汚泥の中で 作:アカネイアの雑兵
そう思ったので投稿
本作において、一部設定が大幅に変わる事になります
あしからず
「…ありがとうございました
もう大丈夫です」
そうチキは2人に声をかける
…あんなにも大声で泣いたのはチキの長い人生(?)の中では初めての事であり、それ故に少し気恥ずかしかった
特にチキが少し苦手にしているゲレタ
彼はチキの背中をずっと一定のリズムで優しく叩いてくれていた
…それが何とも心地良く
また気恥ずかしさを高めていたのである
リンダはリンダで何処か甘い匂いがして、眠くなってしまい危うく眠るところだった
もうこの温もりは感じられない
…なら
そうチキは思っていたのだ
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「…おん?
石、か?」
ゲレタは事切れた(というか自分達が殺した訳だが)竜人族の近くにある綺麗な石を拾い上げる
勿論、知識として恐らくコレが竜石であると分かってはいたが
そうと分かっても、この竜石には不思議と人を惹きつける魔力の様なものがあった
「…それは竜石です
私達が竜の姿になる為には」
チキは神竜ナーガの娘である
その為、本来ならば各竜族は自身の姿を変じる為に必要とされる竜石は決まっている
火竜族ならば火竜石
氷竜族ならば氷竜石
と
なお、地竜族はそもそも竜人族となる事を受け入れていない為、地竜石なるものは存在しない
が、全ての竜族の祖とされる神竜族ならば、その縛りはない
残念ながら神竜石以外で姿を変じた場合は元々のパフォーマンスを発揮できないのだが
「んー
じゃあチキに渡しておくか」
ポイッ
そんな擬音が思わず聞こえてきそうな程、気軽にゲレタはチキに竜石を渡した
多分倒した相手からすると火竜石なのだろうな
と思いながら
「え?
あ……え?」
慌てて放り投げられた竜石をキャッチしたチキであったが、その頭の中は絶賛パニック中であった
そんな気軽に手渡して良いものでは無いはずなのに
ゲレタは見た筈だ
その竜石を使い、変化した竜人族の姿を
…と言うか
「…あの、ゲレタさん」
「どした?」
「貴方は私達の事を呼ばないんですね
マムクートって」
チキはその事が気になった
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「…いやそれ、一種の差別用語だろ?
知らないならともかくとして、知っているのに使おうとかは思わんなぁ」
あの人はいろんな事を知っていたわ
…確か、今アカネイアという国は悪名高い不義の国という扱いなのでしょう?
でも当時は違ったのよ
…ええ、貴女が驚くのも無理はないわね
でも、アカネイアのした事が明るみになり、ラーマン神殿
…貴女は知っているかしら?バヌトゥという竜人族を
ええ、そうね
ノノに様々な事を教えて、ンンの出産の時手伝ったその人よ
…そのバヌトゥが人知れず今も守っているわ
そこにメリクル、パルティア、グラディウスが納められているのよ
まだ全てが戻ってきている訳ではないけども
封印の台座、かしらね
アレについては未だにヒトの世にあるのだけど、構わないわ
ファルシオンは
…そうね
貴方の父であるクロム。そしてその跡を継ぐ貴女
貴女まではイーリスに置いていても良いと思っているわ
「過ぎた力は容易く人を歪ませる」
私の父の口癖だったもの
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話が少し逸れたわね
…いえ、お父さんはいろんな事を知っていたわ
山賊の下っ端だと言っていたけど、私とお母さんはいつもそれが本当の事なのかと疑問に思ったものね
アカネイアの歴史や建国王アドラ一世のした事
当時暗黒竜と呼ばれたメディウスの事などかしら
「メディウスと言うと
私達には『人に寄り添い狂った哀しき竜』として語り継がれていますね」
そうね、ルキナ
アカネイアの
…いえ、アドラ一世のした事が世間に知れ渡る様になるとアリティア、タリス、オレルアンを中心に反アカネイア感情が高まったわ
無理もないわ
アリティアは一度ならず二度も国土を焼かれ、タリスも一度は滅亡の危機に瀕した
オレルアンに至っては言うまでもないかしら?
