インペルダウン全体を震撼させる衝撃が走った後。
レベル3“飢餓地獄”で起こっていた戦闘が中断された。
「エースボーイ⁉ そんなっ……!」
大の字に倒れたエースをイワンコフが覗き込み、その一言でジンベエは焦りを見せた。
「なんじゃと⁉ どうした!」
「脈が……脈が……!」
「まさかそんな⁉ あんたほどの男が! エースさん!」
「ある」
「あるんかいっ⁉ 死んだと思ったじゃろうが!」
「何やってんだお前ら……」
ただ倒れていただけだったエースは呆れた顔をしており、何事もなく平然と体を起こす。
怪我はしているが命に別状はない。イワンコフとジンベエも同様。バレットとの激しい戦闘で命の危険を感じる瞬間があったとはいえ、結果だけを見れば全員が怪我をしただけで生き残った。
「バレットとクロコダイルは上層へ向かったようじゃ。上でも何か問題が起こっておる」
「白ひげが来たっチャブルの? エースボーイは白ひげの隊長でしょう?」
「いや、今のは親父の能力じゃねぇ。もっと普通の、ただ衝撃があって揺れただけだ」
彼らは最後尾。他の人間は全員上へ向かったため、他に人の姿はない。
壊れた天井を見上げて眺める。
強い気配は感じているが、大勢の人間が蠢いていることもわかり、よほどの達人でもなければ状況を理解するのは難しい。やはり目で見る必要があった。
「わしらも急ごう。ルフィ君たちは無事じゃろうか」
「心配いらねぇよ。あいつはバカだが自分の命を守るくらいできる。それにキリも居るんだ」
「どの道バレットはまだピンピンしてっチャブル! あの怪物をほったらかすのはまずい~ンナ! 死なせたくないなら急ぐわよ!」
三人が駆け出そうとしたその時だ。
突然気配を感じて振り返ると、赤いマントとスーツを身に着けたパトリック・レッドフィールドがそこに立っていた。
「ダグラス・バレットも依然として脅威ではあるが、もはやその程度では済まないとも」
「お前……」
「パトリック・レッドフィールド……! こんな大物まで居るなんて、流石はインペルダウン」
「お前さんはどの立場なんじゃ? わしらの敵か、それとも味方か」
「どちらでもないと答えておこう。我もまた、仲間を必要としていない生き方なのでな」
レッドフィールドは多くを語らず、ただ不敵に笑う。
「それよりいいのか? 中もそうだが、外にはもっと恐ろしい男が来ているぞ」
「何?」
「レッドフィールドは見聞色の達人。おそらく気配を感じ取ったんじゃろう」
「嘘と思わない方がいいってこっチャブルね」
「あの男は、私など比べ物にならないほど冷酷だぞ」
そう言うとレッドフィールドは歩き出し、彼らよりも先に上層へ向かった。
地上部分で状況の整理と全体の指揮にあたっていた元海軍大将、海軍遊撃隊を率いるゼファーは苦い顔をして空を見上げていた。
不測の事態だ。何もかもが予想外。
ゼファーは老兵である。長年の経験から事態を理解し、動揺する部下たちへ指示を出した。
「内部に居る全海兵及び看守に通達! 全員避難しろ! 撤退だ!」
「きょ、教官、それは……!」
「作戦は失敗だ! もうまともな戦闘になる時間は終わった!」
突如現れた空飛ぶ船団。
帆船が飛行し、海に浮かぶ島では何をどうしても手が届かない位置に鎮座している。それでいて空飛ぶ船団が大砲を撃てば重力を味方につけ、砲弾を雨の如く降らせることができる。
世にも珍しい空飛ぶ海賊。
その存在は、ただ一人だけが認知されていた。
ただ長らく足跡が確認されておらず、すでに死んだという噂が流れており、生きていると信じているのは彼を知るごく一部の人間のみ。
現れた船団は10隻から成る。
海軍の最高戦力でも相手にならない。海戦、或いは制圧戦において、敵は無類の強さを誇る。
「まさか……あの海賊団がなぜ今になって……⁉」
