ブルーアーカイブ 貪食の家族   作:koth3

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古の教典 第十八章

「どういうこと、フウカ」

 

 フウカは一度拳をぐっと握りこんだ。彼女の中では激情が荒れ狂い、そのせいで声を出すのに酷く苦労していた。

 

「献立をカレーにしようと言い出したのはジュリなんです」

「偶々ということは。その、ジュリがそういうことをするとは思えなくて」

 

 先生の言う通り、ジュリが問題を起こすかと問われれば、彼女を知る人物は頭を振るだろう。確かにパンちゃんというパンデミックを引き起こすこともある。しかしそれは大抵、攫われたフウカの代役を何とかこなそうとするあまりに引き起こす事故だ。それ以外では、たとえどれほど料理をしたくとも、ぐっと我慢して下処理に従事したりしている。そんなできた子が可愛がっているイビルジョーに薬を飲ませるなど信じがたい。

 だがそれでもフウカはジュリが犯人だと確信していた。

 

「今から思えばおかしな点はたくさんあった。手製のレシピ帳は真新しく、そのどれもがスパイスをふんだんに使ったものでした。多分薬の調合書を手に入れてから作ったんでしょう」

「たしかにブラックマーケットで売りに出されたのはここ数日だと報告されているのだ」

 

 サヤがフウカに対してうなずいてみせる。

 

「それにさっき先生の言っていたこともあながち間違いではないかもしれません」

「私が」

 

 先生は自らを指差し目を丸くしていた。

 

「さっきおっしゃっていましたが、流通から犯人が追えるという点です」

「でも薬の素材は誰もが手に入るものだったわけで。それだけでは分からないんじゃ」

「ええ。確かに素材の質で見ればです。でも量を鑑みたらどうでしょうか」

「量。……あ、そうか」

 

 先生もフウカの言いたいことが分かったらしい。

 

「イビルジョーに効くだけの薬を作ろうとしたら材料もものすごい量になる。それだけのスパイスを個人で手に入れようとしたらかなり目立つね」

「だからジュリは給食部を利用したんです。個人では目立っても部で購入すれば目立たない」

「……なるほど」

ゲヘナ(うち)はかなりの人数ですから、レシピの一食分にほんのちょっと余分な分量を記載すれば十キロくらい簡単に集められます。それに何より、ジュリはジョーの体重を知っています。必要な薬の量を計算できる人物です」

 

 しかしそれでも先生は浮かない顔をしている。

 

「ジュリならイビルジョーへの薬を作れるのは分かった。でもその動機は。ジュリが可愛がっているイビルジョーにそんな薬を飲ませるなんてやっぱり考えられないんだ」

 

 先生は苦しそうにフウカへ問うた。フウカもそれには同意なのか口を閉ざす。イビルジョーのご飯を与える姿は彼女から見ても確かな()()があった。

 

「ん、愛情……」

 

 ふとその単語が引っかかった。一体何が引っかかるというのか。これまでのジュリの様子を思い出し、昨日に至った。

 

「ッ」

「フウカッ」

 

 それに気がついた瞬間、フウカは駆けだした。後ろで先生が追いかける足音がする。フウカが練丹術研究会を飛び出ると、見知った顔がいた。

 

「素晴らしい料理でしたね。噂に名高い玄武商会、さすがでしたわ」

「ええ。私もたくさん食べられてうれしいです」

「ま、満漢全席なんて初めてで。うぷっ、ちょっとお腹が」

「美味しかったね。お土産に八角とか桂花醤とか色々買っちゃった」

 

 美食研究会が、丁度どこからか拝借してきたとおぼしきオープンカーに乗り、信号待ちをしている。

 それを見たフウカはそちらに駆けよっていく。

 

「あら、フウカさん。……どうやらあのお邪魔虫はいないようで。折角ですからディナーをご一緒に――」

 

 そんなことを宣うハルナの頬をチッと何かが通り過ぎる。

 

「あふっ」

 

 ハルナが声のした方を振り向けば、先ほどまで助手席に座っていたアカリが車道に転がっている。顔を元に戻す。フウカの手には愛銃が握られ銃口からうっすらと白煙があがっていた。

 

「へっ」

 

 ハルナが素っ頓狂な声をあげている間にも、フウカの銃が火を吹く。

 

「ぎゃふん」

「ちょ、今お腹は駄目ェエエエ――オロロロ……」

 

 邪魔者を排除したフウカは、ドアを乗り越えて運転席の後部席へ乗りこんだ。その堂に入った様は、超大作映画御用達のスタントマン顔負けだ。

 

「フ、フウカさんッ」

 

 慌てふためくハルナ。だからよく聞こえなかった。

 

「――さい」

「え、何でしょうか」

「だしなさいッ」

「は、はいっ」

 

