大監獄から変化していく世界   作:ヘビとマングース

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3:君たちはどう過ごすか

「覇気?」

「そうだ。何人も持ち得る力だが、意識的に目覚めさせなければ使えない。基本的にはな」

 

 冷たい空気が漂う、静寂に包まれた無限地獄。

 あれこれ考えはするが実行するまでには至らず、無為な日々を過ごしていたキリは、隣の牢屋に居る囚人と話すのが日課になっていた。

 

 中でも様々な知識を与えてくれるのは近くの牢屋に居るらしい、どこか気品を感じさせる人物。本人に聞いても名前すら教えてくれないが、別の囚人から「レッドフィールド」と呼ばれていた。

 かつて“海賊王”ゴールド・ロジャーと同じ時代を生きた、たった一人で活動したという伝説の海賊の一人である。

 キリは当然の如く聞いたことがあり、彼と話す時間を好んでいた。

 

「何ができるの?」

「覇気は大きく分けて三つ。見聞色の覇気ならば気配の察知・他者の行動の先読みが可能だ。練度によっては数秒先の起こり得る未来を予知することができる」

「あ……心網(マントラ)?」

「一部の地域ではそう呼ぶこともあるな」

 

 過去の経験から思い出すことがあったキリが呟くと、すかさず肯定される。

 知らなかっただけでこれまでの航路ですでに出会ったことがあったのだ。

 新たな学びにキリが少なからず感動すら覚えている間も、レッドフィールドは説明を続ける。

 

「武装色の覇気は己の矛にも盾にもなる。自らの肉体を強化するのみでなく、能力者の実体を捉えることが可能だ。自然系(ロギア)に対して唯一の対抗策と言える」

「へぇ~。そりゃすごい」

「熟練者は自らの体から衝撃波のように覇気を飛ばすことができる」

「あー……例の、くま型兵器の指揮官」

 

 またしても思い出す光景があった。

 キリは難しい顔でううむと唸る。

 

「“新世界”の強者は必ずこれを使えるものと覚えておけ。そしてその中の選ばれた者だけが使える特別な力。それが覇王色の覇気」

「ほえ~。かっこいい」

「ロジャー、ニューゲート、シキ、或いはレイリー。海の強者たちはこれを扱える。生まれながらにして王になる資質を持っているということだ」

 

 一通り聞いて落ち着いたと感じた頃、キリはむっとした顔をしていた。

 レッドフィールドが居る方向ではなく、別の知り合いが居る方向を見て、不貞腐れた声で言う。

 

「ボス、なんで教えなかったのさ。絶対知ってたでしょ」

「うるせぇ。裏切るとわかってる奴になぜ教えなきゃならねぇ」

「それは真面目に海賊やってなかったのが悪いんだよ。秘密結社なんて頑張ってるから」

「海賊はビジネスだ。先々まで計画して実行するのは当然」

「負けたくせに」

 

 ガンッ、と鉄格子に硬い物がぶつかった音がした。

 どうやら怒っているらしいと気付くのだがキリはけらけら笑っており、心配する様子は皆無だ。以前からそうしているのだという慣れがある。

 

「リンブルもまたそうだった。強力な覇王色の持ち主だ」

 

 ひと段落した辺りでレッドフィールドが呟く。キリは再びそちらを向いた。

 

「あぁ、そうなんだ」

「やはり興味は持てぬか」

「別にないわけじゃないよ。でもあくまで他人の話って感覚だし、ロジャーや白ひげの伝説を聞くことは多かったけどその人のことはあまり知らない。ただそれだけ」

「我は期待しているのだ。貴様もまた、その資質を持ち得るのではないかと」

 

 親しくする理由は何なのか。本人が明確に言わないとはいえ、「リンブルの血筋だから」なのは間違いないだろう。

 そう判断してもキリは悪い気はしていない。というよりそもそも興味が薄い。

 ともかく今は「レッドフィールドを味方にする」ことを優先している。そのため彼との間で会話が弾むのはお互いのためになった。

 

「“新世界”へ行くなら、僕もその力を身につけなきゃいけないってことだ」

「そうなるであろうな。だが一朝一夕で身につくものではない」

「うーん……まあその前にここから出なきゃいけないんだけど」

「簡単な手ほどきであればここでも可能だが?」

 

 レッドフィールドは誘うように言ってきた。

 少し思案したものの、いずれ必要だと判断して、キリは「お願いします」と答える。

 

 

 

 

 何もしていなくても日々は必ず過ぎていく。

 手錠をかけられたせいでできることは限られている。誰かと話すか、精神統一をするか、ひたすら寝るかといった程度。

 相変わらず脱獄計画は進んでおらず、元来怠けたがりなキリはだらだらしていた。

 

「バカだなぁ~王様。悪政はいいとしても反逆されない程度に抑えとかないと。せっかく王座についたのに残念だね」

「バカはお前だ。やりたいことやるために王座をぶんどったのに我慢してどうする。悪政でもなんでもやること全部やるもんだニャー」

「それでここに居るんだからやっぱりバカじゃん」

「うるせ~なぁ⁉ お前王に向かって偉そうだぞ!」

 

 脱力したキリは無防備に寝そべっており、その姿からは一切のやる気が感じられない。

 本人の言によれば脱獄するつもりはあるようなのだが、手段が思い浮かばず、数日が経とうと見込みはないのが現状である。

 もはや諦めたのかと思ってしまうほどだらけた寝姿だった。

 

