悪食のヴェスタリヌ ~ヒーロー公安委員長と始めるヒロアカ生活~ 作:積み木紫苑
*
傲慢さんとの面会があった日の夕方。タルタロス帰りの私(出所してきたみたいになってるけど違うからね!)は、公安職員の運転手に、この孤児院まで送ってもらえた。彼は、私に孤児院の扉を開けてくれた。ありがとう。
「ただいまー」
……ん? なにやら、玄関ホールが騒がしいな? そこには、子供たちと公安職員がいた。正確には、公安職員を子どもが囲っていた。
「先生、お願いだよー!」
「しかし、リリアは会長直々の命令で外に赴いているだけだからな……」
「別に私たちも用事のついでで良いよ!」
「何してるの?」
「あっ、テディ! 今、お前だけ外出できるのズルいって話をしていたんだ!」
話しかけると、俺様少年からそんな返事が返ってくる。
ふーん。そっか、この施設あんまり外に出られないからね。一応日光は浴びられるし、運動メニューとかは組まれているけど、そういう問題ではないのだろう。
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翌朝、孤児院の廊下にて。
……。
……思ったんだけど。最近、すごく視線を感じる。
その方向を振り返ると、そこには昨日と同じように、当孤児院のコミュ症っぽい女の子――アオイちゃんがいた。そうなのだ、最近この少女から熱烈な視線を感じる。今日は、テンコくんとひそひそと何かを話しながらこちらを見ている。珍しいな、アオイちゃんが男の子と話しているだなんて。いや、そもそも女子ともあまり話さない子なのだ。
「えーっと……なに?」
「アオイちゃん、リリアちゃんに憧れているんだって」
「ちょ、テンコくん!」
「え……ナンデ?」
テンコくんが、アオイちゃんの代わりに答えた。それを聞いて、彼女は慌てた。
でも私としては、アオイちゃんにそう思われる心当たりはない。むしろ、「この新参者め……」って睨まれているのかなーって思ってたんだけど。つい聞き返してしまう。
「え、えっと、あの」
「アオイちゃん、頑張れ! 変わるんでしょ!」
「テンコくんが勝手さバラしてんだげどね?!」
純粋なキラキラとした瞳で応援するテンコくんに、またもや珍しく大声で突っ込むアオイちゃん。ってか、方言女子なんだね。あんまり喋らない子だから、初めて知った。東北の方言かな?
「おお、秋田弁?」
「ア、 エット……うう……」
「ごめん、あまり方言についてツッコまないほうがよかったかな」
そう問うと、アオイちゃんはふるふると、首を横に振った。そして小さく「仙台……」と返ってきた。出身の方言のことだろう。
「あのね……テンコくんと、一か月前の襲撃について話してたの。私たち、作戦に全く参加でぎねかったがら悔しいねって。り……リリアちゃん、リーダーシップあってカッコいがったねって……私よりも小さいのに」
彼女はみるみるうちに真っ赤になりながらも、一生懸命言葉を紡いだ。そっか、あの襲撃以来、そんなシンパシーが二人の間に生まれていたのか。ちなみにアオイちゃんは、こう見えて私よりも四歳は年上である。
「それでね僕、アオイちゃんと少しずつお話の練習をしていたんだ!」
テンコくんは、「自分は一善を行ってます!」という曇りなき眼でそう補足してくれた。
「テ、テンコくん……!!」 アオイちゃんは小さな悲鳴を上げる。
「お話の練習?」
「えっと、その……私もリリアちゃんみたいになりだぐで」
もう全ての罪を白状した被告人の顔をして、彼女は言った。
なるほどね、照れるね。いや、私がこうして双子を始めとするクソガキ含む孤児たちに委縮せず出しゃばれるのも、転生者としての人生経験(笑)があるからなんだけど。
そうして何を血迷ったのか。
「あの、友達になってください!!!!」
と、頭まで下げてきた。けど、私は逆にその言葉を聞いて戸惑った。
「えっ、私たち、もう友達じゃないの?」
「え?」
「え?」
しばらく流れる沈黙。それを破ったのは、食堂になかなか入ってこない私たちを見かねた先生だった。
「お前たち。さっさと食堂に入りなさい」
「「「はーい」」」
テンコくんはさっさと身軽に、食堂の中へ入っていった。
私たちも、歩き出す。……気まずいなア。だからか、口からペラペラとよくわからない言葉が漏れる。
「じゃあ、私たち親友(?)ってことでよくない?! もう一回友達始めるならさ!」
「う、うん」
アオイちゃんは頷いた。後に、彼女が孤児の中で一番仲の良い女子になるきっかけだった。
*
朝の曇り空の下、公安の持っている貸し切りバスが、レジャー娯楽施設に向けて出発する。バスの中は、興奮した子供たちの話声で溢れている。先生らも、特にそれを咎めたりしない。
私はアオイちゃんの隣に座って、外の流れる景色について話していた。
ひゃっほい、シャバだぜ。
何があったかって?
