大監獄から変化していく世界   作:ヘビとマングース

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13:押忍!副署長

「みんなでおかきパーティーをしよう!」

「副署長がご乱心だ⁉」

「ハンニャバル副署長、お気を確かに! まだ終わってはいません!」

 

 レベル6の囚人たちが牢屋から出て数時間。

 依然としてインペルダウン内部は混沌とした状況が続いており、数々の報告を聞いたハンニャバルは度々現実逃避して気を保っている。

 

 インペルダウン最強を誇ったマゼランが敗北。レベル4と6の囚人が大量に放出。そして牢屋から出たダグラス・バレットが囚人を大量に殺害して、レベル3に陣取って動かなくなっており、次の標的を待っている状況。

 海軍本部から増援が来ると聞かされているとはいえ、とても安心していられない。

 署長のマゼランが倒れた今、責任の大半がハンニャバルの肩に重くのしかかっていた。

 

 自らお茶を淹れる準備を始めてしまったハンニャバルを看守たちが集って止める。

 かつてここまでインペルダウンがパニックに陥ったことはない。彼らも心中では不安だった。

 

「私は緑茶がいいと思うんだが、お前たちは何が飲みたい?」

「副署長! とにかく落ち着いてください!」

「お茶が飲みたいなら我々が淹れますから、とりあえず座ってください!」

「もうすぐ海軍本部から増援が到着します! それまでに正気を取り戻しましょう!」

 

 看守たちが慌てて温かいお茶を淹れて、湯呑みをハンニャバルへ手渡した。

 ゆっくりとお茶を飲み、はぁ~と一息ついて、ようやく落ち着いた様子になったハンニャバルが肩の力を抜く。しかし現実を見た途端、彼は肩を落としてしょぼくれる。

 

「署長になりたい……なのになんだ、この仕打ちは。私は真面目に働いてきたのに。運命というやつは私を署長にするつもりがないのか……」

「今度は落ち込んだ⁉」

「現実を目の当たりにしたからだ! これはこれでまずい!」

「心配ありません副署長! 我々はいずれあなたが署長になると信じています!」

 

 看守の一人がそう言うとハンニャバルが顔を上げた。

 

「え? そう? そんなに? 確かに私が署長になる未来は来るな! 運命にも負けず!」

「立ち直ったぁ~⁉」

「なんてチョロさだ⁉ やはりポジティブ!」

「よし! この事態は私が解決する! そして大逆転で監獄署長に、私がなる!」

 

 ハンニャバルはいつになく情緒不安定だった。

 現実逃避に極度の落ち込み、かと思えばやる気になって拳を掲げて、看守たちは一応倣って拳を上げるものの、彼の姿を心配せずにはいられない。

 

 冷静になるとハンニャバルが頼りになるのも確かであった。

 また崩れることだけが不安視されているとはいえ、彼は看守たちと状況確認を行う。

 

「マゼラン署長の治療は済んだか? 容体はどうだ?」

「外傷も深いのですが、内臓にまでダメージが及んでいて……命は取り留めましたし、時間さえあれば問題なく治ります。ただ即時復帰とはいきません。動くだけなら約3ヶ月、戦闘するとなるとそれ以上は安静にしなければ……」

 

 インペルダウン専属の医者がそう言って俯くと、ハンニャバルは焦りながらも不安を見せない。

 

「ううむ……しかし生きて戻ってくれただけでありがたいというものだ。お前たちもよくやった。ここからは我々の領分だ。少し休め」

「は、はい……」

「幸いにもダグラス・バレットはレベル3に鎮座し、我々の下へ向かってくる様子がない。このままこちらの準備が整うまで待ってくれれば、まだ戦いようはあるはずだ」

 

 移動したハンニャバルは、通信用の電伝虫の前で待機する通信士の下へ向かった。

 インペルダウンに現存する戦力ではバレットを倒すことはできない。援軍は必要不可欠。今の彼らには待つことしかできず、海軍本部の軍艦を今や遅しと待っていたのだ。

 

「本部からの連絡はあったか? もしくは援軍の到着は? センゴク殿が言うには大将“青キジ”がこちらに向かっていると言っていたが」

「いえ、まだ……どうやら今日は海が荒れているようで、航行ペースが遅れているとか。それに、すでに凪の帯(カームベルト)に入ったと報告がありましたが、普段より海王類の動きが活発だそうで……」

