ブルーアーカイブ 貪食の家族   作:koth3

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犯人は誰?

 イビルジョーの身体を、円錐形の仰々しい機械が飲み込んでいく。フウカ達に見守られる中、当のイビルジョー本人は、興味がないのかそれとも気が抜けているのか、鷹揚とした様子で機械の内側を眺めていた。

 ピピピッと音がして、イビルジョーの身体の表面を光線が走る。

 

「ううん。採取できるデータ自体は普通の人間のそれと変わらないね。あえて言えば、骨密度や筋肉の発達具合がすさまじいくらいかな。具体的に言えば、かの七囚人が一人、栗浜アケミをも上回るんじゃないか」

 

 コンソールを操作していたウタハがモニターから顔を上げる。その表情には驚きとかすかな喜びが見てとれた。モニターには、イビルジョーの身体を断面としたものや何らかの数字が表示されている。それがよほど興味深いのか、ウタハは「ほら」と何度もモニターを指差す。だが、残念ながらフウカには、表示されているデータから何かを読み取れるだけの知識を有していなかった。

 

「それで、他に何か分かることはないの」

 

 フウカの問いに、ウタハはふむと顎に手を当てて考え込んだ。その瞳は高速で揺れ動き、画面を読み取っていた。

 さすがはキヴォトスでも最高峰の科学力を誇るミレニアム学園の生徒だ。変人ではあっても、才女であることは誰にも否定できまい。

 

「これだけでは分からないな。おっと、そんな残念そうにしないでくれ。スキャン中に無痛注射で採血した血液成分の分析がそろそろ出る。そこから何か分かるかもしれない」

 

 ウタハが言うやいなや、近くのプリンターから一枚の紙片が印刷される。それを破り取った彼女はそのまま別の、長方形の箱形をした機械に読み込ませた。

 

「それは」

「ああ。これかい。診察ちゃん3号だよ」

 

 ウタハは機械に手を置き先生の問いに答える。フウカからすればその箱のどこを見れば診察ちゃんなどとどこか愛嬌を感じられるような名付けになるのか分からなかった。一般人から見れば、イビルジョーを可愛い、と臆することなく口にするフウカも同類だが。

 

「さすがに私も医学的知識はほとんどないからね。だから診察そのものは診察ちゃん3号に任せる。この子は入力されたデータを元にビッグデータを活用して診察してくれるんだ。なかなかの自信作だよ。とはいえ、もうちょっと小型化したいのと、付属させる()()機能がいまいちしっくりこなくて。個人的には消毒液を出すのが良いかと思うんだけれども、安直すぎると反対を受けていてね」

 

 診察ちゃん3号の説明がされている間に分析が終わったのか、モニターにナース服のマスコットらしきキャラクターが表示される。

 

『血液検査の結果、何らかの薬物の投与が確認されました』

「薬ですって!」

『はい、フウカ様。分解・吸収が進んでおり、薬物の詳細は不明ですが、確かに残留成分が検出されました』

 

 フウカは舌打ちをこぼし親指の爪をかむ。力を入れすぎて、親指がうっ血している。

 

「一体誰が、何のために……」

 

 それでも怒りが収まらず、爪先で地面を踏み鳴らす。

 ジュリがおどおどした様子でフウカの肩にそっと手を置いた。それに気づき、フウカは大きく深呼吸をして、何とか怒りを呑みこもうとする。

 

「薬か」

 

 先生がぽつりと呟くとスマートフォンを取り出した。いくらか操作をした後、しばらく経って、ポンと返信の音が鳴った。

 

「フウカ、私の知っている薬の専門家に相談できないか連絡してみたんだけど、話を聞かせてほしいって」

「それならこれも持って行くと良い」

 

 ウタハが差し出したのは、先ほどの血液検査の結果と診察ちゃん3号の診断を記したカルテだ。

 

「私に出来るのはこれくらいだからね。イビルジョーはやっぱり元の姿の方がロマンだ。早く治ると良いが」

「ううん。そんなことはない。ありがとう、ウタハ」

「私からもお礼を言うよ。じゃあ、皆、山海経へ向かおう」

 

 先生の言葉にフウカとジュリがうなずく最中、どこからかぐぐぅと獣のうなり声が響いた。聞いた者の腹を震わすような低い音だ。

 

「な、なんだい、今の声は」

「レッドウィンターにいた熊の声に似ていたけれども」

「熊だって。何だってそんな害獣がミレニアムに」

 

 おびえた様子で周囲を窺うウタハと先生に、フウカは顔を赤くして告げた。

 

「ごめんなさい。それ、ジョーのお腹の音です」

「「え」」

 

 全員の視線が集まる中、再びイビルジョーの腹が鳴る。工作器具や試作品、完成品を保管するためにミレニアムでも最大級の敷地面積を有するエンジニア部の部室に木霊するような大音声だ。

 

