怪物は、真面目な君に恋をした。   作:カブトムシの相棒

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▼いつかの話。



「キリノさん、俺……プ〇キュアに、成ろうと思うんだ」
「レンノスケさん?」
「それか、ASMR配信者に……」
「レンノスケさん???」
「あぁ、Vtuberもありだな」
「レンノスケさん??????」
「あっ!メイドさんもあったな。萌え萌えキュンっ、だな」
「レンノスケさん!?!?!?!?!?!?」




いつか、こんなしょうもない話書いてみたい。






では、本編です。




幼き少女の願い。そして聖人と怪物の想い。

 

 

 

 

 

「………落ち着いたか?アイラ」

「ぅん……もう、だいじょう、ぶ……」

 

 

 

15分は泣いていただろうか、アイラはレンノスケに抱き着いて泣き喚いていた。

 

泣いて泣きじゃくるアイラの背中を、レンノスケが優しく摩る。この行為が、アイラの涙腺を緩ませる。

 

レンノスケも少し前に限界だった時、キリノに背中を摩って貰った事があり、その時感じた優しさと抱擁具合を事確かに覚えていた。故に、この行動はキリノから学んだ物だ。

 

 

 

「もうお前に聞きたい事は、俺には無い。アイラ、よく頑張ったな」

「ぁぅ……」

 

 

 

レンノスケがアイラの頭を撫でる。

撫でられる行為に慣れていないアイラは、少し気恥しいのか、顔を赤らめる。だが、嬉しかった。

 

 

 

「カンナ局長。アイラに、まだ何か聞きたい事は?」

『……いや、もう十分だ────これより、取調べを終了する』

 

 

 

カンナに問いかけ、そして取調べが終了する。

 

長い、非常に長い取調べだった。

 

 

 

「分かった。じゃあアイラは……」

『一先ず、アイラちゃ……天丈アイラは、トリニティ正義実現委員会が来るまではヴァルキューレが拘束する。安心してほしい。牢獄ではなく、この監視室の様な一室にな』

「そうか……ならいいが」

「あの、れんのすけ……」

「ん?なんだ?」

「……こうそく、だけ?あの……ご、ごうも……いたいやつ、じゃない?」

 

 

 

アイラの発言は、レンノスケのみならず感じ実に居る者達の顔を顰めるには十分過ぎた。

幾ら劣悪な環境で、しかも拷問に対する訓練を受けてたとしても、アイラはまだ幼い子供だ。痛い事への耐性など余りにも無い。

 

恐怖……それが、アイラに押し詰める。

 

そんな怯えた様子のアイラに、レンノスケは………。

 

 

 

「大丈夫だ。そんな事、此処の者達は絶対にやらん。お前は変な心配しなくって良い」

「………ほんと?」

「本当だ。ほら、立て────……あーいや、やっぱ良い」

「ぇ………わ!わぁっ」

 

 

 

”すくっ……”

 

 

 

レンノスケは恐怖に怯えるアイラを抱き寄せ、そのまま抱っこして立ち上がる。

 

言うなれば、縦抱きと云う抱っこ方法だ。初めてにしては非常に上手く抱っこできている。

 

 

包帯特有の匂いとレンノスケの匂いがアイラの鼻に入る。何処か安心できる匂いだった。

 

そして、レンノスケの唐突な行動に、アイラは勿論、監視室に居る者達も一瞬驚くが、次のレンノスケの発言でその意図を理解する。

 

 

 

「あー……す、すまん、カンナ局長。アイラは、少し疲れている。少しの間は……えっと、少し、もう少しだけ、このままに居させて欲しいって感じで、あー、その後に、えっと、その………あれだ、マジで頼むっ!」

 

 

 

拙く、文言が定まらないレンノスケ。

 

無表情だが、少し苦しそうにしているのは誰が見ても分かった。

 

レンノスケは、アイラが怯えている理由が拷問されて痛いのが嫌だから、それだけではないと思っている。

 

 

────きっと、また”一人ぼっち”になるのが怖いのだろう。

 

 

抱き着いた時のアイラが、レンノスケの服を小さい手で”ぎゅっ”と握っているのを、レンノスケは気付いていた。

 

様々な恐怖があったのだろう、レンノスケはそう考察していた。

 

 

 

「む、無理言ってんのは分かってる。だけど、こいつはまだ”子供”だ……一人で此処まで来たんだ、味方が俺以外に居ない。だから……」

『……今日だけで何回”特別”を言ったか……ふぅ』

『姉御』

『構わん。責任は私が取る……承認だ、レンノスケ』

『カ、カンナ局長っ!』

「すまん……助かる」

 

 

 

カンナに頭を下げ一礼するレンノスケ。

 

コノカとキリノはカンナの判断に一瞬驚くが、カンナの横顔を見て……ふっと頬を綻ばせる。

 

 

 

『(局長……笑って…)』

『(ほんっと、何処までも優しいんですから……貴女(姉御)は)』

 

 

 

コノカが尊敬するカンナを想う。

 

カンナの顔は、屈託のない素敵な笑みだった。

 

そこに子供や大人達から怖がられる顔付きはない。彼女の純粋な微笑みが表れていた。

 

 

 

「アイラ、もう少しだけ、俺と居ような」

「……いいの?」

「当たり前だろ。今のお前を一人にはさせん」

「っ……ぅ……あり、がと……れんのすけ」

「おう」

『……レンノスケ、私が其処まで迎えに行く。少しだけ、二人で待って居ろ』

「カンナ局長……あぁ、すまんが頼む」

 

 

 

カンナが足早で部屋を後にする。

 

その後ろ姿は、少しの気恥ずかしさを兼ね備えていた。

 

 

 

『……キリノ、いいモン見れたな』

『え?あ……ふふっ!確かにそうですね』

 

 

 

レンノスケとカンナ、強面コンビによる”笑顔”と”子供に対する強い優しさ”。

 

中々にギャップがあって面白く、何だか此方も嬉しくなる。

 

 

 

 

 

▼数分後……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイラ、この人達が俺の上司だ」

「じょーし?」

「あぁ、先輩ってやつだ」

 

 

 

その後、カンナはアイラを抱っこするレンノスケを連れて休憩室に連れて行く。

 

コノカ、キリノも同様、休憩室に赴く。

 

そして全員が揃い、レンノスケが口にしたのは己の上の存在達。

謂わばレンノスケよりも立場が上であるという事を、アイラに教えているのだ。

 

 

 

「この”犬耳ギザ歯でおっかねぇ顔のデカパイ女”が『カンナ』って人で、この”アロハシャツを着てる実力者”が『コノカ』だ。そして……可憐で、美しく、全てが1000兆点の女性。優しく、可愛く、素敵な御方……そう、この方が俺のフィアンセである『キリノ』さんだ。よーく覚えとけ」

「殺す」(殺意MAX)

「まぁまぁまぁ!一旦落ち着きましょ姉御~」

「すみません!すみません!彼も悪気があって言った訳じゃないんです!本官からも一度確りと伝えますので……!」

 

 

 

とんでもない紹介をされ、超絶にブチギレるカンナ。

コノカとキリノは怒れるカンナを宥め、落ち着かせる。

 

カンナが殺意の波動に目覚める前に、レンノスケが閃く。

 

レンノスケはカンナに全く気にする様子はなく、アイラはレンノスケの紹介で3人を見渡し、発語する。

 

 

 

「よし、先ずはカンナ局長に挨拶してみろ。見た目は兎も角、マジ良い奴だから」

「へ?……ぁ、う、うん……ぁ、あの……こ、こんにちわ……カンナ、さん」

「お、ほら姉御!挨拶されましたよ、ちゃーんと返さなきゃ」

「むっ………」

 

 

 

レンノスケに抱っこされ、自分を見つめる幼い少女と瞳が合う。

 

その姿はまだ少し怯えている。レンノスケに抱かれて、少しは安心してはいる様だ。

 

そう、アイラはカンナの顔が怖い……など、そういう訳ではなく、アイラは只、知らない人に話しかけるのが苦手なだけだった。

 

 

 

「?……ぁ、ぇ……えっと」

「ふぅ……んんっ!────こんにちわ、”アイラちゃん”。体調は大丈夫かな?」

 

 

 

”────んッ!?!?”

 

 

 

コノカ、キリノ、レンノスケが驚愕の表情を作る。

 

先ほど監視室で見せた笑みとは違い、カンナはまるで悪魔の笑みに近い微笑みを作った。

 

 

 

「(あー、終わったかもしれんわ……ドンマイ、姉御)」

「(カ、カンナ局長~……それは悪手な気が……)」

「(俺と会った時との差が凄くね?なんであんな高い声だし……キショッ)」

 

 

 

コノカがそう呟きかけた。それはキリノもレンノスケもだ。

 

……まず、ちゃん付けだ。らしく無さ過ぎる。

 

 

 

「(クソ……最悪だ)」

 

 

 

そして、それを一番分かっているのはカンナだ。

 

今まで散々子供に怖がられてきた、キヴォトスでも屈指の強面であるカンナ。

大抵の子供なら、今のカンナの笑みを見れば……泣き喚く。

 

しかし────アイラは、違った。

 

 

 

「あ、うん。だいじょうぶ……です」

「……え?」

 

 

 

アイラは何とも思ってない様子で、カンナの問いを返す。

 

そう、アイラはあのレンノスケの顔を見ても一切恐れない強心臓の持ち主である。

それをすっかり忘れていた面々であった。

 

 

カンナは謂わずもなが、コノカ、キリノ、レンノスケの3名もアイラの対応に目を見開く。

 

奇跡が、起きた瞬間だった。

 

 

 

「?……あ、あの、だいじょうぶ……で、ですか?」

「あ……そ、そうかそうか!それなら良かった!色んな意味で……あー、そうだ。さっき食べた親子丼、あれは美味しかったかい?」

「っ!うん!ぉ、おいしかた!とってもおいしかった!」

「ふはっ、そうかそうか。あと、君が先程食べたのは『カツ丼』じゃなくて『親子丼』なんだ。レンノスケの間違いだからね」

「え、そうなの?」

「え、マジで?」

「レンノスケさん、言い忘れてたのですが、貴方がアイラちゃんに差し上げたのは親子丼と云う、カツ丼とは全くの別物なんです……」

「えー!?マジで!?もっと味わって食えばよかった……」

 

 

 

レンノスケはまだこの世界に来て一週間だ。丼の種類の区別がまだ不明な部分がある。

 

それはキリノ含め、カンナとコノカも理解している。

だから、アイラに違った知識を教えた事に対し思う所は全くない。レンノスケ自身、学びを得たと内心喜んでいるから。

 

 

 

 

「……あの親子丼は我々ヴァルキューレに贔屓して頂いてる店の食事でね、私も、よく頂戴している定食屋なんだ」

「え、そうなの?カンナさ……おまわり、さんも、よくたべるやつ、なの?」

「そうだよ。それに、親子丼だけじゃない。カツ丼や天津飯、チャーハンにラーメン……様々な食べ物が一杯で凄いんだ」

「カツどん……ちゃぁはん……らーめん?」

「……全部美味しい食べ物さ」

「ぇ……あ、あの、おやこどん、と……おなじくらい?」

「ああ、好みによっては、カツ丼を超えるかもしれないよ」

「え!そ、そうなの…?」

「そうだよ。いつか、一緒に食べようね」

 

