ブルーアーカイブ 貪食の家族   作:koth3

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新年明けましたので初投稿です。

冗句はさておき。少し遅くなってしまいましたが、新年明けましておめでとうございます。
やっぱり横書きだと台詞と地の文の間は空きを入れた方が読みやすいようなので、今回から空行を入れました。


鞍と手綱とミレニアム

 ゲヘナの大通りを一台のスクーターが走っている。荷台にはそこそこの大きさをした段ボールが五つも重なって紐でくくられていた。しっかりと固定されているが、それでもカーブにさしかかるたび、段ボールの塔は左右に揺れ動く。そう遠くないうちに崩れてしまうのではないかと、見ている方がハラハラする。それでも小刻みなハンドル操作だけで傾きかけた塔を直せるのは、キヴォトス広しといえども、フウカだけだろう。

 前をゆっくりと走行していた戦車を追い越し、フウカは自慢の髪を風に泳がせ、アクセルを回す。ミラーに映る戦車はどんどん小さくならない。

 

「あ、あれ」

 

 それどころか戦車に追い抜かされてしまった。慌ててガソリンの残量を確かめる。残量は半分以上残っている。ガス欠ではないらしい。フウカは加速しようと知りうる限りの手段を試みるも、スピードメーターは減速の一途。何をしてもどうにもならない現状に、フウカは最終手段にでることにした。

 すなわち、ハザードランプをつけて路肩に停車した。

 

 

 

「こりゃあ駄目だな、フウカちゃん」

 

 なんとかゲヘナ学園に戻ってきたフウカは、ジュリを伴って隣のおじさんを訪ねた。おじさんはすでに引退した身であるが、機械の何でも屋をやっていたからだ。フウカの相談に快く快諾してくれ、スクーターを見てくれた。

 油のしみこんだ青いつなぎに身を包んだおじさんは頭を振る。

 

「エンジンもそうだが、フレームがもう限界だ。エンジンを積み替えても、このままじゃ走行中に真っ二つになるだろうよ」

「そんなぁ」

 

 肩をガックリと落とすフウカ。彼女はおじさんの腕を誰よりもよく知っていた。何せフウカの愛銃をカスタムしたのは彼だ。そんな人が無理という以上、もうどうしようもないのだろう。

 

「あれはもう寿命だ。良い設計だが、限界もある。これ以上はなあ」

 

 そもそも美食研究会が壊したトラックの代わりを探し、けれども予算不足から格安の中古スクーターしか買えず、仕方なしに手に入れたような代物だ。それなのに積載量以上の荷物を運び、時には美食研究会から逃げる足として活躍してくれた。むしろ今まで老骨を折ってよく頑張ってくれたと褒めるべきだろう。

 

「そうね。いままでありがとう」

 

 廃車が決定したスクーターをいたわり、礼を述べる。

 

「でもそうすると、これからの仕入れはどうしましょうか」

 

 ジュリの言葉にフウカは頭を抱えた。給食部の予算は多少持ち直した――イビルジョーのにらみで暴れる生徒が減ったためだ――が、それでも運搬用の車両を買う余裕はない。

 

「数日ならまだしもこれからずっと業者に頼むとなれば足が出るし、かといって手押し車を二人で引いていたら、どれだけ時間があっても足りないわ」

「仕入れ先の人に協力してもらっても限界はあるでしょうし」

 

 うんうん悩む給食部。それをよそにおじさんがぽんと掌を打った。

 

「ようは今いる奴でトラック並みのことができれば解決というわけだ」

「そんな人いるわけ」

「人じゃねえがいるだろうよ、フウカちゃん」

 

 そう言うと、おじさんはイビルジョーを見上げた。二人もつられて仰ぎ見る。三人の視線を受けたイビルジョーは小首をかしげている。

 

「いや、いやいや無理でしょう。確かにパワーだけなら戦車にだって負けないけれど。ジョーを連れ歩くなんて」

「ジョーの賢さならいけるさ。それに最近フウカちゃんから離れたがらないんだろう。だったら連れ歩くなんて今更さ」

 

