大監獄から変化していく世界   作:ヘビとマングース

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19:スカイファミリー

 電伝虫の受話器を握ったまま、センゴクは硬直していた。

 絶句して多くを言うことができず、“智将”と呼ばれた彼であるが深く考えることすらできない。

 

「そうか……わかった。こちらで対応する」

 

 受話器を置いて、ガチャッと呟いてから電伝虫が眠り、通信が途絶える。

 その後、センゴクはしばし俯いたまま動かなかった。

 通信した相手もそうだろうがセンゴクもまた混乱している。しかしいつまでも立ち止まってはいられない。行動を起こすべくセンゴクは同室に居た部下へ言った。

 

「全隊戦闘準備。急いで配置につかせろ。海賊たちが来るぞ」

「はっ。……インペルダウンの囚人たちですか」

「ああ。だがそれだけではない、もっと厄介な奴が居る……金獅子だ」

 

 部下である海軍将校がぎょっとして言葉を失う。しかしセンゴクは深刻な、思い詰めているかのような表情をしており、ただ事ではないのは考えずともわかる。

 何やら物々しい雰囲気を感じ取ったのか、センゴクの執務室をひょっこりガープが覗いた。海軍の英雄と呼ばれた男だが、自由気ままな勤務態度が目につき、市民を守るために尽力はするもののルール違反は数知れず。センゴクの親友にして、常々彼の頭痛の種である男だ。

 

「なんじゃいセンゴク。エースが脱獄でもしたか? クザンがしくじったか」

「そんな程度の話ではない……連中はここに来る」

「んん? なんでそんなことがわかる」

「インペルダウンには乱入者があったのだ。金獅子だ……奴がこのタイミングで再び動き出した」

 

 聞いた途端にガープが表情を変えた。

 “金獅子”のシキと言えば、大昔にガープやセンゴクと何度も殺し合い、手を焼いた大海賊。長い時間をかけて周到な計画を用意してから動き出すのが特徴の、非常に厄介な人物だった。

 いずれ動き出すだろうと、彼を知る海軍将校は誰もが思っていたとはいえ、まさかこのタイミングとは予想できなかった。

 

 センゴクが部下に指示を出し、全部隊に戦闘準備をさせる間、ガープは室内に入り込む。

 ドカッとソファに座って、部下が部屋を出てセンゴクと二人になった。

 頭を抱える彼を見るとガープは珍しく真剣な表情をする。

 

「金獅子か……そりゃあまずいな。あいつ一人居るだけで戦況がひっくり返る。ここに来るなら島自体が無事じゃ済まんかもしれん」

「復活して早々に挨拶というわけか。それにしても、面倒な土産を用意してくれたものだ……まさか奴は“火拳”の血筋に気付いているのか?」

「いやぁ、それはないじゃろ。トップシークレットじゃ」

「となれば知られればまずい。どうなるか読めもせん」

 

 白ひげ海賊団を忘れるほどの衝撃。

 センゴクはしばし黙り込み、ガープもまた珍しく言葉を失っていた。

 

 

 

 

 空を飛ぶ帆船に乗り、ルフィは素直にはしゃいでいた。

 

「うほぉおおおお~っ⁉ すっげぇなー! ほんとに船が空飛んでるぞ!」

「いやーいい眺めだね」

「んが~っはっはっは! こうなっちまったらもう笑うしかないわねい! 爆笑! もう爆笑しちまうわよ! 船が空を飛ぶなんてェ~!」

 

 インペルダウンを後にした空飛ぶ船団は、解放された囚人たちを乗せてどこかへ向かっている。

 ルフィとキリはすぐ近くに見える雲を、いつもより近くに見える青い空を、遥か遠くまで見渡せる海を目にして心躍らせていた。

 傍ではMr.2がやけくそになってぐるぐる回っており、そうしながら少なからず余裕がある。

 

 カシン、と義足にした剣が甲板に突き立てられ、“金獅子”のシキが彼らを見る。

 振り返ったのはキリだけだったが、シキは一向に気にしなかったようだ。

 

「空を飛ぶのは初めてか」

「まあね。一応、うちの船はジャンプできるんだけど」

「ジャンプ? フン、おれの能力の相手にゃならねぇな」

 

 ルフィも振り返ってキリと共にシキと向き合う。

 囚人たちは海軍から奪った一隻の軍艦にまとめて乗せられており、シキも今はそこに居る。

 船上には脱獄したばかりの囚人しか居ないというのに、すでにいくつかの派閥に分かれており、いつ誰が暴れ出すかわからない緊張感が漂っていた。

 

