大監獄から変化していく世界   作:ヘビとマングース

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5:ぼっち・じゃ・ないわよーう!

 広大な監獄のどこかで、自らの行いを後悔している男が居た。

 罪を犯したことではない。ここに至るまでの立ち回りを後悔することこそあっても、自身が犯罪者になったことについてはさほど考えていない。

 

「違う……私が考えていたのは、こういうことではない……!」

 

 彼は必死に走っていた。

 後方からは多種多様な怪しい動物たちが追ってくる。一秒たりとも足を止められない状況。

 

「私はもっとひそやかに脱獄したかったんだガネ~⁉」

「今更できるかバカヤロ~! おれだって本当はそうしたかったわァ!」

「うわぁああああっ! おっさんの顔したライオンが追ってくるぅ~!」

 

 特徴的な“3”の髪型をした男、Mr.3は必死に通路を走っていた。

 両隣にはバギーとルフィが走っており、脱獄するために自ら声をかけた形であったが、ほんの数秒前の自分の行動を深く後悔している。

 

 インペルダウン、レベル2“猛獣地獄”。

 人間を当然のように食らう猛獣が何匹も、何種類も放たれている危険なフロアだ。

 レベル1から降りてきた二人と合流したMr.3だが、あまりに騒がしい二人が早々に見つかって、共に逃げることを強いられていたのである。

 

 当初の自分の考えでは姿を隠しながらひっそり脱獄を目指すつもりだった。

 それがどうだ。看守にバレて、動物たちに追われ、解放したはずの囚人たちは自分から檻の中に引きこもっている。

 何もかもが見当外れ。

 せっかくかつて敵対したルフィに共闘を持ちかけたのに、すでに散々な結果であった。

 

「こんなことなら大人しく檻に入れられておくんだったガネ~!」

「悲しいこと言うんじゃねぇMr.3! 方法はまだある!」

「何⁉」

 

 隣を走っていたバギーがMr.3に話しかけた。

 ついさっき出会ったばかりだが今は共通の目的を持つ同志。価値はあるとして耳を傾ける。

 

「見ての通り麦わらはこっそりなんてできるはずもねぇバカだ! こいつが騒ぎを起こせば起こすほど看守の目はそっちに向く!」

「なるほど! 囮としてこれほど優秀な人材は居ないわけだ!」

「つまりこいつを餌にしておれたちだけなんとか身を隠すことができれば!」

「看守の目を掻い潜ってこっそり脱獄するのも夢ではないガネ~!」

 

 走っている最中に大声でそんなやり取りをする二人に、ルフィは珍しくやれやれと嘆息する。

 

「お前らなぁ、こんなに見つかっちまってるんだから今更隠れられねぇだろ。アホなのか?」

「アホはお前だ麦わらァ⁉」

「元はと言えば誰のせいで見つかってると思っとるのカネ⁉」

「そりゃまあ、おれがでっけぇニワトリをぶっ飛ばしたからだけども」

「バジリスクだガネ! そりゃ見つかるガネ!」

「お前のせいでこっちは走りっぱなしだクソゴムがァ~!」

 

 「うわぁあああああっ!」と悲鳴を発しながら三人はひたすら全力疾走している。

 時折振り返って攻撃するのだが、あまりにも数が多くて倒している実感がない。無駄な体力を使いたくないと思う一方、走っているだけでもどんどん体力が失われていく。

 

「大体よォ! こんな動物どもどっから調達してやがんだ! 変なとこに金使いやがってェ!」

「“偉大なる航路(グランドライン)”中から人を襲う危険な動物を集めてるのだガネ……! そしてこいつらを調教して統率している奴が居る!」

「おい、こうなっちまったらもうしょうがねぇよ。みんなでレベル3目指そう」

「なんでそうなるっ⁉」

「もっと危険な場所だろうが⁉ 嫌だガネ、動物と追いかけっこしてる方がマシだガネ!」

 

 バギーとMr.3はもはや考える暇もなく反射的に答えていた。

 その発言を聞いてルフィは露骨に残念そうな顔をする。

 

「え~っ? ほんとにいいのか? おれ一人で行っちまうぞ?」

「行きゃあいいだろうがアホンダラァ! おれたちは上に行きたいんだ!」

「脱獄したいんだガネ! 外に出たいんだガネ!」

「でもお前ら、外に出たって船はねぇし泳げねぇし、どうやって逃げるんだよ」

「ぐぅぅっ⁉ こいつにまともな指摘をくらうのが一番腹が立つ!」

「それは後でじっくり考える! まずは身を隠したいんだガネ!」

 