なんでも、前回の「外出したい」という子供たちの訴えが委員長の耳に届き、今回特別にみんなに外出許可が下りたそうだ。公安職員の引率付きで。よっ、委員会の肝っ玉。
*
レジャー施設の貸し切りは流石にできなかったらしく、施設内は他の客でにぎわっている。先生によると、今回はカラオケ→ボーリング→ゲームセンターという流れらしい。
団体部屋に通されたカラオケでは、子供だらけのセッティングでは自ずとなるであろう、童謡が歌われまくった空間で、リョクシャカの『Shout baby』を熱唱してやったぜ。なんとこの世界、髭ダンもミセスもリョクシャカも、超常黎明期前の曲として存在していたのである。テンション上がったよね。だから勢いで、ヒロアカの好きなED曲をデンモクに入れたのだ。みんな、先生も含めて、ポカンとして聴いていたけど。
「リリアちゃん、この曲どこで覚えたの?」なんて、困惑した様子のアオイちゃんに言われてしまった。……まあ、単純に歌詞を見れば男の幼馴染同士の関係性という解釈がなされる曲には見えないよな。笑ってごまかした。
「めっちゃ歌った~!」
「次はボーリングだ、ボーリング!」
そう、前方の陽キャ寄りの子らが騒ぎながら、先生の後をついて行く。もちろん、先生は基本四人体勢だ。列の後方にいる私たちの後ろに、しんがりとして先生二人が無言で歩いている。私の横にはアオイちゃん、一列前にはホークスくんとテンコくんが歩いている。
ふと、黒髪の三人家族が私たちとすれ違った。……その中に、ツインテールの女の子もいた。
「転弧!!!」
ハッ、と私の前にいるテンコくんが振り返る。
「華……ちゃん……」
その女の子――華ちゃんが駆け寄ってくる。そうして、髪色の違うテンコくんを強く抱きしめた。……テンコくんの、実姉だ。
「転弧、どこにいっちゃってたの? 私、私っ……」
「こら、華……!」
「ダメでしょう?!」
彼女の両親が、苦い顔をしながら華ちゃんを咎めた。……本当は、この両親だって転弧くんの愛し方を後悔して、それを改めて強く抱きしめたかったのかもしれない。拳を固く握っていた。
前方にいた子供たちも、「なんだなんだ」とこちらに寄ってくる。
公安職員が、三人の家族の前に出た。
「お三方、困ります。この子供たちには、親はいませんので……」
ああ、なんて残酷なことを言うのだろうか。先生も、わかってて言っている。
「そ、そうですね……ウチの娘が失礼しました」と、志村弧太郎が冷や汗をかきながら、建前でしか作られていない言葉を発した。「ウチ」には、テンコくんは含まれていない。彼の表情が、途端に悲し気なものになる。ああ、この家族の傷が深まってしまう。ってか、現在進行形でそうなってる。私に何かできることはないのかな?