「むむむぅ⁉ 気候だけでなく海王類まで私が署長になるのを妨げようとしているのか! そうはいかんぞォ!」

 

 何から何まで、インペルダウンに逆風を吹かせて、囚人たちを生かそうとするかのような状況。どうやら援軍は到着が少し遅れているらしい。

 そう聞いたハンニャバルが奮起する頃、別の報告が入ってきた。

 

「ハンニャバル副署長! 海軍の軍艦が一隻到着しました!」

「お前たち! 一回くらい間違えてハンニャバル署長と呼んでもいいんだぞ!」

「こんな時に何言ってるんですか⁉ 早くしてください!」

 

 ハンニャバルは部下に連れられて走り出した。

 インペルダウンの正面にして唯一の入り口まで急ぎ、向かいながらも苦い顔をする。

 

「う~むしかし、一隻だけとはどういう理由だ? 大将“青キジ”は少なくとも軍艦五隻を引き連れて向かっているらしいのだが……となれば先遣隊か? 何か報告があるのかもしれん」

「しかしながら海軍が到着したのは間違いありません」

「そうだな! 跳ね橋を下ろせ! まずは情報を共有し、バレット討伐の算段を立てるぞ!」

 

 跳ね橋が下ろされ、外部からインペルダウンへ入るための唯一の出入り口が露わになる。

 一隻の軍艦が港に停泊し、ハンニャバルが走って出迎えに来ると、少しして船から五人の人間が下りてきた。

 その姿を見た途端、ハンニャバルを含む看守たちは息を呑む。

 

 期待していたのは海軍本部からの援軍。

 今、軍艦から降りてきたのはどう見ても海兵ではなく、最近知ったばかりの海賊。

 総勢五名の黒ひげ海賊団が到着した。

 

「えぇええええええ~っ⁉ 海賊でありマッシュ⁉ なぜ王下七武海の“黒ひげ”が⁉」

「ゼハハハハ! 理由なんざわかりきってんだろ? 援軍に来たんだよォ。ダグラス・バレットが大暴れしてるそうじゃねぇか」

 

 “黒ひげ”ティーチを先頭に、黒ひげ海賊団はずかずか歩いてインペルダウンへ入っていく。

 驚き過ぎて止める余裕すらなかったハンニャバルたちは慌てて彼らを追いかけた。

 

「か、海軍本部の報告はなかったでありマッシュ! 本当に援軍か⁉」

「そうに決まってんだろ。おれは政府側の海賊だぜ?」

「今すぐ海軍本部に通信! センゴク元帥に確認しろ!」

 

 ハンニャバルの指示で看守が数名、通信室へ走った。すると見送りながらラフィットが呟く。

 

「ホホホ、上手く繋がるといいですね。誰かが通信士に催眠術をかけて、伝えるべき情報が正確に伝わらないかもしれませんから」

「ぬっ……⁉ やはり貴様ら、海軍の味方ではないな! 何のためにここへ来た!」

「お前に全てを言う義理はねぇだろう。それともここでおれとやり合うか? 中には自由になった囚人どもがうじゃうじゃ居るらしいじゃねぇか。無駄な体力は使わねぇのが賢明だぜ」

 

 ティーチは足を止めずにインペルダウン内部へ入り、さらに前へ進みながら不敵に笑う。

 ここで戦うのはお前らの損だ。だから見逃せ。隠すつもりもなくはっきりそう言っているのだ。しかし見逃せばどうなるのか。ハンニャバルは嫌な予感がしていた。

 ただ、今ここで無駄な体力を使うわけにはいかないとも判断していて、止められない。

 

「ゼハハハハハ! 仲良くいこうじゃねぇか! そのための七武海なんだからよォ!」

 

 ティーチは笑いながら階段を探して、迷わず下のフロアへ降りていく。

 しばし呆けていたとはいえ、ハッとしたハンニャバルは慌てふためきながら指示を出した。

 

「ぬうううぅ~……! 今すぐっ、なんとしても海軍本部に通信を繋げろ! 黒ひげは、一旦捨て置いておく……レベル1への通路を封鎖しろ! これ以上、上も下も通させるな!」

