大監獄から変化していく世界   作:ヘビとマングース

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7:進撃の囚人

「レベル6の囚人が檻から出ているだと⁉ どういうことだ!」

 

 部下からの報告を聞いたマゼランはルフィたちの存在を忘れるほど衝撃を受けていた。

 敵に背を向けることさえ気にならず、完全に部下に振り返って焦りを見せる。

 その質問は当然。しかし状況を正しく理解できていないのは誰もが同じで、報告に来ただけの看守もまた慌てるばかりであった。

 

「それが、なぜかはわかりませんが“紙使い”が檻から出たようで、次いで“火拳のエース”と“海侠のジンベエ”を解放した模様です! その後も続々と囚人たちを外に出しており……」

「なぜそんな事態になった! “紙使い”には何も渡していないはずだろう!」

「わ、わかりません……」

 

 マゼランはポケットの中に入れていた通信用の子電伝虫を手に取った。「ぷるぷるぷる」と鳴いていたところを見ると他者からの通信が届いていたのだ。

 「ガチャッ」と通話を取り、通信相手に呼びかける。

 

「マゼランだ! ハンニャバルか!」

《署長~! レベル6がもう大変なことになってマッシュ! これはもう署長責任確定でしょうが喜んでる暇もありません!》

「装置を起動して出入口を塞げ! 誰もレベル6から出すな!」

 

 マゼランが鋭い声で指示を飛ばすと、通信の向こうで副署長のハンニャバルが部下たちにすかさず指示を出す。

 普段はいがみ合うこともあるが、心根では信頼し合っている二人だ。こうした事態は珍しいとはいえ有事の際には巧みなコンビネーションを見せる。

 

 マゼランは完全に足を止めていた。

 追ってこないと知った囚人及びルフィたちは完全に背を向けて逃走している。ミノタウロスとの戦闘に臨み、別のフロアへ向かうつもりだろう。

 

 考えている暇も足を止めている暇もありはしない。

 マゼランは間髪入れずにハンニャバルへ指示を出した。

 

「ハンニャバル、お前はモニタールームへ行って全体の指揮を執れ。私はまず先にレベル4の囚人どもを仕留める。どんな手を使ってもレベル6の連中を上に来させるな」

《はっ! 了解でありマッシュ!》

「サディちゃんと獄卒獣はこちらで囚人どもに当たる。サルデスにサポートさせろ。それから……この件は必ず我々で片を付ける。だが、海軍本部に報告しておけ」

《げげぇっ⁉ 私がでありマッシュか⁉ こんな時だけ署長になりたくない!》

「頼んだぞ。私は今すぐ“麦わらのルフィ”を始末する」

 

 子電伝虫の通信を切って、マゼランは即座に走り出す。

 傍に居た部下は置いたまま、一目散に逃げる囚人たちに追おうと急いだ。

 

「やはりレベル5へ向かうつもりか……なんのつもりだ。狙いは“火拳のエース”か? 余計なことをしてくれたものだ、麦わらのルフィ」

 

 マゼランは追い込むように単身囚人たちを追い、レベル5への扉を目指した。

 

 

 

 

 マゼランが突然立ち止まり、追ってこないと知った途端、ルフィたちは踵を返した。

 対抗する手段はあるかもしれない。しかし戦わずに済むのであればそちらの方がいいはずだ。

 彼らは全力でマゼランから遠ざかるべく、必死にレベル5への扉を目指した。

 

「急げェ! じゃねぇとあいつまた追ってくるぞォ!」

「よかった‼ なぜかは知らんが止まってくれて本当によかった! あんな奴と戦うなんてごめんだガネ逃げるガネ!」

「でもまだ安心できないわよう! 急がなきゃ~!」

 

 彼らが向かう先には巨大な牛人間、ミノタウロスが強烈な脅威として立ちはだかっていた。

 振り回す金棒と人間を遥かに超える筋力で、向かってくる囚人たちを紙屑のように打ち払って、一人たりとも自身の背後へ逃がしていない。

 

 インペルダウンはレベル1から始まり、レベル2、レベル3と降りていくにつれて囚人の危険度が増す構造になっている。

 レベル4の囚人ともなれば世間に広く知られた凶悪犯が揃っているのだが、ミノタウロス一体に見事に抑え込まれてしまっていた。

 

「ぎゃあああああっ⁉」

「キャプテン・バギー! やっぱりこいつ強いです!」

「せめて武器があれば……!」

「ええい、ちくしょうめ! 止まるな野郎どもォ! どの道後ろに行きゃあマゼランなんだぞ!