 おじさんの言うとおり、最近のイビルジョーはフウカから離れようとしない。これまではフウカが出かけても家で大人しく待っていてくれたのだが、エデン条約以降、どれだけ注意してもフウカの後を追いかけるようになってしまった。どうやら外はフウカたちにとって危険だと学習してしまったらしく、彼女たちを守ろうとついてきているようだ。

 

「う、ううん。でも」

「良いんじゃないですか、先輩」

「ジュリ」

 

 ジュリはイビルジョーの足にそっと触れる。

 

「イビちゃんなら大丈夫ですよ」

 

 ジュリの言葉に理論はない。しかし屈託のないジュリの笑みにフウカは肩の力が抜けるのを感じた。

 

「でも、せめて鞍や手綱は必要よね。壊れないくらい頑丈なの」

 

 フウカの脳内では、以前偶々見た公道を馬に乗って散歩する動画が再生されている。サイズ感があまりに違うが。

 

「それでしたら先生に相談してみてはいかがでしょうか」

「お、噂のシャーレの先生か」

 

 忙しい先生の手を煩わせても良いものか。フウカは頬に手を当て考えこんだものの、他に良い考えもなく、目に入ったイビルジョーの姿に決心した。

 

「先生なら力になってくれるでしょう」

 

 フウカはモモトークで先生へ相談を打ちこんだ。

 

 

 

 先生への相談は功を奏した。ミレニアムの様々な発明で有名なエンジニア部をわざわざ紹介してくれたのだ。世に出された高性能、高品質である製品を鑑みるに、イビルジョーでも使用できる物が期待できる。何度礼を言っても足りないくらいだ。当の本人は仕事でついて行くことができないと悔しがっていたが。

 アポイントメントの日、フウカはイビルジョーを後ろに連れ、ミレニアムへ向かっていた。ゲヘナからミレニアムに行くには、公共交通機関にでも乗ればすぐに着く。しかし、当たり前のことだがイビルジョーが乗り物に乗れるわけもなく、徒歩で向かうしかなかった。そのため、公道を歩いているのだが。

 

「すごい注目。……仕方ないだろうけど」

 

 人々の視線がフウカの後ろ、イビルジョーへ注がれている。当然だろう。何せイビルジョーは四十メートルもある巨体だ。アパートが一軒動いているようなもの。目を奪われない者などいないだろう。

 幸いなのは、皆一様にイビルジョーにばかり気をとられ、フウカのことには気づいていないことだ。じろじろと見られないだけいくらか気が楽になる。

 

「急ぎましょうか、ジョー」

 

 フウカの言葉にイビルジョーはうなって応じた。

 ズシンズシンと足音響かせ、ミレニアムへ急ぐ。道中急いだこともあり、学園にたどり着いたのは予定の時間よりいくらか早い時刻だった。約束の時間までどうしたものか。フウカ一人ならば近くのスーパーにでも寄って食材のチェックをしに行くが、さすがにイビルジョーという悪目立ちしている存在をつれてそんなことしようとは思わない。

 待ちぼうけを食らっているフウカが暇つぶしの方法を考えていると、何かドタドタと慌ただしい気配が近づいてきた。

 音のする方へ目を向ければ、ミレニアム生の集団が雄叫びを上げフウカたちの方へ走ってくる。

 

「え、何、何なの」

 

 ミレニアム生のあまりの剣幕に気圧されたフウカは、一歩、二歩と後退った。背中にトンと衝撃が走り、見上げればイビルジョーのお腹が見える。いつの間にか彼の足下まで来てしまっていた。

 イビルジョーはうろんな目で集団を見ている。

 

「いたぞ、()()だっ」

「囲んで、囲んで」

 

 血走った目をした彼女らはわらわら湧いてきてフウカたちを囲む。ゾンビ映画に出てくる生存者に群がるゾンビのようだ。

 

「な、何ですか」

 

 腰が引けつつもフウカが用を訊ねるも、周囲の人々は興奮していて彼女の声が聞こえないのか、反応を示さなかった。

 

「貴重な個体だ。必要以上に傷つけるなよ」

「わかっている。傷つけたら剥製の価値が下がってしまうからな」

 

