汚泥の中で   作:アカネイアの雑兵

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誰かにとっての善意。
それは受け取り方によって、容易く形を変える。



隠された事実。
それは果たして


悪意

ゲレタは本来、これをミシェイル以外に告げる気はなかった。

 

 

何せ、これはマケドニアの朝野を怒りの炎で焼き尽くしかねない火種なのだ。

 

 

 

だが、手で掬い上げた水が少しずつこぼれ落ちる様にマリアに知られてしまった。

 

木簡アタックという形で抗議したものの、恐らくミシェイルはミネルバにも真実を打ち明けるだろうと。

勿論、ミネルバが違和感に気が付き、それを口にした場合だろうが。

 

 

 

そもそも、これはミシェイルとしっかり信頼関係を築いているからこそ通る話であり、証拠を抑えているとは言えども非常に危うい話である。

 

 

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現在、マケドニアとドルーア両国の民や兵の目は変化する両国の大地に向けられている。

 

あくまでも、対アカネイアを明確に意識しているのは竜騎士団を率いるルーメルや地上軍を束ねるリュッケ、マリオネスくらいのもの。

 

 

それとて、その比重はマケドニア内の治安維持や両国付近の海域の哨戒に割かれている。

 

アカネイアに対してマケドニアの民が敵対心を持たないからこそ、この状況を維持している訳で

 

 

傭兵として、アカネイアに送られた竜騎士。

彼等がどの様な扱いをされていたのか、それを派遣された竜騎士本人が周りに語らないからこそ、暴発していない。

 

 

先王も含め、マケドニアの王族は民に慕われている。

 

だからこそ、王族であるミネルバやその騎士であるパオラを差し出そうとするアカネイアの密謀や嫡子であるミシェイルを除こうとした先王の企み。

 

 

先王とて、ミシェイルを除きミネルバを王位に付けようとした事が騎士達に受け入れられると思わなかった。だからこそ、ミシェイルが廃嫡される事を周囲に納得させねばならない。

 

 

仮に先王が権力を握っていたままの場合、何れミシェイルは理由をつけて除かれただろう。

 

 

その辺の事も含め、ミネルバに話さねばならない。

そうミシェイルは考え、ゲレタは秘すべきと主張した。

 

 

 

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幸いなのは、ミシェイルのやり方に竜騎士団を指揮するルーメル将軍は従う姿勢を見せており、リュッケとマリオネスは地上軍の意識改革に協力的である事。

 

マケドニアの文官達は先を見て手を尽くしているゲレタのやり方を支持している。

 

 

 

アカネイアや大陸各国ならば、国王が代替わりするとしてもマケドニア程には上手くいかない。

 

陸路にて繋がる大陸各国は国境こそあれど、その行き来は自由。だからこそ、自国で起きた反乱や賊徒が国境を越えて勢力を伸ばす事や逃げようとする事もある。

 

故に大陸各国は少なからず交流せねばならず、国家間のやり取りは必要だ。

しかも、慣習としてアカネイアの承認が国王就任に必要とされている。

 

実に忌々しい話だ。

 

 

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「ミネルバ様、不思議に思いませんでしたか?」

 

「⋯と言うと?」

 

「ミネルバ様は現在マケドニア唯一の女性竜騎士です。

そして、貴女にはパオラ、カチュアにエストが付けられて、白騎士団という組織を創り、貴女に指揮権を預ける。

それは先王の命によって用意されたものにございます。

一方嫡子であり、竜騎士としての実力は元より政務にも通じておられるミシェイル陛下にはその様なものは用意されておりませなんだ。」

 

「⋯⋯確かに、そうだな。」

 

「先王は陛下ではなく、ミネルバ様を自身の後継者として考えておりました。パオラ達は国王となったミネルバ様の側近として重用しようと。」

 

「バカな!兄上が居るのに、その様な事は。

⋯兄上、それは事実なのですか?」

 

「⋯事実だろうな。

ゲレタを拾ってから、ゲレタは何度か先王の命で命を奪われそうになった。

仮にゲレタを失えば、自身の従者ひとつ守れないとでも言うつもりだったのだろう。」

 

 

 

 

先王はミシェイルに適当な人物をあてがい、その人物に致命的な失態をさせ、それを口実にミシェイルの支持を落とすつもりだった。

ところが、妙な男。つまりゲレタがミシェイルの従者として引き立てられる。

 

だからこそ、先王はゲレタを消す事も画策していた。

が、先王はゲレタの危機回避能力を見誤った。加えて、先王に冷遇されていたミシェイル。そんな先王に対して不信感を抱く者も城内に存在していた。

 

