仮に先生が「キヴォトスは疲れるなあ」って呟いたら先生が寝て起きる間にキヴォトスが更地になってそうで凄くいいですよね。
それで朝からドヤ顔のトキがいるんです。
本当に良い。
マジで良い。
トキの可愛さで忘れていましたが、本作品はアーマードコア6の物語の要素が含まれています。ですが、行動原理や背景の部分は本文中にも執筆しているはずなので、一部名言が引用されているぐらいで特に知らなくても楽しめるはずです。
多分、大丈夫です。
先生が狂った。
「シャーレの執務室に私の名前と実印が捺された婚姻届が置いてある」
「今日の24時までにそれを所持していた者と私は結婚する」
そんなメッセージがSNSでばら撒かれた。
モモトークで、では無い。
オープンSNSで不特定多数に向けて。
疑う声と連邦生徒会からの「真偽が不確か故に調査中」という表明は、我が校のヴェリタスによってかき消された。
あるいは先生を直接訪ねた者らの行動がそれに誤りが無いことを保証していた。
キヴォトスは戦火に包まれている。
こうなってしまったきっかけは、四か月ほど前のことだ。
ある生徒が就寝中の先生を襲おうとした。
……性的に。
それは未遂で終わったものの「襲われた」という事実は消えない。
先生は酷く心を病んだ。
信頼されていた生徒に、裏切られたのだ。
当然だろう。
だが、それだけでは終らなかった。
堰が切れれば溢れ出す。
ダムの水量を調節して溢れない様にすることはできても、一度決壊したダムは、もう止まらない。
誰かに奪われるぐらいなら。
誰かに既成事実を作らされるぐらいなら。
そう考える生徒は少なくなかった。
そうして先生は、少ししか眠れなくなった。
眠れなくなっても最初、先生は気丈だった。
「夜にも仕事が片づけられる」と。
本当にその言葉の通り、夜にも書類を読んでいる様だった。
でも、先生はある日家にも帰らなくなった。
仕事をしていないと不安なのだと。
不安を紛らわすためには、人は何かをしなくてはならない。
ただ、それはきっと、そのためだけでは無かったはずだ。
自宅よりも防犯設備のしっかりしているシャーレ執務室の方がマシだと思ってしまったのだ。
もう生徒を、信じられなくなってしまったのだ。
先生はシャーレの執務室に籠って仕事をする様になった。
………仕事と言うのは無限にある訳ではない。
いつもは溜まりがちな紙の束が、シャーレに籠る様になってすぐに底をついた。
人は何もしなければ不安が襲う。
私は暇を持て余していた事があるからよく分かる。
ポテチを食べて、コーラを飲んで、ゲームをする、ただ自堕落に生きてる私でも、たまに感じるのだ。
不安を抱えた先生には、それは…余りにも過酷だった。
私に出来たのは、メイドとしてリラックス効果のあるお茶を淹れるだけ。
そんなもので不安を取り除けるならば、先生はああなってはいない。
以前先生のベッドに潜り込んだことがある。
一人で眠れぬなら添い寝をと考えたこともあった。
だが、できなかった。
先生のトラウマを刺激する様な気がしてならなかったから。
お茶を淹れて、先生は少しそれを飲んで、虚空を眺めたり、こめかみに手をあてたり、頭を搔きむしることが増えた。
見ていられなかった。
だから私は、ゲームを勧めた。
いつもの様に、以前までの様に、コーラとポテチを携えて。
それでも先生の顔色は良くならなかった。
当然だ。
不安が解消されている訳ではない。
夜に眠れている訳でもない。
当たり前のことだった。
人は夜に眠れぬと狂っていく。
強い不安を抱える続けると壊れていく。
分かっていても何もできなかった。
全ては私の不手際のせいだ。
行き場の無い私に居場所をくれた先生に、メイドとして完璧な補佐を約束したのに、それを全うできなかった。
全てを未然に防いでいれば。
あるいは先生に知られぬ様、他の生徒に知られぬ様に処理できていれば。
私が先生の不安を払拭することが…できていれば。
私には何もできなかった。
分かっていても、何も、出来なかったのだ。