……いや、何もできることはない。そう諦めた時だった。
「転弧! ずっと……」
華ちゃんが、声をあげた。
「ずっと、良いお姉ちゃんになれなくてごめんなさい! でも、私は、お母さんとお父さんと、おじいちゃんもおばあちゃんもモンちゃんも、転弧のこと大好きだから! ずっと!」
テンコくんが、勢いよく顔をあげる。彼女の両親は「華……」と目を見開いている。
「華ちゃん、僕も……僕も大好きだよ!」
彼の頬に一筋の涙がつたった。
「……泣かせるな」
私の傍にいる先生が、小声で言う。そして、仕切り直すように咳払いをした。
「さあ、みんな。予定時刻を過ぎてしまっている。早く次の目的地に向かうんだ」
そうして、強引にボーリング会場に向かわせられた。テンコくんは先生に歩くよう背中を押されながら、ずっと後ろを見ていた。
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ガーターに転がっていくボールに子供たちの笑い声が響き、会場はにぎやかさを増していた。
彼の瞳はどこか遠くを見つめているようで、先ほどの家族との再会の衝撃がまだ心に残っているのが端から見てもわかった。
他の子供たちは、己の欲に忠実だ。遊べる場に来たのだから、遊ぶことに集中する。それが彼らの自然な姿だった。テンコくんの沈んだ様子に気づく子供はいない。それどころか、彼を置いてゲームに夢中になっている。
その中で唯一、ホークスくんだけが、遊びながらもたまにちらりとテンコくんに視線を送っていた。彼は、自分も楽しみながら、それでも弟のようにテンコくんのことを気にかけている。お兄ちゃんしてまっせ。
「せ、先生……ト、トイレ……行きたい……」
突然、隣にいたアオイちゃんが小さな声で恥ずかしそうにつぶやいた。
私はその声に気づいて彼女を見る。赤くなった顔を隠すように、彼女は袖口をぎゅっと握りしめている。
「……あ、わかる。私もそろそろ行きたいな」
ふと、膀胱に重さを感じ、私も尿意を思い出した。「さっさと済ましてきなさい」と先生に許可をもらって、アオイと二人でトイレに向かうことにする。
トイレの方向に向かい、店内を進む。ようやく、トイレのある、人通りの少ない奥まったところに出た。すると、突然体がふらりと揺れるような感覚に襲われた。視界がゆらゆらと揺れて、床が歪むように見える。
「う、あれ……? クラクラ、する……」
足元がふらつき、壁に手をついて体を支える。私の前を歩くアオイちゃんを見ると、彼女はパタリと倒れた。ええ……?!
あ、私も足元が覚束なくなってくる。そのまま、床に沈み込んだ。意識がどんどん遠くなっていく。完全に遠のく前に、こんな会話を聞いた。
「よっしゃ、幼女二本釣りぃ!」
「やっぱお前の個性:アルコール使えるな! 子供はアルコールの巡りが早い。だから子供だけを攫うのに最適ってこった!」
「へへへ……。二人とも上玉じゃねえか……」
*
や、ほんまにヤバいことになったな。
目が覚めたとき、私は薄暗い天井を見上げていた。古びた木材がむき出しの屋根で、所々に穴が開いている。隙間から差し込むわずかな光が、埃まみれの空気を浮かび上がらせていた。
「……あー、ほんまにヤバいことになったな……」
声に出してみても、事態はまったく好転しない。手足を縄でガッチリと縛られ、私はボロ屋の床に転がされていた。荒れた木の床が背中にチクチク痛む。
「うう……ここ、どこ……」
隣で小さく呟く声がした。アオイちゃんだ。彼女も私と同じように両手両足を縛られ、横たわっている。目には涙をため、怯えた様子で体を縮こまらせている。
「アオイちゃん」
「リリアちゃん……」
「トイレ大丈夫? 私はまだ平気……」
「それどごろでねぁーだべ?!」
「ご、ごめん」 アオイちゃんに突っ込ませてしまった。
部屋は寒く、壁は湿気で黒ずんでいる。家具も何もなく、古い毛布が一枚転がっているだけ。どうやら、ここはどこかの廃屋みたいだ。
時間も季節もまったくわからない。窓には板が打ち付けられ、外の景色は見えない。まるでこの場所が、世界から切り離されているような感覚だ。
「どうしよう、リリアちゃん……怖いよ……」
彼女の声は震えている。
「まず、落ち着こう。泣いてもどうにもならないから」
私は言い聞かせるように呟きながら、状況を整理しようとする。
「トイレに行こうとして、そこで……私たちは攫い屋に個性:アルコールによって眠らされた」
「攫い屋……?」
「つまり、誘拐されたということ」
「ひええっ!」
アオイちゃんは、そのまま透明になってしまった。個性で霊体化したのだ。個性:霊体化。言ってしまえば、透明化+すり抜けって感じの個性だ。服は、彼女の体毛を培養したものを使っているようで、一緒に透明化+すり抜けられる。
って、待って? 普通にギチギチに縛られているとはいえ、ただの紐だし、私たち個性使えるのでは?
