

 そんな何もない場所が、シイネさんの、故郷。

 

「ま、そんなところでも私は良いところだと思ってるデス」

 

「欲を言えば、カネもあれば最高デスね。毎日カネを数え放題デス。想像するだけで毎日が楽しいデス!」

 

 シイネさんは笑う。表情が薄いシイネさんが、これまで見た中で一番笑っている。『カネを数える』しか、やることがない生き方に喜び、笑っている。

 

 

 ――思わず、足が引けた。

 

 

 瞬間。シイネさんが、目の前に現れた。一瞬で距離が詰められる。手を伸ばしても届かない距離から、動けば体に触れてしまいそうなほどの、至近距離に。

 

「でも。そんな生き方は怖いのが、人間、デス。テンチョウも私が怖くなったデスね」

 

「そんな嫌そうな顔しなくて大丈夫デス、怒ってないデスから」

 

「どうも私は人間のことがよくわからないのデス」

 

 どこかから大鎌が現れる。それを手に、シイネさんは背を向け、コツコツと歩いていく。

 

 手の届かないところまで行くと、空を見上げた。

 

 今まではどこかに隠していて、さっと取り出しているのかと思っていた。本当は、どこかから出現させているのが正しかったようだ。手を振った瞬間、光の粒子のようなものが集まっているのが見えた。人知を超えた現象を引き起こすシイネさんは、人間ではなく『死神』。

 

 

 理解を超えた、あるいは、理解できない存在。

 

 

 女の形をしているだけの、『死神』。知っているはずの彼女が、見えなくなる。

 

「人間は誰かと交流しないと生きていけない。店員だったヤツに、客が一切来なかった頃に怒られて、わかったデス。店員が逃げたのは、店に誰も来なくても平然としていたからデスかね?」

 

「人間は食べ物がないと生きていけない。店員だったヤツに、全く食事していないが大丈夫なのかと聞かれて、わかったデス。店員が逃げたのは、食事を必要としない幽霊と思われたからデスかね?」

 

「人間はカネがないと生きていけない。まあ、それはわかっていたつもりデス。でも、わかってないと言われて……理由がわからないデス。何が間違っているのか、おかしいのかわからないデス」

 

 店員が逃げた理由は、全くわからんデス。

 そんな話をしていたことを思い出した。『死神』は天に向かって手を伸ばす。

 

「この通り、私は人間がわからないデス。大地から月に手を伸ばしても届かないのと一緒みたいなモノデスね」

 

 天に向かって伸ばされた手は、全く届きそうにない。握って開く手の中に、月はない。

 

「でも。誰かが教えてくれるなら、わかる気がするのデス」

 

 『死神』が半分だけ、こちらを見る。紫の瞳が1つ、僕を見る。

 

「テンチョウ。オマエは死ぬ前に、食事を作り。客に喜ばれて、カネをもらった。私からすると、それだけですごく衝撃だったのデス。カネをもらう方法もよくわかってなかったデスからね」

 

「接客すればカネがもらえる。わかってるデスし、宿泊で既にもらってるデス。調理をすればカネがもっともらえる。わかってるデスけど、どうやって?答えは、『調理で食事を作って接客で売る』。そんな簡単なこともわかってなかったのデス」

 

「わかってない私に。行動で教えてくれたのが、オマエデスよ」

 

 瞳が2つになった。瞳が、近づいてくる。

 

 後ずさりはしない。引きはしない。怯えない。

 

 『死神』が。シイネさんが、わかるから。

 

「テンチョウ。私はオマエのことが……気に入ってる、好き、大切……きっと、違うデスね」

 

「『気に入ってる』だけじゃなくて。『好き』とはちょっと違って。『大切』よりもっと近い」

 

「それを表す言葉は……きっと、これデス」

 

 大鎌が消える。シイネさんの自由になった右手が伸ばされる。されるがままに、胸に触れられた。

 

「魅了られたデス」

 

