瞬間移動は連続的に使用すれば飛距離はある程度伸びる。ただ脳処理の負荷は飛距離に応じて高い為そこまで多様は出来ない。先程までくたびれていたのはそれが原因だった。幸い第十学区は支部のある第七学区と隣り合わせに位置する。しかし、それでも骨が折れる物で黒子は少し疲労を浮かべていた。
それとは裏腹に彼女の能力の利便さに絶賛する。労う様子は一つもない。彼の人使いの荒さは折り紙つきである
「いやー。僕の知り合いには瞬間移動出来る子がいたんだけれども、やっぱり便利だね!」
「人をこき使うのがお好きなようで…もう今後は貴方を同伴する事は決してしませんわよ?」
そもそも強制的であった為彼女は望んでもいなかったがここまで来た以上もう引き返す事も出来ない。と、黒子は転移した場所を見渡した
ここは多くの実験場が廃れた域で他より人口は一回り少ない為ある程度の戦闘はやむ負えない場合に限っては問題なさそうだ。
「お、いたいた」
五条は廃墟施設の隙間には“それ”がいた。ここでは“幻霊夜行”と称されているが、呪術師である五条にとってはそれを呪霊と呼んでいる。サイズは6メートル程であり二足歩行…しかも一体だけでなく周囲にうじゃうじゃといる
「(これは…)」
骨が折れる程ではないが、この量には少し疑問が残っていた。
「それで、どうですの?」
「来てる、南の方向から十数体」
「って、見えませんのよ…?私は」
いかんせん相方は異能を持つが非術師でもある。そこで五条はポケットから何かを取り出した
「あー、そうね。じゃあ…これあげる」
「め、眼鏡…?」
黒縁メガネで、一見して特別な何かありそあな訳ではないように見える。
「ただの飾りじゃないよ?それをかければ、僕のように“奴ら”を視認する事が可能さ」
気に入らない男のプレゼントなど、嬉しくはないが渋々それをかけてみる。因みにこの眼鏡は度は入っていない
「んー、似合ってるねー」
「思っていませんわね絶対に…」
そもそも褒めてほしいつもりは毛頭ないが
「……あれが、“幻霊夜行夜行”」
「思っていたよりも薄気味悪いですわね…」
その眼鏡の奥には確かに“幻霊夜行”の姿がはっきりと映し出されている。眼鏡を外したりかけたりと繰り返し確認する。見えてはいるが彼らは自分達を認知している黒子達に襲いかかる気配がない。
「微動だにしませんが…」
「凶暴性はそこまでないけれど、だからと言って野放しにしてはいれないかな」
「(呪力量からして大体準一級並って所か。ただ他より少し強いからここが呪霊の棲家になってる可能性が高いね)」
「うん。ありがとね 黒子ちゃん。後はもう大丈夫。僕一人でもちゃちゃっと終わらせちゃうから…」
「お待ち下さいませ!」
「へ?」
携帯する鉄矢を取り出した黒子は既に戦闘体制にはいっていた
「この眼鏡で視認出来るのであれば私でも十分戦力になりますもの。それに…」
「例えそれが人でなくとも、街を脅かすものであれば私達“風紀委員”が黙っている訳にはいきませんわ!」
「あ、ちょっと!」
瞬間移動によって黒子は“呪霊”の元に近づく。廃墟にあったガラスの天板を呪霊の頭を終点に転移させる。どれだけ硬度のある物でも座標位置を体内に設定すれば切断する事も可能である。相手はましてや人外。害のある物なら尚更そういった強行手段を取るのは依然問題はナシ。紫色の気色悪い血飛沫を上げ、その“呪霊”はぶっ倒れる
「ふふん、こんなものですわ」
「ドヤってる所で悪いんだけど、アイツらは能力でころしても意味はないよ」
「はぇ?」
目を丸くさせる黒子は五条の発言に呆気を取られる。
「し、死んでいない…?」
「“生きてる”っていう訳ではないからね。バットで殴ろうが首チョンパしようが、“幻影夜行”は何の問題もなく再生を行う」
