大監獄から変化していく世界   作:ヘビとマングース

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2:レベル6ってそれはないでしょう!

 政府公認の海賊“王下七武海”。

 その内の一人であり、世界で最も美しいとされる女性、ボア・ハンコック。

 彼女は今、頬を赤らめて浮ついた気分で一人の男性と会っていた。

 

「ルフィ……わらわに、何か用か?」

 

 声をかけられた麦わら帽子を被った青年、モンキー・D・ルフィは冷静に振り返った。

 彼が居る島、“女ヶ島(にょうがしま)”は男子禁制。男は誰もが立ち入ることすら許されていない。しかし他者の手によって飛ばされてきたルフィは紆余曲折を経て、唯一滞在を許可されている。

 歴史を遡ってもほとんど存在しない、女ヶ島に入るのを許された男だった。

 

「今度処刑される白ひげんとこのエースって海賊は、おれの兄ちゃんなんだ。今はまだ監獄にいるみてぇなんだけど、エースを死なせたくねぇ。助けたいんだ」

 

 ルフィはいつになく真剣な面持ちだった。

 普段は仲間たちとバカ騒ぎしていることが多いが、今はそんな余裕がない。

 ハンコックの目をまっすぐ見つめて、真摯に頭を下げる。

 

「お前、海軍の船に乗っておれを監獄まで送ってくれねぇか! エースを助けたいんだ!」

「政府の施設に……行けということか」

「嫌なのはわかってる! でもおれには、お前を頼るしか他に手がねぇ! 頼む!」

 

 バンッと勢いよく窓が開かれた。

 彼らを見下ろす高い位置、ハンコックの妹であるサンダーソニアとマリーゴールドが飛び出すように顔を覗かせて、ルフィを見下ろして叫び出す。

 

「貴様ァ! 姉様が政府をどれだけ嫌っているか、話は聞いたはずだぞ!」

「忘れたとは言わせないわ! その姉様によくも政府が管理する監獄に行けなんて言えたわね!」

「それに政府の要求を呑むということは、姉様が“白ひげ”との戦争に参加するということ!」

「あんた、自分が何言ってるかわかってんの⁉」

「ごめん! お前らにもわりぃと思ってる! でもこうするしかねぇんだ!」

「「ふざけるなぁ~っ‼」」

 

 サンダーソニアとマリーゴールドは激怒していた。

 彼女たちを含め、ハンコックは、世界を牛耳っていると言える巨大組織“世界政府”に多大な被害を受けたトラウマを持ち、心底嫌っている。たとえルフィが困っていようと、ハンコックを政府の言いなりにさせようとする姿が気に食わなかったのだ。

 

 ルフィは二人にも頭を下げて、再度お願いするのだが、サンダーソニアとマリーゴールドの態度は微塵も変わらない。

 紆余曲折の中で一度は恩人と認めたルフィに対しても怒りを隠さなかった。

 

「姉様! こんな奴石に変えちゃって!」

「そうすべきよ姉様! やっちゃえ!」

「ルフィ……そなた、わらわしか頼りがないのか」

 

 二人の声に影響されず、ハンコックがぽつりと呟いて尋ねた。

 即座に反応したルフィは力強く頷いた。

 

「ああ。お前にしか頼めねぇ」

「インペルダウンへ行ったとて、兄を助けられるとは限らない。それでもか?」

「ああ! 覚悟ならできてる。ここでじっとしてて、もしエースが処刑されちまったら、おれは後悔できっと死にたくなる。失敗するとしたって行きたい」

「では、約束してくれ。絶対に死なぬと。生きて帰ると言ってくれ」

 

 「えっ」と声が出たのはルフィではなく、上から見ていたサンダーソニアとマリーゴールドだ。

 ハンコックの発言を「まさか」という顔で見ていて、つい何も言えなくなってしまう。

 

「わかった。おれだってこんなとこで死ぬ気はねぇよ。必ず、生きて帰ってくる」

「よかった……それなら、わらわは、そなたと共にどこへでも行きます」

「本当か⁉ ありがとう!」

 

 ルフィが嬉しそうにお礼を言った直後、ハンコックは顔を真っ赤にして、まるで少女のような反応で照れてしまうとそっぽを向く。しかし恥ずかしくとも抗えない衝動があるのか、その後もちらちらとルフィの嬉しそうな顔を確認していた。

 絶対に今までの彼女ならあり得なかった、まさかという反応だ。

 

 サンダーソニアとマリーゴールドの悲鳴が上がったのは、二人のやり取りが終わってから。

 政府嫌いのハンコックが、信じられないほどあっさりルフィの要求を呑んだ。

 あり得ない展開に絶叫していると、二人の背後に小さな老婆が現れる。

 

「やはりやりおったか、麦わらのルフィ……この極地でなんという男じゃ」

「ニョン婆! どういうことなの⁉」

「あいつ、姉様に何をしたの⁉」

「蛇姫の病状は“恋煩い”……恋する女を止める術はないニョじゃ」

「恋⁉」

「恋っ⁉」

 

