汚泥の中で 作:アカネイアの雑兵
その者は旧き者達ではなく、新しい者達が新たな世を創ると思いその力を振るう。
そして、力を使い果たし己の最期を悟った者は自身の最愛の娘を信頼する者に託し、新たな世を護る為に己の一部すらも武器として遺す。
遺された者は何を思ったか?
去りし者は何を願ったか?
「あ、そうですか。」
ガトーが捕らえられた事をモーゼスがゲレタに伝えた時、ゲレタはさもどうでも良さそうにそう返した。
姫は今ざるを片手に同胞と共に海へと向かっているだろう。
思う事があるのではないか?
モーゼスはそう訊ねる。
「言いたい事はマケドニアの山脈の様に山程ありますよ、そりゃあね。
でも別にそれはマケドニアやドルーア。チキの明日と引き換えにするだけの価値はねぇですよ。」
その表情には何もない。
「大賢者だの白き賢者だのと持ち上げられて、カダインを作り上げアンリにファルシオンを授けた。
本人としてはすべき事をしたんでしょうよ。封印の盾の場所もその宝玉の場所すら分からなかったとしても、当たり前ですわ。」
「誰にも頼るつもりが無い人物に好き好んで頼ろうとする物好きはそう居ません。アレは独りなのですよ、私から見れば」
そう詰まらなそうに吐き捨てた。
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アレが何かをしようとする時、他者を利用する事はあるでしょうね。事実、チキを封印した時アレは側に居なかったと聞きました。居たのはバヌトゥ殿だったと。
メディウス殿の時もそうでしょう?アンリというある意味では純粋な人物を自らの定めた
本当にメディウス殿が脅威なれば、力を貸すべきだった。⋯そうでしょう?少なくとも、その時のメディウス殿は『ヒトの世を受け入れた』ナーガやその同胞達にとって倒さねばならない相手だった筈。
しかしやったのはアンリに試練を与え、それを乗り越えて漸くファルシオンを授けた。
当時の話を聞くに、アカネイアが滅びアリティアが滅びたならばヒトの世は終わったのでは?
ゲレタは淡々と言葉を紡ぐ。
いっそ狂気すら感じる異様にモーゼスは
(こうだからこそ、この男を我等は信じようと思うのだな。)
と思うだけ。
独りで出来る事なんてたかが知れています。
仮に個の力だけでどうにかなるならば、神竜ナーガとてヒトの世などを予見せんでしょう。
強大な力を持つが故に竜とは他者を必要としない。
しかし、それでも足りなかった。明日へ繋ぐ力が足らないと。
だからこそ、ヒトが生まれ
ヒトの世を認めた。
ヒトは弱い。力も心も。だからこそ、他者と繋がる事が出来る。それがヒトの強み。
アレは誰も信用しようとしない。利用はする。
⋯それって
モーゼス殿やメディウス殿。大陸から逃げ出した臆病者も他者との繋がりはあったでしょうに。
他ならぬナーガの意思を最も踏み躙っている自覚がアレにあるんですかね?
だから興味もないですし、チキは渡せない。
他者を信用する強さもない者に託せるものなんてありませんから
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マケドニアにてガトーは捕縛された。
「大賢は愚なるが如し、とゲレタは言っていたが見込み外れだったのかも知れんな。」
ミシェイルはガトーという人物を『賢くも愚かな人物』だと感じた。
賢い者と言うのは、自分と同じ水準でものを語る。ついていけない者を導けば良いが、それは手間となるのだろう。
だから、『分かる者だけが分かれば良い』と思う事があるのではないか?
そして、あの人物はその様な人物なのだろう。
確かに本心を話さぬ方が良い時もあるだろう。が、それで上手くいく事はないと言って良い。
一国の王子であったとしても、周囲との話し合いは必要だったし、それは国王となった今でも変わらない。
「理由も知らずにやれと言われるよりも、理由を教えられ納得してやってもらう方が遥かに良いでしょう。
ヒトは納得させねば動かぬもの。そう思って間違いではないかと。」
「賢さなんて誇るものでもないでしょう。確かに知識や技術を秘匿する事はあります。それは理解出来ますよ?
