月村手毬:外面が悪い
月村手毬は顔の造形と歌唱力に優れ、中学時代は実力ナンバーワンを誇っていたアイドルユニットの元メンバーである。だが、その評価に相反するように、数多くの荒唐無稽な噂が蔓延っている。
「プロデューサー、話があるんだけど」
それが月村手毬の第一印象であり、孤高の狼と自称する程度には、気高く強かであった。
ところが、その実、孤高の狼であるが、その表現には収まらないことを身を持って知ることになる。
(大変なことがなっちゃったんだよぉ〜!)
月村手毬から謎の電波を受信した。なんだか、嫌な予感がする。
「どうしましたか?」
「それが、焼き芋を食べたくなって……」
焼き芋、それは秋の旬であるさつまいもを焼いたものである。古くは落ち葉をかき集めて作ることもあったが、昨今は規制されている。
そんな焼き芋で大変なことになるということは、校内で落ち葉を焼いたのだろうか。
「分かりました。火を消しに行きましょう。どこで落ち葉を焼いてしまったんですか?どうせ、いつまで焼くか分からずに焼いていたら、他の落ち葉に引火してしまったのでしょう。焦らずに教えてください」
「ち、ちがう!今時、落ち葉を集めて焼き芋なんて常識外れなことしないし、焼き芋ぐらい自分で調べて作れる」
月村手毬の言葉にホッと胸を撫で下ろす。校内で落ち葉を集めて火事を起こしたとあらば、今後のアイドル人生だけでは済まない失敗談となっていた。
しかし、火事ではないとすると大変なこととはなんだろうか。
月村手毬の言では、月村手毬は焼き芋を調べて作ることができるらしい。
ということは、レシピを調べたということである。
月村手毬は内心の性格もさることながら、言動も非常に悪い。
つまり、焼き芋を試みたものの上手く作れず、衝動的に誹謗中傷を書き込んでしまったのだろう、と予想される。
「分かりました。では、ウェブサイトでヒットした焼き芋のレシピにコメントを書いたら、何故か燃えてしまったんですね?月村さんのことですから、お節介をしてしまったのでしょう。今どんな状況か見せていただけますか?」
「別にいちいちコメントなんて書かないよ。ボランティアじゃないんだし」
月村手毬はコメントをボランティアだと思っているようだ。認識に齟齬はあるが、コメントをしていなければ火種はないはずなので一安心である。
はてさて、担当アイドルはどんな大変なことをしたのだろうか。皆目、見当もつかない。
月村手毬を少しは理解したと思っていたが、案外早とちりだったようだ。
「それで、焼き芋が食べたくなって、どうしたんですか?手が回るうちに仰ってください」
「プロデューサーが邪推し続けたから話が進まなかったんでしょ!」
ふんっ、とあからさまに怒った様子でそっぽを向いた。
怒りを収めてもらえなければ話しすらできないようなので、なんとか宥めることにする。
「その点については申し訳ありません。いくら大変なことであろうと怒りませんから、仰ってみてくれませんか?」
(そこまで言うなら、話してもいいかな……)
「そこまで言うなら、話してあげるよ」
またもや謎の電波を受信した。どうやら怒りは収まったらしい。月村手毬の表情は未だに如何にも怒っている様子だが、内心ではすでに許されているのだろう。
機嫌が良くなった月村手毬は、大変なこと、の正体を明かした。
「実は、焼き芋がどうしても食べたくなって、ライブ帰りに屋台で買った焼き芋が美味しかったんだ」
「ライブ帰りというと、2週間ほど前のライブですか?」
「うん。それで、私ってほら、クールで美人だから。屋台の人に覚えられちゃって、買う気もないのに呼び止められるの」
「買う気はないのに、つい買ってしまったと?」
「うん。屋台の人って商売上手だね。尊敬する」
「2週間も前から毎日?」
「そう……あっ」
月村手毬は反り上げた眉を垂れさせ、切なそうな顔をした。大変なことが身に起きていることを思い出したようだ。庇護欲を掻き立てられるが、厳しい現実を突きつける。
「太ったんですね?」
「ふとっ……!」
「現在の体重はおいくつですか?」
「プ、プロデューサーは私のなに!?お母さんぶらないで!」
またもや眉を吊り上げ、憤りを顕にする。クールとは、こんなにも感情の起伏が激しいものだろうか?
「プロデューサーです」
「ぅ……」
「体重の維持はプロデュースにおいて最優先事項であり、両者間で共有し解決すべき課題です。そして、渡した食事の他に間食をした担当アイドルの食事を考えるのはプロデューサーの役目です」
(そんなに責めなくったっていいじゃない!私がダメなのは分かってる!)
「少し増えたぐらい、レッスン量を増やせば問題ありません!」
「問題あります。休息と練習はバランス良く行う必要があります。食事でカバーできる範囲は食事でカバーしてしまいましょう。さぁ、体重を教えてください」
「……ぅぎぎぎ」
月村手毬は小動物のように威嚇し始めた。
月村手毬は怖がりなので、なるだけ凄まずに丁寧な口調で話したが、ストレスを与えすぎたようだ。
謎の電波を受信するため、アンテナを立ててみる。
(プロデューサー、怒ってるのかな……)
想像通り、怖がらせてしまったらしい。反省である。
ただし、いくら反省したところで月村手毬からの印象を修復できるわけではないため、打開策を考える必要がある。
取り敢えず、赤ん坊をあやすように微笑んでみることにした。
(何あの顔。どういう感情……?キモいし怖いぃ)
月村手毬は青褪めた。逆効果だったらしい。
次は、機嫌をとるために美味しいマンマをご馳走したほうが、効果がありそうである。
「……そもそも、屋台の人の焼き芋も口もうまいのが悪い」
「口車にまんまと乗せられたわけですね」
月村手毬が心を開くほど口の巧い店主には妬いてしまう。是非、教えを請いたい。
「……っ。分かりました。見せれば良いんですよね!?」
「はい。体重を見せてください」
「じゃあ、プロデューサーのを先に見せてください!そしたら私のも見せます!」
うちの担当アイドルは素っ頓狂なことを言い出した。
月村手毬の体重は弱点克服のために必要なため、正当な交換条件はより良いプロデュースである。
ところが月村手毬が交換条件として示したのは、アイドルでも女性でもない一般人の体重である。この値のどこに、月村手毬の体重と等しい価値があると言うのだろうか。
今度はこちらが返答を遅らせると、ここぞとばかりに月村手毬は捲し立てた。
「やっぱり、プロデューサーだって体重を教えないじゃない!恥ずかしいから!じゃあ、私も言わない!」
月村手毬はそう言い放って、事務所を出て行こうとドアに近づいた。これ以上、体重を言及したところで藪蛇だろう。
次善策を行使することにした。
「月村さん。では、こちらをどうぞ」
ドアの前で立ち止まった月村手毬に、平たい段ボールを手渡す。
月村手毬は怪訝な顔で段ボールの商品情報を読んでいるため、補足で説明をする。
「これは体重計です。スマホアプリに体重を記録されるのでダウンロードをお願いします。自己管理もでき、プロデュースにも活かせるはずです」
「今のままでも自己管理できてますけど」
「秦谷さんから古い体重計は壊れていると聞いています。プロデュースに活かすために経費で買ったものなので、遠慮せずどうぞ」
「……ありがたく貰っておきます」
その夜、プロデュース用スマホに送られてきたデータは、52kgだった。