だから今日、先生のダムが溢れてしまった。
私は……、私は…。
………
……
…。
モモトークの通知音が鳴った。
「シャーレの執務室に私の名前と実印が捺された婚姻届けが置いてある」
「今日の24時までにそれを所持していた者と私は結婚する」
先生の名でそのメッセージが送られていた。
私は、行かなくてはならない。
何をするべきかも分からない。
それでも行かなくてはならないのだ。
…私は先生のメイドなのだから。
……完璧な、貴方のメイドなのだから。
シャーレの執務室はドアが無かった。
ドアがあったはずの場所は焼けて焦げていた。
手榴弾でも使ってこじ開けたのだろう。
中の光景も異様だった。
荒れに荒れて書類が床に散乱していた。
先生がそれを許すはずがない。
誰かが作った、生徒が書いた、そんな書類を無下に扱うはずがない。
けれども、その中で先生はいつもの様子で椅子に腰かけていた。
「やあ、トキ。よく来たね。残念だけどもう婚姻届けは手元にないよ」
「誰かが私の出勤前に回収したみたいでね。執務室もこの様さ」
よく分からなかった。
先生の顔色は相変わらず悪い。
それでも爽やかな顔をしていた。
「分かっています。だから朝からずっと、銃声が鳴り止まないのでしょう」
分からない。分からないのだ。
私はもう、何が何だか分からない。
「何だったんだろうね。これまでのことは」
先生の話は止まらない。
「廃校になりそうな学校を助けたことがあった」
「廃部になりそうな部活とその生徒を守ったことがあった」
「憎みあう二つの学校が手を取り合えるように条約機構を立ち上げたこともあった」
「統合されそうになった学園の生徒と抗ったこともある」
「平和な日常のために、身を粉にしていた」
先生は笑うような悲しむような表情で窓を見た。
銃撃と爆音はやはり止まない。
「全ては生徒のためを思ってのことだった。私は、大人だからね」
私は先生の全てを見てはいない。
付き合いで言えば短いのかもしれない。
だが、「生徒のため」という言葉に嘘偽りは無いだろう。
だって私も先生に救われた生徒の一人だから。
そこに「生徒のため」以外の理由が含まれていたことを、私は知らない。
「生徒が平和に暮らせるように。理不尽なめに遭わぬように。その一心だった」
やっぱり、その言葉に嘘偽りは無いのだろう。
なのに、なぜ……。
「やけに荒事に巻き込まれると思っていたよ。ある時、合点が行った。皆、私を狙っていたんだ。悪い大人だけじゃない」
「生徒までもが」
それは…否定したくともできない事実だった。
被害妄想と切り捨てるのは無理があった。
追い詰められて、変にバイアスがかかってしまっているとは言えども、事実には違いない。
「それはそうだ。私は、連邦捜査部の超法規的機関の先生だ。私を手籠めにすれば、学園間の政治ごっこなど吹き飛ばすことができる」
「だから、皆、私の身柄一つでここまで争う」
それもまた、否定しがたい事実だった。
一つだけ、先生の見当違いがあるとするならば、多分争いの主な理由は政治ではなく思慕のよるものだが。
「私を手中に収めたいもの、私の首を飛ばしたいもの、消したいもの、様々だ」
「私が巻き込まれているんじゃない。私が皆を、キヴォトスを巻き込んでいるんだ」
私は、何も言えなかった。
どんな言葉も、もう先生には届かない気がしたから。
「私こそが、キヴォトスの戦火そのものだった」
「もう、どうしようもない。全ては消えゆく余燼でしかないんだろう」
………どこかで、どこかで聞いたことのある言葉だ。
完璧なクールメイドである私は先生の言葉を全て覚えている。
一言一句聞き漏らすことはない。
先生は「やけに荒事に巻き込まれると思っていたよ。"ある時"、合点が行った」と言った。
"ある時"。
それは……。
もしかすると、
「いつ頃そう思われたのですか」
疑問が口から飛び出していた
「以前、トキに勧められたアーマード・コアVIをついこの間クリアしてね。その時に……気づいたよ」
何かの間違いだ。
