汚泥の中で 作:アカネイアの雑兵
それは人によって異なるのだろう。
「マジかよ」
村の周囲の監視をしていたレイは思わずそう呟いてしまった。
明らかに今までとは違う規模の山賊達。
それが村の方向へと向かっていたのだから。
軽く見ただけでも10人はいた。
となれば、それ以上いるのは間違いないだろう。
これでもレイとてゲレタに従って山賊討伐もしている。現地にて様々な事を学んだ。
その中で『相手の戦意を挫く』と言うものがあった。
勿論、そうするには相手の心理をある程度把握せねばならない訳で。
レイから見て、今回の山賊は今までと違う様に感じた。
となれば、レイは全力で村に戻り、ゲレタに伝えねばならなかった。
緊急時には迷う暇すら与えられない。
レイは山賊達の視界に入る前に村へと駆け戻った。
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「随分と大規模だな」
レイからの報告を受けたゲレタは即座に動く。
パオラに上空からの偵察を。レイには村の男衆への伝言。
リンダやチキ、クライネとカタリナには戦闘の準備を告げ、バヌトゥとチェイニーにはいざと言う時の予備戦力を頼んだ。ゲレタは足早に村長の元へ訪れ、事の次第を連絡。
女衆には負傷者が出た場合の手当ての準備を頼んだ。
「…生きる為にあちらさんも必死、と言うわけか」
元山賊であるが故にゲレタには相手方の考えが理解できる。
おおかた未だに山賊の襲撃を受けている様子のないこの村。故に奪えるものは沢山あると考えたのだろう。
分からなくはない。更に言えば、縄張り争いで優位に立つ為のものでもあるのだろう。
今までどこも落とせなかった村を落とした。俺達は他の連中とは違うと
賊と言うものは国や村落よりも遥かに厳しい。
騎士団や町や村が雇う傭兵。
そして、何よりも同じ賊は明確な脅威となるのだから。
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海賊はどうかは知らないが、山賊や盗賊の多くは奪うことしか出来ない者達。
故に積極的に動き回らねばならない。
特に今回の大乱は大陸全土を巻き込み、それは情報を手にする機会の少ない賊ですら何となく察せられるまで。
更に言えば、だ。
山奥にあるこの村を狙う、と言うことは彼等もまたこの近辺に拠点を構えているだろう事はほぼ間違いない。
この近くに村落はなく、加えて主要な街道がある筈もなし。実のところ、この近辺の賊達は村の住人よりも遥かに貧しい生活を送らねばならなかったのである。
何せ村の守備を任せられているゲレタは賊を殺せば、その死体を敢えて村の近くに放置。
村にとっては、脅威となる獣の数を減らす事が出来ているのだが、獣達の中で比較的知恵の回るものは『あそこは危険』と認識する様になる。
となれば、そういった知恵の回る、言い換えれば厄介な獣達は村の近く以外で
そんな彼等にとっては、山に慣れていない山賊達は格好の餌。
そもそも、こんな山奥に逃れてきた山賊だ。縄張り争いや治安維持を担う騎士達に追われて来た者達。
分かりやすく言えば、『弱者から奪う事でしか生きられない者達』だった。
元々賊とはそういうものだが、その中でも彼等は実力などが不足している。
故に山賊達は纏まって村を攻めるしかなかったと言えるだろう。
尤も、その村こそがこの地における最も危険な場所なのだが。彼等山賊達がそれを知る事はない。
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「生きるのに必死なのは理解する。
が、一度道を踏み外すと余程の事がないと戻れんのよ。せめて人として殺してやろう。」
ゲレタは山賊達を皆殺しにした。
ある意味では、道を外した己とも言える者達を。
その尋常ならざる様子は妻リンダや娘であるチキが思わずゲレタの心を案ずる程。
「…面倒な事になるかも知れんな。」
殺しきった山賊達の死体を一目見たゲレタはそう呟く。
と言うのも、その理由は山賊達の武器にあった。
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「…つまり、何者かの手があったと。そう言われるのですな?」