 

 混乱は深まるばかり。看守たちは大急ぎで駆け出した。

 

 

 

 

 黒ひげ海賊団がレベル3“飢餓地獄”に到達した。

 レベル2へ上がる階段の前に座っていたダグラス・バレットは、彼らが立ち止まってからようやく立ち上がり、振り返る。

 先頭に立つティーチを見た瞬間、バレットは苦い表情をした。

 

「お前は……」

「ゼハハハ、久しぶりだなぁ。おれを覚えてるかァ?」

 

 ティーチが尋ねるがバレットは反応しない。最初こそつまらなそうな顔をして歩き出し、自ら接近しようとしたものの、その途中で彼の強さを感じてにやりと笑った。

 バレットは見るからに戦闘を始めようとしていたのだがそれをティーチが止めようとする。

 戦う意思を見せずに手を出して制止したのだ。

 

「待て! おれはおめぇと戦うつもりはねぇ。それより話をしねぇか?」

「お前がどこの誰だろうが知ったことか。おれの前に立った奴は全員ぶっ飛ばす」

「血の気の多い野郎だぜ。だがおめぇなら悪くねぇと思ったんだ。おれの仲間にならねぇか!」

 

 ぴたりと足を止めて、バレットが歯をむき出しにするほど反射的に怒りを露わにした。

 言葉にせずとも感情が伝わってくる。バレットの全身から怒りの念が放出されて、ただ立っているだけでも脅威を感じるほど凄まじい形相だった。

 彼にとっての逆鱗に触れたのは間違いない。今すぐにでも飛び掛かってきそうだ。

 ティーチはその様子を見て楽しげに笑う。

 

「なんだ、トラウマでもあったか? 仲間はいらねぇってわけか」

「仲間なんざ己を弱くする害でしかねぇ。おれには必要ねぇもんだ……! ただの一人もな!」

「なるほどな。その心意気は立派だが、そういうお前は一人で戦って負けたんじゃねぇのか?」

 

 眉を動かし、拳を握る。

 バレットは今にも飛び掛からん様子であったがティーチは微塵も恐れていない。

 

「勘違いすんなよ。仲間になれとは言ったがおれァ何もおめぇと仲良くしたいわけじゃねぇ。海賊は利害が一致してりゃそれでいいのさ。生き方や価値観に興味がねぇのはおれだって同じだ」

 

 バレットが完全に足を止めた。そこでティーチは前のめりになって語り続ける。

 

「おめぇが何をするつもりであろうと、外に出るつもりではあるはずだ。だが外には海軍の軍艦、何より海賊の航海を阻むタライ海流と正義の門。船を用意するのも楽じゃねぇ。自由を得るためには手がかかる」

 

 思うところはあったがバレットは敢えて口を挟まなかった。

 ティーチは一歩、二歩と前へ進み出て、バレットへ熱っぽく言う。

 

「おめぇの果たしたい野望はなんだ? 何をしようとおめぇの勝手だが、叶える時にはおれの傍に居ろってこった! おれの船に乗れ!」

「くだらねぇ……」

 

 やはりバレットの態度は変わらず、真っ正面からティーチを睨みつけている。

 説得は無理か。黒ひげ海賊団がそう考えて咄嗟に身構えようとする。しかしティーチはその中で唯一戦う意思を見せずに、にやりと笑うばかり。

 

「弱いカスと一緒に居て何になる。おれに仲間はいらん。おれは一人で最強になる……!」

「ゼハハハハ! まあ無理とは言わねぇよ。“鬼の跡目”だもんなァ?」

 

 バレットは何も答えない。その様子を見てティーチは笑みを深める。

 

「あの男は自らの海賊団を率いて最強の海賊になった。死に際まで誰も真似できねぇもんだ。一人で生きてくお前がいくら強かろうと、奴を超えることなんてあんのか?」

「何が言いたい」

「強いだけのおめぇが超えられるもんなのかって言ってんだ。おれはこれから“新世界”へ進出し、この海の覇者となる! そのための計画ならすでに整えてある。あとはいくつか欲しい物を手に入れて実行するだけ。その一つがおめぇみてぇな強い人間だよ」

 

 ティーチの声に熱が入り、短時間とはいえしつこいと言えるほどに本気で勧誘している。

 

