TSサイボーグ戦士になって人類の敵と戦うことになった 作:タメガイ連盟員
キャスター付きの大きな鏡を愛奈の正面に置く。
「人のまま……」
信じられない、と言った風に呟く愛奈。
「んじゃ、次はこっちを」
夕紀は愛奈のALISである『ルビナス』を差し出す。アルテミス女学園では、高等部に進学する際、それまでの戦闘データに基づいてオーダーメイドされた専用のものが贈られる。愛奈の『ルピナス』は弓型のもの、夕紀の『アコニツム』は三本一組の直剣型となっている。
前話でも述べたが、ALISには登録者のP細胞活性化率を表示する機能がある。やり方はまったく簡単で手に持つだけ。こうすれば、ALISに使用されているプレデターパーツがペガサスの持つP細胞に反応して活性化状態になり、P細胞が持つ熱電発電機能によって生じた電力でALISが起動する、と言う仕組みになっている。
恐る恐る『ルピナス』を受け取った愛奈が活性化率が表示される液晶を覗き込む。
「……え?」
そこに表示された『47%』と言う数値にまたもや驚愕する愛奈。この人、何年か分の驚きをこの数分で使ってるのではなかろうか。
「故障じゃ、ないよね」
「前に硯が言ってましたけど、そこ、構造が結構簡単だとかで故障するのは稀だそうっす」
「そっか……」
硯とは高等部一年の硯夜稀のことで、エンジニアのようなことをしているペガサスだ。ALISの製造メーカーほどではないが、ALISのメンテナンスや周辺装備の開発製造を行っている。
「ねぇ、何が起きてるの?」
「そう言われても、俺も何がなんだかわかんないんすよ。わかっているのは、先輩がゴルゴンになってないこと、それから先輩の活性化率が下がっていることぐらいです。って、これ、今確認したことですね」
そう言われた愛奈は少し考えるそぶりをしてから、夕紀に尋ねる。
「じゃあ、答えられることだけでいいから、質問に答えて」
「ウッス」
ここはどこ?:街林の民家
なぜここに:雨が降っていたので雨宿りみたいな?
あなたが運んできたのか:部分的にそう
この服は?:この家にあるものを拝借した。元々着ていた制服はそこにかけてある。たぶんまだ乾いてない。あっ、湿ってるわ
「なぜ、私の活性化率は下がっているの?」
愛奈が本当に聞きたいのはこれだろう。ところどころ曖昧な表現で濁していたが、はっきりさせないといけない。
「そいつが下の階にいます。行きましょう」
愛奈はそれに頷き、ベッドから立ち上がろうとする。しかし、うまく立ち上がれずよろめいてしまう。夕紀が慌てて支える。
「大丈夫っすか?」
「ありがとう。体に力が入らなくって」
「活性化率が下がったのとなんか関係あるんですかね? あ、いや、わかんないっすよね」
ともかく、夕紀は愛奈を支えながら一階に下りる。
「紙を捲る音……?」
愛奈の視線はリビングであろう部屋の扉に向けられている。ペガサスの聴覚ならば、わずかな音も聞き取ることができる。
「人がいるの?」
「人……なんですかね。あ、一人で立てそうっすか」
夕紀は愛奈から離れると躊躇うことなくリビングの扉を開く。室内には足の踏み場もないほど大量の本が積み上がっていた。テーブルや椅子にまでも積み重なっている。
そして、椅子に座りページを捲っている鎧もどき。
あいつ、言葉がわかるどころか文字も読めるのか、と思いながら夕紀は鎧もどきに声をかける。
「おーい」
鎧もどきが視線を二人に向ける。唖然としている愛奈を余所に、夕紀は軽く手を振って応える。
「あ、あれって、傘を差しだしてくれた……! そうだ、あの触手が首を噛んで、何かが体の中に入ってきて……!」
じゃあその何かが活性化率を下げたってことか? と思いながらも夕紀は未だに鎧もどきと活性化率の低下が頭の中で結びつかないでいる。要するに未だに信じられないのだ。
「あれが先輩の活性化率を下げたんだ、と思います」
「そうとしか思えないけど……あっ」
鎧もどきがこちらに歩いてきた、と思ったらそのまま通り過ぎて玄関へ向かう。靴箱から小型のガスボンベを取り出しリビングに戻ってくる。それからテーブル周辺の本を部屋の隅にまとめ、事前に用意していたのか濡れた布巾でテーブルを拭き、キッチンの床下収納から持ってきたカセットコンロにガスボンベをセット。水を張った鍋をコンロに置いて火をつけ、そこに缶詰を二つ入れる。鯖の味噌煮、牛肉の大和煮と書かれている。
「なに、やってんですかね、あれ……?」
「食事の準備、かな……」
「あいつ物食えるんですか?」
鎧もどきが入り口に近い椅子を引いている。座れ、と言うことだろうか。
「えっと、ラブ先輩、どうぞ?」
「えっ、うん」
愛奈が戸惑いながら着席すると、もう一脚。仕方ないので夕紀も着席する。鎧もどきは愛奈の対面に座る。
「やっぱ人間みたいっすね……」
「うん、でも」
改めて、鎧もどきの姿を見る。よくよく見れば、鎧に覆われていない部分、特に関節は明らかに人間のものではないし、顔面も「一」の字のようなスリットの奥に何か光源があるのか、一つの光が見える。それらはこれまで戦ってきたプレデターの体組織によく似ている。
