2017年、七月三十日。ゴドリックの谷の外れにある丘の上にて。
「偵察ご苦労さま」
一人の少女が自分の足元を這う小さな白い蛇を撫でる。
少女の長い黒髪は風に揺れているがその佇まいから気品が損なわれることはなかった。
少女の紫がかった紅色の目が谷にある巨大な邸に向く。
「闇の帝王を斃した英雄の片割れ、真の騎士───名声を欲しいままにしているのね彼は」
件の英雄様はそんなこと気にしてもいないのだろうなと少女の口許に笑みが浮かぶ。
すると少女の背後で何かが弾けるような音がする。それに少女はそっとため息を溢し、心を閉ざしてからそちらの方向に振り返って胡乱な目をした。
「何のご用かしらお姉様」
「つれないわね。感動の姉妹の再会を喜ぶべきじゃないかしら」
よく言う。姉妹の情など無いくせに。心の中で吐き捨てて少女はやってきた背の高い女を見据える。相変わらず外に出る時は素顔を晒したくないのか顔立ちは平凡、髪の色は黒で目は紫の至ってどこにでもいそうな魔女の風体をしていた。
「さぁ、邸に戻って支度をして横丁に行くのよ。貴女は今年からホグワーツに通うのだから必要なものを揃えなくてはね」
不敵に笑って言った姉を名乗る女に少女は再度特大のため息を溢した。
ホグワーツ特急のそれなりに広い通路をカレン・アーデルとルクス・アーデルの双子兄妹はカートを押しながら歩く。
「ねぇルクス、貴方アストラと一緒にいなくて良かったの?」
「は? なんでだよ」
「だって貴方ならアストラと一緒になるのかと……」
「やめろよカレン。俺は普通に女の子が好きだ───それにお前こそアストラに付いてかなくて良かったのか?」
カレンは一瞬キョトンとした後、心底理由が分からないと言わんばかりに隣の兄を見た。
「どうして私が残念がるの? アストラだって見知らぬ誰かと交友を深めたい時もあるじゃない」
「いやそういう意味じゃなくて………はぁ、アストラの奴が不憫になってくる………」
顔を押さえてため息を吐く兄にいよいよ困惑しながら二人は空いているコンパートメントに入り座り込んだ。
双子揃って仲良くなんて、と周囲が微笑むだろうが仕方あるまい。自分たちはあの英雄『リオン・アーデル』の子供なのだから。元より周囲の眼に好奇の色が混じっていることなどとっくに慣れている。
「アルバスはどうかしらね……」
「さぁな。アイツもアイツでかなり色んな噂にされるだろう。ジェームズはそんなに気にしてないみたいだけどな」
ポッター家のイタズラ好きの顔を思い出したからかルクスは少し笑みを浮かべた。妙なところでルクスとジェームズは気が合うのでホグワーツでイタズラをやらかさないか母共々心配しているのだ……まぁ父が飛んできて止めるのだろうが。
「あら、ここにいたのね二人とも!」
と、高い声がしてコンパートメントの入り口を見る。そこに立っていたのは他ならない幼馴染のアリア・フォーリーだ。その後ろには先ほどまで話題に上がっていたアストラ・カリアンにアルバス・セブルス・ポッター、そしてカレンとルクスの親戚でもあるスコーピウス・マルフォイもいた。
「「いや多い多い!!」」
一体何をしているのかとか、アルバスお前ローズはどうしたとか、アリア貴女相変わらず誰とでも仲良くなるわねとか、スコーピウス久しぶり元気してたとか色々言いたいことはあったがとりあえず口から出たのはその人数の多さだった。
二人してコンパートメントから立ち上がり手を振る。入り切るわけがないだろうこんな人数!!
「だから言っただろうアリア。流石にこの人数はいくら豪胆な二人でも驚くって」
「オイ誰が豪胆だアストラ」
アリアに呆れた目を向けたアストラにルクスが突っ込む。カレンも豪胆と評されたことに少し苦笑した。
とりあえず後ろで所在なさげにしているアルバスとスコーピウスにも声をかけようとカレンが一歩足を差し出した時、彼らの後ろから新しい人影が顔を見せた。
「あら、だから私は言ったのよアリア。せめて彼らの隣のコンパートメントにしましょうって」
その少女を見たとき、ルクスとカレンはほとんど同時に息を呑んだ。
烏の濡れ羽色の長く艶やかな髪、紫がかった紅の瞳。白い肌にとんでもなく整った顔立ち。この場にいるカレンもアリアも引けを取らないほど整った顔をしているが少女のそれはまた違った色気というものがあるように感じられた。
そして着ているローブもまた上等で漆黒の絹にところどころ金の刺繍を織り込んだ特別なものだと一目で分かった。古い魔法だろうか、それによる加護も盛り込まれているらしい。
「あらごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私はリイン───リイン・セイアよ」
「ぶっ!? ゴホッ、ゴホッ!!」
その名前を聞いた瞬間、ルクスは飲んでいた水を噴き出しかけて噎せ、カレンも口に手を当てて驚愕する。それを見た当の本人たるリインと何も知らないアルバス以外の全員はそりゃその名前を聞いたらそうもなると深く頷いていた。
「せ、セイアってあのイルヴァーモーニーの創設者の……!?」
「えぇ。そのセイアよ」
「アメリカに渡ったきり英国には顔を見せなかったはずだけど……」
セイア家はアメリカの魔法学校であるイルヴァーモーニーを創設した一族だ。とはいえセイアの姓を持っていたのはイゾルト・セイアのみで他は彼女の夫とその子供たちによってイルヴァーモーニーは創られた。