戦闘を手早く終わらせたゲレタはそのまま村長の元へと向かう。
そこでゲレタは自身の懸念する所を隠す事なく村長に告げる。
「武器、かの。」
「ええ。」
この様な辺鄙なところで活動する山賊ともなれば、
事実、ゲレタとリンダがこの村を初めて訪れた時に持ってきた物やその翌日山賊のアジトを強襲し、殲滅した時に得た武器は全てそうだった。
それはゲレタとリンダがこの村に定住する事を決めてからも同じ。
が、例外はある。
そう、商人と繋がっていた山賊達。
「困ったものですね。此方としては外部へ積極的に関わるつもりはなくとも、向こうから働きかけてくる。
しかも、話し合いならともかくとして武力行使を初っ端に選ぶとか。」
「……元より話し合いで解決するつもりはない、のじゃろう。」
ゲレタの言葉に村長は重々しく口を開く。
「此方ではどうかは知りませんが、私が知る限りの話となります。
国内で戦闘が起きていた時、ある貴族…いえ領主は山賊を村にけしかけていたとか。世も末、ですね。」
この時、ゲレタの脳裏に浮かんだのはアグストリアのマッキリー城主マクベスの姿だった。
尤も、時系列的にはまだ起きていない未来の話となるだろうが。
それか商人。此方は全くもって嬉しくないが、既に実績がある。
「大陸の混乱はまだ続くのでしょうね。
仮に終息したとしても、世が鎮まるには時が必要でしょうし。」
「…そうじゃのう。
早々に終わらせて欲しいものじゃて。」
ゲレタと村長は深いため息を揃ってついた。
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(…ゲレタ。)
リンダは夫であるゲレタの様子がおかしい事に気が付いていた。
恐らく、娘であるチキも分かっただろう。
今となっては殆どの者は信じないだろうが、ゲレタは間違いなく元山賊。
同族意識ではないだろうが、今回山賊を手にかける時思ったのだろうか。
一歩間違えれば、自分もああなっていたと。
多分、
彼は強い様に思えるが、弱くもある。
村の中で頼りにされている彼だが、それでも村人全てから好意的に思われている訳ではない。
リンダは村の女衆と良く関わっている。
彼女達は周囲を良く見ており、また現実的だ。だからこそ、村の人間も良く知っていた。
ゲレタの戦い方はともすれば、戦いを侮辱するものにも映るかも知れない。…特に戦いに誇りなどを求める騎士の場合は。
逆に戦いそのものを矮小化する事もあるだろう。
何せ、一方的に尚且つゲレタ一人で終わらせられる。その上、ゲレタが殺したと判別できるのは魔力を扱える者のみ。
しかし、魔力を扱うが故に異常とも思えるその魔力操作。そして、やり方から現実を直視出来る者ばかりではないだろう事は想像出来る。
ゲレタはただ
だからこの様な歪な戦闘方法を選ぶしかなかったのだ。
それに、繊細な魔力操作を必要とするあのやり方はゲレタに見た目以上の負荷をかけている筈。
事実、ゲレタのやり方に最も近いカタリナは魔力行使をする度に軽い頭痛に見舞われている。カタリナと共に戦うクライネとて敵を狙いたがわず射つ事に少なからぬプレッシャーを感じているとも。
それを一人で、しかもああも簡単に出来てしまう。
…リンダにはそれが好ましいものとは思えなかった。
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リンダは最も夫の側にいたと断言出来る。それは時間だけの話ではない。
彼に寄り添う事が出来た時間であると。
ゲレタが元いた場所は人殺しは禁忌であったと言う。
にも関わらす、今のゲレタは人を殺さねばならなくなっている。
必要だと彼は言うだろう。
だが、リンダにはそれが何よりも心配なのだ。
ニホンと彼は言った。
彼はそこで生まれ育ち、その常識はこの大陸において意味をなさないものが多い、とも。
カダインから出て、彼と出会い様々な経験をした。それだけでも私の価値観は大きく変化したと言えるだろう。
同じアカネイア大陸にありながら、その価値観は大きく異なる。
文字通り、異世界とも言える場所に放り込まれ明日をも知れぬ身となり、生きる為には奪う以外の選択肢はなかった。
想像すら出来ない。
村に住む事を決めてから、幾度も彼と肌を重ねようとした。
でも、互いに最後の一線が越えられない。