 

 

「何故陛下はミシェイル王子の婚約について考えられぬのだ?」

 

「ミネルバ王女には騎士を三人も付けておいて、王子にはそれをしないのは何故だ?」

 

そんな疑問を持つ者は少なくなかった。

加えて、政治にも理解を示すミシェイルと政治に対して無関心なミネルバ。

となれば、文官達はミシェイルに傾くのは自然だ。嫡子であるならば当然の話なのだが。

 

 

更に父親である国王に見向きもされないミシェイル。

それは侍女達にとっても良い感情を持てる筈もない。

 

 

結果、ゲレタは先王の企てから逃れる事が出来ていた。

 

 

 

 

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「であるならば、私は(まつりごと)について学ばねばならないだろう。

⋯しかし、その様な事はひとつとして。」

 

「⋯ミネルバ様。

恐れながら、現在ミシェイル陛下が国王としてマケドニアを統べておられます。

されど、アカネイアはそれを認めますまい。⋯となれば、大陸の慣例に倣うのであれば、陛下は未だ王子としてアカネイアは扱いましょう。」

 

「ゲレタ殿、それはどういう。」

 

ゲレタの言葉にパオラが説明を求める。

 

 

「大陸最古の国家アカネイア。

アリティアはアカネイアが一度滅んだ時期に開拓者の集まりとして存在しておりましたが、オレルアン、グラ、グルニア。そして我等マケドニア。

オレルアンとグルニアはアカネイアの有力者により建国され、我等マケドニアはアカネイアにより国家として認められた。グラとてアリティアから独立し、アカネイアが国家として認めたからこそ、今の大陸秩序が形成されておりまする。

つまり、アカネイアが認めるからこそ、国家。また国王についてもアカネイアに決定権があると、少なくともアカネイアの者達は思っておりましょう。」

 

「ミネルバ様。

先王はミネルバ様を王位につけ、その伴侶をアカネイアから招くおつもりだったのですよ。」

 

 

ゲレタの言葉にミネルバは凍りついた。

 

 

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「先王はマケドニアの食糧事情の悪化に伴い、アカネイアを頼りました。

その対価として、我等マケドニアは傭兵を出しております。」

 

「そう、だな。」

 

「先王はマケドニアでの食糧生産を諦め、アカネイアに依存する事を考えておられました。

陛下が何とか説得し、国内生産も残しましたが。」

 

 

「仮に先王の考え通りになっていたならば、マケドニアはアカネイアに対して臣下の礼を求められましょう。

何せアカネイアの支援なくば、マケドニアは保てぬのですから。」

 

「⋯そういう事、か。」

 

ミネルバはゲレタの言わんとする事を理解し、その端正な表情を歪める。

 

つまり、自分はマケドニアをアカネイアに売り渡す為の道具となるところだったと。

 

 

 

 

「これが先王のお考えです。

⋯ですが、これで私があの者達を殺し尽くした理由にはなり得ませぬ。」

 

その淡々とした言い方は逆にパオラ達の恐怖を煽る。

 

 

 

「私が殺し、殺させた者達は

ミネルバ様、貴女と貴女の騎士達をアカネイアに献上しようとしたのです。

故に殺しました。遺恨が残らぬ様、その一族全てを。」

 

 

その言葉に誰かが息をのむ。

 

 

 

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それが発覚したのは、相手から接触してきたからだった。

 

 

 

婚約者も側近も付けられていなかったミシェイル。そのミシェイルが従者として引き立てる謎の男。

 

しかし、漏れ聞く話によればアカネイアについて非常に詳しいと言うではないか。

 

故にその人物、ゲレタはアカネイアからミシェイルを懐柔。或いは消す為に寄越された者。そう考えた。

 

 

 

ゲレタはある程度話を合わせる事で相手から企みを聞く事となる。

 

 

そして、ゲレタが何よりも苛立ったのが

 

 

「聞けばゲレタ殿はミネルバ王女の騎士のひとりと仲が良いとか。

⋯であれば、事が成った暁にはゲレタ殿のものとなれる様に取り図る事も出来ましょう。」

 

 

 

そう言われたからだった。

 

 

 

頭に血が上り、思わず目の前の人物を殺してしまいそうになった。

 

どうにも勘違いしている様だが、

 

 

 

素手でも人は殺せるのだから。

 

 

 

 

 

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「要するにあの者達はアカネイアの為にミネルバ様やパオラ達を差し出そうとしたのです。

