ブルーアーカイブ 貪食の家族   作:koth3

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第三話 愛清フウカは給食部が

「何とか……なったわね」

 大きく息を吐いたヒナは、フラつきそうになる身体を叱咤し、平静を装う。周囲にはガスマスクの集団、アリウスの戦闘員が倒れている。

「急ぎましょう、先生」

 背後で隠れてもらっていたシャーレの先生にそう呼びかけ、肩を貸す。

「だ、大丈夫。私のことよりヒナは」

 足下もおぼつかないのに、先生はヒナのことを心配してきた。辛いはずだ。先のミサイル攻撃は、ゲヘナ最強と恐れられ、狙撃銃の一撃もちょっと痛いですむヒナですら、気を抜けば意識を失いかねないほどの大ダメージを与えた。ヒナですらこの有様だというのに外の世界から来た脆弱な肉体の先生が無事で済むわけもなく、自力での歩行すら難しい状態だ。

 なのに先生は自らのことよりも、他の生徒やヒナの心配ばかり口にする。

 だからこそ守らなければとヒナは思う。

 片手で愛銃を保持し、周囲へ警戒を飛ばす。瓦礫だらけの街中は、遮蔽物が多く、身を潜めやすい。銃弾一発が致命傷となる先生を護衛している以上、気は抜けない。

 安全を確かめ、二人は先を急ぐ。が、()はよほど入念に準備していたのか、どこに行っても待ち構えていた部隊に襲撃される。それもアリウスの生徒だけでなく青白い修道女、ユスティナ生徒会によって。

 大ダメージを負った身体での連戦は、いくらヒナといっても容易になしえることではない。じわじわと体力を削られていく。次第に集中力は失われ身体の動きは鈍る。そうなれば敵の攻撃によりさらに体力が奪われる。

「これで……最後よ」

 襲いかかってきたアリウスを蹴散らし、最後の一人であるユスティナ生徒を倒す。

「ヒナッ」

 しかしそれが限界だったのだろう。ヒナは糸の切れた操り人形のように、ぷっつりとくずおれてしまった。

 先生が駆けよりヒナを抱き起こす。高校生とは思えない軽さに、先生は奥歯を噛みしめた。

「ようやくか」

 足音に先生が振り返れば、そこには見知らぬ、しかしすでに聞き及んでいた三人の生徒がいた。

「……君たちは」

「アリウススクワッド」

 顔の下半分を隠すマスクを外したサオリが端的に答える。

「アズサの言っていた」

「あの裏切り者か。ならば話は早い。死んでもらおう」

 サイドアームであろう拳銃を向けられる。黒光りする銃口の怜悧さを前に先生は、倒れたヒナを背に隠す。

「だ、駄目、先生」

 目を覚ましたヒナが先生の腕を掴む。あまりの弱々しさに、先生はそっとその手を包む。しかし振り返ることはしなかった。

「驚いた。それだけのダメージを受けてまだ動けるんだ」

「つ、辛いですよね、苦しいですよね」

 警戒を露わにするヒヨリとミサキ。いつでも動けるようにだろう。それぞれの銃に手を添えている。

「君たちの狙いが私だというのなら、ヒナは見逃してもらえないかい」

 サオリの眦がピクリと揺れる。

「駄目だ」

「どうしてもかい」

「ソイツはゲヘナだ。我らの怨敵だ」

 トリガーに指がかけられる。銃口が先生の額に向けられた。

「……全ては虚しい。さようなら、先生」

「やめてぇっ」

 轟音と共に先生の後ろにあった廃墟が壊れる。その場にいた全員が気を取られそちらに目をやってしまう。

 もうもうと立ちこめる埃から出てきたのは、

「な、何だ、あの怪物はッ」

 フウカ達を背に乗せたイビルジョーだ。

 

 イビルジョーに助け出されたフウカとジュリは、うち捨てられた車から回収したシートベルトで即席の手綱を作り、その背にまたがった。脱出兼この混乱を収めるために、ヒナを探しだそうとイビルジョーを走らせる。道中の敵を文字通り蹴散らしながら。