 フウカはわからなかった。目の前の存在がわめいている言葉の意味が。ようやく理解したのは、イビルジョーが周囲から撃たれたときだった。

 激しい火花が散る。イビルジョーは釣瓶撃ちされているというのに、ただ鬱陶しげにしていた。目の前を飛び交う小バエのごとく鬱陶しいだろうに、それでもフウカが何も指示を出さないから忍耐強く我慢している。

 

「は」

 

 フウカの口から低い声が漏れる。厳冬に北から押し寄せてくる吹雪よりも凍てついたそれは、発砲音や弾丸と鱗とが奏でる金属音にかき消されてしまう。

 もしこの声が聞こえていたら、その後の惨状は避けられたかもしれない。

 一発の銃弾が輪になっていた一人の額を撃ち抜く。「ふげぇっ」と奇妙な声を上げ、撃たれた少女の身体が後方へ吹き飛んだ。

 

「何だ」

「一体何が」

 

 仲間が吹き飛んだ理由がわからず、混乱に陥った集団だが、その中の一人がイビルジョーの足下にいたフウカに気づき、周囲に知らせることで落ち着いた。

 

「誰だ、あいつは」

「知らない」

「もしかして貴重な研究素材を独り占めするつもりじゃ」

「何だってっ。そんなの許さないぞっ」

 

 銃声が連続して鳴り響く。口を開いた全員が先の一人と同じ運命をたどった。カラン……カラン……。薬莢が一つ二つと次々に落ちる。真っ赤に染まった銃のボディから濃密な神秘の残滓が蒸気のように立ちこめる。

 

「なんて威力だ」

「これじゃあまるでネル先輩のようじゃない」

 

 キヴォトスの人間は同じ銃に同口径の弾丸を使っても、個々人でその威力は違う。とある専門家曰く、それは神秘の作用によるものだそうだ。今のフウカの一撃は普段とは桁違いの神秘がこめられており、その破壊力たるや、万魔殿の保有する超無敵鉄甲虎丸の8.8センチ砲をも上回るほど。

 

「キャアアアア」

「う、うわっ。一度待避して――」

 

 まるで不良を鎮圧しているヒナのように、ミレニアム生の一団を薙ぎ払う。死屍累々となったその中央で、フウカはマガジンを入れ替えた。迷いのない動作でコッキングしてチャンバーに銃弾を装填する。装填に問題がないのを確認し、倒れた生徒たちに銃口を向けた。

 

「どうしたの、ジョー」

 

 そんなフウカにイビルジョーが横合いから軽く小突くかのように頭突きした。銃を突きつけたまま訊ねるも、イビルジョーは小突くのをやめない。

 

「おなかが空いたの」

 

 フウカがエプロンのポケットからジャーキーを取り出してみるも、イビルジョーは頭を振って、彼女の胸に頭をぐりぐりと押しつける。

 

「もうどうしたのよ、ジョー。甘えているのかしら」

 

 フウカは銃をしまうと、イビルジョーの鼻面を撫でる。しばらくそうしていると、イビルジョーはようやくフウカから離れた。その際ちゃっかりとジャーキーを咥えて。

 もう、と腰に手を当てていたフウカだが、イビルジョーの向こう側に人影がいたことに気づき、銃に手を伸ばす。しかし、その手が途中で止まった。というのも、その人影はメイド服にスカジャンという奇妙な出で立ちの少女で、さっきの集団とまとう雰囲気がまるで違うからだ。周りで倒れている生徒は欲望丸出しのギラギラとした雰囲気をまとっていたが、その少女は憧れや敬意を向けているかのようにキラキラしていた。銃を手にすることもなく、ただイビルジョーを見上げて、宝石をちりばめたかのように瞳を輝かせている。

 

「な、何これ。どうしてうちの生徒が倒れているの。い、一体何が起きたのよ」

 

 少女に気をとられていると、そんな叫びが響いた。声のした方へ視線を向けると、藍色の髪の、健康的なふともも(ヌッ)の子がいた。先生から写真で送られてきた、案内役を買って出てくれたというセミナーの早瀬ユウカだ。

 

「すみません、私です」

 

 状況を把握しようとしているユウカに、フウカは挙手をしながら声をかけた。経験則からここで黙っていた方がやっかいごとが押し寄せてくるとわかるのだ。

 