おれたちが生き残るにはここを通るしかねぇ!」

 

 囚人たちは「おおーっ!」と士気を高めるのだが、武器も持たずに突っ込んでもミノタウロスには敵わず、掴みかかることさえ許されずに殴り飛ばされる。

 飛ばされた囚人はぐつぐつと煮え滾る血の池に落とされて、悲痛な悲鳴がいくつも聞こえた。

 

 追いついてきた数人が囚人たちを素早く抜かして先頭へ出る。

 ルフィ、Mr.2、Mr.1は迷わずミノタウロスへ接近した。

 

 高く跳び上がったルフィはミノタウロスの頭上を越えて、後方へ向けて両腕を勢いよく伸ばす。

 ルフィは悪魔の実の一種、ゴムゴムの実を食べたゴム人間である。毛髪から肌・内臓・細胞の一つ一つに至るまで、全てがゴムで構成されている。

 彼は体を伸ばして戦うことを得意としており、ゴムの張力を生かした攻撃の速度は異様に速い。

 

「ゴムゴムのバズーカッ!」

 

 伸ばした腕を引き寄せる勢いを利用して、両手の掌底を強烈に叩き込む。

 鼻先に当てられたミノタウロスは凄まじい衝撃を受け、見た目の頑丈さとは裏腹に、思わず足元をふらつかせた。

 

 続けてMr.2が跳び上がって接近し、Mr.1が地上を駆けて正面から挑む。

 ミノタウロスは必死に反応しようとしたものの、ほんのわずかに遅れてしまう。

 

「あんた邪魔よう! どきなさ~い! オカマ拳法“あの冬の空の回想録(メモワール)”!」

 

 落下してきたMr.2がミノタウロスの脳天に蹴りを叩き込んだ。

 脳が揺れ、視界がチカチカして、やはりミノタウロスは動けない。

 懐へ飛び込んできたMr.1が容赦せずに両手を突き出す。

 

発泡雛菊斬(スパークリングデイジー)!」

 

 手で突き飛ばしただけで無数の斬撃が生じ、ミノタウロスは、全身を切り裂かれて大量の血を辺りへ散らす。

 Mr.1はスパスパの実を食べた“全身刃物人間”。自らの意思で体の各部に刃物を生み出す上、全身が常時鉄の硬度を保つという能力者だった。

 

 無数の強烈な斬撃を受けた後、凄まじい衝撃が走って巨体が宙を飛ぶ。

 ミノタウロスは背中から地面へ激突して倒れた。

 囚人たちは勝ったのだと喜ぶが、その後もミノタウロスは起き上がろうと動き出す。

 

「うおおっ⁉ まーだ動いとるっ!」

「うっそ~ん! あちしの蹴り、クリーンヒットしたのにぃ!」

「しぶとい奴だ……」

「3! ドルドルくれ!」

 

 誰よりも早く駆け出したのはルフィだった。

 ぎょっとして動きを止めてしまう全員を置き去りにして、一瞬で先頭へ躍り出る。

 名前を呼ばれたMr.3もまたぎょっとしていて、名前を呼ばれてまた驚くのだが、なぜか無視できず反射的に体を動かしてしまう。

 

「数秒だぞ!」

「構わねぇ!」

「ええい、キャンドルロック!」

 

 意を決したMr.3は前方に右腕を伸ばすと、手からどろりと動く蝋を飛ばした。

 ドルドルの実を食べた“キャンドル人間”である。彼は自らの肉体から蝋を生み出すことができ、放った蝋は時間経過で固まってしまう。蝋を操って武器や拘束具を作るのはお手の物。

 カナヅチに加えて暑さに弱くなるという弱点があるとはいえ、自身の戦闘もサポートもこなせる便利な能力だ。

 

 放たれた蝋はルフィが後方へ伸ばした右手を捉え、まとわりつき、瞬時に固形化される。しかし固まった傍から早くも溶け出していた。

 ルフィはゴムの腕を勢いよく引き寄せ、全力のパンチを打ち出す。

 

「ゴムゴムのォ……! トンカチ銃弾(ブレット)!」

 

 強烈に顎を打ち抜かれて、一瞬にして全身に衝撃が走る。

 今度こそミノタウロスは気絶して倒れた。

 ルフィの手に装着された蝋の塊は溶けてなくなり、着地した後、再び跳び上がったルフィをはじめとして囚人たちが喜びを露わにした。

 

「いよっしゃ~っ! 倒した~!」

「んが~っはっは! やったわ~ん!」

「地獄の化け物打ち取ったり~!」

 

 まだ安全を確保したとは言い難い。しかし監獄の中で鬱屈とした日々を過ごしていた囚人たちは自分の感情を爆発させずにはいられなかった。

 ルフィとMr.2が先頭に立ち、囚人たちはなおも走る。

 

「このまま行くぞ! レベル5!」

「ジョーダンじゃなーいわよ~う! 地獄でも化け物でもかかってこいやぁ~!」

「おっしゃー! ってちょっと待てェ⁉ いつの間にか本気でレベル5目指してるじゃねぇか!」

「勢いとは、怖いものだガネ……そんなことより、もう暑いところを離れたい……」

「騒ぐなバカども。素人みてぇな真似しやがって」

 

