藤田ことね:お年玉をあげる方になるのが夢。
「プロデューサー、あけおめでーすっ」
「はい、明けましておめでとうございます」
「新年一発目のことねちゃんはどーですか?かわいいですよね?」
無機質で飾り気のない事務所の扉から顔を覗かせた世界一可愛い担当アイドルは、新年早々あざとい挨拶を投げかけてきた。
帰省して正月を実家で過ごした藤田ことねは疲れが抜けたのか、今まで以上にあざとい。
致死量のあざとい藤田ことねを目にしてしまったからには、鞄から財布を取り出すのも仕方がないだろう……。
「え、何ですか……あっ、もしかしてお年玉ですかぁ!えへ、あざますっ!」
「はい、少ないですがもらってください」
「さすが、プロ――エ"ッ」
やはり藤田ことねは可愛い。
その可愛さは如何にして手に入れたのか?
遺伝もあるだろうが、日々欠かさないケアとメイクの賜物だろう。それ相応の対価を払って然るべきである。
故に、藤田ことねの小さな手に自身の財布を惜しむことなく差し出す。
受けとった藤田ことねは可愛らしく悲鳴をあげた。よほど嬉しかったのだろう。
「あ、あの、冗談で……」
「冗談……そうですよね。お金などという価値の変動が激しいものより、価値が一定な現物が欲しいですよね」
「いや、そういうわけじゃ……あ、いえ、そうですそうです。なのでその、もっと手頃なものでいいですか……?お返しできないので……」
「もう貰っているので要りませんよ」
「えと、何をですカ?」
「藤田さんの笑顔です」
藤田ことねは白い肌を朱に染めて、吃驚仰天とばかりに仰け反った。
おや、この仰け反り加減は……少し硬くなったか?レッスンプランに支障が出ないよう、あとでトレーナーに伝えておこう。
「なんであんなセリフ吐いた直後に、メモとってんですか!こわいですよ!」
「怖がらせてしまいましたか。申し訳ありません。以後気をつけます」
「またメモとってるし……。てか、感情ごちゃ混ぜすぎて、逆に落ち着いてきたわ。人間ってすげぇ」
「えぇ、その頂点が藤田ことねです」
「あーもう、次から次へと……!」
藤田ことねは頭を抱えて、まるで二日酔いに悩まされているときのように呻いた。本当に二日酔いのときの藤田ことねが頭を抱えるかは、5年以降に分かることである。今から楽しみだ。
「って、ちがーう!財布!これ、返します」
「少なかったですか?カードが入っているので、足りなければ引き出せますが……」
「そういう問題じゃないです。この量は、あたしが後ろめたいので!怖いので!受け取れません!」
藤田ことねは腕をブンブンと短く振って語気を強めに拒否した。小動物のようで愛らしいことこの上ない。
生憎、小動物を愛でたことはないが、藤田ことねがそのサイズになったら、ガラスケースに閉じ込めて一生を監視下に置くのも納得がいく。
「なるほど、では手頃なものを用意しておきます」
「なんか悪寒が……。それはさておき、せっかくなら一緒に買いに行きませんか?」
「良いですよ。どこへでも」
「どこへでも、じゃないわっ!最寄りの商店街ですよ!」
――――――
初星学園を出て最寄りの商店街へと着いた我々は、【藤田ことねに最も似合うお手頃価格のもの】を探し求めていた。
「別に最もじゃなくても、プロデューサーが担当アイドルに身につけていて欲しい私物でいいんですケド」
「それこそが、藤田ことねに最も似合うものです」
世界一可愛いアイドルに宇宙一似合うものを身に着けていて欲しいと願うのは、至って普通だろう。
しかし、その願いを叶えるのは、中々に困難である。
そもそも、【藤田ことねが喜ぶお手頃価格のもの】であれば、贈り物として自然な消え物を渡すだけで達成されていたのだ。
だが、今回は常備することが前提であるため、消え物は選べない。
さらに、ぬいぐるみやキーホルダーのような単体で可愛いものは、藤田ことねの可愛さに打ち消されてしまうため無意味である。
また、他人が選ぶ髪留めやポーチのようなアイテムは、藤田ことねの可愛さを損なってしまう可能性があるため却下である。
となると残るは、機能性を重視したもの、例えば雨具や文房具などの日用品であるが、学生のお手頃価格に至高のものが見つかるだろうか……。
「何見てるんですかー?」
「様々な種類の海老天のキーホルダーが入っているガチャガチャです。食べかけが大当たりらしいですね」
「えー、かわいーじゃないですか。お揃いにしましょーよ」
「藤田さんっぽいと思いましたが、ダメですね。似合いません」
「え、え?」
困惑した様子で立ち止まってしまった藤田ことねは、その愛くるしい両目をぐるぐるさせた。
倒れないように肩をそっと支えると、一層もたれかかるように身を預けるので、手と腕でしっかりと支える。
「なんか、あたしのことがしゅき過ぎるプロデューサーにひどいことを言われた気がします」