 エースやジンベエ、大勢のニューカマーを含む、ルフィとキリに好意的な者たち。

 バギーを脱獄の救世主と崇める者たち。

 そして王下七武海という立場ながらインペルダウンへ現れた、黒ひげ海賊団と数人の囚人。

 

 エースなどは特にピリピリしているとはいえ、少なくとも今は自重している様子。

 だからこそルフィやキリは今、この後起こるだろう戦いに備えて気を抜いていたのだ。

 

「おっさん、空飛べるなんてすんげぇ能力だな。それにニワトリみてぇなその舵輪、頭にめり込んでんのか? おれ好きだなー」

「こいつは事故でこうなっちまったんだ。まあよくあることだ。おれは気にしちゃいねぇ」

「頭に舵輪突き刺さんのが? よくあんのか。じゃあおれも気をつけねぇと」

「滅多にないと思うよ、こんなの。ただ帽子に刺さんないように気を付けた方がいいね」

 

 ああ、と元気に返事をするルフィを見て、ふとシキが目を細めた。

 彼が頭に被っている、赤いリボンを巻いた古い麦わら帽子。

 “麦わらのルフィ”というルーキーが台頭してきている話は聞いていた。今までは大した興味も抱かなかったのだが実物を見た今になって少しだけ気になる。

 

「小僧、その帽子はどうした? 奪ったのか?」

「これか? 奪ってねぇよ。預かってんだ、シャンクスから」

「ああ……あの赤髪の小僧か」

「おっさん、シャンクスのこと知ってんのか? おれ友達なんだよ。東の海(イーストブルー)のおれが住んでた村を長いこと拠点にしててさ」

東の海(イーストブルー)か……今にして思えば何もかも忌々しい」

 

 シキは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。

 敵意を感じるほどではなかったせいか、ルフィは不思議そうな顔をする。

 

「赤髪の小僧については大して知りもしねぇよ。おれが知ってるクソッタレが、その帽子を被ってやがったのは確かだ。赤髪はそれを受け取ったんだろう」

「えぇっ⁉ そうなのか⁉ この帽子ってシャンクスの帽子じゃねぇの⁉」

「どうでもいい話だ。今のおれにとっちゃ」

 

 ルフィが驚愕して大声を発する一方で、シキはちらりとキリの姿を見下ろす。

 

「お前、親は?」

「会ったことないよ。ちなみに出身は東の海(イーストブルー)。ま、言いたいことは大体わかる」

「また東の海(イーストブルー)。こんなことならとっとと滅ぼしとくべきだったぜ」

「え? お前東の海(イーストブルー)襲おうとしてんのか? やめろよそれは! おれの友達がいっぱいいんだよ! もし本気でやる気ならぶっ飛ばすぞ!」

 

 シキの発言で咄嗟にルフィが拳を握って身構えた。

 その姿を見てもシキは全く動じず、止めようともしていないためキリがルフィの肩を掴む。

 

「ぶっ飛ばす? お前が? ハン、バカも休み休み言え」

「なんだと!」

「やめなよルフィ。せっかく運んでもらってるんだから」

 

 知った時点で怒りを露わにし、無謀にも向かって来ようとするその姿。あまりにも滑稽で無知。シキは呆れて手を下す気にもならなかった。

 相手にするほどではない、と思う反面、なぜか気になりもする。

 ルフィを見ているとどこか昔の敵を思い出すのだ。

 

「とにかく、東の海(イーストブルー)に手ェ出すなよお前! 変なことしやがったらぶっ飛ばすからな!」

「どうどう」

「フン、全く忌々しい。東の海(イーストブルー)もてめぇもな」

 

 シキの態度が変わらないためルフィの怒りは収まっていなかった。

 彼を後ろへ下がらせつつ、キリは覗き込むようにシキへ尋ねる。

 

「誰の話? ロジャー?」

「詮索するな。答えるつもりはねぇ」

「有名だけどね。ロジャーとの因縁は」

「おっさんロジャーと友達なのか」

「んなわけあるかァ! あいつほどおれを苛立たせた男は居ねぇ……! 友達なんてくだらねぇ言葉で語るんじゃねぇ!」

 

 先程のやり取りも手伝ってか、ルフィはむっとした顔をした。

 