「フウカ先輩、私がイビちゃんにおやつを食べさせてあげるので、先にその専門家の方に」

「お願いできるかしら。先生もそれで」

「私は構わないよ。ジュリ、後で住所を送るね」

「はい。さ、行きましょう、イビちゃん」

 

 イビルジョーの手を取り、ジュリはそそくさと出て行った。

 先生が咳を一つする。

 

「じゃあ今度こそ山海経の錬丹術研究会へ向かおうか、フウカ」

 

 

 

「あれ、おかしいな」

「どうしました、先生」

 

 山海経の駅に着いた折、スマートフォンを確認した先生が首を傾げた。

 フウカが理由を尋ねると、画面を見せてくれる。モモトークのアプリが開かれていた。ジュリとのショートメッセージだ。

 

「列車に乗る前に住所を送ったんだけど、まだ未読なんだ」

「ジョーの料理で忙しいのかも。あの子が作るとどうしてもバタバタしてしまうので」

 

 ジュリが作るたびに生まれる謎生物。最初に見せてくれたパンケーキのパンちゃんからまとめてパンちゃんと呼んでいるそれらは、認めたくないがそれでも生物である以上動く。動けないよう固定したり、暴れまわるのに対処したり。とかく普通の調理とは全く別の作業が必要になるので、どうしても忙しくなる。フウカならばさっさと機械的に処理できるが、ジュリは優しすぎるので手荒な手段を執れない。そのため作業に余計時間がかかってしまっているのだろう。

 

「そっか。ならまた後で確認してみるよ」

 

 納得した先生はスマートフォンをしまい、歩きだした。フウカもその後についていく。

 そうしてやってきた山海経の練丹術研究会は、何やら様子がおかしかった。

 白衣を着た生徒とスーツを着た生徒が入り口を行ったり来たりして慌ただしい。先生も気になるのか、一人の研究者らしき生徒を捕まえ事情を尋ねる。しかし忙しいのか、別の人に聞いてくれ、と言われ立ち去られてしまった。

 二人は顔を見合わせた。とはいえこのまま事情を聞くためだけに忙しそうな生徒達へ片っ端から話しかけるわけにもいくまい。仕方なしに最初の目的を果たすことにした。

 先生が迷いなくある部屋を訪れる。中から物音がした。ノックするが中から反応はない。そっと扉を開ける。

 

「失礼するね」

 

 部屋では大きなネズミの耳が特徴的な薬子サヤが受話器片手に指示を出していた。

 

「サヤ」

「あ、先生。ちょっと待っていてほしいのだ」

 

 指示を終えたサヤは受話器を置くと二人に向き直る。

 

「お待たせしたのだ。バタバタしていてごめんなさい」

「ううん。何かあったの」

 

 サヤは頬をかいて視線をそらした。

 

「実は、練丹術研究会の研究内容が一部盗まれたのだ」

「研究内容って」

「新薬の調合書(レシピ)なのだ。どうやらブラックマーケットに流れてしまったらしく。今は調査と回収に忙しくて」

「大変だね。何か手伝えることはあるかい」

「いや、大丈夫なのだ。盗人も捕まえたし、そこから芋づる式に売人も確保できたのだ。門主様から人員も送られているから、売られた調合書も人海戦術で回収できるはず」

「それなら良いんだ。でも何かあったら頼ってね」

「ありがとう、先生。ところでぼく様に何か相談があるそうだけれども」

「そうそう。忙しいところ申し訳ないのだけれども、フウカが飼っている子が人間になっちゃって」

 

 そこで先生は言葉を切った。

 サヤの顔色が青くなり、だらだらと脂汗をかきだした。目がキョロキョロと泳ぎだす。それなのに決してフウカの方へは向けない。

 明らかに何かを知っている反応だ。

 俯いたフウカが黙りこくったままサヤに近づく。むんずとサヤの頭頂部に手を置いた。

 

「あわわわわわ。ま、待ってほしいのだ。言う。言うから。手を放してほしいのだ」

 

 怯えきった様子のサヤの懇願に、フウカは渋々手を放す。

 

「た、助かったのだ……。そ、その、動物が人間になる薬には心当たりがあるのだ。ぼく様の作った人化の薬で、盗まれた調合書の一つがそれで。く、詳しい話を聞かせてほしい」

 

 怯えながらも真剣な眼差しを向けてくるサヤにフウカはうなずいた。できるだけ細かく、特にイビルジョーが変化をした時のことを可能な限りに説明をしていく。サヤが小首を傾げた。

 

「おかしい。おかしいのだ」

「何がおかしいんだい」

「話を聞く限り、昼食の直後に姿が変わったそうだけど、そもそも内服薬がそんなに早く効くわけないのだ」

「じゃあサヤの薬が原因ではないと言うことかな」

「でも、血液検査で何らかの薬が使われた形跡が見つかったのよ」

「結論を急がないでほしいのだ。変化の前に出た煙とか、ぼく様の薬の特徴も確かにあるようだし、その検査結果を見せてほしいのだ」

 