「え、あなたが。って、確か先生からもらった写真の」

 

 ユウカは手を口に当てる。

 

「一体何があったんです」

 

 他校の生徒相手だからか抑え気味だが、ユウカの声音にははっきりと怒気が感じられた。フウカは面倒なことになったと億劫な気持ちになりながらも、弁解のために口を開こうとした。

 

「そいつは悪くねえよ」

 

 しかしその前に、イビルジョーに目を奪われていた少女がユウカへ話しかけた。

 

「ネル先輩。どういうことですか」

 

 ネルは倒れた生徒たちを顎でしゃくり、あきれきった様子で見下ろす。

 

「こいつら、あの格好良い恐竜を殺そうとしたんだよ。大方研究用の死体でもほしかった奴らだろう。ミレニアム(うち)にはいるだろう。学問を免罪符に倫理観なくす奴。それであいつがぶち切れて全員沈めたわけだ。いやあ、そんな強くなさそうな見た目だが、お前も中々やるな」

 

 何が琴線に触れたのか、ネルはフウカの肩をバンバンたたいている。ゲヘナにはいないタイプの絡み方に、フウカはどう反応すべきか少々困惑した。

 

「そうだったの。あの、ごめんなさい。私てっきり」

「気にしないで。ゲヘナだもの。そう思われるのは慣れているから」

「それは、そのう……すみません」

 

 後ろめたさからか、どことなく落ち着かない様子のユウカ。ネルに背中をはたかれた。

 

「イッタいっ。何するんですかっ」

「本人が許しているんだ。必要以上に気にするんじゃね。そっちの方が失礼ってもんだろう。それよりわざわざセミナーの会計が迎えに来ているんだ。何か重要なことでもあるんじゃあねえのか」

「そ、そうでした。ゴホン。ようこそミレニアムへ。先生からはご用件を伺っております。私たちに鞍と手綱を作成してほしいとのことですが」

 

 ユウカがイビルジョーを見上げる。

 

「確かにこれは市販されているものじゃ無理ですね。メーカーの特注も難しそうですし」

「ええ。それにこの子の鱗は頑丈で縁も鋭いので、普通の革程度では簡単に切り裂いちゃうから」

 

 フウカの言葉にユウカはうなずいた。

 

「なるほど。ではこちらへ。エンジニア部が手を上げたので。彼女たちなら問題ないでしょう」

 

 ユウカの案内に従おうとしたところ、それに待ったがかけられた。

 

「何ですか、ネル先輩」

「あ、あたしも、あたしも一緒に行って良いか」

 

 キラキラと目を輝かせるネル。ユウカはチラリとフウカの様子をうかがった。

 

「良いですよ。ネルさんなら」

「えっと、良いんですか、本当に」

 

 ひそひそと耳打ちされた言葉に、フウカは微笑んで首肯した。

 

「かまいませんよ。さっきは助けてもらいましたし。それにジョーのことを褒めてくれた良い人ですし」

「そ、そうですか。では今度こそこちらへ」

 

 ユウカの案内に従い、フウカはミレニアムに足を踏み入れた。

 

 

 

「こちらがエンジニア部の部室です」

 

 ユウカが扉を開けると部室で爆発が起きた。

 

「ちょっと、また何かしたのっ」

 

 フウカが火薬とは違う煙に咳きこんでいると、ユウカが未だ煙を吐き出している部室に止める間もなく飛びこんでしまう。

 

「ああ、ユウカか。いやすまない。試作品をテストしていたのだけれども、どうやら回路が良くなかったらしい。自爆させるよりも早く爆発してしまったよ」

 

 なんだか脳天気な笑い声がする。フウカの脳内には美食研究会の面々が浮かぶ。

 

「あー、まあ、あいつらも悪い奴じゃねえんだ。ちょっと技術馬鹿なだけで。少なくとも表でノビている奴らよりかはまともだよ」

 

 ネルのフォローにフウカは苦笑しいしいうなずく。

 エンジニア部への釘を刺したユウカが疲れ顔を扉から出す。

 

「騒がしくてごめんなさい。どうぞ中へ」

 