「急いで全員引き上げさせろ! もはやインペルダウンを守ることすらままならん!」
ゼファーの宣言を後押しするかのように、インペルダウンのすぐ傍で停泊していた軍艦が、突然空へ舞い上がった。船上に居た海兵たちは悲鳴を上げながらぼとぼとと海へ落ちていき、その光景を見たゼファーは歯を食いしばる。
そこにある物ならば船でも要塞でも、もしくは島でも彼の武器になる。
持ち上げられた軍艦は投石するかのように投げつけられ、インペルダウンへ突っ込んだ。
「うわぁああああああっ⁉」
「そんなバカな……⁉」
「インペルダウンが……ほんの一瞬で、粉々に……」
「くっ……! 負傷者の救出と応急処置を急げ! 軍艦を動かし、攻撃に備える! 中の者たちが戻ってくるまで持ち堪えろ!」
軍艦を浮かべて投げつけた人影に気付いていたのはおそらくゼファーを含めて数人だけだろう。
その人物は豪快にインペルダウンを破壊した直後、単身で内部へ突入していった。囚人たちの解放もそうだが、内部はもはやタダでは済まない。
考えている暇すらない。
船を浮かせる張本人がインペルダウンへ入った直後、空飛ぶ船団が一斉に砲撃を開始した。
「全艦退避! 船体を守れ!」
インペルダウン周辺に砲弾の雨が降る。
ゼファーは熟練した指揮官であったものの、その状況でできることは非常に限られていた。
海と軍艦に雨あられと落ち、いくつも爆発が起こる。
混乱に乗じてレベル1へ到達していたルフィとキリは、突然寒気を感じて頭上を見上げた。
何かが来る。確証はないが漠然とそう感じる。
「なんだ⁉ なんか来る!」
「嫌な予感しかしないねぇ……」
天井を破壊し、船首付近からボロボロになった軍艦の傍らを通って、一人の人間が降ってきた。
「ジハハハハハ!」
高笑いしながら落下してきたのは、頭に舵輪がぶっ刺さった和装の男だった。両脚を失っていて代わりに剣を義足としている。
すでに老齢となったが世界に名を馳せた大海賊。“空飛ぶ海賊”と呼ばれたその人である。
“金獅子”のシキは豪快にインペルダウンへ乱入してきた。
「ニワトリみてぇなやつがいる! 舵輪だ⁉」
「あれはヤバいね。消息不明になったはずの大海賊だよ」
「あぁ~忙しいったらありゃしない! も~回るわ! あちし回る! あん? なんか人が降ってきてるみたいだけドゥ……あれは何? なーんか見たことあるような気がするけドゥ? ひょっとしてあちしが知ってる人ぉ? ひょっとしなくても“金獅子”じゃなーいっ⁉」
「なぜあれほどの大海賊がここに……!」
傍に居たMr.2とイナズマも驚愕せずにはいられなかった。
突然現れた大海賊“金獅子”のシキ。
目的も理由も不明だが、居ると知ってはっきりしているのは、もうインペルダウンが無事で済む展開はあり得ないということだ。
ぶわっと風を伴って、シキは地面に触れる直前、空中で止まった。
自らと周囲の物を浮遊させることができるフワフワの実の“浮遊人間”。能力はすでに熟練して、浮いていて当然という練度にまで達している。
息をするように空を飛んで、シキは眼前に現れた。
ルフィとMr.2が目を飛び出さんばかりに驚愕する一方、キリとイナズマは緊張していた。
「えぇええええ~っ⁉ 浮いてるぅ⁉ お前おもしれぇやつだな!」
「んが~っ⁉ ほんとに“金獅子”じゃないのよ~う⁉ あちしびっくらこき過ぎて言葉が出ない! もう黙りこくっちまうわ! なんでってびっくらこき過ぎてるから! こんなに心から驚くことなんて人生であと何回あるのかしら!」
「金獅子……死亡説もあったのに生きてたんだ」
「キリ君、君は少し下がった方が」
イナズマがキリを後ろへ下がらせようと、手で胸を押しながら自分が前に立つ。