「流石に海老天は似合わないかと」
「違いますよ!海老天があたしっぽいとか言ってましたよね!?もっと他に、例えられるものがあるでしょ!」
「そう、ですか?例えば何でしょう」
「た、例えばですか?自分で言うのはちょっと……猫とかですかね」
「あざとかわいい」
「え?何ですかプロデューサー?もう一回お願いします」
「猫を自称してしまう担当アイドルが世界一可愛い」
「にゃ〜、ぷ〜ろでゅ〜さ〜、あたしのことしゅきすぎ〜!」
藤田ことねは猫撫で声でフリフリと猫のマネをしたポーズをとった。
生憎と愛玩動物を飼ったことはないが、藤田ことねならば見てるだけで癒されるという感情がわかるかもしれない。
「さて、そろそろ商店街の端ですネ。何かお眼鏡に適うもの、ありました?」
「えぇ、藤田さんに最も似合うものを選定しました。受け取ってください」
「もう買ってたんですね。あ、少し待ってください」
藤田ことねは猫のマネをした時に乱れた髪を整えて、完璧可愛い顔にしてから、はいどーぞ、と贈り物を促した。
ドキドキと擬音を声に出して、態とらしく期待しながらも、実際に少し嬉し恥ずかしと顔を赤らめる様は、あざとさが天元突破している。
「お納めください……」
恭しく贈ったプレゼントは、限られた条件下で選りすぐりの至高に到達した一品である。
「こ、これは……!」
「はい、白蛇の皮の御守りです」
「またヘビかよぉ!」
神の使いや金運として有名な白蛇。その皮を剥いで切り刻むことで、金運アップの御守りとしたものである。
これを選んだ要因は、財布に入れるものだから、ファッションに影響しない点が大きい。
仮に、藤田ことねが重度の御朱印コレクターだった場合のみ最悪の選択肢になるが、そのような情報は掴んでいないため至高の選択であろう。
「まぁ、ありがたくいただきます。せっかくのプレゼントなんで」
「お気に召していただけましたか」
「んー……取り敢えずさっきのガチャガチャやりません?今度はあたしが払うので」
気に入ったようだ。
御守りを受けとった藤田ことねはさっそく効力を試すべく、カプセルトイの前に立つ。
最近のカプセルトイは二百円や三百円するものが多く、偶に五百円なんてものもある。百円で1回なんて時代は疾うに過ぎ、三百円で2回とか、五百円で3回とかいう時代を遷移して、価格上昇に歯止めが利かない。
件の海老天のカプセルトイは小指サイズで三百円という、至って普通の代物である。3回回せば900円……怖い世の中になったものだ。
「1回で三百円となると、謎に緊張感がありますね……」
「7種類の海老天が入っているので、揃えるとなると最大8回は引く必要がありますね」
「きっといけますよぉ……。しゃー!まず一発目ぇ!そぉい!!」
ジャラジャラジャラ、ガシャッガシャッガシャッ、ガララッッッ!!
気合いを込めた一閃は、油断していたカプセルトイから当たりを引き出すに足る勢いだっ!!
「さぁ!これで、どうだあああぁ!」
「これは……!プリプリデカ海老天!海老天にしては幅の広い身は、押すとプチプチとしつつ何とも言えない弾力感を味わうことができますわ〜!」
「ノリが良いですね、プロデューサー」
「花海さんの真似をなさっていたので」
プリプリデカ海老天を見事当てた藤田ことねは、もっちゅもっちゅと独特な音のする海老天をもっちゅもっちゅと鳴らしながら額に当て、神様ことね様どうかダブらせてぇ、と念じた。
「そぉれ!」
ジャラジャラジャラ、ガシャッガシャッガシャッ、ガララッッッ!!
強い念を込めた第二投は小細工無しに、ストレートの剛速球で運気を刈り取るつもりだッ!!
「ダブったんでしょ、劣等生だからw」
「これは……!丸海老天!背わたを取らなかったおバカさんは、どこのどなたですの〜〜!わたくしですわ〜〜!」
「千奈ちゃんしかレパートリーないんですか、プロデューサー」
「藤田さんの交友関係の中で最も関わりが薄そうなので、下手でも気づかれないかな、と」
「交友関係全部把握してるとか、こわぁ」
無論、交友の輪が広い藤田ことねの長所を存分に活かすべく、その交友は随時チェックしている。一部でも欠ければプロデュースのパフォーマンスが低下する危険性を孕んでいるため、怠れない。
むしろ、本当に怖がっているのは、次のカプセルトイで約千円を消費することになるという事実だろう。
藤田ことねの指は細く震えている。
この機を逃せば、残りの未確保海老天は4種。3種を手にしているので、次に当たる確率は高い。さらにその先も確率は高くなる一方……。だから思わず引いてしまう。
つまり、ここが分水嶺。沼るか、引くか。死ぬか、生きるか……!
「藤田ことね、行きます!」
ジャラジャラジャラ、ガシャッガシャッガシャッ、ガララッッッ!!