と、自分たちが自己紹介をしていないと思い出したカレンは咳き込んでいるルクスを引っ張って挨拶するよう促す。
「ゲホッ、ゲホッ……わ、悪い。ルクス・アーデルだ。よろしくな」
「初めまして。私はカレン、カレン・アーデルよ」
「貴方達があのアーデルなのね。噂は聞いているわ、仲良くしましょうね」
二人とリインは握手を交わす。そしてカレンの目がなんだか沈んでいる様子のスコーピウスに向いた。
「ねぇ、どうしたのスコーピウス? なんだか元気ないじゃない」
「あ、いや、僕は別に……」
「聞いてよ二人とも。ローズが……」
と、アルバスが食い気味に話をし、それを聞いた二人は頭を抱えた。
「ローズのやつ、マルフォイってだけで嫌うのはどうなんだよ……」
「仕方ないかもしれないわ。だってあの子スリザリンに良いイメージ持ってないもの」
「その、彼女の言い分も分かるんだ。僕は父親が父親だし───」
「だったら親父とお袋だってスリザリンだぞ俺達は」
「しかもリオンおじさんはアーデル家唯一のスリザリンだしね」
アストラの補足に二人は頷く。スコーピウスも少しマシな顔つきになり、彼らはそれぞれ両側のコンパートメントに男子と女子に分かれて座った。
途中車内販売で沢山の蛙チョコやらかぼちゃジュースやらを購入してホグワーツでの生活に想いを馳せながら彼らは過ごした。
◆
「やっと着いたぁ〜……!」
「もうすっかり夜ね」
ホグズミード駅に到着した特急から降りたルクスとカレンがそう呟く。キングス・クロスを出発したときは青空だった空が今やすっかり夜の帳に覆われていた。
濡れている石畳の上を慎重に歩く。そうして現れた禁じられた森の番人こと知り合いのルビウス・ハグリッドの先導に従ってボートに乗り込みホグワーツへ向かう。
「そういやよ、お前らって自分がどこの寮に入ると思う?」
「私はハッフルパフかなぁ」
ボートに揺られているとルクスがそんなことを聞いてくる。それにいの一番に答えたのはアリアだった。はて、アリアの両親と言えば父の親友のランスおじさまとエミリーおばさまだ。二人ともレイブンクローだし普通ならレイブンクローに組み分けされるのでは?とそんなことを考えた。
「あ、カレンってば訳が分からないって顔してるね?」
「え? あ、ごめんなさい。不快にさせるつもりは……」
「あはは、いーよいーよ。カレンがそんなこと考えるわけないって知ってるもん。それに私って本とか読むの苦手だからレイブンクローはないかなぁって思ったの」
成る程と頷いた。確かにそれならレイブンクローはないかもしれない…まぁアリアも好奇心はあるが。
そんな感じでどこの寮に入るのかなどを話している内にボートが岸に着く。そしてボートから降りるといよいよホグワーツへ続く階段を登っていく。
「あらローズ。そんなしかめっ面してどうしたのよ」
「あぁカレン……アルったらあのマルフォイの子と仲良くしてるのよ!」
友人の顔を見つけたカレンが駆け寄って話しかければその友人───ローズ・グレンジャー=ウィーズリーはその顔をいかにも不機嫌ですといったものに変えて叫ぶ。
アルバスたちから聞いた話は本当だったかとカレンはこっそり額を押さえた。そしてローズの肩に手を置きなだめる様に話す。
「あのねローズ。いくらスコーピウスが死喰い人だった人の子供だからってその子供もまるっきり同じだなんてそんなはずないでしょう」
「じゃあカレンはアルが危険な目にあっても良いって言うの!?」
「そんなわけ無いでしょう。ただ、もしそんなことをするなら私とルクスでスコーピウスを止めるし、そもそもスコーピウスがそんなことをするなんて万に一つもないわ。従兄弟だから分かるのよ」
カレンの答えにローズはプイッと顔を背ける。ローズだって分かっているのだ。なにせ彼女の敬愛するリオン・アーデル自身がスリザリンでそんな彼の友人……と言えるかは微妙だが友人でいいのだろう……がドラコ・マルフォイだ。まぁそんなドラコはハリーとしょっちゅう小競り合いをしていたと父が言っていたので中々に複雑なのだが。
そうして階段を登りきると、一人の人物が玄関ホールからこちらに向かって歩いてくる。その姿を見たローズが「ぁ……」と小さく声を上げ、いつの間にかカレンの隣に立っていたリインも目を細める。
周りの新入生もやってくる人物に気付いたのか先程の騒がしさが収まっていく。
その人物はハグリッドの方に寄ると声を掛けた。
「ご苦労だったなハグリッド。後は私が連れて行こう」
「あぁ。頼むぞアーデル先生」
「任せておけ」
そう言ってその人物は黒のローブを翻し、微笑んだ表情のまま新入生を見渡す。
「さて───初めまして新入生諸君。私はリオン・アーデル。このホグワーツ魔法魔術学校の副校長にして、変身術という科目の教授でもある」
彼の目が……人々から至高の青と称される群青の瞳が新入生一人一人を見回す。やがてその目はルクスとカレンを捉え、ほんの僅かに彼の笑みが深まったがすぐに元の顔に戻る。
そして彼は両手を広げ、まるで親が子にするような顔を浮かべて高らかに告げる。
「入学おめでとう。これから先、ここが君たちの学び舎であり第二の家だ。どうかホグワーツで素晴らしい思い出を残していけることを祈っている!」