 

 

アイラは瞳を輝かせながらカンナの話を聞く。

 

黒く長い髪を靡かせて、忙しなく動きながら楽しそうに。

 

 

 

……なんか、あいつキャラ違くね?俺と会って話した時、あいつ俺に『殺す!ガルルルルルッッ!』とか言ってた癖に

いやいや、姉御は顔がおっかなくて怖がられるだけで、何だかんだ子供には結構甘いからなー。あとソレは多分だけどあんたが悪いと思うぞ

あはは……でも、カンナ局長が子供好きなのは割と有名な話ですよ。本人は隠してるみたいですが

へぇ……ってか、あいつ、今アイラの事”アイラちゃん”って言ったぞ……あのカンナ局長が……くはっ、あ、やべ、ちょっとおもろいぞ

ちょっ、レンノスケさんやめて下さいよ……ふっ、ふふっ……!(釣られて笑いを我慢するキリノ)

くそぅ!思い出したくなかったのに……くっ、ははww(決壊寸前)

だって、さっきのカンナ、マジでやべぇぞ。なんか……『んんっ!────こんにちわ、アイラちゃん。体調は大丈夫かな?(裏声)』……って感じでアイラに話しかけてたし。誰だよお前は

「ぶふっっーー!!だーっははははははwwww!!」

うひひっ!……い、いや、全然、に、似てないですよっw……ふ、ふふっ、あはは……!あはははは!!(決壊)」

 

 

 

”コソコソコソ……ゲラゲラゲラ”

 

 

 

レンノスケの全く似てないカンナの声真似に、コノカとキリノが決壊。

 

 

 

「?……なんで、わらってるんだろ……」

「(こんの、馬鹿共はぁ~~ッ!!本当に殺す……)ふぅー……あぁ、君は気にしなくって良いからね。あのバカ共の事は

「ぇ、あ…うんっ、でも……ぁ、あの……おかお、まっかだけど……だいじょうぶ?」

「うん?ふふ、大丈夫だ。ちょっと仕事(意味深)が増えそうなだけだから、君が心配する事じゃないよ。でも、ありがとう」

「?…わっ……えへへ、よかった」

 

 

 

カンナは心配するアイラの頭を撫で、問題ないと告げる。

 

アイラはレンノスケの言った通り、此処の人達は自分に対して凄く優しいと知った。

 

 

 

「はーおもしろ!お、そうだそうだ。ほいほーい、よーうアイラちゃーん!あたしはコノカ、公安局で副局長やってる女だぞー。よろしくな」

「ぁ、ぅ、うん!よ、よろしく、おねがい……します、です」

「はは!にしても、ほんっと小さいなぁ?お前さんはー」

「ぅぁっ……あうあうっ」

 

 

 

わしゃわしゃと、少々荒めに撫でまわすコノカ。

 

見かねたカンナがすかさずコノカに告げる。

 

 

 

「おい副局長!もう少し優しく撫でまわさんかっ!この子は繊細なんだぞ」

「あの一瞬で姉御は何を見抜いたんすか……ま、確かにちょっと荒かったな、わり」

「んぁ……うぅん、だいじょぶ、です……サオリさんも、こんなかんじだったし

 

 

 

アイラは一人、誰にも聞こえぬ声量でそう呟く。

 

 

 

「(サオリさん……一体何者か、いや……それはまた、後だな)」

 

 

 

レンノスケのみ、アイラの呟きを逃さなかった。

 

アイラに関する事は粗方聞きはしたが、未だ不明点も多い。

詮索はまた後でも間に合うだろう、レンノスケはそう判断した。

 

 

 

「ふふっ……皆さん、大分アイラちゃんと打ち解けているみたいですね」

「っ!!…………ぅ、ふぅ……」

「?」

「(アイラ……震えている…キリノさんを見た瞬間に……?)」

 

 

 

カンナ、コノカと問題なかったのに、ここに来てキリノに……怯えている。

 

いや、怯えている……とは、また違う。どこか……別の意味で怖がっているような。

 

レンノスケはアイラに”敢えて”紹介を進める。

 

特段アイラがキリノに対して避けている様子はないからだ。寧ろ、自分から何か言いたげな様子でもあるから。

 

 

 

「アイラ、最後になるが、この人がキリノさんだ……最初に会った時に居た人だぞ」

「ぁ……え、えっと……」

「ふふっ、こんにちわ、アイラちゃん。レンノスケさんが紹介して下さいましたが、もう一度……本官はヴァルキューレ警察学校、生活安全局所属の中務キリノです!宜しくお願いしますね!」

「あ……」

 

 

 

キリノはアイラと目を合わせ自己紹介して、ふっと優しく微笑んで見せる。

 

幼い子供を相手にすることが多いキリノは、それはもう流石と云うべきか、誰でも安心出来るような表情である。

 

 

しかし、アイラはキリノを見た途端に、酷く焦燥を滲ませた表情になる。

 

 

 

「あ、あの……アイラちゃん?」

「……ぁ、あぅ……わ、わたし……」

「────あ、そういう事か……なるほどなぁ。アイラ、お前……」

 

 

 

レンノスケがアイラの豹変ぶりを見て、深く納得する。

 

キリノは何の事か全く分かっていない。なので、レンノスケは一言、皆に聞こえぬようアイラに告げる。

 

 

 

「安心しろアイラ、さっきも言ったがキリノさんはもう”あの事”を怒ってなんかいない。彼女は、度を越えて優しいからな」

「ぇ、ぁ………で、でも……」

「……そうだよな。それだと、今度は自分が納得いかないよな……じゃあ、どうする?」

「え……?」

「キリノさんに、何か”アクション”を見せろ……そして、目一杯に自分を見せろ。そしたらきっと、キリノさんは〈お前を見つける〉筈だ」

「ッ!……う、うん」

 

 

 

レンノスケの言葉に、アイラは意を決して、もう一度キリノの方を見る。

 

二人のコショコショ話はカンナとコノカには筒抜けであった。故に、そっと身を引いて後方でその様子を見守る。

 

キリノはアイラとレンノスケのコショコショ話が全く耳に入らなかった為、アイラのコロコロ変わる表情に困惑していた。

 

 

 

「え、えっと……一体何の事で────」

「あ、あの!き、きりの、さん…!」

「は、はい!」

「あ……あ、あの!わ、わたし────……さ、さっき、のこと、わ、わ……わたし、ずっと、ずっと!あ、あや……ま、り……たくって……」

「さ、さっきの事って……────あ、レンノスケさんの件ですね」

「ぅ……うん。その………ごめん、なさい……こわい、こと……だったから」

 

 

 

キリノの目の前で気まずそうに謝るアイラ。

 

一瞬とはいえ、キリノを命の危機に陥れたのは揺るがない事実。

怒られて、軽蔑されて当然……アイラは、そう考えていた。

 

しかし、目の前に居るキリノはそれでも尚、目が眩しくなるほどの笑みを作り、そっとアイラの頭を撫でる。

 

 

 

「あっ……ぇ?」

「先程も言いましたが、本官は何も気にしてなんかいませんよ。本官は怪我をしていませんし、何より……レンノスケさんが許したのですから」

「ぁ……ぁぅ、ぁぅ……」

「まだ貴女は幼い子供です。酷い大人に命令されて、故に酷い事をしてしまっただけです────アイラちゃん、貴女は自分が想うよりも純粋で優しい子なんです。私とこうやって向き合って、ちゃんと謝れるんですから」

「っ………うぅぅっ…」

 

 

 

思わず、涙が出てしまった。

また、泣いてしまった。

どうして、いつから?なんでこんなに涙が出てしまうの?

 

 

アイラはそう考えて、でも答えは出ない。

 

 

ゴツゴツと硬く、ちょっと荒いレンノスケの撫で方とは全く違う────柔らかくて、何処までも優しい頭の撫で方。

 

そして、許してくれた。

本当に、心の底からの慈愛。

 

レンノスケと云う自分の恩人に抱っこされて、その恩人の”大切な人”らしい人に撫でられている。

 

アイラは見ていた。レンノスケが死の淵に立たれた時、直ぐに駆け寄って涙を流しながら絶叫しているキリノの姿を。必死に助けようとしている姿を。

 

レンノスケの命が危なかったのに、キリノにとっての”大切な人”を殺しかけたのに、どうして許してくれるのだろうか。自分だって危なかったのに……。

 

様々な感情がアイラを襲う。だけど、目の前に居るキリノはどこまでも、どこまでも………優しい。

 

 

 

「で、でもぉ……わた、しぃ………きりのさんに、ひどいことぉ……っ」

「あらあら……ふふっ、もう大丈夫ですよ。大丈夫、大丈夫……本官は何も気にしてなんかいませんからね、アイラちゃん」

「ぅぁ……ぅ、ぅううぅぅ……」

 

 

 

 

 

 

 

────正直、自分なんか許してほしくなかった。

 

────自分がした事は、紛れもない殺人未遂。

 

────キヴォトスの禁忌に触れる行為。決して許される事ではない。

 

────謝って、それでも怒られて暴力を振るわれた方がまだ自分のした事に対する重さを理解出来たから。

 

 

 

────………なのに、どうして、どうして?

 

 

 

 

 

 

 

「アイラちゃん」

「ぇ……んあ……ぅぅ、ん」

 

 

 

キリノがアイラの目元に自分のハンカチを近づけ、涙を優しく拭う。

 

 

 

ねぇ、どうして……こんなに、優しいの?

 

分からない。レンノスケも、キリノも、どうして自分に、自分こんなに、こんなに優しいの?

 

 

 

 

────なんで、この人は………。

 

 

 

 

 

 

 

「────辛かったよねぇ……ほんとうにっ……つらいよねぇ…っ」

 

 

 

……自分自身も、泣いているの?

