「父様が帰ってきたわ」
そう言って顔を上げたのは妹のセレナだ。こういう時の妹の勘はよく当たるので一も二もなくルクスと共に部屋を出て玄関の重厚な扉を開いて外に出る。
そして聳える門が独りでに開いてそこから父がゆったりと歩いてきた。
「わざわざ出迎えとは」
俺は愛されているな、と父がクツクツと笑う。そして飛び込んできたセレナを軽々と抱き上げた父はルクスとカレンをそれぞれ撫でてから邸に向かって歩く。
「お前たちの母様は帰ってるか?」
「帰ってるわ。お茶を淹れると言ってたもの」
「なら良かったよ」
父が指を軽く動かせば玄関が開く。父が杖無し呪文を使えるということは彼の家族や親しい者以外は知らない秘密である。ルクスもカレンもホグワーツの友人達に明かすようなことはしていなかった。
そして玄関ホールを通り食堂に足を運べばそこでは母が人数分のお茶を用意して待っていた。
「お帰りなさいリオン」
「ただいまダフネ……悪いな」
笑顔で父に寄った母が杖を振って雪が付いた父の服を綺麗にする。それに笑顔を見せた父は抱えていたセレナをゆっくりと降ろすと自分の席に着いた。そして私達も席に着いた瞬間、テーブルの上に沢山の料理が現れた。
アーデル家の料理を作っているのはこの家の屋敷しもべであるフリッツと彼の家族たちだ。まあハーマイオニー小母様は屋敷しもべを使うことにあまり良い顔をしないのだけれど。
「とりあえず食べるとするか」
「よっしゃ腹減ってたんだ!」
父の言葉と共にルクスが我先にと料理を取り分け出す。それを見て私も自分の分とセレナの分を取り分けながら口をつけていく。
「さて。お待ちかねのクリスマスプレゼントだ」
ある程度テーブルの上の料理が無くなると父が笑みを浮かべながら言った。
父が指を鳴らすと私達の前にそれぞれのプレゼントが収められた箱が現れる。ワッと声を上げたセレナが両親に許可を取ってから箱を開封する。私とルクスもそれに倣い箱を開けた。
「セレナにはニフラーのぬいぐるみ。ルクスには獅子のぬいぐるみ、カレンには不死鳥のぬいぐるみだ……少しチョイスが子供っぽ過ぎたか?」
「そんなことないわ。ありがとう父様」
箱から取り出した不死鳥のぬいぐるみを抱きしめ、心の底から笑う。それに安堵した様子の父は「そうか」と呟くと椅子から立ち上がる。
「ルクス、カレン。後で執務室に来い。話がしたい」
「分かった」
「父様、私は?」
「セレナは私と一緒にいましょうか。大丈夫よ、父様は貴女を除け者になんてしないから……そうでしょう?」
「もちろん」
明日沢山遊んでやるから、と父がセレナの頭を撫でれば妹の顔がへにゃ、と綻んだ。
◆
「失礼します、父様」
コンコンと扉をノックすると「入れ」との声が聞こえたので断りを入れて扉を開いて執務室に入る。
二人の視線の先ではリオンが机に積まれた書類に羽根ペンを走らせている。恐らくアーデル当主としての仕事をしていたのだろう。まったく働きすぎだ。ホグワーツ教師としての仕事もしているのだろうに。
「それで? 話とは何でしょう父上?」
「畏まるな。別に当主として呼んだ訳じゃない」
ルクスの畏まった態度にリオンが苦笑する。納得したらしいルクスは肩の力を抜き、いつもの調子に戻っていた。
「お前たちに聞きたいことがあってな──アルバスとスコーピウスのことで」
その言葉に二人とも納得がいった。父も二人を取り巻く状況に苦心しているのだと。
まず初めに口火を切ったのはルクスだ。腕を組み、気に入らないという態度を前面に押し出しながら語った。
「グリフィンドールはなぁ……ありゃ駄目だ。ビクトワールとかが抑えてくれてたりはしてるがアルバスがスリザリンに組み分けされてから目の敵にしてるぜ。やれハリー・ポッターの息子なのにやら、やれ裏切り者だとか……反吐が出る。おまけにジェームズもアルバスの事を無視すると来た」
「そうか……ハッフルパフはどうだ?」
リオンの目がつい、とカレンに向く。それを真正面から見据えて私は口を開いた。
「ハッフルパフはグリフィンドールよりは過激じゃないわ。でもやっぱりアルバスの組み分けに納得できなくて変な考えに走る人たちもいるみたい……リタやペルセウスが抑えてくれているけど」
同じハッフルパフの六年生、リタ・シャックルボルトとペルセウス・ディゴリーを思い出す。二人ともアルバスとスコーピウスの事を信じてくれ、大変頼りになる先輩だ。
「どこも火種あり……か。やれやれ面倒な」
重苦しい空気が部屋を満たす。やがて書類を片付けたらしいリオンが羽根ペンを置いて二人を見る。
「それに関連して……というわけではないが、お前たちはリインとよく話すそうだな」
「リイン・セイアのこと?」
「あぁ」
「よく話すっつうか……俺よりカレンの方が関わる機会は多いだろ?」
「そうね」
「あの子と話してみてどう感じた?」
リオンの質問に二人揃って首を傾げる。リインはスリザリンなのだからその寮監である父なら彼女の性格くらい把握していそうなものだが。
「どう感じた……ええっと、謎めいたところはあっても善良な子かなとは思うわ。偶に図書館で勉強したりもしてるし……」
「俺は廊下とかですれ違ったら会話するくらいだぜ。グリフィンドールとスリザリンだし、あんま関わりすぎても他が騒ぎそうだし」
「ふむ……」
リオンが顎に手を当てて何かしらを考え込む。彼女のどこかに引っかかる物があるのだろうか……もしかしてスリザリンの子孫だから?
