大監獄から変化していく世界   作:ヘビとマングース

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8:愛のままにわがままに僕は君たちを傷つける

 レベル4“焦熱地獄”にある、レベル5へ続く扉の前。

 派手なピンク色のボンテージに身を包んだ女性が鞭を持って立っていた。

 獄卒長のサディちゃんは、周囲に立つ人のように二本足で立つ巨大な動物“獄卒獣”を躾け、指示を出す立場の人間だった。

 

 囚人たちが勢いを増してこちらに向かってくる。しかし彼女は慌てていない。

 扉の前にはレベル3に続く扉を守っていた看守たちが応援として現れ、さらに三体の獄卒獣。

 戦闘準備は万端であり、彼女は興奮を抑えられずに今か今かとその時を待っていた。

 

「ん~♡ ようやく来たのね。私は待つなんて嫌! 攻めて攻めて攻めまくりたいの!」

 

 走ってくる囚人たちを目にして、迎え撃つ気満々だった。

 サディちゃんはその時を今や遅しと待っていて、他人の絶叫を想像してうずうずしており、鞭でピシャンと地面を打つと呆けていた獄卒獣たちをシャキッとさせる。

 

「あなたたち、手加減無用よ。ここに来る囚人を、ん~♡ 全員ノシちゃって」

 

 簡単に指示を出し、一瞬の緊張と共に囚人との激突を待っていた刹那。

 突然背後にある扉が勢いよく開かれて、サディちゃんは咄嗟に振り返った。

 

 扉を蹴破りながら跳んで現れたのはレベル6から走ってきたキリ。道中、レベル5で遭遇した白い毛並みの狼を両手に掴んでいて、彼らは見るからに怖がっている様子だが、毛を掴まれているため逃げられないらしい。

 ブンッと狼を投げつけると、彼らは見事に着地して近くに居た看守へ吠え立てた。

 

 些細な変化。サディちゃん自身はそう断じるものの、看守たちはそうもいかない。

 わずかにパニックが広がる一瞬、獄卒獣たちはキリに目を奪われていた。

 かくいうサディちゃんもキリをしっかり視認していて、待ち構えていた優位性は失った。

 

「あなた! ん~♡ 甘く香しいスクリームの準備はできているの⁉」

「何? ラブコメの話? だったらいつでもどうぞ」

 

 着地してすぐ、キリは近くに立っていた看守を襲い、下から掬い上げるように顎を蹴り上げた。

 反応すらできずに直撃した男は一撃で気絶し、崩れ落ちる。

 その手から武器を奪い、銃を手にしたキリは躊躇わずに発砲。白い狼に気を取られて動揺していた男の脇腹を打ち抜いた。

 

「ぐあぁっ⁉」

「なっ⁉ お、おい、お前……!」

「どきなさい! あなたたちじゃ、ん~♡ 敵わない!」

 

 看守たちを押し退けるようにして前へ出て、サディちゃんは長い鞭を振り回した。

 その軌道は的確にキリを捉えるはずだったが、攻撃が来ると察知した彼は素早くしゃがみ、鞭を回避しながら再び発砲。動揺して無防備な看守に銃弾を撃ち込んでいく。

 

 再度サディちゃんが素早く鞭を振り回すも、やはりキリは軽快な動きで回避する。

 カッとなった彼女が体に鞭打つと、傍に控えていた獄卒獣たちが慌てて動き出した。

 

 ナックルダスターを着けた巨大コアラ人間、ミノコアラ。

 両手に鋭い棘の生えた金棒を持つ巨大サイ人間、ミノリノケロス。

 モーニングスターを持った巨大シマウマ人間、ミノゼブラ。

 彼らは“動物系(ゾオン)”の悪魔の実を食べた動物人間たちであり、サディちゃんの躾けにより従順に従う凶悪な看守となっていた。

 

 三体が同時に武器を振り上げ、襲ってくる。常日頃から囚人に対する慈悲など微塵も持たない、拷問と戦闘のために生きる兵器じみた生物たち。攻撃の判断は一切迷わない。

 筋力も相当なもので、武器を振り下ろすスピードは常人に反応できるものではなかった。だがキリは紙一重で避け、彼らの足元へ潜り込む。

 

「邪魔しないでよ」

「邪魔してるのは、ん~♡ あなたの方なの!」

 

 奪ったサーベルを使ってミノコアラに斬りかかる。

 豪快に腕を振るい、足首を狙って刃を当てたのだが、頑丈な皮膚によって刀身の方が折れた。

 すかさず反撃が来る。キリはさほど驚くこともなく後退し、頭上から降ってきた拳を回避する。

 

「流石に紙がないと厳しいなぁ」

「あ~っ! キリィ!」

 

 なんとも嬉しそうな声が聞こえてくる。

 振り返ったキリはにこりと笑い、ずいぶん久しぶりに感じてしまう人物と再会した。

 

「ルフィ!」

「お前ェ~! なんでこんなとこにいんだよォ! 無事でよかった~!」

「私に、ん~♡ 背中を見せるなんていい度胸!」

 