それは恐怖だった。
肌を重ね、子が出来なければ
もし、そうなれば彼の心は千々に乱れるだろう。
そうならない様に支えなければならないとリンダは改めて強く自身に誓うのだった。
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「…戻らない、か。」
「あれだけの規模の山賊だぞ?有り得るのか。」
「武器を与えたんだ。別の場所に移った可能性もあるぞ。」
とある町。そこに人目を避ける様にして、とある屋敷に集まる一団。
彼等は商人。但し、真っ当な商人とは到底言い難い者達だが。
「一部の連中がグルニアに武器や物資を持ち込んだ。
その結果、ただでさえ少ない武器や物資が高騰しつつある。これはある意味好機とも言えるだろう。」
「ノルダの奴隷市場は引き受け手が見つかりにくいらしく、苦労しているらしいな。」
冷笑にも嘲笑にも似た笑みを一人が浮かべる。
確かに奴隷は混沌している現在ならば幾らでも増えるだろう。
が、問題は奴隷の買い手だった。
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ドルーア帝国の復活に端を発する戦乱。
それは大陸全土の治安の悪化を招き、武器や物資の高騰。更には人買いの横行をも許す結果となる。
それは成り上がりを目指す商人や己の利益拡大を目指す者達にとっては絶好の機会だった。
大陸の中心国家であるアカネイア王国。
アカネイアでは奴隷売買は違法ではなかったが、褒められたものでもなかった。
何せ奴隷の仕入れ方法の多くは、困窮した農村における口減らし。しかし、その効果はあくまでも一時しのぎでしかなく、その上売られるのは農作業や狩猟の出来ない女子供が中心。
長い目で見れば、それは村の未来が先細る
それに加えて、ドルーアがマケドニアやグルニア、グラを傘下にし、アカネイアを滅ぼした際には元貴族の令嬢や子息なども奴隷として扱われた。
だが、それは元アカネイア貴族や有力者の不興を買う事となる。
が、ノルダの奴隷商人は一顧だにしない。
既にアカネイアは滅んでいるのだから。
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ところが、よりにもよってアカネイアの王族であるニーナが生き残っており、あろう事かアカネイアが滅んだ後に滅んだ筈のアリティア。その王子マルスがオレルアンのハーディン等と共にニーナを奉じてパレスを奪還したのだ。
奴隷商人達にとっての凶事は続く。
アリティアの王女であり、アカネイア再興の立役者であるマルスの姉エリス王女。
彼女はグラの兵士によって捕らえられ、その後奴隷商人に買われたと言うのだ。
この事実はマルス王子やハーディン、果てはニーナ王女の奴隷商に対するイメージを悪くしたのだろう。
現在のアカネイアは奴隷の商取引に懐疑的であり、アカネイア貴族達も奴隷の購入を控え始めた。
勿論、一部の貴族や好事家はそれでも奴隷を求めているがその規模は明らかに縮小している。
ノルダの奴隷商人達は何とか自分達の商売を存続させるべく足掻いているのだが、そこにグルニアの内乱。
ノルダの奴隷商人は危機的状況にあると理解しているが、殆どの者はそれを知らずグルニアにて奴隷を買い付けていた。勿論、彼等はノルダの奴隷商にそれを売る事を前提に動いていたのだが、買える筈もなかった。
結果、グルニアにおける商人達の行動は彼等にとって想定外の事態となり、混迷の度を深めている。
アカネイア以外でも王女であるエリスが奴隷とされた事でアリティアやオレルアンでの奴隷の販売は難しくなりつつあった。
今回の企みにはノルダの奴隷商人も一枚噛んでおり、食糧をアカネイアの有力者達に売り付ける事で奴隷の商取引についての交渉をしようとしている。
が、それは奴隷商の領分を逸脱したもの。当然商人の中で反発を生む。
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「上手くいきませんでしたか。」
豪奢な服を纏う人物は憂鬱そうにため息をつく。
噂によれば、かの村にはアリティアの王子や王女と話の出来る者がいると言う。
真偽の程は定かではなかったが、今の彼等に手段を選んでいられるものでもなかった。