 フウカの一喝にハルナが慌ててペダルを踏み込む。

 車が発進する直前に先生がなんとか車体に飛びつき、フウカの手で車内に引っ張り上げられた。

 勢いよく走り出した車の中で、ハルナはフウカに恐る恐る質問した。

 

「あの、フウカさん……どちらに向かえば」

「ゲヘナよ。学園に向かいなさい」

「は、はい」

 

 フウカの指示に従い、ハルナがハンドルを切る。バックミラー越しにチラチラとフウカを見るも、声をかけるのを諦めたのか、シートベルトをなんとか締めた先生へ目線を送る。

 

「あの、一体何が。こんなフウカさん初めてですし。……この強引さはちょっと素敵ですが」

 

 ぼそりと呟いた最後の言葉は先生には聞こえなかったようだ。

 

「ああ、そうか。ハルナは状況を知らなかったね」

 

 先生がハルナへ事情を説明する。

 

「そんなことが……。しかし本当にジュリさんがそのようなことを」

 

 ハルナも先生と同じく、ジュリがやらかしたとは考えづらいらしい。頬に手を当て訝しんでいる。

 

「フウカは何か気付いたようだけれど」

 

 先生とハルナの視線に晒されたフウカが口を開こうとするも、それよりも先にゲヘナ学園にたどり着き、車が止まった。

 

「先生、それは確証を得てからで」

 

 それだけ言うとフウカは車から飛びだした。ハルナと先生が慌てて付いてくる音が背後から聞こえる。二人を待つ暇はない。息せき切って食堂の扉を開けた。

 

「ハァ……ハァ……。ジュリはいないようだね」

 

 食堂を見渡し呟く先生をよそに、フウカは何かを探し回っていた。やがて厨房の片隅で見つけたものを引っ張り出す。それはゲヘナ学園指定の鞄だ。

 

「多分この中に」

 

 フウカが鞄をあさる。教科書やノート、筆箱が出てくる中、スマートフォンが出てきた。電源ボタンを短く押しても画面は真っ黒なままだ。

 

「ご苦労なことに電源まで切っているわね」

GPS対策(追跡の妨害)でしょうか」

 

 さすがは美食研究会(テロリスト)。この手の知識を知り尽くしている。

 

「ことここに至ってジュリさんが犯人というのも、工作から証明されましたので疑いません。しかしやはり動機が分かりません。フウカさんは分かっているようですが」

「一寸待ってて」

 

 鞄をあさる手を止めずフウカはぴしゃりと告げた。あらかた鞄の中身を取りだしたところ、「あった」と一冊の雑誌を取り出した。

 

「それは」

「『Plot』の今月号。人気の雑誌ですわね。私個人としては、『食通』の方が好みですが」

「ハハハ……」

 

 なんとも()()()話を先生とハルナがしていると、フウカが雑誌をめくりだした。ページの角が折られているところで手を止め、先生達にそのページが見えるよう差しだす。

 

「ジュリの目的は、ジョーとの結婚です」

 

 

 

 食堂に沈黙が広がる。

 先生とハルナの顔色は青くなっていた。

 

「そ、そそそそんな、何故」

「そうだよ、フ、フウカ」

「ジュリがどうしてそんな結論にいたったかは分かりません」

 

 フウカが雑誌を閉じる。

 

「でもジョーを人間にしたり、追跡対策をしたり、何よりこの雑誌という証拠がある以上、私の推測は間違いではないでしょう。……唯一あの子の失敗はこの雑誌を置いていった事ね。……慣れないことをするから」

「フウカさん……」

 

 ハルナはフウカの名前を口にするもそれ以上言葉を続けなかった。

 フウカは回収した雑誌を仕舞うと、先生達を促し食堂を出た。再び車に乗り込むと、ジュリが目処をつけていた教会をカーナビの目的地へと設定する。

 

「発進しなさい、ハルナ」

「分かりましたわ、フウカさん」

 

 フウカの命令に唯々諾々と従い、ハルナがアクセルを思いっきり踏み込む。急発進によりタイヤが悲鳴を上げ空回る。ゴムとアスファルトがかみ合うや、弾かれたように車体が前へ吹っ飛んでいく。

 凄まじいGに席へ押しつけられた先生が叫ぶ。

 

「フウカ、どこに行くんだい」

「トリニティです。どうやら小さな教会で式を挙げるつもりのようで」

 

 ビュンビュンと街中を飛ばす。このまま行けば、そう遠からず目的地に着くだろう。

 

「まずいですわ」

「え」

「検問です」

 

 ハルナが急ブレーキを掛ける。耳をつんざくようなブレーキ音が響き、慣性が働きフウカ達の身体が投げ出されそうになる。シートベルトがなけば吹き飛んでいただろう勢いだった。

 

「な、なんだ、あの車。あんな急ブレーキ。様子がおかしいぞ」

「あっ、運転席を見て。美食研究会だ」

「何だって。銀鏡隊長に報告しろ」

 