 

 

 

「レンノスケさんが、ぜんぶ言ってくれたけど………ほんとに、よく頑張ったねぇっ……」

「なん……で」

「わたしが泣くなんて、本当はだめなんだけど……ごめんね、アイラちゃんの事を知ったら……心が、いたくって………」

「なんで………わ、わたしは……わたしなんか……」

「お腹ぺこぺこで、仕方ないのに……我慢して、きつくてきつくって、でも頑張ったんですから……”なんか”じゃありません!貴女は………とっても”立派”です!」

「っ………う、うぅ……うあぁっ!」

 

 

 

────あぁ、だめだ。また、泣いてしまう。

 

キリノはハンカチと一緒にアイラの頬に触れて、片方の腕は自分の涙を見せない様に目元に添えている。

 

その光景で、アイラは理解した。

 

 

────この人は、自分の為に泣いてくれる人だ。

 

────とても、とっても、何処までも、優しい人なんだ。

 

 

 

「アイラ」

 

 

 

レンノスケの声が聞こえた。

 

視線を上にあげれば、無表情だけど、なんだか優しい表情のレンノスケが自分を見下ろしていた。

 

レンノスケはアイラを抱っこしている、そして、少し……ほんの少し、力を入れる。

 

 

 

「────家族や俺だけじゃないんだ。お前を想う者は」

 

 

 

その言葉は……自分を強くさせる魔法だった。

 

でも……今は、今だけは…聞きたくなかった言葉だった。

 

 

だって────嬉しいから。

 

 

 

「きりのぉ……れんのすけぇ……っ」

 

 

 

嬉しくて、嬉しくって、仕方がないから。

 

 

 

 

「わ、わたしっ………いきてて、いいのかな……?ひどい、こと……したのに……すごく、わるいこ、なのに……いきてて、いきてても、いい……のかなぁ…?」

 

 

 

 

酷い事をしてしまった自分は生きるに値するのか。

 

キヴォトスの”禁忌”に触れかけた自分は、この世界でのうのうと生存していいのか。

 

 

 

「当たり前だ」

「当然です!」

 

 

 

その答えは、直ぐに帰って来た。

 

肯定的で、どこまでも優しくって、頼りになる。そんな返事が。

 

 

 

「アイラ、そんな事を言うな。お前は一番、()()()()()()()()()()()()()だ」

「その通りですよ、アイラちゃん!だって……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

レンノスケの抱く力が強くる、キリノの撫でる力がもっと優しくなる。

 

自分は一人じゃない、そんな絶対的な肯定を受け、アイラは涙腺が崩壊する。

 

 

 

「そっかぁ……うえぇ、わたし、まだいきてて、いいんだぁ……────っ!ふぅぅ、うぇぇ……っ」

 

 

 

アイラがレンノスケの胸にもう一度顔を埋め、泣いてしまう。

 

 

 

「アイラちゃん……」

「アイラ、お前と会えて良かった……お前が諦める前に、お前と話が出来て良かった。もう、お前を縛るモノはなにもない……」

「うぅぅ……っ、うえっ、ふぇぇぇ………っ」

 

 

 

レンノスケの瞳が緩くなり、涙を流すアイラを射抜く。

 

鋭利な瞳だけど、何処か優しい。ちょっと怖いけど、カッコいい。

 

頼りになる……瞳だった。

 

 

 

「────後は俺に任せろ、アイラ」

 

 

 

その一言が……アイラの心身を震わせる。

 

 

 

 

 

今迄……ずっと辛かった、痛かった、苦しくって、死にたかった。

 

ずっと一人ぼっちだった。アツコに会えない時は、誰とも話せない日が続いた。

 

お腹が空いて仕方なかった。でも、家族が……アツコお姉ちゃんが食べ物を分けてくれた。

 

少ないけど、会う度に分けてくれた。サオリさんがアツコお姉ちゃんに何か怒っている時も、自分に優しくしてくれた。それだけで、お腹が一杯になった気がした。

 

()()()だった。D.U.に来る直前、そうマダムに言われた。

 

よく分からなかったけど、自分は嫌われていた存在だったって、言われた。

 

記憶がないから、アリウスで目覚めて、此処が自分の出身だったと思っていたから、少し、ほんの少しだったけど、驚いた。

 

自分は、何者なんだろう………。

 

分からない、分からないよ。

 

もう、何も、考えたくない。

 

今は、うん……少しだけ、少しだけで良いから………此処に、この人達と一緒に居たいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────たすけて……ください」

 

 

 

 

 

気付けば、アイラは、そんな事を伝えていた。

 

レンノスケ、キリノ……カンナにコノカも、アイラの発言に目を見開く。

 

涙声交じりの助けの声が、レンノスケに縋り泣く少女が発する。

 

 

 

「………アイラ」

「ぇ………あぁ、はっ、はぁっ……は、ち、ちがっ……わ、わたし……いま、の、は……

 

 

 

アイラは、自分が何を言っているのか、瞬時に理解する。

 

自分の発言に驚いて、思わず口に両手を添える。

図々しい……沢山の人に迷惑を掛けて、レンノスケを殺しかけて、キリノに恐怖を植え付けた、最悪の自分が、今なにを言っているのか………図々しいにも程がある。

 

 

 

「アイラ」

「え……あっ」

 

 

 

レンノスケに、まだ抱っこされる。

キリノに、優しく撫でられる。

 

己の両手を離して、普通ならば落ちかける筈なのに、レンノスケは筋肉質の両腕と大きい掌でアイラを支える。

 

 

 

「大丈夫だ」

 

 

 

────その言葉は、頼って良いんだと……解釈できる強い言葉だった。

 

 

 

 

 

 

「ぁ、ぁぅ……────おねえちゃんが、しんじゃう……っ!たす……たすけて、くださいっ……っ!」

 

 

 

────明日の朝、儀式で、ベアトリーチェに殺されちゃうっ!

 

 

 

「わたしには、ベアトリーチェのやることは、よくわからない……でも、ぎしきが、お姉ちゃんを”ころしちゃう”ことなのは、わかるの……そういうふうに、そだてられてるって、きいたからっ……」

 

 

 

図々しいのは百も承知だった。

レンノスケにとって自分を殺しかけた相手に、こんな願いを乞うなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 

愚かだ。身の程を弁えない子供だ。

 

アイラは居たい程、ソレを痛感している。

 

 

 

「れんのじゅけを、こりょし、かけて………こんな、わたしがいって、だめだと、それはすごくおもう………ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ……でも、わたし、よわくてっ……なんにも、できなくって……こんな、ひどいにんげんだけど………れんのしゅけしか、たよりが……いなくて………な、なんでも、なんでもしますっ……わ、わたっ、わたし、どうぐにでも、なんでもなる……だ、だから………おねがい────ぅあっ」

 

 

 

呂律が回らない。

 

最早頭で考える事もままならない。

 

今のアイラは、只々……自分を抱っこしてくれる()()()レンノスケに、助けてと乞う事しか出来ない。

 

こんな自分が嫌になる。だけど……なんでだろうか。

 

 

────どんどんと抱く力が増して、それが優しさに感じてしまうのは。

 

 

レンノスケはアイラの願いを聞き終える前に、もう一段力強くアイラを抱きしめたのだ。

 

 

 

 

「アイラ、それでいい」

 

 

 

レンノスケがアイラの背中を摩る。

 

己の胸元にアイラの顔をくっつけて、優しくぎゅっと抱く。

 

 

 

「よく、よく言えたな。その”言葉”を、ずっと待っていた」

「………ぇ」

「さっき言ったろ────全部」

 

 

 

────俺に、任せろって。

 

 

 

アイラは、頭が真っ白に成った。

 

自分が思っていた返しではなかった。それどころか、寧ろ……自分の言った無茶苦茶で身勝手な願いを、叶えてくれる。そんな返しだった。

 

 

 

「……誰かを”頼る”と云う事は、凄く難しいからな」

「ぇ、ぁ………ぅぁ」

「それが、今日のお前みたいな、最初の”出会い”だったならば、尚更な」

 

 

 

レンノスケは少しの苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「だが、お前の事情を知って考えは変わった……お前の苦しみ、俺にはよく分かる

 

 

 

レンノスケの言葉は、泣いているアイラには少し聞き取れなかった。

 

だが、キリノには確りと聞き届いた。その言葉を、ちゃんと、理解した。

 

 

 

「お前も、お前の”家族”も……俺が救ってやる」

「ぇ、ぁ……うぁっ………わ、わたしっ……!」

「おっと、おいおい。包帯が解けち……ま、いいか。ほらアイラ、泣くだけじゃ示しが付かんぞ」

「ぅぁ……じゅびびっ………っ、うん……うん」

 

 

 

レンノスケはアイラの頭を撫でて、同時に背中を摩る。

 

こんな行為、生まれて初めてで、アイラがこれで落ち着けているか少し不安ではあるが、アイラの様子からして何だか問題なさそうだから良しとした。

 

 

 

「全く……ほら、少し目を閉じて、リラックスしろ、リラックス……深呼吸して、俺に身を預けろ……」

「ぁぅ、で、でも………うん…わかった…………すぅぅー……はぁー……んぶっ……」

「ちょっと、泣き過ぎただろ……今のお前にはクールダウンが必要だ。休め……ゆっくり、目を閉じろ」

 

 

 

アイラの耳元で囁かれる低く、聴き心地の良いレンノスケの声。

 

急いで助けに行きたい、気持ちは今もそれだ……なのに。

 

 

何故だろうか……心が、酷く落ち着いてしまう。

 

 

匂いが、温かさが、レンノスケの存在感が……心身共に落ち着いて心地良い。

加えてキリノの温もりも強かった。頬を触れる、目元を拭う行為が………アイラの瞼を閉じる事を加速させる。

 

 

 

「ぅぁ……ふぁ……………」

 

 

 

レンノスケとキリノがアイラを撫でる。大切に、可愛がるように。

 

純粋な厚意に、アイラは────眠くなる。

 

元々、この日まで満足に眠る事なんかなかった。

緊張、恐怖、絶望……今日この日を境に自分は死ぬと思っていたから。

 

だが、それは叶わなかった。

 

提供された食事でお腹は膨れ、喉も潤ったのも大きな要因だ。

初めて食べたカツ丼を前に非常に強いインパクトを覚えたが、落ち着いてくると共にそれは眠気に変わる。

 

 

 

「大丈夫だ……俺に任せろ」

「でも………ぃぃ……の?

