我らプロデューサー候補生   作:フユガスキ

5 / 9
プロデューサー(広):篠澤広のプロデューサー。デカければいい。

篠澤広:食が細い


篠澤広とバスト

 少女たちが夢を掴むために、日々切磋琢磨し合う初星学園。その一角にはプロデューサー候補生のための事務所が設けられている。

 そのとある事務所は中が見えないように、ドアの磨りガラスにはカーテンを掛け、窓はマジックミラーに張り替え、まるで怪談の空き部屋の様相を呈する。

 

 そんな事務所で、全年齢のアイドルからグラビアに転身するには何が必要か、いや篠澤広には無理だ、と意味のない思考をしている男一人と、レッスンに疲れ果ててソファで寝ている女が一人。

 その男の邪な考えを察知したのか、女は起き上がった。

 

「……ふぅ」

 

「キンッキンに冷えたコーヒーならそこにある」

 

 篠澤広が寝る前に熱々のコーヒーを淹れろとせがむので、態々インスタントのものを作ったのにもかかわらず、しばらくの間ぐっすりと寝ていたのですっかり冷えてしまっている。

 篠澤広はカップ一杯のコーヒーを、まるでハバネロエキスでも飲んでいるかのように苦しみながら一口飲んだ。

 

「……ままならないね」

 

「コーヒーくらい普通に飲んでくれ」

 

 篠澤広の脆弱ぶりには困ったものだ。

 どうやら、寝起きは肺が縮こまってしまって、水分を摂るのも一苦労らしい。一旦、カップを机において、篠澤広は深呼吸し始めた。

 

「ん……プロデューサー、アイドルの寝顔、見れて、嬉しい?」

 

「テメェのキレーな面にコーヒーをぶっかけてやろうか、と思った」

 

「ふふ……寝耳に水、ってこと?……やってみたい」

 

 寝起きでも打たれ強さは健在らしい。いつまでその豪胆さがもつのか、楽しみである。

 篠澤広は深呼吸を終え、またもやキレーな面をしかめてぐいーっと飲み干した。

 

「プロデューサー……何か入れた?」

 

「入れてねぇよ。豆でも入ったんだろ」

 

 きっと、異物感があるなら、その正体は粉々の豆だろう。インスタントの袋がどこか破けたのかもしれない。

 それが嫌なら、実家に帰ってママの愛情たっぷりミルクでもせがむんだな。

 

「ううん。たぶんこれは、愛情」

 

「……インスタントだぞ」

 

 何いってんだこいつ。ついに頭まで壊れたか。

 頭が壊れた篠澤広はソファから立ち上がりフラフラとこちらに近づき、机に広げていたグラビア誌を覗き込んだ。

 

「今日はどんな子、見てるの?」

 

「アァ?お前とは似ても似つかねぇボインボインのお姉さまだ」

 

 男というのはデカい背中、デカいロボット、デカい恐竜、と兎に角デカいものが好きなのだ。乳もデカけりゃ何だっていいのである。

 その美学が分からない篠澤広は顎に手を当てて考える素振りを見せた。

 

「胸が、大きいほうが、好き?」

 

「うむ」

 

「プロデュースするなら、胸が大きい子、のほうが、いい?」

 

「うむ」

 

 篠澤広の聞く価値もない疑問に首肯する。

 乳の大きさが知名度に影響するのは世の常だろう。その知名度は収益には還元されないが。

 その返答を聞いて、篠澤広は徐ろに自身の平らな胸を弄り始めた。

 

「むぅ……例えば、佑芽?」

 

 花海佑芽というと、補欠合格のイカれシスコンである。どういうわけか、最底辺から一気に駆け上がり、今や一番星(プリマステラ)を狙える実力と成長性がある。

 その実力の大部分を占める超肉体は、初星学園に並ぶ者はおらず、日本の伝統決闘競技――相撲において右に出る者はいないだろう。

 だが、惜しむらくはその体躯。うちの担当アイドル、篠澤広よりも小さな背丈では世界のスモウレスラーたちには遠く及ばないだろう。

 

「なしだな。お前より小さいし」

 

「じゃあ……姫崎先輩は?」

 

 姫崎莉波というと、学園の3年間にぱっとした結果を残していないグラマラスボディの持ち主である。あの花海佑芽に匹敵し得る超肉体を持ち、下半身での勝負は一歩リードしている。

 しかし、それは鍛え上げられていない偽物の超肉体。下半身を活かせるスタイルを確立していない今は、花海佑芽に勝つ術はないだろう。

 

「なしだな。ひ弱には立てぬ舞台よ」

 

「確かに、筋肉は必要不可欠」

 

 日頃のレッスンにしごかれた篠澤広は辛い日々を思い出して眉を顰めた。筋肉が皆無な篠澤広には、それはそれは苦しい筋トレだろう。

 だが、頂点に立つ者が一切の苦しみから解き放たれるように、苦しみとは成長の排泄物である。苦しみは平等に与えられた劣等の証明であるため、劣等生らしく散々苦しむがいい!フハハハ!