「人型のプレデター、ってわけっすか。ゴルゴン以外の」
改めて口にしてみると、なんとも言えない違和感がある。プレデターだったとしても、人間のように振る舞っているのはやはり異様だ。
「彼、性別があるかわからないけど男性っぽいから、そう呼ぶけど、私がまだ人間でいられるのが彼のおかげだとしたら、月世も救えるかもしれないんだよね?」
月世。
また、愛奈が死亡しても同様だ。月世が生存させられているのは、あくまで愛奈がそう望んだからなのだから。
「ラブ先輩は、こいつをどうしたいんですか」
「アルテミス女学園に連れて帰りたい。そして、月世を助けて欲しい」
鎧もどきがプレデターであるなら、アルテミス女学園は敵の巣窟だ。そんな場所に来てくれ、と言うのは実にとんでもないお願いだ。ここまで月世を連れてこられない以上、そうするしかない。
「まあ、俺は自分じゃ判断できないから先輩に判断丸投げするつもりだったから、そうしたいならそうしますけど、ただ、一つ、いや、どうだろう、ともかく、先輩やこいつのことは周りに知られないようにしないといけないんじゃないかと思います」
「え?」
瞬間、夕紀の空気が豹変する。普段の気楽なものが消え失せ、鬼気迫るものが浮上する。
「あのですね、今の先輩は世界に一人しか存在しない、活性化率が95%以上の状態から40%台まで下がったペガサスなんです。P細胞の研究はいろんなところがやってますけど、上昇を少し抑えることはできても下げることなんて誰もできてないんです。いいですか、いいですか、先輩、ないんですよ、できたことないんですよ、そんなこと!」
夕紀の声が尻上がりに大きくなっていく。
「だから俺も先輩も半信半疑なんですけど、だからこそまずいんです、誰か知られたら! 今までないってことは、とんでもない価値があるんですよ、先輩とこいつには! ダメです、絶対に。誰かに知られちゃいけない。ことに天馬の連中には! あいつらに知られたら何が何でも手に入れようとします、アルテミスを潰してでも! そうなったら先輩は二度とアルテミスには戻ってこられない、絶対に!」
夕紀は熱弁しながらガチガチと歯を鳴らし、テーブルの上で強く握りしめられた手も激しく震え、瞳には異様な光が灯っていた。
「生きたまま、そう、死んだらP細胞も死んじゃうから生きたまま、生きたままですよ、ありとあらゆる実験をされます、生きたままで、ですよ!? わかりますか、わかりますよね!? 殺してくれって言っても聞く耳なんて持たれない、殺してくれないんですよ、死なせてくれないんです! ああ、ダイチも、コウタもみんなみんな! あいつら、あいつら、あいつらあいつら!! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるるるるるぐぐぐぎぎぎぎぎぎぎぎいいいいい!!」
ガリガリと頭を掻き毟る夕紀。頭皮を爪で傷つけてしまったのか、顔に血が垂れる。
「ちょ、ちょっと落ち着いて夕紀!」
余りにも急激な変化に、愛奈は慌てて夕紀の肩を抑える。
愛奈から見た夕紀の印象はだらしがない、と言うものだった。戦闘中はともかく、日常生活では制服も着崩していたし、たまに見かけてもどこかでゴロゴロしているばかり。愛奈も気を遣って話しかけたことがあるが、ふにゃふにゃと返事をするだけで、何か悩みがあるようには思えなかった。何がスイッチになったのかはわからないが、心の奥底にこんなものを隠していたなんて。
夕紀の視線が愛奈に向けられる。思わず怯んでしまいそうになるほどの殺気を湛えている。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ……はい、落ち着きます」
さきほどまでの狂態をスッと引っ込ませた夕紀は普段通りにしか見えなかった。だからこそ異様さが際立つのだが。
「……その、とにかく秘密にしようって言うのはわかった。けど、月世が助かったら、高等部には知られちゃうんじゃない?」
「はい、つっきー先輩の活性化率を下げるなら、二年の先輩達にも知られます。それから、後のことをどうするか考えるのは野花に押しつけたいから野花には教えないといけないし、俺らの頭じゃわかんないことだらけだから硯にも話さないと」
「つまり、高等部だけの秘密に? 確かに高等部は実質隔離されているから色々隠すには向いてる」
「はい、高等部の中なら、たぶん、大丈夫、だと思います。高等部以外には漏らさないようにしないと。俺、二年の先輩のことはそれほど知らないんですけど、ラブ先輩から見て秘密を漏らしそうな人っていますか」
愛奈は五人いる二年生たちの顔を思い浮かべる。四年以上一緒に戦ってきた仲だ、信用できる。それに彼女達の活性化率も高い、話せばわかってくれる。
「いないと思う」
「つっきー先輩は……一番大丈夫そうですね」
「まあ、それはね」
「となると、あとは」
夕紀と愛奈が鎧もどきに視線を向ける。それを鎧もどきは戸惑ったように受け止めていた。
識別番号01「え、え、ど、どうしよう。缶詰温めてる場合じゃねえ!」