 シイネさんが見上げる。少しだけシイネさんより大きい僕は、至近距離だと目が合わないから。シイネさんは口数こそ多いが、感情は割と薄い。笑っても、怒っても、大体は同じ顔。

 

「……目、そらすなデス」

 

 それを補うかのように、目でモノを言う。目が合うだけで、何を考えているのかが伝わってくるぐらいに。だから、僕は目をそらした。シイネさんの想いから、逃げるように。

 

「私のこと、怖いデス?」

 

 そんなことはない。

 

「でも、怖がってる目をしてるデス。私の、一部が怖いデス?」

 

 その表現は間違ってはいない。

 

「なるほど。そこから紐解いていくにはちと面倒デスね。何が怖いのか書いてもらうにしても、紙もペンも持ってきてないデスし……あ。私の手に書くデス!」

 

 ハイ、と差し出される左手。書いていいのか。というか、触っていいのか。

 

「とっととやるデス」

 

 有無も言わせぬ気迫が目から頭まで突き抜ける。慌てて文字を書いていく。冷たくて、きれいな手のひらに文字を書いていく。慌てて書くものだから何度か書き直しを指示されたが、仕方ない。

 

「思ったよりも読みづらい、この場合はわかりづらいというべきデスかね。でも、わかったデス。『キタイニコタエラレナイ』が、怖いデスね」

 

 うなづく。その通りだ。シイネさんの、期待に答えられない。それを、恐れている。

 

 

 僕は、テンチョウ。シニガミショウカンの、店長。調理も清掃も大体のことはこなせる。声が出ないから接客は苦手だけど、大体の仕事はできるから、問題はない。

 

 でも。なんで、仕事ができるんだ?

 

 料理を作る時は食材と調味料の組み合わせでいつも正解を引き当てる。焼き時間や切り方も美味しくなる作り方をいつも完成させる。どうしてそれができるんだ。

 僕は過去を思い出すことができない。シイネさんが生き返らせてくれた時に、失われてしまったから。どこで生まれて、何を学び、そして死ぬまで。美味しい料理を作るために積み重ねた経験が全くないのだ。それでも、身に沁みついているから、やっている内に上手くなる。

 

 シイネさん曰く「一部は残っているから、そこからうまく積み重ねられるのデス。忘れていたことを思い出すような感覚に近いデスね」ということだ。

 

 きっと、掃除も同様だ。死ぬ前の僕がうまくできていたからこそ、箒を握って数分掃いているだけで、うまい掃き方を思いつく、いや、思い出すのだ。だから仕事は大体できる。それはいい。

 

 だけど。どこまでできるんだ。

 

 建築は少なくともできない。椅子を作ってガタガタの有様だ。それ以外にもやらなきゃいけない仕事はどんどん増えてくるはずだ。その中にできる仕事とできない仕事は無数にあるだろう。

 人を雇う、店のレイアウトを考える、そんなことがやってみて本当にできるのか、わからない。

 

 何ができて何ができないかわからない自分が、シイネさんの期待に応えられるのか?

 

 まっすぐに、純真に。テンチョウなら大丈夫と信じているシイネさんの期待に応えられるのか。もし応えられなかったらどうなる。シイネさんが僕を見捨てる?あり得るかもしれない。シイネさんは合理的な節があるし、駄目だと判断したらスパッとやるだろう。でも、それは別にいい。

 

 僕はどうなっても構わない。だけど。シイネさんを、悲しませることだけは、したくない。

 

 だからこそ、怖い。シイネさんの期待に応えられないことが怖い。自分がわからないことが、これほどまでに恐ろしい!でも、断る勇気も、引き受ける自信も、何もない!!

