汚泥の中で 作:アカネイアの雑兵
「よう来てくれたの、ゲレタさん」
「村長の呼び出しを無視出来る訳ないでしょう
いつでも呼んで下さいよ」
マルス達がマケドニアへ渡海していた頃、ゲレタは村長の家に招かれていた
昨日の件についての報告は簡単にしているものの、詳細なものはまだしていなかった
勿論、全てを話すべきではないが村長ならばある程度の情報共有をすべきであるともゲレタは考えている
(村の一員だからこそ、無用な波風を立てない様にするのも必要だからなぁ)
今は確かに己が村の防備について責任を負っているだろう
だからといって、強権的になるのも傲慢になるのも違うと思うのだ
双方に利益があるからこそ、関係と云うのは長続きするものである
そうゲレタは思っているのだから
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「実は村の一部から村を拡げてはどうか?
との話があるのじゃ」
「⋅⋅⋅⋅素直に言えば賛同しかねますね」
村長の言葉にゲレタは苦い表情のまま答える
「うむ
賛同出来ぬ。村を拡げれば獣や賊に目をつけられる可能性は高まろう
⋅⋅⋅⋅それに」
「⋅⋅⋅⋅商人、ですか」
ゲレタは憂鬱そうに溜め息と共に言葉を絞り出す
商人
それはものを売買する上では外して語る事の出来ない存在
しかし、それと同時に収奪者でもある
彼等はものの売買によって生じる利益がそのまま収入となる者が多い
故にこう考える者は非常に多く存在する
いかにして安く大量に仕入れるか?
と
無論、それが間違いとは言い切れない
が、ことこの村に限れば迷惑な話なのだ
ドルーア帝国再興から端を発した一連の大陸全土を巻き込んだ戦乱
これにより、多くの人間が死んだ
アリティアはドルーア、グラの連合軍により一度滅び、アカネイアもまた亡国の憂き目にあった
事実上国家機能を失ったこれ等の国では賊徒が我が物顔でのさばる事となり、多くの民の生活を壊し命を奪った
マケドニアによる侵攻を受けたオレルアンも全土が戦場となっている。これにより農村の多くが例年通りの生産を行えなくなったわけだ
当然、そうなれば起きるのが大陸全土における深刻な食糧不足
そして、それを商人の中には
己の飛躍の好機
と捉える者も確かに居るわけで
この大陸において、商品となるのは何も農作物などだけではない
ヒトもまた商品となり得る
⋅⋅⋅そう、奴隷として
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「面倒なものよ
何せあやつらは此方の都合など考えもせずに食料を買い込もうとするからの」
山奥のある意味秘境とも言える、外界から隔離された場所にあるこの農村
故に何をしたとしても、
彼等は自身の利益や栄達の為にギリギリの量まで食料を買い込む
時に武力をちらつかせてでも
そうなれば、当然買い込まれた村に何かあった場合食糧不足に陥る
それを知った商人は素知らぬ顔で訪れ、奴隷として村人を買い取る事を提案する
勿論、食糧不足となった村に選択肢なぞあろう筈もない
この様な無法が公然と行なわれているのがこの大陸なのだ
奴隷として売られるのは働き盛りの男ではなく、ほぼ娘となる
そうして女手が減り、そのうちその村自体が行き詰まるのだ
どうしてそれを知っている村長が商人に良い感情を抱けようか?
これは村長が親から伝え聞いた話であるが、それ程の事をやりかねないのが商人
事実として金を置いて行ったとしても、なんの役にも立ちはしない。あれらは商品を持ってこないのだから
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「となると、村近辺の整備はもっての他、でしょうね」
目の前の若者は此方の考えを理解している
⋅⋅⋅元山賊と聞いているが、既に気にする者はおらぬ
村を長年苦しめてきた山賊を一掃したばかりか、この村に住む事を選び、家族と共に暮らす事を選んでくれた
どうにも何かに怯えている様な感じもするが、手助けするのは家族であるべき
村の者ともリンダさん達ともまるで異なる思考をする人物
⋅⋅⋅⋅それがどうした?
人を見るには言葉よりも行動を見るべき
少なくとも、腕が立ち、村の者達とも協調出来、働く事を厭わない
こうやって村に馴染もうとし、一緒に村を良くしようとなってくれる
ただ何もしない癖に税だけは取り立てようとするバカどもとはまるで違う
血が繋がっていない家族?
