そこでくつろぐ山本秋江のもとに、レイナがやってくる。
「おっ、アキエいたんだ! なになに、お店の品物で勝手にティータイム?」
「……サボりか」
「平日の昼間に学校ずる休みして来てる貴方に言われちゃう?」
昼過ぎ。MARVEL・AGLIの事務所に少女が二人。黒髪おさげの秋江と金髪ポニーテールのレイナだ。
「同じ歳で学校に行かずここに居座っているお前も同じようなものだろう」
「あはは、言えてる」
秋江の手にある雑誌がレイナの目に入る。
「それ、オカルト雑誌?」
「見ればわかる」
その雑誌をじっと見つめて少し考える素振りをした後、レイナは思いついたと腰に手をついて秋江に吹っ掛ける。
「私は異世界の人に会ったのかもしれないの」
秋江の紅茶を口に運ぶ手が止まり、視線は読んでいたオカルト雑誌から『異世界』発言をしたレイナへと向かった。
「何だって?」
「異世界の人を知ってるの。好きなんでしょ、オカルト」
口ぶりこそ若干挑発的ではあるが、彼女は秋江を煽ろうとしている訳ではない。そんなレイナの明るい表情を見たが、秋江は素知らぬ素振りで雑誌のページをまためくる。
「作り話には興味がない。話がしたいだけなら断る」
彼女は紅茶を口に運びなおす。その素っ気ない様子にむくれっ面で返すレイナ。
「話がしたいのはそうだけれど、そんなに邪険にしなくてもいいじゃない。それに、私が経験したことを貴方なら理解してくれそうだったから……」
秋江は小さくため息を吐き、目線だけはレイナにくれてやる。
「異世界の人間に会ったと?」
「そうなの」
即答するレイナはにんまりと秋江に笑顔を向ける。秋江の持つ秘密に興味があるレイナは、きっと自分の秘密もわかってくれるのだろうという期待を向けている。
秋江はその笑顔を見て、目線も向けずに一言返事をした。
「聴こう」
秋江の了承を得たとなると、レイナはそそくさとパイプ椅子を秋江の隣に設置し、そこに座った。秋江の隣で秋江の茶請けを一つ勝手に手に取って、ほおばりながら話を始めた。
「私ね、身内が厳しかったの。友達とも遊ばせてもらえない、どろんこ遊びもしちゃいけないって、子供のころから自分の行動を制限されてたの。ふざけんなって感じでしょ」
始まった話に耳を傾けてはいるが、秋江は紅茶を注ぎ直して集中はしていない。
しかし、レイナの次の一言で秋江は注ぎ直したティーカップに触れる手を止めた。
「小さい頃に誘拐されに行ったことがあったの。自然公園で叔母が電話してる隙に逃げ出してね。急いで探して、息を切らして最初に見つけたのがベンチでうなだれてる彼だった」
「それが、異世界の人間だと?」
秋江の目線はレイナに向いていた。レイナは聞いてくれている安心に似た喜びを感じる。心の内を話しやすい空気に、レイナは深い話を繰り出していく。
「彼は私の顔を見てとても悲しそうな顔をしていた。でも、私はそんなことにも目にくれず、彼に私を誘拐してって言っちゃってね。そしたらまた悲しそうな顔をされて……でも、彼は私を連れ出してくれた」
エレナの目が遠くを見る様な、切ない気持ちを映し出すレンズの役目を果たす。思い出して、言葉を紡ぎ出すレイナを秋江は黙って見て聴いている。
「普段乗る広くて落ち着かない車と違う、小さくて可愛いレトロカーで彼はモールに連れて行ってくれた。初めて食べたドーナツ、初めて見たプラスチックのおもちゃ、ゲームセンター、ジャンクフード……初めて尽くしのあの時間。私が求めていたことをすべてわかってくれているような感じがした」
きれいな宝石を見る少女のように、レイナの表情は物欲しげな顔に変わっていく。
「そして、最後は夕焼け空を海に見に行った。車から見たそれは今まで見たどんな景色よりもきれいで。だから、彼の涙もひときわ目立って見えた」
気持ちを照らすレンズから溢れるその光をこぼすまいと、彼女のペリドット色の瞳をまぶたが隠す。
「明日を掴むのは君だエレナ……いやエレノア。一緒にいてやりたいけれど、俺はもうここにいてられないみたいだ。そう言うと、彼は夕日を背にまばゆい光を放って……気がついたら家のリムジンの中で眠っていたの」
『彼』との思い出はレイナにとって心を照らす希望の光であった。彼女の心に決意の光を満たす太陽となっていた。
それゆえに、過去を吐き出す彼女の顔は寂しげな表情が混じっている。
「その後、こっぴどく叱られて、今までよりもやっちゃいけないことが増えちゃった。けれど、彼のお陰で私は私の自由を諦めなかった。明日を掴むって言葉をくれたから、その意味を理解できるまで考えることができたから」
そして、レイナは秋江に体を向けて少し照れ臭そうに、しかし真っ直ぐな心を見せるように秋江の目を見つめた。
「私の夢は、もう一度彼に会うこと。まあ、向こうのエレナ?ってそっくりさんがいるだろうから入る隙なんてないかもだけど」
秋江はそこで目線をそらし、ティーカップに手を付けた。紅茶を一啜りし、エレナに語りかける。
「話はそれで終わりか?」
「? ええ。もっと聞きたいの?」
秋江はそれ以上の感情的な表現は起こさなかった。お茶請けの包装を剥がしながらエレナと受け答えをするのみである。
「なんだ、結局その彼が異世界の人間だという証拠はないじゃないか。それじゃあ作り話と大差ない」
一見して無反応な彼女にレイナはムッと苛立ちを感じた。聴いてくれている素振りがあったはずなのに、どうしてこうも素っ気ないのか。かまってほしい気持ちを汲んでほしいと衝動的に不満が漏れる。
「ひどーい! ちょっとぐらい親身になってくれたっていいでしょ!」
「理解はできる。私だって、向こうに置いて行きっぱなしの兄さんとまた会うためにオカルトを調べている」
その不満に間髪入れず帰ってくる予想外の返答。秋江が滅多に話さない彼女の内面が飛び出してきたとレイナが気がついたのは、言葉を処理した一拍後だった。
「アキエ?」
「手がかりはどんな些細なものでも欲しい。信憑性が高いほどなおいい。が、肝心な部分がわからないのではな」
そういうと、目線を少しだけレイナからそらして茶請けを頬張る秋江。その様子にレイナはにやけっ面を見せて秋江の頬を突くが、秋江は鬱陶しそうにその手を払う。
「ふーん、アキエも照れ隠しとかするんだ」
「どうとでも取れ」
秋江の反応が先程までと違って可愛く見える。彼女も人の子なのだと感じ取れたその一瞬の時間に心のつながりを感じたレイナは、立ち上がり手を差し出して握手を求めた。
「私達、ちょっと似てるのかもね。似てる者同士、お互い夢に向かって頑張りましょ!」
一瞬の間があった。が、秋江はその握手を返した。言葉とともに。
「……そうだな、レイナ。いやエレノアだったかな?」
それは、家出してから誰にも話していなかった本当の名前だった。
「えっ? あっ!」
「クク。まあ、聞かなかったことにしてやろう。互いの情報を対等に共有する事が条件、としてな」
慌てるレイナの様子を見て秋江はクスクスと笑っていた。