「あぁ、大丈夫だ……俺が何とかしてやる」

「ぁ………ぁぃ、がとぉ……────」

 

 

 

アイラの動きが無くなる。

 

レンノスケとキリノの撫でる力が段々と弱くなる。

 

 

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────………すぅ……すぅ…

 

 

 

アイラの意識が夢の世界に入る。

 

弱々しい子供の寝息が一室に響く。

 

 

だが、レンノスケとアイラは撫でるのを止めない。

 

 

だって────撫でれば撫でる程に、微笑むから。

 

 

幸せそうに、ふっと微笑んでいるから。

 

 

 

 

 

 

 

▼数十分後………。

 

 

 

 

 

 

 

「────この後、どうするつもりだ?レンノスケ」

 

 

 

その後、アイラは休憩室のベットにて眠る。

 

フカフカで温かい布団で眠るアイラは、とても幸せそうな顔で眠っている。

 

その姿は、やはり……あの怪物を死の淵に追い詰めた少女の姿には見えなかった。

 

 

カンナがレンノスケにこの後の展開に付いて問う。

 

 

 

「どうする、か……」

「この子に、あんな事を言い馳せたんだ……責任は重いぞ」

「分かっている。何も、考え無しにあんな事を言った訳じゃない」

 

 

 

レンノスケはズボンのポケットに入っていたスマホを持つ。

 

そして、とあるアプリを開く。

それは……モモトークだ。

 

 

 

「お前、何を…」

「ずっと、不思議で仕方なかった。アイラのボスが、ベアトリーチェって奴が、なんで俺を殺そうとしているのか」

「レンノスケさん……?」

「アイラが言うには、俺の存在が”邪魔”だから、アイラに【ヘイロー破壊爆弾】って云うイカレタ爆弾を駆使してでも、この俺の殺害を望んだ、その理由────……正直、タイミング的にも、これしか考えられない」

 

 

 

レンノスケは続ける。

 

キリノはイマイチ、レンノスケの意図が読めない。

 

だが、コノカとカンナは……レンノスケの発語する言葉の意味が、一気に理解(分かった)した。

 

 

 

「いや……ちょっと待て」

「お、おい、まさか……っ」

「え、え……ど、どういう事で────」

「────先生に、連絡が付かん……そうなんだろ?カンナ局長」

 

 

 

”””────ぞくっ………”””

 

 

 

レンノスケの発言に、キリノを含めた3名の背筋が凍る。

 

そうだ、そうなのだ。何故か知らないが……さっきから先生の連絡が取れないと、部下から報告があった。

 

彼女は多忙故、そういう事もあるのかもしれない……そう、思っていた。

 

だが、今になって見れば。この状況で、あの生徒想いの先生から連絡が取れないのは……奇妙だ。

 

 

 

「ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム……こいつ等に連絡が付く分には別にどうでもいい。だが、先生は妙だ……あの人は、常に生徒の連絡を見ている人だ。こんな夜遅くまで連絡が付かんのは……やはり、奇妙過ぎる」

「………何が言いたい、レンノスケ」

「……エデン条約でアリウス・スクワッドって奴等に先生が”命を狙われた”と云う事実。だが先生はまだ生きていて、そして……その数週間後に俺がシャーレに加入。アイラが言う儀式、それが明日の朝に行われる────ここから導き出される答えは……」

「ッ……なるほどな」

「アイラの起こした行為、加えて、そのスクワッドって奴等がまだ”捕まっていない”事実……あぁ、成程、こりゃ最悪だな」

「え、えっと……────ッ!ま、まさかっ、アリウス・スクワッドが先生を狙って……先生の身が危ない…という事、ですか?」

「それしか考えられん。おい……これ、ちょっとヤバいぞ」

 

 

 

全員がレンノスケの推理に気付くと同時、レンノスケはモモトークで先生に電話を掛ける。

 

カンナ、コノカ、キリノの発言するよりも先に、レンノスケは行動する。

 

全員、レンノスケに注目する。これは、一刻を争う事態だからだ。

 

 

 

「(カンナが言うに、先生だけ連絡が取れない、この状況────……果たして、俺の連絡で出てくれるか、もしくは……先生はもう既に……いや、考えるな……先生なら必ず────)」

 

 

 

”ピロン、ピロン、ピロン────ピッ”

 

 

 

電話が繋がった。

 

 

 

あ、おい!

レンノスケさんの端末に繋がった!

ッ、レンノスケ!

 

 

 

全員が小声でレンノスケに注目する。

 

 

 

「分かっている!おい、先生……聞こえるか」

『……レンノスケ?』

 

 

 

その声は、昨日からずっと聞き馴染みのある声。

 

 

 

 

シャーレの先生……その者であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

▼────数十分前のその頃、先生sideでは。

 

 

 

 

 

 

 

”ポチャ、ポチャ………ポタンッ────”

 

 

 

雨降るトリニティ自治区郊外────廃墟区域にて、とある一幕が訪れていた……。

 

 

 

「…………サオリ」

「先生………アツコが、攫われた……他の仲間も、散り散りに……生死も不明だ……っ」

 

 

 

アリウス・スクワッドのリーダー『錠前サオリ』が、先生の前で土下座をしていた。

 

二人以外、誰も居ない廃墟区域……サオリにとって絶好のチャンスである……なのに、サオリはソレをしない。

 

 

 

「あれから何日も逃げてきたが……私達に逃げ場などなかった……わ、私では、彼女を止められなかった……」

 

 

 

自分達がした事を考えれば当然だった。

 

調印式を滅茶苦茶にし、生徒を想う聖人を撃ったのだから。

 

サオリは、深く……額を地面に付け、告げる。

 

 

 

「このままでは、アツコは────姫は、死んでしまうっ……明日の朝、夜明けと共に『彼女』に殺されてしまう……」

 

 

 

そう告げるサオリの身は震えていた。

 

最早、身体が限界を迎えようとしている……先生の目には、そう映る程に、サオリの身体は傷だらけだ。

 

 

 

「私の話など信じられないだろうが、これだけは……真実なんだ……っ」

 

 

 

────そこから、先生はサオリから『秤アツコ』と云う少女の生を知る事になった。

 

元より、アツコは【生贄】に捧げられる運命にあった事。

大切に、慎重に、育てられたと。

 

サオリは、アツコの生存を望んだ。

 

殺される運命に有ったアツコの幸せを、願った。

 

 

『彼女』……〈ベアトリーチェ〉は、サオリの願いを聞き入れた。

 

 

アツコの運命を変えたいのなら、己の命令に従え、さすれば……他の仲間も助けてやると。

 

エデン条約を強奪し、ユスティナ聖徒会の力をアリウスのものとし、ゲヘナとトリニティを手中に収めたら……アツコは【生贄】にならずに済むと。

 

 

────しかし、サオリは失敗した。

 

 

アリウス・スクワッドは、ベアトリーチェの任務を遂行できなかった。

 

 

何も、何も出来なかった。

 

エデン条約の強奪、トリニティとゲヘナの征服、仲間を助ける事、アツコを守る事……何もかも、出来なかった。

 

 

最早、今のサオリは……味方が居ない。

 

助けを呼ぶ人も、居ない────……一人を、除いて。

 

 

 

「……頼む、先生」

 

 

 

サオリが土下座のまま、顔を上げる。

涙を流す。その声に、濁音が混じる。

 

もう限界なんだ、サオリは。

 

 

 

「私は、私はどうなっても良い!!どんな末路を辿っても構わないッ…!でも、アツコは……仲間たちは……あの子達、だけは……ッ!」

 

 

 

必死に縋って、みっともなく縋って、懇願する。

 

プライドなんか捨てて、目の前のターゲットに頭を下げる。

 

家族の為なら、頭でもなんでも差し上げれる、そんな覚悟をサオリは持っているから。

 

 

 

「だから……もう、頼れるのは……先生しか……」

 

 

 

最後に、地面に頭を付けてそう告げる。

 

 

 

「頼む……私の命を懸けて約束するッ!どんな命令でも従うっ、どんな指示でも従う……」

 

 

 

サオリが懐から”とある爆弾”を取り出す。

 

 

 

「……『ヘイローを破壊する爆弾』、これも預ける。私の命を握って貰って構わないッ!信用できないと判断したらソレで処分してくれていい!あぁ、頼む……お願いだッ…!」

 

 

 

歯軋りを起こし、悲痛な叫びを込めた懇願。

 

深く、頭を地面に擦り付けて、願う……。

 

 

 

「────アツコを……姫を、助けてくれッ……!」

 

 

 

 

 

 

先生の答えは、決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「立って、サオリ」

 

 

 

雨音がけたたましく降り注ぐ廃墟区域に、先生の声が響き渡る。

 

その声は、どこまでも穏やかで、柔らかく、優しかった。

 

 

 

「だ、だが……」

「私は、サオリと対等に話がしたい」

「………」

 

 

 

返事はなく、サオリは先生の指示に従う。

 

立ち上がり、目の前の大人、先生に視線を合わせる。

 

綺麗で、凛々しい女性が、真剣な顔持ちで己を見つめていた。

 

 

 

「サオリ、先に質問させて。『彼女』って誰の事?」

「………『彼女』は────」

 

 

 

それからサオリは、己が知る彼女の素性を話した。

 

アリウスの自治区の代表の事や、背が高く赤い肌で白いドレスを纏っている等の身体的特徴を包み隠さず話した。

 

そして、名前。先生はそこで初めて〈ベアトリーチェ〉の名を知る。

 

 

 

「分かった……他のスクワッドは?」

「皆の消息は、分からない……姫を連れ去られてから、直ぐに襲撃を受けて……その後の消息は分からないんだ……もしかしたら、まだアリウスの兵士に追われている可能性がある」

「………」

 

 

 

先生は一つ息を吐き、思案。

 

数秒の思考の後、ある事を問う。

 

 

 

「連れ去られたアツコは、具体的に何処に居るのかは分かる?」

「アリウス自治区にある────アリウス・パシリカ……その地下に、彼女が用意した至聖所がある。恐らく其処だろう……」

「どうして、其処にアツコを……?」

「すまない……其処までは私も分からない。以前から、『彼女』がアツコの為に準備した場所としか………だが、姫は以前から、いつか其処で【生贄】にされるのだと口にしていた……」

「【生贄】………」

「『彼女』は、明日の夜明けと共に、その【儀式】を行うそうだ……」

 

 

 

────姫に残された時間は、もうないかもしれない……。

 

 

 

サオリは最後に、そう付け足す。

 

その表情は、その言葉は……何処か悲壮感を秘めていた。

 

 

 

「状況は大体把握したわ……なら────サオリ」

 

 

 

先生が、サオリの手を掴み、告げる。

 

 

 

「────直ぐにでも、助けに行かなきゃいけないわね」

「あっ……ほ、本当、に……?」

 

 

 

サオリに届いたのは、先生による承諾の意だ。

 

もう一度先生の顔を見る。

サオリは見た。

笑顔で、瞳を輝かせ、非常に美しい聖人の姿を。

 

 

 

「手を貸して、くれるのか?」

「もちろん!生徒のお願いを、無碍には出来ないからね」

「そ、そんな、それだけの理由で……────わ、忘れた訳じゃないだろ?私は、お前を撃った女だぞ!?お前の命を、奪おうとしたのに……どうしてそんな簡単に……理解できない、どうして……」

 

 

 

サオリの疑問は当然だった。

 

己は目の前の大人を撃った。銃弾一発が致命傷の、脆弱で、誰よりも優しい聖人の腹部を撃ちぬいた。

 

しかも、先生は『女性』だ。傷跡は残るし、もしかしたら……自分が知らないだけで、まだ発見されていないだけで……臓器や生殖機能で何かしらの異常があるのかもしれない。

 

 

 

「簡単か……」

 

 

 

先生は呟く。簡単なんかじゃない。

身体に異常はないけど、傷は付いた……一生モノだ。

 

思う所は、あるのだ。

 

己の腹の傷を、己は、決して簡単に忘れる事は出来ない。いや、忘れる事なんか出来ないだろう。

 

 

でも、それ以上に……目の前で苦しむ”子供”を、救うのが”大人”だ。

 

 

 

「私は、先生だから」

「っ……やはり、理解できない……」

「うふふ、今はそれで良いの。でーも、爆弾は没収!」

「あ、あぁ……そうだ、そういう約束だったな」

「これで全部?」

「?あぁ、全部の筈だ」

 

 

 

先生は先程の悲哀の声のトーンとは打って変わり、軽快な声質でサオリから爆弾を没収する。

 

