ブルーアーカイブ 貪食の家族   作:koth3

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第二話 愛清フウカはエデン条約が嫌いだ。

 エデン条約当日、澄み渡った空には透き通った青が広がり、ゲヘナとトリニティの新しい門出となるに相応しい青天白日となった。

 万魔殿の要請を受けたフウカとジュリは、調印式の会場である古聖堂にほど近い地点にある広場で炊き出しの準備を進めていた。

 簡単な天幕を張り、その下に持ち込んだ器具や食材を並べる。いつもより質の良い食材は、日光に照らされて輝いている。また、包丁や鍋もこれらの食材を前に、ようやく本領を発揮できると喜んでいるようにフウカは感じた。

 トントントン。二人しかいない寂しげな広場に、楽しい音が小気味よく鳴り響く。

「フウカ先輩、キャベツの千切り終わりました」

「ありがとう。次は豚肉の下処理をお願い」

 山盛りとなったキャベツの千切りを脇によけ、ジュリが豚肉をハンマーで叩き始める。フウカもまた特大サイズの鍋に入れた米を一心不乱に研ぐ。万魔殿と風紀委員会のメンバー全員分となれば、かなりの量になる。米をとぐだけでも重労働だ。それでも普段よりかは楽というのが泣けてくるが。

 小鳥のさえずりが聞こえる中、研ぎ終えた米を炊き始める――この段階でジュリが手を出すとパンちゃんになってしまうので、フウカがやるしかない。火加減を見ていると、ふとゲヘナじゃこうはならないなと思った。どこでも銃声が鳴り響き、壊れたものが散乱しているのがゲヘナだ。ソレに対しトリニティでは違う。この広場一つとっても壊れたものはおろか、薬莢一つ落ちていないし、中央の時計の針の音まで聞こえてきそうなほどの静けさだ。

 ここまで心穏やかに調理できるのはどれくらい久方ぶりか。フウカの顔に笑みが浮かぶ。

「いや、初めてね」

 その笑みが台無しになるような遠い目で空を眺めるフウカであった。空が綺麗だ。目にしみる。

「……あら。何かしら」

「どうしたんです」

 豚肉の下処理をすませたジュリが、ハンマー片手にフウカに訊ねた。今日は豚肉に対し銃弾を打ちこまなかったようだ。

 フウカは指を空に向けて指し示す。

「ほら、アレよ」

 青空の向こうから一本の細長い雲がこちらに向けて真っ直ぐ延びている。

「飛行機雲でしょうか」

「確かにそう見えるけど、ここらは古聖堂を中心とした旧エリアよ。空港なんてないし、飛行ルートから外れているわ」

「空港のあるエリアは新エリアでしたね。そうなると民間機の遊覧でしょうか」

「それも考えづらいわ。なんでも万魔殿は飛行船を使うらしいの。……そんなお金があるなら予算を増やしてくれれば良いのに。コホン、ええっと、そう。私がトリニティの責任者だったらここらのエリアを民間機は飛行禁止区域にしておくわ。そうすれば余計な問題が発生することは物理的にあり得ないもの。トリニティのトップが私ですら分かるような簡単なこと見落とすはずないわ」