「……そ」
「そういうのを早く言いなさんな!?」
「君が突っ走るからでしょーが」
五条がプリプリ怒る白井を横目にそう軽くあしらうと、呪いの定義について問い出した。科学の“か”の字もないその未知の存在に五条は丁寧に説明を重ね始めた。
「“呪い”はね、同じく“呪い”をぶつけなければ祓う事は出来ないの」
「僕は、自分の中にある“呪い”を制する事が出来る」
風が明確な意志を持つように、五条の出した人差し指の先に集まっていく。双方に束ねた髪が揺れるのを感じる。これが彼の言う“呪いを制する”事でもたらす何かなのだろうか…とこれから起きる予感を白井は強く感じていた。
「こ、これは…?」
「エネルギーの収束が彼中心に発生している…?」
戸惑う白井「ちょっと離れててね」とこれから起きる事柄に注意を促す。五条にとってこれを打つのは二ヶ月振り。見回しもよく人里少ないこの場所なら“それ”を使うのは絶好の機会であった。
「対象を選択して放つのはちょっと難しいから…」
無下限…彼の秘める最強の異能を呪力によって更に強化する事で、五条の周りには“引き寄せる無限の力”を生み出す事ができる。
「術式順転“蒼”」
五条曰く、それは「リンゴのマイナス一個分の虚構」と比喩される。現実的ではない数値の表し方ではあるが噛み砕いた表現をすれば五条の放った円形の“蒼”はブラックホールによって吸い込まれる力を現実世界に引き出す事が出来る。それは物理法則を無視したエネルギーによってある“蒼”は移動しながらも大量の雑魚呪霊と並び立つ施設を抉るように進行する。五条は“蒼”の術式対象を細かく絞る事がまだ出来ない…が、白井一人程度であればそれは容易である。対処外として設定された彼女はその脅威的パワーに圧倒される
「な、なんですのこれは!?」
「(これが…この方の能力________!?)」
「まるで巨大ブラッグホールが移動しながら周囲の建造物ごと抉り取っている…?」
白井の言葉通りに、“蒼”は縦横無尽に呪霊もろとも殲滅し弧を描くように辺りを抉った後に緩やかにその収束力が弱まっていった。乱雑な地帯と化した背景を目にする白井は隣の男が只者ではない事を直感的に感じた。それと同時にこの被害規模から出る始末処理の事を考えると「あぁ、この男はつくづく迷惑者だ」、とひどく嫌気がさした。
「…よし!」
当の本人はそんな事全く気にしていない。何故なら、無関係だから________
「じゃないですわよ!?こんな規模のデカい攻撃を放ってしまえば近くにいる住民を巻き込んでしまう恐れが…!」
「安心してよ、僕の眼で周囲に人間がいない事を確認したんだから。それに…これでも威力抑えたんだよ?」
最大出力となると、白井にも危害を加えてしまう恐れがあった為先程は50%の出力に抑えて放っていた。それでも、“蒼”の威力は依然規格外である。
「いやー、久しぶりにブッパしたけどちょっと出力調整がブレちゃったかなぁ」
「(これで…抑えた?)」
「(これだけの破壊力…明らかに“レベル4”?いや、もしくはそれ以上の…)」
想像を絶するこの力を見た白井は脳内にとある“数字”を浮かべていた。しかし、そんな事はあるのだろうか…だとしても、このような男が今までいた事に何故気づかなかったのか…
「(ま、まさか…“レベル5”…?)」
彼女の横には“学年第三位”と謳われる最強の電撃使いと共にしている。故に、レベル5の力の規模がどれ程の物なのかはよく理解している。それでも…五条の能力はそれを遥かに超えてしまいそうな程の脅威を身を持って知った。
「あ、貴方…その眼といい、能力といい…本当に何者ですの…?」