 レベル4の囚人たちは猛進を続ける。

 彼らを必死に追いかけるマゼランであったが、一旦立ち止まったのとそこまで足が速くないのが影響したようで、追いつくまでにはまだ幾ばくかの余裕がありそうだった。

 マゼランから遠くに見えるレベル4の端で、囚人と部下たちが戦い始めたのが見えていた。

 

 

 

 

 インペルダウン、レベル6“無限地獄”。

 その出入口となる階段の目の前に、強固な鉄格子が降ってきた。まるで鳥籠のように出入口を塞ぐと囚人たちを出さないよう内部に閉じ込め、さらに天井からはガスが噴出される。

 

 今こそ脱獄するチャンス。そう思ってその場所を目指していた囚人たちは思わず足を止めた。

 手錠さえ外せていない現状。本来の実力を発揮できない人間は多い。

 

「いかんな。閉じ込められた。流石にこのフロアには手を打つのが早い」

「これじゃキリは戻ってこれねぇな」

 

 噴出されるガスから距離を取って足を止めたエースとジンベエは、打つ手をなくしたとはいえ、焦ることなく冷静さを保っていた。

 他の囚人は口々に「出せェ!」や「脱獄のチャンスだぞ!」と騒いでいるのだが、少なくとも現時点では囚人同士で殺し合おうとはしていない。しかしそれもいつまでもつか。

 

「キリ君が手錠の鍵を持ってきてさえくれれば、状況は変わる。わしらも脱獄の手助けに加われるじゃろう」

「心配なのはルフィの奴だぜ……あのバカ、これ以上無茶してなきゃいいんだが」

 

 エースとジンベエは他の囚人から距離を取り、埋もれないよう位置を選んで立っていた。

 そこへ、静かな足音を響かせて近付いてくる人物が居た。

 顔見知りではない。しかしジンベエは懸賞金が記された手配書を見たことがあり、エースは監獄内でその声を聞いていた。

 

「我は、パトリック・レッドフィールド」

 

 髪が白くなった、年老いた長身痩躯の男だ。

 老いていても立っているだけで感じる迫力は間違いなく強者のそれ。噂に聞いた通り、世界に名を轟かせた大海賊である過去は嘘ではないらしい。

 

 レッドフィールドの目はまっすぐにエースを捉えていた。

 見つめ返すエースは睨むような目つきをしており、敵意は出さないとはいえ、警戒している。

 

「おれに何か用か?」

「貴様は誰だ?」

「ポートガス・D・エース。白ひげ海賊団の2番隊隊長だ。噂くらいは聞いたことねぇか?」

「フッ。あいにく監獄生活が長くてな」

 

 明らかに何らかの意図があって近付いてきた。だが出会ってすぐ本題を切り出すわけではなく、エースは感覚的に「面倒な相手だ」と認識している。

 レッドフィールドは楽しげに笑っていて、エースについて探るように質問した。

 

「白ひげの隊長ならば当然覇気は知っていよう。我は生まれつき見聞色が強く、この手で他者の頭に触れれば記憶を垣間見ることができる」

「へぇ、そうかい。そりゃ結構な特技だな」

「取引をしよう。この先、激しい戦いが巻き起こる。そこで麦わらの小僧とリンブルの子を死なせないよう守ってやる」

 

 唐突な発言だった。エースとジンベエはわずかに目つきを変える。

 

「脅しのつもりか?」

「そうではない。我が彼らを脅かすのではなく、彼らが死なぬよう守る。言葉通りの意味だ」

「それでお前に何の旨味がある。条件は何だ?」

「貴様の記憶」

 

 嫌な予感がした。

 それ以上彼の話を聞きたくなかったが、海楼石の錠によって力を抑えられているエースは、今すぐにレッドフィールドに殴りかかることができなかった。

 

「ポートガスという名は知らぬが、貴様の気配には覚えがあるぞ」

「てめぇ……! 余計なこと言うんじゃねぇ!」

「言いはしないとも。だが、そうか。読み取るまでもなかったようだな」

 

 多くは言わずにレッドフィールドは踵を返す。

 交渉は決裂。そう受け取ったのだろう。

 だからといってほっとすることもできずに、エースは遠ざかろうとする背に向かって呟いた。

 

「おれの親父は、白ひげだけだ」

「否定はせぬ。あれは昔から家族を欲していた。寝ても覚めてもそればかり……」

 

 レッドフィールドは出入口に背を向け、遠く離れていく。

 やがて影の中に入り、姿は見えなくなった。

 

「エースさん……今、囚人同士の潰し合いは」

「問題ねぇよ。おれは冷静だ」

 

 ジンベエが心配して声をかけるも、エースの鋭い眼光は少しも変わらないままだった。

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