 サディちゃんが激しく鞭を振り回してキリを狙った。しかし彼は軽く跳んで回避し、ルフィの方ばかりを見ている。

 足止めとしてはほんのわずかな時間。しかしその一瞬が致命的となった。

 隊列を乱した看守たちは、勢いに乗って合流した囚人たちにより、大波に呑まれるかの如く一瞬にして瓦解する。

 

「行っけェ~!」

「押せ押せェ~!」

「マゼランが来る前に突破しろ~!」

「ギャーッハッハ! やれやれェ野郎ども! おれには見えるぜ、さらに勢いを増したおれたちがシャバに出ていく未来がな! ド派手にカマしてやれェ!」

 

 囚人と看守との激突が始まる。

 キリを狙っていたサディちゃんは眼前にやってくる囚人を相手にせざるを得なくなり、獄卒獣たちも近くに来た囚人に狙いをつけて戦い始める。

 

 その一方、キリは仲間の下へ走っていた。

 自らを最初の仲間として海へ誘った男、ルフィと再会して嬉しそうに笑う。

 

「キリィ~!」

「うわっとっと」

「なんだよお前! 捕まってたのはすげーショックだけども! ここで会えてよかったァ!」

 

 合流と同時、ルフィがキリに飛びついて抱きしめた。心細かったのもあるが彼が捕まっていたというのが大きいのだろう。いつになく子供っぽく喜んでいる。

 受け止めたキリもまた素直に感情を表していて、見るからにほっとした笑みだった。

 

「そっちこそなんでこんなとこに居るのさ。死ぬんじゃないかと思ってハラハラしたよ」

「エースの処刑のこと聞いたんだ。助けねぇとと思って」

「処刑? へぇー、エース処刑されるとこだったんだ」

「あっ! エース! キリに会えたのは嬉しいけどエースも助けねぇと!」

「そうだね。とりあえず牢からは出したよ」

「すげぇなお前⁉」

 

 二人がしばらく立ち止まっている間も周囲では囚人たちが戦っている。

 ふと視線を移したキリが呟く。

 

「っていうかマゼラン来てるけど」

「ほんとだ⁉ やべェ!」

「むぅ~ぎちゅわ~ん! 嬉しいのはわかるけドゥ、話すのは後! まずは突破するわよーう!」

「よぉし! 行くぞキリ!」

「あいあい、キャプテン」

 

 ルフィもキリも今になって心底安心した様子だ。

 力が抜けるのではなくむしろ増しており、顔つきが変わって再び戦場へ飛び込む。

 ルフィはMr.2・Mr1と共に獄卒獣へ向かい、キリはスピードに乗ってサディちゃんへ接近した。

 

「ん~♡ 屈辱! 私に勝てると思われるなんて!」

 

 サディちゃんが巧みに操る鞭を回避して前進。彼は一瞬たりとも足を止めなかった。

 

「インペルダウンがここまで荒らされるなんて!」

 

 接近されようと距離を選ばず、サディちゃんは長い鞭を見事に振るってキリを狙う。

 それでも軽い動作で動き回る彼には当てられない。業を煮やした彼女は思わず蹴りを放った。

 

「私は攻めたいのに! ん~♡ まるで攻められてるみたいなこの状況が許せない!」

「そんなこと言わないで。攻められるのだって案外悪くないよ?」

 

 鋭い蹴りを紙一重で回避し、キリは左腕をペラリと紙にして、蹴りを放った直後のサディちゃんの足に巻き付けた。

 軸足を足払いで浮かせ、もう片方の手でサディちゃんの体を支えると、背後に振り返りながら全力で投げる。

 

 狙った先は落下防止に設置された柵の向こう。その先は血の煮え滾る鉄窯まで落下する。

 到着したマゼランは、真っ先にその光景を目撃した。

 キリはにこやかに笑っていて、不思議とその表情が鮮明に見えてしまう。

 

「拾わなきゃ死ぬよ」

「あ~れ~!」

 

 考える暇もなくマゼランは走った。

 右手を伸ばしてサディちゃんの体を掴み、血の池に落ちるのを阻止する。

 それと同時にマゼランはすでに攻撃を行っていた。

 

 ドクドクの実を食べた“毒人間”。マゼランは外部から毒を取り込み、全身から様々な毒を分泌することができる。

 サディちゃんを助けると同時にキリへ向けて毒を放っていた。

 背中から巨大な竜の頭が生まれて首を伸ばしており、彼を包み込もうと大口を開けて迫る。

 

 長く伸びてきた手にガッと首根っこを掴まれて、キリの体は急に後ろへ引っ張られる。

 それでも毒の竜が迫るのは変わらないのだが、突然キリが長い鞭を振るって竜の頭を打った。

 

 ドポン、と竜の頭が床に衝突した時には、広げられた毒の中にキリの姿はなかった。

 獄卒獣たちは気絶こそしていないものの退けられていて、倒れた人間以外辺りに囚人は居ない。ほぼ全員がレベル5へ降りてしまった。

 マゼランは額に青筋を立てて、怒りを隠せない形相になる。

 囚人からここまでコケにされたのはインペルダウン始まって以来。ついに思考が切り替わる。

 