「そんな言う程じゃないさ」
カリカリ、と頭を掻きながら驚愕する白井の質問に返答する。その辺りに関しては、五条はまだ呪術師の素性をバラす訳にはいかない。
「まぁ強いて言えばただの学生かな……って、それよりも」
「思ってる以上に、“幻影夜行”の数が多いね」
五条の“蒼”で相当な数を仕留めたはずだったのだが呪いの巣窟と化しているその周辺には群がるように多くの呪霊達が這い上がりその醜態を見せつける。
「こんなにいるとなりますと、流石にいくら貴方でも少々手こずるのでは…?」
「まぁね。ていうか、そもそも彼らを倒すのは効率的じゃないかも」
そこで白井は先に話した五条の話を思い出した。
「あの怪物の棲家があるだろうと、先程述べていましたね」
「先にその場所はさっさと特定する方が良さそうだ」
なんて事はない、五条にとってこのような事態は歩く途中に靴紐が少し緩んでしまったささやかなトラブル程度でしかない。だが、油断大敵とも言うように五条は傲慢な態度から一変、真剣な表情で再度攻撃の準備を行う。またもや、吸い込まれるような感覚が襲ってきた。
「ちょっと出力あげるよ」
「出力70% 術式順転“蒼”…!」
出力を上げた順転“蒼”を再び繰り出した。こんな事をすれば辺り一帯更地になってしまうが、そんな事お構いなしにぶちかましていく。この始末は丸一日かかりそうである。
「先程よりも広範囲に…!」
「何度見ても意味が分かりませんわ…」
白井がそう口にした時は先ほどまでうじゃうじゃいた呪霊達は洗いざらい消し炭になっていた。
「これで暫くは発生しない筈」
「!」
五条が六眼で確認した瞬間、左方数十メートルからヌルっとした重たい気配を肌で強く感じた。“乙骨憂太”から溢れ出る呪力を感じたのと同じ程の増大な呪力量は彼の顔色をはっきり変えさせた。五条をサングラスを外し、低級呪霊ではなさそうな予感がしていた。
「何だこれは…」
「どうしましたの?」
五条が気配感じたその方向を指を指す
「一点に呪力が集中する場所がある…あの施設かな」
その先は既に廃れた少年院の施設だった。五条曰く、そこが呪霊…“幻影夜行”で発生した呪霊の源である可能性が高い。
「あそこは、少年院…?ですが、あの施設は既に廃墟と化しています」
「ここには負の感情が集まっているって事」
「それには大小あってね。生きた人間より、既に亡くなっている人がもたらす感情の方が倍近くあるんだよ」
「特に少年院となると、尚更呪いも増すって話」
死んだ人間の呪いが莫大な存在になるのは【特級過呪怨霊】の前例が既に存在している。しかし少年院の場合複数人の呪いが絡んでいる可能性のある場合二級以上の力があるのは確実である。
白井と五条はその少年院の方へと向かっていた。近づくにつれ呪いの気配は徐々に強まっていく。“空間移動”によって屋上へと一気に転移した二人はその場所の調査を開始する。
三階あるその施設は至って普通であったが、従業員とその関係者しか立ち入れない地下階を見つけ、二人はそこに降りていった。そこはコンクリートで作られた無機質な実験場…いかにも怪しい薬品がおびただしい数で並んでいた
「ここは、より強い能力者を開発・育成する為に設立した施設のようですね…」
「開発?僕てっきり生まれながらに持ってるものだと思ってたけど」
五条は呪術以外の事は何も知らない。阿保のような顔をしている五条に白井は冷ややかな目を向ける
「何も知りませんのね貴方は…それは【原石】と呼ばれる希少価値のある人らだけに限りますの」
「ですが…ここは違法なやり口で子供達を実験対象として扱っていたみたいですわね」
「何で分かるの?」