 

 

「テンチョウ」

 

 なにもなくて、からっぽな僕を、シイネさんは見つめる。あまりにも重すぎる期待を乗せて、僕を見つめる。それを受け止めるには、僕は、空虚すぎる。泣きたくなりそうだった。

 

「大丈夫デス」

 

 何が大丈夫なんだ。どうして大丈夫だと言える。過度な期待じゃないのか。

 

「オマエが私の期待に応えられなくても大丈夫デス」

 

 でも。それで困るのはシイネさんだろう。悲しむのはシイネさんだろう。

 

「テンチョウ。オマエは、『死神代行』デス」

 

「私の出来ないことは『代行』に任せるデス。でも、『代行』の出来ないことの一つや二つがあることは承知デス」

 

「そんな時は、私に頼るデス」

 

 微笑む。泣き出しそうな僕とは対極に、微笑んでいる。

 

「オマエは喋れないから接客は出来ないデス。だから私がやってる訳デス」

 

「それ以外にも私に出来ることは結構あるデスよ。例えば、設備を作るのはオマエには無理そうデスね。あのガラクタ椅子がいい例デス。ちなみに私も無理デス」

 

 駄目じゃないか。頼ってもダメじゃないか。

 

「だから大工を雇うデス。私の知り合いに結構腕がいい連中がいるデスから、そいつらに頼めばいいのデス」

 

「オマエ一人で全部やらなくていいのデスよ。できないことは他人に頼るデス!」

 

 頼る。他人に。シイネさんに、頼る。

 

「ちなみにこれもオマエが教えてくれたことデス」

 

 えっ。

 

「店員を雇いたいって言いだしたのは誰だったデスかね。元々店にいた店員についても知人が勝手に用意した連中デスし、アイツラがいなくなっても大丈夫だと思ってたデス」

 

「でも、オマエは必要だと言ったデス。店の営業を、店員に頼れと言ったデス。設備を作るのは大工に頼れと言ったデス。意味を紐解けば、そういうこと。違うデス?」

 

 ……違わない。そうだ。そういう、意味になる。でも。頼りたくても、その方法が、ない。

 

「オマエは自分が思っている以上にすごいデスよ。もっと自信を持つデス」

 

「そして。『私も』オマエが思っているよりずっとすごいデス」

 

 ゴソゴソと懐を漁ったシイネさんは、くたびれた小袋を取り出した。どこかで見たことがあるような気がするが、よく思い出せない。小袋をひっくり返すと、中からはシワまみれの紙幣や硬貨が沢山。

 

「見てるデス」

 

 金をかき集め、囲むように細い指が一回り。描いた軌跡が薄紫色に輝き始めた。

 

「これより見せるは神の力の一端。死神代行には出来なくて、死神には出来ること」

 

 光がカネに宿る。光に包まれたカネが少しずつ粒子となって消えていく。粒子をかき混ぜるように、手が一回り。瞳を閉じたシイネさんが何かをつぶやき始める。それを聞き取ろうとしてみるが、無理だった。

 

「繧ォ繝阪→豁サ逾槭?蜉帙r莉」蜆溘↓縲?°蜻ス繧貞、峨∴縺溘∪縺医?よュサ逾槭す繧、繝阪?莉」陦後◆繧九?√ユ繝ウ繝√Ι繧ヲ縺ョ鬘倥>繧貞掌縺医◆縺セ縺医?ょスシ縺ョ譛帙?莉翫r縺薙%縺ォ襍キ縺薙@縺溘∪縺医?」

 

 理解できない。全くわからない言葉を、凄まじい早さで紡いでいく。言葉を聞き取ることができないが、同じ言葉を繰り返している節があることから、呪文のように思える。

 

 だが。こんな呪文は知らない。魔法としては、異質だ。

 

 記憶も経験も、何もかも失った僕だけど。何か、勘のようなものがささやいていた。光の粒子が輝きを増す。全身に鳥肌が立ち、背筋がぞわりと震える。とんでもないことが、起きる。

 

 シイネさんの指先が躍る。粒子がそれに付き従い。

 

 横一閃。

 