「ん~♡ ごめんなさい署長っ。あの紙男ォ……! 私を攻めた上に鞭まで奪って!」

「構わん。おれも後手に回ってしまった。一旦状況を整えるぞ」

 

 マゼランはそれ以上の追走を行おうとせず、一旦立ち止まった。

 武装した看守たちが蹴散らされた。サディちゃんも回避され、獄卒獣は健在とはいえ脇に吹き飛ばされている。敵を甘く見ていては状況は何も変わらない。

 

「奴らはレベル5へ向かった。おそらくレベル6の囚人たちと合流するつもりだろう。だが、このインペルダウンから出るためには地上部分まで出る必要がある。道は限られているのだ。こちらも状況を整え、正面から奴らを迎え撃つ」

「全面戦争ね。ん~♡」

「これより先、署長権限により全囚人への処刑許可を出す。ただの一人とて脱獄は許さん」

 

 囚人は捕縛して牢屋に戻す。そう考えていたのが甘かった。

 決して油断していたわけではないのだが、敵が想像以上に厄介だったのは認めざるを得ない。

 マゼランの決定はすぐにインペルダウンの全職員へ伝えられ、その本気具合と危機感に、静かながらも前代未聞の混沌が広がっていく。

 

 マゼランはインペルダウンにおいて最強を誇る人物。

 その男がそこまで言うのかと、彼の強さと恐ろしさと、そして優しさを知る看守たちは激しく動揺していた。

 

 

 

 

 インペルダウン、レベル5“極寒地獄”。

 長い階段を降りると、レベル4とは打って変わった雪景色。当然のように気温は低く、防寒着もなしにそこに居れば体が震えて仕方ない、レベル4と同様に呼吸するだけで辛い環境。

 

 勢いのままにこのフロアへ飛び込んだ囚人たちはぴたりと足を止めていた。

 異常な寒さで急に冷静になってしまって、寒い寒いと騒ぐのである。

 

「さみぃ~っ⁉」

「さんむぅ~っ⁉」

「さんみゃあ~っ⁉」

「なんじゃあこりゃあっ⁉ 灼熱の次は極寒って、この監獄はどうなってんだよォ! かかか寒暖差がやばばばばば……!」

「あぅあぅあぁ、暑いよりマシだだだが、こここれはこれで地獄だガガネ……!」

 

 他の囚人たちと同じく、バギーとMr.3は喋ることすら辛そうに凍えている。

 一方、そうした環境下でも元気な人間は居る。

 

「か~みちゅわ~ん! お久しぶりねい! 元気だったぁ~ん!」

 

 Mr.2は涙を流しながらくるくる回り、キリとの再会に喜びを表す。

 流した涙が瞬間的に凍っていくものの、どうやら全く気にならないくらい嬉しかったようだ。

 

「やあボンちゃん。みんな揃っちゃって、同窓会?」

「んが~っはっはっは! あいにくあちしらも捕まっちまって! でも奇遇! これは奇遇よん! なんつったって頼りになる脱獄仲間がこんなに揃っちまったんだものぅ!」

「相変わらず元気だねーボンちゃんは。しかし寒いね」

「え? そう? そういえばなんだか寒いような気も……さむぅ⁉ さむぅうあああああっ⁉」

「またかよオカマ野郎⁉ うるせーってんだよォ!」

「なぜあのテンションが維持できるのカネ……本当に恐ろしい」

 

 異常なテンションで騒ぐMr.2にバギーとMr.3が黙っていられず、彼らのやり取りを聞きながら、へらへら笑うキリであったが寒さを嫌がり、ルフィに抱き着いて離れなかった。

 そのルフィもまた心底寒がっていて余裕がない。

 雪は好きだが喜ぶ余裕はなく、がちがち歯を鳴らしながら辺りを確認する。

 

「うぅぅ~さみぃさみぃ……! 早くレベル6に行こう! エースは無事なんだよな!」

「おっとそうだった。僕が案内するよ。まあ罠とか狼とか色々あるかもしれないけどついてきて」

「寒いよりマシだろ! 狼なんか来たら焼いて食ってやる!」

「あぁ、それもいいかもね」

 

 案内するとは言ったものの、囚人服のみ身に纏い、よほど寒いのが嫌なのか、ルフィに抱き着いて離れようとはせずそのまま歩き出す。

 最初は亀のように歩みが遅かったものの、やがて寒さに耐えられなくなり、逃げるように速足になっていく。

 

 囚人たちも大人しくついてきた。

 この寒さから逃れられるならレベル6でもいい。そう判断して意思を一つにしていたのだろう。

 少しでも耐えられるようぎゅうぎゅうに集まって、その中でバギーとMr.3が話していた。

 

「おおおい、気付けばどんどん下っていっちまってるが、これはほんとに理にかなってんのか?」

「も、もももう、私には何もわかんガネ……なな、何が嬉しくて、地獄の最下層に……」

「もうすぐ会えるんだなぁ、エース!」

「うぅ~、さむぅ~」

 

 看守が追ってこなかったことで、一同は何事もなく無事にレベル5を通過した。

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