起動装置のみならず、爆弾全てを没収した。

 

 

そして……。

 

 

 

「────ホワチャァァッッ!」

 

 

 

”バチンッ!……ビリ、ビリッ………”

 

 

 

ヘイロー破壊爆弾の起動装置を、踏んずけて壊した。

 

 

 

「え!?」

「そぉい!」

 

 

 

”がしょん”

 

 

 

流れる様に、粉砕した起爆装置を近くのゴミ箱に入れた。

 

 

 

「ふぅ……よし」

「い、一体、なにをして……」

「私が持っててもマジで意味ないからね。危険なだけの爆弾なんてああしてやったわ」

「せ、先生……」

 

 

 

にやりと笑いながら、先生はそう告げる。

 

サオリは先生を見つめて、少し、少しだけ……微笑んだ。

 

 

 

「さぁ、出発しよ────」

『先生!』

 

 

 

出発しよう……先生が、そう告げる前に、己のタブレットから聞き覚えのある声が耳に届く。

 

その声の主は………シッテムの箱のメインOS『アロナ』であった。

 

 

 

「ごめんサオリ、ちょっとだけ待って………どうしたの?アロナ」

『生徒さん達から、多数の連絡が届いています!どれも先生を心配する声ですが……』

 

 

 

アロナが言うに、どうやら自分を所在を心配してくれている生徒達が、自分に連絡を取ってくれているらしい。

 

その事に、先生は大変心苦しくなるが……今は、目の前のサオリを救わなければいけない。

 

 

 

「ありがとうアロナ。教えてくれて……でも、今はサオリ達を………」

 

 

 

その、瞬間だった。

 

 

 

”ピロン、ピロン、ピロン………”

 

 

 

先生の端末から電話が鳴った。

 

 

 

『あっ!また来ました!えっと……────これはっ』

「アロナ?一体誰から………え」

 

 

 

アロナが声を落とす。

 

そんな反応をされてしまえば、幾らこんな状況でも、気にはする。

先生がタブレットに目を向ければ、今自分に通話を持ちかけている人物が分かった。

 

 

 

「────レンノスケ?」

 

 

 

そう、なんと、あの城ヶ崎レンノスケだった。

 

先生は、まさかレンノスケが己に連絡を入れて来るとは……と、少しの疑念を想う。

 

彼がスマホに触れて未だ1週間、使い方自体はかなり分かって来た様子だった。最近では『ネル』と連絡先を交換したと言ってはしゃいでいたのは記憶に新しい。

 

キリノと夜、偶に電話をしているとも聞いた。隣の部屋なのに。

 

自分に電話をした事は……実は一度も無かった。特段、何も思う事はない。いつもシャーレに居たから、電話をする必要がないから。

 

 

 

「……アロナ、レンノスケと繋げて」

『へ?……は、はい!』

 

 

 

これは贔屓だろうか。

 

他の生徒達から、数多くの心配の連絡が来ているのに、レンノスケだけ繋げようと考えているのは。

 

 

……先生は、感じていた。

 

 

────例えようのない、嫌な予感を。

 

 

このキヴォトスで、育った先生の第六感。

 

レンノスケが電話を己に掛ける。この意味は……恐らく、緊急だ。

 

 

 

”ピロン……”

 

 

 

「もしもし……レンノスケ?」

『分かってるッ!おい、先生……聞こえるか?』

 

 

 

焦燥を滲ませたレンノスケの声が、先生の耳に入った。

 

 

 

「う、うん、聞こえるよ」

『良かった、あんたが無事なら……今、外に居るのか?』

「えっ……うん、よく分かったね」

『雨の音でな、分かり易い……先生、前置きは無しだ────いいか?今あんたは【アリウス・スクワッド】って云う、先生も知っている組織に狙われている可能性がある。だから今外に居るのはめっちゃ危険だ』

 

 

 

その内容は、今正に自分が経験した内容だった。

 

非常に強い動揺が声に出そうになるが、先生はサオリの件もあって、何とか抑える。

 

そして、先生の中で大きな『疑問』が生まれる。

 

 

 

────なぜレンノスケは、アリウス・スクワッドの事を知っている?どうして、己が今アリウス・スクワッドに狙われていると知っているのだ?

 

 

 

「レ、レンノスケ……君、何処でその事を……」

『あ?あぁ……さっき俺『アリウスのガキ』に、まぁ……襲撃を受けてな』

「……は?」

『【ヘイロー破壊爆弾】って爆弾があってな?ちょっと色々あったんだが……』

 

 

 

────先生の頭が真っ白に成る。

 

どうしてレンノスケの口から”ヘイロー破壊爆弾”と云う単語が生まれる?

あれはアリウス、またトリニティとゲヘナの上層部、そのもっと一部しか知られていない筈の代物だ。

 

……いや待て、レンノスケは先程『襲撃を受けた』と言っていた。

 

……なにで?

 

答えはもう、言っている────アリウスの子供、その生徒の子からヘイロー破壊爆弾の襲撃を受けたと云う事だ。

 

 

 

「レ……レンノスケッ!?それ、どういう事!?なんで君がアリウスの子達から襲撃を受けているの!?ヘイロー破壊爆弾で襲撃を受けたって……それ、大丈夫なの!?怪我は!?傷は!?ねぇ!!」

「うわ、びっくりした……」

 

 

 

先生はレンノスケの容態が気になって仕方がない。

 

先生らしくなく声を荒げ、その有無を問いただす。

 

 

 

『お、落ち着け先生……俺は、とりあえず無事だ。キリノさんや『アイラ』も怪我はない』

「ぁ、ごめん……ほ、本当かい?」

『あぁ』

「そっか……無事なら、それで良いけど……」

 

 

 

先生はレンノスケがどうしてヘイロー破壊爆弾やアリウス・スクワッドを知っているか等の、そういった疑問は、今は無事である……その事実のみ聞ければよかった。

 

 

 

 

 

 

 

「────……アイラ?」

『────あ゙?

「…ッ!!」

 

 

 

威圧だ。

 

彼は隙を、見逃さなかった。

 

強烈過ぎる威圧の声を、先生とサオリは聞いた。

 

サオリはソレが己に向けられたモノだと瞬時に悟った。

 

やってしまった。サオリは、思わず口を手で覆う。

聞き馴染みのある名前に、思わず反応してしまった。とんでもない失態だと心の中で呟く。

 

 

 

『おい……聞こえてるぞゴラ。あ?今お前────『アイラ』って単語に反応したよなぁ?』

「うっ……」

「(しまったっ!サオリ……)レ、レンノスケ、まって、違うのコレは……」

 

 

 

────先生の擁護、そしてサオリの焦る声。

 

 

それはレンノスケの怒りの点火させるには十分だった。

 

 

 

「いいや違くねぇ、先生は黙ってろ────おい……おいッッ!!其処に居んだろーが……なぁ!先生の横だか後ろに居んだろぉッ!てめぇアリウスだろうが!!あぁ!?なんで先生と一緒に居る!先生をどうするつもりだァ!!答えろぉ!!!」

 

 

 

”ゴォッッッ!!!!”

 

 

 

重い、余りにも重すぎる重圧がサオリに圧し掛かる。

 

サオリのみならず、レンノスケの怒号にカンナ、コノカ、そして先生にまでも委縮する。

 

彼が体躯もデカく、その低く勇ましい声質なのが主な理由だろうが、今まで男子の本気の怒声を聞いた事が無い女の子たちは、その余りの迫力に圧されてしまったのだ。

 

 

 

『(レンノスケさん……もう、貴方は────不器用なんですから)』

 

 

 

しかし、キリノのみ、レンノスケの怒号に対し委縮せず、逆にふっと微笑む。

 

カンナはそんなキリノを不思議がる。二人だけしか知らぬ世界がある様な気がして、何だか気味が悪くなった。

 

 

 

「……せ、先生、貸してくれ」

「サ、サオリ……でも」

「……この誤解は、直ぐにでも解かなければ……きっとマズイ事態になる」

 

 

 

サオリは、何時しか己に付いた”野生の勘”と云うべきなのか……己の命の危機を瞬間的に感じた。

 

目的が終わった後ならば、別にどうでもいいが……彼の通話越しには言いようのない凄味があった。

 

これは、今、この場で話を纏めなければ────最悪の展開になると、サオリはそう思ったのだ。

 

 

 

「下手の事は言わない。それに、そうしてアイラが『怪物』を襲撃したのか、アイラの生存も気になる……頼む」

 

 

 

サオリは飽く迄も平静を装う。

 

そうでもしないと、この通話越しの圧に潰されてしまいそうだから。

 

アリウスの『アイラ』と云えば、一人しかいない。

アツコがよく気にかけてた女の子、幼く、少し頭が悪い…純粋な子供、その子しかいない。

 

 

 

「……分かった」

 

 

 

先生はサオリに己の端末を渡す。

 

その端末から、サオリは絶対的な殺意を受け取った。

 

 

 

「………もしもし」

『……誰だ、お前』

「私は……アリウス・スクワッドのリーダー『錠前サオリ』だ」

 

 

 

サオリは、先ずは己の素性を明かした。

 

その言葉はカンナ、コノカを驚愕させた。今トリニティが死に物狂いで追っている存在が、自らそう名乗っているのだから。

 

カンナはレンノスケにアイコンタクトで『録音しろ』と、冷静に伝える。

 

レンノスケはその意味を理解し、キリノの助力の元、端末の通話を録音する。

 

 

 

『アリウス・スクワッドの錠前サオリか……アイラの言っていたのはお前だったか。じゃあやはり先生を……おい、先生に下手の事をすれば、俺はお前を────殺す』

「ッ……い、いや、待ってくれ。私は先生に危害を加えるつもりは更々ない。そこは、どうか安心してほしい」

『……言葉だけじゃその意図は汲めねぇな。錠前、お前が先生を撃ったって情報を、俺は既に知っている。なぁ、お前は先生を殺したいんだろう?それで、どうしてその場に居てお前は先生を撃たない、殺さない?目的は何だ?その理由を全て吐け』

「────……助けを乞うた」

『あ゙?』

「先生に、助けてと希った……私が、先生に、そう助力を頼み込んだんだ」

 

 

 

レンノスケは口を閉ざす。

 

カンナ、コノカ、キリノも、サオリの言っている事の意味が、よく分かっていない。

先生に殺意を向けていた筈の存在が、どうしてその存在に助けを乞う?