私が傷心中の先生にそんなハードなゲームを勧めるはずがない。
間違いだと思いたかった。
「私は別のゲームを、もっと穏やかなゲームを勧めたはずですが」
「すぐにクリアしてしまうか、いまいちハマらなくてね。次にやるゲームを探している時に思い出したんだ。そういえば半年ほど前にトキがやけに推していたゲームがあったと」
一縷の望みはすぐに砕かれた。
……確かに、私は半年ほど前にそのゲームにハマっていた。
難易度、シナリオ、キャラクター、ゲーム性、そのどれもが素晴らしかった。
だから先生とそれを共有したくて、熱心に、何度も布教した。
その時は、仕事が暇になったらと流されてしまっていたが。
それが。
それが…
こうなるとは思わない。
完璧なメイドにも、予期せぬことはあるだろう。
「だから、もう、終わりにしようと思ってね」
これは、もしかすると私のせいなのかもしれない。
アーマード・コアVIには今の先生に劇薬となるキャラが多すぎる。
「破綻した先生である私には妥当な末路だろう?」
やっぱりこれは……。
私のせいだ。
私のせいなのだ。
「ところでトキは参加しなくていいのかい。今もやってる争いに」
参加したくない。
そう言えば嘘になる。
どこの馬の骨とも知れぬ相手に先生を取られたくはない。
興味が無いとも言い切れない。
「参加しろと言われれば、私は今すぐにでも行きますが」
この言葉に嘘はない。
勝てと先生に言われれば、私は何が何でも勝つだろう。
でも、今までの話を聞いてしまっては、そんな気はもう起きなかった。
「そうやって戦いを煽るためにモモトークで生徒に連絡しているのですか」
私の口から聞くべきではない言葉が出てくる。
煽る様な言葉は慎むべきだった。
私も、もう、冷静ではないのだ。
「いや、トキだけだよ。モモトークで伝えたのは」
なぜ、と言う問いの返答は無かった。
その前に先生は床に倒れた。
すぐさま駆け寄った。
脈はある。
呼吸もある。
ただ、眠っているらしかった。
他の生徒に、医療のプロに見てもらおうかという思いが空中に浮かび霧散する。
きっとそれをすれば、また別の問題に発展するのだ。
久方ぶりの睡眠でも誰も先生を静かに寝かせてはくれない。
少し考えて、かつての生徒会長の、隠し部屋に運ぶことにした。
道中では誰にも会わなかった。
シャーレ執務室からミレニアムまで運んでも、誰とも。
皆、出払っている。
一番音が煩い、先生の安眠を遮る場所で、個人が、部活が、学園が、争っている。
聞きたいことは山ほどある。
伝えたいことは、山などでは収まらない。
それでも起こすことは出来なくて、優しくベッドに寝かせた。
憧れは理解から最も遠い感情だと誰かが言った。
それはそうなのだろう。
誰も先生の想いに気づかず、にも関わらずその先生を奪いあっているのだから。
私もそうだ。
こうなるまで、気が付くことができなかった。
私の先生への思いもまた、憧れなのだろうか。
それとも、別のものなのだろうか。
分からない。
ただ、分かっていることは一つある。
やらなければならないことが一つある。
完璧でクールビューティーなメイドとして、主人の不始末を。
いや、そうではない。
先生に救われた飛鳥馬トキとして。
やらなければならないのだ。
先生は言った。
「私こそが、キヴォトスの戦火そのものだった」と。
そうではないのだ。
悲しいことにキヴォトスにはいつも火種が燻っていた。
大きなものから、小さなものまで。
それをそのままにせず、先生が対処をしていたのだ。
だから先生の周りは火で溢れる。
火種を燃やして、消化させて、また先生は次を探す。
その成果が今のキヴォトスだった。
だから。
もう、殆ど火は残ってはいない。
……私でも燃やして消せるぐらいの火しか残っていない。
そうならば。
であるならば。
私は火をつける。
私が火を点ける。燃え残った全てに。
先生が意図して、それでいて……望まぬ争いを。
くだらぬ種火を。
禍根を。
全て燃やして。
焼き払って更地にするのだ。