我らプロデューサー候補生   作:フユガスキ

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プロデューサー(広):幸せは野望の先に置いてある

篠澤広:感情はまだ定義できない


篠澤広とクローバー

 少女たちが夢を掴むために、日々切磋琢磨し合う初星学園。その一角にはプロデューサー候補生のための事務所が設けられている。

 そのとある事務所は中が見えないように、ドアの磨りガラスにはカーテンを掛け、窓はマジックミラーに張り替え、まるで怪談の空き部屋の様相を呈する。

 

 人気のないその部屋から時折漏れる紙を捲るような異音は、さらに人を避ける要因となっている。

 

「ケッ、最終回発情しおってからに……」

 

 週刊少年誌を片目にレポートを纏めていたが、つい読み込んでしまい悪態を吐く。

 少年が求めている御伽噺は若い学生の発情期なぞではなく、血で血を洗う闘争か野望を胸にした冒険だというのに、なぜ、夢にまで現実を見なければならないというのか……。

 

 やはり、夢を見せてくれるアイドルは素晴らしいものだと再認識し、現実味を本質と混同させる漫画に文句をだらだらと言いながら二週目を読もうとしたところで、弱々しく事務所の扉が開いた。

 この弱々しさは十中八九、担当アイドルのものだろう。少年誌から腕時計へ目線を滑らせれば、その予想を強固なものにした。

 亡霊のような蒼白い肌に耳を赤くした篠澤広は、想像通りに開けた扉から入ってきた。おはようという挨拶でさえ精気が抜けている。心なしか冷気を纏っているようだ。

 

「ハロウィンは終わったぞ」

 

「……そ、外はとても寒い。……死ぬところ、だった」

 

 篠澤広はこちらに近づきながら氷属性の手を伸ばした。

 何をするか無礼者!この城の王だぞ!と亡者の手を振り払うついでに、追撃を先んじて封じるべく10分程前に自販機で買ったあたたか〜い烏龍茶を握らせる。

 烏龍茶を受け取った篠澤広は、少しぬるくなった容器を両手で包み込むことで、ささやかなる温もりを手に入れた。

 

「……体で温めて、欲しい」

 

「ハハハ、ナイスなジョークじゃないか、ハハハ」

 

 アジアのリトルなバディじゃ、ホットに感じる程度じゃ済まないぜ?と戯けてみせる。

 まったく。海外仕込みの理性的なジョークで会場のボルテージは熱々だよ。

 対して冷めきった篠澤広は身体と青くなった唇を小刻みに震わせながら不敵に薄く笑った。

 

「プロデュー、サーも冷たい、好き」

 

「さっさと飲んで元気溌剌になったら、扉を閉めてくれ。寒くて敵わん」

 

 鶏ガラが発情し始めたのでぞんざいに扱うと、何が面白いのかまた笑った。やはり、奴の考えていることは分からない。

 満足げな篠澤広は適温になった烏龍茶に口をつけ、温かみを存分に味わうようにゆっくりと傾けて飲み干した。

 

「きゅう」

 

 篠澤広が断末魔を上げると、糸が途切れたかのようにこちらに目掛けて倒れ伏した。殺気を絶やした一連の動きは、常にスキャンダルを警戒するプロデューサーの気配りを掻い潜り、膝の上に細く軽い上半身を預けることを可能にする。

 

「なっ――!ええい、気を持たぬ弱き虫けらめ!そこを退かぬか!」

 

「……虫の息。動けない」

 

 太ももにじんわりと氷のような冷たさが広がる。

 自らの限界を知る賢い人間は寒さに応じて着込んで対策をするが、篠澤広のことだから賢い人間を真似た服で外を出歩いたのだろう。

 篠澤広が普通より大幅に耐久がないことは、当人も知るところであるが。

 

「今、最終回発情期の漫画を読んで、虫の居所が悪いんだ。賢い判断をしたまえ」

 

「ふふ、プロデューサーはしたことないの、恋?」

 

「はぁ?恋だぁ?」

 

 恋。それは熟れた果実入りジャムのように甘く、芳しいワインのように得難く、豊穣な大地を眺めるような至高の感情。若者に許された特権。

 だが、時に初心な若者はあらゆる料理に恋という高級酒をぶちまける過ちを犯す。

 その過ちの基である感情は一時のものであり、証拠に人生を縛られる謂れはない。故に、賢い人間は恋を幾多も経験しているが、甘酸っぱい青春とは無縁である。

 

「恋なぞいらん感情」

 

「……童貞」

 

「うっさいわ」

 

 ここは大和魂が眠る日本。日本の快男児に向けたアメリカンジョークはぶった斬られても文句は言えない。

 

