ロッカー整理をしている鍋塚出汁子の背後から声が聞こえてくる
MARVEL・AGLIの事務所内。従業員でもないのになぜかある自分のロッカーを片づける脂ののった少女は鍋塚出汁子だ。
「ねえあんた」
その出汁子の後ろから声をかける。高いが芯のある子供の声の持ち主はMARVEL・AGLIの店主の娘とは誰からも信じられていない少女、キリの声である。
「え?」
突然の声に振り返る出汁子の声が裏返る。目線の先には誰もおらず、キョロキョロとあたりを見回すと、舌打ちが眼下から聞こえた。
「何豆鉄砲食らった鳩みたいな顔してるのよ。あんた、スコーンいらない?」
キリの身長は低い。見た目年齢は五、六歳のそれである。その体躯から発せられる冷たい眼光とはっきりとした口調は幼児のそれではない。
出汁子はキリと初めての出会い故に、彼女を怪訝な目で見ていた。見た目以上の事を見ていない眼だ。キリはそんな目に敏感である。
「あ、うん。貰えるなら貰う……けど。あなた、学校とか行かなくて」
「次、私をガキ扱いしたらその肉絞り落としてやるから」
「いだだだだ!?」
表情を変えずに手ごろな位置にある出汁子の腹の肉を鷲掴みしてひねるキリ。声を上げて痛がる出汁子を気にする事もなく、自然体に暴力を振るう。
「で、スコーンいくついる? 分量間違えて作りすぎて余るほどあるから」
そして、キリはさも当然の空気とばかりにスコーンの話に戻る。何故恐怖よりも不思議が勝るのか、常軌を逸した感覚を持つ幼子のキリに対する出汁子の眼差しが逸れることはなかった。
「滅茶苦茶だ……じゃあふ、二つ」
「ん」
そして、キリは長机に置かれた大きめの紙袋から二つのスコーンを取り出し、ぶっきらぼうに出し子に差し出した。
出汁子は受け取るが口に入れることなく、マジマジとスコーン見つめている。そうしているままかと思うと今度は匂いを嗅いでみたり、紙のカップの上から軽く押さえてみたりと、探るような仕草を見せている。
「……これ、毒とか入って」
「ない。私をなんだと思ってるの、あんた」
末に出てきた出汁子の言葉に、キリは明らかに威圧を含んだ声色を作る。出汁子相手には威圧の効果を発揮しないと気付くのはこの後だった。
「暴力振るう女の子」
「…………」
あっけらかんと速やかに答えを口に出す出汁子に、キリは黙るしかない。事実、そんな振る舞いをしていることには自覚がある。それが自分だという気持ちで無視していたに過ぎないのだ。
そんな自分を少しでも変えたいと思う気持ちもあった。だからこそ親友のレイナ以外とも話をして仲良くなることで、自分に変化のきっかけを与えようとも思ったのだ。
「子供扱いされると手が先に出るの、癖なの。悪かったわ」
だから、謝罪の言葉を口に出す。自分に敵意はないのだと示すことが第一歩だと、親友からその身で感じて教わった事を実行する。
出汁子は再び豆鉄砲を食らったような顔になっていた。
「癖って……何? チンピラか何か?」
「あ?」
「こわい。こわいって」
チンピラと言われて思わず手が出そうになるが、出汁子がさっと身を引く仕草で冷静さを思い出す。チンピラと思われても仕方がない。そんな言動と行動を取ってしまう自分を嗜めるべきだと心に言い聞かせる。
怖いと思わせたなら、それも説明が必要だろうなどと、キリの反省は絶えない。
「……はぁ。まあ、似たようなもんか。普段チンピラとかマフィア共を片っ端から殴り倒して来てるからね」
「えぇ……?」
説明をしても引かれてしまうのではと、キリはがんじがらめになった気分になる。また他人と話すことに失敗したのだと、キリは思った。
「やばい奴よね、私。ごめん、話しかけて」
居た堪れなくなり、キリは出汁子に背を向ける。すると、出汁子はキリの肩を掴んだ。
「え?」
気まずいような、けれど納得いかないような、そんな気持ちを感じさせる表情の出汁子。キリは気を使わせていると感じる。
「いや、そりゃやばい奴だけど……ていうか、嘘下手すぎない?」
「誰が嘘なんて……いや、もういいから」
手を振りほどいたは良いが、微妙に不躾な出汁子の言葉に気を取られて去ろうとするタイミングも失う。それを見越したかのように出汁子は言葉を連ねる。
「いや良いことない。なんかスッキリしないし。そもそもスコーン持ってきて一緒に食べたかったのか、それとも感想聞きたいのかとかもわからないし」
「…………」
気を使っているようでただ思っていることをそのまま吐き出しているだけの言葉。けれども出汁子の言葉は真っ当で、キリは自分が切り出したこと故に何も言い返せないし逃げることもできない。自分がどんな表情をしているか考えたくない、恥ずかしい気持ちが襲ってくる。
「とにかく、このスコーンの感想くらい聞いてけば? 料理って、フィードバックが大事だし」
そして出汁子はスコーンをくるんだラップを剥がして、大きく一口頬張った。キリは目を逸らしているが、自分の気持ちを懺悔するかの如く出汁子に吐き出した。
「私はその、話がしたかっただけで……」
「おいしっ! バターめっちゃ濃いし、なのに口に残ってしつこい感じしないし。すごっ」
が、出汁子にはスコーンの味への感激の方が勝っている様子だ。その遠慮ない食い気味のグルメレビューに、キリも思わず申し訳無さが吹き飛んだ。
「聞け!」
「あぁ、ごめん。でも、スコーンこれ滅茶苦茶美味しい」
そうして美味しそうに頬張る出汁子を見ていると、キリは自分が作ったが故に喜びを感じた。
「嬉しい、けど……はぁ、もういい。なんかバカバカしくなってきた」
出汁子は出汁子なりにコミュニケーションを取っているのに、自分だけどこか空回りしている事があまりにも滑稽に思えてきて、キリは頭を抱えた。
スコーンをまるまる一つ食べ終え二つ目のラップを剥く途中、出汁子は一瞬硬直し、そしてキリを見た。
「あ、私聞きたいことできた」
キリの身体を一度舐めるように見る出汁子。キリは何かを感じ、しかし悪意は無い出汁子の目線に眉をひそめた。
「……何?」
「このスコーン食べててなんでそんなにスリムなのか」
その気の抜けた言葉がキリの感じるバカバカしささえも吹き飛ばした。
「小さいって言いたいのか、ぁあ!?」
「だからこわいって!」