なぜそうなったのか。
壮絶な殺し合いを演じた後、酒や食い物を持ち寄り、宴が開かれる。
恒例となったわけではないが、ひとえに本気で殺し合っても決着がつかないせいで休戦となり、立ち話もなんだからと酒やメシを嗜むからそうなるのだ。
「シキ。あんたもこっち来なさいよ」
呼びかけられたシキは振り返った。
葉巻を銜え、黄色を基調とした和装に身を包み、頭に舵輪が突き刺さった男である。不機嫌そうな顔で鼻を鳴らして、懐疑的な視線を彼女たちへ向けた。
少しくすんだ金色の髪。肩に届く程度の長さだが一つにまとめて括られている。実年齢はともかく見た目は若く見える女性が笑いかけてきていた。
古い付き合いになる。若い頃から何度となく殺し合ってきた好敵手の一人だ。
数日に渡って互いに命を奪おうと戦っていたものの、一旦落ち着いた今では笑顔を見せてくる。もう何度そんなことを繰り返したかわからない。今更とはいえシキは改めて呆れた顔をした。
「戦ってる時は楽しそうなのに終わると一気にしょぼくれるわね、相変わらず。そういうことしてると本当に友達失くすわよ?」
「黙れ。何が友達だ。そんなもん必要ねぇんだよ」
「またまたぁ。居るじゃない、ちゃんと」
「あぁ?」
「私とか」
「ふざけるな。いくらなんでもてめぇだけは選ばねぇ」
舌打ちするシキを見ると彼女はからから笑っていた。
ゼナは海賊で、古い付き合いになる。
自由気ままで支配を嫌い、“海賊とは支配者である”と主張し続けているシキとは正反対の主張を持つ人物であるが、周囲から疑問視されるほど仲は悪くない。基本的には殺し合う関係。時折手を組むことがあり、共に大事件を起こした経験が何度かある。
彼女が酒瓶を一つ投げ渡してやり、シキは平然と受け取った。
「仲間にはなれないけど何度も協力したしお酒を酌み交わした。友達っていい言葉だと思わない? あなたと殺し合って無事で居られる存在は貴重だと思うの」
「だとしてもてめぇはあり得ねぇ。総じて何億ベリー盗んだと思ってやがる」
「過去は水に流しましょう。私はもう忘れた」
「お前が言うな」
「長く生きてると色々あるわよね。忘れるのって大切」
いけしゃあしゃあと事も無げに言い出すゼナに、珍しいことではないとはいえ、改めて憤りを抑えるべくシキは深く息を吐き出す。
他人の神経を逆撫でして、その気になれば煙に巻いて逃げ出すことを躊躇わない。殺してやりたいのは山々だが簡単に殺せないくらいに強く、非常に厄介。そしてまた楽しそうに神経を逆撫でして逃げる。そんなことを繰り返す悪童。世界中から嫌われる海賊だ。
シキの心境もまた同じだ。
なぜこんな奴と酒を酌み交わさねばならないのだと思えば、ひとえに殺せないからである。気に入らない人間は大抵すぐに消せるのだが彼女はそれができない。
再び嘆息。蓋を外して瓶に口をつけ、直接中身を飲み込む。
やんややんやと上機嫌なゼナが鬱陶しいが気にしない。
ぷはっと息を吐き、先に酒盛りを始めている二人へ目を向けた。
シキが呆れている様子を見ても態度は変わらず、片方などわははと楽しそうに笑っている。
「そんなに拗ねるな。ほら飲めシキ、こいつァいい酒だ。うまいぞ」
「フン、海賊ってもんがわかってねぇお前らと飲んだところで美味いわけがねぇだろう」
下駄がカツンと地面を叩いて、ゆっくりと歩きながらシキが彼らを眺める。
ゼナとシキを含めてそこに集まったのは四人。部下たちは少し離れた場所で騒いでいる。海賊団の垣根を越えて物を持ち寄り、楽しげな宴が行われていた。
見るのも嫌になるほど合わせた顔だ。シキは忌々しそうに語る。
「自由を履き違えたバカ。家族ごっこに執心する臆病者。そしてルール無用のイカレ野郎。てめぇらがおれと同じ海賊名乗ってるのが腹立たしいぜ」
「わははは! そりゃ面白い!」
「よく言うぜ。そう言うお前は計画好きのノロマだろうが」
