「まずはこのインペルダウンからぶち壊していこうかァ!」
声高々にティーチが叫ぶと同時、ウルフが身じろぎして大規模な破壊が行われた。そうしようと思ったわけではないだろうが些細な動作ですら凄まじい脅威である。
振り返ったティーチはまず最初にウルフへ言った。
「おいウルフ! このまま上まで風穴開けちまえ!」
「ハァ~。つかれるー」
レベル2へ足まで上がったウルフは、天井に手をつけてぐっと押し始める。
そもそもはインペルダウンに収監されていることすら奇跡に思える巨大さだった。そこまで巨大になるのは悪魔の実の能力が起因しており、サイズをある程度コントロールして、建物その物を破壊しやすいよう動いている。
ウルフがそうして天井を壊すと当然、巨大な瓦礫が頭上から落ちてきて、戦闘中だった多くの人間が敵も味方もなく逃げ惑う。
戦況がさらに混乱するその時、ティーチもまた悪魔の実の能力を使用した。
「
ティーチの体から濃密な闇が放たれ、地面を這うように広がると周囲にある物をずぶずぶと呑み込んでいく。
強烈な引力で物質を闇の中へ引きずり込み、少しするとその姿は完全に見えなくなる。
そしてティーチが顔を上げた時、再び能力を使用した。
「
背中から勢いよく闇を放出し、その闇からは引きずり込んだ物質を放出した。
石も木材も人間も、凄まじい引力で潰されて、再起不能な状態にまで追い込まれている。それらはボトボトと力なく地面へ落ちた。
ティーチが食べたのはヤミヤミの実。闇を操る特殊な
以前にエースを倒した能力と実力の一端を、今しがたその場で見せたのだ。
「ゼハハハハハ! 小気味いいな! 世界一の大監獄がどんどん壊れていきやがる! このまま更地にしてやるのも一興だなァ!」
「おいてめぇ! 壁に穴開けて海水入れたりすんじゃねぇぞ!」
「そんなことしたら我々は敵味方もなく全滅だガネ!」
インペルダウンはレベルを問わず、もはや何が起こるかわからない危険地帯と化している。
バギーとMr.3がクレームを入れるがティーチは気にしない。彼らの方を確認したものの、にやりと笑って視線を外し、再びヤミヤミの能力を使い始めた。
いよいよインペルダウンその物の存続が怪しくなっている。
キリは彼らの戦闘を見て、ルフィに振り返ると真剣に進言した。
「手を組むのは別として、今は彼らと一緒に脱獄を目指そう」
「でもあいつはエースを――!」
咄嗟に反論しようとしたルフィの肩に手を置き、キリはじっと彼の目を見つめる。
冗談ではないと察したルフィも途中で発言を止めた。
「生きてさえいれば何度でもやり直せる。でしょ?」
「……うん」
「ここで死んだら元も子もない。状況を考えれば、ここに居る限り延々と海軍の増援と戦い続けることになる。でも生きて外に出れさえすれば黒ひげと戦うことだって可能だ。今は、ここから出ることが最優先だよ」
キリの発言を受けて、ルフィは目を閉じて深く息を吐き、冷静に判断すると迷いを捨てる。
「わかった。今は脱獄することに集中する」
「うん。問題なのはむしろエースだろうね。ここで本格的な殺し合いにならなきゃいいけど」
「紙使いィ!」
集団の戦闘を抜けてグラントが飛び出してきた。
すかさずキリが反応し、ルフィを背後に庇うようにして迎え撃つ。
グラントが右の拳を突き出してきて、キリは仕方なく紙を重ねて盾を作り、受け止めた。
「お前だけはおれが逃がさねぇ! おれの獲物だ!」
「しつこいなぁ~君」
「おい! おれの仲間に手ェ出すな!」
衝突とほぼ同時にルフィが蹴りを放ち、グラントが素早く回避して距離を取った。
ルフィとキリが並んで立って、共にグラントと対峙する。
「いいの? こんな状況で僕にかまってて」
「うるせェ! お前を捕らえたのはおれだ! 責任を取るのは当たり前だろうが!」
「誰だお前! 邪魔すんな!」
「お前こそ誰だ⁉ 紙使いとの一騎討ちだ! 邪魔すんな!」
ルフィとグラントに挟まれて、キリは平気そうに笑っていた。
どちらも好戦的で行動的。話を聞かずにとにかく動いてしまうタイプで厄介だが、こういう手合いは嫌いじゃない。むしろ相性の良さすら覚えている。
いがみ合う二人を見ても困惑はしないが、今はひたすら面倒だとも思っていた。
「まあまあそんな言い合わないで。海兵側も被害は甚大だろうし、ここはもうお互い退いて――」
キリがグラントに言っている最中だった。
不穏な気配を感じて視線を動かすと、ひゅっと音もなく背の高い女性が接近して、両手で握った槍を鋭く突き出してくる。