「じゃあ、あれはいったい何でしょう」

 ジュリの問いにフウカは何も答えることができず、ただ頭を振るだけだった。

「分からない。ただ」

「ただ」

 聞き返すジュリに顔を向け、フウカは露骨に嫌そうな顔をして言う。

「私の経験からクソッタレなことが起きそうというだけよ」

 そう告げたフウカの背後から、雲や大気を押しのけ、一つのミサイルが飛んで行った。

「ジュリ、伏せなさいッ」

 ミサイルの姿を見た瞬間、フウカはジュリに飛びつき押し倒した。そのまま二人して衝撃に備えると、古聖堂の方面が一瞬赤く光り、爆音と猛烈な風が襲いかかってきた。

 爆風にあおられた砂が立ちこめる中、フウカは顔をあげた。

「ううっ、ジュリ、大丈夫」

「ええ、先輩のおかげで」

 二人してヨロヨロと立ち上がる。

 辺りは酷い有様だった。爆風により持ちこんだ食材や器具は地面に転がり、砂にまみれている。あれほど綺麗だった広場も、今やゲヘナの広場より荒れ果てていた。

「一体何が起きているのよ」

 衝撃でいまだ頭がフラフラするフウカは、古聖堂の方から黒煙が立ち上っているのに気づいた。

「本当に何が起きているのよ」

 フウカの呟きをかき消すようにどこからか銃声が響く。その銃声は実弾によるものだった。ゲヘナの生徒でソレを聞き間違えるものなどいない。だがしかし、調印式が開かれているこのエリアで儀礼としての空砲以外発砲されるはずがない。明らかに何らかの異常事態が発生している。それどころか、いまや間断なく銃声が響いていた。

 フウカがジュリを呼ぶ。

「な、何ですか、先輩。何が起きているんです」

「考えるのは後。武器を構えなさい。さっさと逃げるわよ」

「わ、分かりました」

 手早く広場周辺の安全を確かめる。広場に面した大通りは、先程通過した爆風により破られた窓ガラスや折れた街路樹が散乱していた。できるだけ身体を出さないように気をつけながら左右を見渡したが、通りに人影や不審な物はない。走ってくる音などもしない。ひとまず安全だと判断し胸をなで下ろす。

 ジュリにハンドサインをだし、散乱したものを踏まぬよう気をつけて、駐車されていた車や電信、ガードレールなどの影に駆け込み、少しずつ進んでいく。

「先輩」

「何、ジュリ」

「なんだかおかしくありませんか」

 ジュリが指さした先からはうっすら煙が上がっている。

「さっきまであそこには煙がなかったはずです。煙の上がっている場所が増えています」

 フウカは身を潜めたままジュリの言葉を確かめた。そうしている間にも、煙がまた上がった。

「最初に煙が上がってきたのは、古聖堂から離れた場所だったんですけど、少しずつこっちに近づいてきていませんか。まるで包囲網を狭めているかのようで」

「確かに。それに」

 フウカが耳をそばだてると、発砲音は騒動の発生地であるはずの古聖堂だけではなく、至る所からしていることが分かる。

「散発的な……いえ、違うわね。戦力の集まっていた古聖堂にミサイルを撃ちこみ一網打尽。残存勢力を、この銃声の感覚からすると、少数、少数によって各個撃破。つまりはゲリラ戦」

「そうだとすると、注意すべきは」

「不意の遭遇戦ね」

 これほど大規模な攻撃を、ゲヘナとトリニティという二大学園相手に行うような相手だ。風紀委員会ならまだしもたかが給食部の二人程度では抵抗すら満足にできまい。絶対に敵とかち合ってはいけない。ジュリもフウカと同じ考えなのか、フウカの忠告に真剣な表情で頷いている。

「こっちだ」

「E班、現在通りを南下中。不審な人物は見かけられません」

 物陰に隠れていた二人のすぐ横を、ゲヘナの風紀委員が駆けていった。彼女達は十人にも満たず、風紀委員が運用している分隊にも満たないものだ。とっさに保護を求めようとしたが、それよりも早く、

「う、うわぁ」

 彼女達が奇襲を受けた。前を走っていた風紀委員が集中攻撃を受け、崩れ落ちる。彼女を撃ったのは、遠目で分かりづらいが、ガスマスクをつけた五人程度の集団だ。

「正義実現委員会じゃない。ヘルメット団にしては重装備すぎる」

 旧式ながらも、銃弾程度では死なないキヴォトス人が滅多に使わない防弾チョッキまで装備しているほどだ。間違ってもヘルメット団(不良)程度が用意できる装備ではない。

 なら一体あの集団は何なのか。次から次へと押し寄せる事態にフウカの脳がキャパオーバーしそうになる。しかしそんなフウカの事情など知ったことかと言わんばかりに謎の武装集団と風紀委員会との銃撃戦が始まってしまう。