 粒子が突き抜けて、どこかへと消えていった。そして、太陽が昇る。そして、雲が――凄まじい速度で、流れていく!昇ったばかりの太陽も、雲に流されるようにあっという間に天高く登り、そして沈もうとしている。

 

「カネの力で、テンチョウの運命をちょっとだけ書き換えてやったデス。あり得たかもしれない過去を作り出し、今を変える。それが私の力、『運命改変』デス」

 

 日が沈む。夕焼け色の空はあっという間に消え去り、入れ替わるように月が輝き始める。凄まじい速さで流れる時に、僕とシイネさんだけが置いてけぼりにされていく。

 

「問題は、何がどう変わるのかはわからないことデスがね」

 

 今なんて言ったこの死神。

 

「ま、それは明日の私たちに任せるデス!」

 

 どうしてそこで明日の僕らが出てくる。過去の運命を変えることと、明日の僕らに何の関係がある。

 

 何もかもがわからない。とにかく説明が欲しい。ぽかんと開いた口を閉じた瞬間、目が凄まじく痛む。思わず目を閉じたが、痛みが頭の中を駆け巡って脳へと至る。そして、体中が痺れるかのように痛み始めた。耐えることができない。気が遠くなる。

 

 膝をつく。屋根の上へと前のめりに倒れ込んで―――

 

 

 


 

 

 息を吐き出す。背中を打ち付けた痛みに声は出ずとも、カハッ、と息の塊が出た。

 

 瞬間、体をひねって転がる。ブン、と音が聞こえた。

 

「デス?なかなかやるデスね」

 

 ぼやける視界が足を振り上げたシイネさんを捉える。ついさっき、背中を打ち付けた後に頭が痛くなったのを思い出して、咄嗟に動いてみたのだ。どうやらあれはシイネさんのキックによるものだったらしい。容赦がない。

 

「ま、これで起きたデスね。見回りに行ったとかいいながら、受付で雑魚寝とか、新手のサボりデス?」

 

 ぼんやりする頭を起こすべく、頬をバシバシと叩く。それにしても、シイネさんはなんだか聞き覚えがあることを言っている。次は確か、営業開始時間と具合が悪い、だっけ。

 

「もうすぐ営業開始時間デス、寝転がってないで起きるデス。もしかして、どこか具合が悪いデス?」

 

 そうそう。それで、カウンターの裏にヘソクリ入りの封筒を見つけ……られない。カウンターの裏に封筒がない。おかしい。どうなっている。

 

「……茶番はこの辺でいいデス?」

 

 茶番?

 

「せっかくなので昨日と同じ起こし方をしてやったデス」

 

 昨日と同じ?

 

「呆けてないで時計を見るデス」

 

 促されるままに立ち上がり、受付側に置いてある大きな柱時計を見る。時間を刻むだけでなく、日付も表示してくれる特別製の時計。表示されている日付は、記憶よりも1日後だった。

 

 でも、昨日は、営業していた記憶がない。

 

 背中を打ち付けた後に頭が痛くなって。ヘソクリを見つけて、シイネさんに相談して……そうだ。そうだった、思い出してきた。シイネさんの故郷の話を聞いて、シイネさんが僕を支えてくれると言ってくれて、そして、シイネさんが力を見せると言って……『運命改変』!

 

【『運命改変』!あれは何なんだ!?】 

 

「ようやく頭が回り出したデスね?とりあえず店の営業準備をするデス。ほら、まずは入り口の清掃デス!」

 

 ほいっと投げられた箒が宙を舞う。紙とペンをポケットにしまい、慌てて箒をつかみ取る。同じく箒を持っているシイネさんと共に、店の前の掃除を始める。森の中に立っている店だから、どうしても落ち葉やらなんやらが散らかりがちなのだ。いくら掃除しても一晩、いや、昨日は掃除してないから二晩でこの様だ。ため息一つついて、掃除を始める。

 

 その間に、シイネさんはポツポツと『運命改変』について教えてくれた。

 