咄嗟に反応していたとはいえ、キリが何かするよりも先にルフィがその槍を殴って壊し、襲ってきた人物をグラントが蹴り飛ばした。
「おれの仲間に手ェ出すな!」
「おれの獲物に手ェ出すな!」
「友達? 二人は」
突如攻撃を仕掛けてきたカタリーナ・デボンは、即座に拾ったサーベルをくるりと回し、改めてキリを見ると親しげに笑いかける。向けてくる感情は怒りや憎しみではないのは確かだ。
デボンはキリのみに注意を向けており、他の二人には目もくれない。
「ムルンフッフッフ。私はあなたの首が欲しいの。もうわかってたでしょう?」
「あんな目で見られたらね。もうちょっと違った意味なら全然受け入れたんだけど」
「あなたの顔、昔名を馳せた海賊にそっくりね……どうしてもコレクションしたくなっちゃう♡」
「こらこらこら! 顔をコレクションしたらキリが死んじまうだろうが! バカかお前は!」
ルフィが口を挟んでくるも、デボンは気にせず武器を構えた。
彼女の目的は個人的なもので、話し合って解決できそうにない危険な雰囲気を感じる。仕方ないと判断したキリが指先に紙を挟んで、それを見たルフィもその気になった。
「つまり、囚人から敵が増えたってことだ」
「こいつ黒ひげの仲間か? あんにゃろ~やっぱり!」
「考えても無駄だよ。おそらく命令じゃない。仲間だとして、放っておいてるのも確かだけど」
一足飛びでデボンが接近してきた。
狙いはキリのみ。構えられたサーベルの切っ先は確実に彼の首に向けられている。
「さあ! その首を渡しなさい!」
「おい!」
反応したキリは迎え撃とうとしていたが、二人がぶつかるより早く、割って入ってきたグラントが足を振り回し、刀身を蹴り上げる。
手放すことこそしなかったがデボンの体勢が崩れ、続けて来るパンチを避けるため、彼女は素早く後ろへ跳んで距離を取った。
「おれの獲物だっつってんだろうが!」
「いいや、違うね。私の獲物だ!」
グラントとデボンが戦い始めたことにより、キリがルフィの首根っこを掴んで慌てて下がる。
混乱を極めているが故に、立ち回りさえ気を付けていれば生き残ることは十分に可能。キリは絶えず周囲に気を配り、戦闘よりも危険を避けることに全力を注いでいた。
敵味方が入り乱れて混乱する戦場。ほんの数秒でいくらでも状況が変わる。
戦う相手も一定ではなく、ふとした瞬間に変化が起こり得た。
「む~ぎちゃ~ん! も~大失敗! 作戦もクソもないわねい! んが~っはっはっは!」
「ボンちゃ~ん! ダメだったか! じゃあそれはしょうがねぇ!」
何らかの作戦があったらしく、単独行動を行っていたMr.2が走って帰ってきた。
ルフィが笑顔で迎え入れて合流する。
「キリ君! ルフィ君! こっちだ!」
「イナズマだ。ルフィ、合流しよう」
「カニちゃん! 無事だったのか!」
「その呼び方いいね。僕もそうしよう」
ルフィたちはイナズマと合流しようと走り出すものの、すぐに次の敵がやってくる。
「たしぎ! 紙使いをやれ!」
「はい! 援護します!」
「麦わらァ!」
「げぇっ⁉ ケムリンだァ!」
「また厄介な人が」
猛然と追ってくるスモーカーに、彼らは対応せざるを得なかった。
巨大な瓦礫を落としながら、サンファン・ウルフが伸びをする。
海兵が殺到しても彼を止められず、いとも容易く逃げ道が作られてしまっていた。
ウルフが天井を壊した後、すかさずイナズマがチョキチョキの実で地面を切断して操り、幅広のスロープをいくつも作った。
「サンファン・ウルフがレベル1に到達しましたァ⁉」
「イナズマを止めろ!」
「砲弾で道を壊せ! 囚人を上へ行かせるなァ!」
「六式使いは空中へ出ろ! ウルフをこれ以上暴れさせるな!」
看守と海兵が抑えようとするのだが、インペルダウンその物を破壊される未曽有の危機に、対応が遅れて止め切れていない。
囚人たちがスロープへ殺到し、場所を散らばせているため必然的に戦力が分散された。
辺りを確認したクザンは口元から流れた血を拭いながら、わずかに嘆息する。
まるで予想できなかった展開。中将以下、他の海軍将校も手を打っているとはいえ敵わない。
「手が足りねぇなァ……レベル6の連中はあまりにもヤバ過ぎる」
今まさにレベル6に収監されていた囚人、バーンディ・ワールドと戦闘を繰り広げていたクザンは全力を注ぎ、その上で少量とはいえ血を流している。
ワールドの姿は視界の中になかった。しかし全く油断できず、落ち着く暇など一秒とてない。