 深刻な顔のニョン婆は驚愕して動けない二人へ、カッと目を見開いて伝えた。

 

「東の海にはこんな言葉がある……“恋はいつでもハリケーン”‼」

「はぁあああああああっ⁉」

「えぇえええええええっ⁉」

 

 頭上から聞こえる絶叫を聞き流して、ルフィは掌に乗せた小さな紙切れを見下ろした。

 切れ端がわずかに焦げているそれは所有者の生命力を表す。

 ルフィの義兄、エースに命の危機が迫っているのだと伝えているのだ。ルフィはいつになく深刻な表情で思いを馳せていた。

 

「みんなを待たせることになるけど、まずはエースを助けよう。仲間のことはキリに任せておけば大丈夫だ。だからこれは、おれ一人でやるんだ」

 

 言いながらもすでに覚悟は決まっている。

 政府の懐へ単身飛び込み、エースを助けて、自分も生きて帰る。

 そう決めてルフィは翌日の朝、ハンコックと共に航海へ出た。

 

 

 

 

「リンブル?」

「ああ。我らの世代で、最も厄介だと言われていた海賊だ」

 

 インペルダウン、レベル6“無限地獄”。

 拷問を行わない代わりに永遠の退屈が死ぬまで続くという特別なフロア。収監されているのは誰でも一度は聞いたことがある凶悪犯罪者か、もしくは世間では存在を消された人間。

 そこに収監されたキリは別の牢屋の人間と話しており、存外平気そうな顔をしていた。

 

「ロジャーより慎重。シキより行動的。白ひげより悪辣。あの時代、奴の被害に遭った人間は数え切れぬほど多い。海賊であれ海軍であれ、それ以外であってもだ」

「その人に僕が似てるってことでしょ? でも会ったことはないよ。親だって確証もない」

「だが、その顔立ち。奴と無関係と考える方が無理な話だ。それとも巷で言われた天才科学者とやらが作り出した人間だとでもいうのか?」

「クローンみたいな? 流石にそれはないんじゃないかな」

 

 別の牢屋から聞こえてくる低い声に返事をしながらキリは脱力する。

 この場所では特別周囲から好奇の目が向けられていることに気付いていた。その理由は何なのだと探ってみれば、何のことはない、昔の有名な海賊に似ているかららしい。

 だからどうということもなく、キリはさほど興味を見せようとはしなかった。

 

「他人の空似だろうと血縁だろうと、会ったことさえないんだからほぼ関係ない人だよ。失礼かもしれないけど家族とは思ってないし」

「経験が人を作る、か」

「その人のこと好きだったの?」

「フッ、いいや。むしろその逆だ。あれほど多くの怒りを集めた人間は居ない」

 

 話す相手は余裕があるだけでなくどこか気品を感じさせ、声を聞いているだけで不思議と気分は悪くない。

 海賊ともなれば頭の悪い下品な人間が大半なのに彼は明らかに違った。

 

「世間じゃロジャーが嫌われてるのに」

「真相を知らぬ者たちさ。確かにロジャーも多くの人間から嫌われていたが、同時に認める者も少なくなかった。シキやガープといった面々がそうだ。心底嫌っているようでいて、誰よりも奴にこだわり、自らの手で討ち取ることを望んでいた。結果はロジャーの勝ち逃げだったが」

「本当は自首したんだよね? レイリーから聞いたよ」

 

 キリは知られてもいいと考えて何気なく言ったが、相手の受け取り方は違ったようだ。

 くつくつと笑った後、嬉しいとも腹立たしいとも取れる、複雑そうな様子で声を弾ませる。

 

「やはり生きていたか。あの男もまた厄介だった。わざわざ殺しに行きたいとは思わんが、顔を合わせればどうなるかわからんな」

「ねぇ、なんで海賊やってたの? “ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を見つけたかった?」

「いや。ロジャーは最後の島を目指しただろうが我は違う」

 

 キリが声のする方へ目を向けるものの、やはり声の主の姿は見えない。

 

「我が求めたのは“歴史”だ。そういう意味ではロジャーともロックスとも目的は近かった。結局混じり合うことはなかったが」

「なんで一人で居たの?」

「真に目的を同じくする者が居なかったのと、仲間殺しの絶えない船に居たものでな。誰も信用しなくなることが不思議かね?」

「ううん。似たような人を知ってるし」

 

 キリが視線を動かし、逆の方向を見た。

 顔は見えないがそこに居ることはすでに知っている。知人に対して声をかけたのだ。

 

「ね? ボス」

「黙れ」

「冷たくない? 久々の再会なのに」

 

 反応が思わしくないためキリが嘆息する。

 再び視線を戻してさっきの声の主へ質問した。

 