「『運命改変』は死神代行の運命に干渉して、過去の出来事を変える力、デス」

 

「例えば、さっきまでテンチョウは『受付の椅子の上で寝ていた』デスが、『運命改変』すれば、『ちゃんとベッドで寝た』ことに出来るのデス」

 

「その代わり、『運命改変』には時間とカネが必要デス。『運命改変』の儀式は、一日時間が進める必要があるのデス。さっき見てた早回しの空はそういうことデス。あ、オマエが気絶したのは純粋に慣れてないだけデスね。そのうち慣れるデス」

 

 早く慣れたいものだ。さっきみたいにまたイスから落とされて蹴られたくない。

 

「で、儀式のためには願いに応じた量のカネが必要デス。寝た場所を変えるぐらいなら100Gぐらいで出来るはずデスが、一週間前に客が沢山来て大繁盛した、だと多分100000Gくらい必要になるデスかね」

 

「とにかく、変える出来事が『昔になるほど』、変える対象に『他人が絡むほど』、必要な金は増えるデス」

 

 なんでもできるのか、と聞いてみた。なんでもできる、らしい。

 

「可能性さえあればなんでもできるデス。ただし、絶対にありえないことは無理デスよ」

 

「物騒な例えデスが。店長が私を殺すというのは無理デス。実力の差がありすぎて万に一つもオマエに勝ち目はないデス。だから、可能性はない。『運命改変』でも変えられないデス」

 

 本当に物騒すぎる。大鎌を振り回す姿は何度か見たことはあるが、熟練の戦士染みた立ち回りだった。シイネさんには物理的に勝てないだろうなぁ、とは思っていたけども。

 

「とはいえ、問題もあるデス。『運命改変』で何がどう変わったのかさっぱりわからないのデス」

 

「さっきの寝る場所改変で例えるなら、オマエが椅子の上で寝ることなくベッドの上に行ったとしても、椅子の上で寝ているオマエを私がベッドの上まで運んだとしても。どっちでも『テンチョウはベッドの上で寝ていた』ことになるデスね?」

 

「その場合どっちの方法で『ベッドの上で寝た』のかは完全に運任せデス。過去がどう変わったのかは私にもわからないデスし、テンチョウにも変わった部分の自覚はないはずデス。実際、昨日運命改変した訳デスが、何か記憶に変なところはあるデスか?」

 

 記憶を遡る。もっとも古い記憶、生き返った直後から、背中を打ち付けて目覚める今日の朝までを思い返した。おかしいと思える部分はないし、変わった感覚はない。

 

「あ。今更デスが昨日の運命改変は、何を目的に改変したのかわからんデスね」

 

 なんで。そこすごく重要なところでは。

 

「死神代行が『変えたいと思っている運命』に対して、この力は働くのデス。あの時のテンチョウが何を考えてたのかまでは私もわからないデス。あの時何を考えてたデス?」

 

 何を、か。さっきまで思い返していたから、スムーズに思い出せるはずだ。

 

 

 ……スムーズに……スムーズに……

 

 

 あっ。

 

「なんで地面に突っ伏したデス」

 

 それ以外のところですごく恥ずかしいことを考えていたからです。

 シイネさんの期待に応えられないからっぽな自分が怖い、とか、理解はできるし怖いんだけど、それはそれとして冷静になるとすごく恥ずかしい。喋れてないから詳細な部分はシイネさんに伝わってないだろうけど。

 

「あっ。そういうことデスか。期待に応えられないことが怖いとか言ってたデスね?で、期待に応えられるように強くなりたいとか、そういうこと考えてたデス?」

 

 駄目でした。伝わってほしくないところが伝わってる。そういえばシイネさんの手のひらに書いて伝えてましたね。

 

「強かろうと弱かろうと、私はもうテンチョウに全てを賭けたのデス。オマエが失敗しても私がちゃんと助けてやるデスから、いい加減覚悟を決めるデス」

 