 ズシンズシンと重々しい音を響かせイビルジョーが走っていると、フウカは聞き慣れた声の聞き慣れぬ切羽詰まった叫びを耳にした。

「ジョー、あっちに行って」

 手綱を捌き指示を出せば、イビルジョーは進行方向を変える。その先には廃墟がある。建物目がけ止まる気配をみせないイビルジョーに、フウカは慌てふためく。

「え、ジョー、ちょっと待って」

 フウカが手綱を引くも時既に遅く、イビルジョーはタックルで廃墟を粉砕してしまった。

 舞い上がった粉塵に咳きこみながらも、なんとか目を開ければ、そこには追い込まれた先生とヒナ、そして拳銃を突きつけるサオリがいた。

「ジョーッ」

 フウカの声にイビルジョーは素早く反応し猛然と突き進む。その迫力に気圧されたか、アリウススクワッドは各々の銃口をイビルジョーに向けた。

「ヒナ委員長、今です。掴まって」

 ジュリが身を乗り出し、精一杯手を伸ばす。銃を手放したヒナが先生を抱きかかえ跳躍し、ジュリの手を掴む。

「させんっ」

 ジュリがヒナと先生を引き上げようとするも、それをさせじとサオリが発砲してくる。フウカも制圧射撃を試みるが、アリウススクワッドは素早く遮蔽物を確保し、攻撃の手を緩めない。

 イビルジョーを動かして射線を切ることも考えたが、すぐにやめた。イビルジョーは馬と違って元来背中に人を乗せる動物ではない。動くたびにその身体は大きく上下し、走ろうものなら手綱にしがみつかなければ乗っているものは振り落とされかねないほどだ。ジュリが二人を引き上げようとしている今、下手に動かせば三人とも落ちかねない。

 銃撃の効果がないことを悟り、フウカは射撃をやめてジュリを手伝うことにした。二人で引き上げに掛かったことで、何とか全員無事にイビルジョーの背中に乗った。

「行って、ジョー」

 激しい銃火に見舞われながらフウカは指示を出す。重々しい音を立てながらイビルジョーは歩きだした。

「い、行かせません」

「キャッ」

 イビルジョーを止めるためか、ヒヨリが指示を出しているフウカを狙撃した。幸い激しい上下運動に狙いをつけきれなかったのか、直撃はしなかった。だが、額をかすめた銃弾が被っていた三角巾を裂いてしまった。千切れた三角巾が宙を舞う。はらはらと踊るそれが風に流されイビルジョーの眼前に届く。

 それが変化の始まりだった。

 イビルジョーの身体が膨れ上がり、背中が真っ赤に染まる。口からは赤い稲光を纏った黒い靄が吐き出されていく。

 ますます異形の姿と化したイビルジョーが身をのけぞらせ咆哮する。

 大気がビリビリと震えるほどの声に、その場にいるものは皆耳を押さえてうずくまった。

「待って、待ちなさい、ジョー!」

 フウカが金切り声を上げ、手綱を必死に締める。だが手応えはまるでなく、力一杯手綱を引いたことでバランスを崩し、ひっくり返ってしまう。後頭部を押さえ身を起こせば、手にはボロボロになった手綱が。それはまるで塩酸や硫酸につけ込んだような有様だ。

「な、なんで。こうなるから咥えさせなかったのに……」

 イビルジョーの唾液は金属をも溶かす。シートベルト製の手綱なぞ、一秒も持たないのは火を見るより明らかだ。だからフウカは、鱗で切れる可能性を呑みこんで、手綱をわざわざ首下に回したというのに。

 反射的にフウカはイビルジョーの首を見た。唾液で濡れている様子はない。ただ、口から吐き出された黒い靄が、風に運ばれて首元に漂っていた。

「フウカ、掴まりなさいッ」

 ヒナの叫びに、フウカはとっさに上半身を倒し、イビルジョーの身体にしがみついた。途端強風が、いや、イビルジョーが猛烈な勢いで走り出す。

 一歩一歩大地を揺らし走るイビルジョーは戦車と呼ぶに相応しい。サオリがアサルトライフルの引き金を引き続けるも、装甲材以上の強度を有するイビルジョーの鱗の前では、虚しく火花を散らすだけに終わる。

