ルフィとキリは同じ頃に目覚めた。
先にルフィが目覚めて、およそ2分遅れでキリが意識を取り戻す。
二人とも体に包帯が巻かれて、すでに治療を終えられた後であった。
彼らは知らなかったものの、ダグラス・バレットの攻撃を受けてから約1時間が経過している。
「ん? ん~……ここどこだ?」
「さあ……とりあえず生きてるみたいだよ」
むくりと同時に体を起こした二人が居たのは薄暗い空間。しかし扉の隙間から光が差し込んできていて視界が全くないわけではなく、扉の向こうからどんちゃん騒ぎが聞こえる。
互いに顔を見合わせてから、先にルフィが動き出して、その後ろをキリが続いた。
「おじゃまします」
「あっ、全然躊躇わない。知ってたけど」
一切躊躇わずに扉を開いて、眩い光に目を細めた。
広大な一室へ出て強い照明を感じる。
洞窟のような見た目はさっきまで寝かされていた場所と同じだが、様相は全く違っていた。
大きなステージ。ビカビカ光る多種多様な照明。大勢の人間がそこに居たのだが、どう見ても囚人には見えない人間ばかりが集まっている。
際どいハイグレ、動物を模した被り物、性別を問わない網タイツ。男女を問わずにほとんどの人間が奇抜な格好をしていて、しかし誰しもが心底楽しそうでもあった。
状況を掴みかねていたルフィとキリはぽかんとしていた。
入口に突っ立ってしばらく何も言わずに辺りを眺める。その後、ルフィがぽつりと呟いた。
「奇抜なやつがいっぱいいるな~。変態かな?」
「まあ、そういう見方もできるね」
「こいつらフランキーと仲良くできそうだ」
「そうだね。もしくは張り合うのか。まあそのあと結局肩組んでそうだけど」
「そういやキリ、怪我は平気か?」
「今? 平気だけどタイミング遅いよ」
ルフィとキリはしばしその場に立ち止まっていた。しかし会話を済ませてルフィが室内へ踏み出そうとする頃、近くに居た人間が彼らに気付く。
ウサギを模した被り物を身に着け、サングラスをかけて、男性でも女性でもない服装のおそらく男性だろう人物が笑顔で大声を発したのだ。
「おおっ! 起きたのかお前ら!」
「おっ、きたきた。監獄の星!」
「お前らの珍道中面白かったぞ~!」
「ようこそ! さあ、こっちへ! 食い物も酒も服もここにはたくさんある!」
「食いもんも⁉ 肉ぅ~!」
誘われるままに、ルフィは警戒せずに飛び出していってしまう。
流石にここには危険がないだろうとキリは見送ったのだが、改めて見て驚きを隠せない。
なんて陽気な空間だろう。
音楽が流れて、奇抜な格好の人々が踊り歌い、笑顔で料理や酒を嗜み、楽しげに会話している。
とても監獄の中とは思えない。しかし天国として見るにはあまりにも個性的過ぎる。
キリが小首を傾げながらルフィの下へ向かおうとすると、騒がしい中でその声を聞いた。
「ルフィ!」
「む~ぎちゅわ~ん! 無事だったのねい!」
「あ~っ! エース! ボンちゃん! お前ら生きてたのかぁ~!」
「当たり前だ! むしろお前こそ、あっさり負けやがってこのバカ!」
「いでぇっ⁉ あっはっはっは!」
見れば凄い勢いで肉を食うルフィの傍に、彼を見つけたエースとMr.2が駆け寄ってきていた。
反射的に改めて辺りを見回すと、まだ囚人服のままだったりすでに服を着替えていたりするが、囚人たちがその空間に参加しているのを確認する。
「とりあえず夢じゃないのはわかった。でも相変わらずインペルダウンの中ってことか」
「おいキリ! エースが生きてるぞ! やったな!」
「やったじゃねぇ! おれはまだお前の無茶を許してねぇからな!」
「うおお~ん! みんな生きててよかったぁ~ん! つってもあちしも死にかけたんだけドゥ!」
エースに叱られながらもルフィは笑顔で、心底嬉しそうだった。
ただ兄と慕う彼に会えたからなのか、死なずに済んでよかったと思っているのか。どちらにせよ上機嫌なのは間違いない。
キリも彼らの下へ合流し、涙を流しながらくるくる回るMr.2を見る。
「ボンちゃん、ここはどこ? なんでこんな自由な人たちがいっぱい居るの?」
「うおおお~ん! ここはインペルダウンの中よう……! あちしが探してたお方が、元々あった空洞に作ったレベル5.5番地! こここそが、ニューカマーランド!」