 

 

 

「理由は……一人の大人が、一人の子供を使って【儀式】をするからだ。その儀式に使われる子供は、その……このままだと死んでしまう、その子供は私にとって大事な存在で、でも……私だけでは、不可能で……だけど大罪を犯した私には、頼れる人は、もう先生しか居ないんだ!分かっている、私が先生の命を狙って傷つけて、こんなの図々しい事はないって……」

『────……』

 

 

 

サオリの慟哭に、ヴァルキューレに居る者全員が理解した。

 

同じだ、アイラと同じ事を言っている。

 

【儀式】……アイラも同じ事を言っていた。

 

レンノスケは即座に、意を決して告げる。

 

 

 

「だ、だから────」

『もういい』

「……え」

『錠前、お前に言える事が少し……とりあえずアイラは無事だ。今は疲れて寝ている……少々荒くしちまったが、事情聴取で大体の〈事情〉は聞いた────泣いていた。あいつは、俺に泣き付いて『助けて下さい』と、懇願した』

 

 

 

レンノスケの言葉に、サオリは目を見開いて驚く。

 

 

 

「な……それは、一体どういう……」

『そのまんまの意味だ。錠前……アイラは、アイラはずっと────怯えていたんだッ』

「ッ……」

『アイラが俺を”襲撃した理由”を聞いて、酷く驚愕した……お前等のボスの『ベアトリーチェ』ってクソ野郎が、自分(テメェ)の手汚さず、まだ幼いガキに強制的に『城ヶ崎レンノスケを殺せ』と命令したんだ。それで、アイラは、辛い気持ちや殺したくもねぇ自分の想いを無理やり殺してッ、たった一人で……俺に挑みに来たんだッ』

 

 

 

サオリがレンノスケの言葉を聞いて、抱いた感情は果てしない”怒り”だ。

 

だって、アイラはまだ8歳の子供だ。気配遮断はトップレベルに卓越しているとはいえ、アイラはまだ幼く、実戦経験も無い青い子供だ。

 

 

 

『結果的に俺が何とかしたから良かったものの……最悪、誰かが死んでいたかもしれない。そんな爆弾を、アイラは持っていたんだ!いいや持たされたんだ!ふざけやがって…ッ』

「……アイラは、お前は……本当に無事なのか?その爆弾は、本当に命に関わる代物だッ、まず爆弾の爆破を受けたらタダでは済まない筈だっ」

『正直に言えば、俺はモロに喰らった。ぶっちゃけ痛いは痛いし、恐らく一生モノだ……だが、さっきも言ったがアイラやキリノさんは無事だ』

「っ……お前の言葉を、信じよう」

 

 

 

サオリは、信じるしかない。

 

いま己と話している存在が”最強”であるのは承知の上だが、しかし、己が知る彼は〈裏社会を震撼させ続けている最悪の”怪物”〉と云う、キヴォトス屈指の犯罪者と認知している。

 

そんな存在を、信じても良いモノなのか…………それは、己の目の前に居る大人の姿を見れば、分かる事だ。

 

 

────眩しい程、瞳を輝かせ、レンノスケを信じている大人の姿を見れば……信じる以外にない。

 

 

 

『……纏めよう。錠前、お前は先生に助けを乞うた、先生はそれを承諾した、これに間違いはないか?』

「あぁ」

「レンノスケ、私からも……ごめんね、でも、信じてほしいの」

『先生……あぁ、勿論だ。あんたの事だ、目の前の生徒をほっとけなかったとか、そういう事何だろう……カッコいいな』

「レ、レンノスケぇ……」

 

 

 

先生はレンノスケの肯定を嬉しく思う。

 

レンノスケは先生を非常に信頼しており、それは一種の崇拝に近い。

あらゆる面で先生を見ている。この人が言うのなら、それは限りなく正解なのだと、考えているのだ。

 

 

因みにレンノスケは、キリノには『溺愛』、『敬愛』、『愛執』、『盲愛』など……強烈な愛を向けている。

 

 

────実は、キリノの方が……?

 

 

 

『つまり、お前等は【アリウス自治区】に行って、その生贄にされる『秤アツコ』と云う女を救う為に、先生の助力の元、向かうんだな?』

「あぁ……そういう事だ」

 

 

 

レンノスケは、サオリの声質を聞き……ふっと微笑む。

 

 

 

『────錠前、最後に聞かせろ』

 

 

 

レンノスケはレンノスケ専用に制作された己の端末を壊すが如く万力で握りしめる。

 

ミシミシと聴こえて来そうな、それ程の力で握りしめながら、レンノスケはサオリに問う。

 

 

 

『────信じて良いんだな?お前等、アリウス・スクワッドの事を……』

 

 

 

レンノスケの問いには、絶対的な意思が感じ取れた。

 

選択を、選ばせている。そんな絶対的な存在からのこれ以上ない慈悲。

 

 

 

「────あぁ、信じてくれ。私は絶対に……先生を裏切らない」

『……良い答えだ』

 

 

 

レンノスケは先程の重圧は鳴りを潜め、サオリに向ける感情は敵意ではなくなる。

 

 

 

『先生に変われ……直ぐに終わらせる』

「あ、あぁ……」

 

 

 

サオリは先生に端末を手渡す。

 

 

 

「レンノスケ……ごめん、心配掛けさせちゃったね」

『構わん。先生の選択だ、俺はあんたの”意思”を尊重する』

 

 

 

レンノスケは続ける。

 

 

 

『先生、あんたは……今からアリウス自治区に向かう、これで良いんだな?』

「うん……私は先生だからさ、生徒の、苦しむ生徒の力に成りたいの」

『……どこまでお人好しなんだ、あんたは………先生、そこでだ────俺から一つ、願いがある』

 

 

 

先生はレンノスケの唐突な提案に疑問を浮かべる。

 

それはサオリを始めとし、カンナ、コノカ、キリノもそうだった。

 

 

 

「お、お願い……?」

『あぁ、一つだけだ────【位置情報】を、俺と共有してほしい』

 

 

 

レンノスケの頼みは、予想の斜め上を征く願いだった。

 

 

 

『レンノスケさん……貴方は』

「えっと……それは、どうしてだい……?」

『簡単な話だ。俺も”アリウス自治区に攻め込む”、これ以外に何がある?』

『なっ…!?』

『はっ!?』

「なに………ッ!?」

 

 

 

カンナ、コノカ、サオリの驚愕の声が漏れる。

 

その無茶苦茶な発言は、流石に声を出さない訳には行かなかった。

 

 

 

「………レンノスケ」

『……ふふっ』

 

 

 

しかし、キリノと先生は違った。

 

先生は驚いた顔を作るが、それ以外に別の感情を秘めて、レンノスケの言葉を待った。

 

キリノは……微笑んだ。

キリノの瞳には確かな────潤いがあった。

 

 

 

『先生、俺は……『一人の勇敢な子供の願い』を、受け取った。涙を流して、縋って、家族を助けてほしいと、悲痛な顔で頼まれた』

「………」

『俺はそんなアイツに、同情した……可哀想だと、そう思った────だがそれ以上に、凄いとも思った。まだ幼いクソガキが、テメェ(自分)の命張って、怖くても、逃げず、使命を全うする為に此処まで来たんだ。泣きじゃくって、俺みたいに言葉を上手く伝えられなくっても、頑張って、頑張って頑張って、恥ずかしい気持ちを殺してでも俺に助けを求めたッ……鳥肌が立ったよ、すげぇガキだよ、アイラは』

「……それが理由かい?レンノスケ」

『そうだ────俺は『天井アイラ』と云う名の少女の”想い”を受け取った。その想いを、俺は……無下には出来ん。先生、無茶言ってんのは分かっている。でも、俺は……アイラの、目の前で弱ってる子供を、助ける為に【ヴァルキューレ】に成ったんだ!』

『ッ!』

『……へぇ』

 

 

 

レンノスケの熱意に、カンナとコノカは目を見開く。

レンノスケの熱は、万感の夢と想いを胸に掲げていた。強く、勇ましく、そして確かな優しさを秘めていた。

 

 

 

 

『だからどうか、頼む』

「………」

『俺に、アイラの家族を、助ける手助けを……さしてはくれないか?』

 

 

 

電話越しでそう告げるレンノスケ。

 

その想いに、先生は────。

 

 

 

”ピコンッ────”

 

 

 

『……え』

「今、レンノスケの端末に送った場所が私の居る場所だよ」

『そ、それって……』

「うん」

 

 

 

────私からも、レンノスケに〈私の手伝い〉をお願いしたい。

 

 

 

先生は、電話越しにレンノスケの願いを承諾した。

 

それは、つまり────”シャーレ”からの〈依頼〉であった。

 

 

 

『────ッ!感謝するッ』

「でも一つだけ約束して、絶対に無理はしないで。君は怪我人だという事を常に胸に刻んで。良い?もし約束破ったら……」

『……破ったら?』

「君がキリノの服を毎夜『使っていた』事をキリノにバラす」

『俺、無理、まじ、しない』

「よろしい……じゃあ、後で────必ず来て」

 

 

 

”プツッ!”

 

 

 

その言葉を最後に、レンノスケと先生の通話は切れる。

 

 

 

「……先生」

「いつ来るか、分からない。あの子はこの爆弾を喰らったみたいだから、もしかしたら大きな傷を負っているかもしれない」

 

 

 

先生は続ける。

 

 

 

「でも、私達にとってこれ以上ない”助っ人”だよ、サオリ。彼はこのキヴォトスで最も強いかもしれない子だからね」

「……そう、なんだな」

「……先を急ごう。先に────スクワッドの皆を探さなきゃね」

 

 

 

先生はサオリの手を握って引っ張る。

 

 

 

「あっ、ちょ、ちょっと待ってくれ先生ッ……じ、自分で歩けるから……先生っ」

 

 

 

先生とサオリは先を急ぐ。

 

 

想ってもみなかった存在の助力を得た、これによって光が一層に強くなり、希望が強くなった。

レンノスケの参戦希望理由が、己を襲った少女で、だがその少女から詳細を聞いて、怒りを露にしてアリウス自治区に乗り込む男気を見せた。

 

先生は、それが堪らなく……嬉しいと感じた。

 

 

だって、レンノスケの動機はどう考えてもアレだから。

 

 

 

 

 

────立派な”正義の味方”の姿だから。

 

 

 

 

 

 

 

▼ヴァルキューレside。

 

 

 

 

通話が切れて数秒、ヴァルキューレには沈黙が流れる。

 

体幹的に10分はいかない程の会話だ。長くはない、しかし……濃い時間だった。

 

レンノスケは一つ溜息を洩らし、そして……カンナの方に向いて、頭を下げる。

 

 

 

「……っていう事なんだ、カンナ局長────頼むッ!俺をアリウス自治区に向かわせてくれ!」

「………」

 

 

 

カンナはレンノスケの方を見て、何も言わない。

 

ただ、レンノスケに身体を向けているだけだ。

レンノスケは続ける。

 

 

 

「先生の許可も得た、場所の共有も出来た、これはシャーレの依頼だ。だが、俺はあんたの部下だ……あんたの許可なく、勝手は出来ない……俺が身勝手な事言っているのは分かっている!で、でも……」

「……レンノスケ」

「俺は!アイラの……」

「レンノスケ」

「っ!」

 

 

 

頭を下げるレンノスケに、カンナは腕を組んで佇む。

 

そして、名を呼ぶ。低く、諭すように、強く呼ぶ。

 

 

 

「全く……顔を上げんか、レンノスケ」

「む………分かった」

「よし、目を私に合わせろ」

「えっ……あ、あぁ」

 

 

 