「リーダー、下がって」

 ミサキがロケットランチャーを構え発射する。白煙を吹き瞬く間に加速したミサイルがイビルジョーに直撃、大爆発を起こす。

「弾がもったいなかったけどこれで終わり」

 ロケットランチャーを下ろし、冷めた様子で煙に背を向け、

「待て、まだだ」

 サオリの声に弾かれたように振り返る。そこには無傷のイビルジョーがおり、変わらず走っていた。

 フウカはグンと身体を押しつける圧を感じた。気がつけば視界が高くなっており、青空が広がっている。前から吹きつける風はジェットコースターに乗ったときのように強く、自慢の髪が暴れ回っているのが視野の端でかすかに見えた。

 飛んでいた。イビルジョーが跳んでいた。重力の手に掴まれ引きずられる感覚にフウカは悲鳴をあげた。後ろからはジュリの悲鳴もする。

 落ちた先はアリウススクワッドのいた地点。跳躍を前にすぐさま退避したのか、踏み潰されたものはいなかった。ただとっさだったからか、三人はそれぞれバラバラの方向に逃げ、その中央にイビルジョーが降り立った形になる。

「クッ」

 イビルジョーがその場で身体を一回転する。遠心力の乗った尾は破城槌のごとき威力で、周囲の車や電信柱、建物を破壊しつくす。

「ひ、ひぇええ……もうおしまいです」

「最悪……」

 暴威の嵐に襲われるもなんとか逃れたアリウススクワッドが泣き言を上げつつ反撃を行う。

 アサルトライフルの連射による制圧力、ロケットランチャーのミサイルによる瞬間火力、大口径狙撃銃の精密射撃の威力。そして何よりアリウススクワッド自体の練度。これが風紀委員会や正義実現委員会が相手ならば、たとえ大隊相手であろうとも打ち破れただろう。しかし彼女達の前にいるのは怒れる貪食の王。どんな攻撃も痛痒にすらいたらない。

 つるべ打ちされる状況に苛立ったのか、イビルジョーは全身に力を込めて後ずさりした。

「何だ、何を企んでいる」

 必死になってイビルジョーをなだめているフウカは熱を感じた。イビルジョーの内側からエネルギーが膨れ上がり口元へ移動していく。

「ジョー、何を――逃げて!」

 フウカが叫ぶと同時に、イビルジョーは口から黒い靄の塊を吐き出した。前方をなめるように薙ぎ払われたそれは、触れたものをボロボロに溶かす。コンクリートや金属も容易く。

「ッ――退避だッ、退避しろッ。作戦は失敗だッ」

 それを見たサオリが叫ぶ。隠れていた遮蔽物から飛びだす。他のアリウススクワッドもそれに続き、イビルジョーに背を向け全速力で逃亡する。黒い靄はその後ろ姿に迫るが、何とか捉えられることなく逃げ切れたようだ。

 イビルジョーはしばらく辺りをキョロキョロと見回していたが、アリウススクワッドが逃げ切ったのを理解したのか、全身の筋肉から力が抜け体色も戻り、黒い靄も止まった。その姿はいつものイビルジョーだ。

「落ち、着いた……の。そう、まったく。困ったものね」

 フウカがイビルジョーの体を撫でる。フウカの呆れが伝わっていないのか、彼はうれしそうな声をあげるとのしのし歩いていった。

 その後、イビルジョーは色々注目を集めることになるも、無事シャーレまで先生を傷一つつけずに送り届けた。

 結局フウカはあの襲撃が何だったのか分からずじまいだった。突然巻きこまれ、流されるまま戦場をうろうろし、イビルジョーに助けられた。それだけでしかないのだから。

 なんだか、先生と因縁のあるような生徒もいたようだが、フウカは気にしないことにした。何せ、一介の給食部員であるフウカにはそれ以上のことを知る必要はないし、知る意義もなかった。彼女にとって一番大事なのは、今日と明日のイビルジョーの餌なのだから。

 

 エデン条約が襲撃で台無しになった数日後、先生が何やら凄いことをして事態を収拾させることに成功したそうだ。そのおかげで謎の武装集団は姿を消し、残ったのは瓦礫の山となったトリニティの古聖堂エリアだけだ。

 そう。エデン条約も駄目になってしまった。どうやらこの襲撃が原因で条約自体が流れてしまい、ヒナはしばらく白くなっていた。

 それでもそんな大事件から徐々にであるがキヴォトスは日常に戻っていった。それはフウカ達も例外でなく。今日もまた、ゲヘナ学園で給食をこしらえ後片付けに勤しんでいた。食堂では破落戸崩れのゲヘナ生が口やかましく、あるいは銃声を響かせ騒いでいた。