 検問を担当していた風紀委員会がざわめく。厄介なことになった。フウカはハルナに指示を飛ばす。

 

「発進しなさい」

「それは構いません。ですが、どうします」

「時間がないわ。強行突破よ」

「あら。気が合いますね。先生、どこかにしっかりと掴まっていてください」

 

 車が咆哮をあげ急発進する。

 風紀委員会の子が止めようとするも、猛然と突っこむ車の勢いに後退りした。その隙にバリケードを突破していく。

 

「追いかけるぞ。お前達は委員長に連絡を」

 

 バックミラーに一台の車両が映る。風紀委員会の車両だ。その助手席から身を乗り出したイオリが狙撃銃を構える。ハルナがハンドルを切る。発砲音が響き、アスファルトが砕ける。

 

「この車両、普通の車なのでイオリさんの銃弾は防げませんわ。フウカさん、代わってくださいませんこと」

「今運転代われないでしょう。威嚇射撃はするからさっさと振り切りなさい」

 

 フウカが風紀委員会の車両に向けて掃射する。

 

「なっ、給食部が何で。まさか、とうとう美食研究会に取り込まれたのか」

「今日だけ特別よ。ハルナ(テロリスト)と同じにしないでくれる」

 

 銃声を伴いフウカの抗議が襲う。されどもさすがは風紀委員会。こちらと違い最初から戦闘目的の車体はしっかりと防弾仕様で、むなしい火花を散らすに終わる。

 続けてタイヤを狙うも、左右に振られて避けられてしまう。

 

「規則違反者め」

 

 フウカがとっさに身を顰める。イオリの銃が火を吹く。サイドミラーが吹っ飛んだ。

 

「イケるぞ。アイツら、普通の車だ。撃ちこめば止まる。逃がすなよ」

「任せてくださいよ」

 

 風紀委員会の車両が勢いこんで襲ってくる。走行中だからか放たれるイオリの弾丸は、いつもと比べ狙いが甘い。それでも脅威であることに変わりはないが。

 フウカは効果のない車両への攻撃でなく、イオリ本人への威嚇射撃に移行した。

 

「うわっ。公務執行妨害だぞ」

「今更よ」

 

 何とかイオリの攻撃を防ぐも、それで風紀委員会が諦めるはずもなく。次の攻撃として、車両をぶつけようとしてきた。後方からエンジンが唸りを上げて迫ってくる。

 ハルナがギアを入れ替えアクセルを踏みこむ。速度計の針が振りきれる。幸いスピードはこちらが上だ。ハンドル操作を誤らなければぶつけて止められはしないだろう。

 

「しかしどうしましょうか。このままでは振り切れません。手榴弾なりC4なりあれば良かったのですが、アカリさんに預けてしまっていて。今は持っていないんです」

「えっ、持っていないの」

 

 片手の掌で爆薬の類いを要求していたフウカが手を引っ込める。

 少し考えた後、いくつかの指示を飛ばす。

 

「分かりましたわ。でも、そこに一体何が」

「行けば嫌でも分かるわ」

 

 カーチェイスを繰り広げながら、ゲヘナの外れに向かう。段々と悪臭が漂ってきた。

 

「なんだか臭うね……」

「ここいらは確かゴミの埋め立て地ですわ。しかしここに何が」

「次を右に曲がって。後は直進」

 

 タイヤが絶叫する。ブレーキ痕を残しながらドリフトを決める。曲がった先は南京錠の掛けられたフェンスがあった。それを吹っ飛ばし、ある施設へ侵入する。

 

「酷い臭いですわ。鼻が……」

「ほ、本当だ。ちょっと、これはきつい」

「少しの間だけです。我慢してください」

 

 遅れてやってきた風紀委員会の車両の距離を目測し、フウカは道の脇にいくつも積まれている茶色い山の一つに銃弾を撃ちこんだ。

 途端、山が吹き飛んだ。

 風紀委員会の車両は急停止し、何とか吹き飛んだものを被らずにすんでいた。

 

「く、くっさ! フウカ、何したのっ」

「あの山、全部ジョーの糞です。ここはジョーの糞を堆肥にする肥溜めなんですよ」

 

 発酵が進むにつれ、山はメタンガスをはじめとした様々なガスをたっぷり貯めこむ。フウカはそれに銃弾で着火し爆発させた。

 

「クソ、逃げられる。何とかならないのか」

「さ、さすがにここを通過するのはいやですよ」

「うっ、それはそうだ。私も嫌だ」

 

 風紀委員会の車両をぐんぐんと置き去りにし、フウカ達は再びトリニティへ進路を取った。




本当は被せようと思ったんですが、女の子にそれはさすがに可哀想だと思い自重しました。ね、アルマさん。
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