でも、それは箱庭の中に閉じ込める様なもの。閉じた世界に変化はない。
箱庭だけが世界でない以上、いつか箱庭の中身が時代遅れとなるのは避けられない。
賢人と己を誇るなら、寧ろ率先して周りを巻き込み物事を動かすべきだと俺は思いますけどね?」
確かに技術や知識の独占は益を生み出すが、その一方で停滞や内部の腐敗を生むのだろう。
ドルーアのガーネフも閉鎖的なカダインの在り方に疑問を持ったからこそ、カダインを離れたと言っていた。
停滞とは緩やかな腐敗への道。
現状維持とはその範囲が広い程に難しくなる。
「この程度なら許される。」
「この程度の事なら放置しても大丈夫だろう。」
そう言った弛みは避けられない。そして一度でもそうなってしまうと
「前は許された。何故今は許されないのか?」
本来ならば、弛みこそが許されない筈なのにそれが常態化すれば寧ろ弛みを許さない事が何故か責められる事となる。
悪しき前例が生まれてしまったから。
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マケドニアならば、ミシェイル達の父である先王。
先王はマケドニアの食糧事情の悪化に伴い、アカネイアへの支援を求めた。
本来ならば、それは非常時のみの対応だった筈。
であれば、ミシェイルも好ましからざるものと思えど、やむを得ない事と納得もしただろう。
だが、先王は寧ろアカネイアへの依存を深め食糧という最も手放してならないものを手放した。
例えアカネイアに従うとしても、マケドニアがアカネイアの走狗に成り下がっては大陸各国はマケドニアを対等な相手と見なさないだろう。
しかも、その食糧はアカネイアが大陸各国から集めたものであったと言うではないか。
大陸各国のマケドニアに対する無関心などは此処に起因するとミシェイルは考えている。⋯今となっては好都合ですらあるが。
先王の時にマケドニアの自給自足を半ば放棄した結果、マケドニア単体でのそれは果たされる事が困難となり、ドルーアと結んだ事で事態を打開出来た。
一度でも楽を覚えた者は知らなかった頃には決して戻れない。
必要と理解していても、やろうと思えなくなる。
ゲレタがマケドニアの民に小規模ながらに農作物の栽培を勧めているのも、その点を憂慮しているから。
ガトーとやらは素晴らしい人物なのかも知れない。
だが
「託された者をあの様にする人物を信用する程、マケドニアやドルーアは追い詰められてもいない。
⋯時代に取り残されたな、ガトーとやら。」
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「久しいな、ガトー。
ナーガから信を受けていた頃の貴様は見る影もないらしいが。」
マケドニアで捕らえられたガトー。
彼は10人程の竜人族に監視され、ドルーアのメディウスの元へ送られていた。
「⋯やはり復活していたのか。」
ガトーは己の最悪の予想が当たっていた事に頭を悩ませながらも、気丈にメディウスと相対している。
この場にはショーゼンやゼムセルと言った竜人族の中でも武闘派と言える者達が控えており、更に魔竜族による魔力阻害も徹底して行われていた。
万が一にも姫や姫の導き手たるゲレタに危害が加えられない為の措置であり、誰も過剰な対応などと思っていない。
「貴様の目がまだ見えているのならば、見えたであろう?」
メディウスは愉快そうに喉を鳴らす。
「⋯⋯」
ガトーは答えられなかった。
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「⋯⋯何があった。」
メディウスの元に連行されていたガトー。彼はその道中で幾度となく自分の目を疑わねばならなかった。
竜石により竜化した竜人族。その竜人族によじ登ろうとする子供達とその子供達を慈しむ様な穏やかな瞳で見つめている姿。
竜騎士や天馬騎士達が何やら大きな包みを運んでおり、その近くでは竜化した竜人族達が地をふみかためていた。
ヒトと竜人族がああも近くで接している。
誰もフードなど被っておらず、マケドニアの民はそれを受け入れている様にしか見えなかった。
そんな彼の常識を打ち壊す様な光景が至る所で見られた。となれば、その混乱も当然のものと言えるだろう。
そもそも、マケドニアで捕らえられた時にその違和感を感じるべきであったが、それどころでは無かった為に今更ながらに気が付く事になった訳だが。
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「⋯どうやらナーガに従っていた貴様がよりにもよって最も変わっておらぬ様だな。
嘆かわしい事だが、ナーガも他者を見る目は無くなったのか。或いはその余裕すら持てなくなったか。」
「戯言を。チキを拐かし、己の意のままに操ろうとするそちらの言えた事か。」
メディウスの言葉にガトーは言い返す。何せ此処は明らかな敵地。少なくとも、武力で切り抜けられる場面ではない。となれば相手の動揺を誘い、隙を作り離脱する他に道はないとガトーは判断した。
「愚か。
愚かに過ぎる。姫を意のままに操ろうとしたのは我等ではなく貴様であろうが。
未熟故に力が制御出来ぬと危惧するなれば、何故その力を制御させようとさせぬ?
