レベル4に署長以下、インペルダウンの職員が集結した。
脱獄を企てた囚人たちを再度捕らえるため、全戦力を投じてきたのである。
レベル4のみならず、インペルダウン内部は大パニックに陥っていた。
「んぎぇええ~っ⁉ マゼランが来たわ~ん!」
「げぇっ⁉ 毒のやつか! やべェ!」
「ちくしょ~! こうなりゃ上か下かどっちでもいい! とにかく逃げるぞ!」
「苦難と危機ばかり何度も何度も……いや、ここに居る限りずっとこうなのか」
牢屋に閉じ込められていた囚人たちを解放して、厨房を襲って食料を奪い、士気が高まってさあどうしようと考えていたところであった。
いずれそうなると予想していたとはいえ、いざその時が来ると危機感を隠せない。
ルフィは肉を頬張りながら驚き、バギーとMr.3は逃げる準備をしながら酒瓶を手放さなかった。
通路の先から特別体が大きいマゼランが歩いてくるのが見える。
もはやじっとしていられる暇はない。
先行していた囚人たちが慌てて踵を返して戻ってきており、悲鳴があちこちで響き渡っていた。
「キャプテン・バギー! 反対方向から獄卒獣です!」
「なにィ⁉ チィ、マゼランの野郎め! 本気でおれたちをとりに来やがったな!」
急いで逃げようとしていたルフィたちだが、反対方向からは武器を持った巨大な牛人間、ミノタウロスがのしのしと歩いて接近していた。
気付いた時には挟み撃ち。通路以外は燃え盛る炎と煮え滾る熱湯があるのみ。逃げ場はない。
「だがマゼランの方に行けねぇのは間違いねぇ……! 比べるならまだミノタウロスか?」
「マゼランとは戦っちゃダメよう! 麦ちゃん、ミノタウロスならあちしたちなら倒せる! ここは一旦マゼランから距離を取りましょう!」
「くそぉ、もうすぐレベル5に行けるのに……!」
ルフィは悔しげな顔をするものの、Mr.2が親切心で忠告するため逆らえない。
解放した囚人たちと共に逃げようとした時、止めさせたのはMr.1だった。
「待てMr.3。お前の能力なら毒を弾けるんじゃねぇか?」
「ハアッ⁉ ななっ、なんちゅーことを言うのカネ⁉」
「お前の蝋は水を弾く。あの毒は粘性が高い液体だ。浸食されねぇなら十分防御は可能だろう」
「無茶言うなっ! もし仮説が外れていたら死ぬのは私なのだぞ! 大体この熱気では蝋を保つのが不可能だガネ! すぐに溶けてなくなる!」
Mr.1の言葉を聞き、ハッとした顔のルフィはMr.3の隣に立って顔を覗き込んだ。
「3! お前、巨人のおっさんたちの島で鎧着てただろ」
「だからあれはこの熱気ですぐ溶ける! ほんの数秒保てばいい方だガネ!」
「じゃあ数秒使えるじゃねぇか」
ルフィが決断するのは早かった。
彼の言葉を聞いて何をするかを察したであろうMr.1とMr.2も立ち止まってマゼランを見ており、マゼランに対峙しようとする。しかし話の流れからして、Mr.3もそこに残らざるを得ない。
「ちょっと待てぇええええっ⁉ 何をやる気見せとるのカネお前ら! たとえ数秒とてあいつと向き合いたくないのだガネ!」
「逃げてるだけじゃ何にもならねぇ。やってみるぞ、3!」
「待て待て待て⁉ どうしてそう私の意思を決めるのだ貴様は⁉」
「んが~っはっはっは! 麦ちゃん、あちしも残るわよう! あちしはあんたに賭ける! ってことで行くわよMr.3!」
「いやいやいやいやっ⁉ 私は強制で残されてるのだガネ! よし行こう! とはなれんガネ!」
「諦めろ」
「そんな殺生なぁ~⁉」
Mr.3だけが嫌がっていたものの、他の三人はすでにやる気だった。
状況を見ていたバギーは彼らの傍を通り抜け、マゼランから遠ざかろうとする。
「ぎゃ~っはっはっは! 頑張れMr.3! おれはお前を応援してるぜ!」
「だったらここに残れバギー! 薄情者め!」
「海賊ってやつは生き残ったもん勝ちよォ! おい野郎どもォ! 敵はでかいがたったの一匹! 体に取り付いてシバき倒してやれェ!」
バギーは解放した囚人たちの指揮を執り、ミノタウロスへ突進させる。武器が手に入っていないため戦力として不十分。とはいえ、捕まっていた鬱憤を晴らしたい囚人たちはいつになく活力に満ち溢れていて、決死の突貫を躊躇わない。
ひとえに囚人たちがバギーを解放者と崇めているからであった。
マゼランから逃げつつ、囚人たちはミノタウロスを倒して通り抜けようとする。