「ちょっとー、ルール無用は私だけじゃなくてみんなでしょ? 風評被害やめてくれる?」
何が悲しくてこんな連中と付き合わなければならないのか。
カイゼル髭を蓄えて豪快に笑う男。白いひげを三日月のように伸ばした大男。どちらもゼナと同様に何度も殺し合い、いがみ合った仲だ。今でも殺したいという気持ちは変わっていない。
一方で長い付き合いになり、大抵の弱者は気に入らなければ殺してきたからこそ、殺せなかったせいで湧いた情も少なからずある。それがまた忌々しいと思う理由であった。
出会ったのは今からずいぶん昔の話。いつしか彼らは大海賊と知られるようになり、基本的には敵対しながらも時には協力する機会があって、つかず離れずで今日まで過ごしてきた。
思えば四人が揃うことは歴史的に見てもそう多くない。
シキが不意に提案を始める。
「しかし、お前らは数少ないおれが殺せなかった奴らだ。その点においては認めてやる。こうして顔を合わせるのもこれが最後かもしれねぇ」
「なんだぁ、急に」
「偉そうな物言い」
「聞く必要はねぇよ。どうせつまらねぇ話だ」
「どうだ、胸糞悪ィてめぇら。おれたちで手を組まねぇか? 殺し合っても決着がつかねぇなんてくだらねぇやり取りを何度繰り返してきた。おれはそろそろ飽き飽きしてる。おれたちが徒党を組めば世界を変えるのは容易い」
ふざけたつもりはない。だが反応は様々だった。
最初は皆がきょとんとする。
その次の反応は、豪快に笑う者。あからさまに呆れる者。にこやかに笑って頷く者。それぞれ違う顔を見せこそしたが「またか」といった様子だった。
「わははは! そう来たか!」
「ほら見ろ、馬鹿馬鹿しい……ロックスの惨劇を忘れたか。おれとお前は同じ船に乗っていたが、結果は完全崩壊だ。最悪の形でな。また同じことになる」
「私はいいと思うよ、楽しめそうだし。白ひげは真面目過ぎるんだよねー」
ゼナが笑って気楽に言うと、白ひげと呼ばれた大男が険しい顔で彼女を指差した。
「一番信用できねぇのはお前だろうが。初めだけいい顔して途中で必ず裏切りやがる。自分の利益だけ奪って逃げてくだろう。卑怯で狡猾なのは金獅子以上だ」
「海賊やってんだからそれくらい当たり前でしょ。あんたとロジャーが異質なのよ」
「こいつは気に入らねぇが同感だな。海賊と冒険家を同一視するな。てめぇらが腑抜けてるとおれまで風評被害を受ける」
「被害を被ってんのはこっちだ、バカども。面倒に巻き込みやがって」
嘆息する白ひげに対してシキは鼻を鳴らした。
ジョッキに注いだ酒を飲み込み、カイゼル髭の男が上機嫌に語り出す。
「何度も言ったろうが。おれは支配にゃ興味がねぇんだ、シキ。それより探し物があって、こっちの方がおれにとっちゃ重要だ。お前こそおれの仲間になって手伝え! お前の能力がありゃ航海のスピードはぐんと速くなる!」
「ほざけロジャー! たとえ天地がひっくり返っても、お前の部下になるのだけはあり得ねぇ! 宝なんざ奪えばいくらでも手に入るだろうが! そんなもん捨ててお前がおれの部下になれ!」
「宝だけじゃねぇ。おれが探してるのは歴史だ。最後の島に辿り着きさえすればこの世界を知ることができる!」
「くだらねぇ。認めてやるつもりだったが、所詮はお前も海賊気取りの冒険者に過ぎねぇ。真の海賊が何たるかを理解してねぇ間抜けだ」
本気で腹を立てた顔だった。シキは勢いよく顔を背ける。
昔から変わらない。何度話し合おうとも意見は平行線を辿るのみ。時折出会ってもやることはいつも変わらなかった。
またしても決裂。ぷっと噴き出すようにゼナが笑う。
「何がおかしい」
「だって、またおんなじやり合い。あんたたち好きねぇそれ」
「あぁ? 好きなわけねぇだろうが。こいつがアホだから言ってやってんだ」
「ふざけんな。お前がバカで頑固なんだろうが」
「なんだてめぇ、やるか?」