 ビシッ、と指を指される。そこまで言われて、運命まで変えてもらって。断ることは、できない。コクコク、と頷いて同意した。まだ決まり切ってる感じはないけど、これからきっちりと覚悟していこう。

 

「そういえば、私も一個決めたことがあるデス」

 

 突然なんですか。

 

「オマエにはどうも自信が足りないデス。私が信じてると言っても、『どうせ僕なんか……』みたいな感じに考えてる節がありそうデス」

 

 それは……まあ、否定できない。

 

「なので今後オマエが自身がないとかうだうだ言い出したら蹴り飛ばすデス」

 

 蹴り飛ばす。

 

「いい女房は旦那の尻を蹴り飛ばすもの、と聞いたことがあるデス。今後二の足踏むようなことがあったら、その先が地獄だろうと問答無用で蹴り飛ばすデスから、その覚悟で働くデスよ」

 

 とんでもないことをおっしゃる。しかもなんか違う気がする。尻に敷かれるではなかったか。そして早速脚をぶらぶらさせないでください。引きつった顔でおびえていると、ポン、と肩を叩かれた。ビクッ、と肩が震える。

 

「まあ、その時は私も地獄に落ちるデスから安心するデス。運命共同体、デス」

 

 本人は安心させるつもりで言ってるのだろうけど、地獄への片道切符を握ってるのがシイネさんなのは不安を感じる。なんというか、こう。肝心なところの判断で、ポカしそうというか。

 

「な・に・が。言いたいデスー?」

 

 何も言ってないデス。若干怒りの色が混じり始めた瞳から視線を外す。コンコン、と靴を鳴らす嫌な音がした。ブンブン、と風を切る音がする。早速蹴り飛ばす準備してませんか。

 恐る恐る振り向いて謝ろうとした、その時。シイネさんから背けていた瞳が、客を捉えた。

 

 道の向こうから、馬車がやってくる。1台、2台と、続けて何台も。何事だ。

 

「たくさんやってくるデス!お客さん沢山デス!?もしかして、運命改変の結果デスかね?」

 

 そうだとしたら、何を願えばこんなことになるんだ?運命改変した時、何を考えていたんだろうか。首を傾げつつ考えている内に、馬車が店の前の空きスペースへと次々停まっていく。御者に続いて降りてきた人々は皆ガタイがよくて、腰のベルトに工具をぶら下げている。職人だろうか。

 彼らは馬車から木材やら木箱やらいろいろと下ろし始めているが、何をしようとしているのか見当がつかない。誰かに話を聞こうとすると、ちょうどよく僕に気づいて手を振ってきた人がいた。

 

「やぁ!君が、新しいテンチョウ君かな?注文通り大工を連れてきたよ」

 

 ガタイのいい彼らとは違い、ひょろっとした青年。青いローブを纏った彼はニコニコしながら僕を呼んでくるが、初対面だ。それに注文なんてした記憶はない。

 

「デシルス?オマエ何してるデス?」

 

「何って、ひどいなぁ。一週間前に連絡とってきたのはシイネ君だろ?」

 

 だが、シイネさんとは知り合いらしい。そのシイネさんもどうして青年がここにいるのかわかっていない。首傾げ2人に囲まれた青年は、苦笑しながら2枚の紙を取り出した。

 

「ほら、これ。君が僕に手紙を送ってきたんだ。【新しく雇ったテンチョウが店を改良したいから、大工を連れてくるデス】って。またいつもの無茶ぶりかなー、っと思ってたけど、もう一通の手紙のおかげで助かったよ」

 

 1枚はシイネさんの筆跡で、ぶっきらぼうに先ほどの文言だけが記されていた。もう1枚は僕の筆跡で、シイネさんが突然の依頼をして申し訳ないという謝罪と、新しく店長になったこと、店の改良したい内容が記されている。内容は僕が考えていた店の理想図通りだが、こんな手紙を書いた記憶はない。

 

 もしかして、これが『運命改変』の結果なのか?