器が力に対して脆いならば、尚の事よ。」
竜人族とて生き物である。栄養を摂取せぬ事には成長が阻害されるのはヒトと同じ。
寧ろ、封印される事に慣れてしまえば起きる事すらも億劫になるだろう。
別にヒトの世に積極的な介入をせよ、などとは思わない。しかし眠りにつく事が当たり前となるのは流石に哀れとしか言えまい。
「貴様は姫の事を気にしている様に装ってはおるが、そうではあるまい。
本当に姫の事を考えておるなれば、バヌトゥの様に側にいるべきよ。ただナーガの娘を護っている。そう言えば同胞達からも邪険にはされぬからよ。」
「その様な事はない。」
ガトーの言葉をメディウスは笑い飛ばす。
「であるならば、何故貴様が姫を探しておるのに誰も手を貸さぬ?貴様が姫を真に護っていると思うなれば、姫を探し出し貴様の所に連れて行く選択もあっただろう?」
が、そうはならなかった。
姫は新たな世を創り出そうとしているあの者にこそ任せるべき。そう思う者が姫を此処へ招き、事実姫は健やかに育っている。
つい先日、魚の食べ過ぎで苦しむ事になったらしいが、それを姫が心配し咎めた。やはりあの者に託したのは間違いでは無かったとメディウスは改めて感じたくらい。
「貴様は自分が正しいと思っているらしいが、誰も貴様について来ぬ。理解を求めぬ貴様は何時までも独りのままよ。
⋯皮肉よな。旧き世を否定し、ヒトの世に希望を見たナーガ。そのナーガが娘を託した相手が最も旧き世から変わっていなかったのだから。」
最早メディウスにとって、目の前の男は哀れむべき存在にしか見えない。
「今の姫を遠目から見てみるが良い。
それでも貴様は己が正しい。そう言えるか?」
死を与えるのも慈悲である。
その慈悲を与える価値すら目の前の男には感じない。
無論、これが最後。
現実を見て、それでも変わる事を拒むならば
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ガトーは最早言葉を発する事すら出来なかった。
チキは男と楽しそうに話していたり、植えたのだろうか?小さな芽を目を輝かせて見つめていた。
チキが懐いているだろう男はそんなチキの姿を優しげな瞳で見つめている。
封印させていた自分にあの様な表情をチキから引き出せただろうか?
力の制御が上手くなくとも、直ぐ側に
男はチキを褒めているのだろうか?頭を撫で、チキもそれを嬉しそうに受け入れていた。
種族が違うのに
その娘は気安く接するべき相手ではないと言うのに
口から出そうになった言葉をガトーは意識して愕然とする。
では自分はどう接していたのか?
仮にあのまま神殿の中に閉じ込めていたとして、自分やバヌトゥにあの様な表情を向けただろうか?
意味のない仮定であると知りながら、それでも思考は止まらない。⋯止められる筈もなかった。
最善を尽くした筈だ。
そう己の中で声がする。所詮は何も理解していない、その重さを理解していないからこそ出来る事だと。
であるならば、何故此処に多くの竜人族が集まったのか?
今のアカネイア大陸では竜人族の居場所は無いに等しい。しかし、此処ではそうではないらしい。
最初はメディウスが恐怖で従わせているのだろう。
⋯そう思っていた。
だが違うのだろう。そうでなければチキもあれ程楽しそうに過ごしている筈がない。
⋯何かが変わったのだ。決定的な何かが。
思い悩むガトーに
「⋯お久しぶり、と言うべきですかな?」
声をかける者がいた。
「⋯⋯お主は」
相手を見たガトーは目を見開く。
エリスルート完結記念の外伝
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いる
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いらない
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そろそろリンダルート書いて、どうぞ?
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そんなことよりチキを出せ
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その他