 うーんと唸ったルフィは少し考えてから再度言った。

 

「それよりみんなでキリとエースを助けよう。レベル5で」

「頭すっとんきょーかお前はっ⁉ なんでそんな危険を冒さなきゃならねぇんだよ!」

「レベル5なんてヤバいガネっ⁉ その前のレベル4には署長マゼランの執務室があるのだぞ!」

「キリだったらほら、ちょっと危ねぇ奴だけど頭いいんだぞ。一緒に脱獄の方法考えられるだろ」

「そのためにマゼランとやり合えってのか! あり得ねぇ話だそりゃあ!」

「いいカネ! マゼランはドクドクの実を食べた“毒人間”! 触ることもできない、近付くだけでアウトな、最上級に危険な能力者なんだガネ!」

「なんだそりゃ⁉ やべーやつがいるな!」

 

 必死に走っていた彼らが、ついに上層と下層へ続く階段へ到達する。

 その頃になると後ろから追ってきていたはずの動物たちが徐々に距離を取り、すっかり姿を見せなくなっていたのだが、そちらに気付く前に三人は階段を目にしていた。

 

「おいっ! 階段があるぞ!」

「よかったガネ! これで二手に分かれられるぞ!」

「あれかぁ! レベル3に降りる階段!」

 

 ようやく足を止めた三人の前に、のそりと現れた巨大な影が立ち塞がる。

 見上げるほどの巨体であるそれは、やはりと言うべきか、門番として配置された動物だった。

 

「おぉーい……おいおいおい。なんだぁ? このデカブツは……」

「す、スフィンクス……ここレベル2の動物たちの実質的なボスだガネ……」

「でっけぇ~。おっさんか? 犬か?」

 

 巨大な動物、スフィンクスに見下ろされて、三人は立ち止まった。

 どう考えても戦闘は免れない状況。

 当人たちが望んでいなくても、敵を認識したスフィンクスが襲い掛かってきたため、彼らはなし崩し的に戦闘に臨む羽目になったのだった。

 

 

 

 

「ジョーダンじゃなーいわよ~う!」

 

 インペルダウン、レベル3“飢餓地獄”。

 辺り一面が砂で埋め尽くされたこのフロアは、まるで砂漠の様相を擁しており、ただそこに居るだけで汗が噴き出すほどの暑さで渇きと飢えを与える拷問を施す。

 

 このフロアに収監されていた囚人の中で、一際元気な人物が居た。

 長身痩躯のその人物は男女の性別さえ“あやふや”。

 バレエのフォームで美しくくるくる回り、誰よりも声が大きく有り余る体力を見せつけ、特別に異様な存在感を放っていた。

 

「それであんたたちィ、おっさん顔の動物に床ぶち抜かせてェ、このレベル3まで降りてきたってわけェ⁉ なんじゃその方法はァ! ジョーダンじゃなーいわよ~う! んが~っはっはっは!」

「あっひゃっひゃっひゃっ! やっぱおもしれぇなぁ~ボンちゃん!」

 

 Mr.2 ボン・クレーは、かつてルフィたちに敵対した秘密結社の構成員であった。

 付き合った時間は短くとも、ルフィにとっては体を張って船を守ってくれた恩人でもある。まさかの再会ではあったものの素直に喜んでおり、すでにどちらも協力する気が満々だ。

 納得いっていないのは図らずもレベル3に落ちてしまった二人で、あまりの暑さにへこたれているMr.3とは異なり、バギーは声を張って異論を唱えた。

 

「笑い話じゃねぇぞコラァ! おれたちは脱獄がしてぇってのに、気付けばどんどん下に下がってるじゃねぇか! ド派手に監獄観光かってんだ! ふざけんな!」

「んなぁ~によぉそれ⁉ あちしはなんにも言ってないっつーのっ! 二度見! 驚き過ぎてあちし二度見するわぁ! オカマ拳法“あの秋の夜の夢の二度見”!」

「うるせーっ‼」

「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」

「地獄だ……やはりここは地獄の大監獄だガネ……」

 

 囚人の大半が飢えに苦しみ、意識を保つことさえ難しい砂漠のフロアで、誰よりも元気に動き、片足でくるくる回り続けるMr.2。

 見ているだけで苦しくなるほどの暑苦しさにMr.3はすでにグロッキー状態だった。

 対照的にバギーは対抗するかのように騒いでおり、Mr.2を気に入っているルフィは腹を抱えて笑うほどに上機嫌だった。

 