それを謗るものがいるとしたら、相当楽な生活を送ってきたのだろう
アカネイアの未来や大陸の未来には興味も関心もない
此処で自分達は生き、そしていつか死ぬのだから
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変わりのない
賊や獣が村を襲えば、誰かが欠ける
助けて欲しい、そう願ったところで何もならない事を知った
「死にたくない」
そう涙を流しながら獣や賊と戦い、そして死んでいった者を男は何人も見てきた
山奥故に助けを求められず、誰かを守りたいと武器を取る以外に道はない
⋅⋅⋅⋅それがどれだけ無謀と知っていても
男は村長であったが故に戦うわけにはいかなかった
村長と言えば聞こえは良いが、村人達の仲裁役
誰もが彼に戦って欲しいと言うことはない
男はそれが何よりも辛かったのだ
傷を負った者を治す手段など此処にはない
傷薬は村になく、あるのは効果の怪しい村独自のやり方のみ
そして、この村に来る行商人達は傷薬を売る事は決してなかった
これはこの村が山奥にあり、獣や賊と戦いになる危険性があるが故の事
獣の潜む山中において、血を流し続けるは自殺行為
彼等は『商い』に来ているのであって、己の命の危険など到底許容出来なかった
その為、いざという時
⋅⋅⋅⋅それに
もしこの村が困窮したならば、それもまた彼等にとっての商機となり得るのだから
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彼が
明らかにおかしな山賊と彼は判断し、山賊一味を惨殺した上でただ1人捕らえ、口を割らせた
あの強気なレイですら、顔色を青くする
彼らしかぬ凶行
「どうにも怪しかったので」
との事
⋅⋅⋅⋅確かに、いつぞやの傭兵を連れた行商人の様に護衛を連れていると思えない者がこの村に来ていたのは事実
聞けば、村の者達を怯えさせない為。そう言っていたが
「お世辞にもこの村の立地は良いとは言えません
獣や賊と戦わなくとも、険しい山道だけでも消耗するでしょう
となれば、護衛をする者達の疲労は間違いなく蓄積している
にも関わらず、村長の話では一度としてその姿を見た事はない」
彼に言われて、そのおかしさに漸く気がついた
「本当に護衛がいるのか?
一度確認すべきでしょうね」
そして、その者が村を少し前に訪れた
彼はレイやチキちゃん達に命じて、村の周囲を探させる。無論、商人に知られる事のないまま
そして、誰も見つからなかった
商人が村を後にすると、彼はチキちゃんやパオラさんと共にその後をつけたと聞く
山賊の縄張りに入っておきながら、商人は何一つ怪我もなく抜けられた、との話を聞いた
普通ならばそれに疑問を持たなかったかもしれない。しかし、元山賊としての経験が違和感を覚えたらしい
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ガルダの港町の商人などとサムシアンは少なからず交流があった
と言っても、サムスーフから悪名高いサムシアンが町へ降りて来たとなれば混乱は必至
訪ねられた商人としても、利益以上に実害が勝ろう
人は誰しも自ら汚れようと思わないのだから
ガルダの場合、悪名高いガルダの海賊の動きによってタリスとの交易が止まる事もあった
近隣の猟師による食料確保にも限界がある
となれば、使えるものは何でも使わねばならない
そもそも、悪名高いサムシアン
ならば討伐の軍が動かされたとしても不思議ではない
その為、サムシアンとの取引はサムシアンの拠点近くにある武器屋などを経由する
ないし、サムシアンの拠点へ出向く事となる
武器屋を通した取引は確かに周囲にサムシアンとの取引が露見する危険を下げられる
が、当然武器屋側も商売。利益は確実に下がってしまう
その為、商人の中にはサムシアンのアジトへ直接出向き頭であるハイマンと交渉する者もいた
ハイマンから(他の連中よりは)信用されていたゲレタ
サムシアンとしても、商人との取引は望むところ。が、下手に町へ赴いて騎士団などに動かれては面倒な話。近隣の集落を襲えば一時凌ぎにはなろうが、過ぎれば身の破滅に繋がる
それをハイマンは感覚で理解していた
その為、ハイマンは町の商人がアジトに来る事を拒否しなかった
が、商人が余計なものを連れて来ないとも言い切れない
そこで、ハイマンはゲレタに商人の監視を命じる
山賊側からすれば当然の対応
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その経験から商人を遠くから見張っている可能性をゲレタは考え、そして村から去った商人を遠巻きに山賊が監視していた事を確認した
が、それだけでは弱い
山賊が商人、しかも村とそれなりに出入りしている者と繋がっているとなれば、村に対する危険性は高い
それ故に手抜かりは許されなかった
ゲレタはリンダと共に旅をしていた頃、様々なものを見た
良いものも見たが、思わず顔をしかめる様なものも見ている
商人により、廃れた集落
その様なものが存在するのがこの大陸の実情
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(やはりゲレタさんは頼りになる)
村長は個人的な感情を抜きにしても、ゲレタを重く扱うべきとの考えを確固たるものとした
村付近の開発について、ゲレタは好ましからざるものを引き寄せる
との村長の考えに賛同
更に今後の話を重ねた後、村長の家を辞しゲレタは男衆の調練に向かった
「自分や弟子達で可能な限りは対応したいと思ってはいます
が、備えはあるに越した事はないかと。幸いにもレイの父親を始めたとした男衆は鍛える事に前向きですので」
そう言葉を残して
その臆病とも過剰とも言える危険に対する嗅覚と対応
それは間違いなく、自分達の様な力のない者の在り方。だからこそ、自分も村の者達も彼に躊躇う事なく頼る事が出来るのだ
そして彼もまた自分達を頼る事を躊躇わない
一方的な関係と云うのは容易く崩れ落ちるものと、あの若者は理解しているのだろう
「村を守るのが儂の仕事
どう思われようと、言われようと最初から覚悟は出来ておる」
力がないからと嘆くだけでは何も変わらない
それを男は知っているのだから
という訳で村長視点回でした
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