「四皇! 海軍! 世界政府! おめぇがぶっ飛ばしてェものは力ずくでぶち壊してやりゃいい。好きに暴れろ! おれたちを守る必要もねぇ! 最強の座なんざくれてやるよ!」

 

 不思議とバレットは沈黙した。

 もはや語る言葉はない、という意味だったのか、それとも。

 その一瞬、ティーチはまるで勝利を確信するようににやりと笑っていた。

 

 

 

 

「ハンニャバル副署長!」

「なぜ誰も間違えて署長と言わん!」

「ええっ⁉ 今はそんなこと言っている場合ではないでしょう!」

 

 黒ひげ海賊団の乱入によって以前にも増して混乱しているインペルダウン、地上部分。

 全力で走ってきた部下がハンニャバルへ報告を行った。

 

「黒ひげ海賊団がダグラス・バレットに接触! しかし何やら会話した後、戦わずに素通りしてさらに下層を目指しています!」

「なにィ⁉ 何が起こっているのだ! 潰し合いになるかと思ったのになぜそうならん!」

 

 黒ひげ海賊団を敢えて追わずに見逃したのは、もしかするとバレットとの戦闘でどちらかが倒れるかもしれないと踏んだからだ。決着がつかないにしても戦いが始まれば少なからず両方が疲弊すると考えていた。しかし結果として予想外の事態が起こっている。

 取り乱して頭を抱えるハンニャバルはもはや現実を見ることすら嫌になっていた。

 

「みんなで紅茶を飲もう」

「副署長っ、お気を確かに⁉」

「もうそんな暇はありません!」

「ハンニャバル副署長! 海軍の援軍が到着しました! 今度こそ大将“青キジ”です!」

「おおっ! ついに来たか!」

 

 次の報告を受けて再びバタバタ動き出す。

 出入口へ向かって走りながらもハンニャバルは部下たちに素早く指示を出した。

 

「サディちゃん! サルデス! 獄卒獣とブルゴリを連れて突入準備! 海軍と共に全戦力を投入して内部を制圧する! インペルダウンの平穏は我々が取り戻すのだァ!」

「ん~♡ 了解。攻めの準備はいつだってできてるわぁん」

「了解」

 

 慌ただしく桟橋へ出て、ハンニャバルと数名の部下が海軍を出迎えた。

 

「お待ちしておりました! こちらは全員、戦闘準備完了しておりマッシュ!」

「いやぁ~大変なことになったな~。流石におれも緊張してるよ」

「目が死んでいるっ⁉ とてもそうは見えませんが!」

「ううん、流石は野心家。歯に衣着せぬ発言が身に沁みるぜ」

 

 急ぐでもなく、慌てるでもなく、悠々と歩くクザンはポケットに両手を突っ込んだままだった。

 彼は一度も止まらずにハンニャバルに挨拶をしながら、素通りするかのように直進してインペルダウンへ入ろうとする。

 

「じゃあ早速行こうか。いつまでもこのままにはしておけねぇしな」

「ご案内いたします! そして先鋒は我々が!」

「そりゃあありがてぇが、あんまり無茶すんなよ。命大事に」

「はっ! ご忠告ありがとうございます!」

 

 いつになく真剣な態度でハンニャバルが彼らを案内する。その姿を見るとやはり頼りになると思う一方で、普段と違い過ぎて、事態を解決するために自らが犠牲になろうとしないか、看守たちは不安を抱いてもいた。

 クザンを筆頭とする海軍の部隊が続々とインペルダウンへ入る。

 現時点で港に到着した軍艦は五隻。少し遅れてさらに到着する予定だ。

 

 ついに戦いの時が来た。

 長らく緊張感が高まった状態で待つだけの時間が続き、それ相応の気疲れがあるものの、そうした鬱憤を全て敵にぶつける時。

 

「全隊、戦闘準備。ハンニャバル以下、インペルダウン職員はおれと共に前線へ」

「はっ!」

「スモーカー、おれと来い。強くなりてぇなら実戦が一番だ。死ぬなよ」

「言われるまでもねぇよ」

 

 クザンを先頭にして、インペルダウン内部を鎮圧するための部隊が動き出した。

 監獄内はさらに殺伐とした空気に包まれていく。

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