「おい、テメエ」

 生徒の一人が受取口から顔を出し叫ぶ。その手には今日の主菜である生姜焼きの皿が握られていた。

「はい、何ですか」

 洗い物の手を止め、応対する。

「あたしは味噌味の味付けが好きなんだ。何でタレだけなんだ、エェ」

 あまりのくだらなさにフウカは白けた目を向けてしまった。

「なんだその目は。まずい給食作るしか能がねえんだから大人しく従いやがれ」

 脅かすためだろう。フウカの額に銃口が突きつけられる。

「……忠告しますがやめた方が良いですよ」

「ああん、何言ってんだ。頼りのヒナはさっき外回りに行ったんだぜ」

 周囲の生徒はフウカ達を見てニヤニヤとしている。大方フウカがやられるのを楽しみにしているのだろう。

「さっさと作り直せ。痛い目は見たくないだろ――」

 勝ち誇った台詞の途中でフウカの視界から文句を言っていた生徒が消える。

「ひっ、た、助け……」

 壁を粉砕したイビルジョーが、作った大穴に顔を突っ込み、倒れた生徒の足を咥えていた。

 足が切断されていない辺り、きちんと力加減はしているようだ。とはいえ、それが分かるのはフウカとジュリだけ。足を咥えられた女生徒は、パニックになって暴れている。銃をイビルジョーに向けて撃ちまくるが、全て鱗によって弾かれてしまう。カチッ、カチッと空撃ちの音が響く。

「イ、イヤッ」

 イビルジョーがゆっくりと女生徒を引きずり、穴から外へ引っ張り出そうとする。女生徒は銃を放り捨てると必死の形相で床に爪を立て抵抗する。しかし体格とパワーの差があまりにもありすぎて何ら効果がない。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ。よい子になります。心を入れかえます。ゆるして。おねがい、食べないでぇ」

 鼻水と涙で顔面がくしゃくしゃになり懇願するその姿に、フウカはため息をついた。

「ジョー、やめなさい」

 イビルジョーはフウカの言葉にピタリと動きを止めると、女生徒を放し、顔を引っ込めた。顔を引っ込める前に、食堂全体を睨めつけて。

「誰かこの子を保健室に連れて行ってあげて」

「はい、喜んでっ」

 先程まで笑っていた中の二人が敬礼し、泣きじゃくっている女生徒の両脇から抱きかかえ食堂を後にした。

「それと」

「はいっ」

「それ、綺麗にしておいてね」

 床にぶちまけられたそれを指さす。恐怖のあまりか、あの女生徒は下から出るものは全部出してしまった。それがさっきから臭っている。幸いなのは誰もその粗相を笑っていないことだろう。いくらゲヘナの生徒の倫理観が終わっていようとも、死にかけた少女を嘲笑うほど、モラルが死んではいなかったようだ。

「はいっ、ただちに」

 生徒達――何人かスカートを濡らしている――が食堂中を片付けていくのを確認し、フウカは洗い物に戻る。

 ここはゲヘナ。弱肉強食の混沌とした学園。力あるものがやりたい放題な地。ならばこそ、怪物(モンスター)という明確な力を御してみせたフウカもその例に漏れず畏れられ敬われる。

 いつもより早く終わった洗い物に満足しながら、食堂の様子を窺う。そこではだれもが大人しく礼儀正しく食事をしている。叫ぶことも喧嘩することも、あまつさえ銃を撃ち合うこともしない。

 愛清フウカは給食部が嫌いだ。

 正確に言えばゲヘナ学園の生徒のために給食を作るのが嫌いである。

 キヴォトスでも最大級の規模を誇るゲヘナ学園は生徒の数もそれに相応しいものだ。昼食一食分だけだとしても、途方もない量の食事をこしらえなければならず、その労力は計り知れないものがある。

 なのにフウカともう一人の給食部のジュリが骨を折って作った料理を食べた者が返すのは「まずい」という罵倒だけだ。「おいしい」はともかく「ありがとう」すら言ってもらった試しはない。

 でもフウカは思う。

 少しは給食部が好きになれそうだ。




これにて本編は終了です。
リハビリ作なので短いものをかき上げ、連続で投稿させていただきました。
時間があれば、幕間やイベントを少しだけ書いてみたく思います。
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