肉弾戦においてワールドはバレットと張り合う。クザンだからこそ耐えられているわけで、彼が別の問題に取り掛かってしまうとすぐに部下が倒される。
「本当に面倒なことしてくれたもんだ、“麦わらのルフィ”。これはもう流石とも言えねぇよ」
直立するクザンの下へ、再びワールドが接近する。
モアモアの実は“自分の速度”と“触れた物の大きさ”を倍化させることができる能力。クザンでも反応が難しい極限のスピードである。
迫ってくる拳をしっかりと目で見て、クザンは反応できていた。ワールドの体がすぐ傍を通り過ぎるとクザンの頭部は氷と化して、殴られたように粉々になって辺りへ吹き飛ぶ。
ワールドは地面を滑るように着地。勢いを殺そうと強く踏みしめる。
キッと振り返ってクザンの体を確認すると、胴体は直立したままであり、冷気が収束して氷が生み出され、すぐに頭部は復元された。
ワールドは苛立たしげに近くの牢屋に手を伸ばす。
石を鷲掴みにするだけで砕き、無理やり小石にして握り込んだ。
「見聞色・武装色・
「おいおい、そんなことしてくれるな! 怖ェんだから!」
「雑兵を殺すのに覇気は必要ねぇんだよ!」
ワールドが小石を空へ向けて投げた。その方向には看守と海兵が集まる、レベル1を目指すための階段がある。
空中に放り投げられたそれらが海兵たちの頭上に来ると、遠隔でワールドが能力を使用する。
一度触れた物体ならば手を離した後でも能力の影響下。放り投げられた小石は突然巨大化して、巨人族でもなければ持ち上げられない大岩に変化させた上、落下させたのだ。
言うなればただの落石。しかしあまりにも巨大なため落ちれば被害は甚大になる。
部下を守るべくクザンは考える暇もなく動いた。
姿が消えたかと思うほどの高速移動で落石の真下へ移動し、しゃがんで地面に手を触れる。
「青キジさん……!」
「やめてほしいなぁ、そういうのは。
地面から巨大な氷柱を出現させて真上の大岩に突き刺し、そこから綱のようにつららが伸びる。いくつもの岩を氷で繋いで一瞬で氷結させて、動きを止めた。
結果的に巨大で他者にはどうにもできない氷のオブジェが作られる。
その威容はクザンの高い実力を感じさせ、戦闘中であろうと思わず見惚れてしまう者が居た。
「すげぇ……!」
「あの大岩をまさか……いや、大岩を作るのもすげぇんだが」
「クザンさん! 敵の勢いが強く、こちらの被害はすでに甚大で……!」
「ああ、わかってる。でけぇ穴まで開けられちまって、こっちの優位なんかもうねぇに等しい」
海兵の部隊に合流し、会話をしたのも束の間、ギュンとワールドが接近してくる。
狙いは傍らの海兵だった。咄嗟に反応したクザンは両手を突き出して強烈なパンチを受け、だが掌に触れる前に拳が止められる。
強烈に弾かれたワールドはぐるりと回転し、着地と同時、素早く地面を蹴って再び跳んだ。
常人には黙視することすらできない速度。反応できるのはクザンのみだ。
辛うじて戦えそうな中将たちも実力者たちの相手で手が空いていない。
ワールドは高速で移動しながら小石を投げる。飛来する途中で石は巨大化し、クザンの倍はあろうかという大きさで、クザンから離れた位置に立つ海兵の集団を襲った。
やはり他人には任せられない。素早く移動したクザンは掌で弾き、大岩を遠くへ吹き飛ばした。
「本当に、この戦いが終わってまだインペルダウンがあったんなら奇跡だと思えるな……」
「そんな……⁉」
「そうさせねぇために尽力すんのがおれたちの仕事だ。下向かせんなよ。まだ敗北じゃねぇ」
そう言ってクザンが再びワールドに立ち向かおうとするも、不意に視線を上げる。
囚人たちがレベル1へ向かっている。それはいい。まだ十分に対処が可能だ。
それ以上に何かが気になり、思わず手と足を止めるほどの何かだった。
突如、インペルダウン全体が揺れた。
凄まじい衝撃が走って轟音が響く。その直後、レベル1の天井をぶち抜いて軍艦が降ってきた。
「なあっ⁉ 軍艦が……なぜインペルダウンに突き刺さって⁉」
「くそ、いい加減やべぇな。こりゃ大将一人居た程度じゃどうにもできねぇぞ」
「青キジさん、一体何が……!」
「散らばった部隊を全員集めろ! 下手すりゃおれたちの生き残りすら怪しくなる! 急げ!」
クザンが少なからず焦りを見せて指示を出したことにより、部下たちは動揺せずにはいられず、彼だけは状況を理解しているのだと伝わってくる。
降ってきた軍艦はウルフの脳天に直撃し、巨体が脱力して倒れてきた。もはやそれですら災害。
インペルダウンに更なるダメージが与えられ、やはり建物自体が大きく震えていた。