試しに、炎を出して紐を燃やしてみる。じじじ、と炭素が燃焼する音がして、ようやく両腕が自由になった。ちょれえ~!!
「アオイちゃん、霊体化で縄抜けできるよね?」
「できる……よ?」 彼女がいたところから、声がする。
「よし、私も個性で縄を無効化できるから、私たち攫い屋の隙を見て帰れるかも」
「本当?!」
「うん。てゆーか、公安の孤児が攫われて、何も救けが無いのもおかしいよ。委員長、流石にそんな鬼畜じゃないだろうし……」
アオイちゃんはホッとしたのか、霊体化がとける。
その時、話し声と足音が近づいてくる。扉が開くと、そこには三人のザ・ゴロツキって感じの男がいた。口臭そう。
「な、なあ。ちょっとくらい味見したっていいよな」
「まあ、せっかくの上玉だしな。そうしなきゃ損だぜ」
えっ……何? 私たち今、犯されそうになってる? うわあ……。
しかし、私はその背後に目を凝らした。三人の男の後ろに、人がいる。仲間か……?
いいや。
「レディ・ナガン!!」
彼女のライフルが光を受けてわずかに輝く。
彼女は腕から生えたライフルを一瞬の迷いもなく犯人らの首元に叩き込む。犯人の二人が即座に膝から崩れ落ちる。
「ヒッ! く、来るなあ!! っ、そうだ!」
もう一人が慌ててアオイちゃんを人質に取ろうと、彼女に駆け寄る。うわ、卑怯だぞ!
「ひぃ!!」
「アオイちゃん!!」
しかし、ナガンさんの足がすでに動いていた。冷静かつ正確な動きで彼の急所を蹴り上げる。
「がっ……!」
犯人が呻き声をあげ、その場に崩れ落ちる。彼の手は震え、アオイちゃんへの攻撃の意思は完全に打ち砕かれていた。
「お前ら、大丈夫か? 怪我は?」
「大丈夫です、全然ばっちり」
ナガンさんは、かがんで私たちの視線に合わせてくれた。この人、絶対内心は子供好きでしょ。
「レディ……ナガンさん……」
横を見ると、アオイちゃんがレディ・ナガンに、私を見ていたときよりも熱のこもった視線を向けている。
私はなんだか呆れた心地になった。う、うーん。まあ、いいか!