 

 シイネさんが服を引っ張ってきた。耳を寄せろ、とジェスチャーされたので、指示通りに寄せると耳元でささやき始めた。

 

「この状況は私もよくわからないデスが、運命改変の影響に違いないデス。推測デスが、『テンチョウがもっと店のことをシイネに相談していたら?』というもしもの出来事が起きたのデス」

 

 そうだとしても、デシルスさんが大工一行を引き連れてくることにつながるのがピンとこない。

 

「実を言うと、運命改変する前からデシルスにはあの内容で手紙を出してたのデス」

 

「でもいくら待っても来なかったデスから、多分無視されてたのデス。でも、『運命改変』されたことでテンチョウと一緒に手紙を出すことになったのデス」

 

「それで運命が変わって、デシルスが今日やってきた……デスかね」

 

 なるほど、と納得。シイネさんが書いた手紙には大工を連れてこいと言っても、『何を作るために』大工が必要なのか、一言も書いていない。シイネさんは無視されたとは言ってるけど、大雑把すぎて準備に困ってたんじゃないかな。

 

【デシルスさんも大変ですね】

 

「ハハハ、まあ、シイネ君に付き合っていればその内慣れるよ。君もそうじゃないかな?」

 

【その節はあるかも。意外と楽しいですけどね】

 

「それはそれは、大物になる素質がありそうだね。困ったことがあったら相談に乗るよ」

 

 ありがとうございます。書いている内容が見えないシイネさんは首をかしげている。

 

「おっと、自己紹介がまだだったね。今更だけど、僕はデシルス。まあ、何の変哲も無い普通の万能舎弟さ」

 

【シャテイ?】

 

「テンチョウより前からコキ使ってる私の舎弟デス」

 

「かつ、いろいろな人や組織の使いっ走りみたいなことをしてるから、ツテやコネには自信があるのさ。店を運営する上で困ったことがあったら相談してくれたまえ。出来る限り手を尽くさせてもらうよ」

 

【なるほど。もしかして、シイネさんに店の手配とかしてくれたりしてました?】

 

「よくわかったね。ここを紹介したり、いつの間にかクビにしてたけど、店員も雇わせたりとかね。シイネ君もやる気はあるんだけど、経営はどうにも不慣れだから、その手伝いをしてたのさ」

 

【あれだけ世間知らずなシイネさんがこんな店を持ってる謎が解けました】

 

「デス……酷いこと言われてるデスが、事実だから反論しづらいデス……」

 

「その内シイネ君もできるようになるさ。テンチョウ君は記憶喪失とのことだけど、なかなかのやり手みたいだからね。一緒に経営していく中で腕を磨けるはずさ。テンチョウ君、シイネ君のこと、よろしく頼んだよ」

 

 わかりました。頷き、差し出された手を握る。出会ったばかりのデシルスさんだけど、ほんの少し会話するだけで大分親しみを感じている。ツテやコネに自信があるのも納得だ。

 

 ふと、思い出したことがある。

 

 運命改変をする少し前、シイネさんが『人に頼ること』を話していた。だけど、記憶喪失の僕にはツテやコネがないから、頼りたくても方法がなかったのだ。それが目的に反映されたとしたら。

 

 運命改変の目的は『ツテやコネを得ること』。

 そのために運命が変わって、『数日前に手紙を送った』ことになった。

 ツテやコネを持っている『デシルスさんと仲良くなる』結果が起きた。

 

 過程がわからないのは難しいところだけど、運命改変の力は本物だ。カネがかかるから乱用はできないけれど、どうしようもない時に問題を解決する方法がある。それだけでも気が楽だ。

 

「デシルスさーん!早速仕事を始めたいんですが、作業場所と内容についてミーティングするんでこっち来てくださーい!店の人も一緒にお願いします!」

 