 部室の中は面積こそ広いものの、様々な作業用機械や発明品とおぼしきものがあちらこちらにあるせいで、心なしか狭く感じる。転がっている物はどれも素人目では高価そうにしか見えず、フウカは下手に触れないよう気をつけながら進む。その後ろではネルが慣れた足取りでついてくる。

 部室の中央ではユウカの隣に紫髪の少女が立っていた。その足下には壊れたガラクタとそれを中心に真新しい焦げ跡が放射状に広がっていた。ガラクタはまだ細い黒煙をプスプスと上げているが、その割には焦げ臭くない。フウカが疑問に思っていると、かすかにファンの風切り音が耳に入る。おそらく何らかの換気システムだろう。驚くべきはこの短時間で臭いを完全に排出しきったことだ。

 

「さすがね」

 

 ミレニアムの名は伊達ではないようだ。給食部としても使いたいくらい。フウカが感心していると、少女が手袋を外した手を差し出した。

 

「エンジニア部の白石ウタハだ」

「ゲヘナ学園給食部の愛清フウカです」

 

 お互い挨拶を交わすと、ユウカが帰るときは連絡をと残し足早に去っていく。その後ろ姿は肩を怒らせ、とても迫力(ヌッ)に満ちている。かすかに耳朶に触れたのは「他校の生徒を襲うなんて何を考えているのかしら」という独り言だ。おそらく表の集団を回収しに行くのだろう。

 ユウカを見送ると、ウタハが早速とばかりに口火を切った。

 

「セミナーから話を伺っている。鞍と手綱を作ってほしいとのことだが」

「ええ、そうです。あの子に乗れるように」

 

 フウカが窓に目を向ければ、そこには大きな黄色い目玉がこちらを覗きこんでいた。

 

「ニュースの映像を見たときも思ったが、ずいぶん大きいな」

 

 ウタハの言葉にフウカは苦笑せざるを得なかった。何せイビルジョーはそんじょそこらの家よりも遙かに大きい。巨大というイメージはどうしてもまとわりつく。

 

「普通の鞍や手綱では面白みがないが、あれほどの大きさとなれば話は別だ。いろいろ材料や設計は用意しているから、まずは君とあの恐竜のデータをとろうか」

 

 目を爛々と煌めかせているウタハの姿にフウカは悟る。やっぱり美食研究部と同類だな、と。

 

 

 

 ミレニアムの有する屋外実験場に三人と一匹は集まった。

 

「さて、フウカのデータは大体集まった。残るはイビルジョーの運動能力や歩行データ、それにフウカが乗った場合のバランスや対応能力等を実際に確かめよう」

 

 ウタハが手元のモバイルを操作すると、地面から壁や坂等が出てきた。

 

「車両のテストに使うコースだ。様々な路面条件を再現できる」

「なあ、それならコースを案内する水先案内人(パイロット)が必要だよな」

 

 ネルはそわそわしながらウタハの袖を引っ張っている。

 

「それじゃあこのコースで頼めるかい」

「おうっ」

 

 満面の笑みで首肯したネルは機敏な動きで走り出す。

 

「こっちだ、ジョー」

 

 呼ばれたイビルジョーがフウカへ視線を向けてきた。フウカが頭を縦に振れば、ネルの後ろを追走しだす。

 イビルジョーが一歩足を進めるたびに重々しい足音と地響きが起きる。その様子をウタハが興味深げに観察していた。

 

「動いているとさらにすごい迫力だ」

 

 ウタハがブラインドタッチでデータを入力しながら感嘆を漏らす。フウカとしてはむしろネルの方がすごいと思う。非常に小柄な体格なのに、イビルジョーの前で壁を軽々と飛び越え、急な坂を苦もなく駆け上がる身体能力は、もしかすればヒナ以上かもしれないと。

 

「ふむ。ネル、そろそろ大丈夫だ。いったん戻ってくれ」

 

 戻ってきたネルは爽やかな笑顔を浮かべていた。

 

「この程度で良いのか。あたしならまだイケるぜ」

 

 その言葉は本当だろう。ネルはあれだけ走ったというのに、息切れどころか汗一滴もかいていない。

 