*
今月の公安委員長との面会が、いつもの部屋で行われた。程良い弾力のあるフカフカの黒革のソファに座って、私と委員長は向き合っていた。
「全く、君は人騒がせだね」
結局あの後、私とアオイちゃん誘拐事件により、これからの孤児たちの外出は今まで以上に厳しく管理されることになった。孤児院の皆にも申し訳ない。みんな別に性格悪くないので、それで冷遇とかはされずに今まで通りだが。
「ご、ごめんなさい」
「全く……気を付けてね」
「はぁい」
「反省してる?」
「してまーす」
「やれやれ、この子は……」
本当に、反省自体はその日の夜のうちにしこたましたのだ。次からは、個性で酩酊するまえにドロップキック食らわせるぞ。あと、委員長だからこんな軽いノリでも大丈夫かなって。委員長って、底知れない何かは隠してそうだけど、基本の言動は優しいし。
「そういや委員長~、私も普通のご飯が食べたいんだけど」
「おやおや、恋しくなったのかい?」
私はテーブルに両肘をついて、不満げにため息をつく。
「だって、これ。」
顔のマスクを指で軽く叩いてみせる。
「このマスクのせいで、スープもストローで吸うしかないんだよ? しかも野菜や肉は細いポッキー状だし」
「ああ、それは仕方ないよね。君が誰かに噛みついたら大変だから」
「わかってるけどさ……でも、普通のご飯が食べたい。ホカホカの固形物が恋しいよー。あとなぜか食後にちょっと胃もたれするし」
「胃もたれか。うん、まあ、体を慣らさなきゃいけないからね」
「何に慣らしてるの?」
「ああ、ちょっとした負荷だよ。将来のための準備ってやつだ」
「準備って、何の?」
「まあ……例えば、毒に耐性をつけるとかね。」
「毒……?」
え、ちょっと今さらっとヤバいこと言わなかった?
「委員長。それって……私たちのご飯に毒が入ってるってこと?」
「ああ、そんなに大げさな話じゃないよ。ほんの微量さ。」
「微量でも毒は毒じゃん!?」
「君たちのような子供たちは、いずれ戦場や極限状態に身を置く可能性がある。そこで毒を盛られたとき、対応できなきゃ困るだろう?」
「でも、それなら普通に説明してからやるべきでしょ……」
「説明したら、みんな怖がって食べなくなるからね。」
「ええー……」
夕食の時間。
これ、毒入りだよ……?
「どうしたの、リリアちゃん」
不思議そうに、隣に座っているテンコくんがこちらを見てくる。
「い、いやあ。ね。なんでも……」
そう誤魔化すと、「ふーん」とテンコくんはスプーンを口に運んだ。
……腹を括るしかない。きっと、他の子のご飯にも毒は入っているのだろう。わざわざ「これ、毒入ってるよ!」なんて言いふらす気にはなれないけど。ペナルティが怖いし。
いただきます! あむっ!
……。
お、美味しい~!! やはり何時間か置いた後の空腹状態での食事はうめえ~!! 毒入りだろうが何だろうが、私の飯はこれしか無いんじゃあ~!! 公安に上手く掌で転がされてるとか知らね~!!!
ちなみに三日後、マスクを外すための、人に襲いかからないように訓練が始まった。私がホカホカの固形物を食べられる日も近いってことだ。やったぜ。
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遠足から戻り、孤児院の日常が戻ってきた。しかし、アオイの心はいつもの穏やかな日々には戻らない。頭の中はレディ・ナガンでいっぱいだったのだ。あの日、ナガンが助けに来てくれた瞬間のかっこよさが、何度も何度も繰り返されていた。
「あの人、すっごく素敵だったなあ……」
そう呟いて、一足先に公安側に設定されたメニューを終えた彼女は、談話室の椅子に腰かけ目を瞑る。脳裏に浮かぶのは、ヴィランをなぎ倒すカッコイイあの人のこと――。
「アオイちゃん、恋患っている顔なのだわ!」
「へ?」
目を開けたらドアップで「なのだわ」少女ことイボンがいた。
「好きな人でもできなのかしら? なのだわ!」
「いっ、いいえ。別に……」
恥ずかしくて、つい否定してしまう。イボンは「ふーん、そうなの。あ、そうだ! ねえねえレスオブラ!」と、おっとり屋少女の元へと向かった。
――好き。……あの人のことが好きなのがな、私って……。えへへ……。