「そのロックスってのは誰? 聞いたことないなぁ」

「それは政府の努力の賜物だろう。奴は入念な情報操作によって世界の歴史から消された男。政府にとって都合の悪い情報を知っていた可能性がある」

「知らないの?」

「あまり親しくはしなかったのでな。信用ならない男だった」

 

 おそらく仲間だったんだろう、と予想ができる程度。詳しいことは話してもらえない。

 まあいいかと思ったキリに対して、声の主は言う。

 

「奴は海賊島で船員を募り、自らの海賊団を作った。ニューゲート、シキ、リンリン、カイドウ。我もその内の一人だった」

「……マジ?」

「だがその存在は政府によって抹消され、船に乗っていた者たちも語ろうとはしない。己の経歴の恥だと考える者が大半だっただろう」

「恥ずかしがってみんな言わないのか。ロマンがあるのにねぇ」

「それほど生易しいものではない」

 

 仲間殺しという発言があった。つまりそういうことなのだろう。

 察するものはあったものの、キリはふむと頷いた。

 今しがた彼が挙げた名前は世界中に知られた海賊たちの名。誰もかれもが自らの海賊団を率いる船長である。参考にするのはどうだろうかと思いついた。

 

「このフロアに居る人たちってみんな、それくらいのレベルの海賊やら犯罪者ってことだよね? みんなで協力して脱獄しない?」

「ロックスの再来とでも言うつもりかね? そう上手くはいかん」

「やってみなきゃわからないってあるでしょう。とりあえずその辺に居る人たちを肉壁にして」

「おいおいおいっ⁉ 聞こえてるぞコラァ!」

「肉壁にする前提で作戦考えようとすんな!」

 

 新参者が来たと注目を集めていたためか、何も言わずとも周囲は異様に静かで、彼らの会話は全て聞かれていたようだ。

 だからこそ、キリが見知らぬ人を犠牲にして生き残ろうと言い出した途端、我慢できずに口を開いた囚人は多かった。

 そうした声を気にせずキリは気品を感じるその人へ話しかける。

 

「外に出たい人間はそこそこ居るでしょ? なら脱獄っていう共通の目的ができる。みんなで力を合わせればできるかもしれない」

「フッ、あくまで理想だな。我が強い連中ばかりだぞ。貴様にまとめ上げられるか?」

「全員をってのは無理だろうね。でも利害の一致さえあれば意外に上手くいくこともある。そもそもまとめるつもりはないさ」

 

 キリは冷静だった。

 挑発的に言われていることを認識しながら、それも面白いと考えている。

 まとめる必要などない。海賊とは自由なのだ。各々が好き勝手やればいい。彼はそう思うからこそ相手が誰であろうと物怖じしない。

 

「とりあえずその辺に居る死んでもよさそうな人を肉壁にします」

「コラコラコラァ⁉」

「聞こえてるっつってんだろうが⁉ そんなひどいこと言うな!」

「この監獄で厄介なのは監獄署長のマゼランと、能力者を縛ってる海楼石の手錠でしょ? まずはせめて手錠だけでもどうにかしたいんだけど……」

 

 鉄格子の外を眺めたキリは、別の牢屋に囚われている囚人たちを確認した。

 目視できる部分は限定されているとはいえ、よしと頷く。

 

「とりあえずこの辺の死んでもよさそうな人に暴れてもらって」

「おぉいっ⁉ 今おれを見やがったな! 死んでもいいとはなんだコノヤロー!」

「人の命をなんだと思ってんだ!」

「極悪人めぇ!」

「こんなとこに捕まってる凶悪犯に言われたくないよ」

「お前だってそうだろうが!」

 

 声が聞こえたせいか、途端に周囲が騒がしくなるが、キリは意にも介していない。元々隠そうとも思っていなかった発言だ。聞かれたところで何とも思わなかった。

 それはそれとして、改めて本腰を入れて考え始めると脱獄は難しそうだとわかってくる。

 特に囚人の本来の力が封じられているのがまずい。このままではどうしても選択肢が限られる。

 

「なんとか鍵が欲しいけど、都合よくぶら下げてる不注意そうな看守は居ないもんかな」

「なんだそりゃ。そんな都合のいい奴が居るわけねぇだろ」

「それが作戦かよ」

「協力するとか言っといてその様か? そんなんじゃ力を貸す奴なんざ居ねぇよ」

 

 一度黙っていられなくなったせいか、近くに居る囚人が口々に話すようになっていた。

 キリはそれを当然のものとして受け入れている。

 

「脱獄するならなんにせよ必要なのはパニックだ。試しに密告してあの辺を……」

「うおおっ⁉ こっち見てやがる⁉」

「お前何言うつもりだやめろ⁉」

「なんてガキだ! 恐ろしい!」

 

 真剣に考えれば考えるほど難しく感じる。

 それでも脱獄を考えるくらいしかやることがない。

 無限に続く退屈の中、キリは悠長に、リラックスしながら思考を続けた。

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