「君には他のことを頼むからそのときまで力を温存してくれ。それでフウカ。試作品と言うほどではないが、これで実際にイビルジョーに乗ってみてくれ。大丈夫。少なくともシートベルトで作ったという代用品よりかは丈夫だよ」

 

 渡されたのは巨大な鞍と手綱だ。素材は市販のそれと変わらない革だった。三人がかりで四苦八苦してイビルジョーに装着する。

 

「つけやすさも重要だな、これは」

「こっち押さえるからそのベルトを通してくれ」

「えっと、これね。どうぞ」

 

 やっとの思いでつけた鞍に乗ったフウカは手綱でイビルジョーに指示を促す。フウカが手綱をさばくや、イビルジョーは素早く反応した。

 

「ふうむ」

「どうした」

 

 フウカとイビルジョーに目をやっていたウタハがどこか感心したような声を出した。

 

「何。見た目と裏腹にあのイビルジョー、非常に賢いな、と。あの個体だけなのか、それとも種族全体がそうだったのか、少し気になるな」

「そうかぁ。確かにあたしやフウカの指示をすぐに聞いていたが、お前がそこまで気にするほどか」

「ネル、君は動物のしつけや調教をどうやるか知っているかい」

「……いや」

「色々方法はあるが、共通しているのは、繰り返し教えるということだよ」

「ふうん。でもすでに一回ああやったって話だろう。それならフウカの指示に従ってもおかしくはないんじゃねえの」

「一回やったなんてカウントにも値しないよ。それどころか最初の一回から指示に従っていたそうだ。よく動物の知能を人間に換算して何歳という話があるが、もしかしたらあのイビルジョーは成人に匹敵するかもしれないな」

「シャチやカラス以上ってか」

 

 ネルを追いかけていたとき以上のタイムをたたき出すフウカとイビルジョーを観察しつつ、ウタハは次の工程に移る。

 

「さてネル。君の出番だ」

「あん。……良いのか」

「もちろん。このキヴォトスで争い事に巻き込まれないなんてあり得ないからね」

「へっ。じゃあ楽しませてもらおうか」

 

 歯をむき出しにしたネルが勢いよく飛び出す。愛銃を両手にネルが巨躯へ挑む。

 

「な、何ッ」

 

 慌てて手綱を引き銃弾を躱すフウカ。その姿を見守りながらウタハは微笑み、データを入力するためにモバイルへ手を伸ばす。

 

 

 

 あれやこれやあったものの、データも無事に取り終わり数日。フウカは再びエンジニア部を訪れていた。

 

「やあ、待っていたよ」

 

 エンジニア部ではウタハが待ち構えていた。足下には青いシートがあり、彼女は勢いよく剥ぎ取った。そこには鞍と手綱が並んでおり、フウカは許可をもらい触れてみる。一目見ただけでは市販されている革のものと違いがわからないが、触れると何かでコーティングされていることがわかった。

 

「新素材開発部が研究している素材を融通してくれてね。それだけで数トンもの重量を支えられる繊維を大型船の舫い綱等に使われる特殊な編み方で加工したんだ。非常に軽いが、とても強靱だ。少なくともこれ以上の強度は現段階の技術では難しいだろう。これならばイビルジョーのパワーでもそうそう引き千切られることはないはずだ」

「表面に何か塗ってあるようだけれどもこれは」

「良いところに目をつけたね。複数のコーティングを重ねることで耐摩擦、耐熱、耐爆、一つ一つ挙げていったらキリがないから後で仕様書を渡すから確認してくれ。少なくともチェーンソーだろうが、戦車の主砲だろうが傷一つつかないさ」

 

 説明を受けたフウカは早速とばかりに外へ出てイビルジョーに鞍と手綱をつけてみる。いくつかの工夫のおかげでフウカ一人でも準備できた。

 

「本当はもっと自爆装置や肉焼き器をつけたかったんだけど、ユウカにこれまでになく怒られてしまってね。仕方なく諦めたよ。その代わりだが、イビルジョー専用の荷車を作っておいたからこれらの最終試験が終わったら持って行ってくれ」

 