次の日、朝食の後。アオイも職員に連れられて、個性延ばしや体術の習得のための部屋に連れていかれるところだった。
「……あ、あの、すみません……!」
小さな声でそう呼びかけると、公安職員が彼女に気づいて振り返った。
「どうしたの?何か困ったことでも?」
「え、えっと……その、レディ・ナガンさんのことなんですけど……」
「ナガンのこと?」
職員の眉がわずかに上がる。彼女がまだ子供だということもあり、その質問が少し意外に思えたのだろう。
「えっと、ナガンさんって……普段、どこにいるんですか?」
「そうだね……普段は、公安の任務で色んなところに出張してるんだよ。正直、どこにいるかは、私たちも知らないことが多いんだ」
「そ、そうなんですね……」
アオイは少しだけ残念そうに目を伏せた。
でも、そこで終わりにしたくなかった。心の中のもやもやを解消するには、もう少し踏み込んだ質問が必要だった。
「ナガンさんって……誰か好きな人とか、いるんでしょうか?」
その質問に、職員は一瞬だけ目を見開き、思わず苦笑いを浮かべた。
「さぁね、どうだろうな。ナガンは仕事が恋人みたいなところがあるからね」
その言葉に、アオイの表情はほんの少し曇った。
「でもさ、ナガンが君たちのことを気にかけてるのは事実だよ。君たちが無事だったことを聞いて、安心していたから」
「……ほんとですか?」
アオイの顔が一瞬で明るくなった。その表情に、職員は温かい微笑みを返した。
「ほんとほんと。ああ見えて、不器用だけど人情深い人なんだ」
(可愛いなあ、この子……。ナガンのことが好きなのかしら……。いいえ、孤児に必要以上に情を持ってはいけないわ)
なんてことを、職員は考えた。
その夜、アオイは布団の中でナガンのことを思い出し、心の中でひとりそっと呟いた。
「ナガンさん、また会えるかな……」
胸の奥で膨らむ小さな恋心を抱えながら、彼女は再会の日を密かに願っていた。
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「メリークリスマス!!」
今日は聖夜。ここは公安直営孤児院。なんと、クリスマス会を行っている。ケーキうめえ。
そして……なんか、ナガンさんのことを好きなのがバレバレなアオイちゃんへの、委員長の計らいだろうか。レディ・ナガンもいた。
「なんで、私がこんな格好を……」
ミニスカの可愛いサンタワンピースコスチュームで。真っ赤になって不服そうな顔しているけど、私知ってる! これ、内心は「かわいい……!!」って喜んでいるやつだ! まんがタイムきららでやったところだ!
「珍しいなあ、ハルキが女に騒がないなんて」 俺様少年が言う。
「僕は……ツルペタにしか興味ない……!!」
キリッとした顔で宣うスケベ美少年。別に言っていることはカッコよくない。
私はふと、隣にいるアオイちゃんを見た。緊張している様子だ。
「ほらほら、アオイちゃん。今日こそはアタックするんでしょ?」
「う、うん。……ナガンさん!!」
彼女は、ナガンさんに駆け寄っていった。ライフルヒーローは、呼ばれた方向を「ん?」と振り返った。
「これ、クリスマスプレゼントです……」
「……めっちゃ絵、上手い」
そこには、イケメンな表情を浮かべたレディ・ナガンが見事に描かれていた。まるで写真のようなリアルなタッチで、ナガンの美しさと凛々しさが余すところなく表現されている。アオイちゃん、実は神絵師なのだ。天はこの子にコミュ力をあげなかった代わりに、画力を授けた。なお、公安に抱き込まれているので画力を発揮する機会はあまり無い模様。
「すごい……上手すぎるだろ……!」
子供たちがその絵を見て感嘆の声を上げる中、アオイちゃんはナガンに視線を送っていた。その目は、まさに恋する少女の瞳。頬をほんのりと赤らめ、じっと彼女を見つめる姿はあまりにも可愛らしかった。
ナガンは、アオイちゃんの描いた自分の肖像をしばらく見つめた後、ふっと柔らかな微笑みを浮かべた。
「ありがとう。大事にする」
その一言に、アオイちゃんの顔がパァッと明るくなる。まるで、この瞬間だけで一年分の幸せをもらったかのような表情だ。もう、恋する乙女は可愛いなあ!!
ちなみに、どうやって攫われた位置を特定したかというと、上須田の身体に埋め込まれたGPSから導き出しました。