ついにマゼランがルフィたちに視界を定め、捕縛するため歩みを早めようとした。
その時、しかし彼の意思とは裏腹に後方から部下が追い付いてくる。
焦っている様子の看守はマゼランを呼び止めて、敵よりも先に報告を優先させようとした。
「しょ、署長! マゼラン署長! お待ちください、ご報告があります!」
「後にしろ! 目の前に逃げ出した囚人が居るというのに何の報告がある!」
「緊急なのです! ハンニャバル副署長もすぐに署長に報告しろと! しかし、子電伝虫の通信に出られなかったので私が……!」
マゼランはすでにルフィたちに照準を合わせていた。
それだけに舌打ちを我慢できず、苛立ちながら首だけ背後へ振り返る。
「なんだ! さっさと済ませろ!」
「はっ! レベル6で――」
カチャン、と地面に手錠が落ちた。
かと思えば鉄格子の隙間からするりと人間サイズの紙が出てきて、ひらりと地面に落ちる。そして次の瞬間、元通りの厚みを取り戻して、正しく人の姿になった。
「は? お前っ、どうやって出てんだニャ⁉」
「僕はペラペラの実の“紙人間”なんだよ。隙間を通るのは特技なんだ」
牢屋の外に出て立つキリが、牢屋の中に居るピサロへにこりと笑いかける。
一口食べれば悪魔の力を手に入れられるという、世にも不思議な“悪魔の実”。彼はその中の一種を口にして、体を紙に変化させることができる能力を手に入れていた。
言いながら彼は指先だけ紙に変えて、ペラペラする様をピサロへ見せた。
「手錠は! どうやって外したニャー! 能力は海楼石で封じられてたはずだろ!」
「この辺にある物でどうにかしただけだよ。一日一回、必ず食事はあったし、床と壁は丈夫な石。目の前は鉄格子。方法は色々あるってね」
「マジか、こいつ……そんなことは前もって看守も気をつけてるってのに」
絶句するピサロの前をすたすたと素通りして、キリは軽い足取りで歩きだした。
「おい! 出せっ! 今までの非礼は許してやるニャー!」
「ちょっと待ってよ。出してあげるけど王様はあとで」
「なに~っ! なんで後回しにされなきゃならねぇんだ! さっさとしろ!」
戻れ戻れとうるさいピサロは無視して、他の囚人も一気に騒がしくなり始めるが、微塵も迷いのない足取りでキリはとある牢屋の前に立った。
鉄格子越しに、ようやく再会。
向こう側には驚いた顔をしているエースが座っていた。
「キリ……お前」
「ルフィが危ないのに黙ってられないでしょ。正直ギリギリ。成功してよかったよ」
キリは再び全身を紙にして、ぺらりと動くと鉄格子の隙間から牢屋の中へ侵入する。
再び本来の厚さに戻り、同じ空間で笑い合う。
「即席の鍵を作ったんだけどさっきので壊れちゃった。まあ他に手はあるよ」
「どうすんだ?」
「とりあえずジンベエ、君の鎖を外す。これって海楼石?」
「いや、頑丈ではあるが違うはずじゃ」
ペラペラの能力を行使し、キリの右手が紙に変化して白く染まっていく。しかし肉体の厚さは変化しておらず、形はそのままに色と性質だけが変わっていた。
キリは自らの能力を長年鍛えており、能力の拡大解釈を行った結果、能力で実現できることを増やしている。自分自身を変化させるのもさることながら、彼が多用するのは自分と同質の紙切れを操作すること。その中には本来紙が持ち得ない性質を与えることも含まれている。
変化させた右手を鉄の如く硬化させて、ジンベエの体を縛る鎖に拳をぶつけた。
甲高い音を立てて鎖が砕かれる。
ガシャンと地面に落ちるとジンベエが解放され、彼自身は驚いて「おおっ」と感嘆していた。
「流石に海楼石は僕じゃ千切れないし、解錠もできない。頼むよ」
「任せろ。壁から引っこ抜くくらいわけはないわい」
エースもまた、手足を錠で縛られ、両腕を広げるようにして壁に拘束されている。
ジンベエは壁に設置された拘束具を力ずくで引き抜き、壁を破壊してエースを解放した。手錠は着けられたままだが少なくとも動けるようにはなる。
「ハァ、まさか本当にこんなチャンスが来るとは……ありがとうお前ら」
「こうなってしまってはやむを得まい。元よりわしは政府に楯突いた身じゃ。七武海の称号は返上する覚悟。あんたを死なせん」
その間にキリが軽快なドロップキックで扉を蹴破り、破壊して道を開く。
三人は牢屋を出て、大勢の囚人が大声を発して騒がしくなったレベル6の通路に立った。