「…はい
『悲劇の暗黒皇帝ハーディン』ですよね」
……ええ
お父さんやお母さんを高く評価し、私達にも気を遣ってくれた優しい人だったわ
…けれど、あの人の真摯な想いは叶わなかったの
チキは悲しそうに目を伏せる
お父さんはいつも言っていたわ
「あんな忘恩の輩に囲まれたんじゃあ、そりゃあ病むだろうなぁ」
って
アカネイアの再建を声高に謳いながらも、いつまでも想い人の事ばかりを思っていた
なのに、再建の為に必要だとハーディンを伴侶とした
…今なら、彼女の気持ちも少しは理解出来るかも知れないわ
当時の私はそんな
そう呟くチキの姿はとても綺麗で
そして儚いものだったとルキナは後に友人達に語っている
「いいか、ルキナ
お前が英雄王マルスの事を書きたい気持ちは良くわかる
…俺も以前チキに聞いた事があるからな
……お前がチキの所へ頻繁に行く事については、俺もスミアも何も言わん
ヴァルハルトからも「…古きを知り、己を磨くか。ならば我がそれを止める理由もなし」といわれている
…だが、ルキナ。ひとつだけ覚えておけ
チキの話の中で『話が逸れた』と言った後で本題に戻る事はほとんど無い」
「仮に戻るにしても、チキさんの場合だと下手をすると日を跨ぐ事になりますからね」
と後に彼女にイーリス国王夫妻は話している
(そう、でしょうか?
私は別にそれで良いと思いますが
…チキさんのご両親を思う気持ち、とても素晴らしいのでは無いでしょうか?)
とルキナは小首を傾げていたそうだ
余談となるが、クロム軍として彼等が戦っていた頃チキとの話を楽しんでいたのはマリアベル、リズ、ミリエルに意外にもドニであった
彼が言うには
「チキさんの親を大切に思う気持ち
オラにも良くわかるからなぁ」
との事だそうだ
その為、ドニは数日間にも及ぶチキのゲレタとリンダにまつわる話を終始笑顔で聞いていたらしい
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「そうですか
…知っているのですね、色々と」
そうゲレタに話すチキの目の奥には隠しきれない悲しみがあった
「事情を知っていると思わずメディウスの味方をしたくもなるんだが
…流石に竜の支配する世界に俺達の居場所はないだろうしなぁ」
「…そうねぇ」
ゲレタの言葉にリンダも微妙な顔をする
彼女としてもゲレタから聞いたアカネイアの歴史や建国王として名高く、竜から人による世界を切り拓いた英雄ともされるアドラ一世
ゲレタの言う事が事実ならば、寧ろ大陸中に蔓延る山賊や盗賊すら上回る大悪党にして、外道でしかないと思ってしまう
何せ今に至るまでかの人物による悪行は尾をひいているのだから、一代限りの悪事を働く賊などよりも、余程タチが悪い
…まぁそうだとしても、自身の父を奪う結果がある以上は決して許す事のできない相手ではあるのだが
「…ところで、ゲレタ?」
「あん?」
それはそうと彼女には気になる事がある
それはチキも同じらしく、チキはゲレタの方を出来る限り見ようとしない
「何を、やってるの?」
「解体しているだけだが?」
そう顔についた血を拭う事もなく、ゲレタは平然と口にした
ゲレタは倒した竜人族を解体して、その身体の構成をつぶさに見ていたのだ
「…え、えっと」
明らかにおかしな事をしている筈なのに、彼は全く動じる気配もない
寧ろ
「え?見て分かるだろ?」
と言わんばかりの言い方である
勿論、分かってはいるし
彼がどの様な人物であったとしても私の彼への想いは変わらないし、揺らがない
しかし、これは流石に無いのではないだろうか?