「ジュリ、迂回しましょう。安全な道を見つけたらゲヘナに逃げるわよ」

 来た道を引き返し、狭い路地裏を通り抜け別の道へ。だが、その道も別の部隊が戦闘をしていた。他へ逃げ込んでも、戦闘中か、ガスマスクの集団が警戒しており、ゲヘナへ向かうことができない。次第にフウカとジュリは古聖堂方面へと追い立てられてしまった。

 

 フウカ宅の庭で、心地好い暖かさの日差しを一杯に浴び、イビルジョーは辺り一帯に轟くほどのいびきをかいていた。

「て、てぇへんだっ」

 隣のおじさんの叫び声に、イビルジョーはのそりと起きあがる。眠気を吹き飛ばすために全身を揺すり、塀の上から何だと首を伸ばす。丁度おじさんはリビングでテレビを見ていたらしく、庭に面した窓からその後ろ姿が見えた。

 テレビでは、壊れた街並みを背景にクロノススクールのキャスターが早口に言葉をまくし立てている。

「あ、また銃撃戦が始まりました。トリニティの正義実現委員会とゲヘナの風紀委員会の衝突です。現場は混沌としており、大変危険です。お近くにお住みの皆様はすぐさま避難を――キャ」

 流れ弾に驚いたキャスターが身をかがめて頭を覆う。

 イビルジョーは興味を失いまた昼寝に戻ろうとした。彼にとって重要なのは、母であるフウカ、そしてジュリやここらに住む群れの仲間、そして餌だけだ。テレビに映る知らない街や群れなど、どうでも良いことに過ぎない。

 欠伸を一つ。ポカポカとした地面に寝そべりまぶたを閉ざす。すぐにうつらうつらとしてきたところにおじさんの言葉が耳に入ってくる。

「調印式の会場といやぁ、フウカちゃんにジュリちゃんがいるじゃねえか。無事なら良いんだが」

 イビルジョーは目をパチリとあけ、やにわに立ち上がった。繰り返すが調印式だとか会場だとかそんなことはどうでも良い。しかし、母であるフウカとその群れの仲間であるジュリに危険が迫っているのなら話は別だ。助けに行かねばなるまい。何せ二人は、彼と違ってとっても弱っちく虚弱なのだから。

 気合いを入れるために叫び、イビルジョーは()から飛びだした。

「あ、おおい、どこへ行くんだ、ジョーッ。外へ出ちゃあ駄目だ。フウカちゃんとの約束だろう。……行っちまった」

 おじさんの声を背中で受けとめ、しかし止まることなくイビルジョーは煙の立っている場所を目印に、調印式の会場へと走った。

 

 フウカとジュリは物陰で立ち往生していた。眼前では二つの勢力が争っている。互いが互いを罵倒して。

「まさか風紀委員会と正義実現委員会とが戦闘しているなんて」

 それぞれが叫んでいる内容から、この騒動の原因は相手側にあると思い込んでいる、いや、長年の敵対関係からその方が都合が良いのだろう。堂々と相手をたたきのめせる大義名分が手に入ったと。

「どうします。風紀委員会に保護を求めます」

「……やめておきましょう。下手すると私たちまでこの無意味ないざこざに狩り出されるわ」

 エデン条約はゲヘナとトリニティが手を取り合うためのものだ。少なくとも、風紀委員長たるヒナはそう考えていただろう。なのにその手足たる委員は愚かにも殴り合っているが。

「統制が取れていない。つまりヒナ委員長がいない」

 もしヒナがいればその統率力を以てして風紀委員会をまとめ上げ、事態の解決に尽力しているはずだ。そうでない以上、今の風紀委員会に期待することはできない。

「とりあえずまた迂回しましょう。謎の部隊と正義実現委員会には絶対見つからないように。……問答無用で攻撃されるだろうから」

「は、はい。……でもこれからどうするんです」

「もうゲヘナに逃げられそうにはないわね。……どこか安全な場所を見つけましょう。そこで混乱が収まるのを待つしかなさそう」

 そうは言ったものの、フウカの胸は不安で満ちていた。土地勘もない、ゲヘナ生を毛嫌いしている敵地(トリニティ)で、たかが給食部の部員二人が無事でいられるとはどうしても思えなかった。