「おお上等だ。今度こそケリつけてやる」
「やめときなさいよ。どうせつけられないんだから。これも何回やってんだか」
やれやれと首を振る白ひげは敢えて関わろうとはせず、ゼナがからから笑う。
表情を変えて、ロジャーが豪快に笑い出した。
何が面白いのだと不貞腐れるシキは、若い頃にそうしたように、酒を飲み干して空になった瓶を放り投げて割った。
「夢か。野望か。互いに大して成長しちゃいねぇな。お前とはいつもそればかりだ」
「フン。お前が間抜けだから仕方ねぇだろう」
「世界を支配してどうする。そんなもん成功したって退屈だろう。おれたちの生きた海はこのままにしておけばいい。これから先、また新たな時代が始まるんだ。おれたちが死んだ後もな。お前もいい加減丸くなれ」
「何が丸くだ。ちっともなっちゃいねぇお前が言うな」
「すっかり忘れてたぜ。今日はお前らに言うことがあるんだった」
にかっと笑ったロジャーは声色を変えることもなく言う。
「おれはもうすぐ死ぬ」
初めて聞く話だった。
時間が止まったのかと思うほど衝撃を覚える。
「その前にだ。ついに始める。おれの最後の冒険を。結局仲良くとはいかなかったがお前らとは長い付き合いになった。達者で暮らせ、なぁ」
そう言ってロジャーは若い頃にそうしたように、何の心配もせず屈託なく笑っていた。
海軍が“海賊王”ゴールド・ロジャーを逮捕した。
噂は瞬く間に広まり、改めて正しい情報として世界中に届けられる。
当然、耳に入らないはずがない。誰もが知る話となった。それ故に黙っていられなくなる者も世界のどこかには存在したのだ。
「リンブル! 手を貸せ! 海軍を滅ぼしてやる!」
怒りの形相で乗り込んできたシキを見て、ゼナは珍しくため息をついた。
以前とは違う態度には気付いていたがそんなことはどうでもいい。今は一刻を争う。
今すぐに海軍本部へ乗り込んで皆殺しにしてやる。
頭の中にあるのはそれだけだ。
「そんなことしてどうするつもり? 何も変わらないわよ」
「あいつが海軍なんぞに捕まるわけがねぇ……! くだらねぇ嘘をつきやがったんだ。プロパガンダはもうたくさんだろう。どうせ死ぬなら、あいつはおれが殺してやる!」
「シキ、悪いことは言わない。やめときなさい」
ゼナは乗り気ではなかった。
暴走しようとするシキを止めようとしている。それは彼のためであり、この場に居ないロジャーのためでもあったが、シキが素直に受け入れることはなかった。
「ロジャーが自分で決断したの。最後の自由よ。主義主張は違ったろうけど、あいつを認めてるなら尊重してやりなさい」
「尊重だと……? くだらねぇ! 何が自由、何が海賊王だ! あいつを認めてるからこそおれの手で殺してやろうってんだ! おれなりの手向けだ! ロジャーがどう思おうが知ったことか! 奴の死に方はおれが決める!」
「あんたは、本当に昔っからそうね……」
嘆息しながらも苦笑して、ゼナは仕方なさそうに彼を見ていた。
必死に止めようとしないのは止められないと知っているからだろうか。それとも止めるつもりなどなかったのかもしれない。それが彼の意思を尊重しての判断か否かは彼女のみ知る。
「私は行かないわ。こっちも用があるの」
「お前には貸しがあるはずだろう……! 天竜人どもを襲って奴隷を解放してやった!」
「それはあんたも乗り気だったじゃない。大体別件でちゃんと返したわ」
「おれはロジャーを殺したいだけだ! 雑兵どもの邪魔が目障りだ! お前が蹴散らせ!」
「シキ。無理なものは無理なの」
シキは、海軍本部へ乗り込むことを恐れていたわけではない。ただ結果を急ぐあまり、海兵に邪魔されることを拒んで協力を望んでいた。
ゼナは癇癪を起こした幼子をあやすようにして優しく言い聞かせる。
憤るシキへ向けて冷静に呟いた。
「私もやめるの。海賊」
「何……?」