手錠を外したとはいえ、いまだに本領を発揮できる状態ではない。
エースもキリと同様に悪魔の実を食べた能力者。しかしだからこそ、“海楼石”の手錠を外さなければ弱体化したままであり、本来の力を封じられてしまっている。
悪魔の実を食べた人間は悪魔の力を手に入れ、“能力者”と呼称されるようになり、本来人間が持ち得ない特殊能力を使用できるようになる。
その代わりに万物の母たる海に嫌われ、一生カナヅチになってしまうというデメリットがある。
“海楼石”とは海と同じエネルギーを発する不思議な石で、これに触れているだけで能力者は体から力が抜けて、海で溺れているのと同じ状態になってしまうのだ。
最終目的は脱獄。
第一段階の目標である牢屋を出ることは達成した。
次に考えることはあらかじめ決めてあった。振り返ったキリはエースとジンベエを見て、真剣な表情で言う。
「さて、これからが大事だ。まずエースの手錠を外したいけど、戦えるのが僕とジンベエだけじゃ心もとない。ジンベエはいいとしてもこのままじゃ僕がまずい。武器になる紙がないし、実力的に役に立つかどうか」
「わしらを出してくれただけで十分過ぎるほどじゃ。ありがとう」
「能力は使えねぇが、動けねぇほどじゃねぇよ。多少はおれだって役に立てる」
「で、一つ提案。他の囚人も出そう」
キリの提案に二人は驚きを隠せなかった。
エースは多くを言わなかったものの、特にジンベエが困惑を色濃く表す。生き残るために彼なりに真剣に考えているのだろうとわかるが、あまりに危険過ぎると考えているのだ。
インペルダウン、レベル6“無限地獄”。
世の中から存在を抹消された伝説的な凶悪犯罪者のみが収監されている場所。
一度野に放ってしまえば、世界がどうなるかわからないような人間ばかりがここに居る。今の今まで牢屋の中に居たエースやジンベエもそうだ。世の中に対する影響力があまりに強いため、絶対に外へ出さないためにここへ収監されている。
それらを解き放った時、何が起こるかを予想するのは簡単ではない。
ジンベエは渋る態度を見せ、考え直すように言う。
「キリ君、それはまずい。ここに居る連中はわしらでも止められるかわからん。外に出してしまえばそもそもこのインペルダウンが未曽有の大混乱になる」
「いいねぇ、大混乱。大好物だよ」
「囚人同士の殺し合いに発展しかねん。そしてその後、シャバに出た囚人は何をするか。世界中の多くの人間を不幸にすることになるかもしれんぞ」
「そんなの知ったこっちゃないね」
キリは何でもないことのようににこやかな顔で言った。それ故にジンベエは驚愕する。
「僕はルフィが大事だ。エースを助けたいのはもちろんだけど、これでルフィを死なせるのはあり得ないと思ってる。世界の誰を不幸にしたって、仲間は死なせない」
「じゃが……レベル6の囚人を解放すれば、そのルフィ君に危険が及ぶかもしれん」
「囚人同士殺し合うなら別にいい。その辺は誘導できるし、脱獄っていう共通の目的がある以上、僕らに有利に運べる部分はある。それより厄介なのはマゼランだ。今はここから出ることに全力を注ぐって決めてあるんだよ」
冷静に語るキリは笑みこそ浮かべているものの、ふざけている様子は一切見られない。檻の中で他の囚人と話している時とはどこか違っていた。
ある意味ではこの瞬間のための会話。協力させるために時間を使ってきた。
それでも迷いがあったジンベエはううむと唸るが、エースはいち早く覚悟を決めたようだ。
「ジンベエ、やってくれ」
「エースさん……あんたも他人事じゃない」
「わかってる。だが、こうしておれたちが外に出られたのはキリのおかげだ。ここは任せてみてもいいんじゃねぇか?」
「むう……どうなっても知らんぞ」
渋々といった様子は隠せなかったが、従うことにしたジンベエが動き出す。
キリが先導して牢屋を選びつつ、囚人の解放に乗り出した。
「ところで、作戦名は?」
「え? 決めてないけど」
「ふむ。囚人と手を組んで脱獄するわけじゃから、それにちなんだ――」
「早く開けてもらっていい?」
キリに急かされ、ジンベエは牢屋の扉を軽々と破壊し、囚人を外へ出す。壊せる錠だけは二人で手分けして破壊していった。
見る見るうちにレベル6に囚人たちが溢れていき、脱獄するという意思の下、瞬く間に一つの軍団となっていく。
インペルダウンの大混乱は、最下層が更なる激化を引き起こしたのだ。