 一通りの事情を聞いて、Mr.2は片足で立ったままピタッと止まった。

 キラリと光を放ちかねないほど良い笑顔で、ルフィに対して力強く宣言する。

 

「ともかく事情はわかったわん。紙ちゃんと麦ちゃんの兄貴を助けたいってわけねい。だったら、あちし戦う! 麦ちゃんと一緒にレベル5まで行くわ~ん!」

「え~っ! ほんとかボンちゃん! ありがとう!」

「んが~っはっは! ドゥーってことないわよーう! 友達(ダチ)なんだから当然じゃない!」

 

 Mr.2はあっさりルフィに協力することを決めた。

 ルフィが心から喜ぶ一方、バギーとMr.3は思い切り肩を落としてため息をつく。

 

「いいよなぁ、アホどもは……今後について何も考えちゃいねぇ」

「ここはすでにレベル3……上へ行くのも、下に行くのも、面倒で危険で大変だガネ……」

「おれたちの最終的な目的は脱獄! そこは共通してるはずだ!」

「しかし、ここまで来てしまうともう、地上部分へ出ることの方があまりに難しいガネ……」

 

 「ん?」と首を傾げて振り返ったルフィとMr.2は、必死に語るバギーの言葉に耳を傾けた。

 

「味方を増やして状況を打開しようってのは確かにそこまで悪くねぇが、お前らちゃんとここの危険性わかってんのか! マゼラン! ハンニャバル! 獄卒獣! レベル2に居た危険動物どもも全部おれたちの敵になる!」

「戦争レベルの戦力でもなければ、ここを突破するのは不可能だガネ……」

「なぁにを弱気な! だーいじょ~うぶよーう! あちしには一人当てがあんの。実はレベル5にお救いしたい人が居るのよう!」

「そうなのかボンちゃん。友達か?」

 

 バギーの言葉に怯える様子は皆無。Mr.2は再び笑顔で回り始める。

 唖然とするバギーであったがMr.2の発言はきちんと聞いており、今は敵も味方もなく藁にも縋る想いで脱獄を願っていたのだ。

 

「あの方は数々の奇跡を起こしてきた伝説のお人。その名もイワさん! カマバッカ王国の女王にして永久欠番! 奇跡の人、エンポリオ・イワンコフ!」

「へぇ~、ボンちゃんのもっとすげーやつか」

「そうよう! あちしなんてあのお方は比べればまだまだ小物……小粒! 小粒ねい! イワさんなら強さも偉業も申し分なし! きっとお力になってくれるわよーう!」

「ケッ。能天気どもは気楽でいいぜ。おれたちゃ一秒だって早くここから出てぇってのに」

「ハァ~暑いのはごめんだガネ……ここでは能力も上手く使える気がせんガネ……」

 

 ルフィとMr.2はさらに下の階層へ行く気満々。

 バギーは納得していなかったが、今更Mr.3と二人で上層へ向かっても危険が多過ぎると判断し、もうしばらく様子を見ることにした。

 そしてMr.3は、体質的に暑さに弱いらしく、溶けそうなほど大汗をかいてぐったりして、もはやまともな思考回路など持ち合わせてはいなかった。

 

 

 

 

 インペルダウン、レベル4“焦熱地獄”。

 幾度かの敵襲があったとはいえ、辛うじて敵を退け、次の階層まで落ちてきた四人は、至る所で炎が燃え盛り、巨大な鉄窯から蒸気が立ち昇る灼熱のフロアへ到達していた。

 石造りの床に立っているだけで足の裏に熱が伝わる。立っていることさえ辛い場所だ。

 

「あっちぃ~⁉ あちあちあちっ! なんだぁ、この熱さは!」

「もっと暑いガネ! もうやだガネ! なんで私はこんなところに居るんだガネ!」

「だぁぁ~ちくちょう! もう地獄は懲り懲りだぜ! さっさと外に出てェのにまた上が遠い!」

 

 ルフィたちはただ暑いというだけで大いに騒いでいた。

 幸い近くに看守は居ないが、時間が経てばすぐに駆け付けるだろう。

 彼らの脱獄はすでに監獄中が知るところとなっていた。

 

