汚泥の中で 作:アカネイアの雑兵
「ハーディン殿。
…いや、敢えてこう呼ばせて貰おう。ハーディン。
貴殿の想いを否定はせんし、否定する理由もない。
が、想いだけで現実は変えられぬ」
その常とはまるで違う姿に私やザガロ達は動揺するが
「覚悟を見せて貰う。ニーナの師として」
試練は始まった。
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「ニーナもアレの歪さを直視し、自分の道を歩む事を決意した。…それは彼女を良く見ていた貴殿には分かるだろう」
「無論」
ゲレタ殿に飲まれない様に気を引き締め、応ずる。
「騎士とは目の前の敵を打ち倒し、守るべき者を守るものだと考える。
その点で言えば、貴殿やザガロ殿達は素晴らしい騎士と言えるだろう」
「だが、これから貴殿が歩もうとする道。
それは今までとはまるで違うものを必要とする。
ニーナが最初にした事。その是非はどうでも良い」
その言葉に私は内心唖然とするが、続きを聞かねばならない。そう己を戒めた。
「政治とは民を守るものである。私はそう考えて常にそれに従い行動している」
それはこの場にいる我等全員が理解している。兄であるオレルアン公やタリス王。その者達に従う文官達がこの人物を認め、積極的に利用しようとしているのは、そこにある。
「が、私も含めて人とは頑なものだ。
己の価値観を、信念を、感情を容易に変える事は難しい。
それも無理はない話だ。価値観などを変えると言うのは『今までの自分を捨てる』事とも、『自分が間違っていた』と認める事にも繋がり得るもの」
「それは恐怖だ。己の全てを塗り替えられるおぞましい感覚だ」
その言葉には言い知れぬ説得力があった。
「他ならぬ、私がそうだったのだからな」
私達は衝撃を受ける事になる。
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人を殺すのは禁忌だ。
少なくとも、私はそう思いあの時まで、信じて生きてきた。
その私が初めて人を手にかけたのは、エリスを助けた時だった。
皆は彼女を助けた事を称賛しよう。
私もそれは後悔しない。あの時の選択は正しかった。
そう胸を張って誇ろう。
が、その時確かにそれまでの私は死んだのだ。
その言葉にハーディン達は目を見開く。
人を殺さねば守れぬものが確かにある、と。
そう思った時、私は様々な事を考えついた。…今までの私ならば、考える事すら嫌悪したであろう、それを。
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「だからこそ、マルス達にものを教える時には気を遣ったものさ。マルス達は私の意思の代弁者ではないし、そうあってはならないのだから。
だからこそ、私達に降った直後、私に教えを求めたマリア王女。彼女をニーナと同じ様に扱わなかった。扱えば、彼女の持つ良さすら消してしまっただろうから」
「難しいのですな」
思わず私は口にしていた。
「そうさ、誰かに教える事は難しい。
知識もまた力だ。その力を制御出来るだけの
そして、教える側も貪欲であるべきなのだ」
「貪欲?」
「教える側もまた学ぶ事を忘れるべきではない。
それを忘れる者は、己の教え子を通じて、それを思い知らされる。私はそう痛感するよ」
ゲレタ殿は苦笑したのだった。
「意外かな?」
「素直に言えば、意外。私の心中を表現するなら、この言葉が的確だと思う」
私のその言葉に
「所詮、私も非力な人間のひとり。
教える時には、内心怯えてさえいるぞ?どんな質問をされるか?キチンと伝えたい事が正しく伝わるのか?