 そろそろ、急激に体温が局所的に上昇したことで脳に送られる血流が減り、低血圧による前後不覚で倒れてしまった篠澤広も目の焦点があった頃合いである。

 警告虚しく膝上から退く気がないのならば、斬るのも止むを得ない。

 

「てか、烏龍茶で少しは元気になっただろ」

 

「さっきまでみんなとハイテンションだった、から、今日はもう元気出ない、かも」

 

「なんで冬の寒空の下に倉本嬢を引っ張り出してんだ」

 

 最期の遺言だけは聞いてやろうと思っていたが、思いも寄らない問題発言が篠澤広の口から飛び出した。

 これで、もし倉本嬢が風邪でも引けば、斬首、いや切腹ものである。

 

「千奈が、四つ葉のクローバーを探したい、って言うから、佑芽と一緒に3人で校庭に行って、雑草を探した」

 

「ほう」

 

 倉本嬢はロマンチストのようだ。

 それに比べて篠澤広ときたら……少しはオトメゴコロを宿してほしいものである。

 

「でも、目当ての雑草が見つからなかったから、クローバーの変異種の作り方として、芽を傷つけるとどれかは変異するって助言したら、雑草を踏み回ることになった」

 

「そうか」

 

 3人のアイドルが校庭でゆるふわおしゃべりする仲睦まじい様子から一変し、残虐にも草花を踏み荒らす暴力的な絵図が想像された。

 

「最初は、二人とも遠慮してたんだけど、毎年クローバーを探しに来る人がいるから、って言ったら、二人ともやる気になって。……校庭を歩き回っていたら、千奈がクローバーを発見した」

 

 篠澤広は思い出話に耽けながら態勢を変えた。膝の上に寄りかかり続けるというのは疲れるようだ。

 

「ということで、はい。プロデューサーにもクローバー、あげる」

 

「んな雑草より、案件貰ってこい」

 

 篠澤広は徐ろにポケットを弄り取り出したものは、小さな三つ葉のクローバーだった。

 例え四つ葉だったとしても一蹴していたが、とんだ拍子抜けである。

 

「今の流れで四つ葉じゃねーのかよ」

 

「……欲しかったの?」

 

……チッ。見透かしたようなことを。

 ここで強く否定すると、それはそれで躍起になっていると思われそうなので、すべてを見通しているような篠澤広の橙の目を欺くように、極力感情を表に出さずにやんわりと否定する。

 

「ふふ……ままならない、ね」

 

「幼稚な趣味はままなってくれ」

 

「幼稚じゃない、よ。題して、『みちくさ研究ノート』。映えある1ページ目は、プロデューサーの、好きな草花にする」

 

 篠澤広はそう言うと漸く膝の上から立ち上がり、適当な紙にクローバーを綺麗に挟んで、何冊か雑誌を上に置いた。押し花にするつもりらしい。

 そもそも渡す気がなかったのかよ、とツッコむとまた誂われるのは容易に想像つくため、なんとか飲み込む。

 

「完成したら、見せる、ね」

 

「見せんでいいわ」

 

 雑草とはいえ、飛び級で大学に行くような頭脳の持ち主が"研究"と称したものだ。それ相応に専門的な研究内容を纏めるつもりだろう。プロデュース専攻には縁のない話である。

 いや、幼稚さ加減は否定したが、趣味に関しては否定していないため、趣味の研究ノートであろうか。どちらにせよ完成するか怪しい代物である。

 

「……そういえば、こんなに可愛いくて惚れたアイドルが、膝下にくっついていた、のに、色気のある話がなかった。プロデューサーには性欲ないの?」

 

「誰がてめぇで興奮するか。もっと胸盛ってこい」

 

「……なる、ほど」

 

 篠澤広は頷きながら研究ノートに何かしらを書き込んだ。

 明らかに会話とは関係ない行動に、書き記した内容が気になってしまうが、見せんでいいと言った手前、聞き出すのをぐっと堪える。

 

「ふふ、見たい?」

 

「……チッ。見たかねーよ」

 

 若造が舐め腐りおって……。手玉に取られてやるのも今のうちだ。寛大な心で許してやろう。

 

「これは、『みちくさ研究ノート』。みちくさは、趣味の道程だよ」

 

 聞いてもないのに、篠澤広は意味のわからないことを言った。

 趣味の童貞?

 こんな痩せっぽっちが童貞を食いまくる尻軽に変貌するとは到底思えないが、夢は壮大でいい。プロデューサーは全てを許容する。

 

 まぁ、いずれ己の限界を感じて捨てるだろうと興味をなくし、今日も篠澤広に最低限のレッスンをした。

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