「あぁ、ボンちゃんみたいな人の巣窟か」
簡単に理解をして、キリは自分なりに「みんなボンちゃんの仲間か」と判断する。実情はどうあれ敵ではないことは間違いない。でなければ笑顔で食料を分け与えないだろう。
少なくとも安全地帯ではあるらしい。確かに周りの人間の態度を見ていればそう見える。
今は安全ではあるものの、まだ脱獄できたわけではない。
眠っている間に誰かが頑張って外まで連れ出してくれれば楽だったのだが、そこまで上手くはいかないかと小さくため息。
今から脱獄する必要がある。キリはそう考えて笑顔にはなれなかった。
「まだ大変なんだなぁ。しかしまあ、強かった。まさかバレットがあそこまで強いとは」
「聞けばあいつは元ロジャー海賊団らしいわよう! むしろ生きてることが奇跡! レベル6はひどい惨状だったんだから~!」
「強さより話が通じないことの方が怖いよ。まあ、話しかけても冷たくされてたし不思議じゃないんだけど、ヤバいことしちゃったかも」
「ゆるい! かもじゃなくてしちゃったのよう、紙ちゃん! も~とんでもない!」
真面目に考えてはいるものの、傍目から見ればどこか雰囲気が緩い。そんなキリの様子を見て涙が引っ込んだMr.2は高速回転を始めた。
確かに焦るのも無理からぬ状況。ダグラス・バレットはそれほどの脅威。直に一発食らったキリは真剣な顔で警戒せずにいられなかった。
とにかく情報が欲しい。キリは続々と集まってくる囚人たちを見回した。
「ルフィ君、キリ君、無事じゃったか。ひとまずはよかった」
「おれも生きてるニャー! ざまあみろ紙男!」
「面倒なことをしてくれたもんだぜ。これで外に出るには“鬼の跡目”とやり合う羽目になった」
歩み寄ってきたジンベエはルフィとキリの無事に安堵している。
その一方、両腕を広げてアピールしてくるアバロ・ピサロと、葉巻を銜えて帯刀している看守長のシリュウがやってくる。彼らはルフィではなくキリに注目しているようで、キリもまた会話した覚えがある彼らに振り返った。
「外に出る気なの? 看守長」
「おい! おれを無視するな!」
「ここに居てもおれの未来なんてたかが知れてる……それなら外に出た方が有益ってもんだろう。何よりお前らが放った“鬼の跡目”のせいでこの場所はもう終わりだ」
「確かに、今になってそんな気がしてきた」
「今更何をびびる必要がある! シャバに出ればおれたちは自由だニャー! ここまできたらもうやるしかねぇだろ!」
嬉しがって騒ぐピサロに対して、キリは冷たい目で見ながらため息をついた。
「やるしかないのはそうだけど、悪政で捕まった人に言われても……」
「お前基本おれのこと舐め過ぎだニャー⁉」
「考えるのとか苦手でしょ?」
「そんなことはない! ただちょっと国民を締め付けすぎただけだ!」
「それが問題なんじゃない」
怒るピサロを適当にあしらいながら、キリはエースに目を向けた。
心強い味方がたくさん居るが面倒な状況になっている。原因の一端は自分にあると察したのだ。
「ごめんねエース。助けようと思ったのに、死ぬかもしれない状況になっちゃって」
「おれに謝るな。そもそもおれがここに居るのはおれのせいで、ルフィを呼び寄せちまったのもおれのせい。むしろお前のおかげで牢屋から出られたんだ。ありがとう」
「うん。一緒に脱獄しよう」
「当たり前だ。アホの弟も一緒にな」
「しっしっし! お前らがいたらなんも怖くねぇ! キリ、お前も肉食え! 力つけるぞ!」
「そうしようか。でもその前に着替えたいな」
見ればMr.2やピサロは服を着替えている。
Mr.2は以前にも見た派手な服装に変わっていて、背中から両肩を越えて覗き見るように、二匹のスワンが居る。
ピサロは王様をイメージしたのか、金をあしらった王冠を被って厚手のコートを着ていた。
エースやジンベエ、シリュウは元々着ていた服装のまま収監されていた。そのため着替える必要性を感じなかったようで同じ格好をしている。侵入者であるルフィは言わずもがな。
腹ごしらえも大事だが囚人気分のままでは居たくない。キリは着替えを欲した。
「それじゃニューカマーのみんなにお願いしましょーう。あちしも服とコスメもらって完全復活!