 じっとりと浮かんできた汗を拭い、フウカはジュリを見た。普段からニコニコとし穏やかな気性のジュリだが、それでも彼女はゲヘナ学園に属している。荒事には事欠かない日常を過ごしているだけあって、その経験も豊富だ。現状のまずさは十分理解しているのか、険しい顔つきをしている。せめてジュリだけでも守らねば。そう決心を強め、フウカは動き出す。

 

 かなりの時間フウカとジュリは歩き続けた。しかし、安全な場所はまだ見つからないでいた。どこもかしこも戦火に見舞われており、一時身を潜めることすらも難しい。そんな状態で誰にも見つかることなく逃げつづけていた二人だが、それもとうとう限界がやってきた。

 謎の武装集団を迂回した先で、新しい存在に見つかってしまった。

 それ(、、)は武装集団と同じくガスマスクをつけていた。しかしその服装は、ウィンプルとベール、動きやすいように手を加えられたトゥニカなど、シスターのそれだ。

 このキヴォトスでシスターといえば、トリニティのシスターフッドなのだが、陰で糸を引いていたというのだろうか。しかしフウカはすぐにそれを否定した。何せそのシスターらしき武装集団は青白い身体をしており、明らかに生者ではない。幽霊と言われた方が納得するほどだ。こんな冒涜的な存在を信心深い彼女達が利用するだろうか。それも修道服を着せて。いくらトップがあの(、、)歌住サクラコであっても、末端まで冷血無情ではあるまい。こんな存在を許しはしないだろう。それならまだ、シスターフッドが内密に所有していた兵器が奪われ、悪用されているという方がしっくりくる。

 こちらに気づいたそれは、銃を手にゆっくり近づいてくる。その仕草は無機質で、獲物を逃がさない殺人機械(マシーン)のように思えた。

 来た道からは戦闘音がするあたり、引き返すこともできない。事ここにいたっては戦うしかない。フウカは一呼吸で覚悟を決めると愛銃を構えた。

「先輩ッ」

「ジュリ、やるわよ」

 引き金を引く。マズルフラッシュと共に放たれた弾丸が、先頭を歩いていたガスマスクの修道女の額を捉える。カンと甲高い音がして、彼女の顔が跳ね上がる。しかしすぐにフウカ達へ顔を向け直してきた。ガスマスクの額には傷どころか煤一つ付いていない。

「ただのガスマスクじゃないッ」

 キヴォトスの人間は頑丈だ。だが、それでも額や顎などの急所を上手く撃てば、一撃で相手の意識を奪える。フウカもそれを狙ったのだが、銃弾がガスマスクに弾かれてしまった。

 反撃に撃ちこまれる弾幕を、そこいらに転がっていた遮蔽物の影に身を潜めやり過ごす。顔を出さず、愛銃だけ突き出し威嚇射撃を行う。しかしガスマスクの修道女達は何ら気にもとめることなく、フウカ達の隠れる遮蔽物に向けて絶え間なく銃撃を浴びせかけてきた。

 着弾音が徐々に大きくなっていく。ガスマスクの修道女達が近づいているのが目で見ずとも分かる。

「せ、先輩、どうしましょう」

 ジュリに問いかけられるも、フウカは何も答えられなかった。せめて手榴弾の一つでもあれば良かったが、ただの調理班として呼び出された二人がそんな重装備をしているはずもなく。効果の見られない射撃を続けるしかない。

 だがそれも長くは続かない。フウカの隠れている遮蔽物に、青白くほっそりとした手がかけられる。フウカが顔をあげれば、ガスマスク越しに生気のない目と合った。

 やられる。フウカが身をすくめたとき、周囲に轟音が響きわたった。粉塵が舞っているせいで状況がつかめない。

「先輩、あれ」

 ジュリの声につられフウカが前を見れば、一陣の風に埃が流され視界が開ける。

 そこには、ガスマスクの修道女を蹴散らしたイビルジョーが立っていた。

 

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