 その一方、周りの囚人と話すのは協力を得るためという目的もあった。

 心底諦めたわけではなく、一応はいつか来るその時のための行動のつもりらしい。

 それはそれとして、現在の彼の姿勢はとてもそうは見えない。

 

「今のところは王様を肉壁にするっていう作戦があるけど」

「ハァァッ⁉ ふざけるな! お前がなれ!」

「だって僕体小さいよ。170くらいしかないもん。王様が盾になればほらすっぽり」

「誰がなるか! それならあっちのデカブツどもを使った方がよっぽどすっぽりだニャー」

「確かに」

 

 監獄内はよほど暇なのか、囚人たちは面白いように会話に参加してくる。

 態度としては「協力なんてしてたまるか」といった雰囲気を感じるというのに、ほんの少し話しているだけで気付けば一緒に作戦を考えたりしていた。

 脱獄計画は、もう少しすれば確実に形になるはず。

 キリはそう考えながらたまに適当なことを言いつつ、味方を増やしつつあった。

 

「でも機動性に欠けそうだよね。レベル6からレベル1まで走って上ることになるなら、狙いはつけやすいだろうし、どこまでもつか」

「倒れたら捨てていけばいいニャー。まずはこのフロアから抜け出すのが重要なんだから」

「うわぁ、野蛮……」

「肉壁とか言ってた奴が言うことかニャー!」

 

 “悪政王”アバロ・ピサロは口が悪く、悪辣だが、不思議とノリの良さが感じられた。

 暇なのか、“リンブル”に対する恐怖心がないのか、自発的にキリに話しかけるタイミングが多いことも会話が弾む要因だ。

 

 他にも牢屋の距離に関わらず囚人たちとの交流を進める。

 酒が飲めなくて常に嘆いているバスコ・ショット。

 “リンブル”の顔立ちをいたく気に入っているらしいカタリーナ・デボン。

 話しかけてもぼーっとしてあまり反応がないサンファン・ウルフ。

 誰もかれもが広く知られた凶悪犯罪者である。

 

 それ以外にもキリが交流を試みている囚人が居た。返事はまだ一度としてない。

 レッドフィールドは「諦めろ」と言うが、そこを避けるのは得にも損にもなり得ると思うのだ。

 

「ねぇバレット、今日の調子はどう?」

 

 奥まった位置にある牢屋。そこへ声をかけると途端に周囲が静まり返る。

 返事は聞こえず、手錠をかけられたまま体を動かしているのだろう、鎖が揺れる音が響く。

 にこやかな顔のキリはまるで友達に声をかけるかのように、和やかに話していた。

 

「年上だし、バレットさんの方がいい? 僕ら、外に出たいなーって話してるんだけど、外に出るために力を合わせない? 強いって話は聞いたよ」

 

 やはり返事は得られず、そこに居るであろう人物は無言を貫く。

 

「また話そうね」

 

 結局、バレットとの交流はその日も失敗した。

 

 

 

 

「お前さんは前向きじゃのう……」

 

 友人、ポートガス・D・エースが収監されている牢屋から別人の声が聞こえてくる。

 エースを助けるために政府に楯突いたという海賊、魚人族の“海侠のジンベエ”であった。

 じゃれ合いのようにピサロと小競り合いをしていたキリは、彼との会話を強引に打ち切ると声がする方に目を向ける。

 

「そりゃこのままじゃ牢屋で一生過ごすことになるんだもん。必死に前向きにもなるよ」

「実現できるのか? ここは世界最高峰の監獄じゃ」

「まあ、無理だと言われたらそりゃそうだって思うし、実際難しいけど。どうせ無理なら出る方に命を賭ける。このまま終わりじゃつまらない」

「そうか……大した海賊じゃな」

 

 ジンベエは深く息を吐き出し、彼には見えないが決意した顔をした。

 

「できることがあるのなら、わしにも手伝わせてくれ。わしはエースさんを救いたかった。力及ばずにここへ入れられたが……彼が死ぬことはとても認められん」

「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」

「よせよジンベエ。お前まで命を捨てるような真似すんじゃねぇ」

 

 ジンベエのすぐ傍に居るエースが口を開く。

 決して大きな声ではないが、声は不思議とはっきり聞こえた。

 何か特別なことでもなければ静まり返っているフロアだ。牢獄内は常に静かであり、少々離れていようと問題なく会話が聞こえる。

 

「お前も不器用な奴だ。嘘でもついて、もっと上手く立ち回りゃあ、こんなとこで鎖に繋がれることもなかったってのによ」

「白ひげの親父さんには世話になった。あんたとは初対面こそ殺し合ったが、その後は良好な関係を築いてきたつもりじゃ。たとえ嘘でも、あんたらを危険に晒すことなどできん」

「バカなことを……」

 

 エースの声からは以前会った時ほどの明るさはない。少なからずこの状況、或いはここに至るまでの行動を後悔しているのだろうと伝わってくる。

 口を挟むべきか否か。少し考えはしたが結局キリはエースへ言った。

 

「まあ、色々あるけどさ。ここから抜け出しさえすれば、公開処刑とか白ひげと海軍の戦争とか、その辺まるっと解決できる。みんなでなんとかしようよ」

「ああ……ありがとよ、キリ」

「今はウルフとショットを肉壁にすることは決まってるから」

「え~っ⁉ いつの間にそんな話になってんのんや~⁉」

「なんで肉壁のことしか考えねぇんだニャ⁉ もっと真面目に考えろ!」

 

 今は彼らの騒がしさですらわずかな救いになる。

 エースは顔を俯かせ、その姿を見たジンベエはやり切れない想いを抱いていた。

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