そんな事を思わない訳がないだろうよ」
「私は偶然にも、闇を照らす
そう苦笑を深める。
「誰かの立場になって考える。
それは素晴らしい事だ。私はシーダやマルスの様に出来ない」
その言葉から私の気のせいか
「それにより起きる事。それが恐ろしくて堪らないのだからな」
憧れの様なものを感じた。
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「裏切りとは、それまで得ていた信用などを全て投げ捨てるもの。組織に属しているとなれば、その重みは個人のそれより遥かに大きなものとなる。
如何に聖人君子であったとしても。…いやそうであるなら尚更、か。
過去の行動に対して厳しい視線が向けられるのは、避けられない。
それは羨望や嫉妬、憧憬などの感情由来のもの」
「それは茨などという生温いものではない。
常に己の全てを疑われ、何かあれば疑念を抱かれる。
『やはりこの者は信用ならなかった』と言われる事もあるだろう。
そうさせない道も無くはない。しかし、あの者達を見ているとその自覚があるのかさえ、疑わしくなる」
それは嘆きの様にも懺悔にさえ聞こえるもの。
「マルスが決めた事だ。
無論私も可能な限りやれる事はやる。が
視点が違うのだから、仕方ない話であるのだがな」
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凶悪な山賊集団の一員であったジュリアン。
ゲレタは可能な限り、重用し信頼を高めようとしている。ジュリアンは母体であるサムシアンを滅ぼした以上、ガルダやオレルアンと言った一部の地域や国以外では問題なく生きていける事だろう。
ナバールもサムシアンを裏切っているが、彼は傭兵。その意味を理解した上での行動だろうから、問題とならない。
が、マケドニアの者達。
彼女達は自覚しているのか怪しいが、このままいくと凄惨な未来が待ち受けているのは避けられない。
マチスとレナはマケドニアの有力者。しかもミシェイルとの縁談が出てくるのであれば、恐らくは貴族なのだろう。
貴族ともなれば、所領があるだろう。領民も
兄妹がマケドニアを裏切り、敵であるアリティアに与したとなって、穏便に済まされるだろうか?
ミネルバ達については今更だろう。
が、ゲレタは自分から指摘しないが、懸念している事がある。
ミネルバとその騎士であった二人は確かに空を戦場とする者。故に連携などを深めるのは良い。
良いのだが、余りにも周囲との関係を疎かにしている様にも見える。
その事情から、孤立感を抱くのは仕方のない話だろうが
とは言え、彼女達も立派な騎士でミネルバに至っては実戦経験の豊富な王族。
余計な口を出すのは憚られる。…というよりも、意見を言おうにもゲレタは想像でしか話が出来ない。
マケドニアとは大陸の他の国家と一線を画する異質な国家。そうゲレタは考える。
自国内での食糧自給は何処かの国の様に難しく、生きるためにマケドニア特有の過酷な環境に向き合わねばならなくなったのだろう。
今でこそマケドニアの主力となっている竜騎士や天馬騎士。しかし、野生の竜は獰猛であり、天馬…ペガサスは警戒心が強いのだろう。それを手懐け、人の騎乗を許し戦場において縦横無尽な活躍をさせる。
それは間違いなく騎馬の調練よりも遥かに難しいのは明らか。
それでも、マケドニアはその困難を乗り越えて戦力化している。
それはつまり、その必要性があった事に他ならぬ。ということではないか?
少なくとも、その当時のマケドニアにおいて。
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「立場や事情が違えば、ものの見方もまた変わる」
ゲレタ殿はそう深い溜め息をつき、ソレを見た。
それは石を積み上げたもの。
1つとして同じものが無い、歪に積み上げられたものだった。
「…さて、どう見る?」
「一見すれば、 以前聞いた国と民の関係性にも見えますな」
私はゲレタ殿にそう答える。
それにゲレタ殿は無言で皮肉げに笑った。
「そう見えるかね?」
「確かにそうも見えなくもありませぬ。
しかし、そうなるとゲレタ殿の話と些か噛み合わぬ。そう感じました」
「理由を聞いても?」
ゲレタ殿は屈み、一番下の石を
当然それは敢えなく崩れ落ちる。
「石は動きません。誰かが動かすまで。
しかし、人は違う」
なるほど、確かにこれは不愉快にもなるだろう。
…いや、違うか。ゲレタ殿は敢えてその様な者を集めたのだろう。
「未来は常に未知。
一番怖いのは、それが
アカネイアにもマトモな時期があったのだろう。しかし、王族や貴族、騎士はそれに満足してしまった。『これで良い。これ以上のものはない』と」
それは人の摂理を語る聖職者の様にも見え、
「だからこそ、アカネイアは堕落した」
罪人の罪を暴く処刑人にも見えたのだ。
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「さて、私からハーディンに渡すものは全て渡したつもりだが、質問はあるか?」
恐らく、これがこの人物に師事出来る最後の機会なのだろう。
どの様に思われようと、私は進むと決めた。
…ならば
「時間の許す限り、ご教示願いたい」
何を迷う事があるだろうか?
「…強欲な事だ」
私の言葉にゲレタ殿は目を細めて低く笑った。
書きたい事のひとつが書けて満足。
此方のゲレタは本編ゲレタも真っ青な驚きの黒さ。
マルスやエリス。ニーナと対をなす、人の闇の象徴のひとつとして実は書いています。
凄く、楽しい
エリスルートのイチャイチャ(努力目標)
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