「ゎぁ――!藤くん、やりましたよ!」
「ごほっごほっ」
突如として藤田ことねの口から飛び出た実名の破壊力と、あさり先生の物真似に思わず咳込んでしまう。
「――!プロデューサーが恥ずかしがってる!」
豪運で引き寄せたプリプリデカ海老天の喜びを上回るかのように、小童が新たな玩具を手に入れたときの如く目を輝かせ、実名を連呼する。
宇宙一可愛いアイドルに名前を呼ばれる責め苦と、テンションを上げて名前を呼び続ける可愛い仕草を目の前で繰り広げられる責め苦の二重苦を受け、今にも心が張り裂けそうである。
「……ことね。名前呼びは反則よ」
「なっ……!」
いつまでも見聞きしていたい可愛さであるが、街の往来で名前を連呼するのは目を引くので止めにかかる。
おそらく、藤田ことねの憧れたアイドルの物真似ならば、言うことを聞くだろう。
他の方法もあるだろうが、あさり先生の物真似をされた意趣返しでもある。
「し、下の名前……」
「あら、当然よ、ことね。あなたがあまりにも名前で呼ぶものだから、私も名前で呼ぶことにするわ。ほら、ことね。呼んでいいわよ。ことね。好きなだけ呼ぶといいわ。ことね。今の、映像に残して良いかしら。ことね。どうしたの、ことね?」
「う、うう……」
藤田ことねは林檎のように顔を真っ赤にして頭からは湯気を放ち、意識は朦朧とし始めた。
それもそのはず。今の藤田ことねにはジェットコースター並に感情が上下左右に飛んでいっているのだ。
たった数分で千円を浪費した消失感。低い確率を当て、プリプリデカ海老天を揃えた達成感。鉄面皮のプロデューサーの弱点を見つけた高揚感。会長の物真似をするプロデューサーに名前を連呼される羞恥心。ずっと名前呼びでいいのに、と思う心に対する自制心。そして、なんで他のアイドルの真似がこんなにも上手いのか、という嫉妬心。
「すぅーーーっ、はぁーーーっ。プロデューサー、会長の真似、下手ですね。とても下手っぴです。やめたほうがいいですよ」
「流石に超古参ファンの藤田さんにやる物真似のクオリティではなかったですね。申し訳ありません、ことねさん」
「きゅぅ……っ」
心做しか藤田ことねの目にハートマークが宿っているように見える。
流石は藤田ことね。最強のアイドルだ。
現実にはありえない漫画表現を、さも本当に存在するのかと錯覚するほどのファンサ。それを無意識にやってのける才能……!
やはり、藤田ことねこそがスター性最強である。
「……ふぅ。取り敢えず揃ったので、はい。一つ挙げます」
「ありがとうございます。家宝にします」
「重いですってぇ!……でも、悪い気はしません。むしろ、大事にされてる感があって、とっても良いですネ」
「ええ、あなたが一寸たりとも杞憂する暇ないほどに大切にしていますし、しますよ」
「……じゃあ、あたしからも一つ、重いこと言っていいですか……?」
藤田ことねは恥ずかしそうに俯き、二房のプリプリデカ海老天をもっちゅもっちゅと握る。
既に丸海老天は眼中にないようだ。
藤田ことねの問いに勿論と即答するが、余程恥ずかしいのか重いこととやらを勿体ぶる。
「えーっと、うーんと、そうですねー……その……」
「何でも言ってください」
「……ホントに良いんですね?」
「望むことであればいくらでも……あっでも、契約解除だけは辞めてください。藤田さんが望むならしますが、大の大人がわんわん泣き喚くことになります」
「プロデューサーが泣き喚く姿……ちょっと見たいかも……。まぁ、しばらくはそんな事言いませんし、お願いしたいのはその逆です」
「逆?」
「はい……えっと、この海老天をですね……常にあたしの見える位置に置いといて欲しいんです」
……勿体ぶったにしては、幾分か拍子抜けするお願いだった。
海老天を気に入ったから、藤田ことねグッズ化して欲しいとか、海老天をはつみちゃんと並ぶキャラクターにして欲しいとか、金も人も時間もかかるお願いをされるのかと覚悟をしていたのだが。
「承知、しましたが、それでいいんですか?」
「え?けっこー重いと思うんだけどナー……。ま、あたしと会うときに着けていてくれたら、すっごいやる気モリモリ、スーパーことねちゃんになりますよぉー!」
――――――翌日
「プーロデューサァー!!これは!どういう!こと!ですか!!」
「どう、とは?」
「昨日の海老天のことですよ!」
海老天……?藤田ことねにお願いされたため、しっかりと鞄に付けているのだが、なにかダメだったのだろうか?
「それじゃなくってぇ……この、これ!」
そう言って藤田ことねが示したのは藤田ことね公式ファンクラブである。そこには祭壇に祀られた海老天が映されていた。
「何やってんですか!これのせいでなぜか……藤田ことねのキューティクルなアイテムがこの海老天になっちゃったじゃないですかぁ!」
「ステージの上からでも見れて良いですね」
「もう……本当に……うちのプロデューサーはぁ……!」
藤田ことねを怒らせてしまった。オトメゴコロは分からないな……。