到着して以降、シキは何も言わずにキリを見ていた。観察するように、何かを思案するように、声をかけることなくただじっと見ている。
キリもまたその視線に気付いていて、その理由にも心当たりがあった。
「いいよ、カニちゃん。どうせ襲われたら勝てない」
「しかし……」
「敵意は感じないよ。大丈夫」
イナズマの手を握って降ろさせ、キリが前へ出た。
ルフィとMr.2はひたすら騒がしかったものの、そうしてキリがシキの前に立ったことでハッとした顔になり、神妙な顔つきで警戒し始める。
「なるほどな……確かに、あのクソッタレに似てやがる」
「古い友達でも居る?」
「フン、友達なんて安いもんじゃねぇ。今になってもこの手で殺してやりてぇクソ野郎だ。だが、ここにきて面白いことになったもんだ」
シキはにやりと笑い、彼に対して手を差し伸べた。
「こっちの計画は色々変わったが、この際だから全部おれがいただいていく。ここに居る囚人ども全部連れていくぞ。拒否権はねぇ!」
「あっ、なんかヤバそう!」
「おいお前! 何する気だ! キリになんかしやがったらおれがぶっ飛ばすぞ!」
「ちょ~っと麦ちゃん⁉ あんたがそういうやつだってのは知ってるけドゥ⁉ 相手が誰かってことくらいは知っててよゥ!」
差し伸べた手を勢いよく上げる。
するとインペルダウン全体が大きく揺れ出した。
「ジハハハハ! この大監獄はおれがもらっていくぞォ!」
ズズン、と大きく揺れた。
大気も地面も海も、大きな変化を感じて動いている。
重々しい音を立ててインペルダウンが海上へ出てきたのだ。建物自体を地面から引っこ抜いて、強引に持ち上げ、誰の手でも持ち上げられないはずのそれが持ち上げられていた。
集った軍艦を守るため、軍艦に乗り込んでいたゼファーを含む海兵たちは、あり得ない光景を見て絶句していた。
見ているだけで手出しはできない。それはどれだけ訓練された海兵であっても同じだ。
空中に浮遊したインペルダウンは独りでに動いて横向きにされる。
そして空側にある側面が持ち上げられてバカンと壊れ、空を眺めることができるようになった。
「外へ出られたぞ。嬉しいか、お前ら?」
横倒しにして浮かべたインペルダウンを高所から見下ろし、シキが冷たく尋ねる。
囚人も、看守も、海兵も、全員が破壊されたインペルダウンからその姿を見上げていた。
思うことはそれぞれ違ったものの、その場に居たのがかつて名を馳せた大海賊、“金獅子”のシキであることは一瞬で理解している。
間違いなくシキに生殺与奪を握られている状態。多くの人間が自然と黙っていた。
「お前らに一つ聞いておこう。おれの船に乗るつもりはあるか? おれはこれから復活の挨拶代わりに海軍本部を滅ぼしに行く。ついてくる奴だけ船に乗せてやろう」
淡々と、「お前らの命に興味はない」と言外に告げて、インペルダウンその物自体を浮かせて全員を人質に取っている。逆らうのは不可能ではなくとも非常に難しい。
空と海の中間。この場は完全に“金獅子”のシキが支配した。
それは、好戦的なダグラス・バレットや海軍大将クザンでさえ認めざるを得ない。
「う~ん……私の、将来的に私のものになるインペルダウンが……!」
「副署長⁉ お気を確かに!」
「泡を吹いていらっしゃる⁉」
「とにかく横になってください!」
一部の人間を除いて、誰しもが声を発することさえ満足にできずにいる。
凄まじい緊張感だった。どうしようもないほどに呑み込まれている。
これは命を握られているからというだけではない。シキが放つ威圧感は圧倒的だった。
「さて、どうする? 早い話が、ここでおれとやり合うか、海軍と一戦やらかすか。どっちか選ぶだけの話だ。血の気の多い奴も居るみてぇだが」
並び立つ海賊と海軍を一様に見下ろして、シキはわかり切った問いを投げかけた。