 検査結果を見たサヤは飛び上がって大声を上げた。

 

「な、なんなのだ、このデータはっ。一体どんな生物なのだっ」

「ど、どうしたの」

「どうしたのじゃないのだ、先生。この成分表を見るかぎり、かなりの薬効成分が検出されているのだ」

「う、うん。だからエンジニア部で調べられたわけだし」

「人間の姿にまで変化したのだったら薬効成分なんてほとんど吸収されているのだ。本当にごく微量しか血液検査では検出されないはず。なのにこの検査結果を信じるなら、ざっと計算して象よりもはるかに大きな生物でもなければこんな量残るはずがないのだ。フウカは鯨か何かを飼っているのか」

 

 先生とフウカは顔を見合わせた。

 

「先生、鯨ってどれくらいの大きさでしたっけ」

「以前ホシノと水族館に行った時、教えてもらったけれど、シロナガスクジラ(世界最大の哺乳類)の最大個体が約三十メートルらしい」

 

 フウカの脳裏にイビルジョーの全容が思い浮かぶ。三十メートルどころか四十メートルを超す体躯だ。

 

「その、この子なの」

 

 フウカが写真を見せるとサヤはひっくり返ってしまった。

 

「こ、これって噂の……。あわ、あわわわわわ。中和薬はあるのだ。か、必ず元に戻すから襲わないで……」

「いや、助けてもらうのに襲ったりしないわよ。中和薬があるってことはジョーは元に戻れるのね。良かったわ」

「だ、大丈夫なのだ。中和薬を適量服用させたら戻れるのだ。中和薬はぼく様が責任を持って調薬しておくのだ」

 

 床で丸くなっているサヤをフウカがなだめる。恐る恐る顔をあげたサヤを助け起こした。

 

「そういえばさっき用量がって言っていたけれども、実際薬の用量ってどれくらいなのかしら」

「元の姿の詳細な体重があればある程度算出できるのだ」

「それなら以前エンジニア部に量ってもらったデータがあるわ」

 

 フウカから教えてもらった体重を元にサヤが電卓を叩きだす。

 

「かなり大雑把だけど、十キロくらいの量があれば、効果は出ると思うのだ」

「少ないとみるか多いとみるか。でも少なくともこれでイビルジョーが狙い撃ちされたのははっきりしたね」

 

 もしイビルジョー以外の生物のために作っていた薬を何らかのアクシデントでイビルジョーが接種してしまったのだったとしたら、とてもではないがイビルジョーへ効力を発揮する量には全くもって足りない。そして他の生物を人間にするためなら十キロも薬は作られない。このことから、イビルジョーが変化する十キロもの薬が作られた以上、狙いは最初からイビルジョーだったことがはっきりした。

 

「そうすると誰が何時薬を接種させたのかだけど」

「多分何時は昼食の時かと。さっき否定されたけれども、最初のうちに食べさせれば、ジョーの消化吸収能力なら終わった頃に薬の効果が出てもおかしくないわ」

「それなら一体誰が」

「ジョーに対して何か思っているゲヘナ生は多いでしょうね。そういった生徒がこっそり混入させていたら私たちじゃ分からないわ。食糧を山と用意しないといけないから、私もジュリも、台所とジョーの所を行ったり来たりしているもの。誰でも密かに薬を混ぜるチャンスはあるわ」

「ううん。だとしたら誰かは絞れそうにないのだ……」

 

 額を突き合わせてうんうん唸る三人。ふと先生が何か思いついたのか、手を打った。

 

「サヤ、その薬の材料は何か分かるかい」

「それはまあ。でもそんなことを聞いてどうするのだ」

「特殊な素材なら流通ルートから分からないかなって」

 

 サヤは頭を振った。

 

「申し訳ないけれど、あの薬には特殊なものは使われていないのだ。それどころか一般人でも揃えられるし、手順こそ多いけれども製法自体は簡単なのだ。調合書と根気さえあれば誰でも作れるくらいには」

「そうなんだ」

「たとえば肉桂、馬芹、丁字……」

 

 サヤが材料をあげていくにつれフウカは何か思い当たるものでもあるのか口元に手を当てた。そして口を開いた。

 

「ターメリック」

 

 唐突に響いたスパイスの名前に先生はフウカへ振り向いた。

 

「確かに鬱金も使うのだ」

「フウカ、どういうこと」

「料理に使うスパイスは漢方の生薬と名前が違うだけで同じものも多いんです。そして、今あげられていたのは、全てとある料理に使われるスパイスなんです」

「ある料理」

「カレーです」

「え、カレー。それって確か」

 

 先生の問いに答えず、フウカは呟いた。

 

「あなたなの、ジュリ」

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