「落ち着きなさいよう、あんたたち! 暑苦しさならあちし負けない! 回るわ! あちし回るからあんたたちも回んなさい!」

「なんで⁉」

「どういう理屈じゃあそれはァ⁉」

「また変な奴が変なことを……ハァァ、息することすら苦しいガネ……」

「心頭滅却すれば火もまた涼し! 精神を集中させればオカマは強し! このくらいの暑さでもあちしはいつも通り……あぁつぅうううううううあああああぁっ⁉」

 

 Mr.2がついに悲鳴を上げ始めて、三人はびくっと反応せずにはいられなかった。

 

「うわぁぁっ⁉ ボンちゃんが暑さに負けたァ⁉」

「うるっせーんだよおめぇはよォ! 顔から動きから全部っ!」

「もうやだガネ……地獄だ。全部含めて地獄だガネ……」

「あつぅううううあああああっ‼」

 

 冷静な思考を失うほどの熱気。そこはすでに生きていること自体を辛く感じてしまう空間だ。

 その中でルフィは辺りを見回し、状況を確認する。

 ついにレベル4まで来た。エースが居るところまであと少し。

 

「おい、早く次のフロアに抜けよう! ところでさっきからいい匂いがする!」

「そうか、レベル4には厨房があったはず。へっへっへ、ここでいっちょ酒とメシをかっぱらうのもアリかァ!」

「いや、私は、早く抜けたい……こんなところで時間をかけているとマゼランが来るぞ……」

「うぅあつぅああああああっ⁉」

「うるせぇよっ⁉ いつまでやってんだてめぇは!」

 

 早く逃げたいのは山々だった。しかしここまで来ては難しいのも理解している。

 リーダーシップを取ろうというつもりもなかったが、バギーは一同を見回して叫んだ。

 

「おいおめぇら! ここまで必死こいてやってきて酒の一滴も呑めねぇなんてバカな話はねぇ! 厨房を襲って諸々全部奪ってやろうぜ!」

「なんでお前が仕切ってんだ! おれは船長がいい!」

「てめぇは黙ってろ麦わら! 立てMr.3! おれに策がある……!」

 

 暑さで何もかも嫌になり、へたり込んでいたMr.3は「はぇ?」と気のない返事で顔を上げる。

 

「確かにここはマゼランが近い。だがレベル2を思い出せ。おれたちが危険を避けるために、牢屋に居る連中を解放して狙いを分散させりゃいいんだ」

「な、なるほど……しかしこの暑さでは私のドルドルは精度が下がるガネ……」

「ちょろっと鍵開けるだけだ! 死ぬ気でやれェ! それともこんなとこで死にてェのか!」

「ぐぐぐ、流石に死ぬのは嫌だガネ~……!」

 

 Mr.3は必死の形相で立ち上がった。

 せっかく掴んだチャンスを逃すわけにはいかない。

 どの道死ぬかもしれないのなら、脱獄するために力を尽くすのは当然である。

 

「囚人を解放するガネ! それで我々への狙いを逸らす!」

「そーだ相棒! お前ならできる!」

「腹減ったなー。早く肉食いてぇ」

「作戦は決まったわねい! そうと決まりゃあとっとと囚人を出しましょうよう!」

 

 最も早く動き出したのは立ち直ったMr.2だった。片足でくるくる回りながら近くにあった牢屋へ近付いて、鉄格子の向こうを覗き込む。

 何気なく取った行動だったが、そこでMr.2は目が飛び出るほど驚いた。

 

「とりあえずこの辺のやつを~……んげぇ~っ⁉ んなアホなぁ~⁉」

「ん? どうしたボンちゃん?」

「Mr.1~⁉ あんたもここに居たのねい! そりゃそうか、一旦は同じ牢屋に放り込まれてからインペルダウンに来たんだからぁ~! んが~っはっはっは!」

 

 そこに居たのはMr.2やMr.3の元同僚、Mr.1であった。

 坊主頭の強面で、Mr.2が唐突に回りながら現れても冷静な顔をしており、一切驚くことなく騒がしい一同を眺めている。見た目は「興味がない」とでも言いだしそうな様子だ。

 驚きこそしたがMr.2はすぐ笑顔になって、後ろへ振り向くとルフィへ声をかけた。

 

「む~ぎちゃん! こいつは出した方がいいわよう! 腹巻きちゃんに負けた奴だけドゥ、実力はそれなりにしっかりあるからねい!」

「へぇ~そうなのか。じゃあ出そう」

「勝手なことを言ってるガネ……鍵を出すのは私だガネ」

 

 牢屋の前でうるさい集団に対して、Mr.1は無言を貫く。

 彼が今思うことは単純明快。「うるさい」の一言であった。

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