カンナの意図が読めないレンノスケは、とりあえずカンナの言葉通りに従う。

 

 

 

「な、なんだ……カンナ局長」

「……以前、お前が私と初めて会った時、お前の瞳は”死んで淀んでいた”……ふっ、だが、今は違う」

「な、なんだよ……」

「────良い眼に成った。警察に必要なモノが、お前には既に宿っている」

「なっ……マジで?」

 

 

 

カンナは、レンノスケを褒める。

まさか自分が褒められるなんて思っても居なかったレンノスケは、少々驚愕の表情を作るが、その表情はどこか嬉しそうにしている。

 

 

 

「少しの間、此処で待って居ろ……貴様に渡すべく物がある」

「え、あ、わ…分かった」

 

 

 

カンナは何処か上機嫌のまま、そのまま部屋を後にする。

 

残されたのはコノカ、キリノ、レンノスケ、そして深い眠りに入っているアイラ。

 

 

暫く、誰も喋らない空間が生まれる。

 

レンノスケはキリノに話しかけようとしたが、見ればキリノはアイラ方に向かっており、ぐっすり眠っているアイラの頬を撫でている。

 

その様子は慈愛に満ちていて、美しかった。

 

 

 

 

 

 

”ガチャッ”

 

 

 

暫くして、カンナが戻ってくる。

 

とある服を持って、レンノスケに近付く。

 

 

 

「今戻った……レンノスケ」

「あん?ん?なんだ?それ」

「────ヴァルキューレの制服だ。お前用のな」

「────え!?」

 

 

 

レンノスケはカンナの発言に大きなリアクションを取る。

 

よく見れば、袋に包まれているが確かにその服は大きい。

 

 

 

「いつの日か、貴様がヴァルキューレの正式な生徒に成った瞬間に渡したかった物なんだが……今はそうも言っていられない状況だ」

「え、ちょっ、マジで?」

「大マジだ。全く……ほら、受け取れ」

「おっと……」

 

 

 

レンノスケはカンナから制服を受け取る。

 

ヴァルキューレの制服……レンノスケは即袋を破って確認する。

 

 

 

「うおっ、すげえ……あ、黒いタイプなんだな」

 

 

 

色は、キリノの制服の様に真っ白ではなく、かと言ってカンナの様な青をメインにした色合いでもなかった。

 

Yシャツとスラックスは黒く、ネクタイは赤い。しかし、ヴァルキューレの生徒が羽織る制服は確りと白い。

 

 

正にレンノスケ専用と云える服装であった。

 

 

黒いスーツ、レンノスケが以前着用していた服装に若干似ている。故に、レンノスケは少し前を思い出して、懐かしんだ。

 

 

 

「レンノスケ、()()()()()()()()()()これを着ていけ」

「あ、あぁ、分かっ………え?」

「ん?なんだ」

「い、いや……俺、行ってもいいのか?」

「は?………はぁ~~」

 

 

 

レンノスケの問いに、カンナはあからさまな態度を取る。

 

カンナの姿は、まるで鈍感な人間を見て心底呆れる人のソレだった。

 

 

 

「言っただろう……向かうのなら、これを着て行けと。許可するという事だ」

「え、ほ、本当に?……マジか!っしゃあ!」

「シャーレの依頼ともなれば、融通はかなり利く……かもしれない。後々怖いが、お前には色々と、まぁ……()()()()()()()()()からな。今回の件は目を瞑るとする」

「カンナ局長……あんた、やっぱ”おっぱい”だけじゃなくって”器”もデカかったんだな!色々と最高だよお前!」

「ふんッッッ!!!」

 

 

 

”ゴンッ!”

 

 

 

「おうっ!?……いってぇ……な、なぜ拳骨するんだ!」

「ほう?意外と効くのだな?良い事を知れたよクソガキめ」

「むぅ、何故だ……頭の固さにはめっちゃ自信あんだがな……ってか、別にいーじゃねえか、”おっぱい”がデカいのは良い事だろ?褒めてんじゃん」

「こんの、馬鹿者が!貴様はどうしてセクハラと云うモノを覚えんのだ!それは最悪な犯罪行為だぞ!二度とそんな事異性に放つな!この馬鹿者が!!」

「に、二回も言わなくてもいいだろ……わ、分かったよ、もう言わないよ……」

「当たり前だ!このたわけ者がッ!さっさと着替えにいかんか!」

「むぅ、分かってるよ。ったく……」ズボン脱ぎ脱ぎ

「此処で脱ぐなぁ!!」

 

 

 

”ゴンッ!!”

 

 

 

「あでっ!っつぅ……クソ!なんだよボス犬!!じゃあ俺は何処で脱ぎゃあ良いんだよ!ってか俺怪我人だぞゴラ!」

「誰がボス犬だ!それ位元気なら何発喰らっても問題ないわッ!こんの馬鹿者がッ!此処ではなく其処の隅にあるベット付近で着替えんか!カーテンもあるだろうッ、さっさと着替えに行け!」

「ぬぅっ……ちっ、ボス犬めぇ、だったら先に言えよな……」

 

 

 

小言を呟きながら、着替えを受け取ったレンノスケは背を丸めて隅のベットに向かっていく。

 

カンナは額に青筋を立てながら、レンノスケの方を見やる。

 

 

 

「ったく、あの馬鹿者は……」

「あ、あはは……な、なんだか、凄い光景でしたね」

「さすが姉御~、レンノスケ相手に拳骨で分からせるとか、結構粋じゃねっすかー!すっげぇ音出てましたけどねー……おーこわ」

「ふん……あの石頭にはこれ位が丁度いいだろう」

 

 

 

カンナのレンノスケを見る目は変わった。

 

それは誰が見てもそう思うだろう。出会った当初の警戒心や敵意のモノはすっかり消え失せ、今では何処か……厳しめの母親にも見える迫力だった。カンナなりに、上の者として確りとレンノスケを教育しようと熱心になっている事が分かる。

 

 

 

 

 

 

────数分後。

 

 

 

 

 

 

”カシャーっ”

 

 

 

 

「……着替え終わったぞ」

「わわっ!」

「おー!いーじゃねぇか!」

 

 

 

カーテンが開かれ、見えるはレンノスケの『”怪物”専用ヴァルキューレ制服の姿』だ。

 

黒色のスラックスの黒色のYシャツ、

元々、黒スーツを着用していたのもあり、その姿は非常に似合っている。

シャーレの制服と違うのは、やはり耐久性だろう。ちょっとやそっとじゃ傷は付かない防弾スーツに仕上がっている。

 

キリノがレンノスケの元に向かう。

 

 

 

「ふふ!凄く似合っていますよ!レンノスケさん!」

「本当か?ふっ、キリノさんにそう褒められると、滅茶苦茶に嬉しいな。だが、キリノさんがアイラを気にかけている姿は、もっと凄かったぞ」

「それは服装とは関係ないじゃないですか……もう、貴方は……もう」

「へへ!────……ボス犬、この服……良い調子だ。今迄で一番着やすい」

「ふん!そうか、なら今日から貴様はそれを着てヴァルキューレに務めろ。緊急時以外で傷などつけるなよ、これは命令だ」

「あぁ、分かった」

「それと……これを持っていけ」

 

 

 

カンナがレンノスケに装備品を手渡す。

 

それはレンノスケが愛用するハンドガン(ベレッタM92)の弾倉の複数、包帯、そして────カロリーメイトが10箱だ。

 

レンノスケは真剣な表情を作る。

 

 

 

「ボス犬……これ」

「アリウスの事情を考え、仮の話になるが……もしかしたら『アイラちゃんの様な子供』が居る可能性が大きくある。そうなった場合、反を起こす前に拘束した後、それを食べさせてやれ」

「それは、警察として良いのか?俺がした事は、余り良くないと聞いたが……」

「さっきも言ったがこれは先生がお前に向けた〈シャーレの依頼〉だ。だから……良いんだ」

「ボス犬……あぁ、分かった。見つけ次第、直ぐに差し渡そう」

「……頼むぞ」

 

 

 

カンナの決定に、異議を唱える者などいなかった。

 

コノカもキリノも、カンナの性格と立場を理解するからこそ、カンナのこの行動は非常に感慨深いものだった。

 

レンノスケは白い制服の懐にギッチギチにカロリーメイトを詰め、ホルダーにベレッタを仕舞い、包帯をポケットに突っ込む。

 

 

 

「装備確認をしろ」

「弾薬、医療具、服装、全て問題ない」

「状態は?」

「コンディションは若干、まぁ、背中がちょいと痛いな……だが、もう機敏に動ける、問題はない────最高だ、カンナ局長」

「ふむ、よし。これだけでも貴様は問題解決を為せるだろう……────レンノスケ」

「む、なんだ?」

 

 

 

カンナがレンノスケに近付き、そして……。

 

 

 

”とんっ”

 

 

 

「うおっ」

 

 

 

レンノスケの胸元、その中心部にカンナは己の握り拳をそっと叩いて置く。

 

そして、告げた。

 

 

 

「アイラちゃんの意思を受け取った、その責務を────全うして来い」

「……カンナ局長」

「返事は?」

「む……了解ッ」

「よし」

 

 

 

それだけ告げ、カンナは離れる。

 

 

 

「お前は後の事を気にせず、思う存分暴れてきたらいい。幼き子供を助け、私の大切な部下の命を守り、芽生えた己の正義を掲げている貴様なら……その資格がある」

「………」

「だが、先生も言っていた様に、無茶だけはするな。貴様はこれでも大きな怪我を負っている怪我人だ。無理だと判断したなら、即座に離脱。これだけは忘れるな、いいな?」

さっき俺に拳骨した癖に……

「い・い・な?」

「わ、分かった!分かったからその拳は仕舞えよ!お前の拳骨なんか痛ぇから苦手なんだよ……」

「ふん!……迷子になるなよ」

「なるか!これでも方向感覚は優れている方なんだぞ俺は!」

 

 

 

レンノスケとカンナの喧嘩門答が終える。

上の者としてお心配が、微かにカンナにはあった。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

”ジトォォォォォ~~~………”

 

 

 

しかし、忘れてはいけない。

 

一人、レンノスケを重く見つめる人物がいる事を。

 

 

 

「………」

「あ、あー……だ、大丈夫か?キリノ……」

「………レンノスケさん、何だか、カンナ局長と楽しそうです」

「そ、そうだな?うん……まぁ気にするなー……は、アレか。あー、お、おい!レンノスケー!」

「んあ?あんだよ、コノカ副局長」

「ほっ、ほら!向かう前にキリノとも話しておけよ!な!」

「あん?そんなの、あんたに言われなくてm───いぃ!?」

「……………」

「ど、どうしたんだ、キ、キキ、キリノさん?そ、そんな顔して……」

 

 

 

ガタガタと震えるレンノスケと、顔をムッと膨らませ、誰がどう見ても『怒っています』と分かる様な顔に成っているキリノ。

 

コノカは即座にカンナの方に行って、そっと囁いた。

 

 

 