 心の底から残念な様子を見せるウタハ。フウカはじとっとした目を向けた。しかし当然ウタハにその視線が効果を発揮することはない。おまけももらったのだ。あまり邪険にするのも良くないかと、ため息をはき、さっそうと鞍にまたがった。

 

「あれ。なんだかすごい乗りやすい」

「そうかい。ふむ、もしかしたらあれかも」

 

 フウカの疑問にウタハは心当たりがあるのか、ぽつりとこぼした。

 

「あれ」

「ミレニアムでは循環型社会の実験としてリサイクルを推奨していてね。その一環で廃棄品を集めているんだ。その中から君の体型に非常に合致したスクーターのサドルがあってね。原型として組みこんだんだ。その様子からすると正解だったらしい」

 

 ウタハはこれだと写真を見せてくれた。それは間違いなくフウカの使っていたスクーターだ。

 

「……そう。また一緒に走れるのね」

 

 鞍を撫でると、フウカは手綱を手に取った。イビルジョーが走り出す。

 

 

 

 D・U地区の裏通りにある雑居ビル。シャーレの先生はその前で険しい顔をしてその最上階をにらんでいた。

 エレベーターのスイッチを押せば、ガタガタと音を立てて扉が開く。ゆっくりと上昇する最中、息を整えて胸ポケットを探る。堅い感触。取り出せば、これまでに幾度か使用したことのある大人のカードが薄暗い電灯の光を反射している。その存在を確かめ、大人のカードをしまう。チンとベルの音が鳴る。丁度目的の階に着いたようだ。

 エレベーターホールにかけられていたさびの浮かんだフロア図には、この階に部屋が一つだけしかないことを告げていた。部屋に続く扉を開ける。その部屋は無個性なコンクリート打ちだった。中央には革張りのソファとデスクがあり、その向こう側にはオフィスチェアがある。オフィスチェアは背もたれと、座っている人物の後頭部だけが見えた。かすかな摩擦音がし、オフィスチェアが回転する。

 

「お待ちしておりました。先生」

「……黒服」

 

 それは男物のスーツを着ていた。理知的な声音で先生のことを呼ぶ。しかし何よりも特徴的なのは、その人影そのものだ。身体は暗闇を人形に切り抜いたように黒く、陽炎のように輪郭を揺らめかせている。顔面の目や口にあたる箇所に亀裂が走り、内部から青白い光を漏らしていた。

 

「どうぞおかけください」

「結構だよ。それで私を呼んだのはどういう理由(わけ)だい」

「クックック……。そう警戒なさらないでください。今回はただ忠告をしに来ただけですから」

 

 黒服が笑い声を潜める。緊迫した空気が漂う。

 

「あなたたちがイビルジョーと呼ぶ個体の殺処分についてです」

「断「いいえ、それは許されないことです」」

 

 かぶせられた言葉は非常に強いものだった。

 先生の眉根が顰められる。

 どうにも()()()()()。黒服との付き合いが長いわけではないが、それでも違和感を抱かずにはいられない。黒服は重要なことを隠したりするが、相手の意思を無視した言動はしない。契約を重視し、合意をもって行動する。それが先生の知っている黒服だ。だというのに今の黒服は先生の考えを否定し、自らの意見を押し通そうとしている。

 

「これはそれほど重要なことなのです。さて、我々ゲマトリアがいくつかの特異な技術を有していることはご存じですね」

「……ああ」

 

 先生の脳裏にミメシスやヒエロニムス、それにベアトリーチェなど、まさしく異常な技術の結晶が思い浮かぶ。

 

「そのうちの一つに、別の世界を観測するというものがあります」

「別の……世界。それは外の世界とは違うのか」

「ええ。全く違います。外の世界はキヴォトスと多くの事柄が共通しており、行き来も容易ではありませんが十分に可能です。ある意味で地続きの世界と言えるでしょう。ですがゲマトリアが観測した世界は理すらも違う。行き来も本来不可能。まさしく異世界とでも呼ぶべきものです。そして我々が観測したそこは……」

 

 珍しく言葉に詰まった黒服が顎に手を当てて考えこむ。しばらくして再び口を開く。

 

