汚泥の中で   作:アカネイアの雑兵

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歴史を語る上で避けられない出来事だった。

そう後世の識者は語る。


だが、それは傍観者であるが故
当事者にとってのそれは


悪夢

「あの人が帰ってこないの!」

 

「どうなってんだ、あのオヤジも帰ってきやしねぇ。」

 

 

 

 

アカネイアパレスでは血に塗れた惨劇により、マケドニア征伐やカダイン誅伐に対して懐疑的だった前将軍が殺害された。

 

新たに将軍となった人物は前任者の方針を撤回。マケドニア征伐やカダイン誅伐の正当性を主張。

各方面に対して説得や働きかけを行なっていた。

 

 

 

しかし、マケドニア征伐を企図し、試験艦の建造において犠牲を出したのは紛れもない事実。

それが現将軍からすれば、自身の責任でないとしても失った命が戻る事はない。

 

 

アカネイア各地から試験艦建造の為に集められた人夫や職人。騎士はともかく、それらの者達が死ぬ事など想定していなかった。

 

 

あくまでも、人員を貸し出しただけであり、それは必ず戻されるもの。そう送り出した側は考えていた。

 

 

 

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ところが、杜撰な船底部の接合により、浸水が発生。

 

 

その対応に追われた職人や騎士。船を港内で動かす為に乗り込んでいた人夫。彼等は浸水の脅威度を理解しておらず、結果退艦の指示が出される事なくほぼ全ての人員は死亡した。

 

 

正確には、騎士や人夫の中には僅かながらの生存者がいた。⋯が、当時の将軍は騎士は生かしたが、人夫については

 

適切に処理した

 

 

 

何せ、試験艦の建造失敗程度(・・)でマケドニア征伐が擱座するなど、到底受け入れがたい事だったのだから。

 

しかし、それはあくまでも失った人員を数字でしか見ていない人物の考えであり、その人員を失った意味を理解していたアカネイア貴族からすれば到底認められぬもの。

 

 

故に彼等は当時の将軍を失脚させるべく動き、職を解かれた愚か者を生かす事を認めなかった。

彼等はかの人物が己の失態を隠す為、アカネイア各地から派遣された人員を始末した事を知ったのだから。

 

 

 

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故に人員を貸し出した貴族はマケドニア征伐に好意的になれる筈もなく、マケドニア征伐を無期限延期した前将軍を支持していた。

 

 

そして、彼等は失った人員の遺族に対してどの様な補償をしなければならないのか?について大いに頭を悩ませる事となる。

 

騎士や兵士の喪失であれば、まだ対応出来た。

賊による被害に対するものであっても、悲しむべき事ではあるが前例はある。

 

 

ところが、戦闘でもないところでの喪失。

それについて、彼等は対処する前例がなかった。

 

職人は余所から移住させる。或いは職人の弟子にその跡を継がせる事で急場は凌げよう。

が、人夫についてはそうではなかった。

 

 

まさか、アカネイア騎士団による軽挙妄動により喪った。などと言える筈もなく、仮にそう言ったとして領民の怒りの矛先は派遣しようとした領主。つまり自分達に向くだろう。

⋯それは甘んじて受けねばならぬとしても、騎士団とその動きを許した王国に対して不満を持たれては大火の元になりかねない。

 

 

故に領民を慰撫し、民心を安んじねばならなかった。

 

 

 

ところが、民心を引き寄せる存在があった。

そう、教会の神父やシスター。彼等彼女達は大切な者を喪い、傷付いた民の心に寄り添い、その支持と声望を大いに高める。

 

 

無論、彼等彼女達は欲にまみれた総本山の者達と違い、ただ己の善性と慈愛の心によって民の心を癒そうとしただけ。

 

折しも、カダインのミロアがアカネイア最高司祭の座を降りた事により、総本山においては最高司祭の地位を巡って権力闘争が発生。総本山の司祭達は自身の立場を強固なものにせんと、アカネイア国内の司祭を総本山に集めていた。

更にアカネイア貴族や騎士団、文官に対しての工作も併せて進めねばならなかった。結果、アカネイア各地の教会に居たのは教会の本義(たてまえ)、民に寄り添うべし。に忠実たろうとした者ばかりとなっていたのである。

 

 

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アカネイア騎士団の短期間の方針転換。

 

 

それに対して歯噛みしている者達が他にもいた。

 

 

 

「どうなるのかしらね、これから。」

 

行商人アンナはまるで先の読めない状況に陥りつつあるアカネイアに溜息をつく。

 

 

「たった一年もしない内にアカネイアの方針は二転三転。しかも噂だと騎士団の将軍も代わった。」

 

これではアカネイアの方針など読めよう筈もないし、その上

 

「⋯明らかに私達行商人を疎んじているのよね。」

 

理解は出来る。

行商人の中には一刻も早く店を持ちたいと思う者が少なからずおり、彼等は傭兵を雇って半ば略奪じみた事すらする者がいるとも聞く。

 

「その結果、買い付けの出来る場所が減ったら意味ないでしょうに。」

 

手早く稼ぐやり方を覚えてしまうと、細々とした稼ぎに戻るのは難しい。

そう言った者達は店を構えたとしても、貴族や有力者と結び付き更なる悪事に手を染めるだけだろうに。

 