「もう姿を消すわ。この稼業はやめる。死ぬつもりはないからあとはのんびりどこかで暮らすの」
言葉を失い、シキは呆然と立ち尽くした。
にこやかに肩をすくめるゼナに言葉を失ってしまう。
「別に丸くなったつもりはないのよ? でも、私もロジャーもあんたとは違う。他人を支配することに興味はない。いつまでも海賊として有名であり続けたいなんて欲はないの。ロジャーはどういうつもりか知らないけど」
視界が歪んだ気がした。
この腑抜けは誰だと、頭に鈍痛が走っている。
数秒呆けた後、反射的に全身から殺気が溢れ出たものの、ゼナはまるで気にせずに顔色一つ変えていない。そしてそうなっている自覚がないシキは微動だにしなかった。
「十分過ぎるくらい好き勝手やったわ。ロジャーはこれから死ぬ。だけど私が消えて、海軍には殺せなかったって事実を残すのは政府と海軍にとって最悪の嫌がらせよ。面白いと思わない?」
「黙れ」
「長い付き合いだしさ、私は結構あんたのこと好きだったけどね。ロジャーに拘るのはやめなよ。支配するのが海賊だなんて言って、支配されてるのはあんたじゃない」
腰掛けていた樽からぴょんと飛び降りて着地する。
足取りは軽快で、出会った頃とほとんど変わらない、少女のような笑顔であっさり告げた。
「じゃあねシキ。機会があったらまた会いましょ。その時は私の旦那紹介してあげる」
ひらひら手を振りながら去っていく。
シキは何も言わず、殺したいくらい憎らしかったが襲い掛かることはしなかった。
その後、二人は生涯再会することはなかった。
ブー、ブー、と一歩進む度に奇妙な音を立てて、白衣を着たピエロのような外見の男が部屋の中に入ってきた。
気配など感じるまでもなく、その音を聞いていれば当然接近は気付く。
シキが視線を彼へやると、ハッとしたピエロはすぐに全身を動かしてジェスチャーを始めた。
両手をバタバタさせて、小粋にステップし、何かを伝えようとしている。しかし伝わらない。
一体何が言いたいというのか。全くわからず、彼の伝えんとする意図を受け取れなかったシキは苦い顔をする。
「あ?」
「シキの親分」
「喋るのかよっ⁉」
かと思えばジェスチャーをやめたピエロが平然と話し出した。
驚愕したシキは大声で叫んだ直後、素早く移動して彼の隣に並んだ。
「ハイっ!」
「……い、いやぁ……」
共にポーズを決めたシキとピエロを見て、シキの部下である別の男が困惑する。
彼らのそうしたやり取りは日常茶飯事であった。しかもその度に反応に困る。だからといってシキはこの件に関して起こることもなく、やるだけやって、その後はリアクションがあろうとなかろうと大して気にしていない。
ピエロのような外見の科学者、Dr.インディゴも同じであった。
科学者としては非常に優秀。時折マッドな価値観を見せることもあるものの、基本的には楽しげな外見の通り、とっつきやすい人物である。
「それで、Dr.インディゴ。何か発見でもあったか?」
「いえ、研究は順調なんですが、今回は別の要件で」
「そろそろ計画を実行できる頃合いだろう。その他は問題ない。お前の“S.I.Q”さえ準備できればいつでも動ける段階まで来てる」
「ええ、それはいいんですが。一つご報告したいことがありまして」
「なんだ? 言ってみろ」
どうやらシキの機嫌は良さそうだった。
普段から臆することはないとはいえ、円滑に進みそうだとDr.インディゴは報告する。
「例の少年がインペルダウンに収監されたそうです。討ち取ったのはゼファーの部隊だとか」
眉をぴくりと動かし、狂気的にも嬉しそうにも見える笑顔。
決断するまでほぼ瞬間。迷う素振りはなかった。
おもむろに椅子から立ち上がったシキは、失った足の代わりである二本の短刀で地面に立つ。
「よし、おれが直々に出てやろう。海軍にも直接礼を言わねぇとな……計画を始動する」