元ロジャー海賊団だろうが引く気はないわよーう! んが~っはっはっは!」
「ありがとうボンちゃん。ルフィ、汚れてるけどお風呂とかいいの?」
「ん? あ~おれはいいや。それより海獣の肉がうめぇよ」
「それは何より」
断りを入れてキリは奇抜な格好の人々に連れて行かれた。
Mr.2も彼を見送ってルフィの傍に残り、改めてルフィへ言う。
「麦ちゃん。あちしのお助けしたい人、実はここに居たの」
「え? そうなのか? よかったなーボンちゃん。ふんだりけったりだ」
「違ェだろバカ。至れり尽くせりだ」
「いや、それも違うんじゃが……まあなんでもええわい」
ルフィとエースのやり取りにジンベエが呆れる一方、Mr.2が上機嫌に告げる。
「このお人こそが“奇跡の人”! “オカマ王”イワンコフその人なのよう!」
Mr.2が紹介すると同時、明かりが消えて室内は暗くなり、ステージ上がパッと照らされた。
そこには紫色の髪や派手な衣装、やけに顔の大きい人物が立っており、光を浴びると同時にマイクを握って声を発する。
奇抜な格好の人々、性を超越した“
「ようこそ麦わらボーイ。改めて歓迎するわ。ここは地獄の楽園、ニューカマーランド……楽しませてもらったわよ? あなたの快進撃」
「まーた思い切ったやつが出てきたなー。あれがボンちゃんの親玉か」
「んが~っはっはっは! 言い得て妙ねい! その認識で間違いない! あの人こそあちしたちオカマの王! いいえ、女王なのよう!」
「んっふ。王だの女王だの、好きに言えばいいじゃない。ヴァターシもヴァナタももはや自由よ。牢獄の中に居ながらにして、ただ心の赴くままに生きればいいじゃない」
ズン、ズン、と重低音のリズムに乗りながらステップ。
一度見れば忘れないだろう強烈な顔面の持ち主、エンポリオ・イワンコフがルフィへ言った。
「ヴァターシはカマバッカ王国の代表にして革命家ドラゴンの同胞! つまり革命軍幹部! その名もエンポリオ・イワンコフ! この不自由な世界に真の平等を与えるため、世界政府とケンカしてんのよォ!」
「へぇ、おれの父ちゃんの仲間か」
「そう! ヴァナタの父ちゃんはこの世界を丸ごと変えるために戦い続けている! ヴァターシも古くから協力して……えぇえええええええっ⁉ 父ちゃんなのォ⁉」
イワンコフが突然ぶっ飛ぶと共に、辺りは驚愕の声で満たされた。
ルフィとエースだけは平気な顔をしていて、少し遅れてエースがあっという顔をする。直後にはエースがルフィの頭を殴っていた。
「お前っ、あんまり余計なこと言うな!」
「いてぇっ⁉ エースの拳は痛ェな!」
「ドラゴンの、息子……? ヴァカおっしゃい! 一体何がどうしてそんなことになっキャブル!
ヴァナタがドラゴンの息子なんて証拠がどこ、はぁああああっ⁉」
「騒がしいなーイワちゃんは。ほんとにボンちゃんみてぇだ」
「むむむ麦ちゃん⁉ ドン引きよう! 流石のあちしもドン引き! も~イワちゃんなんて恐ろしく気安い呼び方が気にならないくらいびっくらこいてるわぁん!」
あちこちで大勢の人間があーだこーだと言っているが、やはり目立たずにはいられない。
わなわな震えるイワンコフはルフィをじっと見つめて考えを巡らせていたようだ。
「ヴァナタのことは、新聞で情報を得ていたわ……確認するけど、出身はどこ?」
「
「ハァアアッ⁉」
「そういやこれ、じいちゃんに言っちゃダメだって言われてたんだった。だから、今のなし」
「いやいやいやっ⁉ 無理無理無理ィ⁉」
「そんな情報もう忘れられねぇよォ⁉」
「じいちゃん⁉ ってことは息子が居るだけじゃなくてドラゴンの親までわかっちまうのか⁉」
「あなたすごい家柄だったのねぇ~⁉」
「新事実だガネ⁉ 関わりたくないガネ⁉」
最初こそ「嘘だ」「そんなわけない」という反応がほとんどだったというのに、イワンコフの反応を見ると多くの人間が掌を返した。
あのドギツイ表情、嘘ではないのかもしれない。
疑念が人から人へ伝わっていき、大物の名を聞いてニューカマーランドはパニックに包まれた。
「ゴア王国……! ドラゴンはあの土地を気にかけていたっ。まさか!」
自然と集中力が高まり、思考をフル回転させた結果、イワンコフは素早く答えを見出した。
「ヴァナタ、ドラゴンの息子ね! 確証は持てないけどそんな気がする!」
「ん~、まあほんとのとこはわかんねぇけどな。会ったこともねぇし」
「会ったことないって逆にリアル! 可能性は高まるばかり!」
「あ、いや? じいちゃんがローグタウンで見送ったとかなんとか言ってたような……」
「ローグタウン! 海賊王が処刑された町! むしろドラゴンとしか思えなくなっシブル!」
イワンコフにしかわからない情報でもあったのだろうか。大声で感情的に告げたことで、周囲の人間はもはやそうとしか思えなくなっている。
ルフィは大した問題だと考えていないようで、イワンコフがずいっと顔を近付けてきても微動だにせず、平然としていた。
「ヴァナタ、なんでここに居るの?」
「エースを助けに来たんだ。おれの兄ちゃんだからな」
「兄ちゃん⁉ ハァアアアアッ⁉ またとんでもない新事実!」
「あ、でも兄ちゃんっつってもエースは――」
「やめろルフィ! 余計なこと言うな!」
騒然としていて多くの声が重なっていた。
エースがルフィの頭を殴って制止した結果、彼に関する情報は誰にも伝わらなかったようだ。