⋯愛玩用のものとして、ね?」

 

何度聞いても腸の煮えくり返る話だ。

しかも、これがマケドニア王の意思の介在しない所で企まれていたとなれば

 

やはりと言うべきか、ミネルバやパオラ達は顔色を蒼白にしている。

悍ましい以外のなにものでもないのだから当然だが 

 

 

逆にマリアは顔色こそ悪いが、その目に力がある。

チキはあくまでもゲレタの事を案じているだけ、か。

 

 

マリアは受け入れようとしている。

⋯ミネルバ、お前も本当の意味で強くなれ。

 

 

 

 

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信じられない

⋯いや、信じたくない話だった。

 

確かに己はマケドニアの王族であり、マケドニアの為にこそ働かねばならぬ。そう思い、誓い、これまで生きてきた。

 

 

必要となれば、この身を誰かに預けねばならない事も覚悟している。

だが、これは到底受け入れがたい。

 

 

 

父のやろうとした事でさえ、受け入れがたい話だと言うのに

あの者達が考えていたのは、それすらマシと思えてしまう様な内容だった。

 

 

まるで花を手折るかの様に

そうやって扱われようとしたのか、私やパオラ達は

 

 

 

 

言葉すらあまりの衝撃で口から出せず、各々が己の中の激情を制する事で精一杯だった。

 

 

 

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「白騎士団とは、天馬騎士のみで組織された集団。

ミネルバ様は竜騎士ですが、その全てが女性。

そして、あの者達は白騎士団の国外派遣を企図してもいた。

⋯⋯この意味、今更語るまでもありますまい。」

 

「⋯⋯⋯そういう事、なのですね。」

 

パオラは力なく呟いた。

 

 

 

竜騎士の派遣と異なり、白騎士団の派遣。それ即ち

 

 

マケドニア天馬騎士(の女性)を捕らえる為の口実とされると言うこと。

 

 

アカネイアはそれにより、愛玩用の奴隷(もの)を手に入れると同時に、マケドニアの未来を潰す。

 

実に効率的で、効果的で

情のない企みだった。

 

 

 

 

「だから、あなたは言わなかった。

言える筈もなかったのですね。」

 

 

「これを明らかにして何とするのやら。

マケドニアの朝野は憎悪という業火によって支配され、アカネイアを攻め潰さんとするだろう。

それを制止すれば、マケドニアの民の敵となる。」

 

 

だからこそ、ゲレタは鏖殺(族滅)を選び、その理由については固く口を閉ざしていた。

 

 

 

「まぁ、陛下がマリアに教えた時点でこうなる可能性は覚悟しておりましたがね。」

 

ゲレタはこれ見よがしに溜息をつく。

 

 

なおゲレタとマリアの話し合いにより、余程の場面で無い限りゲレタがマリアを呼び捨てにする事となっている。

 

 

 

「踏み込むべきではない。

そう思って言ったのに、箱を開けたのだ。

そこにある泥は飲み込んで貰うとしよう。」

 

ゲレタはそうにこやかに笑った。

 




人の思いが交錯するのが世の中。

ミネルバ達は自分達が汚泥の中に放り込まれようとした事を知る。
















なぜなに、マケドニア(状況解説)


先王はミシェイルを廃嫡し、ミネルバを王位に据え、アカネイアからミネルバの伴侶を招く。
それにより、アカネイアとの関係を深め、アカネイアからの食糧支援に正当性を持たせる事を目指した。

ミシェイルに要らぬ事を吹き込むゲレタは邪魔でしかなく、更にミシェイルの孤立を破ろうとする事から排除すべきと動いている。


親による子、しかも嫡男に対する冷徹なやり方は反感を招く。
特に次子であるミネルバに対しては過度とも思える扱いをしていれば尚更。
これが先王弑逆後、マケドニアが大きく混乱しなかった理由となるのは皮肉といえるだろうが。



先王によりアカネイアとの交渉を任された者達。
彼等はアカネイアの豊かさに目を奪われ、マケドニアを売る事に手を染めた。
最初こそ良心が痛んだものの、回数を重ねるうちに自分達の動きに気が付かないマケドニア王に失望。
結果、天馬騎士を売り渡し、パオラ達とミネルバをアカネイアに献上する事を進めようとした。

しかし、その企みをゲレタに明かした事で最終的に一族郎党皆殺し(族滅)される事となる。


なお、パオラに関するくだりについてのみ、ゲレタは明かしていない。

エリスルート完結記念の外伝

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