「父様。リインがスリザリンの子孫だからと気にしているなら───」
「いや、そういうわけではない。だが何かと気になるだけだ」
「その言い方だとほかに何か気になってると?」
「お前たちも噂は聞いているだろう。スコーピウスが闇の帝王の子なのではないかとな」
ルクスと顔を見合わせ、揃って苦い顔になる。あんな巫山戯た噂のせいでスコーピウスがどれだけ気に病んでいるか……
「でも父様は信じていらっしゃらないのでしょう?」
「当然。スコーピウスは間違いなくドラコとアストリアの子だ……とはいえ世間ではまことしやかに『帝王の子』の存在が噂になり続けているのも事実。奴が凋落して二十年近く……子か後継者がいるとして台頭するなら今はピッタリの時期だからな」
「それでリインを?」
「あくまで可能性だ。リインも、その姉のデルフィーニもセイアの名を持つ。セイア家の先祖はイゾルトであり、そのイゾルトの母はゴーント家の女だった。だからといって危険視するというわけでもないが」
カレンとルクスを見るリオンの群青の目に神秘的な光が宿る。アーデルの時を視る異能──未来か過去を視ているのだと分かった。やがて目を閉じ、再び開いた頃にはその神秘的な光は失せて普通の眼に戻っていた。
「お前たちは自分の杖の素材を覚えているか?」
「もちろん。私は月桂樹に芯は麒麟のヒゲで長さは二十八センチ。最初の持ち主に忠実だけど気高い心を失えばたちまちその杖は杖として機能しなくなる……と言ってたわ」
「俺はナナカマドに芯は……グリフィンの尻尾の毛だっけか。で長さは二十九センチ。気難しいが使い熟せば大変素晴らしい杖だって」
「そう、お前たち二人の杖は木材はともかく芯に関してはオリバンダーが扱わないもので構成されている……それはリインも同じだ」
一瞬だけどこか遠くを見るような目になった後、リオンは改めて目の前の我が子達を見た。
「彼女の杖はニワトコにバジリスクの牙を使用したものだ。そしてオリバンダーが言うには『ニワトコとナナカマドの杖を持つ者同士は何かしらで惹かれ合う』らしい……本当かどうかは分からんが」
ちら、とカレンの目がルクスを捉えるが当の本人は「へぇ〜」とあまり興味が無いようだった。まぁルクスらしいと言えばらしい反応の仕方にカレンもリオンも苦笑した。
「だから、と言うわけでもないが……用心はしておきなさい。俺もホグワーツに居るとはいえ四六時中守ってやれるわけではないからな。未来視があるから安心などとは思わんことだ」
リオンの目がカレンに向き、知らずカレンの背筋がピンと張り詰めた。こういう時の父は何かしら意味を持って忠告しているのだとルクスもカレンもよく知っていた。
「アーデルの時を視る異能は祝福でもあるが同時に呪いでもある……俺の高祖母でお前達にとって高祖父の母は、未来視の力を持っていたが……やがて自死した。未来の重みに耐えきれずに」
「それは……」
「努忘れるな、カレン。アーデルの時を視る異能を継いだ我が子よ──未来を垣間見、それを多用し続ければいずれ手痛い目に遭う。未来視を信用しすぎることのないように気をつけなさい」
「……ご忠告痛み入ります父様」
父から習った魔法騎士の礼を取り、カレンはその言葉を胸に刻む。それにフッ、と笑みを溢したリオンは「話は終わりだ、戻って眠ると良い」と二人に告げる。
そしてカレンが扉を開き廊下に出るとルクスもそれに続こうとして──すんでのところで止まりもう一度リオンの方を向いた。
「どうした?」
「いや、改まって言うことじゃないかもだけどさ……カレンは守るぜ、必ず。兄貴としてな」
ルクスの真剣な顔と心底からの言葉にリオンは眩しいものを見るような目になり、だが首を横に振った。
「まったく殊勝な心掛けだ……だが勘違いするなルクス。お前がカレンを守るんじゃない。お前たちは背を預け合い、お互いを守り合うんだ。どちらも欠けてはならない比翼なのだから」