「おっと、早速出番だ。それじゃ行こうか、テンチョウ君、シイネ君」

 

 でも、まずは目の前のことから。少しずつ、一歩ずつ店を良くしていこう。僕だけじゃだめでも、他の人に頼りつつ、皆で。シニガミショウカンの新しい一日が始まる。

 

 

 

 

 

「ところでお聞きしたいことがあるのですが」

 

【なんでしょう大工さん】

 

「その……店の改良内容はこの絵の通りでいいのですか?」

 

 大工が指さすのは、デシルスに送った手紙。その中には僕が考えた……と言っても記憶にはないけど、理想通りの店のレイアウト図があった。描いた記憶はないけれど、うまく描けてる。

 

「……あんな絵でよく伝わるデスね」

 

【えええ?何その反応】

 

「誰がどう見てもあれは子供の落書きデス。デシルスもうそう思うはずデス」

 

「うーん……ノーコメント、かな。変わり者の芸術家には刺さりそうだけど」

 

「つまり変人受けしても一般人受けしないということデスね。テンチョウの出来ないこと発見デス」

 

【失礼な】

 

 ピシャリと切り捨てられるテンチョウの絵心。ものづくりが得意な人にはわかるんだよ!テンチョウはそう思っています。なおしばらく後の話ですが、芸術に詳しい人には酷評されてしまいます。

 

 テンチョウ氏は芸術家を見る目はあっても、芸術を作る腕は皆無ですなぁ。私も作家故に絵は専門外ですが、ここまで酷くはないですぞ?

 というか、まだ子供の方がうまい絵を描きますな。何を描いたのか聞けば正体がわかるとはいえ、説明がないとわからないのは、芸術としてはある意味失敗ですぞ。なんにせよ、意外なところでテンチョウ氏の弱点見たり!あ、これ新作のネタにしてもよいです?

 

 ……そんなことを知らない今だけは、自分の腕を疑わないテンチョウでした。




今更ですが、あとがきでは未プレイ向けに説明が必要なところと、
プレイ済みの人には違和感ありそうな部分に触れようと思います。

【店員が誰もいない、キッチンもない】
原作では、最初から店員は何人かいます。
ランダム生成のいわゆる【モブ店員】というやつです。
本作では説明の都合、シイネのみで店を回していました。

キッチンないのは原作通りです。
本来なら受付もないのですが流石に必要なので……

【地理の勉強・店の位置】
シイネが言及した水上都市ゼカリウスなどは全部原作に出てます。
店の位置については、割と謎です。参考になりそうな言及や描写はこんなところ。
・水上都市ゼカリウスにある
・ゲーム上では森に囲まれたところにある
・水棲生物の襲撃があることから、水辺が近い
これらを踏まえて、『都心部より離れた森の中に立っている店』という設定にしました。
水上都市ゼカリウスとマテリナ素材収集場をつなぐ道端にあるイメージです。
プレイ済みの人にしか伝わらないと思いますが……

【シイネの好感度】
シイネ→原作主人公に向ける好感度は、当初からやたら高いです。
序盤から、店を【愛の巣】と呼んだり、原作主人公を信頼している場面もみられます。

理由についても判明はするのですが、諸事情あって使えず……
本作では結構オリジナル要素盛り込んでこんな形にしましたが、
シイネが商品を売る方法を分かってないのは原作通りです。
売り場って何デス?

【運命改変】
死神とカネの力で過去に起きた出来事を変える、といったシステムです。
ゲームでは使用すると時間が翌日になって、改変した影響が表れます。
能力発動の儀式やつぶやいてる呪文とかはオリジナル設定です。

【デシルス】
経営に不慣れな原作主人公&シイネをサポートする万能舎弟。
本作でもいろいろとお世話になる感じ。


【芸術家】
文豪。色々と小説を書いている。
絵が描けない商人と売れない画家の新作は、そこそこ評判となった。
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