 

 などと悦に浸っていると、篠澤広は作業用デスクに腰掛けた。

 

「プロデューサー……今度のライブの、服について相談したい」

 

「衣装と言い給え」

 

 思い返せば、眠る前にそんなことを言っていた気がする。

 

「衣装の胸周り……ほら、私の衣装って、結構、輪郭がはっきり、してるから……」

 

「はっきりと言い給え」

 

 篠澤広にしては珍しく歯切れが悪い。まだ寝起きだからか頭が回っていないのだろうか。

 だが、いくら頭を捻ろうとも、衣装を変える気はない。なぜなら、そのどれもが趣味嗜好を完璧に反映した至高の逸品だからである。

 無論、ビームを出せと言われれば、その限りではない。

 

「…胸が大きくなった、かも」

 

 プロデューサー人生3回目となる激震が奔った。そのうちの1回の篠澤広のか弱さを知って以来である。

 胸が大きくなった、すなわち、衣装のバストに余裕がないから修繕を依頼したいようだ。

 

 しかし、少し前に仕立てたばかりの衣装なので、多少の成長は許容範囲内のはずである。いくら成長期と言えども半年も経たずに苦しくなるほど、むしろ衣装が苦しむほど成長するだろうか。

 チラリと篠澤広の乳に目を向けるが、およそ成長しているとは思えない。

 

「……きゃーーっ」

 

 篠澤広は恥ずかしそうに乳を手で覆った。

 

「何がきゃ~っ、だ」

 

「普通の女の子は、胸を、見られると恥ずかしい」

 

 篠澤広が普通の女の子……?ここは地獄か?

 普通を自称するならもう少し筋肉をつけるよう勧めたいところだが、篠澤広自身が望んでオーバワークしているため、やはり普通にはなれないと再確認する。

 

「それで、乳が膨らんだとは言うが、実際には何cmになったんだ?」

 

「プロデューサー、バストは1人だと、測るのが難しい」

 

 篠澤広は至極真っ当なことを言った。君はいつも正論を言う。それでこそ我が右腕に相応しい。

 

「いつもつるんでる奴に測ってもらえ」

 

「……千奈?」

 

「バカいえ。倉本嬢にそんなこと頼めるかよ。イカれシスコンのほうだ」

 

 こいつは豪胆というか何というか。怖いもの知らずにも程があるだろう。

 流石に倉本の名を知らぬことはないから、もしかしたら秘めたる力を持っているのかもしれないが。

 いやもし本当に持っているのだとしたら、倉本嬢がお気に入りにするのも頷ける。倉本嬢は生まれながらにして慧眼をお持ちのようだ。

 

「でも、佑芽に巻かれると、たぶん潰れる……胸が」

 

 篠澤広が脆いのか、花海佑芽が強いのか。どちらもだろう。

 篠澤広が花海佑芽に潰される姿は想像に難くないため、代案を考えることにする。

 

「そういえば、腰回りも少し苦しくなってきた」

 

「なに?まだあるのか?」

 

「うん。全体的に小さい」

 

 衣装のサイズが合っていないとなると、それはもう素人が出る幕ではないだろう。

 

「それはもう、"衣装さん"に採寸を依頼するしかないな」

 

 通称"衣装さん"は初星学園が厄介になっているデザイナーである。いつも初星学園をどこからか観察していると噂で、衣装のイメージを説明に行くと、毎度すでに設計図が用意されている。

 その手際と職人気質から、誰しもが"衣装さん"にさん付けをするようになった。

 

「どうせ、もう授業がないんだろ?今からメシついでに行くぞ」

 

「わかった」

 

 今は14時18分。急いでいけば受付に間に合うだろう。

 

――――――

 

 篠澤広を連れて受付に行き、1時間後に予約を取って、昼飯を食してから再度衣装さんの元へ訪れ、篠澤広の採寸が終わるのを待つこと30分。

 へなへなに疲れ果てた篠澤広が奥の個室から出てきた。

 

「良く頑張った!真っ白に燃え尽きたんだな!こんな……髪まで真っ白にして!」

 

「ふふ……もう、立てない……」

 

 その後、新たなパターンを刷って出てきた衣装さんの話によると、篠澤広のサイズは前回と寸分違わなかったらしい。

 単純に、篠澤広の普段の姿勢が矯正されたから、むしろ衣装にぴったりになっているのだとか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。