ちょっ、姉御~……流石に警察が浮気はヤバいっすよ

「はぁぁ!?な、何を言っているんだ貴様は!!」

いやぁ、ありゃあ勘違いしても可笑しくないっすよ~……キリノかわいそー」

「誰がアイツ(レンノスケ)なんかッ!気色悪い事を抜かすな!この馬鹿者!」

「えー……」

 

 

 

────……一方その頃、レンノスケは。

 

 

 

「キ、キリノさんは凄く可愛い!」

「………」

 

 

 

褒め褒め作戦で機嫌を取っていた。

 

 

 

「いつも優しくて、ご飯作るの上手くて、素敵な人だ!」

「うっ……えへへ」

「しかも、スケベだ!」

「ん!?ちょっ!ちょっと!?」

「おっぱい大きくて、太腿キレイで、お尻が最高だ!」

「んなっ………お、おばかぁ!な、なにっ、あなたっ、なっ、も、もう!もぉー!」

「あらー!?」

 

 

 

レンノスケの褒め褒め作戦、大失敗。

キリノはレンノスケのほっぺを握り、そのまま伸ばしまくる。レンノスケは何も出来ない。

 

最悪な誉め言葉を並べ、見事に粉砕したレンノスケ。

 

 

凡そ、これから死地に向かう警察の姿には見えないだろう……。

 

 

 

「────ありがとうな、キリノさん……元気出た」

「っ……」

 

 

 

しかしそれは……痩せ我慢だった。

 

レンノスケは、万全の状態であったならば全く問題はなかっただろう。

 

だが、今のレンノスケの状態は、背中を大火傷の怪我をして、額から血を流し、下半身は傷だらけ。

 

普通の人ならば、満身創痍で意識は保てない。ベテランの医者からそう告げられている。

其の場には……キリノも居た。

 

 

 

「────ねぇ、レンノスケさん……」

「うん、なんだ?」

「………死なないです、よね?」

「………」

 

 

 

キリノは、怯えた表情で心配する。

 

これは、ずっと隠していた感情だった。

 

レンノスケがアイラの事情聴取をして、同調して可愛がり、慰めた。

それはキリノも同じだった。アイラの本質を聞いて、涙が出る程……辛くなった。

 

可哀想だと思った。でも……レンノスケは大怪我を負っている。

それ自体に、思う所はある。正直、あのまま病院で眠ってでも居れば良かったんだ、そんなイケない感情が生まれてしまう程に、今のレンノスケはボロボロなんだ。

 

 

 

「私、貴方が大きな怪我を負った時、貴方が倒れているのを見てしまった時……もう起き上がらないんじゃないかって、思ったんです」

「キリノさん……」

「必死にに否定したんです。貴方は生きている、死ぬはずがない、これは何かの間違いだって……実際、貴方は直ぐに立ち上がってくれた。生きていると証明してくれた……それが、どうしようもなく嬉しくって、同時に……怖かった。どうして無理してまで立ち上がるんだって、このままだと、本当に死んじゃうって、思って……」

 

 

 

キリノの声質は段々と涙声になっていく。

 

キリノは限界だったのだ。今日だけで、こんなにも濃く凄惨な一日を経験して、そして終いには……レンノスケはアイラの意思の元、アリウス自治区に乗り込もうとしている。

 

 

 

”ぎゅっ……”

 

 

 

「キリノさん?……っ」

「本当は………」

 

 

 

キリノがレンノスケに抱き着く。

 

背中には腕を回さず、腰に回して。

 

身体が震える。涙を我慢できず、流しながら話しかける。

 

 

 

「本当は……止めたいんですよ……?」

「…っ!」

 

 

 

その言葉は、レンノスケを止める力があった。

 

あの光景を目の当たりにし、今目の前に居る好きな人を、追い詰めた爆弾がまだあるかもしれない死地に、どうして送れるモノか。

 

 

 

「止めたくて、行かせたくなくて、仕方ないんですよ……?」

「そ、それ、は……」

「分かりますよ、貴方が……我慢している事くらい…っ、分かるに決まっているじゃないですか……あんな傷を負って、辛くない筈がないんですよ……」

「……キリノさんには、お見通しか」

「当たり前です…私が、どれだけ貴方を見ているか……分からせてあげたいですよ」

「……はは、そっか」

 

 

 

茶化す雰囲気ではない、それはあのレンノスケでも分かる。

 

行かせたくない……これはキリノの本心だ。怖いんだ、嫌なんだ。

 

 

 

「でも、でもっ……貴方は、行くんですよね?」

「……あぁ」

「……私が、言っちゃダメって、言っても?」

「……そしたら俺は、行かせてほしい、どうか俺に救うチャンスをくれって、貴女に言うかな」

「……ずるい人」

「……すまない」

 

 

 

レンノスケも抱きしめ返す。

 

これほどまで、自分を出した事はない。

 

いや、あるな………だが、レンノスケがここまで我を出すのは初だ。

彼は己の夢を、目標を、在り方を……キリノから学び、その先へと進みたいのだ。

 

己の成長のために。守るべき者の為に。

 

 

 

「────レンノスケさん」

「ん、なん────」

 

 

 

言い終わる前に、キリノが抱きしめる力を上げる。

 

そして……………告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────貴方の事が、大好きです」

 

 

 

 

 

 

告白を、したのだ。

 

 

 

 

 

 

「────えっ、あ、え」

 

 

 

頭が真っ白に成る。

 

レンノスケは目を見開き、その発言の意図を問いただそうとした瞬間。

 

 

 

 

”トンっ”

 

 

 

 

「うぉ……」

「聞きません。聞いてなるものですかっ」

 

 

 

キリノはレンノスケを強めに突き放つ。

 

レンノスケは数歩後ずさりし、未だ理解が追い付かないが、自分が告白され、そして突き放たれたという状況は読み込めた。

 

 

 

「な、なん、は、は…へ?」

「私が、そう言えば……どうせ貴方は調子に乗る。そんなの分かり切ってるんですから」

「キ、キキ、キリキリ、キリノさん……?」

「はい、静かに」

 

 

 

キリノはレンノスケの口元に指を添える。

 

 

 

「うっ、あ………」

「先程も言いましたが、貴方の『お返事』は聞きません」

「っ!?な、なぜ────」

「静かにと言いました。出来ますか?」

「むっっ…!く、ぅ……あ、あぁ」

 

 

 

どうやら主導権はキリノが有している様だった。

 

 

 

「貴方が……」

「……?」

「レンノスケさんが、無事に帰って来て、それから……返事をお願いします」

「────っ!」

 

 

 

もう一度、キリノはレンノスケに抱き着く。

 

懇願するように、柔らかで豊満な胸を押し付けながら。

齢15の女の子が出す色気とは思えぬ雰囲気で、レンノスケに抱き着いた。

 

 

 

「この際、浅い怪我なら負っていい……貴方が無事に元気よく帰って来てくれさえすれば、それでいい……ッ!」

「あっ……」

「その時、さっきの返事を出してさえくれれば……私はそれで……っ」

「…………分かった」

 

 

 

レンノスケはキリノの両肩を優しく掴み、そっと離す。

 

そして、涙目のキリノを見下ろし、告げる。

 

 

 

「約束しよう。俺は必ず無事に帰ってくる。絶対に無理や無茶はせず、自分に出来ることをやって、アイラの家族を救って帰ってくる!」

「ッ!……っ」

「そして……貴女に、俺の返事を伝えよう」

 

 

 

キリノは涙をポロポロ流す。

しかし、今までの涙とは違い、それは……嬉しさからくる涙だった。

 

 

 

「っ……約束です、よ?」

「あぁ、約束だ」

「もっ!もし、やっ、破ったら、破った、ら……」

「破らないよ。絶対にな」

「っ……ぜったい?」

「ふふ、あぁ、絶対だ」

 

 

 

レンノスケはキリノから離れる。

 

そして、歩き出す。

 

ドアの方へと歩き出す。

 

 

 

「位置は大体分かった。先生達はもうかなり進んでいる。もう行かなきゃいけねぇな……」

「………レンノスケさん」

「……キリノさん。アイラの事、よく見てやってくれ」

「っ!はい」

「……あ、そうだ」

 

 

 

レンノスケは振り返り、キリノの方へと足早に進んで、そして……。

 

 

 

”ギュゥゥゥ!”

 

 

 

「きゃっ」

「すぅぅぅ……ふぅ、よし。キリノさんの匂い、補充完了」

「……へ?」

「じゃあ、行ってくるッ!」

 

 

 

そして離れた、瞬間だった。

 

 

 

”ドゴォォンッッ!!!”

 

 

 

「きゃぁ!」

 

 

 

一瞬。本当に一瞬の隙で、レンノスケは消えた。

 

少しの風が巻き起こり、目を辺りに散らせば、ドアが開いていることに気付いた。

 

 

走り去った。足跡を残し、けたたましい音と共に行ってしまった。

 

 

 

「………ほんと、貴方と云う人は」

 

 

 

きっと己は、男の趣味が悪い。

 

最初から好意全開の人を、どうして好きになってしまったのだろうか。

 

チョロい……あぁ、きっとそうなのだろう。ちょっと自分の事を褒められれば、嬉しくって仕方なくなるんだから、自分はきっとチョロいんだ。

 

でも、ただチョロいだけじゃない。これ等はレンノスケが言うから嬉しいんだ。

彼がずっと、しつこい位に自分に好意を向けてくれるから、嬉しいのだ。

 

 

 

「必ず、帰って来てくださいね」

 

 

 

今の自分はこれしか言えない。

 

あの人の帰りを待つ事しか出来ない。

 

色んなドキドキが混ざって仕方ない。

 

きっと、彼が戻ってくるまでは落ち着く事はない。

 

だから……早く戻って来て。私にいつもの貴方を見せて。

 

 

 

「……私って、重いんですかね……なんて」

 

 

 

誰に言っているのか。

 

でも、重い方が良いのかも知れない。

 

 

 

「責任、取って貰わなきゃ……ふふっ」

 

 

 

その方が、自分をこんな風にした、鈍感なあの人にも……きっと伝わり易いだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉御ぉー……あたし、心臓がイタイッス」

「そうか……コーヒー頼めるか?舌が蒸発するほど濃いヤツ」

「そうっすね~、任せてっすよ、マジで」

 

 

 

 

とんでもないものを見せつけられたコノカとカンナなのであった。(被害者)

 

 

 

 

 

次回

 

怪物の本質。

 

 

 

 




次回予告は余り充てにしないで下さいでしぃ……。



カンナはレンノスケに拳骨する時、態々ジャンプして殴っています。重力もあって威力は倍増ですね。

因みにどうしてカンナの拳骨がレンノスケに響くのかと云うと、理由は単純明白で『信頼しているから』なんですよね。信頼している相手の愛ある暴力に、レンノスケは酷く弱いんです。

例えば、スラムダンクで云うゴリが桜木に拳骨して効いている様に、ワンピースでナミがルフィをぶん殴ってダメージが通っている様な、そんな関係です。



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  • レンノスケ、配信者に成る。
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