「周りにある薬品は全て非合法なものですの…恐らくこれに使って過剰な薬物摂取を行う事で通常の脳開発よりもより能力の高い人間を生み出そうとしたのですわ」
「そんな事してしまえば子供達は間違いなく破滅してしまうのに…」
「…」
「(…でも、なんだろう…)」
五条は、周りを囲う呪いの気配を感じながら思考を巡らす。
「(それとは別に、何か違う所から漂っているような…)」
少年院で命を落とした子供達の呪い…とまでは説明がつくがまだ何か謎が残っているような違和感を感じている。
「!来ましたわね…」
どうやら長考する暇はないらしい。長い廊下狩り大蛇のような低級呪霊が再び現れる。危機感など持っていないがこんな雑魚を何度も相手するのは面倒くさい物だ。
「かなりの量だな…この室内だと“蒼”を使うのはちょっとメンドクサイねぇ」
と、なれば…次の一手は“アレ”しかない。五条はうっすら笑みを浮かべながら指に呪力を込める。
「黒子ちゃん」
「ちょっと乱暴しちゃうよ」
順転“蒼”は単純な呪力強化により“収束”を生み出している。そして、負を掛け合わさる事で生成される正のエネルギーを“無下限”に絡めればそれは正反対の“発散”に切り替わる。先程とは違い今度赤い光が五条周辺を包む。
「術式反転“赫”」
無限の“発散”は絶大な威力を及ぼし指向性を持たせた一撃で大蛇呪霊を一瞬にして消し去った。瞬く間に半壊状態とかした少年院は砂埃にまみれている。
「やりすぎですわよ!?」
「別に廃墟だからいいでしょー?」
「この程度で済むのなら、万々歳だよ」
そんな掛け合いも束の間。息する暇を与えぬ呪霊達の猛攻が襲う。それは白井の直ぐ真後ろまで向かっていた。
「後ろ!」
と、五条がそう叫ぶと白井の姿は消えそのまま自分の方へと呪霊達が突っ込んでいった。
「あっ」
その一言だけ発した彼は呪霊の衝突に巻き込まれた。そんな心配など物ともせずに白井は突然の奇襲に冷や汗をかき隣の建物の屋上へと“空間移動”していた。
「ふぅ…ちょっと焦りましたの」
「今までにみたいにレベル2〜3…高くても4程度の能力者との交戦ならともかく、こんなどこから出てきたのか分からない怪物と相手するとは思いませんでしたわ…」
今まで見たことないような物を見せられ続け終始困惑していたが、それでも今の状況に少しずつ慣れていっている。
「というか…これはもしや管轄外なのでは…?」
“風紀委員”は治安維持組織であって化け物狩りのトンデモ集団ではない。ここまで来てはなんだがこの非現実的な光景の目の当たりにしてそんな疑問が浮かんでしまった。
「いやいやちょっとー」
「君が転移したから僕に来たんだけど?」
「…はい?」
「いやはいじゃなくて!僕じゃなかったら死んでたよ!」
いつにも珍しく自分が雑な扱いを受けている事に少し怒っている。実際の所“無下限バリア”によってそんな心配など微塵の必要もないが、「アイツなら大丈夫だろう」という魂胆が見え見えで実に複雑であった。
「逆に…貴方だから逃げたのですわよ?」
「それに、結果無事じゃないですの」
フン、と髪をたなびかせ無傷の状態でいる五条を指さしてそう答えた。だが、そんな緩い空気は一瞬にして変わる。呪いの強度が格段に上がるのを五条をいち早く察知した。先ほどまでの急場凌ぎのような雑魚呪霊達とは訳が違う物凄い呪力量が二人の前に押し寄せてきた。
「……あれはちょっと手強そうかもね」
“特定疾病呪霊【方相氏】”……目が四つ、頭に角が生えた鬼のような顔をしているその風貌はかつて交えた強者の姿を彷彿させる。
「嫌だなー…」
最強の術師“両面宿儺”…五条自身が2度目の敗北を喫したその者の名。死して尚その名を覚えていた五条はバツの悪そうな顔で呪霊の姿を見つめていた