「…何故
その………解体をしているのですか?」
チキはゲレタに恐る恐る訊ねる
チキからすれば、つい少し前まで自分を優しく抱きしめていたゲレタがいきなりこんな事をし始めれば、戸惑うしかないわよね
しかも自分を襲おうとはいえ、一応同胞になるのだし
…分かるわ、その気持ち
私も彼に会って暫くの間、そうだったもの
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この時代において、誇りや名誉は尊ばれるものである
故に医術と呼ばれるものは殆ど発展しておらず、所謂民間療法とゲレタの生きていた時代には呼ばれ、廃れていった先人達の経験などによる治療法か口伝として残されていた
加えて、魔法が発達していた事もあり教会や国家の中枢、そしてカダインにおいては魔法による治療が常とされている
勿論、彼等彼女達は少なからず人体に対する知識は存在するが、その大半は先人達からの教えであり、それを元に感覚で治療の効果を高めている
故にシスターや司祭などはそれなりの地位にある者、或いはその人物に師事した者に限られる
所謂『知識の独占』というものと言えるかも知れない
以前、カダインが魔道士の価値を維持、喧伝する為に実戦的とは言えない戦闘スタイルを推奨しているとしたが、これも同じだから
魔法による医療の価値を落とさぬが為に、誇りや名誉というものを使い人体に対するあらゆる行為を悪とした
その結果、死者を辱める行為として今ゲレタのしている様な事は嫌悪され続けていたのだ
ある意味ゲレタのしている行動はそんな閉塞したアカネイアの医療の未来を切り開くものであると言えなくもない
…まぁ、この男に限ってそんな殊勝で高尚な考えがあろう筈もないのだが
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ゲレタの基本戦術は相手の体内に魔法をぶっ込み、そしてそれを発動させる事による防御力無視の暗殺紛い(俺らそこまでやらんからな!byアカネイア在住暗殺者)の戦い方
しかしそれは、相手の体内をしっかりイメージしているからこそ出来る事であり、魔法に対する親和性の決して高いとは言えぬゲレタでは、曖昧なイメージだけで出来るものではなかったのだ
…事実、サムシアンだった頃には山で遭遇した狼に危うく殺されたかけた事がある
「狼なんだから、そこまで変わらんやろ」
と油断した結果であった
なお、血塗れになって帰ってきたゲレタに仲間達は大笑い
流石のハイマンも
「…ゲレタ
お前なぁ」
と深いため息をついたそうな
それ以降、ゲレタはある意味で吹っ切れた
やるなら徹底的に
をスローガンに
殺した騎士を仲間がいるところで
何度となく試行錯誤を行なった
勿論、相手は討伐しに来た者達
最初は思う様に上手くいかず
「…間違えたか?」
ととりあえず、足を傷つけて逃げる事を封じ、ゲレタの実験台となった人物には同情を禁じ得ない
アカネイアにおいて禁忌とされる人の解体
明らかに何かを試しているかの様に敵対者を扱う
結果、サムシアンにおいてゲレタを恐れる者が出たとしても不思議ではないだろう
その様な過程を経て、ゲレタの危険極まる戦闘術は完成したのだ
…因みに付け加えると、ゲレタは別に武器での戦闘が出来ない訳ではない
効率が悪いから、やらないだけなのだ
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「あの時はお父さんのしている事が怖かったわ
…でも、それが私を守る為にしていたのだと知って
私はお父さんの事が大好きになったの」
「…そう、なのですか」
その頃の事を思い出しているのか同性である筈のルキナですら見惚れる様な表情で当時の事を語るチキ
しかし、ルキナはあまりな事に口を開けない
「…ふむ。だが、我は巫女の父上を尊敬する
勝てる者に勝つ為にあらゆる手段を講じ、そして倒す
巫女の父は優秀な戦士だったのだな」
「…そうね
誤解される事が多かった人だったけど
そう思ってくれるのは嬉しいわ、ありがとうヴァルハルト」
「礼には及ばん
我としても竜を単独で倒した者の話は伝承にあったので気にはなっていた。…よもや、その人物が巫女の父上とは思わなかったが」
覇王ヴァルハルト
東のヴァルム大陸一の国力を誇るヴァルム帝国の皇帝だった男だ
少し前に起きたイーリス大陸への出兵に端を発したイーリス王国軍との戦争において、イーリス王国王子クロム達と激闘を繰り広げた一代限りの傑物
結果としてヴァルハルトはクロム達に敗れ、現在はヴァルムの治安維持の為に奔走している
チキとも戦場で
強者に敬意を
それを信条とするヴァルハルトは敢えて竜石を使わず、自分と互角以上に戦えたチキを認め、ソンシンのサイリとは違った形でチキの平穏を守っているのだ
神竜の巫女チキ
覇王ヴァルハルト
後にこの2人に鍛えられたルキナは父クロムを超えて、『大陸の護り手』と後世から高い評価を受ける事になる