「そうですね、便宜上、その世界のことを『モンスターハンター』とでも呼称しましょう」

「モンスター……ハンター……」

「その世界ではモンスターと呼ぶにふさわしい存在を人々が比較的原始的な武器で狩猟する、そんな驚くべき世界でした。あまりこういった言葉は好みませんが、運命なのでしょう。そこにいたのです。イビルジョーという種族名で、愛清フウカさんの飼っているイビルジョーと全く同じ姿形の生物が」

「なんだってッ」

「恐暴竜。健啖の悪魔。そして貪食の恐王。これらは皆、イビルジョーの(あざな)です。異常な代謝からエネルギーを常に欲し、目に映るすべての生物を捕食する、その生態から生態系の破壊者とも」

「それが本当だとしても、フウカの子にそんな様子はないよ」

「いいえ。それはまだその段階ではないからです。元々イビルジョーは、モンスターハンターにおける生態系の頂点である、自然環境すらゆがめる力を持つ古龍に匹敵する危険性で知られています。しかし真に恐れられているのは、年齢を重ねた個体”怒り喰らうイビルジョー”です」

「怒り……喰らう……」

 

 黒服はうなずくと、懐から一枚の写真を取り出す。それはピントも合っておらず、なぜか縦横無尽にノイズが走っている。それでもなんとか被写体がイビルジョーだということはわかった。黒い靄を絶えず吐くその姿は、フウカのイビルジョーとは違い、全く理性を感じられない。

 

「どうやらイビルジョーは年月を経ると、満腹中枢が機能しなくなるようで。手当たり次第喰らい尽くし続けるようになる恐ろしい生物なのです。今は良くても、いつか生徒達を食べるようになるでしょう。ここまで言えば、あの怪物を擁護する必要がないとおわかりでしょう」

 

 黒服が手を伸ばす。その手を握れば、イビルジョーを殺すためにゲマトリアはありとあらゆる協力を惜しまないだろう。それこそ殺処分方法だって提供してくれるに違いない。

 

「言ったはずだ。断る」

 

 だからこそ先生はその手を取らない。

 

「なぜ。なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ」

 

 だがそれは黒服にとって理解不能なことだったに違いない。かつてのようになぜと繰り返すばかりになってしまっている。

 

「先生。これは当たり前の話ですよ。以前のように大人の定義についてとは違います。万人が万人とも同意する、常識的なものです。何もあなたにとって大事な生徒を殺せと言っているのではありません。危険生物を処分して安全を確保しようと言っているのです」

「今のところイビルジョーが危険生物とは思えない。それにこれからそうなるとは限らない」

「それはただの無責任では。今が大丈夫だからこれから先も大丈夫とは限りません。もしそうなった場合、あなたはどうするというのです」

「そのときは私が止めるよ。それに」

 

 先生が黒服の目を見据える。

 

「黙っていることがあるよね、黒服。たとえばフウカのイビルジョーがどうして健啖の悪魔となっていないか、とか」

「……クックック」

 

 黒服が肩をふるわす。ゆったりと椅子に座り直す。

 

「ええ、そうです。確かに私があえて語っていないこともあります。たとえば、あの個体は、このキヴォトスで生まれたことにより、いくらかの神秘のテクストを有しています。そのおかげで非常に優れた知能を発揮しています。またこれは観測結果からの私の推測に過ぎませんが、周囲の霧散している神秘をかき集め、エネルギーとすることも可能なようです。これらから現状のままなら確かにあの個体が暴食の限りを尽くす可能性は低いでしょう。また、怒り喰らう存在は老いたすべての個体がなるわけではありません」

「なら」

「ですがリスクは0になりません。生かしておくことに意義も意味もなく、ただ危険性が残ります」

 

 黒服は先生を見つめた。先生の答えを待っているようだった。

 先生は微笑んだ。

 

「それでも私はイビルジョーとの共存を選ぶよ」

 

 先生は黒服に告げると背を向けた。呼び止める声はなかった。

 

「……ゲマトリアはあれのことをずっと見ていますよ」

 

 扉がパタンと閉じた。




これまでの幕間の時系列としては下記の通りです。
ミレニアム→連邦生徒会≒ゲヘナ
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