幸いと言うべきか、この人物が属する組織はそれなりに影響力がある。
欲に目の眩んだ者ならば、容易く操れる。
我欲によって、道を誤るのは民や商人だけでは決してない。
「我々に独自の戦力がないのが悔やまれますね。
傭兵ではいざと言う時逃げる可能性も。」
この人物がこの様な迂遠な手段を取る理由は多々ある。
はっきり言ってこの人物が動かせる最大戦力となれば、まず間違いなく傭兵であった。
が傭兵は使い捨ての駒とするには、些か以上に厄介な
成る程、確かに実力のある者もいるだろう。
しかし、実力者に限って譲れない一線と言うものを持っている。依頼と自身の矜持を比べたならば自身の矜持を選ぶ者が少なからずいる。
…それでは困るのだ。
これは彼のみの話ではない。大陸全土の未来にも関わってくる重大な話。
更に面倒なのが、仮に此方の依頼を達成したとしても傭兵の中には口の軽い者もいると聞く。
「…手を考えねばなりません。
我々は大陸の歴史と共にあるのですから。」
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雑に殺したもんだな。
竜人族の青年チェイニーがあの男による戦闘の跡を見た時、最初に感じたのはそんな感想だった。
そもそも、アレが戦闘なのかは非常に怪しいところだろうが。
いつもならば、山賊であろうが眠っているのかと錯覚する程に綺麗に殺すのに、今回はまるで誰かに誇示するかの様に凄惨な死体を作り出している。
既に血の匂いに誘われたのか、遠巻きに獣達が此方を伺っていた。
贓物は四散し、山賊達の死体は見るに堪えない。
血は周囲の木や草にも飛び散っており、一部とはいえ土の色すら変色している程。
正しく、殺戮の跡と言えよう。
魔力操作を間違えたのか?
と一瞬だけ、考えられない想像が頭をよぎったが直ぐに思い直す。
(そんな訳があるか。)
自身も成り行きとは言え、この村に滞在している。ただでさえ小さな寒村であるのに、良くも悪くも周りを巻き込んで動いているあの男を見ない日はない。
見ている景色が違う。
余りその様な表現を使いたくない自分であっても、あの男の有り様を見ているとそう思わざるを得ない。
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あの男は元山賊と常に話している。
恐らく、それは事実なのだろう。余りにも
が、それ以上のナニカを感じたのは自分だけではないだろう。
元山賊ともなれば、大方村人か町人だった筈。
にも関わらす、視野が広い。…不自然な程に。
加えて、自分やバヌトゥの事を『竜人族』と呼んでいた事にもある時気が付いた。
極めつけは、あのガトーのおっさんを手にかけるなんて大それた事を仕出かしたのに、まるで気にする様子はない。
その上、その場には魔竜族やその長モーゼスがいたと言う。
並みの人間では竜人族、しかも敵対している筈の者と対峙出来るだろうか?
その上で、自分は勿論姫達の安全を確保した。
これがただの山賊である筈がない。
そして、何よりも恐ろしい事が今回判明した。
ただ山賊達の姿を見ただけ。
そして、そのまま踵を返した。
勿論、山賊達はその情けない姿に意気を挙げ
そして、次の瞬間には爆ぜた。
体の内側から。
ただの憂さ晴らしであろう筈もないし、かと言って単なる不調に依るものともおもいがたい。
「絶対的強者でないから、手段を考える。か
アイツ長生き出来そうにないと思うんだけどなぁ。」
チェイニーは永い時を生きてきた。
だからこそ、適当にやる事の必要さも何となく理解している。
「ただでさえ短命種だってのに、自分の寿命を削る生き方を選ぶのは理解に苦しむって。」
チェイニーはひとりごちる。
しかし、それが結果的に姫の生活の安全を守る事にも繋がってしまうから、チェイニーも余り口を挟めない。
生きる為に外部との接触を戒めた者達がいる。
生きる為に奪う事を選んだ者もいるだろう。
生きる為以上の富を望む者もいる。それが彼等にとっての当たり前だから。
生きる為に鬼となった者もいる。
何れ、全てに答えが出るのだろうか?
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