バレないと思っていても、何処かで悪行と言うのはバレてしまうものだ。

 

 

「⋯アカネイアから離れるのが正解なのかも知れないわね。」

 

最早彼女が見るに、アカネイアは大陸の中心としての価値を失いつつある様に思える。

 

 

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元々大陸最古の国家であり、大陸秩序の要である以上の意味をアカネイアが持つか?と問われたならば、多少なりともアカネイアの現状を知るならば即答しかねる話。

 

確かにアカネイア国内にも未だ開発の余地がある様に思える場所はかなりある。

特にオレルアンとの国境付近の山岳地帯とその裾野にある広大な森林地域。

 

しかし、そこに至るにはかなりの時間と危険を除かねばならない。

彼女も一度訪れた事はあるものの、数カ所あった農村のうち未だにその役割を果たしていると見なせるのは僅か一カ所のみ。 

 

 

 

本来、騎士とは外敵を倒し、内を引き締めるべき存在。

仮にアカネイア国内が安定していれば、国内開発の為の労力も集まろう。

 

が、今のアカネイアは現存する村や町を維持する事すら出来ていない。

過酷な搾取や賊。獣害により生活の基盤を破壊される者達がいるのだから。

 

そして、慣れた住まいを失った者、親しい者を喪った或いは奪われた者は容易に道を踏み外し、奪う側。即ち賊へと堕ちる。

 

 

その負の連鎖はアカネイアのみならず、マケドニアとドルーア以外の大陸各国で起きている悲劇。

それを止める為の存在である騎士団や軍。それが機能していないアカネイアでは減るどころか増える一方。

 

 

農村という生産者が減り、消費者は変わらず。略奪者(賊、行商人)は増えている。

 

これが今のアカネイアなのだ。

 

 

これでどうして、国として正常であると言えようか?

 

 

 

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アカネイアは勿論、大陸各国には際立った産業というものは存在しない。

つまり、国内が行き詰まった時にその打開が難しくなる。

アカネイア以外の国は国内が行き詰まらない様に力を尽くしている。

 

しかし、アカネイアに限ってはそうではなかった。

マケドニアへの食糧支援からも分かる様に、アカネイアは他国から物資を供出させる事が出来る。

 

 

それはアカネイアという国家があるからこそ、今の大陸秩序が作られたから。

教会による王族や貴族などの有力者子女に対する教育。その結果、大陸各国の中枢や民衆の意識下にアカネイアへの敬意が刷り込まれていた。

 

故に意識せずとも、アカネイアに従わない事に対して忌避感を持つ状況が作り出され、集団意識によりそれは見えない鎖となってアカネイアに異を唱えようとする者達すら縛り付けていた。

 

 

一種の軽い洗脳、とも言える。

 

 

だが、アカネイアや教会の影響を大陸各国に比べて受けていないマケドニアはその鎖が緩く、ミシェイルはそれを取るに足らぬものと見做せた。

 

 

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集団心理、或いは群衆心理という言葉がある。

 

 

集団の中にあって、集団の流れに逆らうのは難しいという様な考え方だ。同調圧力とも言えるかも知れない。

 

 

アカネイアはその成立の経緯から、歴史を作らねばならなかった。竜人族という歴史の目撃者が居たにも関わらず、それをマムクートとして迫害し、アカネイアにとって都合の悪い事実を葬り、アカネイアの正当性と神聖性を確保しようとした。

 

 

つまり、アドラ一世はその周囲は理論的ではなく、感覚的に群衆心理を理解していたと言えよう。

当然、アドラの正当性を確保しようとしていた者達。教会の前身も集団の動かし方を知っていよう。

 

如何に竜人族達がアドラの悪行を訴えようと、その竜人族に対する信用を下げる事で真実をひた隠しにした事からも伺える。

 

 

 

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アカネイアや教会は知ってか知らずか他者を騙すやり方を知っており、積み重ねた歴史と己の立場や行動が全てを明らかにする事を許さない。

明らかになれば、その全てが崩壊する危険があるのだから。

 

 

だからこそ、彼等は竜人族や古のドルーア帝国の復活を何よりも恐れていた。

そして、アカネイアに平然と牙を突き立てんとするマケドニアの存在も。

 

 

 

故に教会上層部はマケドニアやアカネイアから離れたカダインの存在を認めない。

認められる筈がなかった。

 

 

今のアカネイア王家は建国王たるアドラ一世の功績を疑ってはいない。しかし、その一方でそれを積極的に広めようとしてはいないのだ。

 

だが、教会は違う。

教会はアカネイアにおける勢力を確保する為、正しい歴史(・・・・・)を民に説き、有力者の子女に教育しているのだ。

 

 

教育上層部はそれが創られた歴史であると知りながらも、止める事は許されない。

 

 

動かぬ証拠を持つからこそ、教会はアカネイアと対立した場合教会は己の身を守れる。

アドラ一世の秘密は教会にとって、己を滅ぼす劇毒であり、また己を守る護符でもあった。

 

 

 

 

 

だが、その全ては覆える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歴史は砕かれ、人は生きる為の道を探す。

人類史そのものが崩れ去ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

エリスルート完結記念の外伝

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