「くだらなくねぇぞ! いいかお前、海賊は宴をするんだ! 一人で宴したって楽しくねぇだろ! だから仲間と友達と一緒に宴するんだ!」

「なんの話だ!」

「海賊の話だ!」

「あぁっ⁉ くだらねぇ話だな! 海賊は“支配”する者だ! 宴がしてぇなら支配した部下どもを集めりゃいいだけだ! 友達なんざいらねぇ!」

「バカかお前っ⁉ 絶対いるだろうが!」

「バカはお前だ! 絶対いらねぇ!」

 

 会話の内容こそしょうもないものの、ルフィはシキと真っ向から向き合い、口喧嘩を始める。

 同じ船に居る以上、その姿は多くの人間に目撃されていた。反応は様々である。

 キリは驚くこともなく見守っており、ケンカ寸前の二人を見てもにこやかに笑っていた。

 

「仲が良さそうで何より」

「言ってる場合かァ⁉ あのバカはなんでああも見境がねぇんだ!」

「私たちに怒りの矛先が向いたらどうするっ⁉ この軍艦ごと海に落とされるんだガネ~!」

「んが~っはっは! そしたらあちしたち海の藻屑ねい! えっ⁉ 死ぬの⁉ こわぁ~い!」

 

 船上はいまだに落ち着いておらず、動揺して騒いでいる者も大勢居た。

 

 

 

 

 ジンベエと並び立ったエースは、甲板でティーチを正面に見据えていた。

 今はダメだ。今は戦う時ではない。

 自らを律してそう言い聞かせているとはいえ、今にも体が勝手に動き出して襲い掛かりそうな強い衝動を抱えており、抑えることに必死になっている。

 

 ティーチは笑っていた。

 心底上機嫌そうなのがエースの機嫌を損ねていて、本人もそうと気付いているのだろう。

 

「ゼハハハハハ。まさかまた同じ船に乗ることになるとはな、エース隊長」

「おれを隊長と呼ぶんじゃねぇ。二度とな」

「水に流せねぇのはわかるが、人生は色々あるもんだ。しかも人の一生ってのは長いようで短い。こんなところで大海賊に支配されてる場合じゃねぇだろう、未来あるおれたちは」

 

 ティーチの周囲には監獄から抜け出した、というより彼に連れ出された囚人たち。誰もかれもが伝説とされるような凶悪犯罪者たちだ。

 厄介な戦力を手に入れてしまった。しかしエースは微塵も怯んでいない。

 その時が来れば必ず自分の手で決着をつける。すでにそう決意している。だからこそ今はまだ。

 

「実はこっちも全てが計画通りってわけじゃねぇ。だが不測の事態ってのは常にあるもんだ。それもまた人生ってもんだろ? 楽しく行こうぜ」

「今だけだ。お前とこうして顔つき合わせてんのはな……」

「ゼハハハハ、まあ落ち着けよ。計画は変更を余儀なくされたとはいえ、おれの目的は変わっちゃいねぇ。おれは今に大海賊になり、この海賊時代に風穴を開ける」

 

 はっきりと宣言される。

 昔からそのつもりだったのだろう。隠していただけで腹の底ではそう思っていた。

 今更隠す必要がないのは理解していて、それ故に過去も合わせてこの状況を、エースは憎らしく思わずにはいられない。

 

「現実的に考えてみろよ。白ひげはもう老いた。いつまでも最強じゃいられねぇ」

「黙れ! 勝手なこと言ってんじゃねぇよ!」

「今に世界は動くぜ。その時中心に居るのはおれたちだ」

 

 大胆な宣戦布告。改めて敵対を宣告される。

 

「その時にお前がおれの傍に居ねぇのは残念だが、それもまた一興。新しい世界で共に四皇として並び立つってのも粋なもんじゃねぇか?」

「何もお前の思い通りにはならねぇよ。もう負けねぇ」

「ゼハハハ……今にわかる。この船は今からマリンフォードへ向かうんだ。今更もう時代のうねりは止められねぇのさ」

 

 ティーチの物言いに嫌な予感がした。

 古い時代が終わり、新しい時代がやってくる。

 前代未聞の大事件が起きたのは事実であり、起こしたのはエースの弟、ルフィ。そこに便乗して仲間を得たのがティーチだ。この状況が今後どう転がるのか。

 

 振り向いてちらりと確認してみると、ルフィはキリやシキと一緒になって騒ぎ、いつも通りのんきに過ごしている。

 かつてない空気ならば、エースもまた肌で感じていた。

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