花海咲季:ジャンケンには必勝法がある
「咲季さん、今度の仕事でライブ終わりにジャンケン大会をしてもらうことになりました」
「分かったわ」
花海咲季の次の仕事について、先方との会議で決まったジャンケン大会を伝えると、意外にも快諾した。
花海咲季といえば負けず嫌いなので、負ける前提のジャンケン大会は断るつもりだと思ったのだが。
「ん、なに?もしかして、この私が負けると思っているの?もちろん勝つわ!」
どうやら、うちの担当アイドルはどこまでも勝ちに拘るようだ。
しかし、今回は500人強の箱であり、ジャンケンの回数は4回程度である。勝算はあるのだろうか。
「500人なら負け得るわ!だからこそ、勝ちたい!負けたくないのよ!」
まだ、勝てる算段はないらしい。
そんなこともあろうかと、調べておいた統計データを取り出す。
「この統計によると、ジャンケンではグーを出す確率が最も高く、チョキがその次に高い。そして、連続で同じ手を出す確率が低い。なので、咲季さんが初めにグーを出せば最も少ないパーが残ります。パーの次にパーは出づらいので次もグーを出します。すると、またパーが残り、続けてグーを出せば最も人数を少なくできるはずです」
このジャンケン大会はスポンサーの宣伝としての割引券配布を目的としているため、10枚程度は配布しなければならないが、プロデューサーとしては花海咲季の勝つ姿も見たい。
花海咲季のこの性分も魅力の一つであるため、花海咲季を勝たせつつ配布方法を変更することにしよう。
と、内心で話を進めていると、花海咲季から待ったがかかった。
「プロデューサー、私にとっての勝つというのは、誰にも負けないこと。でなければ、悔しくもないわ」
花海咲季の目指す勝ちとは、観客全員からの勝利。逆に言えば、現実的に、500人に同じ手を出させる必要がある。
そんなことは可能なのだろうか。それはまさしく、観客との一体感であり……
「そう、アイドルの極致でもあるわ」
花海咲季はその未だ幼さが残る顔に誇らしげな笑みを浮かべる。
「いえ、洗脳の方が近いですね」
「あら、意外に冷静ね」
完全勝利には2つのステップがあり、一つは観客が一体になること、もう一つが出す手を把握していることである。それは洗脳だろう。
だが、もし500人の一体化が可能だとすれば、問題は花海咲季が一対一のジャンケンで勝てるか、という3割の確率に帰着する。
その確率を超えるのは、妹である花海佑芽には無敗とのことなので、もしかしたらあり得るのやもしれない。
そこで一つ、提案をした。
「咲季さん、ジャンケンをしませんか?」
その無敗が運か実力か、見定めるための勝負である。
「いいわよ」
勝負、それは本気にならなければ負ける世界。本気なものが立てる土俵。
「……」
室内に緊張感が漂う。
花海佑芽とのどんな勝負も想定している花海咲季は、ジャンケンにおいて一つ上の段階にいる。
故に、こちらも全力を出せる……!
「……」
ジャンケンの勝ち方は3つあり、煽り、後出し、運勢である。まずは煽る。
「咲季さん、この勝負で勝ったら、一つファン受けのいい趣味を新しく作るという話を受け容れてもらいます」
「いいわ。どうせ私が勝つもの。でもそうね、私が勝ったらレッスンを佑芽と同じ日に調整してもらうわ!」
煽ることで勝ちではなく負けないことを意識させ、曖昧な手や後出しなど問答無用の負け判定を無意識に怯えさせる。
「では、じゃーんけーん……」
次に、リズムの主導権を握ることにより、出すタイミングを自由に調整でき、相手は後出しにならないよう早めに出させることができる。
さらに、こちらは少し腕を余計に引くことで、ストロークを長めに保ち、途中で手を変えるのに十分な時間を確保する。
これがルール内の後出しである。
「ぽん!」
予想通り、一足先に出した花海咲季の手はチョキ。それを見た瞬間に手をグーに変え、未だに体の横にある腕を所定の位置に突き出す。
「ほらね、私の勝ちよ」
結果は花海咲季のパーによる勝ちである。互いの手が揃う前に花海咲季もチョキからパーに変えたようだ。
明らかなイカサマだが、この後出しはイカサマとして指摘できない。指摘すれば、先にイカサマした方が不利である。
まさか、花海咲季にはイカサマも効かないとは……恐れ入った。
ならば、今度はイカサマなしで真っ向勝負である。
「え?3回勝負?子供っぽいわねぇ。まぁいいけど」
花海咲季には先ほどの会話で、同じ手が連続する確率が低いことを伝えた。つまり、グーを出したためチョキかパーを出すと予想するはずである。
負けない手としてはチョキだが、花海咲季は勝つためにグーを出すこともあるだろう。
ならば、負けないためにはグーを出せば良い。
「行くわよぉー。じゃんけん」
と、花海咲季はそこまで読んでパーを出すため、チョキである。
「ぽん!」
結果は花海咲季のグー勝ちである。まさか、花海咲季は未来予知でもできるというのだろうか。
「2回勝ったけど……え?3本勝負じゃなくて先取?往生際が悪いわね。でも、いいわ!勝てるもの!」
どうすれば絶対王者花海咲季に勝てるだろうか。勝つ方法はないのだろうか。
いや、一つ勝ち方は残っている。
「これで最後ね、せーの」
「「じゃんけん」」
3つの勝ち方、煽り、後出し、そして残された最後の希望――運勢。データは捨てて来た。この戦いについてこれそうにないのでな。
「「ぽん!」」
結果は、花海咲季のチョキで勝ちである。どうやら、無敗伝説は本当だったらしい。
完敗を喫したこの身体は、勝者が放つ重圧に耐えることができず膝を屈した。
「ふっふーん!私の勝利よ!プロデューサー!」
花海咲季はいつものように勝利を誇った。
通常、ジャンケンで3回連勝することは稀にあるが、運勢にだけ頼れば3.7%程度である。
対して花海咲季はいつも先に出していながら、相手がイカサマをすれば手を変える反射神経も持ち合わせている。
これはおそらく、勝つべくして勝っているのだ。
「……後学のため、勝ち方を教えていただけませんか?」
「そんなの、プロデューサーの行動パターンから次の手を予想しているだけよ。長く居ればいるだけ精度が高くなるわ」
なるほど、花海佑芽が勝てないはずである。
しかし、もしかしたら花海咲季ならば500人とのジャンケンであっても勝てるかもしれない、と思わせるには十分である。
「この調子なら、後はライブを成功させるだけですね」
「それが本分だもの。成功させるわ」
決意を新たに踏み出した一歩は、今までより遠くに行けた気がした。
「あ、佑芽とのレッスン日、調整頼んだわよー!」
ジャンケンをしていたらレッスンの時間になった花海咲季は、事務所を急いで出ながら、そんな言葉を残していった。
――ライブ当日
「じゃーんけーん、ぽん!」
ライブ後のジャンケンは普通に負けた。